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    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

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    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

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2017年10月19日 (木)

ストッカー

コーヒー豆を入れておく容器。いろいろ試したが今のお気に入りはこれ。

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遮光性には目をつむってガラス製。ゴムパッキンとワイヤーの噛み合わせできっちり密封される。これで200g入るのだが、ほぼ見た目で選んでいる。イタリア製は何かとおしゃれだ。

2017年10月18日 (水)

メインはポット

今回購入したお道具のうちのメインは、ドリップポットだ。電動ドリッパーの不調を受けて、真剣に考えていた。電動ドリッパーの後継を買い求めるか、この際ハンドドリップに行くか。

何気なく立ち寄ったお店でマスターが使っていたポットに一目ぼれしてあっけなく購入を決意。

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色、形、手触り、みな気に入った。温度計がついているのが初心者としてはストライクだ。

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とっての感触もいい。

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赤丸の部分の突起が親指にかかって安定する形状。

何よりも変わったのはお味だ。そりゃあ電動よりはおいしくなるだろうとは思ったが、淹れること自体が楽しくなった。

2017年10月17日 (火)

お道具セット

記事「メジャースプーン」で、コーヒー豆の計量用のスプーンを買い求めたと書いた。やけに親切なマスターと話すうちに、お店で販売中のグッズがいろいろと気に入って買い求めてしまった。もともと我が家の電動ドリッパーが不調だったという言い訳もかすむくらい、絵に描いたような衝動買いだった。

あれもこれもと買い求めてそそくさと帰宅。着替えもそこそこに収穫物を広げた。

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ドリッパが背の高いタイプ。ペーパフィルターの折り方を習って購入。2万円近い出費だが納得性は高い。

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新しいもん好きの母がさっそくトレーに収めてさらに納得。今までやけに浮いていたストッカーがなじんできた。

ブラームスのお道具は必ずしも明らかではない。

2017年10月16日 (月)

メジャースプーン

ずっと前から思案中だった。電動ドリッパーが不調で、ストレスがたまっていた。後継を買い求めるべきか否か。この機会にハンドドリップに移行するかと真剣に考えていた矢先に、長年愛用していたメジャースプーンが壊れた。さすがに思案の余地はなく買おうと思っていた。県内某所で、たまたま見かけたアイテムに一目ぼれした。

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ウォールナッツ製、手作り感満載の一品。

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テーブルの上においておける。犬小屋みたいなたたずまい。あっけなく一目ぼれだった。

2017年10月15日 (日)

ニーチェ

今日はニーチェのお誕生日だ。1844年10月15日に生まれたドイツの哲学者である。

R・シュトラウスの交響詩「ツァラトストラはかく語りき」はニーチェの著作に霊感を得て作曲された。音楽との関係で申すならリヒャルト・ワーグナーである。ニーチェはワーグナーに心酔した。ワーグナーもこれを受け入れ蜜月時代が訪れた。

ニーチェの音楽との関わりは、これにとどまらない。彼は作曲もしたのだ。歌曲とピアノ曲だ。まだある。驚くべきことに彼は自作のカンタータをブラームスに献呈しようと試みた。この動きはニーチェとワーグナー蜜月が去ったことと連動していると指摘されている。案の定ブラームスはこれを辞退する。根に持ったニーチェはそれ以降ブラームスとも距離を置き始めた。

ビューローと似ている。ワーグナーとの蜜月が破綻した後、ブラームスに走るところがそっくりだ。

2017年10月14日 (土)

アイスランド

2016年の欧州選手権でのベスト8進出など、最近目覚ましいアイスランドサッカーだが、このほどとうとうワールドカップ初出場を決めた。

ワールドカップ出場国の最少人口記録保持国だったトリニダードトバコをさらに100万人も下回る33万人。

続々と出場国が決まる中、ひときわ目立つニュース。応援したい。

2017年10月13日 (金)

テンポ芋

「Tempo Ⅰ」は「元のテンポで」と解されて何の疑問も無い。読むときには注意が要る。「テンポイチ」ではなく「テンポプリモ」と読まねばならない。ところが私には恥ずかしい思い出がある。

元々これをどう読むかを知らずに過ごしていたことが原因だ。大学2年の冬にブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」に挑んだ。その楽譜の中に「Tempo Imo」がたくさん出て来るのだ。実はこれこそが「Tempo I」を「テンポプリモ」と読むことの証拠なのだが、私は「テンポ芋」と読んでみんなに笑われた。

2017年10月12日 (木)

