2009年7月11日 (土)

祝刊行4周年

あれから早4年である。初めての自費出版本「ブラームスの辞書」が納本されたのが、2005年7月11日だった。自分の著作物が印刷されて本になるのは、嬉しい。「ブラームスの辞書」が刷り上がった時の嬉しさは、今も鮮明に覚えている。

ロベルト・シューマンの助力もあって、二十歳そこそこのブラームスは、自作が印刷されることとなった。それもライプチヒのブライトコップフのような一流出版社の刊行だ。1854年のことである。ブラームスだって相当嬉しかったはずだ。

さて我が「ブラームスの辞書」は、ここ最近慶事が続く。

謝恩クイズの期間中に3つの慶事が訪れることになる。だから何としても6月28日出題にこだわったというわけだ。

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2009年7月10日 (金)

もったいない

携帯電話にURLを送れるようになった。だからという訳でもないのだが、携帯電話からのアクセスが気になりだした。ここ1ケ月で1日平均80件のアクセスがある。底堅い。これはパソコンからのアクセスの約3分の1に相当する。

ブログの右サイドバナー最上段にあるアクセスカウンターには、携帯電話からのアクセスは反映しないことになっている。しかし今や携帯電話から無視し得ないアクセスを頂戴しているというのに、ノーカウントはもったいない。

もったいないとは思うがココログのレギュレーションで携帯からのアクセスはノーカウントになっているからどうにもならない。

私のブログ「ブラームスの辞書」は、画像はもちろん譜例などのイメージが皆無に近いから、携帯電話向けかもしれない。積み上げた記事は1550本、1本900文字として合計約140万字の文字情報だ。「ブラームスの辞書」と同じ判型とすると1500ページを超える。「ブラームスの辞書」4冊分に相当する。

通勤通学の暇つぶしに本を読む人は多いが、携帯電話で代用出来そうな感じである。各種定額のサービスが普及しているから現実味がある。

謝恩クイズ実施中

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2009年7月 9日 (木)

オタクの私的定義

半年に及んだ歌曲特集を展開しながらつくづく考えたことがある。以下の命題をよく見て欲しい。

  1. ブラームス歌曲のテキストに登場する植物で、もっとも多いのはバラである。
  2. こおろぎは「野のさびしさ」と「夏の宵」にしか現れない。

自分が意地悪な読者になったつもりで考える。1と2どちらが揚げ足を取りやすいだろう。それは多分2だ。万が一「野のさびしさ」と「夏の宵」以外の作品に「こおろぎ」を見つけることが出来れば、命題2は偽であると立証できる。ブラームス歌曲の楽譜を全て持っていなくても出来てしまう。自分が愛する歌曲に「こおろぎ」があればそれで一丁上がりである。こういうのを「反証」というそうだ。他を見るまでもなくOKだ。命題2が偽であることの証明は簡単だ。

ところが上記の命題1が偽であると立証するのは、手間がかかる。手許にブラームス全歌曲の楽譜があることが前提だ。さらにそれを全て当たり終わっていることも必須だ。そして登場する植物名を調べ終わっていることが最低条件になる。その上で「バラ」より多く登場している植物名を指摘せねばならない。普通の見識を持ったまっとうな大人は、ひるむと思われる。ブラームス歌曲の200曲という厚みがそれを助長する。

歌曲というのがまたさらに事態を難しくする。ブラームスの4つの交響曲全てのスコアを持っている人に比べて、歌曲200曲の楽譜を全て持っている人は少ないと思う。歌曲は交響曲よりも明らかに揚げ足を取りにくい分野だろう。オルガンや民謡ともなれば歌曲以上だ。お見通しの通り、ブログ「ブラームスの辞書」はその方面の記事を意図的に手厚くしている。

上記は極端な例を上げたが、「偽であることの立証」つまり「揚げ足取りの難易度」がオタクの度合いだと感じている。「バカじゃねーか」と思われながら、あまりの手間に揚げ足取りをためらわせるようなネタこそが、ストライクゾーンだったりする。「ブラームスの辞書」の狙いはブログも本もそのあたりにある。

「あまりのバカバカしさに呆れられている」と考えないスーパープラス思考である。

謝恩クイズ実施中

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2009年7月 8日 (水)

上喜撰

お茶のブランド名。

1853年6月3日ペリー提督率いる4隻の米国戦艦が浦賀に来航した。250年の永きにわたって続いた鎖国政策を根底から揺るがす大事件だった。人々の右往左往を皮肉った川柳に「上喜撰」が出て来る。「蒸気船」にひっかけた秀逸な着想により知らぬものの無い川柳となった。おかげで高級宇治茶を飲んだことがない人も多いが、このブランド名だけは良く知られている。

同じ頃、ヨハネス・ブラームスもまた人生の大転換期を迎えていた。

1853年4月19日に始まったレーメニーとの演奏旅行が全ての始まりだった。4月21日にハノーファーでレーメニーからヨアヒムを紹介される。5月に演奏旅行が一段落すると、ブラームスは再びヨアヒムを訪ねる。これが6月4日、つまりペリー提督来航の翌日だ。開国を迫るペリーに対し幕府は1年の猶予を要求し6月12日ペリーは再訪を約してひとまず日本を離れる。この6月12日はなんとブラームスがワイマールにリストを訪問した日でもある。

あまりの巡り合わせに言葉を失った。浦賀に野次馬が殺到しているころ、ブラームスも疾風怒濤の体験をしていたのかと色めき立ったが、よく調べるとペリー来航の6月3日とは旧暦だったらしい。人騒がせな話である。(私が騒いでいるだけともいう)

歴史学ではこのペリー来航から1868年明治維新までが幕末と定義されている。1868年はドイツレクイエム初演の年だ。だから1853年から1868年までと定義される幕末は、作曲家ブラームスの台頭とピタリと重なっている。これで第一交響曲が西南戦争と重なっていたらパーフェクトだった。

日本のブラームス好きならば覚えておいてもいいと思われる。1853年6月3日は新暦なら7月8日だ。つまり156年前の今日だ。

ビジターの眠りを覚ます謝恩クイズたった1問で夜も眠れず

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2009年7月 7日 (火)

