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カテゴリー

2020年1月26日 (日)

令和百人一首11

【021】紀貫之

 袖ひじて結びし水の氷れるを春立つ今日の風や解くらむ

【022】源俊頼

 さまざまに心ぞ留まる宮城野の花のいろいろ虫のこえごえ

【コメント】紀貫之は古今和歌集の撰者にして勅撰入集475首の最多記録保持者だ。「古今」「後撰」「拾遺」のいわゆる三代集すべてで「最多入集歌人」となっている。詠んでいるのは立春だが遠く夏の日に「袖を濡らしてすくった水」を思い起こす。冬にはその水が凍っていたのだが、春になった今日の風が解かしてくれているのだろうと、現在推量をかます。「水」をキーに一首の中に3つも季節を凝縮して見せる神業だ。袖を濡らすのが涙でないのもすがすがしい。和歌界のモーツアルトか。俊頼とて勅撰入集207首を数える大歌人だ。おまけに第5勅撰和歌集「金葉和歌集」の撰者である。本作は明示はないものの季節は秋。宮城野といえば萩の名所である。「さまざま」「いろいろ」「こえごえ」という言葉のさざなみを意図的に繰り返すという技巧ながら、嫌みがない。和歌界のハイドンとくれば「平安大歌人歌合せ」だ。

2020年1月25日 (土)

望外の幸せ

定年後の生活をテーマにしたセミナーでは、「趣味を持ちなさい」「地域に溶け込みなさい」と説く。同時に会社でバリバリやってた人ほど、地域に溶け込むには時間がかかるとも指摘される。定年後に何か始めるかと思い立ってとりかかられがちな趣味として「油絵」「陶芸」「山歩き」が三本柱だそうだが三日坊主も少なくないと言われる。付け焼刃を戒めるたとえとして取り上げられて気の毒だが、妙な説得力もある。

自分がその年齢になってなるほどと思う。

一方、私には定年を迎える今、開設から15年を迎えたブログがある。ネット上のバーチャルな存在でしかないブログに加え、実物としての書籍「ブラームスの辞書」もある。行き場があるというか、安寧の場所があるというか。ブログを積み上げた15年の歳月は、どう見ても「付け焼刃」ではない。

 

 

 

 

 

 

2020年1月24日 (金)

還暦

本日20時35分頃、私は満60歳に到達する。還暦である。めでたくもありめでたくもなし。

12年に一度のネズミ年だから、次の年男は12年後。地味に気が重いことがある。ブログ「ブラームスの辞書」のゴール、ブラームス生誕200年に相当する2033年は、次のネズミ年の翌年となる。

ブログ「ブラームスの辞書」還暦記念企画として渾身の「令和百人一首」を発信中である。しかも還暦に到達する日のこの記事はブログ開設以来5400本目の記事である。

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2020年1月23日 (木)

令和百人一首10

【019】藤原敏行

 藤の花風収まれる紫の雲立ち去らぬところぞと見る

【020】藤原顕季

 薄く濃く静かに匂へ下枝まで常盤の橋にかかる藤波

【コメント】「藤歌合せ」だ。敏行は平安初期の代表歌人。宮中飛香舎で詠んだ本作は「令和百人一首」初の古今集からの採用。飛香舎は庭に藤が植えられてるので「藤壺」ともいわれる。「風収まれる」は単なる気象ではなく、天皇の御世が平和であることの比喩である。藤の花が吉兆であるところの「紫の雲」のようだと着眼し、それが風で台無しにされないと寿ぐ表現のかなめに「ぞ」が置かれる。同様に顕季もまた藤を詠む。俊成、定家など御子左家の台頭を見るまで、顕季の六条藤家が、歌道の宗家だった。本作「常盤の橋」は陸奥または近江の歌枕だが、「永遠」の象徴でもあり、天皇賛美につなげている。「下枝」は「しずえ」と読んで「枝の先の方」を意味する。奥ゆかしくて大好きな言葉の「令和百人一首」初出だ。

 

2020年1月22日 (水)

令和百人一首09

【017】在原行平

 旅人は袂涼しくなりにけり関吹き越ゆる須磨の浦風

【018】在原業平

 世の中に絶えて桜の無かりせば春の心はのどけからまし

【コメント】「兄弟歌合わせ」である。まずは兄の行平から。「袂」の読みから入る。「たもと」と読む。本来は肘から手首にかけての身体の部位を指すが、転じて「衣の袖」の意味になったという。説明不能ながら大好きな言葉で「令和百人一首」初出。さて摂津と播磨の国境をなす須磨には関所があった。関所は旅人の行き来を制限する。自由な行き来は出来ないのに風だけは越えて行くと嘆く。貴人が都から離れて蟄居する土地だったことも考慮されているらしい。源氏物語において「行平の中納言、関吹き越ゆると言ひけむ浦波」と言及されて名高い。弟は業平。伊勢物語の作者ではないかと古来取り沙汰されてきた。「伊勢物語」は和歌への題材供給の観点から源氏物語と双璧をなす。容姿端麗な上に歌才もある。「世の中に絶えて桜の」と大上段に振りかぶる気品とユーモアが微笑ましい。

2020年1月21日 (火)

