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2026年4月10日 (金)

癖になる

まずは以下のリストをじっくりとご覧いただきたい。

  1. パルティータイ短調BWV827
  2. シンフォニアハ長調BWV787
  3. イタリア協奏曲ヘ長調BWV971
  4. シンフォニアロ短調BWV801
  5. フランス組曲第2番ハ短調BWV813

もちろん全てがバッハの作品だ。これがピアニストかチェンバリストの演奏によるアルバムならよくあるパターンだ。ところがこの選曲で演奏がヴァイオリンとチェロの二重奏となると、途端に鼻の下が伸びる。

このほど入手したCDが手許にある。ヴァイオリンはVera Hilger、チェロがNorbert Hilgerとある。写真を見るとヴァイオリンが女性で、チェロが男性だ。親子には見えないがご夫婦あるいは姉弟もしくは兄妹だ。本当に楽しい演奏だ。

バッハの鍵盤楽器作品を弦楽アンサンブルに編曲したCDがたまってきた。

  1. インヴェンション ヴァイオリンとヴィオラ
  2. シンフォニア ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ
  3. 平均律クラヴィーア曲集のプレリュード 
  4. 平均律クラヴィーア曲集のフーガ 弦楽四重奏
  5. ゴールドベルグ変奏曲 ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ  
  6. フーガの技法 弦楽四重奏
  7. イタリア協奏曲 ヴァイオリン、チェロ
  8. パルティータ(一部) ヴァイオリン、チェロ
  9. フランス組曲(一部) ヴァイオリン、チェロ
  10. 半音階的幻想曲とフーガ ヴィオラ(幻想曲)

弦楽器奏者たちがクラヴィーア奏者を羨ましがっている証拠かもしれない。

バッハの編曲物売り場は油断できない。

2026年4月 9日 (木)

宝箱

子供のガラクタ集めをよく見かける。大人には理解不能の宝物だ。ビールの王冠であったり、どんぐりだったり。万が一の時に持って逃げるリストの上位を占めていたりもする。

 

大人になってもその癖が直らないこともある。私にとってはブラームスのレアな作品のCDがそれに当たる。折に触れてブログ「ブラームスの辞書」で述べてきたが、今日はそんな私の宝箱の中身をまとめて紹介する。

 

    1. ヴァイオリン協奏曲第1楽章のカデンツァ16種類。ルジェーロ・リッチというイタリアのヴァイオリニストの演奏だ。なんだかワクワクする楽しさ。古今のヴァイオリニストを手軽に聞き比べる面白さは格別だ。

 

    1. 交響曲第4番のオルガン版。明らかにオリジナルの方がいい。がしかし、怖い物見たさを刺激するという点では最高ランクである。

 

    1. 2つのラプソディー作品79のオルガン版。第四交響曲に比べると聴いていても楽しめる。スペースアドベンチャー物の映画に使われてもよさそうだ。ダース・ベイダーが登場しそうだ。

 

    1. ドイツレクイエムピアノ版。お断りしておくが、ピアノ伴奏版ではない。ピアノ版である。やっぱり合唱が入る方がいいが、話のタネとしての評価である。

 

    1. 四つの厳粛な歌ピアノ版。ピアノ伴奏のCD化ではない。歌の部分もピアノでトレースしている。歌が抜けているが面白い。マックス・レーガーの編曲である。

 

    1. 四つの厳粛な歌管弦楽版。予想外のはまり方で驚いた。ブラームス本人の編曲ではないが、いかにもブラームスっぽい響きがする。

 

    1. オルガンのための11のコラール前奏曲ピアノ編曲。4,5,8,9,10,11番のみだが、ほとんどインテルメッツォである。フルッチョ・ブゾーニの編曲だ。

 

    1. シューマンのピアノ四重奏曲のピアノ連弾編曲。ブラームス自身による編曲。マッコークルにもちゃんと載っている。連弾にするほどの音の厚みが感じられない。これも話のタネだ。

 

    1. FAEソナタヴィオラ版。部分的にオクターブ下げているだけなのだが、時折はっとさせられる。ヴィオラ弾きとしての贔屓目がそうさせていると思われる。

 

