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    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

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    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

2018年12月17日 (月)

ブクステフーデシュタット

ブクステフーデはマリエン教会のオルガニストだったが、前任者で義父のトゥンダーが創始した演奏会を発展させて「アーベントムジーク」とした。CDもDVDもなく、今ほど演奏会もない時代、教会行事とは別建ての演奏会は貴重だったと見えて評判を呼んだ。年5回三位一体節直後と、侍降節直後だ。バッハはアルンシュタットから400km以上踏破して1705年の待降節直後12月9日に聴いた。これだけで済むわけもなく、翌週16日と翌々週23日も聴いた。気が付けはもうクリスマスは目前だ。クリスマス周辺の諸行事を見届けて、任地アルンシュタットに戻ったのは2月。

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マリエン教会内にこのことを記したプレートがあった。

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バッハが1705年にブクステフーデを聴きにやってきたという内容だ。ブクステフーデが没する1年半前の出来事だ。

2018年12月16日 (日)

ブクステフーデ墓参

マリエン教会のショップの女性にブクステフーデのお墓の位置を尋ねた。「この教会に埋葬されたことは事実ですが、第二次大戦中の爆撃で被害を受け、今ではその正確な位置がわかりません」と言って、代わりのプレートを案内してくれた。若い女子職員のその説明はシンプルながら、ブクステフーデへの敬愛に満ちたものだった。よかった。大切にされている。

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これでミッションコンプリートだという感慨と、ここでもまた戦争の痕跡がという痛みがまじりあう感傷に浸った。

2018年12月15日 (土)

聖マリエン教会

ペトリ教会から歩いてすぐマルクト広場がある。

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街の模型。

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ハンザ都市リューベックの文字が誇らしげだ。

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これがマリエン教会だ。

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グーグルの地図からはわかりにくいが、川と運河にはさまれたリューベックは平坦ではない。マリエン教会一帯がもっとも高い。教会からどちらに向かっても微妙なくだりになる。

内部の威容は圧倒的。言葉も出ずに立ち尽くす。

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教会建設中に現れたとされる悪魔。

本当に本当にすごい。

2018年12月14日 (金)

聖ペトリ教会

橋を渡ってすぐのホテルにスーツケースを預けて、そそくさと街にでる。

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わくわくするようなガッセに分け入ってペトリ教会を目指す。

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ペトリ教会の塔にはエレヴェーターで登ることが出来る。

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内部は少し変わっている。椅子がない。祭壇も質素だ。作品の展示があるなど、教会本来の使い方をされているか心配だ。展望台の機能に徹しているのかもしれない。

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眺めは素晴らしい。たった今通ってきたホルステン門と滞在のホテルが見える。

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これが目指すマリエン教会だ。

2018年12月13日 (木)

ホルステン門

リューベック中央駅から市街地にに向かうと、いやでも眼に飛び込んでくるホルステン門だ。リューベックどころかドイツの象徴かもしれぬ。「地球の歩き方17~18版」の表紙にイラストが描かれている。ノイシュヴァンシュタイン城を差し置いてだ。

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朝日に向かって西から近づくことになるから、こうして逆光の美しいシルエットになる。お気に入りのショットだ。

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幸いホテルから近いのでリューベック滞在中は何度もそばを通る。時間帯により天候により違った姿を見せてくれる。1478年完成というからバッハもこれを見ている。アルンシュタットから来るなら市街へはこの門を通ることは確実だ。

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門を過ぎてこの橋を渡ると世界遺産の旧市街だ。

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息をのむばかりの清楚なたたずまいだ。

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2018年12月12日 (水)

君臣並び立つ

リューベック中央駅を降りて、まっすぐにホルステン門に向かうと右側に立派なビスマルク像がある。

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これだ。

道路を挟んだ向かい側に別の像がある。

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この人はドイツ帝国初代皇帝ウィルヘルム1世である。プロイセンがオーストリアに次いでフランスにも勝利してドイツ帝国が建国されたとき、プロイセン王だったウィルヘルム1世がそのままドイツ帝国皇帝に即位した。ビスマルクは臣下にあたる。この二人はリューベック市の表玄関にあって阿吽の狛犬のような位置でにらみを利かせている。