令和百人一首08

【015】志貴皇子

 石走る垂水の上の早蕨の萌え出ずる春になりにけるかも

【016】亀山院

 焼き捨てし煙の末の立ち返り春萌え出ずる野辺の早蕨

【コメント】高校時代の万葉集の授業で習って以来、不動の位置づけにある志貴皇子の絶詠だ。「石走る」は「いわばしる」と読む。「~の~の~の」と畳みかけ、4句目の字余りで一瞬堰き止められるが、結句で一気だ。平安京の貴族たちにとって桓武天皇は至尊の位置づけにある。志貴皇子はその祖父だ。壬申の乱以来天武天皇の系統にあった皇位が、天智側にもどったのが志貴皇子の子、光仁天皇だから皇統が天智系に復するポイントにいる。勅撰和歌集への収載が無いせいか、小倉百人一首では漏れているのが残念なのでせめて私が。

鎌倉時代後半、後鳥羽院の曾孫にあたる亀山院は、およそ600年隔てて本歌取りを試みる。「焼き捨てし」という典雅ならざる初句。読み手をぎょっとさせておいて、二句目から一句ごとに沸きたつ春の期待感。元歌では肝になる字余りを一顧だにせぬ爽快感。魔法のゆりかご「野辺」の「令和百人一首」初出。そして結句末尾「早蕨」に至って、志貴皇子の本歌取りであることが露呈するという小出し感に泣きたいくらいだ。お気づきの通り「早蕨歌合せ」である。

2020年1月20日 (月)

令和百人一首07

【013】大伴家持

 我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも

【014】藤原実定

 秋来ぬと驚かれける窓近くいささ群竹風そよぐ夜は

【コメント】見ての通り「いささ群竹歌合せ」である。「いささむらたけ」と読む。大伴家持は旅人の子で【012】大伴旅人と裏合わせ。万葉集の編者と目される大歌人。一首選ぶのは難儀のようで、実は私にとってはこの歌しかない。「いささ群竹」「かそけき」の繊細な感覚は新古今の先取りとも感じる。花でも紅葉でもない竹への着眼なのだが、その肝心の竹は音によって認知されている。とりわけ「かそけき」は万葉集中家持だけに用例が限られる「家持語」だ。思うに和歌界の最弱音だろう。心からの尊敬をこめて「和歌のバッハ」と認定したい。

そして藤原実定は、小倉百人一首では後徳大寺左大臣と呼ばれている撰者定家のいとこだ。大伴家持に華麗な本歌取りをかましていると採用したが、藤原家隆の小倉収載歌「風そよぐ奈良の小川の夕暮は禊ぞ夏の験なりける」をも視野に入れているかと。その気で眺めると藤原敏行の「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれける」も、うかがっているかもしれない。壮麗な三重本歌取りの様相を呈する。

 

2020年1月19日 (日)

令和百人一首06

【011】山部赤人

 春の野に菫摘みにと来し我ぞ野を懐かしみ一夜寝にける

【012】大伴旅人

 沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも

【コメント】万葉の代表歌人のペア。「人人」歌合せとでも命名する。赤人の作には見せ場が多い。原因の「み」、係助詞「ぞ」の「令和百人一首」初出となる。また【010】人麻呂とは「山柿の門」裏合わせとなる。旅人は家持の父。大宰府から遠い奈良を思う歌。「沫雪」は「あわゆき」と読む。強調の「し」で奈良の都にスフォルツァンドを付与してはいるものの、「ほどろほどろに」の語感か、どこか悠然としていて望郷の切迫感が薄まる印象。

採用歌とは関係がないけれど、彼が大宰府在任中730年1月13日に自邸で、梅の花を見る宴会を開いた。32名が招かれて詠んだ歌の序文にある「令月風和」が「令和」の語源とされている。ここははずせぬ歌人である。

 

 

2020年1月18日 (土)

令和初詣

母を令和初詣に連れ出した。茨城県の笠間稲荷。昨年末体調を崩し、やけに弱気になっていたのをリセットするために少々遠出した。片道2時間のドライブだが、渋滞もなく悠々と帰宅した。

門前では、名物の稲荷寿司に加え、笠間焼の花瓶やら、納豆鉢やらいそいそと買い求めた。おそばのランチをすませて焼き栗まで欲張った。食欲も旺盛で、やっと正月が来た。

2020年1月17日 (金)

真の狙い

本年正月にカルタでクララ・シューマン特集が終わったあと、「マーラーかるた会」でおずおずと始まったかに見えた和歌への傾斜だったが、実は令和百人一首の序奏だった。脳内を和歌ネタで満たすために少々の準備が要ったということだ。2033年5月7日ブラームス生誕200年まで、途切れずに記事を繋ぐ目標が中間点を過ぎ、私自身が還暦を迎えるという節目を自ら刻印するための企画である。

お断りするまでもなく、音楽ネタとは言えない。ブログ「ブラームスの辞書」たるもの、音楽ネタ濃度、ブラームスネタ濃度が下がってもよいのかと、自問した中から「やっぱり」と決意した。同時に「やるからには徹底すべし」とも思った。管理人特権だ。