1500日連続記事更新

七夕は来年もある。天気に恵まれず、ランデブーに失敗しても1年待てばいい。

一方わがブログ「ブラームスの辞書」開設1500日の記念日は、もう2度と来ない。本日この記事をアップ出来たことにより、ブログ創設から1500日連続の記事更新となった。4年1ヶ月と少々の間、1日も記事のアップを欠かさずに乗り切った。

開設から1500日経過したブログなんぞ、山ほどあるに違いない。ポイントは、その間記事を切らすことが無かったという点にある。

十数年続いている子育てに比べればまだまだ大したことはないなどと言っては元も子もない。素直に喜ぶことにする。

謝恩クイズ実施中

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2009年7月 6日 (月)

話したい性格

自分のことだ。嬉しいことがあると誰かに話したいほうだ。

先付けの公開日を設定して備蓄中の記事の中に、自慢のネタがある場合が危ない。誰かについ話したくなるのだ。話題の核心を貫くようなシャープなキーワードでブログにたどり着かれると、無性に嬉しくなる。これに関連して質問やコメントをいただくとさらに一層しゃべりたくなるのだ。

ブログ管理人としては困った性格だ。ネタバレの危険がつきまとう。

6月28日に始まった謝恩クイズの答えに関連するネタを誰かにしゃべらなかったのは奇跡のようなものだ。昨年7月から考えていたから、かれこれ1年我慢したということだ。

とっておきの謝恩クイズ

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2009年7月 5日 (日)

電子辞書

今更説明の必要もない。子供たちに続いて私も買い求めた

つくづく便利である。

辞書の基本機能自体はどのメーカーも似たり寄ったりだ。長男は相撲用語やゴルフ用語の辞典があればいいのになどと言っている。それからプロスポーツの記録辞典も面白いという。ユニークな切り口で感心した。

そのつもりで眺めると不思議なことがある。どのメーカーにも「音楽事典」が無いのだ。私の買った機種にもなかった。別売りのソフトにもカタログを見る限り見当たらない。少なくとも標準装備はされていない。相撲やゴルフ用語よりは需要を見込めると思うのは浅はかだろうか。

この文脈だと当然エスカレートする。

ブラームス関連電子辞書が欲しい。俺が作るか。

  1. 作品目録
  2. 声楽曲のテキスト出典辞典
  3. 人名辞典

ここまではマッコークルの作品目録の和訳で事足りる。マッコークルが漏らしている以下の部分は「ブラームスの辞書」の出番だ。

  1. 音楽用語辞典
  2. 地名辞典
  3. ブラダス
  4. 植物
  5. 動物
  6. 色彩
  7. レストラン

ブラダスは悩ましい。公開したくない気もするからだ。

ついでに欲ばるなら全作品の楽譜だ。画像だと重くなるなら楽譜ソフト連動がいい。実演は不要だ。演奏家の選択が難しい。

英語の辞書に比べればどう見ても需要は低いから、きっと価格がべらぼうになるだろう。

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2009年7月 4日 (土)

今だから話せる

物事が決着した後になって、「今だから話せる」と前置きを振りながら説き起こされる話がある。本日の私の話がそうだ。

ブログ「ブラームスの辞書」開設からのアクセスが20万に到達したことは既に記事にした。今回ほどこの到達日にやきもきさせられたことはない。5月7日のブラームスのお誕生日までの達成を祈願したが信心不足で成就せず、そこから気合いを入れ直して念じた達成期限が、実は6月27日であった。

何故なら20万アクセス達成を記念した謝恩クイズを6月28日に開始したいという思惑があるからだ。このクイズでは「28」という数字にこだわったから、絶対に28日開始は譲れないのだ。万が一遅れたら、クイズの開始を7月28日に繰り下げねばならなくなり、その後のブログ運営に多大な影響が出る。

だから通算記事1500本以降、20万アクセス達成まで、「歌曲ネタ」を連発して気合いを入れた。それにしても6月25日の達成とはハラハラした。

どうやらブラームス神社に聞き入れてもらえたようだ。

謝恩クイズ実施中

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2009年7月 3日 (金)

夫婦揃って

ブラームス作品の献呈の話だ。

夫婦揃ってブラームスから作品を献呈されているカップルがいる。

クララ・シューマンはブラームスからたくさんの曲を贈られているし、その子供たちも「子供のための14のドイツ民謡」を贈られている。3女ユーリエは「シューマンの主題による変奏曲」op23を献呈されている。ところがクララの夫ロベルトは1曲も作品が献呈されていない。だからシューマン夫妻は失格だ。

夫婦揃って作品の献呈を受けているのは、ズバリ、ヨアヒム夫妻だ。夫ヨーゼフ・ヨアヒムは、ピアノソナタop1とヴァイオリン協奏曲op77の2曲が献呈されている。希代のヴァイオリニストにして無二の親友だから特別扱いもうなずける。

その妻アマーリエは、優秀なコントラルトの歌手。ドイツレクイエム初演で、ヘンデルのアリアを歌った。彼女は「アルトとバリトンのための4つのニ重唱」を献呈されている。

  1. 尼僧と騎士
  2. 戸口の前で
  3. 水はざわめき
  4. 狩人と恋人

まさか、ヨアヒムがヴァイオリンを置いてバリトンで歌ったなどということはあるまいな。

そして何よりも大切なこと。この作品に与えられた作品番号は「28」である。つまりこれが今回の謝恩クイズの賞品である。夫婦円満か縁結びのお守りにもなりそうだ。

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2009年7月 2日 (木)

小人閑居して不善を為す

耳の痛い諺。出典は中国古典だ。原文を深く理解している人からは誤用を指摘されることもあろうが、一般には「小人物はヒマだとロクなことをせんから、働け」と解されている。

こんなブログを毎日欠かさず続けている時点で「小人物は困る。ちったあ働け」と言われそうだ。

先般歌曲特集を終えて、息つく暇なく「謝恩クイズ」に入った。私にとってブログ運営上の「不善」は、記事の濃さが下がることだ。特集記事の合間に気が抜けて、ぬるい記事を発するくらいなら、アタッカで次の特集に入る方がいい。私ごときのつまらぬ日常ネタで記事を稼ぐようになったら潮時である。