昨夜遅く、ブログ「ブラームスの辞書」は創設以来のアクセス数が100万に達した。

100万ですよ、100万。カンマが2個です。

創設から4944日目での100万アクセス到達となった。その間、記事更新の抜けた日がない。しみじみとうれしい。

2033年5月7日のゴールまでに200万に達すればもう一本記事が稼げる。

2018年12月11日 (火)

早朝移動の収穫

さてさていよいよ8月16日(金)の報告にはいる。8時04分ハンブルク発の普通列車だ。

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ガラガラの2階席に陣取る。

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セバスチャンと地図を見ながら本日の作戦会議である。

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リューベック中央駅着8時48分だ。

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街は動き出したばかり。リューベックの宿には9時15分についてスーツケースを預けた。1階のレストランは朝食中の客で混み合っている。つまり前日から宿泊した客たちとリューベックでの動き出しが変わらぬということだ。アイゼナハでも同じことをした。早朝移動のメリットだ。

2018年12月10日 (月)

奇跡のアトラス

コンサートの後、ホテルに戻る途中、ハンブルク中央駅での夕食のあと書店に立ち寄った。鉄道関連書物の棚の前であっと立ち尽くした。最下段に「アイゼンバーンアトラス」が陳列されている。すでに2012年版を持っているが、ドイツで最新版を買おうと思い、ミュンヘンに着いてからずっと探していたが見当たらなかった。

ドイツ版のほかオーストリア、スイス、EU版も並んでいる。

迷った挙句ドイツ版とEU版を買った。両方で68ユーロだが気にもならない。帰路のスーツケースが重くなるが致し方ない。

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左がEUで右がドイツだ。ドイツ版は、すでに何本かの記事で地図を紹介した通り緻密な仕上がりだ。最新版をいつも手許においておきたい。

EU版は大縮尺で細部を見るにはつまらんし、鉄道関連スポットの表示が緩くてお話にならんなと思っていたら巻末にシベリア鉄道詳細図があってほくそ笑んだ。

2018年12月 9日 (日)

四社参り

昨日、先般買い換えたばかりのマイカーの慣らし運転をかねて、母をドライブに連れ出した。行く先は信濃の国一之宮、諏訪大社。

同社は下記4社の集合体である。

  1. 下社春宮
  2. 下社秋宮
  3. 上社前宮
  4. 上社本宮

これを全て参詣することを「四社参り」という。何よりも家内安全を祈ってきた。

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下社春宮の威容。

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下社秋宮の手水は温泉になっている。

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上社前宮の手水は、せせらぎを引き込んだもの。

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四社参りコンプリートの記念に、品のよい巾着をいただいた。

日帰りで、一日の560kmくらい走った。帰りに少々の渋滞にはまったものの、快適だった。燃費が16.8km/Lとは心強い。

もちろんセバスチャンも同行した。

2018年12月 8日 (土)

ハンブルク散策の小ネタ

ミヒャエリス教会のオルガンコンサートが終わって、ホテルに引き返す途中、ハンブルク中央駅のフードコートに寄り道した。夕食だ。

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カリーブルストとカルトゥッフェルザラート(ポテトサラダ)にビール。樽ナマはおろか瓶や缶でも飲んだことのないDiebelsDunkel⑯にありついた。期待通り。深いコク。極端に冷やしすぎないことはこれまでのどのビールとも共通する。積極的に苦味を訴求しない感じもずっと続いている。カリーブルストとの相性もいい。

ハンブルクの出来事の中で特筆は下記。

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Uバーンの車内での光景。ご主人のひざにあごをのせてじっと見上げる目つきが素敵だ。柴犬のハーベイ君に匹敵する。ドイツでは列車内やレストランの犬は珍しくない。行儀がいいのはみな共通だ。

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犬より扱いが後で申し訳ないが、これがカール大帝の像。ハンブルク市の起源は、カール大帝によるハンマブルクの建設というのが定説だ。だからカール大帝の像があるのはとても自然なことだ。