「令和百人一首」の公開は、全百首を毎回2首ずつ紹介する記事を積み上げるが、記事5本つまり10首ごとにインターバルを置くこととする。概ね時代順で、一本の記事で紹介する2首には共通テーマを持たせて「歌合せ」テイストを付与することすでにご案内の通りである。

2020年1月16日 (木)

令和百人一首05

【009】有間皇子

 磐代の浜松が枝を引き結びま幸きくあらばまた環へり見む

【010】柿本人麻呂

 東の野にかぎろひの立つ見えて返り見すれば月傾きぬ

【コメント】有間皇子で飛鳥時代が終わり、人麻呂から奈良時代に入る。有間皇子は孝徳天皇の皇子。斉明天皇が紀伊の国牟呂の湯に行幸中に、謀反の意ありとして捉えられ、藤白の坂で絞首された。中大兄皇子の邪魔になったから排除された疑いが濃厚。本作は護送中の詠で事実上の辞世。「運よくかえってこれたら」という趣旨が痛切。大津皇子の辞世とともに万葉の絶唱。これを入れぬと飛鳥時代を終われない。

奈良時代の冒頭には歌聖・柿本人麻呂に登場願った。「東」は「ひむかし」と読む。一首選ぶのは大変かと思いきや、高校の古典の授業で初めて習い、私の人麻呂像に決定的な影響を与えた一首であっさりと収まった。

2020年1月15日 (水)

令和百人一首04

【007】石川郎女

 吾を待つと君が濡れけむ足引きの山の雫にならましものを

【008】紫式部

 ほととぎす声待つほどは片岡の杜の雫に立ちや濡れまし

【コメント】石川郎女は「いしかわのいらつめ」と読む。【006】大津皇子の恋人だ。「令和百人一首」では、「奇数&偶数」をペアに歌合せを試みるが、「偶数&奇数」のいくつかにも関連を持たせている。これを独自に「裏合わせ」と命名した。ページの裏表になるからだ。大津皇子と石川郎女は「裏合わせ」初出である。なぜなら石川郎女の本作は、恋人大津からの「足引きの山の雫に妹待つと我立ち濡れぬ山の雫に」という問いかけに対する返歌である。大津は苦渋の選択の末、辞世を選んだために無念の落選になった。大津の贈歌もかなりな好サーブなのだが、「私を待つと言ってあなたが濡れたとおっしゃる山の雫になりとうございます」と待たせた相手に甘える手厳しくも愛らしいリターンエースだ。「足引き」は「令和百人一首」の枕詞初出。加えて仮想現実の「まし」初出でもある。ほぼこの歌一首で現代にまで名を遺すとは。

源氏物語の作者として世界的に君臨する紫式部。「源氏読まぬ歌詠みは遺恨のことなり」と言われる古典中の古典。彼女はおよそ330年の時を隔てて石川郎女を本歌取りする。待つのは恋人ではなくてほととぎすだし、「山の雫」が「杜の雫」に転じられてはいるものの仮想現実の「まし」が表現の肝であることを紫式部も見抜いている。だから「まし」歌合せである。本作が新古今和歌集に入集していること心から嬉しく思う。

2020年1月14日 (火)

令和百人一首03

【005】大伯皇女

 二人行けど行き過ぎ難き秋山をいかにか君が一人ゆらむ

【006】大津皇子

 百伝ふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ

【コメント】2人は天武天皇を父とする同母姉弟だ。お姉さんは「おおくのひめみこ」と読む。万葉集に6首採られているが、全て弟を案ずる歌ばかり。弟の大津は日本書紀において「詩賦の起こるところ大津に始まる」と絶賛される人物。ところが我が子草壁皇子を皇位にと欲する持統にとっては邪魔者。謀反の罪を着せられ死罪。本作は辞世という位置づけだ。今後「令和百人一首」には辞世の句がいくつか現れるが本作はその最初である。身の危険を察知した大津は伊勢の斎宮だった姉を尋ねる。面会の後、大和に引き返す弟の帰路を案ずるのが姉の作品。姉6作全てが人々に読み継がれているのは、つまり大津の死が理不尽だった証拠だろう。全部採用したいくらいだ。個人の趣味として現在推量の「らむ」が大好きで「令和百人一首」選定のさいの大きなファクターになった。本作は現在推量の「らむ」初出である。命をキーにした「姉弟歌合わせ」という趣向である。

2020年1月13日 (月)

令和百人一首02

【003】額田王

 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る

【004】足利義尚

 摺衣君が袖振る春雨に紫野行き菫摘みてむ

【コメント】今後も歌人名赤文字は女性とする。額田王の本作は、万葉集屈指の秀詠。相聞歌にも見えるが、宴席での余興とされる。「野守」や「君」をさまざまに解する向きがある。本来本作との番いは、大海人皇子の返歌「紫の匂へる妹を憎くあらば人妻故に我恋ひめやも」とするべきところ、足利9代将軍の詠を抜擢した。足利義政の嫡男だが24歳で急死したプリンス。「摺衣」は山藍、つゆ草を原料にした花木柄の染衣だ。古来「袖」と言えば「濡らす」か「振る」かのどちらかだ。加えて濡らす原因は「涙」だし、振る相手は「恋人」と相場が決まっていた。本作は「振る」方だ。「摺衣」を強調したいだけの言葉のお遊びに過ぎまいが華麗だ。万葉屈指の歌に本歌取りをかます征夷大将軍を合わせることで、「紫野袖振り歌合せ」という趣向。