ノーサイド

試合終了のことだ。ラグビー特有の言い方である。試合中にはいろいろあったけれども、試合が終わってしまえば敵も味方もないという精神を一言で言い表している。試合の終了を表す言葉は「ゲームセット」「タイムアップ」というスポーツが多い中ラグビーの言い回しはひときわ目立つ。

ラグビーは、球技の中では際だって身体の接触が多い。ルール通りに振る舞っていても、相手選手との身体のぶつかり合いは必須である。ラグビーにおけるディフェンスとはすなわち攻撃側のボールキャリアへのタックルが主体となる。ルール通りとは言いながらタックルされれば「痛い」のだ。その「痛い」が相手への遺恨となっては困る。次回の対戦が遺恨試合になるのは好ましくないのだ。

だからこそ試合終了の度に「ノーサイド」を確認するのだ。戦いが終われば敵も味方もないと。

古来、ライバルの死を悼む話は美談として多く伝えられる。三国志の英雄・曹操は、戦死した敵将・関羽の遺体を諸侯に準ずる儀礼を持って葬った。上杉謙信は、武田信玄の訃報に接して、箸を捨てて落涙したという。いわばノーサイドだ。

ブラームスは、ブルックナーやワーグナーの訃報に接し、哀悼の意を表したことが伝えられている。欧州の楽壇を2分した論争相手だ。論争を煽ったのは周囲の取り巻きで、本人たちの反目はそれほどでもなかったというが、最年少のブラームスが2人を送る立場になったのは幸いだ。逆だったら怪しいと思う。

2017年10月11日 (水)

ブルックナー

1896年10月11日ブルックナー没。本日は没後121年だ。

1860年代中盤から没するまでほぼウィーンを本拠に生活した。活躍の領域は交響曲に限定されると申して良い。ブラームスと同時代を同じウィーンで過ごした交響曲メーカーである。

にも関わらず、ブラームスの伝記を読む限り登場頻度が多いとは言えない。ブラームスの伝記には同時代の音楽家の話題が頻繁に現れるのにブルックナーは日陰の存在だ。欧州を2分した論争の当事者同士だから伝記上で話題にもなりそうなものだが勝手が違う。

プロテスタントのブラームスに対してブルックナーはカトリックだから教会に行っても会うことはなかったのだろう。プラハ在住のドヴォルザークの方がよほど話題に上っている。ブラームスの友人たちも気を遣ってブルックナーネタをブラームスに振らなかったのかもしれない。

それでもブルックナーの第7交響曲ホ長調のスコアがブラームスの遺品の中から発見されている。話題にはしないが研究は怠らなかったといったところか。

2017年10月10日 (火)

ヴェルディ

ジョゼッペ・ヴェルディは1813年10月10日に生まれた。今日はお誕生日である。ブラームスより20歳年上。ご存知の通りのイタリアオペラ業界の重鎮だ。

ブラームスはこのヴェルディの作品が好きだったという。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻の125ページ。ヴィトマンの中に興味深い記述がある。ヴェルディの「レクイエム」について友人で指揮者のビューローと意見が食い違ったという話だ。ビューローはこの作品をけなしたが、ブラームスはピアノとヴォーカルスコアを一瞥して「まさに天才の作品だ」と称し「ビューローは恥さらしだ」と憤る。

自分と同じ庶民の出だということも親近感を増す要因だったらしい。

不思議なのは8回に及んだイタリア旅行なのに、その間本場のイタリアオペラを楽しんだ形跡がないことだ。友人のヴィトマンは、それらオペラの終演が大抵夜遅くになるからだとの見解を示している。

2017年10月 9日 (月)

シュパーテンの樽生で祝杯

都内某所で、シュパーテンの樽生を賞味した。今年のオクトーバーフェスト用のビールだ。アルコール6%の高め。黄金色が魅惑的なヘレス。

シュパーテンと言えば名門中の名門だ。ミュンヘンのオクトバーフェストはシュパーテンの樽の前でミュヘン市長が「ビールが来たぞ」と、もちろんドイツ語で発声して開幕するのが恒例になっている。

チェコやデンマークへの技術流出も、世界初のアンモニア冷凍機の導入もシュパーテンの仕業とされてる。

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昨日、日本学校合奏コンクール千葉県大会があった。部活1年の前半の山場だ。

結果を書く。11月に千葉県で開催される全国大会への出場権を獲得した。

次女の入部とともにかかわってきた同コンクールで初めて、出番が最後になった。高校の部の最後に演奏したということだ。他校の演奏をたっぷり聴くのはドキドキする。みんな上手だから心配になるのだ。でも毎年それは杞憂。

