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カテゴリー

2017年7月21日 (金)

踏み外し

わがブログ「ブラームスの辞書」のコンセプトは、大好きなブラームスについてひたすら断章を積み重ねることだ。大好きであればこそいくらでも書ける。あわよくばこれによってブラームスの輪郭をよりリアルにクリアに浮かび上がらせたいと願っているのだが、そこは素人の駄文で、ブラームスを浮き彫りにすることには必ずしも成功していない。

浮かび上がるのはむしろ、管理人である私のキャラだ。これは断言できる。仮に私と同様にブラームスが好きな御仁がいたとしても、それがこのようなブログとして析出するとは限るまい。ブラームスを素材としたこうしたブログを構成してしまうのは、ブラームスのキャラではなくて、私のキャラなのだ。私が懸命に考えれば考えるほど、「ブラームスを明らかにする」という目標からはずれて、管理人である私のキャラが明らかになるということだ。たとえば「毎日更新」「2033年のゴール」「カテゴリーの数」「アラビアンナイト計画」などの運営方針は、私のキャラの反映でしかない。

深くて決定的な差。

2017年7月20日 (木)

方言総集編

方言特集が終わった。

  1. 5月17日 ドイツの方言
  2. 5月18日 方言特集
  3. 5月19日 ヴェンカー
  4. 5月20日 ベンラート線
  5. 5月21日 ドイツを切る
  6. 5月22日 ザクセン官庁語
  7. 5月23日 ドイツ語圏
  8. 5月24日 線マニア
  9. 5月25日 ドイツの語源
  10. 5月26日 Dutch
  11. 5月27日 高地オランダ語
  12. 5月28日 ふるさとの言葉
  13. 5月29日 ブラームスの話した言葉
  14. 5月30日 フランスの右肩
  15. 5月31日 民話と方言
  16. 6月01日 民謡と方言
  17. 6月02日 地名と方言
  18. 6月03日 ストラスブールの盟約
  19. 6月04日 最後の授業
  20. 6月05日 作曲家たちの母国語
  21. 6月06日 文豪たちの話した言葉
  22. 6月07日 方言詩人
  23. 6月08日 クラウス・グロート
  24. 6月09日 早生まれ
  25. 6月10日 ホルシュタイン人
  26. 6月11日 ホルステン
  27. 6月13日 決意の理由
  28. 6月14日 ラインフランケン
  29. 6月16日 ライン扇状地
  30. 6月17日 ザーレの東
  31. 6月18日 地名語尾「itz」の分布
  32. 6月19日 地名語尾「bach」の分布
  33. 6月20日 ハイムとハウゼン
  34. 6月21日 大胆過ぎる仮説
  35. 6月23日 イングとインゲン
  36. 6月24日 線の一致
  37. 6月27日 梨とリンゴ
  38. 6月28日 支那のリンゴ
  39. 6月29日 産地語尾「er」
  40. 6月30日 キッシンジャー
  41. 7月01日 ドイツ系アメリカ人
  42. 7月02日 ヴァイオリニストの系譜
  43. 7月04日 イッケ
  44. 7月05日 ケルン方言
  45. 7月06日 お宝地図
  46. 7月10日 ベルギー
  47. 7月11日 オーデルの向こう側
  48. 7月12日 「r」は母音か
  49. 7月17日 Diminutiv
  50. 7月18日  訛り懐かし
  51. 7月19日 シュヴァーベン訛り
  52. 7月20日 本日のこの記事

2017年7月19日 (水)

シュヴァーベン訛り

記事「訛り懐かし」でシュヴァーベン地方の方言では、一人称「ich」の代わりに「i」が使われると書いた。類似の現象がブラームスの歌曲のテキストにもあった。

「Die Schwalble ziehet fort」(ツバメは飛び去ってゆく)op7-3と「Die Trauernde」(悲しむ娘)op7-4だ。

前者では、「ich」に該当する箇所が「i」になっている他に「ist」が「isch」にすりかわっている。

後者「悲しむ娘」はさらに興味深い。

  • mein→mei 
  • kein→kei
  • mich→mi
  • Mutter→Mueter
  • nicht→net

これら全部シュヴァーベン訛りである可能性が高い。

2017年7月18日 (火)

