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独逸日記

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    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

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    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

2018年11月21日 (水)

エルベのほとり

さて、ビートルズプラッツ訪問を終えて、地下鉄に乗る予定を変えて、徒歩でエルベ川に向かうこととした。

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昨日訪問したエルプフィルハーモニーが見渡せる。ここはハンブルク旧市街を囲む城壁がエルベ川と接するところだ。そこにお目当てのものがある。

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ドイツ最大と言われるビスマルク像である。

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落書きが無残で悲しいとセバスチャン閣下はお怒りだ。

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これくらいの距離がいい。

2018年11月20日 (火)

ビートルズプラッツ

アルトナを後にして地下鉄で2つ目がレーパーバーンだ。

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レーパーは船の必需品ロープを作る業者が集中していたことに由来する地名だが、現代では欧州屈指の歓楽街として泣く子が黙る。夜間の一人歩き自己責任でと釘をさされる。かといってスルーも出来ず、やむなく早朝の訪問とした。

目的はビートルズゆかりの地を訪ねることだ。

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人気のない道を歩いて簡単に見つけた。ここでブレーク前のビートルズが演奏したと書いてある。

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少し離れたとこにビートルズプラッツがあった。

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おお。

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左利きのこれがポールだなとセバスチャン閣下が申している。

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早朝のせいか身の危険めいたものは全く感じなかった。

2018年11月19日 (月)

アルトナ

7日目8月15日のレポートを始める。ホテルを6時30分に出る。お目当てはアルトナ駅。ハンブルク中央駅から地下鉄で10分くらい。昔は隣の国だったが、今はハンブルクの衛星都市みたいな位置づけ。ハンブルク中央駅は頭端式ではないけれど、アルトナは頭端式だ。各地からの長距離列車は頭端式のアルトナ発着も多い。

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図の右端「Hbf」とあるのがハンブルク中央駅だ。
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地下鉄アルトナ駅。

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DBはこちら。

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線路を覆う壮麗なアーチがあるわけでもない。ましてハウプトバーンホフでもないが、頭端式には抗しがたい魅力がある。

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ここのベンチでピザを買い食いして朝食とした。

2018年11月18日 (日)

マイカー更新

昨日、マイカーを更新した。こんなことがあって更新してからもう6年2か月だ。とても愛着がある車で、昨日の朝、最後のお掃除をしたときはさびしかった。

  1. 消費増税
  2. 車検切れ
  3. 下取り査定
  4. 希望車種
  5. 希望装備
  6. 資金繰り
  7. 定年退職

これらの条件が複雑に絡み合う多変数関数だった。昨年9月の車検からずっ考えづけていたけれど、なんとか最適解にたどり着いた。納車日の昨日は父の祥月命日で、ディーラーさんから提示された納車候補日から迷わず選択した。現役サラリーマンとしては最後の更新となる。

父の墓前で報告し、新車の安全をお願いしてからディーラーに直行した。前の車の走行距離は60,180kmとなった。週末以外は最寄り駅までの送迎にしか使わないのに走ったほうだ。最後に新旧の車を並べて撮影して、バトンタッチの儀式をした。

今回の目玉装備は車載ハードディスクにお気に入りのCDを登録しておけるシステム。気に入っている。何を収録しようかと考えるのも楽しみだ。マイカーにカーナビを載せるのも初めてである。

画像はもちろん、メーカー、車種、色、登録ナンバーなど公開は、はばかれる。しかしながら展開中のバロック特集に割って入るだけの工夫をしたとだけ申しておく。8月14日のレポートが終わり、明日から8月15日の報告に移る切れ目に合わせるのに少しだけ苦労した。

購入後最初に再生した曲は、バロック特集中とはいえ、さすがにブラームスで、「Geistlischeslied op30」とした。

長く乗れるはずだ。

2018年11月17日 (土)