2020年1月12日 (日)

令和百人一首01

【001】中大兄皇子

 わたつみの豊旗雲に入り日さし今宵の月夜さやけかりこそ

【002】崇徳院

 入り日さす豊旗雲に分きかねつ高間の山の峰のもみじ葉

【コメント】定家撰の小倉百人一首は、天智天皇が冒頭に置かれていた。これに習って即位前の天智天皇の歌を冒頭に配置する。小倉収載の歌は、最近の研究では天智御製でないことが確実視されているが、こちらは正真正銘の自作ながら、即位前の詠であるのが気がかり。これに続く崇徳院は、平安時代の天皇。保元の乱に敗れて佐渡に配流され、日本三大怨霊にも数えられるが、かなりの歌い手で、もちろん小倉にも採用されている。「入り日」「豊旗雲」を共有する天皇どうしの壮麗な本歌取りである。このように大好きな本歌取りをクリアに収載するために、今後も時代の辻褄を少々犠牲にすることがある。

 

2020年1月11日 (土)

オンディマンド印刷

令和改元と還暦を記念した「令和百人一首」を公開すると昨日宣言したばかりだが、さっそく言い忘れた。「令和百人一首」を書物としても残すためにオンディマンド印刷によってプリント製本してもらうこととした。「ブラームスの辞書」と違って販売の目的はないので、少部数でいいから、オンディマンド印刷を選択した。ISBN番号も無い限定10部の自己満足用である。費用を部数で割り算すると少々お高いが、「けじめ料」込みである。

60歳の誕生日に間に合わせるべく、印刷屋さんに原稿を手渡した。

2020年1月10日 (金)

還暦記念企画

あと二週間ほどで60歳になる。自らの還暦を祝う企画を発信する。

藤原定家の小倉百人一首にならって自ら百人一首を選定する。名付けて「令和百人一首」という。ブラームスにも音楽にも関係がないから、ブログ「ブラームスの辞書」上での発信はいかがなものかと悩んだが、熟考の末の決定である。やるからには徹底したいとも考え、下記の通りルールを設定した。

  1. 小倉百人一首に選ばれた歌は採用しない。
  2. 小倉百人一首に選ばれた歌人の採用は可。
  3. 和歌史と日本史を考慮し、ただただ「好きな歌」という切り口で選定した。
  4. 選定した歌に独自の視点から番号を付して配列した。概ね時代順である。
  5. 二首一組でテーマを設定し歌合わせの趣向を取り入れた。

自らの還暦を祝うため令和改元の10連休から選定を始めた。楽しくも悩ましい作業であった。私自身が付与した番号順に一日2首ずつ公開していく。カテゴリー「令和百人一首」を創設し関連記事を集約することとする。

 

2020年1月 9日 (木)

業平は新しいか

長女だったか次女だっかたか、百人一首の歌人の話をしていたときだ。話題になったのは以下の一首。

千早振る神代も聞かず竜田川韓紅に水くくるとは

作者は在原業平である。これをどう間違えたか「水ぐぐるとは」と覚えていた。何か水について調べていたのかと。古くは濁音の「¨」が表記されないから仮に「ぐぐる」だとしても表記は「くくる」になるのでナイスな着眼だと思う。「神々の世の中にでも聞いたことのないような名高い竜田川の水についてグーグルで調べてみたとは」ってなもんだ。さすが平安時代屈指のプレイボーイだとか。

これで暗記が進むなら良いことだ。

 

2020年1月 8日 (水)

勅撰和歌集

天皇の命で作られる和歌集のこと。全部で21あるので以下にまとめてみる。

No 名称 成立年 下命者
1 古今和歌集 905 醍醐天皇
2 後撰和歌集 951 村上天皇
3 拾遺和歌集 1006 花山院
4 後拾遺和歌集 1086 白河院
5 金葉和歌集 1124 白河院
6 詞花和歌集 1144 崇徳院
7 千載和歌集 1183 後白河院
8 新古今和歌集 1205 後鳥羽院
9 新勅撰和歌集 1235 後堀河院
10 続後撰和歌集 1251 後嵯峨院
11 続古今和歌集 1265 後嵯峨院
12 続拾遺和歌集 1278 亀山院
13 新後撰和歌集 1303 後宇多院
14 玉葉和歌集 1311 伏見院
15 続千載和歌集 1320 後宇多院
16 続後拾遺和歌集 1326 後醍醐天皇
17 風雅和歌集 1346 花園院
18 新千載和歌集 1359 後光厳天皇
19 新拾遺和歌集 1363 後光厳天皇
20 新後拾遺和歌集 1382 後円融天皇
21 新続古今和歌集 1438 後花園院
22 新葉和歌集 1381 長慶天皇