    1. ヘンデルの主題による変奏曲管弦楽版。面白い。冒頭主題のトランペットが予想外のはまり方だ。シェーンベルグよりブラームスの響きに近い。

 

    1. ホルン三重奏曲のチェロ版。ブラームスが承認したヴィオラ版のCDは無いのに、渋っていたチェロ版がリリースされているのが面白い。

 

    1. 弦楽六重奏曲第2番弦楽合奏版。1番も聴きたくなる。ブラームスは弦楽セレナーデを残してくれていないので、その代用になる。

 

    1. 弦楽六重奏曲ピアノ三重奏版。ブラームスの友人キルヒナーの編曲だ。ヴィオラ弾きとしては当然不満だ。

 

    1. クラリネットソナタのフルート版。フルートの低い音域が美しい。誰かオーボエ版を出さないかという気もしてくる。

 

    1. クラリネットソナタのヴァイオリン版。美しい。SulGのはまりっぷりはヴァイオリンならでは。

 

    1. クラリネット五重奏曲のヴィオラ版。響きの差が付かないので、バックを弦楽合奏にしている。何と言ってもバシュメット様だ。

 

    1. いくつかの歌曲のチェロ版。マイスキーの血も涙もある選曲が素晴らしい。

 

    1. ハンガリア舞曲チェロ版ピアノとチェロの二重奏だ。ハンガリア舞曲の編曲物の中では面白さ一番だ。

 

    1. オルガンのための11のコラール前奏曲管弦楽版。全曲出ていないのが惜しい。ブラームスへの愛情なくては編曲できまい。

 

    1. ピアノのための51の練習曲。ブラームス作品を上手に演奏するためのエッセンスをブラームス自らギュッと凝縮。ナクソスならではである。

 

    1. ピアノ三重奏曲第一番初版管弦楽版 

 

    1. クラリネットソナタ管弦楽伴奏版 

 

    1. 第一交響曲初演時版

 

  1.  

 

 

 

きっとこれからもっと増えると思う。ホルン三重奏曲の管弦楽バージョンを探している。

2026年4月 8日 (水)

旋律の再使用

既出の旋律が再び用いられること。思うに西洋音楽の構造の根本原理だと思われる。以下にその概念を整理する。

 

    1. 主題の確保 主題提示の直後に再び繰り返されること。

 

    1. 主題再現 特にソナタ形式の場合の再現部を指す場合もある。ABAまたはABA'で現される三部形式は頻繁に見かける。

 

    1. 回帰 ロンド形式やリトルネロ形式では第一主題の回帰が表現の肝だ。

 

    1. 有節歌曲 テキストの2番以降で同じ旋律が歌われる。

 

    1. 舞曲 大抵は中間部トリオを挟んで冒頭主題が再現される。三部形式の一種。

 

    1. 回想 多楽章作品において既出の旋律が別楽章中に現れること。

 

    1. 固定概念 ベルリオーズの「幻想交響曲」で名高い。恋人を現す一定の旋律がいろいろな楽章で用いられる。

 

    1. ライトモチーフ ワーグナーの考案とされる主題法。情景や人物を指し示す旋律を設定し、ストーリーの進行を音楽で暗示する手法。

 

  1. 引用 他者が創作した旋律を用いること。変奏曲の一部でこの手が使われる。

 

既出旋律の再使用がこれほど頻繁かつ多彩に観察出来るのは何故だろう。そっくりそのままの再使用のみならず、仄めかしや暗示であればさらに多くの実例が加わる。人間の脳味噌が、既出旋律の再出現を喜ぶからとしか説明出来ない。

 

いわゆるクラシック音楽の世界では、定番の技法だ。たとえばブルックナーはフィナーレの末尾で第一楽章の主題を回想することを自らに課していたかの感さえある。

 

その意味で、チャイコフスキーのピアノ協奏曲は異例だ。第一楽章序奏の有名な旋律が同曲のその後の部分には一切出現しない。敢えて序奏旋律を使用しないという奇策に打って出た感じだ。

 