生きるために高速で泳ぎ続けねばならないマグロみたいなものである。

謝恩クイズ実施中

お一人で何度でも応募頂けますので、是非。

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2009年7月 1日 (水)

ジャンル別記事数

先般、カテゴリー「31 歌曲」に属する記事を100本にすることを目標にしたブログ内イベント「歌曲特集」が終わった。だから今現在カテゴリー「31 歌曲」に属する記事は141である。ついでに他のジャンルの記事がどうなっているか調べた。

  • 26 ソナタ   13本  備蓄9本
  • 27 変奏曲    4本  備蓄8本
  • 28    ?        0本  備蓄28本  謝恩クイズ実施中
  • 29 オルガン  18本   備蓄4本
  • 30 ピアノ    73本 備蓄41本
  • 31 歌曲    141本   備蓄11本
  • 32 器楽     2本   備蓄0本
  • 33 室内楽   77本  備蓄51本
  • 34 交響曲   54本  備蓄38本
  • 35 協奏曲   18本  備蓄16本
  • 36 管弦楽曲   10本  備蓄12本
  • 37 合唱曲   24本 備蓄28本
  • 38 重唱曲   11本 備蓄8本
  • 39 民謡     24本 備蓄21本

我ながらなかなか興味深い。歌曲の備蓄はわずかに11本だ。歌曲特集で一気にはき出してしまったからだ。気合いが入っていたということに他ならない。ピアノ曲と室内楽が拮抗している。24曲の室内楽と40曲を超えるピアノ曲が拮抗すると言うことは、室内楽に手厚いということだ。4曲しか無い交響曲が92本とは、さすがに分厚い。

見ての通り、カテゴリーの26番から39番には、音楽のジャンルが並ぶ。謝恩クイズ出題中の28番もその流れに乗って既に28本の備蓄がある。室内楽、ピアノ、交響曲に次ぐ備蓄本数だ。カテゴリーを立ち上げるだけのことはあるのだ。

さりげない謝恩クイズの宣伝だが、いわば「私の脳味噌とのシンクロ」が求められる難問だと思う。「オマエの脳味噌の中のことなんぞ知るか」と言われても返す言葉はない。「変奏曲」と「オルガン」の間であること自体には意味は無い。

ご応募お待ちしています。

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2009年6月30日 (火)

50ヶ月連続フルマーク

本日のこの記事が無事にアップされたことによって、ブログ「ブラームスの辞書」は50ヶ月連続して毎日更新を達成したことになる。開設は2005年5月30日だったから、最初の月は2日だけだが、その後49ヶ月一日も欠かさず記事の更新が出来た。

ブログの右サイドバーにカレンダーがある。記事が更新された日には、日付の数字の下にアンダーバーが示される。月間全ての日にこのアンダーバーが付いた月が50ヶ月続いたということだ。

同じく右サイドバーのバックナンバーをクリックすると2005年5月を皮切りに、2009年6月まで50個の月がズラリと並ぶ。どの月もみな更新の抜けた日がない。

前回は2007年10月に「30ヶ月連続フルマーク」として言及した。毎月話題にしてしまっては緊張感が薄れるから、次は「100ヶ月連続フルマーク」ということにする。それは2013年8月だ。

謝恩クイズ実施中

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2009年6月29日 (月)

ヒント

問題解決のアシストとして出題者側から提供される情報とでも申し上げておく。

出題者側の意図によって、大きく性格が変わってくる。考えさせることが目的であるなら、情報は小出しになる。一方で考えさせることよりも応募させることが目的の場合には、ほぼ答えたも同然の情報がヒントと銘打って提供される。

昨日出題した「謝恩クイズ」にもヒントを添えておいた。本日の記事はその補足である。

アイデアはかなり以前から暖めていた企画だ。正解のカテゴリーは今、いわゆる「隠しカテゴリー」になっている。記事が既に28本あるから、応募状況をみて操作することは無い。その意味では十分客観的だ。

出題が6月28日。結果発表が7月28日。そして問題がカテゴリー28だ。さらに賞品は「ブラームスの辞書」op28である。28という数字が並ぶ。「28」自体はヒントでも何でもないから、単なる小さなこだわりだ。昨年の9月からカテゴリー「66 空席状況」で「op28」を売り切れ扱いにしてきた。このクイズの賞品にするためだ。

不安もある。ブログ「ブラームスの辞書」としては初めてとも言える「読者参加型イベント」だ。読者の自発的なコメントは、従来からいただいていたが、こちらから「ご応募お待ちしています」という趣旨のイベントは初めてだ。不手際があるに違いない。

何よりもまず難問だと思う。

正解者どころか応募者が全く現れない覚悟は出来ているが、はっきり言って奇問の域だ。だから正解を発表したらブーイングということもあり得る。話のタネ、記事のタネと割り切った。どれほど落ち込んでも、ブログの継続が危なくなる事態には至らぬと思われる。

賞品は「ブラームスの辞書」だ。これも微妙。今回最大の賭け。もっとも優遇されるべき人たちには魅力的な賞品ではないかもしれない。つまり既に「ブラームスの辞書」を買い求めてくれた人々は、賞品でもう一冊もらっても扱いに困るだろう。その他正解者に賞品発送を辞退されたら相当落ち込むに決まっている。けれども賞品はこれ以外にはあり得ない。加えて賞品をお送りするために、お名前と住所と電話番号をお聞きすることになる。個人情報の最たるものだ。悪用はせぬが不安と思われるのも無理はない。お近くならどこかで手渡しもOKだ。これなら個人情報を私に告げなくてもいい。

カテゴリー「74 謝恩クイズ」を創設したほか、左サイドバナーの「おみくじ」の下に、掛け軸を配置し、皆様に広く告示することとした。

この先締め切りまで毎日の記事末尾において「謝恩クイズ実施中」をアピールする。

この記事のどこがヒントなのだという突っ込みは無しで。

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2009年6月28日 (日)