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こちらはメンデルスゾーン生誕150周年の記念碑の裏側。名高いヴァイオリンコンチェルトの旋律が刻まれている。彼はハンブルク生まれだからこれまた自然。

昨シーズン史上初の二部降格となったHSV。1887年創設だからブラームス存命である。

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長男からタオマフ購入を頼まれていた。まあでも2部とは言え名門である。立派なショップで感心した。街の人々はクール。ここ数年ギリギリで一部残留という成績ばかりだったから覚悟する時間は十分だったという。

2018年12月 7日 (金)

オルガン演奏会③

2018年8月15日19時。ハンブルク聖ミヒャエリス教会。3つあるオルガンを全部弾いてくれるという豪華なコンサート。

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こちらはCPEバッハオルガン。

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こちらはグロッセオルガン。

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これはコンツェルトオルガン。

第二次大戦で教会が消失していることを思うと、ここまできれいに復旧していることに驚く。

プログラムは下記。オルガニストはブレーメンのフラウエンキルヒェから客演のサミュエル・クーマー氏。

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お目当てはヴィヴァルディの「調和の霊感」op3-10四つのヴァイオリンのための協奏曲をバッハ自らオルガン独奏用に編曲したものだ。こんなもん生で聴けるなんて私は幸せ者だ。あっと言う間に終わってしまった夢のような時間。

ラストは演奏者自身のコラールファンタジー「神は堅き砦」だ。アイゼナハ以来ずっと頭になり続けているコラールで敬虔な気持ちになった。

演奏後、オルガニストが拍手に応える。その最後に彼は3つのオルガンに向かって計3度深々と頭を下げた。心温まる光景だった。最後に指揮者が楽員を讃えるかのようにオルガンにむかって手を差し伸べて聴衆の拍手をそちらに誘導した。客演者の彼はそういう気持ちでミヒェルのオルガンに接していたのかと心が熱くなった。

立ち去りがたい気持ちでCDを買い求めた。

20180820_1927132左は同教会のオルガンで演奏したブラームス作品集。といっても「オルガンのための11のコラール前奏曲」op122ではないところが気に入った。収録は下記。同教会にしっかりとブラームスが息づいていることが確認できたようでほっとした。

  1. ハイドンの主題による変奏曲
  2. 弦楽六重奏曲op18第二楽章
  3. ヘンデルの主題による変奏曲

右側はハンブルク市内に点在するオルガン聴き比べ。当地ミヒャエリスはもちろんリハを聴いてお気に入りのヤコビを含む。

2018年12月 6日 (木)

奇跡の再会

昨日、オルガン演奏のリハーサルを立て続けに計4度聴いた奇跡を喜んだばかりだというのにまたまた奇跡話だ。

8月15日19時からのオルガン演奏会のためにミヒャエリス教会に向かって歩いていた。横断歩道前で信号待ちをしていたら、道路のあちら側に見覚えのある柴犬。朝会ったばかりのハーベイくんだ。

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飼い主はもちろんだが、ハーベイ君も私を覚えていれくれたようだ。律儀な飼い主は朝夕にミヒャエリス教会一帯を散歩しているに違いない。飼い主もハーベイ君も再会を喜んでくれた。

今旅行最大の奇跡だ。

2018年12月 5日 (水)

2度あることは3度4度

思わぬリハーサルに呆然と歩いてすぐのペトリ教会。ヤコプ・プレトリウス2世がオルガニストを務めた。

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いやはやここでもリハーサルだった。こちらはヤコブよりずっと硬質な感じ。5分で終わってしまった。ニュルンベルクのゼバルドゥス、先のヤコビに続いて3度目のリハーサル。

やれやれとばかりに次はヨハン・アダム・ラインケンやハインリッヒ・シャイデマンがオルガニストを務めたカタリーネン教会だ。

3度あったことが4度目。またまたリハーサルだった。たっぷり45分オルガン演奏をただ聴きした。多分バッハばかりのような気がする。

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正式な演奏会ではないから、安易な比較は慎みたいが、この3つの中では最初のヤコビが気に入った。ペトリはもう少し長く聴ければ印象が変わるかもしれない。