ブラームスも「固定概念」「ライトモチーフ」を除いて多用している。この手法の取り扱いの手腕において当代一流だった。

 

 

2026年4月 7日 (火)

Deklamation

「音楽と言葉の関係」という意味らしいが難解。

 

ブラームスの友人にしてすぐれた歌手ジョージ・ヘンシェルは、あるときブラームスの「勝利の歌」の独唱を受け持ったが、喉の調子を壊していた。そこで彼は作曲者ブラームスに一部音の変更を願い入れた。

 

ブラームスは「デクラマチオン」の範囲内でこれを許可したという。むしろ物のわかった歌い手はそうするものだと。ヘンシェルを誉めている。

 

ヘンシェル自身がこのときの変更を証言する。

 

和音の範囲内で、少し低い音に変えたが、変えた音が依然としてその周辺での最高音となり、テキスト「Himmel」(天国)の意味を強調する作曲者の意図を保存したとしている。つまり作曲者がテキストの流れを忠実に音に転写しているのだから、音の変更はその意図をぶち壊しにしない範囲で許されるということだ。

 

ということから逆算するとこの「Deklamation」という言葉の大切さがよくわかる。どんなに短い歌曲でもデクラマチオンへの配慮が行き届いているということだ。テキストが本来持っている、抑揚、音韻、間、意味が作品にもれなく無理なく転写されていると解したい。

 

 

2026年4月 6日 (月)

ヴィオラはかすがい

第一交響曲冒頭を思い出していただきたい。各楽器に与えられた役割を分類すると以下のようになる。

  1. C音を延ばす
  2. C音を刻む
  3. 半音上行
  4. 下降音型
  5. 休み

第5群はトロンボーンだ。第1群はホルンの3番4番とトランペット。第2群は低い音のする楽器。つまりコントラバス、ティンパニ、コントラファゴットである。この刻み自体が第1交響曲の象徴だ。

第1群と第2群の作り出す空気の中で3群と4群は対照をなす。下降と上行という見かけもさることながら、音の動きが掛け合いになっている。大ざっぱに言えば第3群は弦楽器、第4群は木管楽器だということになるのだが、ここで異質な光を放つのがヴィオラだ。もちろんヴィオラは弦楽器なのだが、第3群に属していない。木管楽器と同じ旋律をトレースしているのだ。つまりヴィオラは第4群に振り当てられているということだ。ここでヴィオラを第3群にしないのはブラームスのひらめきだと思う。あえて「木管vs弦楽器」という対立の構図を避けたと感じている。試しにヴィオラに第3群の役割をさせるか、ヴィオラを弾かせないでこの部分を鳴らしてみるとブラームスの意図が明らかになると思われる。

明確に定義は出来ないが、得られる響きといい、ヴィオラの特異な位置づけといい、まさにブラームス節だと感じる。

 

 

 

 

2026年4月 5日 (日)

長7度ハンター

工事中

2026年4月 4日 (土)

公認書籍管理士

ブラームスが没した後、彼の遺産の大きな部分を占める蔵書は、膨大な量の古楽譜と合わせてウィーン楽友協会に寄贈された。几帳面なブラームスのことだから、それなりに整理はしていたと思われるが、主無き書庫に残された蔵書は、第三者にとっては、カオスだったに違いない。

寄贈を受ける立場の楽友協会は、一山いくらのどんぶり勘定ではなく、詳細な寄贈明細を作成した。その全貌を伺う資料は和訳されていないようだが、さまざまな書物から推定することが出来る。日本ブラームス協会編「ブラームスの実情」にも掲載されている。

125年前の今日はブラームスが残した蔵書の明細が完成した日のようだ。ブラームスの蔵書明細書の日付が1897年5月12日になっているらしい。そこには作成責任者の名前とともに「公認書籍管理士」の肩書きが添えられている。

「公認書籍管理士」とは何だろう。どんなドイツ語の訳語かわからないが、字面から言えば「本のスペシャリスト」というイメージだ。司書に近いと思われる。おそらく署名したのは責任者で、実際の作業は大勢の人間による手作業なのだと思う。ブラームスの葬儀は1897年4月6日だったから、そこから1ヶ月少々の作業だったと考えられる。ウィーン楽友協会からの委託を受けたプロの仕事だ。