演目はリムスキーコルサコフの「スペイン奇想曲」だ。今年4月に入部してから楽器を始めたメンバーまで含め万感の思いを乗せた熱演だ。入退場の所作立ち居振る舞い。成績発表を同時に悲鳴歓声が錯綜するのだが、生徒たちはクール。そして会場前での先輩方とのハグ。気丈に振舞っていた生徒たちが先輩方から声をかけられて涙にくれる。保護者OGの熱狂まで含めて、例年通りの光景だ。

なんと幸せな子供たち。この熱狂が来春に控えているドイツ公演に向けた道のりの途中でしかない。

おめでとうの乾杯。

2017年10月 8日 (日)

コンクール

世の中、音楽コンクールが花盛りである。近頃増え過ぎたという批判めいた声もあるにはあるが、衰える気配も聞かない。コンクールの名前には2つの大きな系統がある。一つは「地名+コンクール」というパターンだ。「浜松」「リーズ」「ミュンヘン」などなどである。もう一つは言わずもがな。「作曲家名+コンクール」だ。「ショパンコンクール」「チャイコフスキーコンクール」「ブラームスコンクール」などなど、有名作曲家の名前はほとんど網羅しているのではないかとさえ思われる。コンクールの前に「国際」と入るのが正式名称だったりする。「村おこし」「街おこし」の感覚がありそうな気もする。

さて、地名を冠した方はともかく作曲家名を冠したコンクールにおける課題曲が、その作曲家の作品だけになっている訳でもない。その作曲家の作品だけが課題になるコンクール方がむしろ例外だろう。ショパンコンクールは、その例外の方だ。課題曲はショパンの作品に限定されていると聞く。ピアノの腕前もさることながら「ショパンの解釈」も試されるのだ。つまりショパンコンクールは5年に一度「世界一のショパン弾き」を決める大会のようなものだ。これはこれで、はっきりしていて気持ちがいい。

先程も言ったように、ショパンコンクールはむしろ例外だ。ブラームス国際コンクールという名のコンクールは実在するが、課題曲はブラームスだけではない。ブラームスにゆかりの場所で開かれはするが、課題曲はブラームスオンリーではないのだ。一部の楽器ではブラームスの作品が本選の課題曲になっていないケースもある。つまり「世界一のブラームス弾き」を決める大会としてはいささか心許ない。もちろん「屁理屈部門」などあるはずもない。何だかつまらない。

私がブラームスコンクールをデザインしてみたいものだ。たとえばピアノ部門ならば下記のように。

  • 一次予選 3曲のソナタの中から何か1曲。
  • 二次予選 変奏曲op9、op21-1、op21-2、op24、op35の中からどれか一曲を指定。
  • 三次予選 インテルメッツォ、カプリチオ、ラプソディー、バラード、ロマンスの中から自分で7曲を選んで演奏する
  • 本選 協奏曲をどちらか1曲

三次予選は、一人40分くらいだろう。選曲や配列のセンスも審査対象だ。歌曲の伴奏や二重奏室内楽も課題にしたいのだけれど、これはパートナーの出来にも左右されるので取り扱いが難しい。

なんだか審査員がやりたくなってきた。

2017年10月 7日 (土)

長い低迷

2014年10月から、記事のネタが頭に浮かばなくなった。原因としては、我が家のパソコンが旧式化して動きが重くなり、パソコンを開けるのが億劫になったことがすぐに思い浮かぶ。

そこから備蓄記事の取り崩しが始まった。1500本あった備蓄が、今年の8月までに750本を切る事態になった。2年10か月で750本の備蓄記事を切り崩した計算だ。1030日間に750本切り崩したということは、それでも280本は思いつけていたということなのだが、実感としては壊滅に近い。

今年の1月にパソコンを入れ替えたこと、昨年末から年始にかけてのドイツ旅行のレポート記事がたくさん書けたあたりからどうやら快方に向かった感じだ。

その後、2018年の大型企画の構想が急速に現実化して一時の低迷から完全に脱却した。

メンタルが追い込まれなかったのは、ひとえに1500本という分厚い備蓄のたまものだ。今備蓄記事は866本まで回復している。

2017年10月 6日 (金)