リハーサルばかり4度も聴けるとは墓参のご利益かもしれない。

2018年12月 4日 (火)

シュニットガーオルガン

8月15日午後最大の楽しみはヤコビ教会だ。

ハンブルクにある主要5教会の一つ。1720年11月バッハは前任の死去にともなって空席となったハンブルクヤコビ教会のオルガニストに志願する。当時ケーテンの宮廷楽長であった。

この時の試験演奏を年老いたヨハンアダムラインケンが聴いていた。ラインケンはバッハの即興演奏を激賞したと伝えられている。ラインケンのオルガンコラール「バビロンの河のほとりで」に基づく即興演奏だった。ラインケンの「バビロンの河のほとりで」は、15歳で筆写したワイマール手稿譜にもあったから、バッハにとっては得意の演目だったものと思われる。がしかし、バッハは就任を辞退した。就任に際して発生する上納金を嫌ってと言われている。

このとき、バッハが就任していれば、ブラームスの故郷ハンブルクと太いつながりができていたかと思うと惜しい気もする。ヤコプ・プレトリウス1世、ヒエロニムス・プレトリウス、マティアス・ヴェックマンなど、歴代オルガニストには綺羅星のごとく著名人がいる。

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ここにアルプ・シュニットガー制作のオルガンが現存する。バッハが生まれる前に亡くなっているが、彼の手によって140ともいわれる数のオルガンが製作された。活躍の中心はハンブルクだ。廃墟が保存されているだけのニコライ教会には、パイプ4000の当時世界最大のオルガンがあった。現存するのは30基と言われている。その内の一つがここヤコビ教会というわけだ。

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奇跡はおきた。

演奏会のリハーサルが行われていて、実際に音を聴くことができた。多分バッハだと思うけれど、そんなことはどうでもいい。演奏会はないものと諦めていた心に、じんわりとしみこんでくる。ヤコビのシュニットガーが聴けている。

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ライプチヒのトマスやニコライとはまた違う。かれこれ30分呆然と聴いた。ただただ、ただただありがたい。

2018年12月 3日 (月)

AIGNER

日本にいて留守を預かる家族への土産を甘く見てはいけない。私が子育て卒業旅行を勝手に標榜しているけれど、それは家族あってのものだ。サッカーグッズを買い込めばいい長男はシンプルだ。

母には何をと思い旅行中さがしていた。旅の前半に買うと荷物になるから土産探しの山場はハンブルクだ。

結局かさばらないサイフに決めた。ライプチヒでドイツのブランド「Aigner」のショップに立ち寄って目星をつけておいてハンブルクのショップで買い求めた。通販全盛の世の中、日本でも買えるには違いないが、やはりドイツ土産としてはドイツのブランドがいい。

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83歳の母にこの色である。手触りがとてもいいのでこれに決めた。前回のドイツ旅行の土産にと買い求めた財布がもうボロボロなのでまたサイフにしたが、今度は造りのしっかりしたものにして長く使ってもらおうということだ。店員さんに83歳の母へのプレゼントだというと「グッド」と言って念入りに包装してくれた。じつはこの店員さんがえらい美貌だった。「BOT」(Beuty Of Tour)を選ぶなら圧倒的にこの人だ。

でもって勢いで娘たちにもここのサイフを買うことにした。

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渋い色あいだが、気に入った。念のため申し添えると、サイフとともに写っているのは私の手である。

帰国して渡すとたいそう喜んでくれた。お土産は楽しい。

 

2018年12月 2日 (日)

テレマン墓参

ミヒャエリス教会の地下で案内の女性からテレマンの墓は市庁舎だと聞いていた。どこぞにと探してたどり着いた。

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いやいやどうして足がすくむ。テレマンはハンブルク市音楽監督という立場。教会までも傘下に収めるハンブルク音楽界の頂点ともいうべき立場だ。立ち位置としては教会勤務というより公務員という側面が強い。だからお墓がこちらにあるのかもしれない。