つまり本のプロが乗り出す必要があるほどの蔵書の量だということだ。

2026年4月 3日 (金)

ニューイヤーコンサートのブラームス

工事中

2026年4月 2日 (木)

WALDMEISTER

ヨハンシュトラウス2世の13作目のオペレッタのタイトルだ。「くるまば草」はその邦題である。序曲は名高くてしばしばニューイヤーコンサートでも演奏される。

2026年4月 1日 (水)

アンテナの劣化

昨日も話題にした本「クラシックCD異稿・編曲のたのしみ」についてもう少々。主要作曲家の作品について、異稿や編曲物の音源を紹介するコンセプトだ。昨日の記事ではブラームスの章から未入手のCDを列挙したが、取り上げられている作曲家は以下の通りだ。

 

    1. モーツアルト

 

    1. ベートーヴェン

 

    1. シューベルト

 

    1. メンデルスゾーン

 

    1. シューマン

 

    1. ブルックナー

 

    1. ブラームス

 

    1. チャイコフスキー

 

  1. ドヴォルザーク

 

巻頭であらかじめ宣言しているのは、小品の編曲物は対象からはずされている。「キリがない」というのがその理由。「トロイメライ」や「アヴァマリア」「子守唄」なんぞ想像するのも恐ろしいから、あらかじめ非対象にするのも納得だ。

 

もちろん律儀に最初から読んだ。自分の側に対応する引き出しがあるかどうかで面白さが変わる。ブラームスは言及される全ての作品が頭で鳴るばかりか、多くのCDを持っていた。だてに30年以上ブラームスラブを継続させているわけではないと判った。次にホルホルと反応したのはベートーヴェンではなくてドヴォルザークだった。ドヴォルザークはこうしたCDがそもそもあまり出ていないから、我が家のコレクション程度でも、ほとんど所有状態だった。アメリカ四重奏曲の木管五重奏版をなんとか入手したいと願うくらいだ。他の作曲家は概ね「へぇ~」とか「ふ~ん」くらいなレベル。教えられることは凄く多いのだけれど、「CD欲しい」に直結しない。

 

唯一悲しかったのはベートーヴェン。中学高校とあれほどのめりこんだのに、本書の細かな言及に脳味噌がついて行かない。読みながら作品が脳内を走らないのだ。ブラームスは言うに及ばず、すでにドヴォルザークにも及ばない。感性のアンテナが著しく劣化しているということだ。

 

 

2026年3月31日 (火)

ここからのワールドカップ

一昨日組み合わせ抽選があった。ここから本番までが楽しい。

日本の出場は以下。

  1. 1998年 フランス
  2. 2002年 日韓
  3. 2006年 ドイツ
  4. 2010年 南アフリカ
  5. 2014年 ブラジル
  6. 2018年 ロシア
  7. 2022年 カタール
  8. 2026年 北中米

初出場以降、8回連続の出場だ。これってかなり長い。ブログ「ブラームスの辞書」のゴール2033年まで、あと2回しかない。

どうしよ。

 

 

2026年3月30日 (月)

ゴットフリート・ケラー

Gottfried Keller(1819-1890)はスイス・チューリヒ生まれの作家。一時スイスの紙幣に描かれていたくらいだから、かの地での評価はかなりのものだと思う。

 

操った言語はドイツ語だ。リアリズム文学の最高峰と目される。「リアリズムとロマンティシズムの融合」「悲劇とユーモアの結合」などが作風の特長らしい。一見矛盾する事柄が、自然に共存しているというのは、何だかブラームスっぽい。

 

案の定ブラームスは彼を高く評価した。お友達というには無理があるが、面識はあった。1882年に対面が実現している。けれどもケラーをもってしてもブラームスにオペラを書かせることは出来なかった。

 

本日7月19日はケラーのお誕生日だ。

2026年3月29日 (日)