念のため

世の中リスク管理全盛だ。みんなで知恵を出し合ってどんなリスクがあり得るか列挙する。起こりやすい順、起きたらやばい順に並べて対策を講じるのが一般的だ。

「念のため」はこうした策を講じる際に、枕言葉のように用いられる。多くは空振りに終わるのだ。それを怠って大トラブルに発展した記憶が人々を「念のため」に走らせる。人や企業が「念のため」に費やすお金はどれほどになるのだろう。「念のため」の市場規模はどれほどあるのだろう。生命保険、損害保険がその代表だ。

「ブラームスの辞書」にもおバカな「念のため」がある。

あとがきの末尾に記された文だ。

「既にお気づきのことと思うが私はブラームスが大好きである」と書いてある。ブログも書籍も、私がどれほどブラームスが好きかを伝えるためにあるので、万が一伝わっていないと困るのだ。だから「念のため」に書いた。

幸いあまりお金はかからなかった。

2017年10月 5日 (木)

キャラもろとも

音楽の聴き方の話。

コテコテのベートーヴェン大好き少年だった私の、学生オケデビュウがブラームスの第2交響曲だったことは既に何度も述べてきた。楽譜を見ながら何度も曲を聴いた。そしてあっという間に好きになった。ブラームスという作曲家のことなどほとんど知らないまま、ただただ曲が好きになった。作曲家のキャラや音楽史上の位置づけなど、何も知らないままただ曲に深く親しんだ結果、その曲を好きになったということだ。

あれからもう35年以上過ぎた。ブラームスは私にとって最愛の作曲家の位置に君臨し続けている。その間ブラームスについての情報をむさぼるように収集した。その結果音楽の聴き方がすっかり変わってしまった。

ブラームスという人物の性格、境遇、交友関係、当時の楽壇での地位、音楽史上での位置づけなど作品とは直接関係ない知識が、私自身の感受性に影響を与えるようになってしまっている。それらの情報を切り離して、作品だけを聴くことが既に出来なくなってしまっている。今更もう後戻りは出来ないくらいである。

良いのか悪いのか。

2017年10月 4日 (水)

選書会議

「ブラームスの辞書」の天敵。

一部の図書館に設置されているらしい。個々の書物が蔵書とするにふさわしい内容かを判定する会議のことだ。「選定会議」あるいは「選書委員会」「選定委員会」と称されることもある。

蔵書水準の維持向上のためのものなのだろう。ホームページ上でその存在を明記している図書館もあるがメンバーや開催頻度、判断基準は公開されていない。もちろん議事録も公開されていない。

我が子同然の「ブラームスの辞書」もいくつかの図書館に献本したが、そのうちの一部で「一旦本をお預かりします」と言われて後日返事が来たことがあった。思えばこの選書会議に諮られていたのだと思う。

必要とされるところに置いて貰うという観点からは歓迎すべきことだが、「ただでも要らん」と判定されることのダメージは重くて大きくて深い。

そして素朴な疑問。選書会議で蔵書化を否決されてしまった本は、どうなるのだろう。私は回収に出向いたことが一度だけあった。蔵書には出来ないのだから、著者に返すか職員のみなさんで持ち帰るのか、廃棄するのかどちらかだろう。書店を通じて購入した本ならば返品かもしれない。いくつかの図書館が献本よりも購入にこだわるのは、選書会議で蔵書化が否決された場合に返品が利くからかもしれないなどと卑屈に勘ぐってみたくなる。

一方でドイツ国立図書館からの献本要請は、蔵書化決定後の要請だったことは、結果から見て確実だ。つまり同じ献本要請でも選定会議前と後のケースがあるのかもしれない。

図書館に置かせてもらえるのは光栄だなどと言ってホクホク献本するのは、もしかすると無邪気が過ぎるのかもしれない。

2017年10月 3日 (火)

グレーゾーン

「ブラームスの辞書」をお買い上げいただいた方から時々メールを頂戴する。手許に届いてすぐという場合と、少し読んでからという場合がある。みなさん大人の対応に終始していただいている。そのせいかコテンパンなお叱りのメールは今までに一度も無かった。

お叱りは無いとは申しても、中には意図を量りかねる場合もある。

「もっとエッセイっぽいかと思った。本当に辞書なんですね」というご意見が時々ある。これが実は悩ましい。お叱りとまでは行かないが少々の期待はずれというニュアンスがこもっているのかもしれない。メールからでは確かなことは判らない。グレーゾーンである。

お叱り含みだとすれば再発防止策の一つも講じなければならない。とはいえこの先続編の予定もないから、「今度から気をつけます」とも言えない。せめてブログ上で「お買い上げの前に今一度確認を」と注意を促すのが関の山だ。

