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2022年1月21日 (金)

ルエーガー

カール・ルエーガー(Karl Lueger1844-1910)は、オーストリアの政治家。反ユダヤ主義を標榜してウィーン市長になった。ずっと不思議に思っていたことがある。

ブラームスの伝記を読んでいると、ときどきルエーガーが話題になっている。彼の反ユダヤの思想と、ウィーン市長に選ばれたことが話題になる。しかし彼の市長への就任は1897年4月20日だから、ブラームスが没した後だ。ブラームスの葬儀そのときのウィーン市長ではなかった。

このほどその謎が解けた。1895年以降ルエーガーは3度にわたった市長選挙で勝利したにもかかわらず、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が拒否したために、市長への就任が出来なかったということだ。せっかく選挙で勝っても皇帝に拒否権があったということだ。

就任後のルエーガーは現在にも残る改革を次々と実行した。端正な容姿とあいまって市民の人気が高かった。彼の名前をつけた道路が今でも残っている。

2022年1月20日 (木)

ご落胤

「高貴な人物の隠し子」というくらいの意味で間違いはなさそう。美貌の皇后シシィは、窮屈な宮廷生活を避けて旅行に明け暮れたから、ウィーンに残る皇帝とは事実上の別居状態だった。皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に愛人がいたという噂はこうした境遇と無縁ではない。

30歳の皇帝に見初められたのは、15歳のアンナ・ナホフスキーという女性。この若さで既婚だった。やがて離婚してまた再婚した彼女は全部で4人の子を産んだ。このうち2番目と3番目の子どもの父親が皇帝だったといわれている。

2番目の子は女の子でヘレーネ、3番目は男の子で、そのものズバリでフランツ・ヨーゼフという。驚くべきはヘレーネで、声楽を学びやがて作曲家アルバン・ベルクの妻となった。グスタフ・マーラーの妻アルマや指揮者ブルーノ・ワルターも手記の中で、ヘレーネの父が皇帝だった可能性に言及しているという。

2022年1月19日 (水)

大観覧車

ウィーン進出後のブラームスはしばしばプラーター公園を訪れた。だからあの名高い大観覧車を知っていたのかを調べていたら、面白い話にたどり着いた。

観覧車の設計者はガボール・シュタイナーという技術者だった。腕の立つ技術者だったから設計には自信があったらしいが、お役所の許可が下りずに苦労したと伝えられている。苦労話はさておき、彼の兄フランツ・シュタイナーはアン・デア・ウィーン劇場の支配人なのだが、どうもヨハン・シュラウス2世の2番目の妻リリーの駆け落ちのお相手だったらしいのだ。

さらに彼の息子は1888年生まれでマックス・シュタイナーという。名付け親はリヒャルト・シュトラウスで、ブラームスからピアノの手ほどきを受けたとされている。15歳でウイーン音楽院に進んでグスタフ・マーラーの薫陶を受けた。4年の課程を1年で終えたという天才振りだった。いやはや後期ロマン派総出という感じがまぶしい。

第一次大戦を期にアメリカに渡り映画音楽の分野でブレークする。「風と共に去りぬ」の音楽を担当したほか、アカデミー賞にも名を連ねている。

肝心の観覧車の完成は1897年6月21日だった。つまりブラームスは間に合っていない。高さおよそ65mの観覧車一周の料金は6グルデンという結構なお値段だったが、庶民が殺到したという。ブラームスが元気だったら絶対に乗っていたハズだ。現代で申せばスカイツリーみたいなモンだろう。

 

 

2022年1月18日 (火)

建築ラッシュ

ブラームスが進出した頃のウィーンは建築ラッシュの真っ只中だった。ブラームス進出の5年前1857年に皇帝フランツヨーゼフ1世は、ウィーン市壁の撤去を決定した。過去トルコ軍の包囲を耐え抜いた市壁なのだが、もはや時代は移った。

ウィーン市外をグルリと取り囲む幅およそ500mの土地が忽然と姿を現した。市庁舎、国会議事堂、司法省、市立公園などの公の施設が続々と建設された。それでも余った土地は民間に払い下げられた。現代ウィーンの輪郭はこのときから数十年の間に形成されていった。

1869年に完成した宮廷歌劇場は現在の国立歌劇場で、翌1870年には楽友協会が完成。1872年に協会の芸術監督に就任したブラームスは竣工間もない建物に通い詰めたことになる。コンサート会場で名高いコンツェルトハウスの完成は1913年。一連の建築ラッシュのなかではむしろ遅いほう。

2022年1月17日 (月)

地味にウィーン特集

年明け早々、室内楽とサッカーネタでご機嫌をうかがってから一週間。実はひっそりとウィーンネタだ。特集とまではいかぬが、シューベルトについて調べる間に何となく記事が堆積していたのをこの際まとめて公開するという流れ。シューベルト特集を終えた後の脱力に備えるという側面もある。1か月少々は間が持つはずだ。

われながら周到。

2022年1月16日 (日)

帝国議会

1867年の和協によりオーストリアハンガリー二重帝国が成立したことは昨日話題にした。オーストリア側にもハンガリー側にも議会が発足した。このときをもってオーストリアは立憲君主制に移行したと解されている。