これで残るはブクステフーデだけだ。ポケモンのバッジが3つ集まった感じ。

2018年12月 1日 (土)

ハンブルク市庁舎

さて、市庁舎に戻る。

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自由ハンザ都市ハンブルクの象徴だ。

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有名ブランドのショップがならぶファサードは指呼の間。

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これが内アルスター湖。

ランチは市庁舎併設のラーツケラーにした。

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やはり酒場は潜るものだ。
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こんな感じ。歴史的ラーツケラーはどこも重厚だ。

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などとのんきなことを言っている場合ではなかった。よーく写真を見てほしい。ケストリッツァーと書いてある。黒ビールで名高いケストリッツのケラービア⑮だ。メニューに書いてあったときは目を疑った。地元ケストリッツのレストランには黒しかなかったというのに、遠く離れたハンブルク市庁舎でお目にかかるとは。味わいは期待以上。黒が超有名な影に隠れてケラービアがこの出来栄えとは。赤みがかったゴールドというかオレンジというか、微妙な色。極端に冷えていないこともあって味の奥行きが感じられる。

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ハンブルク市庁舎でハンバーガーを注文した。出て来るまでにビール一杯を空にしてお替りした。ビールもハンバーガーもおいしくて我を忘れた。

2018年11月30日 (金)

ブラームスプラッツ

ブラームスムゼウムから少々歩くとブラームスプラッツがある。

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エルプフィルハーモニ完成まではハンブルクの音楽界の中心だったライスハレを頂く広場だ。

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ライスハレ壁面のプレート下側の記載を読むと、ハンブルク名誉市民1889と読める。見落としがちだがとてもうれしい。

ムゼウムよりはブラームスが生まれた家に近い。

2018年11月29日 (木)

合同ムゼウム

ブラームスムゼウムのすぐそばに、MQというムゼウムがある。

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これがその看板だ。ハンブルクゆかりの作曲家の合同ムゼウムという趣だ。マーラー、テレマン、CPEバッハ、メンデルスゾーン姉弟など華麗なメンバーである。ブラームスだけが独立したムゼウムを持っていたのは幸いだった。共通券で入場できるのも助かった。

テレマンの展示が薄いのが気になった。ショップの品ぞろえもテレマンは心細い。

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マーラーはウィーンに進出する前、ハンブルク市立歌劇場の音楽監督だったからハンブルクに深い関係がある。

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19歳のアルマだ。のちのマーラー夫人。こんなところで会えるとは。

テレマンやCPEバッハの業績に深く触れるには、ロマン派色が勝っている。特にショップにおけるテレマンのCDの品ぞろえにはがっかりした。「ターフェルムジーク」でお茶を濁す感がありありだ。

2018年11月28日 (水)

レクイエム合唱

献本を終えて二階に上がった。小規模だが丁寧な展示。

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二階には男性職員がいた。展示の自筆譜を見ながら旋律をハミングしていたら「あなたはプロフェッショナルな音楽家か?」と聞かれた。「とんでもない」と答えた。彼は合唱団員らしい。ドイツレクイエムは64回歌ったと言っている。おおってなもんだ。

私がドイツレクイエムの第3楽章の独唱バリトンのパートを歌いだすと一緒に歌ってくれた。勢いで全楽章の出だしを一緒に歌った。いやはや凄い人がいるもんだ。

土産物は目新しいものはないと諦めかけたがブラームスの名刺を見つけて購入した。

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住所がウィーンのカールスガッセ4番地になっているというこだわりがおしゃれである。1枚1ユーロとは結構なもんだが、思わず10枚買った。

2018年11月27日 (火)

本質的な献本

いよいよ8月15日最大の訪問先ブラームスハウスに行く。聖ミヒャエリス教会から徒歩でいける。

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ドアにはかぎがかかっていた。呼び鈴を押すと中からエレガントな老齢の女性が出てきて招き入れてくれた。