けれども実はそれもなかなか難しい。本のタイトルは「ブラームスの辞書」だし、ブログでも「ブラームス専用の音楽用語辞典」と書いてある。「ホントに辞書なんですね」とおっしゃられても「申し上げている通りです」としか言えない。「辞書ですからお気をつけ下さい」と申し添えるのも変だ。

当ブログが、本の宣伝とは名ばかりで、紹介そっちのけのディープなブラームスネタばかり発信しているから、誤解されているのかもしれない。

2017年10月 2日 (月)

会社用語

業界独特の言い回しというのがどんな世界にも存在する。「前向きに検討する」「善処する」など有名である。穏便婉曲を尊ぶ日本ならではの習慣かもしれない。

会社の中を見回しても2つ3つは簡単に目に止まる。たとえば「○○マター」だ。「○○」には組織名が入る。単なる組織名ではない。発言者が所属する組織名でないことが特徴だ。「オレの知ったことか」ないしは「そっちの仕事だろ」というニュアンスを濃厚に含む。

「基本的には」も目立つ。この言葉が発せられたら試しに発言者に「どんなことを例外として想定していますか」と問いかけるといい。答えられないことが多い。思いがけないつっこみに遭遇することに備えた事前のバリアなのだ。「ですから基本的にはと申し上げたはずです」と対応可能だ。事前の想定不足や準備不足の裏返しであることも多い。特に「基本的には賛成です」は使用頻度が高く重宝していると見受けられるが「総論賛成各論反対」の意味であるケースが混入していることもあるので注意が必要だ。

「ブラームスの辞書」ではブログでも著書でもこれらの会社用語の使用を禁忌している。趣味で出す本やブログに会社用語は似合うまい。

2017年10月 1日 (日)

音楽は理系か

日本の子供たちは、大学受験にさしかかると無理矢理2分類される。「文系」と「理系」だ。私は法律専攻だったのでつまり「文系」だ。学部の名前から大抵類推出来る。「古典」と「数学」が苦手な私は、困り果てた。試験での得点源が「歴史」「地理」だったから「文系」を選んだ。

そもそも百人百様の個性は文理2元論では扱いにくいと思うが、実際のところどうなのだろう。美術音楽体育はやはりそうした分類の外にあると思う。

音楽の成り立ちを考えると「理系」とも思えるが、フィットしない。文理に次ぐ第三の分類というよりも、文と理の重なり合うところに所在すると考えたい。

2017年9月30日 (土)

もしも願いが叶うなら

ある日、夢枕にブラームスが立って「何か一つ音楽の願いを叶えてやろう」と言ってくれたら私は何を所望するだろう。

ブラームスの音楽についての完璧な知識が大きな候補だ。夢からさめぬうちにと急いでこれを言いかけてはたと立ち止まる。完璧な知識を苦も無く獲得してしまったら、その先楽譜を見る楽しみが無くなる。

しからばとばかりに、ブラームス作品についての豊かな感受性を欲するとしても事情は似ている。感受性など他人様から苦も無くいただくものではない。青年期には青年期の感受性があり、壮年期、老年期でもそれぞれ別の感受性があろう。齢を重ねる毎に、同じ作品を聴いて感じるものが代わって行く様は、自らの心のありようを定点観測するようなものだ。

あった。ぴったりの願い事があった。ヴィオラ演奏の際の完璧な音程だ。これはいい。ブラームス作品を演奏する際に限って完璧な音程を出す能力があったら素晴らしい。その代わり、ブラームス以外の作品での演奏能力は今より落ちてしまうという条件でも一向に構わない。(バッハだけは免除してもらいたいものだ)

頭に去来する様々な思いを、キッチリと楽音に転写してみたい。音程はその第一歩だ。

いつの日か夢枕に立ってもらえるよう毎日ブログで信仰告白をしている次第である。

2017年9月29日 (金)

ものさしを推し量る

遠い未来。人類が滅び去った後、地球に降り立った宇宙人たちは、地上に残されたおびただしい遺跡を発見するだろう。遺跡調査報告書は膨大な量になる。彼らが各々の遺跡のサイズを計測し分類分析することで、過去地球にて栄えた文明では、子午線の4000万分の1を単位とする物差しが全地球的に普及していたことに気付くのに時間はかかるまい。

