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    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

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    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

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2019年1月16日 (水)

墓参四重奏

今回の旅のメインテーマだ。一度のドイツ旅行で、パッヘルベル、バッハ、ブクステフーデ、テレマンの墓参を実現させた。

<パッヘルベル>8月10日ニュルンベルク

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<バッハ>8月11日ライプチヒ

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<テレマン>8月15日ハンブルク

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<ブクステフーデ>8月16日リューベック

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いい歳をして他愛のないことだが、この不思議な達成感はなんだろう。手製のリースを持参するアイデアには我ながら感心する。




2019年1月15日 (火)

またまたホットサンド

ハンブルクでは約40分の待ち合わせで、再びICEに乗った。フランクフルト空港で下車するまでおよそ4時間だ。

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ブラームスが洗礼を受けた教会やブラームスムゼウムはもとより、ブラームスが踏んだかもしれない道、ブラームスも来たに決まっている駅をそぞろ歩いて空気を吸えたこと生涯の宝に違いない。

ほどなく食堂車に繰り出して朝食。

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アイゼナハに向かう朝に食べて気に入ったホットサンドを迷わず注文した。今回は切ってないのでこのサイズ。セバスチャンと比べてほしい。しかしおいしい。暖かいのが何よりだ。

そしてコーヒーだ。

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マグカップがDBオリジナルなうえにミルクはダルマイヤーだ。ブラックで飲む癖に、「ミルクは」と聞かれてヤービッテと答えた。撮影用だ。

2019年1月14日 (月)

帰国の途

搭乗便への乗り遅れを恐れて最終日午前のリューベック散策を諦めた代わりに少々の散歩。

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セバスチャンも悲しげだ。

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本当に名残惜しい。

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この店のマジパンをお土産に買った。

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7時18分のICEでまずはハンブルクに向かう。

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駅のホームから。

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これに乗る。


2019年1月13日 (日)

さらばリューベック

今回の旅で一番気に入った街を挙げるならそれは、リューベックになる。具体的に記事にできなかった写真の中から厳選して載せて置く。

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こうしたガッセが縦横に走っている。

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運河にかかる跳ね橋。

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セバスチャン推薦の一枚。塔は多分ヤコビ教会だ。
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セバスチャンに腰が引けているねこ。

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ベッドサイドチップ。小銭でおよそ2ユーロある。

2019年1月12日 (土)

みつばちのパウル

さあ最終日8月18日(土)の報告。

朝食中にどうしても気になるものを発見した。

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朝食会場。

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朝食バイキングの会場に置かれていたはちみつサーバーだ。左のレバーを下向きに押すと下に置かれた小皿にはちみつが注がれる。もちろん盛り放題。ヨーグルトにかけて食べた。本当においしい。それはそれで特筆ものだけれど、話題の主眼はそこではない。

はちみつサーバーの上に鎮座したミツバチのぬいぐるみが気になって仕方がない。お尻の部分に重りが入っていてちゃんと座りが安定するよう工夫されている。フロントで尋ねたところ、ホテルチェーンのシンボルキャラで「パウルくん」という名前だと説明があった。

これが土産になっていたので思わず購入してしまった。9.99ユーロおよそ1350円とはいい値段だ。

上記の写真は元日の記事で紹介した2019年のカレンダーでは8月の写真になっている。「ハチ」と「8」である。

2019年1月11日 (金)

リューベックそぞろ歩き

旅行、最後の晩餐のあと少々の散歩。

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暮れなずむマリエン教会。

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ホルステン門の黄昏。

この次夕日を見るのは東京だ。

2019年1月10日 (木)

ラーツケラーリューベック

ラーツケラーは「Ratskeller」と綴る。「市庁舎ビアホール」とでも理解すればいい。いわゆる「市営」なのかは確信がないけれど、大抵は市庁舎至近の位置で、市庁舎の建屋の内部ということも少なくない。