22番目は勅撰和歌集に準ずる扱い。南朝専用の和歌集だ。当代一級の歌人が撰者に任命される。和歌所という専門の役所が置かれることもある。大切なのは過去に一度勅撰和歌集に採用された歌を再び採用しないという原則だ。つまり膨大な歌のデータベースがあるということである。パソコンの無い時代、膨大な過去作品の管理を人力で行っていたということに他ならない。撰進は難儀な作業で、過去のさまざま私歌集や、歌合せの中から選んで行く。完成後は下命した天皇に見せて承認を得る。奏覧という儀礼だ。まれにここでダメ出しされることもあるとはいえ、撰者は超名誉だ。

見ての通り、勅撰和歌集の作成は不定期。かなり不規則だ。80年以上開くこともあったが4年のこともある。2度下命した天皇は4名いる。2度撰者を務めた者もまた4名だ。

ちなみに名高い万葉集や小倉百人一首はここにはない。天皇の命令で作られたわけではないから、あくまでも私撰集の扱いとなる。

勅撰和歌集に採用されることを「入集」というう。1首でも採用されたら大変な名誉で、一生歌で食っていけるレベルだという。通算最多入集歌人は紀貫之で475首。以下、藤原定家、藤原俊成親子が続く。通算入集数は歌人の位置づけを簡単に知ることが出来る便利な目安だ。平安から室町初期までの歌人についてはよく機能する。

2020年1月 7日 (火)

歌合せ

決められた題に基づいて歌を詠みあう催し。平安時代以降、宮廷を中心に盛んに開催された。東西でも紅白でもなく左右に分かれて行う。最盛期には千五百番歌合せなどという大規模なものまで現れた。歌合せの主催者はそれなりにお金持ちでなければならず、有力貴族のみならず天皇主催まであったという。

日常、ありとあらゆる場面で歌を詠むことが当たり前だった時代、宮廷の貴族たちは、今で申す公務員ながら、歌の能力は出世を左右した。歌を詠むことはパソコンをいじることと同等の必須スキルであった。歌合わせは歌力向上の場であり、アピールの場だった。概ね1か月前に開催が告示されて、左右それぞれにコーディネーターというべき「方人」(かたうど)が据えられる。大抵は歌に明るい高位者が務める。あらかじめ題が決められて、各々にこれと思う歌人を招聘して歌を詠む。左右は同格ではなく、左を社会的身分上位が占めるしきたりだった。歌合わせに出ることを出詠という。出詠だけでそこそこの報酬があるし、勝てばまたボーナスも出た。天皇や有力貴族などの目に留まれば出世のキッカケにもなった。何よりも歌合せは記録に残されるから、以降の勅撰和歌集に入集させてもらう可能性が生じる。

左右の勝敗を判定するレフリー役を「判者」(はんざ)と言った。この役目も当代一級の歌人が務める。判定と判定理由「判詞」書く。引き分けもあった。「持」という。階級上位の左優位の中での引き分けは右にとって勝ちに等しい評価だったという。

当日、会場は華麗に装飾され、調度品も一級品がそろう。左右両陣営にそれぞれ「講師」(こうじ)という読み手が置かれる。もちろん美声の持ち主である。

 

 

 

2020年1月 6日 (月)

寄る年波

もしかすると年のせいか。最近価値観が変わる。たとえば歴史上の人物の好みに変化が表れたと感じる。日本に限らず単に「歴史」と言ったらそれはほぼ「政治史」に近い。そうでないときは「音楽史」「文学史」「建築史」という要領でジャンンルが指定される。歴史を無条件に「政治史」と見ていたときと比べ「好みの人物」が変わるということだ。

私に歴史好き、和歌好き、のDNAを残してくれた父の影響だから文句も言えぬが、「英米好き」「源氏好き」が刷り込まれていた。このところどうも風向きが変わった。

  1. 日独伊 今、第二次大戦の当事者で言うなら英米仏露より日独伊の方が断然好きだ。
  2. 平家 父に聞かされた源平の争乱は義経主役で、平家は引き立て役だったけれど、今は平家の方にひかれる。
  3. 足利幕府 尊氏と義満ばかり特筆されるが、文化面では義政最重要。
  4. 大内、今川、朝倉 ゲーム「信長の野望」を楽しんでいると真っ先にやられる側だが、文化的には興味深い。
  5. 小田原北条氏 秀吉の全国統一の仕上げ「小田原征伐」でやられる側だが、最後まで団結していた。
  6. 判官びいきは義経主役だが、むしろ今は実朝だ。

などなど。

2020年1月 5日 (日)

官位と官職

耳慣れぬ言葉だけれど、意外に身近にある。「水戸黄門」は、「水戸在住の中納言」の意味で「黄門」は中納言の唐名だ。「判官びいき」は源義経の官職名に由来する。

官位は「一位」から「初位」までに「正従」「上下」が組み合わされてかれこれ30段階ある。最高位は「正一位」。没後の追贈なら「贈正一位」となる。三位以上がいわゆる貴族で、五位以上で天皇との直接面会が出来た。天皇愛玩の動物がしばしば五位に任じられるのはそのせいだ。