謝恩クイズのお知らせ

ブログ「ブラームスの辞書」へのアクセスが20万を超えた。そしてまもなく書籍「ブラームスの辞書」は刊行4周年を迎える。日頃のご愛顧に感謝する企画を考えていたがこのほど実施要項がまとまった。

ブログ読者の皆様を対象にしたクイズを下記の要領で実施する。

<応募方法> 

  • 本日のこの記事へのコメントで答えをお寄せ下さい。
  • その際のお名前はもちろんハンドルネームでOK。
  • メールアドレスをお聞かせいただくことになります。
  • 締め切りは2009年7月28日正午。

<結果発表>

  • 2009年7月28日のブログ「ブラームスの辞書」の記事で行います。

<賞品>

  • もっとも早く正解をお寄せ頂いた方に「ブラームスの辞書」op28を差し上げます。
  • 賞品は、ご希望の場所にお届けします。

<問題>

まず、ブログ「ブラームスの辞書」の左サイドバナーの「カテゴリー一覧」をよくご覧下さい。そこにはカテゴリーに番号が付与されており、現在「1 用語解説」から始まって「99 ブラームス神社」まで74のカテゴリーが稼動中です。

お気づきの方は多いと思う。このうち「カテゴリー28」が欠番になっています。

カテゴリー28のタイトルを当てて下さい。

ヒント

  • カテゴリー28の前後、正確には26から39までは、「音楽のジャンル」が並ぶ。その流れに乗っている。
  • カテゴリー73も空いているが、それはまた後ほど。
  • 私の性格同様ひねっている。私の性格はブログを熟読して下さい。

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2009年6月27日 (土)

歌曲特集総集編

年初から続けてきた歌曲特集が本日フィナーレとなる。最後にここ半年に公開した歌曲ネタを一覧化してケジメを付けたい。

<1月>

  1. 1月 3日「佳き人よく見」 天武天皇御歌と子守歌op49-4の話。
  2. 1月 5日「狼煙」 歌曲特集の開会宣言。生誕200年への挑戦。
  3. 1月 9日「Salamander」 つれない女性の比喩だがポケモン・ヒトカゲのモデル。
  4. 1月14日「mit Laune」 陽気にではなくて空元気。
  5. 1月17日「出会えて良かった」 歌曲との出会いを慶ぶ。
  6. 1月23日「歌曲の中のフォルテシモ」 レアな瞬間。
  7. 1月28日「歌曲の曲順」 曲順に物を言わせる。

<2月>

  1. 2月 6日「歌手たちのブラームス度」 アルバムの選曲に見る歌手の個性。
  2. 2月 8日「発想の転換」 器楽曲は歌曲の海に浮かぶ島。
  3. 2月13日「愛の証」 苦難に打ち勝ってお姫様と結ばれるパターン。
  4. 2月14日「オフィーリアの歌」 ブラームスのバレンタインソング。
  5. 2月17日「リートの競作」 ブラームスに絡む同テキスト異曲リスト。
  6. 2月25日「とてもかなわない」 スカルラッティのソナタをイントロに据える歌曲。
  7. 2月27日「チャンポン」 発想用語におけるイタリア語とドイツ語の併存。

<3月>

  1. 3月 1日「歌のあるスケルツォ」 ユッヘーop6-5について。
  2. 3月 3日「Geheimnis」 タイトルと発想用語のシンクロ。
  3. 3月 8日「テキスト採用ランキング」 ブラームスにテキストを供給した詩人たち。
  4. 3月11日「マルキーレン」 鼻歌では失礼か。
  5. 3月15日「アルトの出番」 声楽におけるアルトの位置づけ。
  6. 3月19日「白玉2個」 2分音符2個のイントロ。
  7. 3月24日「楽器の王様」 楽器の王様は人間様の声だ。
  8. 3月30日「歌曲の王子」 シューベルトの後継ぎ。

<4月>

  1. 4月 3日「辞世」 ブラームスの命日に「4つの厳粛な歌」の話題。
  2. 4月 6日「46の和音3連発」 リーズルに叱られたブラームス。
  3. 4月17日「平均律歌曲集」 休憩明けのおバカ企画。
  4. 4月20日「歌曲コンプレックス」 カテゴリー「31 歌曲」の記事が100本に到達。
  5. 4月21日「不惑考」 1911年ドイツ男性の平均寿命は「枯れた40歳」のイメージ。
  6. 4月22日「人の声の位置づけ」 声のための楽譜には音楽用語が少ない。
  7. 4月24日「歌姫」 ブラームスの周囲に現われた女性歌手たち。
  8. 4月26日「少年の魔法の角笛」 ヨアヒム夫人は只者ではない。
  9. 4月29日「セレクトという芸術」 詩を選ぶ能力について。

<5月>

  1. 5月 1日「Luft」 空気が読めるブラームス。
  2. 5月 2日「歌曲の長短」 最長の歌曲と最短の歌曲。
  3. 5月 4日「カルベック」 ブラームス伝の著者にして「Nachtwandler」の作詞者。
  4. 5月 5日「谷の百合」 2つの交響曲の間の挟まれた歌曲たち。
  5. 5月 6日「イブに聴きたいブラームス」 ブラームスの誕生日を控えて。
  6. 5月 7日「4つの厳粛な歌」 自ら最後の誕生日を祝う歌。
  7. 5月10日「愛鳥週間」 ブラームス歌曲のテキストに現われる鳥たちのリスト。
  8. 5月11日「小夜鳥」 父の詩にブラームスが曲をつけ夫の伴奏で歌う果報者。
  9. 5月12日「動物索引」ブラームス歌曲に現われる動物たち。
  10. 5月13日「ネコ不在」ブラームスの歌曲にネコが現れない。
  11. 5月14日「Lerchengesang」ひばり。
  12. 5月15日「バラ」ブラームス歌曲に最も頻度高く現われる植物はバラ。
  13. 5月16日「もう一つのナイチンゲール」クラリネット奏者ミュールフェルトのこと。
  14. 5月17日「図鑑」カテゴリー「75 図鑑」の創設。
  15. 5月18日「植物索引」ブラームス歌曲に現われる植物。
  16. 5月20日「遥かなる恋人に」ベートーヴェン歌曲をピアノノリオに引用。
  17. 5月22日「弾き語り」クララの死を悼むブラームスの自作自演。
  18. 5月23日「ヴィオラによる歌曲」ヴィオラソナタの余白は宝の山だ。
  19. 5月24日「きみの青い瞳」クラウス・グロートによる絶唱。
  20. 5月25日「色彩索引」ブラームス歌曲に登場する色。
  21. 5月26日「色をつける相手」色名が何を修飾するか。
  22. 5月27日「青は長調」もしかすると青と長調には相関関係がある。
  23. 5月28日「あてはずれ」動物名と調性には相関関係が希薄だ。
  24. 5月29日「四色問題」ブラームス歌曲1曲に登場する色は4つが最多。
  25. 5月30日「10大歌曲」ブログ開設4周年の記念記事。
  26. 5月31日「五言絶句」杜甫の五言絶句にも四色が最多か。