旅行最後の夕食はリューベック市庁舎併設のラーツケラーでとった。

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いやあ、「ハンゼザール」とはおしゃれだ。「ハンザホール」の意味だ。ここはハンザシュタットだった。

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陣取ったのはここ。

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まずはホルステンのピルス㉒だ。ハンブルク産の有名なブランドだ。瓶や缶なら日本でも割と飲める。樽ナマの味わいはいかにと所望したが、これが当たりだった。揺り越すばかりの泡立ちで感激した。この旅行中賞味したビールの中では苦味最高だ。食欲をそそるし、渇きをいやすという効果は大きい。料理が来る前に飲み干せた。

次はと注文したのが以下。

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今や多国籍企業デンマークのカールスバーグピルス㉓である。先の52分のデンマーク訪問で飲み損ねた敵討ちである。旅行中唯一ドイツ以外のビールだが、ここの酵母はミュンヘンのシュパーテン由来なので良しとする。日本で飲むのとは別物の超正当なピルス。

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料理はサーモンのグリル。これまた美味であった。

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頼みもせんのにシュペッツレが出てきたのかと思いきや付け合わせだ。いわば麺状マッシュポテト。山盛りだ。おいしいので食べられたのは幸いだった。

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バニラとナッツのアイスクリーム。キャラメルソース付きをミットザーネで。これもおいしかった。生クリームが甘くないので別腹に拍車がかかる。

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壁にかけてあった装飾。皮製の前掛けだろう。ラーツケラーマイスターと書いてある。何とか土産にと食い下がってはみたものの残念ながら非売品だった。

2019年1月 9日 (水)

エーレンルンデ

古来ドイツの都市は、街の防衛のために周囲に城壁を建設した。街を城壁が囲んでいるのはよくある光景だ。しかしレンズブルクは運河越えのための高度を短距離で稼ぐために、ループ線を採用した。

ハンブルクに向かう列車は、レンズルク駅を出ると、まっすぐ運河に向かわずに街を取り囲むようにぐるりと迂回する。

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これが「Ehrenrunde」(名誉ある円弧)と呼ばれている。街が城壁ならぬ線路で囲まれているのだ。

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タクシーでブリュッヘンテラッセから戻った私とセバスチャンは今度は列車に乗って名誉ある円弧を通り、レンズブルク橋を渡るべくワクワクと列車をまった。赤色の幹線からはずれて赤い矢印に従ってキールに向かうのも楽しみの一つだ。

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さあ行くぞ。

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円弧内側の市街を見渡せるよう進行方向左側の座席を確保した。

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まずは、やがて通ることになる、高度を上げた後の線路の下をくぐる。

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想像と違った。円弧の内側は緑豊かな田舎街だった。

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今、橋を渡る。

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わたり終わった直後のキール運河。

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ここからキールを経てリューベックまで、またチーズ街道まっただ中だった。

2019年1月 8日 (火)

ブリュッヘンテラッセ

レンズブルク駅からタクシーで5分。お目当てのレンズブルク橋に着いた。

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おお。この下を戦艦ビスマルクも通れたという。8月12日に訪問したゲルチュタール橋と並ぶ鉄道橋の白眉だ。

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橋脚の基礎が頑丈だ。

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橋の真下にカフェがある。名付けてブリュヘンテラッセだ。フレンスブルガーのロゴがあるので早速ビールを注文した。

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まさに「橋のテラス」である。ビールはたった今飲んできたばかりのフレンスブルガーデュンケルだ。昼も同じものを飲んでいるのでカウントはしないが、グラスの形が違うので気分が変わる。

2019年1月 7日 (月)

レンズブルク駅

デンマーク52分滞在から、休む間もなくフレンスブルクを後にして、次なる目的地レンズブルク駅に着いた。

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これが駅舎。どこにでもある田舎の駅である。

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線路越しに目的の橋が見える。名付けてレンズブルク橋という。19世紀バルト海と北海を結ぶキール運河が建設された。マストの高い船の航行を確保するため、キール運河を超える鉄道はみな水面からかなりの高さで渡河した。近隣に街がなければ、運河の両岸遠いところから徐々に高さを稼げばいいのだが、ここレンズブルクは運河のほとりに街があるため、やむなくループをさせた。これが「エーレンルンデ」(名誉ある円弧)と呼ばれた。今も現役のこの鉄道橋は立派な産業遺産だ。