議員を皇帝が任命する貴族院と、領邦議会代表によって構成される衆議院の二院制で、両院は対等の権能を持った。1873年には領邦議会代表による互選制から直接選挙制に移行した。このときは制限選挙だったが1896年には普通選挙による72議席が追加された。この制度のもとでの最初の選挙が1897年3月だった。ブラームスの没する1ヶ月前である。ブラームスの伝記にはこの最後の3月についての記事が比較的厚く書かれるのだが、この選挙に言及されていることはない。この選挙では青年チェコ党が第一党に躍進して、ちょっとした衝撃だったというのだが、伝記は沈黙している。ブラームスの病状を考えると選挙どころではなかったことは確実なのだが、疑問もわき上がる。

そもそも友人たちの証言によればブラームスは政治の話にも積極的だったらしいのだが、選挙に行ったというエピソードは残されていない。ブラームスは投票に行ったことはあるのだろうか。もしあるとすればドイツとオーストリアどちらの議会だったのだろう。

2022年1月15日 (土)

アウスグライヒ

「Ausgleich」と綴るドイツ語。辞書を引くと「調整」「妥協」「調停」「和議」という訳語並んでいるが、歴史用語として使われる場合がある。ハプスブルク帝国の転換点のことを指す場合「和協」という言葉か特別にあてられる。

ブラームスの生きた時代、とりわけ1848年のメッテルニッヒ失脚以降、どうもハプスブルク家は旗色が悪い。プロイセンの台頭、とりわけビスマルクの登場により拍車がかかった感じがする。

イタリアに独立され、デンマークから手を引かされ、普墺戦争に負けて、多民族国家の弱点が次々と表面化する。領内でドイツ人の次の勢力だったマジャール人が分離独立を志向することで、帝国の維持がどうにも怪しくなる。その場面で採用された政治的妥協のことを後世の歴史家は「アウスグライヒ」(和協)と呼んだ。マジャール人との妥協だ。

帝国はオーストリアとハンガリーに二分し「オーストリアハンガリー二重帝国」となる。オーストリア帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世を王に戴きながらハンガリーは独立の政府と議会を持つことになる。軍事・財政・外交だけが共通事項とされたほかは、独自に大臣を持った。蔵相や外相がハンガリー人だったこともある。帝国内においてハンガリー人はドイツ人とならぶ特権階級になった。1867年の出来事だ。后妃エリザベートのハンガリーへの肩入れもあって、ハンガリーの地位が大きく向上した。

ブラームスの出世作ハンガリー舞曲第一集第二集の出版が1869年なのはけして偶然ではない。そしてその楽譜がベストセラーになったのは帝国内におけるハンガリー熱の高まりを考えるともはや必然という気もしてくる。

 

 

2022年1月14日 (金)

時計回り

記事「旋回の向き」で、19世紀ウィーンではしばしば「左旋回ワルツ」が禁止されていたと書いた。男女の密着度が増すことから、風紀を懸念する人々による政策だ。このとき「左旋回」がただちに「反時計周り」を意味するのかについて、断定を避けておいた。

ウィーンの舞踏会の写真を見ると、女性の腰に回されるのは男性の右手のようだ。向かい合う女性の腰に右手を回したところをご想像いただく。このときもし「時計回り」をすると、回した右腕が振りほどかれる方向にモーメントが発生する。つまり密着度は下がる。

一方「反時計回り」の回転では、右腕は女性の腰をより強く抱えるようなモーメントになる。つまり密着度が増す。だから「左旋回のワルツ」が高密着を理由に制限されるなら、その回転は「反時計回り」であるとみていい。男性の利き腕に関係なく、右腕が腰に回されるからこそ、「左旋回ワルツ」を一律に取り締まったのだ。

たぶん。

おバカな話題だが割と真剣。

 

 

2022年1月13日 (木)

旋回の向き

ウィーンにおけるワルツの大ブームの中、長くウィーンに住んだブラームスがワルツを踊ったのかどうかについて調べているのだが、めぼしい情報が見つからない。一方で興味深い外道情報が目に留まった。

密着した男女が目にも留まらぬ速さで回転するのがワルツの醍醐味。男性が女性の腰に手を回し、女性は男性にしっかりしがみついていなければ遠心力に耐えられない。だからいやでも密着する。これがけしからんということで、しばしば禁止令が出されている。その禁止令の周辺を調べるとしばしば旋回の向きが話題になる。「右旋回ワルツ」と「左旋回ワルツ」だ。これが直ちに「時計回り」と「反時計回り」を意味するかどうかは調査中だが、ワルツを踊るときの姿勢は左右対称ではない。このことが旋回の向きによる違いを生み出していると見て間違いあるまい。

左旋回は男性がより強く女性を引き寄せねばならず、右旋回に比べて密着度が増すとされている。当局は「右旋回ワルツ」だけを許可する内容の告示をしばしば出している。つまり密着度を抑えるという意味だ。