ニコライ廃墟

グレニンガーで自家製ビールを賞味してもまだ明るいので、近くのニコライ教会の廃墟に行ってみた。第二次世界大戦中の爆撃で破壊された教会がそのまま残されている。ハンブルクは第二次大戦中過酷な爆撃を受けた。1842年の大火と合わせれば市街には古い建物が残っていない。戦後、忠実に再建されてはいるのだが、散策中はずっと心にとめていた。バッハ当時の建物の現物ではないのだ。

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この教会にももちろんオルガンがあった。アルプ・シュニットガー制作のオルガンで、パイプ数4000という壮大な規模だったが、1842年の大火で焼失していた。シュニットガーの友人ヴィンツェント・リューベックという優れた作曲家がオルガニストを務めていたこともある。
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人影まばらな夕暮れ時ということもあり、なんだか悲しくて立ち尽くした。

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セバスチャン閣下も出てこない。

2018年11月16日 (金)

グレニンガー

ということで8月14日の夕食はこちら。

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カタリーネン教会にほど近い自家醸造のレストラン。これまた地下に潜りこむお決まりの構造だ。

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自家製のグレニンガーピルス⑭。濁りがあってどちらかというと褐色系。味わい独特。苦味はないと申していい。北方系としては拍子抜け。おししいから文句はない。

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この雰囲気だけで満足だ。

2018年11月15日 (木)

倉庫街

ミニチュアワンダーランド、エルプフィルハーモニーの周辺はいわゆる倉庫街で、世界遺産になっている。縦横に張り巡らされた運河と合わせ独特な味わいがある。

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見てきたばかりのエルプフィルハーモニー。

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夕暮れもまた乙である。






2018年11月14日 (水)

エルプフィルハーモニー

ミニチュアワンダーランドを出て徒歩でエルプフィルハーモニーに向かった。エルベ川畔の倉庫群の一角にそびえ立つ最新鋭のコンサートホール。8月だけに演奏会は開かれていないが、展望台に登れる。

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好天は何よりのおもてなし。

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エスカレーターで登る。

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こちらはホールの入り口だが本日はイベントなし。

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ドイツ最大の港町を一望にできる。

2018年11月13日 (火)

ミニチュアワンダーランド

駅前のホテルにチェックインして真っ先に向かったのがミニチュアワンダーランドだ。世界最大の鉄道模型ジオラマ。今回の旅行の目的地の一つ。

地下鉄Baumwall駅で下車。

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あたりは名高い倉庫街。わくわくと歩く。

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混雑を予想して15時にネット予約しておいて正解だった。すんなりと入場したそこは本当にワンダーランドだった。

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これが模型とはいきなりおどろく。地元ハンブルクのHSVの本拠地。圧倒的な細部へのこだわりとウィット。

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これまたハンブルク名所のエルプフィルハーモニー。

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火災現場の忠実な再現。

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本当に時刻通りに飛行機が発着する空港。

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ご存知ノイシュヴァンシュタイン城。

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ローマのリミニ駅。

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サンピエトロ寺院とトレヴィの泉。

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入場者が国籍別に集計されてリアルタイムに表示される、33789に私も含まれている。周辺の欧州諸国より日本のが多くて笑える。

いやはや圧倒されるばかりの二時間半だった。こういうこだわりは本当にすごい。今も新たなエリアを建設中らしい。

思わずTシャツを購入した。

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2018年11月12日 (月)

ハッセレーダー

最終日フランクフルト行きの時間を繰り上げて、まずは腹ごしらえだ。本来車内でランチを済ます予定だったが、食事が出せないということで駅構内のフードコートを利用した。

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教会と間違えかねないハンブルク中央駅の威容だ。

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活気溢れるフードコート。一回りするだけで相当な種類のビールが飲める。

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パンとポテトとハンバーグ。ハンブルクらしい。安くて美味なのだが、ここの注目はハッセレーダーピルス⑬だ。旧東独ハルツの山懐ヴェルニゲローデ産の樽ナマとは貴重だが、駅のフードコートで飲めるとは。