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レンズブルク駅とレンズブルク橋を赤枠で囲んでおいた。私とセバスチャンは、フレンスブルクから青矢印の通りレンズブルクに入った。徒歩で橋の真下に行くのだが片道20分かかるということで、時間を節約するため往復タクシーに乗った。

2019年1月 6日 (日)

プロフェッショナルユース

デンマーク52分間滞在を終えてフレンスブルク戻った。次なる目的地に行くためにまた列車に乗る。

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DBの職員と相席になった。ガラガラだから座っているのか非番なのか不明だ。彼の横にあるのは、私愛用のリュックと同じものだ。端末を熱心にのぞき込んでいる。

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私のリュックと並べて写した。職員が仕事に持ち歩くリュックだと改めて証明された。

それどころか、彼のリュックにはハンブルクのサッカークラブHSVのアイテムが付いている。きっとHSVサポーターだ。

2019年1月 5日 (土)

旅の最北端

記事「緯度差6度」でミュンヘンとフレンスブルクの緯度差が6度だと書いた。実は北端のフレンスブルクは、デンマークとの国境まで15kmくらいだ。デンマーク側最初の駅パドボルクまで列車で15分だから、一足伸ばした。

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パドボルク滞在はたったの52分で、引き返す列車に乗った。「デンマークに入ってきたぜ」と自慢できる。コペハーゲンまで行ってカルルスバーグのビールを飲む余裕はなかった。

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12時50分フレンスブルク発の列車でデンマークに行ってくるぜ。

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大混雑の車内。コントラバスと旅する女子。

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着いた。

2人しか下りない。係員に車内でパスポート提示を求められた。移民の問題でドイツからの入国時にはデンマーク当局がパスポート提示を求めるようだ。セバスチャンはフリーだった。帰りのドイツ入国時は何もなかった。

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なんもない。お店一つない。売店でデンマークのビールでもという目論見は外れた。

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この道を少々歩くと国境だ。

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いろいろな機関車が走っていて退屈はしない。

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これで引き返す。

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さらばデンマーク。

2019年1月 4日 (金)

緯度差6度

今回の旅行はミュンヘン空港に降り立ったところから始まった。最終日フランクフルト空港をたつ前の日に、デンマーク国境に近いフレンスブルクを訪ねた。訪問先最南端のミュンヘンの緯度は北緯48度。同最北端のフレンスブルクは北緯54度だ。緯度差6度である。

6度音程好きのブラームスが喜ぶ。

緯度差1度はおよそ111kmだ。6度だと666km。フレンスブルクはミュンヘンの真北ではなく、少し西にずれているから直線距離で700kmに近いかもしれない。

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これはフレンスブルク駅。

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これはミュンヘン中央駅。

2019年1月 3日 (木)

フレンスブルク

フレンスブルクの目的はビール。ドイツ最北の醸造所のビールを賞味する。駅からおよそ15分歩いて醸造所についた。

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訊けばショップは午後から営業とか。

仕方なく市内に繰り出す。

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教会の見えるガッセを歩く。適当にレストランを選ぶ、何はともあれビールということで地元フレンスブルガーのデュンケル⑳だ。もはや選択可能ならピルスより褐色系という流れになっている。

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300ml用のグラスがキュートで感激。ロゴ、泡立ちとも満足。深い味。

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続いてこちらピルス㉑だ。これがおいしかった。やはりこの会社は明るい系得意かも。苦味が心地よい。

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料理はカリーブルスト。これが大正解だった。トマト味を押し出すカリーブルストだ。添えられたパンがおいしくてこれをソースに付けるだけで大満足。