高い密着度はイコール公序良俗に反するという認識の現れだ。密着度はハイテンポと左回りで助長される。速いテンポのワルツを左回りで踊るのが、高密着の秘訣といえそうだ。ワルツのレパートリーを見ても「左旋回のための」とか「右旋回用の」というワルツにはお目にかからないから、どちらに旋回するかは踊り手たちの自由なのだと思う。「ブラームスのワルツ」で名高い15番イ長調のワルツはテンポが緩すぎて、一部の紳士淑女には歓迎されないと見た。14番あたりがおすすめかもしれない。

 

 

 

 

2022年1月12日 (水)

ワルツの夜明け

1766年だからベートーヴェンが生まれる4年前の話だ。皇帝ヨーゼフ1世は、宮廷ダンス教師たちに芸種としての独立を認める決定をくだした。そのときまで舞踏は宮廷作法の一つで、作法としての舞踏を王室や貴族相手に教授するためのお抱え教師を雇っていた。このときの決定は、平たく言うと「庶民相手に舞踏を教えてもよろしい」という意味合いを持っていた。これがワルツ大ブレークのキッカケとなった。

ワルツはカップルが数回ダンス教室に通えば、とりあえず踊れるようになる。習得に長い時間がかかるメヌエットは、あっという間に落ち目になる。さらに習得の手軽さに加え、踊る男女の密着度が大ブレークの原因とささやかれている。眉をひそめる向きももちろんあって、しばしば禁止令が出されたが効果は全くなかった。

メヌエットの代替品がただちにワルツになったわけではないこと周知の事実だがソナタの中間楽章からメヌエットが消えて行くタイミングと不気味なくらい一致している。ソナタに挿入されたスケルツォが「踊らぬ舞曲」の代名詞なら、ワルツは踊る舞曲の帝王である。まさに時代の最先端を行く踊りだ。

だからワルツop39を献呈されたハンスリックは驚いたのだ。「あの堅物のブラームスが」という台詞は、当時のワルツの大ブレークを下敷きに考えねば実感できない。

2022年1月11日 (火)

ウィーンの民謡

正式な定義はおろか近似する概念さえ思い浮かべにくい。ニューイヤーコンサート等で「ワルツ」や「ポルカ」は頻繁に耳にするが、ウィーンの民謡となると情報が少ない。

記事「子守歌のルーツ 」で述べた通り、ブラームスの子守歌の元になったワルツを求めてあれこれ調べ物をしていて、興味深いCDに出会った。例によって中古CDショップでの掘り出し物だ。

「ウィーンの辻馬車の歌」というタイトルのアルバム。演奏はエーリッヒ・クンツというバリトン。1967年の録音で発売は1991年。有り難いことに国産CDなので解説書が読める。お宝だ。私が求める「子守歌のルーツ」は収録されていないけれど、まさにウィーン民謡と呼ぶにふさわしい内容だ。歌詞は全部ドイツ語だから、ドイツ民謡のノリで聴いて楽しめる。

2022年1月10日 (月)

7回おいしい

生涯の趣味としての音楽、ニアリーイコールブラームスは私に6重の楽しみをもたらしてくれる。

  1. 「聴く」:中学時代に端を発するもっとも根源的な音楽の楽しみ。クラシック音楽に立ち入った当初はベートーヴェン大好き状態だった。
  2. 「弾く」:大学入学と同時にオーケストラに入団し、ヴィオラを習い始めたことによって弾く楽しみに目覚めた。今もって技量は怪しいが、楽しみは深くて広い。
  3. 「読む」:楽器を習い始める以前からスコアを読む楽しさには気付いていた。楽器を始めてから譜読みの楽しさに目覚めた。
  4. 「打つ」:ブラームスの楽譜上の諸現象をパソコンを駆使して分析する。「読む」をさらに深化させ、「聴く」や「弾く」にも影響を与えることになる。
  5. 「書く」:「ブラームスの辞書」の執筆とともに始まった。本の執筆は終わったがブログの記事の更新は今やライフワークでさえある。
  6. 「飲む」:ブラームスを肴に仲間と盛り上がる。

残念ながら「作る」つまり作曲だけは諦めているが、ブラームスは私にとって6度おいしい宝物だ。残すところがない魚みたいなものだ。さらに加えて7つ目の楽しみに挑戦したいと思っている。それは「歌う 」だ。ブラームスの残した歌曲を思い切り歌ってみたいのだ。あるいはドイツレクイエムに合唱で参加するのもありだ。

 

2022年1月 9日 (日)

歌の経験

大学入学後に習い始めたヴィオラ演奏の経験が、ブログ「ブラームスの辞書」の基礎になっていることは、疑い得ない。拙いながらもヴィオラでブラームス作品の演奏に参加した記憶は、至る所に痕跡となって横たわっている。

ここでハタと考える。

もし歌の経験があったらどうなるだろう。

ヴィオラでブラームスに親しんだ記憶だけでもこれだけ楽しいのだから、ブラームスを歌った記憶があればもっと楽しいだろう。オフィシャルには「日曜日」op47-3を高校の授業で歌っただけだ。

最近ブラームスやシューベルトの声楽作品に触れて心からそう感じる。ドイツレクイエムの演奏にヴィオラではなくコーラスで参加していたら、ブログの記事が1ダースは書けるだろう。混声合唱版の民謡を歌えたら、唖然とするような発見が出来るに違いない。