ほのかな酸味、飲み込み際にあらわれるかすかな甘みなど、特徴的。

2018年11月11日 (日)

小心者の対応

私のことだ。急に不安になった。

  1. 8月09日ミュンヘン発ニュルンベルク行き 40分遅れ
  2. 8月14日アイゼナハ発ハンブルク行き 60分遅れ

ドイツ入り後5日の間にこのような遅れに遭遇した。駅の表示のドイツ語はまだしも、アナウンスは不安だ。

実は今回の旅行では急な日程変更に備えてICEの座席指定はとっておらず、現地でその都度確保の方針だったのだが唯一、最終日ハンブルク発フランクフルト空港行きだけは座席を確保してあった。8月18日13時24分ハンブルク発で、フランクフルトが17時20分だった。搭乗便は20時45分発である。

3時間25分ある。

しかし、60分の遅れがこれほど頻発しては不安で仕方がない。セバスチャン閣下も不安顔だったので、ハンブルク到着後すぐ駅の窓口に飛び込んで、最終日のフランクフルト空港行きを早めてもらった。1本早い便には空席が無く、やむなく2本早い便にした。これだとリューベック発が7時04分になる。

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実はドイツ語不安の対策として、旅程表のドイツ語版を作ってあった。それを窓口の係員に示すと効果は絶大だった。彼らはプロなので、旅程表を見るだけで、私がどうしたいのか一瞬で察してくれて有意義なアドヴァイスをくれた。

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最終日午前のリューベック観光を諦めることとした。そのくせ順調ならフランクフルト空港でかなりな待ち時間になる。

いやいや最終日にギャンブルはできない。

2018年11月10日 (土)

生誕535年

今日11月10日はマルティン・ルターの誕生日。1483年だから生誕535年である。

ブログ「ブラームスの辞書」が展開する「バロック特集」準備の過程で、ルターと宗教改革は避けて通れぬ情報群となっていたが、浅学無信仰の私ごときが不用意に言及するのは、はばかられる存在だ。

しかし、今日は敢えて誕生日を祝福する。

ゆかりの街アイゼナハのブログ上報告を終えたばかりのタイミングでこの日がきたことを喜んでいる。ライプチヒを出た列車がベルリンに向かう途中でもうひとつルターゆかりの街を通る。

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1517年10月31日、同地の教会の扉にルターが95箇条の論題を貼りだしたことから宗教改革が始まった。つまり宗教改革発祥の地だ。だから「Lutherstadt」となっている。

2018年11月 9日 (金)

旧東独

第二次世界大戦の終結からおよそ40年続いた分断ドイツのうちの東側の方。統一から30年が過ぎようとしている今も、東西の格差が話題になる。

今回のドイツ旅行9泊のうち、4泊が旧東独だった。ライプチヒ3泊、アイゼナハ1泊だ。かれこれ5日過ごした。まったくの偶然なのだが、これはバッハの活動範囲がほとんど旧東独に収まってしまうことと関係がある。

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今回の行程でいうと8月10日ニュルンベルクからライプチヒに向かうとき、19時ころエアフルトの南コブルク付近で旧東独域内に入り、8月14日13時頃リューネブルクの北ビュッヘン付近で抜けるまで、90時間くらい旧東独域内にいた。

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旅行者目線で申せば何不自由なかったと、セバスチャンが申している。

2018年11月 8日 (木)

乗り鉄たるもの

鉄道マニアのうち、列車に乗りたい人々のことを俗に「乗り鉄」というらしい。私自身は鉄道好きではあるのだが「乗り鉄である」という自覚はなかった。ところが、今回の旅行のスケジュールを立てていて、乗り鉄の心がわかった気がした。

ドイツで鉄道に乗りまくるというコンセプトで時刻表と地図片手に日程を組むのだが、やっているうちに無意識に、同じ路線を二度走りたくない自分に気付いた。ミュンヘン空港に降り立ってから、フランクフルト空港から飛び立つまで、出来ればループにしたいのだ。市電や地下鉄は除外するとして2度走ったのは以下の通りとなった。