メッシーナの花嫁

シラー作の戯曲のタイトルだ。呪われた王家をめぐる悲劇の物語だそうだ。

内容に感銘を受けたロベルト・シューマンはこれを元にしたオペラの構想を練った。最終的にはオペラ化は断念され序曲だけが作曲された。1851年のことだ。

時は巡って1855年5月7日。ブラームス22歳の誕生日を祝って、ロベルト・シューマンは序曲「メッシーナの花嫁」の自筆譜を献辞付きで贈った。ブラームスがこれに驚喜した手紙が伝えられているらしい。

よくよくその日付を見て欲しい。1855年5月といえば1854年2月27日つまりライン川への投身の後だ。一命を取り留めたシューマンは家族と離れてエンデニヒの病院に収容されていたはずだ。つまりこのプレゼントは収容先の病院からブラームスに贈られたものなのだ。

これがシューマンからブラームスに贈られた最後の誕生祝いである。

 

 

2026年3月28日 (土)

五楽章制

ソナタの楽章数を5つにすること。基本は3または4であるが2もときたま。

五楽章制を採用するソナタとしてはベートーヴェンの田園交響曲が有名である。第3楽章スケルツォと嵐の去った後の感謝からなるフィナーレの間に「雷雨」の様子が挿入されてそれが第4楽章と位置付けられている。ソナタ形式の頂点を極めたベートーヴェンは、その晩年において、ソナタの楽章の数を増大させる挙に出た。弦楽四重奏曲の13番14番15番においてその楽章はそれぞれ6,7,5となっている。

さらに名高いのは幻想交響曲だ。これは五楽章ある。そして極めつけマーラーの一連の五楽章制へと続く。

ブラームスのソナタは室内楽24曲、交響曲4曲、協奏曲4曲、ピアノソナタ3曲の35曲を数える。楽章の数は原則として3か4で、唯一の例外がピアノソナタ第3番で、これは五楽章である。この周辺の事情は2005年11月13日の記事「楽章の数」に詳しい。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2005/11/post_e350.html

ピアノソナタ第3番ヘ短調op5だけが5つの楽章を持つ。1854年発表で四楽章制のピアノソナタを2曲発表した後に完成した。ブラームスの人生はあと43年続くのだが、五楽章のソナタはこれが最後になった。

ブラームスのピアノソナタ第3番の五楽章制は緩徐楽章が、2つに割れてスケルツォを包み込む形になっている。「回想」と名付けられた第4楽章は、明らかに第2楽章をトレースした旋律から始まっている。古今の五楽章制ソナタを見回してもこのパターンは大変珍しい。この作品を生み出した手ごたえから「ソナタの楽章は3個か4個」と確信したのだろうか。断っておくが、ピアノソナタ第3番はけして失敗作ではない。ピアノソナタ3つの中では、おそらく最もCDの種類が多い。なのにブラームスはこの作品によって、五楽章制を永遠に放棄したばかりか、ピアノソナタというジャンルとも決別している。

ブラームスピアノソナタ第3番の作曲後に、何かを決心したことは間違いない。

 

 

2026年3月27日 (金)

嬉しいストレス

生誕200年までに必要な記事を少しでも早く備蓄しきってしまいたいから、いつも記事のネタを探している感じだ。遠くへ出張する際の新幹線の車中というのはありがたい。本を読むことが多く、よくネタを思いつく。帰りの新幹線は眠ってしまうことが多いから、思いつくのは往路だ。

 

一本でも多く記事を確保したいから、たくさん思いつくのはいいことだが、出張の行きの車中で4本5本と思いつくのは、ストレスになる。帰宅してパソコンに向かうまで、記事に出来ないからだ。ポイントになる単語を携帯電話から、家のパソコンに、メールしておくくらいが関の山だ。出張の間中、悶々としている感じである。

 

思いつかないよりはう~んとマシだから、嬉しいストレスだ。

 

 

2026年3月26日 (木)

恐るべき辻褄

「ppp」の話をする。ブラームスが作品に用いた最弱のダイナミクスである。71箇所の用例が存在するが、交響曲には7箇所だ。そのうち4箇所が第4交響曲の中に現れる。律儀なことに各楽章に1つずつ割り当てられている。