声楽愛好家にとってのブラームスが、並ではない喜びを与える存在だろうと想像している。ただただ羨ましい。

2022年1月 8日 (土)

雪のメッセージ

今年の元日。母の姉、私の伯母が静かに息を引き取った。母と6つ違いの92歳。三が日が明けるのを待っていたのだろう。4日朝、従兄が母に電話をくれた。明らかに取り乱した母が在宅勤務中の私に知らせてきた。「お姉さんが死んじゃった」「こたつで横になって静かになくなったって」「年末には電話で話したのに」「6日に火葬場だって」と私に告げる。「都内とはいえ電車を乗り継いで行くのは無理なんで、お顔見に行けない」と。

思えば仲のいい姉だった。「戦争中は一家を代表して買い出しに行ってくれた」が口癖で何度聞かされたことか。私もいろいろと世話になった。

5日と6日の勤務の具合を見て、5日午後に母を連れてゆくことにした。葬儀場に安置された伯母にお別れをしようと提案すると母はいくらか落ち着きを取り戻した。異論があるはずもない。お骨になる前にお顔を見ねばならない。やっておかねば心に傷が残るに決まっている。

行ってよかった。穏やかなお顔を見て話しかける母。「ありがとう」「やすらかに」「がんばったね」と言葉が途切れない。火葬当日ではなかったので従兄姉2人ともゆっくり話ができた。「叔母さんが来てくれて本当に良かった」「お母さんの分まで元気で長生きしてね」と励まされて涙を拭かずにうなずく母。我ながらよい判断ができたものだ。

けじめがついたとはこのことだろう。帰りの車の中で母はいつもの母に戻っていた。行かなかったらきっと「ああお顔を見ておけば」とか「お別れも出来ずに」とか、今後ずっと引きずっていたに違いない。人の死について回る一連の儀礼は、後に残る者のためにあるとつくづく思った。

一昨日6日は火葬当日。ほどなく東京は1月としては異例の積雪。母は積る雪を見ながら「お姉さん」とつぶやく。そう、この雪は伯母から私への「お母さんを大切にしなさい」というメッセージに決まっているではないか。

2022年1月 7日 (金)

番付編成会議

大げさな言い回しだが、私の脳内作曲家番付の話だ。事実上のシューベルト特集で半年過ごしたこと、あるいはその前のバロック特集の取り組みを考慮して少々の変更が要る。

新番付は以下の通り。

  • 東横綱 ブラームス
  • 西横綱 バッハ
  • 東大関 ドヴォルザーク
  • 西大関 シューベルト
  • 東関脇 マーラー
  • 西関脇 ベートーヴェン
  • 東小結 ブクステフーデ 
  • 西小結 モーツアルト
  • 東前頭 シューマン
  • 西前頭 テレマン

シューベルトはすぐにでも東大関をうかがう位置。ブクステフーデがオルガン補正でこの位置まで昇進した。西前頭筆頭の位置は最後までメンデルスゾーンとテレマンの争いだった。マーラーさんは学生時代の記憶とりわけアダージェットによって命脈を保っている感じ。内助の功も相当ある。内助の功といえばシューマンさんもである。部屋の女将がでんと控えている感じ。

2022年1月 6日 (木)

グループリーグ結果

ブラームスの室内楽全24曲を参加国に見立てた疑似ワールドカップを進行中だ。昨日組み合わせを決定した。それはそれはもう楽しい作業だった。パズルとして一級と申し上げたい。本日はグループリーグの結果をレポートする。

<グループA>からは弦楽六重奏曲第1番が3連勝で余裕の首位通過だ。2位はクラリネットソナタ第1番が滑り込む。六重奏曲が勝ち点を集めすぎたために3位の勝ちが下がってしまい、ピアノ四重奏曲第2番が3位ながら決勝トーナメント進出を逃がした。

<グループB>からはピアノ五重奏との首位争いを制した「雨の歌」が首位通過した。クラリネットソナタ第2番が3位ながら決勝トーナメントに進んだ。

<グループC>はいわゆる「死の組」どこにも敗退のリスクがあるという意味だ。弦楽六重奏曲第2番、ピアノ三重奏曲第一番、チェロソナタ第一番の順で決勝トーナメント入り。

<グループD>ニ短調ヴァイオリンソナタを得失点差でかわして、ピアノ四重奏曲第1番が首位通過。ホルン三重奏曲も狙い通り3位で通過にこぎつけた。

<グループE>ここもまたグループA同様首位のピアノ四重奏曲第3番が3連勝で通過した。弦楽五重奏曲第2番も手堅く勝ち点を拾ったおかげで、3位のチェロソナタ第2番が決勝トーナメント進出を逃がした。

<グループF>ここも「死の組」。クラリネット五重奏、弦楽四重奏曲第3番、ヴァイオリンソナタ第2番の順で決勝トーナメント進出を果たした。

2022年1月 5日 (水)

組み合わせ決定

室内楽カップの組み合わせが下記の通り決定した。グループ内で総当たり戦を行い、上位2曲12作品に加えて、3位の中から成績優秀の4曲が決勝トーナメントに進む。各組の記載はポット順とする。