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来訪の趣旨を伝え「ブラームスの辞書」を寄贈した。

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ブラームスの生家の絵葉書を取り出してお礼のメッセージを書いてくれた。
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これがどれだけうれしいかご理解いただけるだろうか。

2018年11月26日 (月)

姫路訪問

11月22日から2泊3日で母を旅行に連れ出した。4月に末っ子が就職したので、子育て終了記念旅行である。私自身は夏のドイツ旅行で一区切りとしたが、最大の功労者である母のケジメが後回しになっていた。

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念願の姫路城を筆頭に盛りだくさんの3日間であった。母の表情を公開するわけにもいかないので、ドイツ帰国以降退屈していたセバスチャンをお供に連れて行った。およそ3か月前にはワルトブルク城にいたセバスチャンがご案内する。

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姫路城天守閣の最上階まで自力で登れるか心配したが、まったく問題はなかった。手すりにはつかまったが、景色には目もくれず自力であっという間に登り切って最上階の刑部神社で無事の登閣に感謝した。

降りながら景色を楽しんだ。むしろ下りの方が慎重で、時々手を貸した。

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セバスチャンはどうもこういうアングルが好きだ。

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ワルトブルク城に比べ木々の色付きが鮮やかだ。

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姫路城に隣接する好古園の紅葉が鮮やか。

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姫路城見学を終えてから、レンタカーを借り出して、長駆淡路島を目指す。夕暮れ時の明石海峡大橋だ。

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二日目は、これまた念願の和三盆。四国讃岐の三谷製糖。もう来れないからと言い訳しつつまとめ買い。

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鳴門海峡の渦潮を見入るセバスチャンと母。12時10分の干潮時刻にピタリと合わせた神業のスケジュールだ。加えて本日は大潮とあって海上の激流に目がくらんだ。

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淡路島に引き返して、淳仁天皇淡路三原陵を参拝。ここは私の趣味。奈良時代の政争の末こちらに配流されて亡くなった悲劇の天皇である。

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続いておのころ島神社。

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淡路島名物のお香を買い求める。

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こちらは伊弉諾神社。私の父方の祖父は淡路島出身だ。母にとっては義父。淡路島のどこなのか知らないけれど、こちら淡路国一の宮に詣でて、祖先参りとした。

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3日目はまたまた讃岐経由で、岡山を目指す。瀬戸大橋与島SAから、北備讃瀬戸大橋。

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岡山後楽園。

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岡山城。

長い間、渾身の子育て、ありがとう。これからもずっとありがとう。

2018年11月25日 (日)

地下墓地

聖ミヒャエリス教会訪問の目的は墓参。地下室にバッハの次男CPEバッハの墓がある。大抵の客は、地下室に降りたところの料金表を見て立ち去る。私は悠然と4ユーロを支払って、受付の女性に「CPEバッハのお墓は?」と尋ねた。

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こんな感じ。

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これがバッハの次男カールフィリップエマニュエルの墓だ。テレマンの後任としてハンブルク市の音楽監督を務めたから、同墓地への埋葬もうなずけるのだが、テレマンはここには埋葬されていない。

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こちらはヨハンマッテゾンの墓だ。

日本ではなかなか体験できない敬虔な雰囲気だ。パッヘルベル、バッハ、テレマン、ブクステフーデの4人の墓参がメインとは言え、バッハ次男の墓参も狙っていた。

2018年11月24日 (土)

ミヒェル展望台

ここの教会はエレヴェーターで塔に登れる。

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これがエレヴェーターだ。

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見てきたばかりのビスマルク像。

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エルベ川方面。20180815_100259
のけぞり気味のセバスチャン。




2018年11月23日 (金)

聖ミヒャエリス教会

ハンブルク主要5教会の一つというより、ブラームスが洗礼を受けた教会だ。今回の旅の目的地筆頭。地元民は「ミヒェル」と呼ぶらしい。

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ルター像がある。
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重厚な扉。

2018年11月22日 (木)