2019年1月 2日 (水)

チーズ街道

さて8月17日はフレンスブルクを目指す列車の旅。

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さっそく座席を確保も何もガラガラだ。

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キールを経由してフレンスブルクに抜けるこの一帯はケーゼシュトラーセと通称されている。「チーズ街道」だ。

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こんな景色がずっと続く。

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キールで乗り継ぎ。
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これがシュライ可動橋だが、列車に乗ってわたる分には普通の橋なのでつまらない。

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フレンスブルク。

2019年1月 1日 (火)

2019年カレンダー

先の旅行で撮影した写真を集めて卓上カレンダーにした。

今年一年余韻に浸っていられる。

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1月はニュルンベルクの朝焼けのショットだ。以下この調子。

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あけましておめでとうございます。

2018年12月31日 (月)

バロック特集総集編⑥

11月12月の総集編をお送りする。

  1. 11月02日 ゲオルク教会アイゼナハ
  2. 11月04日 観光資源
  3. 11月17日 ニコライ廃墟
  4. 11月23日 聖ミヒャエリス教会
  5. 11月25日 地下墓地
  6. 11月29日 合同ムゼウム
  7. 12月02日 テレマン墓参
  8. 12月04日 シュニットガーオルガン
  9. 12月05日 2度あることは3度4度
  10. 12月07日 オルガン演奏会③
  11. 12月16日 ブクステフーデ墓参
  12. 12月17日 ブクステフーデシュタット
  13. 12月18日 ヤコビ教会リューベック
  14. 12月22日 ラインケン墓参
  15. 12月23日  オルガン演奏会④
  16. 12月24日 リューベックのクリスマス
  17. 12月31日 本日のこの記事

いやはや、旅行レポートのせいでバロック関連記事の濃度が激減中だ。

2018年12月30日 (日)

リューベック朝の散歩

8月17日(金)の朝の散歩の風景をいくつか。

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朝まだ暗いうちの市街を運河ごしに。

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朝焼けの運河と、ペトリ、マリエンの両教会。

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こちらは大聖堂。本来こちらが格上だが、ここリューベックでは、商人たちの信仰篤きマリエンの方が扱いが手厚い。

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明るくなってきた。

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お気に入りの一枚。もはや慣れ親しんだホルステン門。

2018年12月29日 (土)

ホテルイェンゼン

ホテルにもどって8月16日の夕食だ。

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メニューには樽ナマが2種。まずはとてもポピュラーなビットブルガーピルス⑱だ。日本で飲む瓶入りとは別物と心得ねばならない。苦味が利いていてのどの渇きに最適だ。料理の出る前に飲み干して次を注文した。

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デュックシュタインのデュンケル⑲だ。筋金入りの褐色系。カラメルチックな後味に、少しだけ甘み。今はこちらが好みだ。

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昼のヒラメが消化しきれておらずスモークサーモンで十分だった。クリームチーズベースのソースがサーモンとよくあう。ハッシュポテトもおいしかった。

2018年12月28日 (金)

小笠原引退

鹿島アントラーズのミッドフィルダ―小笠原満男選手が今季限りで引退する。最も好きなサッカー選手だ。

昨日ニュースを聞いて呆然とした。バロック特集を中断して記事を一本奉ることに何ら躊躇はなかった。これを記事にせんで何がブログかと。

お疲れ様。今はただ寂しい。ただただありがとう。泣泣泣・・・・・。

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セバスチャン「予言が2つ。40番永久欠番、岩手県民栄誉賞」

2018年12月27日 (木)

辻ヴァイオリニスト

8時でもまだ明るい。

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市庁舎裏手の道で、ヴァイオリン演奏を披露する人がいた。そりゃ欧州だから、街々で実演を披露する人はいたけれど、落下した鐘で丸みを帯びた心に素直に響いてきたこの人の実直な演奏を旅行中最高の大道芸と認定する。

前回旅行中、プラハ・カレル橋で聴いた「カヴァレリアルスティカーナ」に匹敵する体験。

2018年12月26日 (水)