<グループA>

  1. 弦楽六重奏曲第1番変ロ長調op18
  2. ピアノ四重奏曲第2番イ長調op26
  3. ピアノ三重奏曲第2番ハ長調op87
  4. クラリネットソナタ第1番変短調op120-1

<グループB>

  1. ピアノ五重奏曲ヘ短調op34
  2. 弦楽四重奏曲第1番ハ短調op51-1
  3. クラリネットソナタ第2番変ホ長調op120-2
  4. ヴァイオリンソナタ第1番ト長調op78

<グループC>

  1. 弦楽六重奏曲第2番ト長調op36
  2. 弦楽四重奏曲第2番イ短調op51-2
  3. ピアノ三重奏曲第1番ロ長調op8
  4. チェロソナタ第1番ホ短調op38

<グループD>

  1. 弦楽五重奏曲第1番ヘ長調op88
  2. ピアノ四重奏曲第1番ト短調op25
  3. ホルン三重奏曲変ホ長調op40
  4. ヴァイオリンソナタニ短調op108

<グループE>

  1. 弦楽五重奏曲第2番ト長調op111
  2. ピアノ四重奏曲第3番ハ短調op60
  3. クラリネット三重奏曲イ短調op114
  4. チェロソナタ第2番ヘ長調op99

<グループF>

  1. クラリネット五重奏曲ロ短調op115
  2. 弦楽四重奏曲第3番変ロ長調op67
  3. ピアノ三重奏曲第3番ハ短調op101
  4. ヴァイオリンソナタ第2番イ長調op100

グループAのみ長調3曲の短調1曲となったが、他は長短仲良く2曲ずつだ。各G内に同じ主音の調が無い。弦楽器のみの室内楽がどの組にも最低1曲は入っている。クラリネット入り作品は同一G内に複数存在しない。グループFを構成する作品の調性を見てほしい。「H、B、C、A」となる。入れ替えると「BACH」が完成する。

 

2022年1月 4日 (火)

ポット分け

ブラームスの室内楽24曲をワールドカップの組み合わせ抽選よろしく4作品ずつA~Fの6組に分けてみる。その際のルールを下記の通り定める。

  1. 五重奏または六重奏が各組に必ず1曲入る。
  2. 四重奏が各組に必ず1曲入る。
  3. 同じ調または同主調の作品が同一Gに複数存在しない。
  4. 各Gには長調短調の作品が2つずつ同居する。ただしA組は例外とする。
  5. ピアノを含まない作品が各Gに最低1曲は入る。
  6. クラリネット入りの作品が同一グループに複数存在しない。

上記を満たすべくポッド分けを行う。これで各ポット6曲ずつとなるが、二重奏ソナタが7曲で、三重奏が5曲なので、二重奏ソナタから1曲が第三ポットに回る。(※)

  • 第一ポット 五重奏と六重奏
  • 第二ポット 四重奏
  • 第三ポット 三重奏※
  • 第四ポット 二重奏ソナタ※

上記ポット分けで組み合わせルールの1と2に対応できる。

第一ポット6曲を、作品番号の若い順に以下の通り各グループに自動的に配分する。

  • グループA 弦楽六重奏曲第1番変ロ長調op18
  • グループB ピアノ五重奏曲ヘ短調op34
  • グループC 弦楽六重奏曲第2番ト長調op36
  • グループD 弦楽五重奏曲第1番ヘ長調op88
  • グループE 弦楽五重奏曲第2番ト長調op111
  • グループF クラリネット五重奏曲ロ短調op115

さあ抽選だ。

2022年1月 3日 (月)

室内楽マラソン

ブラームスの室内楽全24曲の演奏時間はおよそ12時間になる。これを一日で聴くとどうなるかというお話。生ではとてもしんどい。トイレも食事もある上に、客席の椅子は窮屈だ。DVDまたはCDとしよう。どこぞのリゾートホテルに一日こもってサンドイッチやコーヒーを用意してソファにふんぞり返って楽しもうという設定だ。

<持ち物>

  1. CD
  2. DVD
  3. プレーヤー
  4. コーヒーセット
  5. サンドイッチ
  6. ホットドッグ
  7. おにぎり
  8. ワイン
  9. ビール
  10. ケーキ
  11. クッキー
  12. フルーツ
  13. 完璧な体調