<6月>

  1. 6月 1日「Tiefe blau」「野のさびしさ」の転換点。
  2. 6月 2日「夏の宵」op85-1。
  3. 6月 3日「こおろぎ」が登場する歌曲には四色が配される。
  4. 6月 4日「平行8度の実例」「スペインの歌」op6-1に平行8度がある。
  5. 6月 5日「ダイナミクスの空白」歌のパートへの指図がない。
  6. 6月 6日「保続音」「野のさびしさ」の「F」
  7. 6月 8日「最愛の歌曲」「野のさびしさ」op86-2のCDリスト。
  8. 6月 9日「最長のイントロ」もっともイントロの長い歌曲の話。
  9. 6月10日「梅雨入り」雨にちなむ歌曲。
  10. 6月11日「雨の歌」ヴァイオリンソナタ第1番の元歌。
  11. 6月12日「雨上がり」「夕立」と源頼政。
  12. 6月13日「ベタな展開」ありがちな記事の並び。
  13. 6月14日「タイトルと歌い出し」歌い出しの通称化について。
  14. 6月15日「感傷と情緒」テキスト選定の基準の一つかも。
  15. 6月16日「独唱と重唱」独唱にするか重唱にするかの基準は難解。
  16. 6月17日「花鳥風月」ブラームスの好みを類推するにはデータが足りない。
  17. 6月19日「夕靄は立ち込めて」ゲーテ78歳のテキスト。
  18. 6月20日「夢路より」次女による歌い方指南。
  19. 6月21日「方言」についてブラームスの薀蓄。
  20. 6月22日「おお涼しき森よ」op72-3。
  21. 6月23日「難解なテキスト」「永遠の愛について」が平易「サッフォー頌歌」が難。
  22. 6月24日「小宇宙」大抵の歌曲は最短のソナタより短い。
  23. 6月26日「メリハリ」歌曲特集実施の心がまえ。
  24. 6月27日「歌曲特集総集編」本日のこの記事。

4月までぬるいペースで公開していたら、会期末までの公開が怪しくなって、途中でペースを上げたのが一目瞭然だ。

さあ、これで心おきなく器楽ネタを発信できる。

明日から新企画。

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2009年6月26日 (金)

メリハリ

物事の押し引きのさじ加減のことか。「やるときゃやるよ」とでも言うのだろう。

上半期のテーマ「歌曲」は、6ヶ月の会期中にこれまで今日を含めて80本の歌曲ネタを発信した。そのうち約50本が年初に「歌曲ネタで行くぞ」と宣言した時点で、下書き出来ていた。少々の推敲と発信のタイミングを整えるのが会期中の仕事だった。折に触れて書き留めた歌曲ネタをただ漫然と発信するのとどこがどう違うのだろう。

歌曲コンプレックスの裏返しとして「交響曲」を筆頭とする器楽カテゴリーより先に100本に到達させたいという、半ば屈折した動機があったこと既に申し上げた通りである。「こいつブラームス愛好家気取りの割には、歌曲ネタが薄いな」などと言われたくないという、微妙な心理もあった。

実際に歌曲ネタを集中して発信することは、自分のモチベーション維持に大いに貢献した。単なる羅列に堕落させないように、ストーリーを設定し発信の順序を考えた。愛鳥週間が5月だという幸運にも助けられた。思いつくままに下書保存されていた記事が、いきいきと輝きだした。ストーリーの流れに合うよう細部を整えて内容が引き締まった記事も多い。メリハリが付いたと申し上げるべきである。どうしてもストーリーにマッチせず、やむなく公開を見送った記事も10本あった。流れ優先だ。

4月を迎えた時点で、記事の備蓄が予想外に多く嬉しい悲鳴になった。会期末は6月27日より後ろには出来ないから、歌曲系備蓄記事全部を会期内に公開出来るか怪しくなった。ストーリー性を確保するために、4月7日から思い切って10日間の休憩をとって、作戦を練った。

このあたりの小細工が、記事備蓄の利点だと思う。

歌曲特集は明日フィナーレとなる。

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2009年6月25日 (木)

祝20万アクセス

本日お昼をちょっと過ぎた頃、ブログ開設以来のアクセスが20万に達した。ホクホク。

  •  1万ac 2006年03月08日 283日目
  •  2万ac 2006年08月30日 458日目(175日)
  •  3万ac 2006年12月30日 580日目(122日)
  •  4万ac 2007年03月28日 668日目( 88日)
  •  5万ac 2007年06月21日 753日目( 85日)
  •  6万ac 2007年09月07日 831日目( 78日)
  •  7万ac  2007年11月08日 893日目( 62日)
  •  8万ac 2008年01月04日 950日目( 57日)
  •  9万ac 2008年02月13日 990日目( 40日)
  • 10万ac 2008年04月03日1040日目( 50日)命日にピタリとヒット。
  • 11万ac 2008年05月21日1088日目( 48日)
  • 12万ac 2008年07月05日1133日目( 45日)
  • 13万ac 2008年08月15日1174日目( 41日)
  • 14万ac 2008年09月22日1212日目( 38日)
  • 15万ac 2008年10月29日1249日目( 37日)
  • 16万ac 2008年12月15日1296日目( 47日)
  • 17万ac 2009年01月30日1342日目( 46日)
  • 18万ac 2009年03月17日1388日目( 46日)
  • 19万ac 2009年05月12日1444日目( 56日)
  • 20万ac 2009年06月25日1488日目( 44日)