落下した鐘

リューベック市内の雰囲気、マリエン教会の威容、演奏会の感激などたくさんの見どころ聴きどころがあったけれど、他に絶対に触れておきたいことがある。

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第二次大戦中の爆撃で、塔の上にあった鐘が落下した。地面にめりこんだまま今日まで保存され平和への祈りの場になっている。ニュルンベルクのフェルゼンケラー以来たびたび目にしてきた戦争の痕跡のうち最たるもの。心を揺さぶられるという意味では最高の経験だ。

この光景に立ち尽くさぬ人はいるだろうか。

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神妙なセバスチャンと祈らずにはいられなかった。

2018年12月25日 (火)

「StilleNacht」初演200年

1818年12月25日にオーストリア・オーベルンドルフの教会で初演されたドイツ語のクリスマスキャロル「Stille Nacht」だ。英語への転写で「Silent night」となり、日本では「きよしこの夜」と呼ばれている。もっともポピュラーなクリスマスソングと断言したところで、たいしたお叱りを受けるとも思えない。

日本ではにぎやかで楽しい側面が強調されがちだが、本来こういう静寂こそが似合うものなのだと思う。

今日は初演200年のメモリアルデー。

展開中のバロック特集を悠然と中断して言及するために、我が家所有のCDに収録された「きよしこの夜」ばかりを集めたCDを作った。ドイツ語で歌われたものに限るという自主規制付きのため、英語で歌われているBCJやキングズシンガーズは涙を飲んだ。

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これが手製のジャケット。

  • ミヒャエル・ハルトマンさんはミュンヘンの聖ボニファティウス教会のオルガン演奏でのエントリー。オットー・マリング(1848-1915)という作曲家の「Die Geburt Christi」op48から第3楽章「ベツレヘム」。エンディングで、まさにこの「きよしこの夜」が荘厳に響き渡る、曲集の冒頭にふさわしい。
  • 「RIAS Kammerchor」は、1948年創設の合唱団。第二次大戦後西ベルリンに進駐した米軍向けの放送局と関係があるらしい。新旧両盤があった。特筆すべきはアレンジだ。なんとオイゼビウス・マンディチェフスキーである。ブラームスの弟子だ。ウィーン楽友協会の司書を務めたほどの大物。
  • Calmus ensemble は、気鋭の声楽アンサンブル。ライプチヒトマス教会合唱団出身者4名にソプラノ1を加えた編成。
  • Wienersangerknaben は、ウイーン少年合唱団のこと。
  • RegensburgerDomspatzen は、レーゲンスブルク大聖堂の合唱団。「Spatzen」は「雀」の意味。実力はローマ法王のお墨付きである。
  • ThomanenchorLeipzigは、ライプチヒトマス教会の合唱団。バッハが合唱長を務めていたズバリその合唱団である。録音場所がトマス教会でないのが残念ではあるけれども、とても上手。
  • Singerpurもまた声楽五重唱で、レーゲンスブルク出身。アレンジが現代風。ミステリアス志向の和音遣い。
  • Lubeckerknabenkantorei 昨日紹介したCDのエンディングに入っている。合唱団のテクならライプチヒには負けているのだろう。けれどもこれはコンクールではない。ハープに横溢する透明感、「天井高い感」、私自身が現地で買い求めたこともあり総合的にはライプチヒを凌ぐ。
  • ラストトラック1分08秒の収録は「きよしこの夜」ではない。トマス合唱団CDのエンディングに入っていた「トマス教会の鐘の音」を据えた。

全長30分の手作りCDだが、どうしてどうして感動的。

メリークリスマス。

2018年12月24日 (月)

リューベックのクリスマス

演奏会のあと、教会ショップをうろつくのはもはや定番になった。その教会での演奏が収録されたCDに出会える確率が高いからだ。素晴らしいコンサートの余韻をCDでと思うのは自然なことだ。