  1. ライプチヒ-アイゼナハ 176km
  2. リューベック-ハンブルク 63km
  3. キール-リューベック 80km

全行程2860kmのうち、上記319kmが重複乗車だ。仮にアイゼナハからハンブルクに向かう際、所要時間優先で、カッセル経由にしてしまうと、最終日にハンブルクからフランクフルト空港に向かうとき、ハンブルク-カッセル間が長大な重複乗車330kmとなってしまう。だから、アイゼナハとライプチヒ間の176km重複乗車を承知でライプチヒ経由とした。これだとベルリンを通ることが出来るというメリットも出て来る。ライプチヒで6分、ベルリンで9分の停車も楽しい。

こういうことを考えるのが乗り鉄なんだろうと思う。

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というわけでアイゼナハからライプチヒ、ベルリンを経てハンブルクに行く列車に乗る。アイゼナハ発8時03分でハンブルク着12時20分だ。昼食を車内で済ますことで、ハンブルク下車後すぐ観光に移れる予定だ。

ところが、セバスチャン危機一髪の陰に隠れているがここで、もう一つトラブルが発生した。乗車予定の列車が30分遅れているのだ。さらに悪いことにICE専用軌道で緊急工事のため、アイゼナハとライプチヒ間、正確にはエアフルトとライプチヒの間を在来線で走るとのことで所要時間が30分余計にかかるということだ。ライプチヒまでに遅れが60分に拡大するということに他ならない。

おまけに食堂車では食事の用意がなくて、飲み物だけとわかった。

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さっそくセバスチャンと作戦会議をした。しかし、しかし、これはけがの功名というものだ。

エアフルト-ライプチヒ間ICE専用線は今回旅行の懸案だった。下記の通り3度走るからだ。

  1. 8月10日 ニュルンベルクからライプチヒに向かうとき。
  2. 8月13日 ライプチヒからアイゼナハに向かうとき
  3. 8月14日 アイゼナハからハンブルクに向かうとき

今回の緊急工事のおかげで上記の3番目が在来線経由となり、同じところを三回という懸案を解消できた。

ハンブルク着は13時20分くらいになるものと覚悟して気を取り直した。

2018年11月 7日 (水)

思いがけずSL

セバスチャンを救出してアイゼナハ駅に着くと、列車が遅れているとわかった。ホームで30分くらい時間ができて、思いもよらぬ経験をした。

遠くの方で蒸気機関車が動いている。手元の鉄道地図にはSL運行路線一覧が載っているのだがアイゼナハ付近にそれらしき表示はない。マイニンゲン方面にローカル線が伸びているがまさか蒸気機関車が走っているとは思わなかった。乗車予定の特急が時刻通りに発車していたら見ることが出来なかったはずだ。

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2018年11月 6日 (火)

セバスチャン危機一髪

8月14日朝にそれは起きた。アイゼナハからハンブルクへの長距離移動の日。8時04分発の列車に乗るべくホテルを7時20分に出た。スーツケースを転がすので早めの行動のつもりだった。

旧市街入り口のニコライ門を出てすぐ、セバスチャンをホテルの部屋に忘れたことに気付いた。スーツケースと極端に相性が悪い石畳の歩道をホテルに引き返す。フロントで事情を話すと「まだ部屋は開いてるから、早く行け」と言ってくれた上に、荷物を見張ってくれるという。

セバスチャンはベッドサイドテーブルの上で泣いていた。

よかった。フロントに戻って礼を言った。忘れ物がセバスチャンだとわかって笑われた。気づくのが早くて助かった。

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セバスチャンとコーヒーを飲んだ。もし忘れていたら、先の旅程が台無しだった。気分が悪い。お金を落とすよりたちが悪い。