ようやく20万アクセスに届いた。最初の10万アクセスには1040日を要したが、この10万アクセスは448日だった。かなりのペースアップと言える反面まだまだ年間10万アクセスの器量ではないようだ。それでも私のような者のブログにあわせて20万アクセスとは恐縮するばかりだ。ウルウル。

日頃のアクセスにまとめてお礼申し上げる次第である。記事の継続こそが謝意の表明である。キッパリ。

実は今回の20万アクセスは、ある事情があって6月27日までの達成を目標にしていた。あと2日残しての達成とは、なかなかスリリングであった。ドキドキ。

 

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2009年6月24日 (水)

小宇宙

紛れもなく一部分でありながら、全体の構成要素を全て備えている領域を「小宇宙」と呼ぶ場合がある。哲学系で多用される言葉だと思う。一歩進んで全体の構成要素を全て備えるにとどまらず、それらが過不足無くバランスよく含まれるという意味をも包含していよう。

歌曲は最長の作品でも概ね5分で演奏出来る。小節数で100以内だ。一方器楽の代表たるソナタは、最小の作品でも20分を要する。多くの歌曲は、長さではソナタ形式楽章の中の主題提示部程度でしかない。

それでいて音楽としての起承転結が、過不足無く盛り込まれている。器楽であれば展開部でしかお目にかかれないような、決定的な転調がホンの2小節目から出現することもある。全体が短いだけあって、進行上の無駄は命取りになる。冒頭旋律の再帰には、ねんごろな手順が踏まれるのは器楽と一緒だが、けして冗長に陥ることはない。

そして決定的な要素がテキストだ。詩人の感動が文字に盛り込まれている。この心の動きを邪魔してはいけないのだ。作曲技法以前のお約束だ。

今日ばかりは、読者の大半にオチを読まれていると思う。

ベタな結論で恐縮だが、つまり歌曲は小宇宙だ。

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2009年6月23日 (火)

難解なテキスト

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻58ページに興味深い記述がある。ブラームスと友人のホイベルガーの会話だ。

ブラームスは昨今「難解なテキストに付曲することが流行している」と指摘する。自分にも責任の一端があるというニュアンスだ。本当はきれいでわかりやすい類の作品に精通してから難解なテキストに進むべきだと持論を展開する。

このときの喩えが実に興味深い。

ブラームスは、きれいで判り易いテキストの代表として「永遠の愛について」を引き合いに出している。おおなるほど。op43-1を背負うブラームスリートの真髄とも言える傑作だ。なるほど起伏のあるストーリー性が売りだ。そのストーリーにいかに曲をつけるかがポイントなのだろう。

そうこうしているうちに「サッフォー頌歌」op94-4のような曲も聴いてもらえるようになると説く。いきなり「サッフォー頌歌」ではちと具合が悪かろうということが暗に仄めかされる。つまり「サッフォー頌歌」は「永遠の愛について」より難解だと読める。

言われてみればなるほどな感じがしてくるから不思議である。

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2009年6月22日 (月)

おお涼しき森よ

作品72-3を背負って変イ長調、2分の3拍子、Langsamでゆったりと歌われる森の描写。どんな演奏でも最大2分半。楽譜にして2ページ全長25小節の小品ながら退屈することがない。

森の描写のようでいて実は、その森の中を歩む恋人への呼びかけだ。テキスト側の表現の肝にあたる「im Herren tief」(心の奥深くで)の部分、楽譜にして11小節目から2小節間、音楽は意表をつく変ヘ長調に転ずる。Dに付与されるナチュラルの色艶を一瞬味わった後、半音上のEsにせり上がって冒頭主題が回帰するあたり、醍醐味である。

8小節目に「おや」という場所がある。冒頭の「B」の音の上に小さな音符で「F」が記載されている。直前の音「C」から全音下がる「B」がメインルートなのだが、「F」への4度跳躍も認められているということだ。

我が家の10種のCDのうち、「F」に跳んでくれているのは以下の3人だ。

  • エリー・アメリング
  • トマス・クヴァストホフ
  • 小松英典

「夕立」でただ一人影譜を歌ってくれていたロベルト・ホルは今回はノーマルだった。

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2009年6月21日 (日)

方言

特定の地域で話されている言語のうち、公用語・標準語あるいは共通語と異なる言語くらいの意味か。「特定の地域」の定義が難しい。定義の仕方によっては億単位の人々が話しているということもある。話している人本人は「方言」だろうと「公用語」だろうと構わないハズだ。コミュニケーションが成立すればOKなのだ。「おおやけ」「中央」の概念が必ずついてまわる。同じ言語のハズなのにどうも通じにくいと感じたとき「方言だから」と自分を納得させるというのがもっとも一般的な用法だと感じる。

他の欧州列強に比べて統一国家の成立が遅れたドイツだから、地域ごとの微妙な言語の差がより保存されやすかったと思うが、標準ドイツ語は、ルーターの独訳聖書が基礎になっているらしい。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻132ページに方言についてのブラームスの薀蓄が披露されている。

自作「森の静けさ」op86-5の24小節目の「all」についての薀蓄だ。「all」は本来「全ての」という意味だが、これが低地ドイツ語では「schon」(既に)の意味で、元々は「gut」(良い)の意味だったとしている。方言はとかく厄介だと付け加えている。

演奏家として各地を回ったブラームスだが、民謡の収集家としても各地の言語に触れた。ライン地方やシュヴァーベン地方の民謡のテキストにも数多く触れたブラームスだから、この驚きには説得力がある。

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2009年6月20日 (土)

夢路より

おそらく知らぬ者の無いフォスターの代表作。

それは先週のことだった。思い出すだに鮮烈な光景だ。娘たちの部屋から歌声が聞こえてくる。耳を澄ますと、それはフォスターの「夢路より」だった。長女が英語で歌っている。それに対して次女は横からああだこうだ言っている。ブラバン用のメトロノームを取り出して指南しているという感じだ。普段妹に対して、女王様ぶりを発揮しているお姉ちゃんが、神妙にしている。