官職は中央と地方に分かれる。長官(かみ)次官(すけ)判官(じょう)主典(さかん)の4段階。「大岡越前守」「吉良上野介」でおなじみだ。中央官職の最高位は「太政大臣」だ。お雛祭りでおなじみの「右大臣」「左大臣」などが、重要閣僚クラス。正一位から従二位までが相当する。正従の三位は大納言か中納言で、四位は参議。百人一首の歌人名には、名前不記載で官職名の表記がかなり見られる。「入道前太政大臣」(西園寺公経)、「後徳大寺の左大臣」(藤原実定)、「鎌倉右大臣」(源実朝)などだ。「権中納言定家」は藤原定家だ。「権」は「ごん」と読む。定員外の任命だということを示す。太政大臣や右大臣左大臣は定員外で任命されないので「権太政大臣」などはあり得ない。

 

 

 

 

 

 

2020年1月 4日 (土)

マーラーかるた会

大学オケ最後の演奏会を12月に終えたあと、団内の有志を集めてカルタ会をやった。1982年の正月だ。演奏会の演目がマーラーの第五交響曲だったことにちなんで「マーラーかるた会」と命名した。もちろん小倉百人一首だった。公民館の和室を借り切ってワイワイと一日がかりであった。お開きのあとはお決まりの飲み会。

オーケストラだというのに、10名以上集まったと記憶する。みんな100首全部とは言わぬまでも、かなり覚えていた。

2020年1月 3日 (金)

クララ特集総集編

クララ・シューマン生誕200年記念「クララ特集」の総集編をお送りする。

  1. 2019年09月13日 特集クララ
  2. 2019年09月14日 クララ記事100本
  3. 2019年09月15日 クララの力を借りて
  4. 2019年09月17日 没後840年
  5. 2019年09月18日 とんとご無沙汰
  6. 2019年09月19日 壮行会
  7. 2019年09月20日 1%クラブ
  8. 2019年09月21日 橋渡し役
  9. 2019年09月22日 組織委員会
  10. 2019年09月23日 ピアノ協奏曲ヘ短調
  11. 2019年09月24日 凄い本
  12. 2019年09月25日 クララの評判
  13. 2019年10月04日 シューマン全集  
  14. 2019年10月06日 ケアレスミス
  15. 2019年10月08日 友情の書簡
  16. 2019年10月09日 クララの嘆き
  17. 2019年10月10日 コンサートツアー
  18. 2019年10月11日 クララの耳
  19. 2019年10月12日 シューマンの野ばら
  20. 2019年10月13日 クララの物言い
  21. 2019年10月15日 メトロノーム値をめぐって
  22. 2019年10月16日 タイムトライアル
  23. 2019年10月17日 クララの基盤
  24. 2019年10月18日 カルメンを贈る
  25. 2019年10月19日 嫁と舅
  26. 2019年10月20日 クララのチェック
  27. 2019年10月21日 低地ライン音楽祭
  28. 2019年10月22日 蔵書整理
  29. 2019年10月23日 シューマン家の音楽会
  30. 2019年10月24日 バーター取引
  31. 2019年10月25日 文末決定性
  32. 2019年10月26日 エンデニヒの見舞客
  33. 2019年10月28日 159番
  34. 2019年10月29日 入院費
  35. 2019年10月30日 エンデニヒの患者
  36. 2019年10月31日 10月という区切り
  37. 2019年11月01日 地図ウォッチャー
  38. 2019年11月02日 せめてもの思いやり
  39. 2019年11月03日 それぞれの後始末
  40. 2019年11月04日 もう一人のユーリエ
  41. 2019年11月05日 2つのピアノ協奏曲
  42. 2019年11月06日 クララの洞察
  43. 2019年11月07日 10000マルクの寄付
  44. 2019年11月08日 魔女の変奏曲異聞
  45. 2019年11月09日 伴奏者クララ
  46. 2019年11月10日 英語の立場
  47. 2019年11月11日 墓碑の完成披露
  48. 2019年11月12日 墓碑を贈る
  49. 2019年11月13日 墓碑の絵
  50. 2019年11月14日 クララの動員力
  51. 2019年11月15日 奇妙な告知記事
  52. 2019年11月16日 スエズ運河150年
  53. 2019年11月20日 ショパン風
  54. 2019年11月21日 ラストステージ
  55. 2019年11月22日 若気の至り
  56. 2019年11月23日 シューマンとの距離感
  57. 2019年11月25日 クララを信じる
  58. 2019年11月26日 リーターのお嬢さん
  59. 2019年11月27日 名誉会員
  60. 2019年11月28日 宮廷演奏家
  61. 2019年12月01日 どんぶり勘定
  62. 2019年12月02日 徒歩旅行
  63. 2019年12月04日 お下がりのピアノ
  64. 2019年12月05日 ブラームスの悪評
  65. 2019年12月06日 もう一人のフェリクス
  66. 2019年12月07日 弾き分ける決意
  67. 2019年12月08日 MoltPassionatoの続き
  68. 2019年12月09日 スクエアピアノ
  69. 2019年12月10日 未亡人
  70. 2019年12月11日 ハンブルクのシューマン夫妻
  71. 2019年12月12日 水泳療法
  72. 2019年12月13日 署名漏れ
  73. 2019年12月14日 リヒテンタール
  74. 2019年12月15日 立て続け
  75. 2019年12月16日 賛辞
  76. 2019年12月17日 財産管理の前任者
  77. 2019年12月18日 課外授業
  78. 2019年12月19日 影武者
  79. 2019年12月20日 パストラーレ
  80. 2019年12月21日 危険な贈り物
  81. 2019年12月22日 旧バッハ全集
  82. 2019年12月23日 シューマンのクリスマス
  83. 2019年12月24日 ジャンパウル
  84. 2019年12月26日 クララのオルガン作品
  85. 2019年12月29日 クララのアヴェマリア
  86. 2019年12月30日 君たちのお母さん
  87. 2019年12月31日 作曲家大河ドラマ
  88. 2020年01月01日 クララいろはがるた
  89. 2020年01月02日 カルタ算用
  90. 2020年01月03日 本日のこの記事