「ごめんなさいセバスチャン」

2018年11月 5日 (月)

Bundesmutter

直訳すれば「連邦の母」だ。先月末ドイツ・メルケル首相は政界引退を表明した。12月の党首選に不出馬の意向を示したということだ。首相の座には任期切れの2021年までとどまるものの、その後は政界引退だという。

呆然とした。

自国第一主義、民族差別、難民、テロなど極端な報道が後を絶たない中、毅然と鎮座する母のような存在。それがメルケル首相の印象だった。それを一言で「ブンデスムッター」と表現してみた次第。

私が彼女を贔屓にする理由は3つある。

一つは、彼女が大のサッカー好きだということ。彼女が生観戦したときの代表チームの勝率はとても高いらしい。

次は、彼女の経歴だ。2005年11月22日、ドイツ史上初の女性首相に就任したのは、ブログ「ブラームスの辞書」創設の5か月半後だ。そこから13年、ブログ「ブラームスの辞書」が歩んだ日々はそのままメルケル政権下だった。その間私は3度ドイツを訪れ、ますますドイツに傾倒した。

三つ目は、彼女がハンブルク出身であるということだ。ブラームスと同郷だ。

ブログ「ブラームスの辞書」は、ここに予言する。

彼女はハンブルク名誉市民に列せらるに違いない。1889年ブラームスはすでにハンブルク名誉市民になっている。おそらくは政界引退後になるだろうが、きっと彼女はハンブルク名誉市民になる。

実現のあかつきに、本日のこの記事にドヤ顔でリンクを貼るために、展開中の旅行レポートをためらわずに中断する。

ただただ寂しい。

メルケルさんありがとう。

2018年11月 4日 (日)

観光資源

アイゼナハという街について考える。

観光都市としての素材に恵まれている。さして広くないが古びていて懐かしい街。この際、広くないことは利点である。隅々まで徒歩で観光できる。マルクト広場周辺に見せ場が集中する。何よりバッハ生誕の地であるという重みは大抵のテーマパークをかすませる。加えてワルトブルク城がバスで15分の至近。

プロテスタントの聖地とバッハ生誕地というだけで観光資源としては十分だ。料理もビールもうまい。

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ルター像。

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気に入った。

2018年11月 3日 (土)

ビーフロール

8月13日夕食は宿泊中のホテルで済ませることにした。

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Leanderというレストラン。

まずはビール。

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ザクセン王室ご用達のラーデベルガーピルス⑫にありついた。本旅行はミュンヘンから徐々に北上するから、淡色系のビールは苦味を増していくと考えていい。それでもこのビールはまだ苦くない。冷えがゆるいせいか。

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出来れば郷土料理をという所望に応えて薦めてくれたのが上記。英語表記では「ビーフロール」だった。牛バラ肉を丁寧に巻き込んである。ブラウンソースはスパイス抑え目でまろやか。郷土料理というがとてもエレガント。ポテトの団子もだがなんといっても赤キャベツの酢漬けが美味であった。

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付け合わせのパンにと出てきたオリーブオイルがえらく上品でよかった。奥に見える塩といっしょにパンにつけた。セバスチャン閣下もお気に入りだ。

2018年11月 2日 (金)

ゲオルク教会アイゼナハ

8月13日午後のメインはゲオルク教会だ。生後間もないバッハが洗礼を受けた教会。我らの聖地である。ところがこの教会ではルターも説教をしていたことが記録されている。すごいところなのだ。

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こちら翌朝の散歩の際に写したもの。

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テレマンもこの教会にいたことを示すプレート。つくづくすごいところだ。

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入り口すぐのバッハ像。

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そしてオルガンもある。

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2018年11月 1日 (木)