柴犬のハーベイ君

ビスマルク像から聖ミヒャエリス教会に行く途中で驚くべき出会いがあった。

地元の人が犬を散歩させていた。きっと朝の散歩だろう。

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見事な柴犬だ。飼い主は「ヤパーニッシュフンド」だと自慢げだ。私が日本人だとわかるととても喜んでくれて名前は「ハーベイ」だと教えてくれた。写真ではいい子に座っているのだが、実は私にじゃれついてきてなかなか写真が撮れなかった。

2018年11月21日 (水)

エルベのほとり

さて、ビートルズプラッツ訪問を終えて、地下鉄に乗る予定を変えて、徒歩でエルベ川に向かうこととした。

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昨日訪問したエルプフィルハーモニーが見渡せる。ここはハンブルク旧市街を囲む城壁がエルベ川と接するところだ。そこにお目当てのものがある。

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ドイツ最大と言われるビスマルク像である。

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落書きが無残で悲しいとセバスチャン閣下はお怒りだ。

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これくらいの距離がいい。

2018年11月20日 (火)

ビートルズプラッツ

アルトナを後にして地下鉄で2つ目がレーパーバーンだ。

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レーパーは船の必需品ロープを作る業者が集中していたことに由来する地名だが、現代では欧州屈指の歓楽街として泣く子が黙る。夜間の一人歩き自己責任でと釘をさされる。かといってスルーも出来ず、やむなく早朝の訪問とした。

目的はビートルズゆかりの地を訪ねることだ。

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人気のない道を歩いて簡単に見つけた。ここでブレーク前のビートルズが演奏したと書いてある。

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少し離れたとこにビートルズプラッツがあった。

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おお。

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左利きのこれがポールだなとセバスチャン閣下が申している。

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早朝のせいか身の危険めいたものは全く感じなかった。

2018年11月19日 (月)

アルトナ

7日目8月15日のレポートを始める。ホテルを6時30分に出る。お目当てはアルトナ駅。ハンブルク中央駅から地下鉄で10分くらい。昔は隣の国だったが、今はハンブルクの衛星都市みたいな位置づけ。ハンブルク中央駅は頭端式ではないけれど、アルトナは頭端式だ。各地からの長距離列車は頭端式のアルトナ発着も多い。

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図の右端「Hbf」とあるのがハンブルク中央駅だ。
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地下鉄アルトナ駅。

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DBはこちら。

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線路を覆う壮麗なアーチがあるわけでもない。ましてハウプトバーンホフでもないが、頭端式には抗しがたい魅力がある。

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ここのベンチでピザを買い食いして朝食とした。

2018年11月18日 (日)

マイカー更新

昨日、マイカーを更新した。こんなことがあって更新してからもう6年2か月だ。とても愛着がある車で、昨日の朝、最後のお掃除をしたときはさびしかった。

  1. 消費増税
  2. 車検切れ
  3. 下取り査定
  4. 希望車種
  5. 希望装備
  6. 資金繰り
  7. 定年退職

これらの条件が複雑に絡み合う多変数関数だった。昨年9月の車検からずっ考えづけていたけれど、なんとか最適解にたどり着いた。納車日の昨日は父の祥月命日で、ディーラーさんから提示された納車候補日から迷わず選択した。現役サラリーマンとしては最後の更新となる。

父の墓前で報告し、新車の安全をお願いしてからディーラーに直行した。前の車の走行距離は60,180kmとなった。週末以外は最寄り駅までの送迎にしか使わないのに走ったほうだ。最後に新旧の車を並べて撮影して、バトンタッチの儀式をした。

今回の目玉装備は車載ハードディスクにお気に入りのCDを登録しておけるシステム。気に入っている。何を収録しようかと考えるのも楽しみだ。マイカーにカーナビを載せるのも初めてである。

画像はもちろん、メーカー、車種、色、登録ナンバーなど公開は、はばかれる。しかしながら展開中のバロック特集に割って入るだけの工夫をしたとだけ申しておく。8月14日のレポートが終わり、明日から8月15日の報告に移る切れ目に合わせるのに少しだけ苦労した。

購入後最初に再生した曲は、バロック特集中とはいえ、さすがにブラームスで、「Geistlischeslied op30」とした。

長く乗れるはずだ。

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