「ブラームスの辞書」の中では「ppp」に「響きの底」を手際よく指し示す機能を想定している。全楽章ソナタ形式の第4交響曲にあって、そうした機能を遺憾なく発揮している。

  • 第1楽章243小節目(展開部)弦楽器
  • 第2楽章106小節目(コーダ)ファゴット、ホルン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス
  • 第3楽章163小節目(展開部)弦楽器
  • 第4楽章120小節目(展開部?)ファゴット、ホルン、トロンボーン

いずれ劣らぬ見せ場になっている。第2楽章以外の出番すべてが展開部になっている。第2楽章が展開部の省略されたソナタ形式であることを考えるとまさにソナタ形式における「響きの底」になっている。

さらにこのうち真正のソナタ形式を採用する第1楽章と第3楽章に注目したい。上記リストではどちらも弦楽器になっているが、実はこの他にも不気味な共通点がある。

  1. 旋律という切り口におけるアンサンブルのリーダーシップがチェロにある。
  2. 一連のフレーズの到達点に弦楽器のピチカートがある。
  3. そのピチカートが合図になって再現部が始まる。

この種の恐るべき辻褄がまさにブラームス節の根幹を形成していると考えられる。

2026年3月25日 (水)

レッスン半年

ヴィオラのレッスンを始めたのが今年の3月だった。一昨日までに計13回のレッスンに通った。ほぼ2週間に1回60分のレッスン。ちょうどいい頻度と長さ。単にバッハを弾きたいという私の望みが100%尊重されている。

なんと申してもエポックは5月の弓損傷だ。40日後に新弓を購入するにあたって、先生には無理を聞いてもらって選定の場に同席いただいた。

やんちゃな高齢ヴィオラ弾きの無茶にも、いつも笑顔でありがたい。おまけにフィンガリングやボウイングの難所に決定的なアドバイスがもらえる。教則本のスケールが上達しないのはもはや想定内だろう。

2026年3月24日 (火)

持つべきもの

ピアノ協奏曲第1番ニ短調op15のライプチヒでの初演が手厳しく叩かれたことは有名だ。1859年1月27日の話である。ブラームスの落胆は激しく、人によってはアガーテとの婚約破棄の原因の一つとさえ指摘している。クララの励ましもあって、その3週間後にはデトモルトでの合唱指導のために鋭い質問をバッハ研究の大家に投げかけたことは既に述べた。1859年2月15日のことだ。

そこからさらに約40日後の1859年3月24日。つまり151年前の今日、ブラームスはライピチヒで落胆を味わった同じ曲を故郷ハンブルグで再演した。ブラームス自身がピアノ独奏を務め、指揮はヨアヒムが担当した。

故郷の反応は暖かく、ブラームスの落胆は一段落したという。

いわば故郷に錦を飾るという演奏会を提案したのは、当日指揮を務めたヨーゼフ・ヨアヒムその人である。批判の大合唱にも「大丈夫です」と静観していたクララといい、復活の演奏会を企てたヨアヒムといい、ブラームスには一騎当千の支持者が居たのだ。

 

 

2026年3月23日 (月)

ヴィオラカンタータ

BWV18

2026年3月22日 (日)

Gott erhalte den Kaiser!

工事中

2026年3月21日 (土)

アメリンクという魔術

工事中

2026年3月20日 (金)

食い違い

第一交響曲の初演は1876年11月4日(土)カールスルーエで鉄板だ。マッコークルに明記されている。会場はバーデン大公の宮廷劇場で、原文は「Hofteater」となっている。

 

ところが、先ごろ入手したお宝CDのブックレットに収載されている初演ポスターの写真を見ると会場が微妙に違っている。ポスターでは「Grossen Saale des Museum」と読める。「博物館大ホール」くらいのニュアンスだ。

 

マッコークルの記事の精度は定評があるのだが、初演ポスターの実写と食い違うとなると穏やかではない。もしこの食い違い論争が、マッコークルの負けあるいは、引き分けつまり「宮廷劇場」が「博物館大ホール」と同一だった場合、重大な地平が開ける。

 