ブルンネンケラー

8月13日アイゼナハのランチは懸案だった。地元のビールを何とか賞味したいと考えていた。マルクト広場をうろついていてお店を見つけた。

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いい感じで地下に潜り込む。ケラー必携の穴倉感覚だ。

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とても感じがいい店なのに見ての通りガラガラだ。

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ほぼ自家醸造のEisenacher SchwarzEsel⑪を注文した。ドイツ最高のシュヴァルツとして名高いケストリッツァーと全く遜色の無い味わいだった。ケストリッツァーよりマイルドな感じ。冷やしすぎていないのにも慣れてきた。「地球の歩き方」にも載っていない店に山カンで飛び込んだ割には正解だ。風味といい、泡立ちといい、深いこくといい。ケチのつけようがない。500mlを料理が出て来る前にあっという間に飲み干して300mlお替り。

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なんということだ。こちらのグラスの方がかわいい。「Esel」とは「ロバ」の意味だ。ワルトブルク城登山に徴用されるロバにちなむネーミングである。

肝心の料理は、お勧めに従って地元特産のチューリンガーソーセージのグリルを注文した。

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絶妙だった。ソーセージ本体の味、食感にブラウンソースがフィットしている。付け合わせザウアークラウトとポテトとの王道組み合わせを再認識。地味ながらこのマスタードも濃厚なのに邪魔しない感じ。何よりも何よりも黒ビールとの相性が抜群だ。ろうそくの灯りも気が利いている。気が付けば黒ビールをもう300mlお替りしてた。

2018年10月31日 (水)

バロック特集総集編⑤

9月10月の総集編をお送りする。

  1. 09月06日 Rochuskirche
  2. 09月07日   ゼバルドゥス教会
  3. 09月08日 オルガンリハーサル
  4. 09月09日 教会ショップ
  5. 09月19日 朝の散歩Leipzig
  6. 09月20日 トマス教会見参
  7. 09月21日 バッハ像
  8. 09月25日 バッハムゼウムLeipzig
  9. 09月26日 アルトのTシャツ
  10. 09月27日 バッハ墓参
  11. 09月29日 ステンドグラス
  12. 09月30日 オルガン演奏会①
  13. 10月01日 ニコライ教会ライプチヒ
  14. 10月02日 オルガン演奏会②
  15. 10月11日 シュッツ
  16. 10月13日 ツァイツ
  17. 10月17日 来たぞアイゼナハ
  18. 10月23日 バッハ生誕の家
  19. 10月24日 バッハムゼウムEisenach
  20. 10月25日 賛美歌体験
  21. 10月26日 コンンビニエンスなCD
  22. 10月27日 アイゼナハのバッハ像
  23. 10月31日 本日のこの記事。

旅行レポート発信中のせいでバロック音楽特集関連記事の濃度が大きく下がった。

2018年10月30日 (火)

SV WaltburgstadtEisenach

長男のフットボール系の要望に応えるべく、アイゼナハ地元クラブのグッズを探していたら、街のスポーツ用品店の店先で興味深い掲示を発見した。

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「SV Wartburgtadt Eisenach e.V.」だ。これは地元クラブの名称だ。「Wartburgstadt」の文言が挟み込まれている。アイゼナハがワルトブルク城の城下町であるという点が巧妙に織り込まれている。DBの駅はバッハ生誕の街であることを標榜していたが、こちらはルター優先だ。

訊けばチームは4部とのことでグッズはないと言われた。無理もない。

2018年10月29日 (月)

マルクト広場アイゼナハ

マルクト広場周辺をしばし散策。

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ソーセージの屋台が出てはいるのだが、マルクト広場としては出店が少ない。平日のせいか。

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市庁舎もこぶり。

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さすがにここはおさえておく。

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2018年10月28日 (日)

ルターハウス

バッハムゼウムから歩いてすぐにルターの家がある。

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素朴だけれど、おしゃれな街並み。ライプチヒのような大都市ではないものの、しっとりとおちつく。北寄りほど高くなる街の微妙な傾斜が味わいを深めてくれる。