マリエン教会の演奏を収録したクリスマスソング集を買い求めた。

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リューベッカークナーベンカントライの合唱、マリエンカントルの指揮に、マリエンオルガニストのオルガン伴奏だ。それだけで記念になると中身も聴かずに即買いだった。帰国して聴いたらこれがまた素晴らしい。選曲のセンスがいい。オルガンやハープの控えめな伴奏も好感が持てる。CDから伝わる響きだけで、「天井高いっす」感が充満してコンサートの余韻に浸ることができる。

ラスト、ハープの静謐な伴奏にのった「きよしこの夜」の最弱音が身に染みる。

2018年12月23日 (日)

オルガン演奏会④

リューベック、マリエン教会のコンサート。2018年8月16日19時。

結論から申すなら旅行中4度の中で最高のコンサートだったと断言する。

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まずもって見上げんばかりの位置にあるオルガン。人の大きさと位置から、スケールをご想像願いたい。

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そして以下が小オルガン。

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これだけで演奏会前にテンションが上がってしまう。以下がプログラムだ。ブクステフーデ創設の「Abend Musik」という表記が誇らしげでさえある。

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バッハとブクステフーデの因縁に十分配慮しつつ、バロック前期からMプレトリウスを加えるという史的意図は明らかながら、実際に音が鳴りだすとそんなことは枝葉末節だとわかる。空間込み、歴史込み、思い入れ込みの演奏会であり、仮に同じプログラムを東京で聴いても同じ感想にはなるまい。

最後の演目レーガーのコラールファンタジーが「神は堅き砦」であるのは奇遇だ。今回の旅行ではアイゼナハのムゼウムでの体験が強烈だったから、最後に聴くのが同じコラールで感慨もひとしおだ。

2018年12月22日 (土)

ラインケン墓参

ブラームス研究所を辞して市内に引き返す。

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トラヴェ川を渡ると旧市街だ。

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ブルク門という北側の城門。

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カタリーネン教会だ。

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オルガンが見つからないことはさておき、ここはヨハン・アダム・ラインケンのお墓があるはずだ。彼はハンブルクのカタリーネン教会のオルガニストなのだが、没後はリューベックのカタリーネン教会に埋葬されたはず。若きバッハがハンブルク・ヤコビ教会のオルガニストに応募した際の試験演奏を聴いたラインケンが絶賛したほか、バッハ自身もラインケンの作品オルガン用に編曲している。

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ここに間違いない。

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隣にかけてあったこれが伝ラインケン寄進の絵画と目される。

2018年12月21日 (金)

ブラームス研究所

ステファンくんの飼い主に教えられてたどり着いたのはブラームスインスティテュートだ。ブラームス研究所とでも解しておけばいい。リューベック音楽大学の付属施設。リューベック訪問の大きなモチベーションになった場所だ。ここに「ブラームスの辞書」を献本するのが目的だ。

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ところが、開いていない。どうも夏休みらしい。これは諦めきれん。

呼び鈴を押したら中から男性が出てきた。オーキド博士みたいに優しい感じの人だ。事情を話してみると中にいれてくれた。「せっかく遠くから来たんだから」という感じである。

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エントランスのブラームス像だ。「ブラームスの辞書」を名刺とともに手渡した。辞書の趣旨を英語で伝えた。パラパラとめくっていたが「大学には日本人の学生もいるので聞いてみる」とおっしゃった。執筆の趣旨は分かってくれたようだ。「ブラームス専用音楽辞典」というのはシンプルに伝わった。

展示を見て行けという。

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室内楽を演奏するホール。

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ウィーンのブラームスの部屋に飾ってあった写真や絵画。

「ブラームスの辞書」は晴れてブラームス研究所の蔵書になった。それも3冊だ。ずっと墓参の写真に供えてきたリースをお礼に差し上げた。

記事は冷静に書いているが、その瞬間は本当にうれしかった。

2018年12月20日 (木)