どうやら歌の練習らしい。近々音楽の授業でテストがあって、「夢路より」を英語で歌わねばならないと言っている。

「夢路より」は8分の9拍子だ。どうやらニ長調。ヴァイオリンを習っていた頃から複合拍子苦手の長女が混乱しているのを、次女が説明しているのだ。次女は複合拍子の意味がわかっているようだ。メトロノームが3度に一度「チン」と鳴るように設定してある。長女の性格から申せば、遅い3拍子の1拍が3連符で割られていると説明した方が効果的だが、グッとこらえた。次女の必死の説明が続くようにするためだ。

さらに最後の一つ前の小節の音がどうしてもとれないと言う長女に向かって「お姉ちゃん最後のミがいつも低いから」と鋭い指摘をかましている。挙げ句の果てにブレスをそこでするなとか、クレッシェンドに向かって力を貯めろとか、装飾音符をあわてるなとか、シャープな指摘がてんこ盛りだ。

次女。いつの間に。後で訊いたら、ヴァイオリンやトロンボーンでいつも私が言われているからと事も無げだ。「英語で歌うことはOKなんだけどね」と言いながら謙虚に教えを乞うお姉ちゃんにも関心したが、次女の対応は胸が張り裂けんばかりに嬉しい。

昨日歌のテストが終わったらしい。これも降ってわいた歌曲ネタ。

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2009年6月19日 (金)

夕靄は立ち込めて

作品59-1を背負う歌曲。ト短調全長94小節。ブラームスでは数少ないゲーテ作のテキスト。ゲーテ78歳の作とされている。

とりわけ46小節目からの転調が美しく気に入っている。

曲の末尾「Herz hinein」の部分つまり88小節から、上下2種の旋律が用意されている。より装飾的なのが上で、深く沈潜して行くのが下だ。

我が家のCDでは5名が歌ってくれている。

  1. アンドレアス・シュミット(Br)
  2. ロベルト・ホル(Br)
  3. 白井光子(A)
  4. ラン・ラオ(S)
  5. ディートリヒ・フィッシャーディースカウ(Br)

5人のうちソプラノのラン・ラオだけが上の旋律を歌っているが、残り4名が下を選んだ。直前の86小節目から旋律は下降が続く。それを受けて曲の末尾まで下降を継続させる方を選んだと見る。旋律の動きとしてはより単純だが、「無理な人は下をどうぞ」という位置付けにはなっていないということだ。

昨夜は25年ぶりに大阪鶴橋で焼肉を食べた。

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2009年6月18日 (木)

再会

室内楽の仲間と久々に再会した。

2006年1月27日の記事「室内楽のつまみ食い」に登場したご夫婦がいる。

ご主人はオーボエとチェロ、そして合唱のご経験もある。奥様はピアノとオーボエ。ご夫妻が関東地方を去って山形へ引っ越したことで私の室内楽ライフは決定的な打撃を受けた。彼等を交えてブラームスに挑んだ経験は、極上のものだ。特に奥様はブラームスラブだ。私とブラームス作品について話すときは作品番号だけで会話が成立してしまう。

その後大阪へ転居されたお2人にお会いする機会がやってきた。一昨日16日から3泊4日の大阪出張が入った。昨夜満を持して待ち合わせの店に突入したが、ご主人が突然体調を崩し昨夜は図らずも奥様とドイツ料理で盛り上がることとあいなった。というより私が一人で飲んでいた。大阪谷町9丁目のドイツレストラン「ハンブルク」だ。

驚くべき内装だ。ハンブルクの大きな地図がデーンと掲げられている。ブラームスの生家があったシュペックスガングもしっかり載っていた。

当然、話は弾む。昨夜日本中で語られたどんなブラームスネタよりも濃かったに違いない。ブラームス、ドイツ、野球、家族と話は果てしなく増殖した。彼女は亡き妻とも面識がある。もちろん子供たちとも。話が煮詰まれば、幸せとは家族とは命とはと深まって行かざるを得ない。ブラームスの記憶はそれを片時も邪魔しない。

ブラームスのご加護を。

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2009年6月17日 (水)

花鳥風月

古来自然を愛してきた日本人の、愛好の対象を一言で言い表した言葉だ。愛鳥週間に因んでブラームスの歌曲に登場する鳥のリストを作ったが最後、必然として花のリストへエスカレートしたのも、私が日本人だからかもしれない。

その結果ブラームスの歌曲への登場頻度で、バラとナイチンゲールが花鳥それぞれの首位に君臨することが判った。

早起きして森を散歩するブラームスだから、自然を愛することにかけては日本人の誰にも負けないと思われる。それでは、そのブラームスはナイチンゲールとバラを一番好んでいたかとなると、ただちにはうなずき難い。

ブラームスが作品の題材を求めて探し回ったところのドイツの詩における傾向が、パラレルに反映しただけかもしれないのだ。

つきつめようとするなら、ブラームスの目に触れたドイツの詩全てについて同様の調査をした結果と比べる必要がある。全体の調査結果と比較して、ブラームスのチョイスが有意にズレていた場合に初めて、ブラームスの嗜好を云々出来る。

どこかの物好きが、シューベルトやシューマンについて調べてくれるとありがたいのだが。

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2009年6月16日 (火)

独唱と重唱

ブラームスは親しい友人に、ドイツの作家で曲を付けなかった人なんぞ居ないと豪語していたという。発表せずに破棄したものまで含めればということらしい。民謡や外国の詩の翻訳物までを含む広大な領域がテキスト探査の対象だった。

一方、詩人たちはブラームスへのテキストの提供を目的に創作したわけではない。ましてや作品をあらかじめ独唱用、重唱用、合唱用という具合に分けていたわけでもない。

独唱歌曲でのテキストの提供ランキングは既に記事にしたが、実は重唱作品でも同じようなメンバーが名前を連ねる。テキストと作者名だけを見ても違いは判らない。

目の前に横たわるテキストについて、それを声楽作品に仕上げる際、どんな形態が最適かについて判断基準があったに違いない。ブラームスは何を基準に独唱用と重唱用に仕分けたのだろう。重唱作品がいつも対話体のテキストになっている訳でもない。対話体のテキストが、見事な独唱歌曲になっている例も多い。