<日程>

  • 06:00 起床
  • 07:00 ①ピアノ三重奏曲第1番 朝食をとりながら。第一楽章は意外と朝食向き。
  • 07:40 ②弦楽六重奏曲第1番
  • 08:15 休憩
  • 08:30 ③ピアノ四重奏曲第1番 長い作品が午前中にあるのはありがたい。
  • 09:40 ④ピアノ四重奏曲第2番
  • 10:30 休憩
  • 10:45 ⑤ピアノ五重奏曲
  • 11:30 ⑥弦楽六重奏曲第2番
  • 12:15 休憩 ランチのつもり
  • 12:45 ⑦チェロソナタ第1番
  • 13:10 ⑧ホルン三重奏曲
  • 13:40 休憩 コーヒーを多めに
  • 13:55 ⑨弦楽四重奏曲第1番
  • 14:25 ⑩弦楽四重奏曲第2番
  • 15:00 休憩
  • 15:15 ⑪ピアノ四重奏曲第3番
  • 15:50 ⑫弦楽四重奏曲第3番
  • 16:15 休憩 軽くワイン可能。ちょうど半分。
  • 16:30 ⑬ヴァイオリンソナタ第1番
  • 17:00 ⑭ピアノ三重奏曲第2番
  • 17:30 休憩
  • 17:45 ⑮弦楽五重奏曲第2番
  • 18:15 ⑯チェロソナタ第2番
  • 18:45 休憩 もっとも長い45分の休憩。ビール可。
  • 19:30 ⑰ヴァイオリンソナタ第2番
  • 19:55 ⑱ピアノ三重奏曲第3番
  • 20:15 休憩
  • 20:30 ⑲ヴァイオリンソナタ第3番
  • 20:55 ⑳弦楽五重奏曲第2番
  • 21:25   休憩
  • 21:40 ㉑クラリネット三重奏曲
  • 22:05 ㉒クラリネット五重奏曲
  • 22:45 休憩
  • 23:00 ㉓ヴィオラソナタ第1番
  • 23:25 ㉔ヴィオラソナタ第2番
  • 23:50 お開き

我ながら完璧。演奏会ではないので、咳払いもくしゃみもOK。缶ビール開けたり、ケーキを切ったりもできる。コーヒーをハンドドリップしながらでもいい。お湯はわかしておかないと。

箱根駅伝の往復を1日で済ます感じだが、なんだかやれそうな気がしてきた。

 

2022年1月 2日 (日)

室内楽楽章別ベスト10

ブラームスの室内楽は24曲ある。それらは91の楽章で構成される。4楽章制19曲、3楽章制5曲である。(4*19)+(3*5)=91だ。本日はその91楽章から私的ベスト10を選ぶというお遊び。24作品から10作のチョイスよりも話が深まる。作品として上位10作にランクインしない曲の中にも魅力的な楽章があることも少なくない。

  1. 弦楽六重奏曲第1番op18の第1楽章 変ロ長調
  2. 弦楽六重奏曲第1番op18の第2楽章 ニ短調
  3. ピアノ四重奏曲第1番op25の第3楽章 変ホ長調
  4. ピアノ五重奏曲op34の第3楽章 ハ短調
  5. ピアノ四重奏曲第3番op60の第3楽章 ホ長調
  6. 弦楽四重奏曲第3番op67の第3楽章 ニ短調
  7. ヴァイオリンソナタ第1番op78の第1楽章 ト長調
  8. ヴァイオリンソナタ第2番op100の第3楽章 イ長調
  9. クラリネット五重奏曲op115の第2楽章 ロ長調
  10. ヴィオラソナタ第2番op120-2の第2楽章 変ロ短調

上記は作品番号順の配列であり、そのままランキングではない。10曲選ぶ楽しさよりもいくつか切らざるを得ないつらさが身に染みた。

楽章別でこのありさまだから旋律別にしたらもっとカオスに違いない。対旋律の扱いとか課題も多い。

 

2022年1月 1日 (土)

ワールドカップイヤー

かつて私には妙なジンクスがあった。

1996年に妻を亡くしたとき、会社が私に東京勤務を命じて以降の、転勤辞令が発せられたのは下記の通りだ。

  1. 1998年
  2. 2006年
  3. 2010年
  4. 2014年

見ての通り、全てワールドカップ開催年だ。2018年は少しドキドキしたがなにも無かった。今年2022年はカタールワールドカップの年だけれど、きっと良い年になる。

あけましておめでとうございます。

2021年12月31日 (金)

啓示

本日この記事をもって「第二歌曲特集」をお開きとする。この7か月本当にお世話になったフィッシャーディースカウ先生の著書「シューベルトの歌曲をたどって」を今一度引用する。

先生はブラームスがシューベルトを終生変わらず、しかも理解に満ちて崇拝していたと評する。そして極めつけの瞬間が458ページにやってくる。「シューベルトの歌曲において、何かを学び取れない作品は一つもない」と言ったブラームスの言葉を引きながら、「こう言ったこと自体がブラームス本人の名誉になっている」と断言しておられる。

このブラームスの言葉は弟子のグスタフ・イエンナーがブラームスから作曲を学んだ時の記憶として証言しているもの同じ系統にある。当時のウイーンでのシューベルトの扱われ方まで微妙に反映しているとにらんでいる。つまりブラームスの周りにシューベルトを評価しないか悪く言う人がいたり、そうしたネガティブは評価がブラームスの耳にも弟子の耳に届いていたことの反映だろう。「シューベルト舐めてんじゃないですよ」のニュアンスを含むと思っている。こうした背景をよく噛みしめて今一度フィッシャーディースカウ先生の言葉を見直すといい。