 

 

2020年1月 2日 (木)

カルタ算用

クララ特集末尾に訪れた元日だから、昨日の「クララいろはがるた 」はベタな展開だった。しかし避けては通れぬノリではある。だから禁句を増やして難易度を上げてみた。

ブログ「ブラームスの辞書」のゴールにたどり着くにはあと13回元日をやり過ごす必要がある。そのうちいくつをカルタでまかなうかは真剣な検討に値する。作曲家や演奏家ばかりが切り口では心許ないだろう。

双六に行ければかなり展望が開けるのだが。

2020年1月 1日 (水)

クララいろはガルタ

ある意味見え見えの展開。クララ・シューマンネタのカルタを作成した。濁点、半濁点含む68句を一挙に公開する。今回は以下の通りの禁句を設定した。

  • 「クララ」
  • 「シューマン」
  • 「ヨハネス」
  • 「ブラームス」

これらの単語を一切用いずに五七五で作った。

  1. い 犬小屋と呼ばれた家は光る谷
  2. ろ ロマン派の落とし処を見届ける
  3. は 灰色の真珠がぽろりロ短調
  4. ば バースデーカードを書かぬ年は無い
  5. ぱ パガニーニ魔女でなければ弾けません
  6. に ニ短調変奏曲のピアノ版
  7. ほ 施しはお気持ちだけを受けておく
  8. ぼ 僕も逝く一年経たず後を追う
  9. ぽ ポコフォルテ届かぬことが美しい
  10. へ 兵隊のおもちゃを家で見せられた
  11. ベ ベートーヴェン後期のソナタ弾きまくり
  12. ペ ペン震え最後の誕生祝い書く
  13. と とっておき誕生祝うこのホルン
  14. ど ドレスデン悔しい記憶敵討ち
  15. ち 地図買ってエンデニヒまで届けさせ
  16. り リウマチの痛みをそっと思い遣る
  17. ぬ 抜き差しのならぬ恋かと世間云う
  18. る 留守宅はいつもマリーが取り仕切る
  19. わ ワーグナーあれを音楽とは言わぬ
  20. か 家計簿を代わりに僕がつけている
  21. が 我慢させ咥えタバコで低音部
  22. よ 呼び出され聴いたソナタはハ長調
  23. た 頼りすぎアンタの息子金が無い
  24. だ 脱臼が左だったらどうしてた
  25. れ 連弾にピッタリハンガリア舞曲
  26. そ それなりの理由探して入り浸り
  27. ぞ ぞっとするリストにお礼書くなんて
  28. つ Cmoll実はイニシャル隠れてる
  29. ね 念のため作品の2を献呈す
  30. な 何じゃこりゃバッハが受けぬ街ばかり
  31. ら ライプチヒノイマルクトに生家あり
  32. む 無理をして一つ選べばヘ長調
  33. う ウィーンへ皇帝讃歌手土産に
  34. ヴ ヴィークにも反対をする理由あり
  35. の 乗換えをしくじりついに間に合わず
  36. お 欧州を一跨ぎするコンサート
  37. く 空気読め嫁をもらえとすすめるな
  38. ぐ 愚の骨頂テンポの数値決めるのは
  39. や 山よりも高く谷より深くから
  40. ま マリーには苦労させたと振り返り
  41. け 喧嘩して起死回生のイ長調
  42. げ ゲンなおしライン地方を旅行する
  43. ふ 夫婦よりつきあい長し40年
  44. ぶ ブラ1に見え隠れする濃い事情
  45. ぷ プールにも医者の見立てでいれさせる
  46. こ 細か過ぎ伝わりにくいこのカルタ
  47. ご 轟々の批判を軽く受け流す
  48. え 嬰へ調Fisはほんのりフェリックス
  49. て 天国に持って行きたい雨の歌
  50. で 弟子あまたフランクフルト音楽院
  51. あ 雨の歌原稿料を送金す
  52. さ 最後の日しっかり別れ際のハグ
  53. ざ 懺悔です暗譜したのはこの私
  54. き 聴きたいな黄金ペアのコンチェルト
  55. ぎ 逆縁の子供を4人見送った
  56. ゆ ユーリエを嫁がせた後気がついた
  57. め 目で合図アインザッツも要らぬほど
  58. み 認めないドヴォルザークの価値なんて
  59. し 出版をしてもよいかといつも訊く
  60. じ 10月の朔日だった出会いの日
  61. ひ 一工夫同じ曲から変奏曲
  62. び ビシビシといらん曲にはダメを出し
  63. ぴ ピッタリと誤植を先に直してた
  64. も 物心つかぬうちからピアニスト
  65. せ 詮索は野暮なばかりの阿吽かな
  66. ぜ 全集に名前を漏らす大チョンボ
  67. す 既にもう聞こえぬ耳にクラソナタ
  68. ず ずっと前聴いた時には序奏なし