意外と難問である。

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2009年6月15日 (月)

感傷と情緒

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻114ページでヘンシェルが大事なことを言っている。

ブラームスのテキスト選定に関する見解だ。「感傷」と「情緒」という言葉が選ばれてそれぞれ両極端の意味づけがされている。元々どういうドイツ語だったかは不明なのが残念だ。

ブラームスによれば「感傷」は単なるかわいそうな話で、「情緒」こそが詩の源泉だという。物事を暖かく見つめる中から湧いてくる感情だと言っている。

単なるやりきれない事実に、ちょちょいと韻を踏ませて、フォルティシモで3連符を鳴らしただけの代物が大手を振って提供されていると嘆く。嘆くと言うより爆笑のタネといった雰囲気だ。

ブラームスが自作のためにテキストを選ぶ際に、このあたりの考えが基準になっていた可能性が高い。

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2009年6月14日 (日)

タイトルと歌い出し

ブログ「ブラームスの辞書」名物の分類ネタだ。

ブラームスの歌曲を以下の基準で分類してみる。

  1. 作品の最初のページにタイトルが印刷されてはいるが、作品の歌い出しと不一致。たとえばop43-1「永遠の愛について」は楽譜に掲載されたタイトルで歌い出しとは一致しない。
  2. 作品の最初のページにタイトルが印刷されていて、それが作品の歌い出しと一致する。
  3. 作品の最初にタイトルが印刷されていない。作品の歌い出しが通称となっている。いかにおわすかわが女王」op32-9は、歌い出しが通称化したものだ。

楽譜の最初のページにタイトルが掲載されているものと、そうでないものだ。上記1と2のパターンつまりタイトルが掲載されている作品は、そのタイトルが通称になる。当たり前の話だ。ところが上記3のパターン・タイトルが掲載されていない作品は、テキストの歌い出しが通称となる。スターバトマーテルやレクイエムの他、バッハのカンタータだってこのパターンだから起源は相当古い。

ブラームス歌曲の場合、上記1のパターンが最も多い。だから上記2のパターンを以下に列挙する。

  • op49-1「日曜日の朝に」
  • op70-1「海辺の庭園にて」
  • op94の5曲全て
  • op95-2「我が思いは君のもとへ」
  • op95-7「君に捧げたものは美しかった」
  • op96の4曲全て
  • op105の5曲のうち1番と2番
  • op106-3「霜が置いて」
  • op107-4「ねこやなぎ」
  • op121「4つの厳粛な歌」4曲全て

そして楽譜の冒頭にタイトルの印刷が無く歌い出しが通称と化しているパターンつまり上記3は以下の通りだ。

  • op32の9曲全て。
  • op57の8曲全て。
  • op59の8曲のうち1番と6,7,8の計4曲

上記作品の出版社は全部ジムロックだ。その他テキストの作者、作品の調性、拍子などとも特段の相関は見当たらない。まさにお手上げだ。この分類に何か基準があるのだろうか。

さらに私好みのささやかな偶然がある。

2番3番のパターンは、どちらも21曲ずつになっている。

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2009年6月13日 (土)

ベタな展開

「よくある展開」程度の意味なのだが、若干ネガティブなニュアンスがこもっている。「ベタな展開ですみません」等の言い訳とセットで用いられることが多い言い回しだ。ストーリーのあるパフォーマンスにおいて、受け手に先を読まれるのはリスクが大きい。意外な展開こそが待望されているというのは一面真実を含んでいる。

一方で勧善懲悪をコンセプトにした時代劇が、展開を読まれながらも長寿番組になっているケースもある。この場合は概して「ベタな展開」とも「マンネリ」とも称されず、むしろ「伝統」と解される。両者の境界は混沌としている。

梅雨入りを合図に雨に関連する記事を3本続けた。「ベタな展開」かもしれぬ。

さて現在進行中の歌曲特集は5月10日の記事「愛鳥週間」の中で、お得意のリスト化ネタを無理矢理愛鳥週間にこじつけた。これは「ベタな展開」ではないと自負している。ブログ「ブラームスの辞書」の古くからのコアな読者でも、この展開を読めていた人はいないと思われる。

その先の「動物索引」は、ブラームス歌曲のテキストに現れる鳥の優位性を云々する展開から予測していた読者もいると思う。ましてそれに続く「バラ」「植物索引」は、半ば必然だったから、この瞬間「ベタな展開」と思われてしまった可能性もある。

しかしその後の「色彩索引」は、再び読みをはずす展開だ。ブログ「ブラームスの辞書」恒例のリスト化ネタの連発だ。そしてこれは「四色問題」を経て一連の「野のさびしさ」ネタに至る序章でもある。最愛の歌曲について語る前のちょっとした準備に相当する。

4月中旬に10日間の休憩を頂戴した間に、このあたりの流れを整理した。

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2009年6月12日 (金)

雨上がり

夕立」op70-4の話は以前にもした。

第4交響曲を先取りするかのような3度下降の連鎖が、イ短調の醸しだす雰囲気とともに巧妙な雨脚の描写だった。22小節目の「dim e rit」でようやく雨が止む気配が漂って来る。24小節目のフェルマータで雨がすっかり上がる。「Langsamer」の合図で曲はハ長調に転じて、雨上がりの情景へと場面転換する。テキストの中の「Regenbogen」つまり「虹」を象徴する匂い立つような甘い甘い旋律である。

この部分を聴くと決まって思い出す歌がある。

もはや現代語訳不要の源頼政の歌だ。

庭の面はまだ乾かぬに夕立の空さり気なく澄める月かも(にわのおもは まだかわかぬにゆうだちの そらさりげなく すめるつきかも)

ブラームスも源頼政も夕立の情景と雨上がりの情景の対比が鮮やかだ。片や虹、片や月と割れているが、雨上がりの描写のツールであることに変わりはない。

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