「シューベルトの歌曲において、何かを学び取れない作品は一つもない」と、評したことそれ自体がブラームス自身の名誉である。

含蓄がある。深い。泣きたい。

弟子にも自分にも世間にもシューベルトを擁護を言い聞かせるブラームスだが、そのこと自体が発言者ブラームスの見識の深さと懐の深さの証拠になっているとは。それをバッサリと断言するフィッシャーディースカウ先生の言葉を紹介してお開きの挨拶といたします。

 

2021年12月30日 (木)

今年の3人

今年とは2021年だ。

未曽有のコロナパンデミックに振り回されたと記憶されるに違いない今年を象徴する3人。

一人は将棋の藤井四冠。19歳にしてこの偉業。将棋の強さだけではない。対戦相手への敬意、いや将棋への敬意なのだろう。AIの取り込みぶりがやけにクローズアップされるが、破綻のないインタビューへの対応にもただただ感服する。高校球児たちと大して変わらぬ年齢で、言葉遣い語彙とも見事なものだ。甲子園で勝利のインタビューを受ける球児のあどけない発言と対極にある。こうした立ち居振る舞いはAIなんぞでは身につくまい。

お次はMLBロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平。もはや業績は繰り返すまい。彼の活躍のニュースで何度目覚めただろう。受賞の栄誉は10冠とも11冠とも聞く。

いかんいかん若い2人のヒーローに夢中になった。

3人目を忘れるところだった。

それはフランツ・シューベルトだ。

ブラームスさんにもバッハさんにも根回しを終えている。二人とも賛成してくれた。事実上のシューベルト特集は明日まで。

2021年12月29日 (水)

忠実な召使い

歌曲の歴史に王として君臨するシューベルト。王でも皇帝でも天皇でも事情は同じだが、後継者争いは一大事である。戦争の発端となる例は枚挙にいとまがない。

それでは「歌曲の王」の後継者は誰なのか。なんだかシューマンは違うという漠然とした思いがことの発端だ。私を歌曲というジャンルに導いてくれたのはブラームスだ。中学時代に音楽の授業で「魔王」を習ってはいるのだが、断じてシューベルトに導かれたとは言えない。

このほどの第二歌曲特集は、大好きなブラームスの歌曲を歌曲の歴史の上に置いて、しみじみと眺めなおしたいという一念から決意した。そしてそのツールにシューベルトを選んだという構図。「王の底力」を体験した上で、それでもなおブラームスラブが揺るがないのかどうかだ。ブラームスがシューベルトを敬愛したことは、伝記を読み進めていけばすぐに気づく。作品という証拠をあたってそのことを実感したいと思った。

結果、ブラームスラヴは微動だにしなかったが、巨大な副産物にありついた。シューベルトの歌曲のすばらしさに気づいたということ。敬愛してやまなかったブラームスの気持ちに少し近づけた。

歌曲王シューベルト、王子ブラームス。そして私はその忠実な召使い。

2021年12月28日 (火)

王子の座

大好きなブラームスの歌曲を、歌曲の歴史の中においてみたいと思い立ち、手っ取り早くシューベルトをツールに探求を続けてきた。片や歌曲の王で創作数575曲。ブラームスは民謡を入れても300に届かない。

でどうだったのか述べたい。自分の好みの上位50曲どうしならなんらそん色はない。がしかし、総数で半分以下では、品ぞろえがどうしても負ける。シューベルトが百貨店なら、ブラームスは専門店だ。シューベルトの品ぞろえの一部を取り出してそこに集中したのがブラームス。そのジャンルは有節歌曲だ。ドラマ性が勝ってしまうバラードや叙事詩には距離を置き、民謡と見まがうような有節歌曲を拡充した。品ぞろえで王に勝てぬのは承知の上で専門性で勝負した。テキストの重複を避けるべく、三大詩人は意図的に回避して差別化を図ったようにも見える。

アッと驚く新機軸は最後にとっておいたのだろう。「4つの厳粛な歌」では聖書から自由にフレーズを抜き出すという荒療治に打って出た。シューベルトにはない発想。交響曲の4つの楽章をなぞってはいまかという妄想も膨らむ。

 

 

2021年12月27日 (月)

さて困った

実は早くに決まっていた。だから困った振りだ。「シューベルト最愛の歌曲」の選定の話だ。ブラームス最愛の歌曲は「野に一人いて」op86-2だ。12年前から今日まで不動である。

シューベルト歌曲の最愛の一作は「夜と夢」D827である。テキストはコリン。シューベルトは前年に没したテキスト供給者への追悼として同詩に曲をつけた。フィッシャーディースカウ先生はご著書の中でこの曲を絶賛しておられる。「アダージョ歌曲の最高峰」「純粋なるものへの郷愁と没我」「極端に長い息に遅いテンポが重なって4拍子の枠に収まらない」「節度あるリズムによってのみ救われる」「ダイナミクスは断固ppが維持されるがテキストの起伏をその枠内で表現せねばならい」「ロ長調にはさまれたト長調の研ぎ澄まされた感性」など、そりゃあもういつになく雄弁。もしかすると先生もこの曲が好きなのではと勘繰りたくもなる。

だからというわけではないが、まさにシューベルト漬けだったこの一年半の取り組みの過程で、もう半年前には決めていた。

そう、「王と王子の12番歌合せ 」の9組目はこの「夜と夢」にブラームスの「野に一人いて」をあてがって「最愛の歌曲歌合せ」を仕込んでおいた。私の判定は愛をこめて引き分けだ。