あけましておめでとうございます。

2019年12月31日 (火)

作曲家大河ドラマ

某公共放送が毎週日曜のゴールデンタイムに放送する看板番組だ。

素材を日本史に取り1年かけてじっくりと描くのが常だ。舞台は平安時代から幕末まで様々だが、「戦国時代」「源平争乱期」「幕末」が3本柱だろう。人気のキャラはかなりの回数取り上げられている。やはりキーワードはいくさだ。「こたびのいくさ」など必ず出る言い回しだ。それなりに見応えのあるストーリーにするには「いくさ」は欠かせぬと見える。いくさと言っても壬申の乱、大化の改新、磐井の乱まで遡ると学会に定説がなかったりして具合の悪いことも多いのだと思う。

個人的には是非とも伊能忠敬を取り上げて欲しいと思っている。

前置きが長くなった。大河ドラマで作曲家を取り上げるとしたら誰が適任だろう。信長、秀吉、家康クラスの波瀾万丈さを求めるのは無理がある。1月生まれで12月没のモーツアルトは適任だ。立身出世には縁がないところが難だ。ベートーヴェンあたりも視聴率はキチンとはじき出すに違いないが、ロマンスの盛り込みようが無い点に難がある。となると俄然ワーグナーが浮上する。波瀾万丈という意味では右に出る者はいないと思われる。ロマンスてんこ盛りで飽きも来ない。シューマンは、妻のクララとセットでという感じか。脚本家のさじ加減によっては、平日の昼下がりの時間帯に回されかねない。私としてはブラームスを取り上げて欲しいところだが、シューマンと同じくクララとの距離感の描き方で出来不出来が左右されそうなのが辛い。

いっそクララ・シューマンが良いのではないかと思えてきた。女子の時代だ。

 

 

2019年12月30日 (月)

君たちのお母さん

ブラームスとクララ・シューマンの娘たちとの会話の中で、ブラームスがクララを指して用いた言い回しだ。どんなドイツ語がこう訳されたのか確認していないが、クララの娘の一人4女オイゲーニエは、この言い方が好きだったと証言している。あるいはこの言い方をするブラームスがクララの娘たちから愛されていたと解したい。クララとの距離感を反映したブラームス独特の言葉だと感じる。あくまでもシューマン一家の外に身を置きながら、精一杯の親近感を表現している。私にはとても切なく映る。

今やクララとブラームスについてはあまりに多くの言葉が費やされている。ロマンだ悲恋だと文字数だけは、やけに費やされているが、最近その手には心が動きにくくなった。一方でこのように無骨で不器用なエピソードにからきし弱い。

私ごときの筆力では、正確に言い表せない微妙なニュアンスがこもっている。けれども心配はいらない。ブラームスの作品に充満するニュアンスと矛盾していない。

2019年12月29日 (日)

クララのアヴェマリア

以前に買い求めた「シューマン合唱曲全集」を聴いている。全4枚組の2枚目の冒頭に「Abendfeier in Venedig」(ベネチアの夜の祝祭)というタイトルの作品が収められている。実際に聴いてみると歌い出しは「Ave Maria」になっている。

これだけなら「ほほう、シューマンのアヴェマリアか」くらいなモンである。ドイツ語とはいえ解説書はじっくり読んでみるものだ。この作品の作曲者はクララ・シューマンだったのだ。全4枚組の2枚目の冒頭3曲だけがクララ作曲になっていた。「エマニュエル・ガイベルの詩による3つの混声合唱曲」の中の1番だ。素晴らしい。私のクララ作品へのイメージを一変させる出来映えだ。

クララはピアニストとして有名だ。作曲家ロベルト・シューマンの妻としての知名度もこれに劣っていないが、実は作曲もした。無視し得ぬ質量の作品が残されている。ピアノ作品や歌曲を聴いたことがあった。しかしこの「アヴェマリア」はその中でも出色だ。本当に可憐で上品、さらに小粋でさえある。

毎度毎度ブリリアント社には脱帽だ。

2019年12月28日 (土)

シュライヤー逝く

昨夜、ドイツのテノール歌手ペーターシュライヤーさんの訃報が舞い込んだ。つい先日ジェシー・ノーマンさんを見送ったばかりだというのに。御年84と聞く。ワーグナー、モーツアルトのオペラからドイツ歌曲まで端正なレパートリーと美声で君臨していた。そりゃあまあ、ブラームスにはオペラが無いし、ドイツレクイエムにもテノール独唱はない、男声のおいしい出番は低目に偏るが、彼の49のドイツ民謡は定番だろう。いくつかCDもある。おまけに大のサッカーファンだったはずだ。HSVのサポーターだった気がする。

押しつまったクララ特集を敢然と中断したところで、クララからもブラームスからもクレームは届くまい。心からご冥福をお祈りする。

 

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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