1887年7月24日森鴎外の「独逸日記」に重要な記述がある。このときカールスルーエで開催された万国赤十字第4回総会に出席した鴎外が、会議のはねた午後7時から演奏会に出かけている。場所は「聚珍会館」とある。原文は「Museumeschaft」なっている。博物館ホールだとするなら、ブラームス第一交響曲初演と同じホールだった可能性が浮上する。

 

ブラ1初演の11年後鴎外が同じホールで音楽を聴いたということだ。

2026年3月19日 (木)

AAsG

第一交響曲のフィナーレの話だ。28小節目というより、「Piu Andante」の2小節前と申し上げるべきである。ホルンがアルプスのメロディで大見得を切る2小節前にあたる。第4楽章の序奏がストリンジェンドやクレッシェンドでめまぐるしく煽り立てられた頂点で、ばっさり切って落とされる小節。我らヴィオラはC線の開放弦とそのオクターブ上のCで重音を引き伸ばす。じっと引き伸ばしながら急速なディミヌエンドをかます。忙しくないから少し周りの音を聴くといい。

 

チェロとバスそれからコントラファゴットだ。ヴィオラと同時に「A音」を伸ばし始めていたのだが、ダイナミクスが十分弱まった中29小節目の3拍目に半音下のAs音に降りる。これがホルンの大見得の2拍前だ。さらにその2拍後つまりPiu andante到達と同時にはまた半音降りてG音に至る。このG音はホルンの大見得を下支えする大地になる。

 

A→As→Gという打ち続く半音下降は極上である。あくまでもホルンの大見得の準備に過ぎないのだが、全オーケストラのオーラを一身に背負うかのような瞬間だ。この手続きあればこそのホルンでさえある。

 

 

2026年3月18日 (水)

坊主憎けりゃ

あるものを嫌いになると、それに関連する事柄までつられて嫌いになることを意味することわざが「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」である。誰にでもある現象で、人間の心の有り様を良く現していると感じる。

 

作曲家個人が嫌いだと、その作品まで嫌いという現象は古来枚挙に暇がない。特に作曲家存命中だと、作曲家個人のキャラに触れることが出来るからそういうことが起きやすい。

 

ブラームスの伝記を読んでいてすぐに思いつくのがハンス・フォン・ビューローだ。クララの父の弟子として台頭した彼は、リストに賞賛されその娘と結婚する。ワーグナーに心酔した彼はその作品の支持者になるが、妻がそのワーグナーの許に走ると一転してブラームス支持者となる。愛妻を取られたのだからワーグナー憎しは自然である。それでワーグナーの作品への共感も冷めてしまったという訳だ。

 

それからハンスリック。19世紀ドイツ楽壇を2分した論争における反ワーグナーの急先鋒だ。ワーグナー憎しが高じてその周辺の賛同者まで批評の対象にした。ウィーンを本拠にしていたブルックナーが、あまりの攻撃振りに困り果てて皇帝に直訴の一幕もあった。

 

一方、ロベルト・シューマンの妻クララや、大ヴァイオリニスト・ヨアヒムは、最初から一貫してブラームスの支持者だ。後年不和に陥ることもあったが、ブラームス作品そのものへの評価は一貫している。坊主は坊主で袈裟は袈裟ということだ。

 

私はというと、ブラームスの没後に生まれたから、ブラームスに直接接した訳ではない。伝え聞く範囲で彼のキャラや作品を知り心酔した。作品の味わいからブラームスのキャラを推定し、そうして完成したブラームス象が作品の聴き方に影響するということを繰り返してきた。坊主と袈裟が限りなく一体に近い。作品に親しむと同時に作曲家のキャラも深く知りたいと願う。

 

気が付けば、そういう聴き方しか出来なくなっている。

2026年3月17日 (火)

仄めかし

第3交響曲の話だ。第2楽章冒頭はクラリネット2本とファゴット2本に委ねられた牧歌。朴訥な旋律が粛々と進む。交響曲の楽章がこんな地味な編成で立ち上がっていいのだろうかと思うくらいだ。