泣きたい。

2021年12月26日 (日)

GOTOシューベルト

本年5月8日に始まった第二歌曲特集は、6月には事実上のシューベルト特集となって今に至る。いよいよ大晦日をもってお開きとなる。かれこれ8か月だ。かつて私はブログ「ブラームスの辞書」上でドヴォルザークを特集した。これは会期1年で262本の記事を積み上げた。ドヴォルザークは管弦楽、室内楽、歌曲、合唱曲、ピアノ曲、宗教作品まですべて話題にした一方、今回のシューベルトは、ほぼ歌曲だけで半年持たせた。歌曲の王シューベルトへの私なりの敬意の表明だ。

未曽有のパンデミックの中、心は本当に満たされていた。

やりがいと手ごたえ。シューベルトの歌曲に音をたててのめりこんだ。決意も完成も還暦過ぎとなった初めての大型企画だ。自分自身の脳味噌の機能の総点検をした気分。結果、若干の経過観察はあるものの精密検査沙汰にはならずにすんだくらいの感触。記事の枯渇への挑戦として始まったが、シューベルト、フィッシャーディースカウ両先生のお力を借りてなんとかエンディングを迎えることができそうだ。この規模の特集をあと5~6本ひねりだせれば記事確保にめどがつく。

2021年12月25日 (土)

大ハレルヤ

ドイチュ番号442を背負う。テキストはクロプシュトック。

先に紹介した世俗合唱曲全集にも収録されている。これが世俗だとはいかがなものか。

手元の作品一覧には独唱と合唱にピアノ伴奏がつくとされているが、ディースカウ先生の歌曲全集に収載されている。ご自身の著書の中で注意深い説明がある。独唱曲とも言い難いが、かといって合唱曲とも決しにくいとして「合唱用歌曲」という提案をしておられる。さらにさらに興味深いのは、メンデルスゾーンによるバロック的要素の先取りとまで踏み込んでいることだ。

ピアノのイントロはなるほどバッハだ。ピアノ伴奏を含む声部のからみにバッハ的にな秩序を感じる。

だからあえてクリスマスに。

2021年12月24日 (金)

アヴェマリアD839

正式名称は「エレンの歌」第3番。スコットの叙事詩「湖上の美人」全7曲の3番目という野暮な説明よりも「シューベルトのアヴェマリア」でOKだ。シューベルト特集の会期中にやってくるクリスマス用に温存しておいた。

ディースカウ先生はご著書の中でこの曲を多くのソプラノ歌手がレパートリーに加えているばかりか、あらゆる楽器のための編曲が試みられているとする一方、完璧に歌うには呼吸のテクニックにおいて名人芸が要求されており、ソプラノ歌手にとっての試金石だと付け加えることをためらわない。そうそしてご自身はグラムフォンの全集録音において収録を回避している。ソプラノさんにお任せするという姿勢の表れかと。

2021年12月23日 (木)

判定やいかに

記事「王と王子の12番歌合せ 」の判者つまりレフリーは私だ。本日は私の判定結果を公表する。

<第1組> ブラームスの勝ち

「糸を紡ぐグレートヒェン」と「永遠の愛について」という盤石の短調対決。前者が私的ベスト24から漏れていることからも明らか。

<第2組> ブラームスの勝ち

「月に寄す」「五月の夜」という「ヘルティ作詞の月夜歌合わせ」前者は比較的マイナーながら肉薄。意外な僅差。

<第3組> シューベルトの勝ち

「連祷」「サッフォーの頌歌」 遅い4拍子どうしだが、意外な大差でシューベルト。

<第4組> 引き分け

「幸福」「セレナーデ」 順当な引き分け。

<第5組> ブラームスの勝ち

「子守歌」対決。事実上の世界一決定戦かとぞ見る。

<第6組> シューベルトの勝ち

「ます」「雨の歌」、前者はピアノ五重奏、後者はヴァイオリンソナタの引用元。引用後の作品ならブラームスの圧勝だが、引用元だとシューベルト。

<第7組> シューベルトの勝ち

「水の上で歌う」「あの娘のもとへ」最愛の短調対決。泣く泣く判定。引き分けにしないのが愛。

<第8組> 引き分け

「夕映えの中で」「エーオルスのハープに」

<第9組> 引き分け

「夜と夢」「野に一人いて」 ブラームス最愛の歌曲とがっぷり四つに組んで引き分けるとは!

<第10組> シューベルトの勝ち

「ノルマンの歌」「領主フォンファルケンシュタイン」 思わぬ大差でシューベルト。

<第11組> シューベルトの勝ち

「シルヴィアに」「調べのように」 この勝負を心から楽しめる自分に乾杯。

<第12組> ブラームスの勝ち

「菩提樹」「日曜日」大接戦の末、ブラームスが差し切る。

ご覧の通り、シューベルト5勝、ブラームス4勝、3引き分け。前半終了時点でブラームスが3勝2敗1分けで折り返したが。案の定王者の貫禄で逆転。

 

 

 

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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