一部の学者は、普及の度合いには地域的なバラツキがあったことにも気付くだろう。

そして北米大陸と過去呼ばれていた地域および極東アジアの一部には、不思議な遺跡が大量に発見される。すり鉢状の外周に囲まれた一定の広さの平地にいくつかのプレートが埋め込まれている。中央にはなだらかな傾斜をもつかすかな丘が必ず配置されている。丘の頂上にはいつも約60センチ程のプレートが埋め込まれている。そしてそのプレートからきっちり18.44mの位置には奇妙な五角形のプレートが見つかるのだ。この系統の遺跡は子午線の4000万分の1という基準尺を用いない違う文化圏に属すると結論づけられる。さらに、かすかな丘の上のプレートと五角形のプレートの距離だけが、他の数値に比べて半端な数字になっていることに気付くはずだ。現在この距離は60フィート6インチとされている。60フィートジャストではなく、約15cm長いことに頭を悩ますのだろう。

過去の遺跡のサイズを丹念に調べて統計分析をすると、当時使われていた度量衡を復元することが出来る。日本各地で発見される古墳も、外周の寸法が当時の中国の長さの単位をトレースしていることが推定されている。あれだけの大工事だ、設計図や施行監理が無ければ出来るはずがない。

私が「ブラームスの辞書」で目指したことと似ている。作品とはブラームスの脳内での頭脳活動の結果が楽譜として残っているに過ぎないのだが、その楽譜を丹念に調べれば、ブラームスが用いていた作曲理念の痕跡ぐらいにはたどり着けるはずだという考え方だ。楽譜上への音楽用語の配置が丁寧だったブラームスは、遺跡としては上級である。未盗掘古墳のようなものだ。

2017年9月28日 (木)

自転車操業

借金返済のための借り入れが次から次への起きること。借り入れの停滞は倒産を意味する。こぐのを止めると転倒してしまう自転車の特性から転じて派生した言い回しだ。企業経営にとってはもちろん良いことではない。雪だるま式に借金が膨らむと考えねばならない。家計の場合にはあまり自転車操業とは言わない気がする。火の車と呼ばれることが多い。

ブログ「ブラームスの辞書」の記事備蓄もこれに似ている。ネタのひねり出しがとまると立ちどころに備蓄の切り崩しが始まる。毎日ネタを思いつかないとやがて更新が途絶える。その恐怖に対処するために記事の備蓄をしている。あるいは自分の健康を信じていないとも言える。2033年5月7日までの継続のために必要な記事を備蓄し終えるまで、自転車操業が続く。

会社の経営に比べれば気楽なモンだが、ドキドキ感は相当なものだ。

2017年9月27日 (水)

聴きたくなる文章

著書「ブラームスの辞書」の宣伝、次から次へと思いつくブラームスネタの保全を目的にしたパーソナルなブログであることは折に触れて述べてきた。それらを言い訳にして駄文を積み重ねた。

確かにブラームスネタを忘れないためのメモであるし、誰かに先に言われないための保険ではあるのだが、それがブログという器を得て図らずも世間様に公開する方法を獲得してしまった。そうなると厄介な課題が頭をもたげてくる。曲も聴かせず譜例も見せずに音楽を語る難しさだ。音楽を言葉で表わそうという試みは古今東西膨大な件数存在する。しかし、「曲も聴かせず楽譜も見せず」はむしろ少数派だろう。かといってこれを反省している訳ではない。私自身は、話題の場所がどの曲のどこかが判っているから、譜例無しでも、備忘録としては不自由なく機能する。

これからも「曲も聴かせず楽譜も見せず」という方針は変わることはない。それがブログのアキレス腱にならぬようただ工夫と精進を重ねるだけである。ブラームス同様、制約を楽しめるようになってみたいものだ。

2017年9月26日 (火)

徹底する

何事も徹底したいというのがブログ「ブラームスの辞書」の願いである。

世の中、エッセイやブログが溢れている。有名人ならいざ知らず、ド素人の駄文であるなら継続的にアクセスをもらうためには工夫が必要だ。工夫といっても表面を取り繕ったところで、長続きはしない。ただ粛々とブラームスネタを継続するのみだ。

  1. ブラームスネタに限る
  2. 延々と続ける

この2つを称して「徹底する」としている。一つ一つは取るに足らない情報でも、積み重なるとバカにならない。そのうちに人にはけしてまねが出来ない世界が出来るのだと信じている。

ブラームス、ブラームス、ブラームスである。

2017年9月25日 (月)