Villa Eschenburg

船員組合の食事を終えて、リューベック北の街外れグスタフ広場にバスで向かった。目的はVilla Eschenburgという。バス停からは徒歩。

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こんな道を歩く。

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この人に道を訊いた。ステファン君のご主人だ。

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ここいら一帯がVilla Eschenburgらしい。

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あった。突き当りが目的地だ。

実は、本日のこの記事がブログ「ブラームスの辞書」5000本目の記事だ。5000ですよ5000。過去最大の企画「バロック特集」はその記念とも位置づけうる。

感慨もひとしおだ。2005年5月30日にブログを立ち上げたとき、まさか5000本の記事が堆積しようとは思っていなかった。記事が5000本堆積したブログは世の中にどれほどあるのだろう。それが、かれこれ13年毎日更新を維持していることとの両立となるとさらに希少に決まっている。オフィシャルな統計があるとは思えないが、更新の励みになっている。

誰もが通読をためらう厚みになってきた。

2018年12月19日 (水)

船員組合

リューベック最初のランチは「Schiffergeselschaft」と決めていた。船員組合とでも訳せばいいのだが、やはりドイツ語でないと感じが出ない。ハンザ都市リューベックの威信を感じるにはなおさらだ。

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ヤコビ教会のショップのおじさんが「おいしいぞ」と勧めてくれた。

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まずはこの内装に圧倒される。重厚な造りというだけではなく、帆船の甲板をまねている。

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これはビスマルクの肖像だ。私の席を見下ろすような感じ。ウエイトレスさんは「フュルスト・ビスマルク」と呼んでいた。「侯爵ビスマルク」の意味で、彼の最高爵位ときれいに一致する。若い女性だったがきちんと腹に入っている感じがした。

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で、このビールはAktienPils⑰である。バイロイト近郊の産なので、ピルスにしてはオレンジ気味で濁りもある。味わいも苦味控えめどころかほんのり甘みさえ感じる。

なんといっても驚いたのは料理だ。元々リューベックでは魚料理と決めていたのでヒラメのムニエルを所望したが24€もする。およそ3000円だ。ランチとしては破格。パラシュートをつけてマリエン教会の屋根から飛び降りる覚悟だった。

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お皿のマークが船員の帽子をイメージしていておしゃれなどと余裕をかましていたが、食べてみて驚いた。相当なサイズのヒラメがほぼ1匹丸ごと。ヒラメを高級魚とする意識があるんだかないんだか。これが3000円なら仕方ない、一言で申すと「美味」。見た目より数段あっさりの絵にかいたような白身。大きさにビビっていたが難なく食べられた。ソースなしで、カリカリの揚げ物に適度な塩味がついていてほぼそれだけでいける。今回旅行中最高の料理と断言する。

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でこちらがデザート。ヒラメがこんなに大きいと思っていなかったから、ヴァニラとレモンのアイスクリームに生クリーム添えで注文した。でもこれまた別腹であっという間だった。

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この子が気になって仕方がなかった。「グフォー君」だ。

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ほんとにいい子だ。

外観、内装、雰囲気、従業員、料理、デザート、ビール全て満足。これをグフォーくんが台無しにしかったことも付け加えておく。

2018年12月18日 (火)

ヤコビ教会リューベック

マリエン教会の興奮が鎮まらない中、歩いてすぐのヤコビ教会にいった。

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偶然にしては出来過ぎの飛行機雲。

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第二次大戦の被害を免れているおかげで3台のオルガンが古いまま残っていることだ。大被害を受けたマリエン教会に近いのに奇跡的と言える。

まずは大オルガンから。

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角度を変えるとより実感がわく。

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こちらはStellwagenOrgelだ。

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チョコレートで出来ているみたい。ここでリハーサルに遭遇しなかったのは残念だが、ショップでCDを入手できた。

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ブクステフーデ、トゥンダーというリューベックゆかりのオルガニストの作品に加えバッハ、ズヴェーリンクも加わる鉄壁の収録。響きが優しい。

«ブクステフーデシュタット

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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