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ゆっくり歩いてもすぐ。

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例によって博物館併設だ。ルターの業績を中心に宗教改革の流れが丁寧に説明されている。ショップで古い賛美歌とバッハのCDを買い求めた。教会のショップ比べるとこちらのテンションが上がらないのは、現場演奏のCDがないせいかもしれない。

2018年10月27日 (土)

アイゼナハのバッハ像

アイゼナハのバッハハウス前にはバッハの銅像がある。

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バッハハウスの二階から見たところ。心震える光景。

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こちらはゲオルク教会のもの。同教会でバッハは洗礼を受けた。どちらも素晴らしい。

ちなみにライプチヒのも載せて置く。

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2018年10月26日 (金)

コンビニエンスなCD

アイゼナハのバッハムゼウムのショップは、やはり品ぞろえ豊富だった。いろいろ見たが一つだけ購入した。

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「バロック時代のアイゼナハの音楽」とでも訳せばいい。

アイゼナハゆかりの作曲家たちの作品がコンパクトに紹介されている。バッハの兄ヨハン・クリストフやいとこに混じってパッヘルベルやテレマンもいる。そしてそして大きなポイントは大バッハ本人の作品が収録されていないことだ。アイゼナハにいたころの作品は現存しないからだ。こういうところ几帳面だ。

2018年10月25日 (木)

賛美歌体験

実はバッハムゼウム到着してすぐ、併設の音楽ホールに駆け込んだ。

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同館が所蔵するオルガンやチェンバロを実際に弾いてくれるレクチャコンサートがあった。

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そのレクチャコンサートで旅行中最大の衝撃的体験に遭遇した。腰が抜けるほど驚いた。

チェンバロ2台、オルガン1台を弾いてくれたあと最後の足踏み式オルガンを試奏するにあたって、パイプに空気を送るペダルを踏んでくれる人を聴衆から募った。

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こうして始まった演奏は「Ein fest Burg ist unser Gott」(神は堅き砦)だった。曲目の説明はなかったが、旋律でそれとわかった。おそらく「BWV302」か「BWV303」のどちらか。曲が終盤に近づいたころ、白いシャツの奏者が演奏を続けながら聴衆の方に首だけを向けて「どうぞ」とばかりに合図した。

そうしたら。そうしたら。

聴衆が賛美歌「Ein fest Burg ist unser Gott」を歌い始めた。最前列にいた私は思わず後ろを振り向いた。テキストも何ももっていないのに全員が賛美歌を歌っている。同曲は数ある賛美歌の中でも知名度において筆頭格ではあるのだが、これには心底驚いた。いや、その瞬間は鳥肌がたった。

こういうことだったか!という感じ。

演奏を終えた瞬間、温かい拍手が湧いた。奏者も聴衆の方に向き直り手をたたいた。

元々コラール前奏曲は会衆による賛美歌の斉唱を先導する「音取り」が主目的だ。知識としては基礎に類するのだが、実際に遭遇して腰が抜けた。この感動を奏者に伝えようにも私の英語ではどうにもならなかった。一生ものの体験だ。

2018年10月24日 (水)

バッハムゼウムEisenach

バッハハウスに隣接してピカピカのバッハムゼウムがある。

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右手奥だ。

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いきなりバッハ胸像の大群だ。

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カフェ「カンタータ」とはおしゃれ。

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バッハ使用の実物ではないが、当時の生活ぶりの復元が意図されていて貴重。

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ゆったりと座ってバッハ作品を聴くことが出来る。

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癒される裏庭。植え込みで作ったかまくらだ。

2018年10月23日 (火)

バッハ生誕の家

示唆に富んだワルトブルクから、タクシーを奮発してバッハハウスに急行した。今回の旅行中タクシーの利用は極力控えたが、ここは時間の節約である。

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1685年にバッハがここで生まれた旨記載されている。いやはや感動的。今回の旅の目的筆頭格でありながら、ブログ「ブラームスの辞書」が展開するバロック特集のネタとしてもストライクゾーンの中央だ。

しばし立ち尽くす。

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