子育ての9回表

次女の話だ。今大学4年の次女のために、このほど後期の授業料を支払った。

半期毎に請求される授業料、これにて払い納めとなる。長男の大学入学から8年、やっと授業料の負担が終わる。3人とも私大というのは難儀だ。下宿なしの文系だとしてもかなりの金額だった。このうち中間の4年間は2人が大学に在籍していた。定期代なども合わせるとかなりなもんだ。よい子に育ったのが何より。

私自身の定年の前に3人が大学を卒業するのはありがたい。母が元気だということにも価値がある。

万が一の留年がないとは言えぬし、学生生活は、あとおよそ半年あるのでまだ9回の表である。

2017年9月24日 (日)

ビオンディスタ

銀座王子ホールにてビオンディを聴いてきた。プログラムは全てチェンバロとの二重奏でいわゆるヴァイオリンソナタだ。

  1. コレルリ 第9番イ長調 op5-9
  2. ヴィヴァルディ 変ロ長調 RV34
  3. ジェミニアーニ ニ短調 op4-8
  4. タルティーニ ト短調 op1-10
  5. ヴェラチーニ ニ短調 op2-12
  6. ロカテッリ ニ短調 op6-12

上記の通りの順序、3曲目のあと、20分の休憩。6番目の演奏後アンコールを3曲。

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2曲目まではアンコールの前にビオンディご本人が英語で曲目を紹介した。イタリアンソナタの演奏会のアンコールにバッハを弾く理由もサラリと説明してくれている。ヴァイオリンの超絶技巧と対照的な穏やかなトークだった。BWV1019は「ト短調」ではなく「ト長調」だし、「Ⅳ」ではなく「Ⅴ」のはずだが、これはビオンディさんの責任ではあるまい。バッハが聴けたのは望外の喜びだ。

パガニーニもすごかった。難易度を感じさせない小洒落た感じ。

引っ張り出された感じでステージに戻ると、今度は曲の説明なしにアンコールを弾きだした。ヴィヴァルディの四季から冬の第二楽章を暗譜で弾いてくれた。聴衆がみな知っているはずという確信のたまものだろう。この季節に「冬の雨」を持ち出されて少々面食らった。でも実は四季の中で一番好きな曲。超絶技巧の発露ではない。アドリブッ気も控えめで、ただしみじみと静溢なメロディーラインに浸される。

不覚にも涙が出た。理由はわからぬ。今までに何度も聞いた冬の雨なのだが、こんなことは一度もなかった。「みんなありがとね。最後にみんながよく知っているとっておきを弾きますね」というメッセージが込められた演奏。ただただありがたくて涙が出た。

最後の和音がチャーミングなピチカートで鳴らされたとき、会場全体がほほ笑んだ。

極上の「ビオンディ体験」を永遠に記憶するために、この記事をもってカテゴリー「316 ヴィヴァルディ」を立ち上げる。

2017年9月23日 (土)

4500日連続記事更新

本日のこの記事をアップしたことにより、ブログ「ブラームスの辞書」は、2005年5月30日の開設から4500日連続の記事更新となった。一日の抜けもなくだ。

だから自分へのご褒美。

一昨日銀座王子ホールにてファビオ・ビオンディのリサイタルを聴いてきた。題して「華麗なるイタリアンバロックの夕べ」だ。プログラムは全てチェンバロとの二重奏でいわゆるヴァイオリンソナタだ。

  1. コレルリ 第9番イ長調 op5-9
  2. ヴィヴァルディ 変ロ長調 RV34
  3. ジェミニアーニ ニ短調 op4-8
  4. タルティーニ ト短調 op1-10
  5. ヴェラチーニ ニ短調 op2-12
  6. ロカテッリ ニ短調 op6-12

どうにも華麗な顔ぶれだ。これ以上ないメンツ。ヴェラチーニとタルティーニが逆なほかは作曲者生年順の演奏。イタリアヴァイオリンソナタの歴史を体験できるという意図は明らか。

いやはや楽しさ桁外れ。圧倒的な余裕感。運弓の自在度にため息。基本的に緩急の妙を味わうのだが、そればかりではない。吸い込まれるような弱音。フレーズの切れ目にさしはさまれるアドリブっ気満載のフレージング。チェンバロとの小粋な掛け合い。CDで聴き慣れていたビオンディ節が眼前で再現される。もうため息しか出ない。

ヴィヴラートかけていたように見えました。

2017年9月22日 (金)

間投詞Ja

またまた「永遠の愛について」op43-1の話題。第一節を引用する。

Dunkel, wie dunkel in Wald und in Feld!