不思議な現象が一つある。これら4本の楽器のうち1番クラリネットが最高音域の位置にあって旋律を受け持ち、他の3本はこれを包み込むという構造になっている。1番クラリネット担当の旋律は1小節単位のフレージングになっている。つまり小節の切れ目がスラーの切れ目だ。これを包み込む側の3本は、小節の切れ目がスラーの切れ目になっていない。四分音符3つでスラーが途切れ、4拍目から次の小節の3拍目までスラーがかけられている。

目立つという程でもないが不思議な光景だ。第2楽章が進むにつれて次第にタネが明らかになる。伴奏側に現れた「4123」というフレージングが実は曲中の主役なのだ。スラーの切れ目が4拍目直前に置かれるフレージングが主流になるし、C主和音が4拍目に置かれることもしばしばだ。拍節が1拍前にズレることを楽しむ意図さえ感じられるのだ。

楽章冒頭の不思議な光景は、この楽章がそうした拍節のズレを味わう音楽であることの仄めかしであると感じている。拍節のズレを楽しむ作品だからこそ、楽譜通り淡々と変な小細工無く演奏させたいとブラームスは考えていたと思う。

冒頭に敢えて「Semplice」(単純に、淡々と)と記した理由をそのあたりに求めたい。

2026年3月16日 (月)

各国の民謡

民謡ラブだったブラームスの関心がドイツ民謡にとどまっていなかったことを端的に示す作品群がある。

 

「愛の歌」op52と「新愛の歌」op65である。これらは「ピアノ4手に声楽四重唱」という特異な形態を採用しているのみならず、その声のパートが「任意」とされていることが目立つ。さらに全ての曲が事実上のレントラーで書かれている。レントラーはドイツの古い舞曲で、ワルツの原型とされている。

 

民謡という切り口から注目されるのはそのテキストだ。以下の通りドイツ以外の民謡の独訳版となっている。

 

<愛の歌op52>

 

    1. ロシア

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシア

 

    1. マジャール

 

    1. ポーランド

 

    1. ポーランド

 

    1. マジャール

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. マジャール

 

    1. マジャール

 

  1. マジャール

 

 

 

<新・愛の歌op65>

 

    1. トルコ

 

    1. (ハーフィス)

 

    1. ラトビアあるいはリトアニア

 

    1. シチリア

 

    1. ロシア

 

    1. スペイン

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ポーランド

 

    1. マレー

 

    1. ポーランド

 

    1. セルビア

 

    1. ロシア

 

    1. ロシア

 

  1. (ゲーテ)

 

もちろん独訳とはいえマレーシアがあるとは驚きだ。非常に多岐にわたる国々の民謡からテキストを採用しながら、旋律は全てレントラーというこだわりが感じられる。

 

 

 

 

2026年3月15日 (日)

アクセス解析のアキレス腱

もう90万アクセスの達成も時間の問題になってきた。自分のブログへのアクセス状況にはとても関心があるし、見ていて面白い。アクセスが増えるのは嬉しい。

 

一つだけ肝に銘じていることがある。

 

当たり前のことだが、アクセス解析はアクセスされたことの解析でしかないということだ。アクセスされない場合には解析のしようがないのだ。アクセスさえされれば、多彩多様な分析のツールも揃っているのだが、アクセスされないとどうにも出来ない。たとえば週に1000のアクセスがあるとする。見に来てくれた人たちは何らかのメリットを感じて来てくれている。ところが一度来て、「二度と見るものか」と思った人は来ない。つまりこの「二度と来るものか」と思った人の数が把握出来ないのだ。週間1000アクセスの影には「二度と来るまい」と思っている人が500人いるかもしれないのだ。好きを数えることは容易でも、嫌いを数えることは難しい。

 

自分のブログのどこがどう嫌われているかは、把握が難しい。短所を補う対策が打ちにくいということだ。

 

だからアクセス数ネタは、はしゃぎ過ぎに気をつけなければならない。

2026年3月14日 (土)

あの夏の誕生日

工事中 1997年7月27日

2026年3月13日 (金)

本来あるべき

工事中

2026年3月12日 (木)

レッスンには不向き

工事中

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