Abend schon ist es,nun schweiget die Welt.

Nirgend noch Licht und nirgend noch Rauch,

Ja, und die Lerche,sie schweiget nun auch

4行目冒頭の「Ja」は、言ってみれば間投詞。「そう、ひばりも今は黙っている」くらいの意味。この「Ja」は軽い順接。興味深いのはブラームスがこの「Ja」に与えたフレージングだ。前行末尾の「Rauch」から4度跳躍で連なっているように聞こえる。「Ja」の後に続く「und die」の前には四分休符が挟まっているから、「Ja」は直前の「Rauch」とのつながりの方が密接に聞こえてしまう。「Rauch」は、4行目末尾の「auch」と韻を踏んでいるから「Ja」のフレージングは異例だ。2コーラス目の同じ場所ではこの跳躍は封印され、ピアノ伴奏が同じ音をなぞるだけだ。

実はこの「Ja」こそが曲前半の聞かせどころになっている。歌手たちの個性がにじみでるポイントだ。

2017年9月21日 (木)

鉄と鋼

鉄はドイツ語で「Eisen」という。鋼は「Stahl」だ。英語でいうなら「Iron」と「Steel」。気軽に鉄というけれども実用にあたっては大抵いろいろなものが混ぜられた。鋼は炭素が添加された鉄の総称。「Eisen und Stahl」でそれらが便利に言いくるめられている。日本語の「鉄鋼」は、おそらくドイツ語の「Eisen und Stahl」の訳語だろう。

ブラームス歌曲の至宝「永遠の愛について」op43-1に「Eisen」や「Stahl」が出てくる。まずは4節目の3行目。

Fest ist der Stahl und das Eisen gar sehr,Unsere Liebe ist fester noch mehr.

「Stahl」(鋼)は男性名詞なので「der」を伴っている。中性の「Eisen」には「das」が付く。「鋼や鉄は固いけれども、私たちの愛はそい以上よ」となる。けなげな娘の台詞だ。

第5節がこれに続く。

Eisen und Stahl, man schmiedet sie um, Unsere Liebe ,wer wandelt sie um?

Eisen und Stahl,sie konnen zergehn,Unsere Liebe muss ewig bestehn!

いやはや鉄と鋼がまたまた登場。「鉄と鋼は鍛えなおせるけど、私たちの愛はどうして変えられましょう」「鉄と鋼は溶けてしまうかも知れないけれど、私たちの愛は永遠です」となる。オペラ顔負けの大げさな修辞だ。ここでは「鉄と鋼」が自分たちの愛の固さを表すツールとなっていることがよくわかる。不思議なのは登場の順序だ。4節では「鋼」が先だ。5節では「鉄」が先になる上に冠詞が無い。「Eisen und Stahl」で1単語扱いになっている気がする。

2017年9月20日 (水)

かまどの煙

万葉集巻1舒明天皇の御製。

大和には群山あれどとりよろふ

天の香具山登り立ち国見をすれば

国原は煙立ち立つ海原は鴎立ち立つ

うましくにそ秋津島大和の国は

国見の歌だ。為政者が高いところから領地を検分する行事。言霊信仰にも関連があるとされている。聖なる王者が誉めることにより豊穣祈願の予祝行為とも思われる。「国原から立ち上る煙」がとりわけ重要だ。主に炊煙であることがポイント。どんなに譲っても稲わらを焼く煙までだ。中には煙の立ち上りが少ないことを見て減税をした王もいるという。煙は人々の営みの反映。立ち上る煙の本数はもしかすると世帯数だ。

ブラームスの歌曲にもこの意味の煙が出現する。至宝「永遠の愛について」op43-1に「Rauch」として現れる。

Dunkei, wie dunkel in Wald und in Feld!

Abend schon ist es,nun schweiget die Welt.

Nirgend noch Licht und nirgend noch Rauch,

Ja, und die Lerche,sie schweiget nun auch

3行目の末尾に鎮座する。「暗い暗い森も野も」「はや夜が更けてものみな静まる」「いずこにも灯りは見えず、煙も途絶え」「ひばりも今は押し黙る」と歌われる。「暗い森と野」は恋人を家に送る道中の描写であると同時に、2人の置かれた状況の暗喩にもなっている。その暗さを補強するのが3行目「灯りも煙も無く」というフレーズ。この煙はタバコや火災ではあり得ない。十中八九かまどの煙だ。人々の営みが途絶えている様子の描写と見て間違いない。舒明天皇の国見歌と同じである。

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