訛り懐かし

お国訛りが郷愁を誘うことは古今東西を問わぬのだと思う。少なくとも日本ではそうだ。ドイツでもそうなのだと思う。ブラームスは民謡詩の中の方言が厄介だと嘆く。あまり郷愁を感じている素振りは見せていない。

民謡のテキストを調べていて面白いことに気付いた。「Da unten im Tale」のテキストだ。訳語が「私は」になっているところのドイツ語が「Ich」になっていない。「i」になっているのだ。

「別れ」という邦題で名高い「Muss i denn」にも見られる。これらの民謡の解説を見て驚いた。どれもみなシュヴァーベン地方の民謡だ。どうやら彼の地では「Ich」が「I」(イ)と訛るようだ。

2017年7月17日 (月)

Diminutiv

「縮小辞」とでも訳せるドイツ語。「Allegro」を「Allegretto」にする「-etto」や、「Andante」を「Andantino」にする「-tino」は、イタリア語における縮小辞だと言える。ドイツ語でも良く見かけるから、ブラームスの伝記からも拾える。

ブラームスは第三交響曲の規模が小さいこと指して「シンフォニッヒェン」と呼んでいた話、あるいはクララに対してしばしば「クレールヒェン」と呼びかけていた話などが知られている。前者は意味の縮小なだのが、後者は親愛の表現で「クララちゃん」くらいのニュアンスになる。

この縮小辞にも北部型と南部型がある。ブラームスが愛用していたくらいだから「-chen」は北部型だ。南部では「-el」になるのがお約束。シュヴァーベンでは「-ele」、スイスでは「-eli」になる。これが標準語になると「-lein」になる。「フロイライン」はこのパターン。

さらに厄介なことに、南ドイツ方言では「語頭に来ない」かつ「アクセントがない」かつ「前後を子音に挟まれる」場合「e」は標記されない。語末に来る「del」は「dl」、「den」は「dn」と綴られる。縮小辞「-el」は、結果として大量の「子音+l」を発生させる。

2017年7月16日 (日)

お盆のファンタジー29

そろそろお暇をと言いながらブラームスが話題を変えてきた。「今日は大切な日なんだろ?」と。ウインクをかましてきた。「へ?」という反応のシベリウスさんを横目にブラームスさんが続ける。「来年またニュルンベルクに来てくれるための大事なミーティングがあるはずだったな」と。「わしの作品はプログラムにないようだが」

これからみんなで出かけて資料のセットを手伝うと言い出した。5月の演奏会でもパンフはさみを手伝ったから手慣れたもんだよと。昼間の出発なので送り火はなしということで話しがついた。

2017年7月15日 (土)

お盆のファンタジー28

乾杯をきっかけに、話はバッカナールに切り替わった。

口火を切ったのはシベリウスさんだ。「あのバッカナールは、コンサートの締めくくりというほかにも特別の気迫を感じたが」と素直な問題提起だ。「あれはな」とすっかり身内スタンスでブラームスさんが、説明にとりかかる。「コンクール曲と言ってな、秋のコンクールの演目じゃ。生徒たちが1年間丹精をこめた曲ということになる。昨年は、イタリア奇想曲、その前はレプレリュード、その前が謝肉祭だったろ」と。

「うちの娘はその前でボロディンでした」と私が付け加えると、ブラームスさんは、「その前はショスタコ某だった。わしの作品はかすりもせんがな」と自嘲気味だ。「それは先生の作品だと出番のない生徒が出るからですよね」とひとまず慰めるシベリウスさんだが、乙女たちの気迫の理由はその歴史にある。伝統のコンクール曲だとみんなの意見が一致した。

指揮者の病気はオケの一大事で、一時はどうなるかと思ったら、「指揮なしバッカナール」で入学式を切り抜けるとは、発想が新しいなとブラームスのドヤ顔が止まらない。「ナマで聴きたかった」とシベリウスさんも興味津々だ。あの曲が指揮なしでも演奏できるほど、完成してるってことなんだが、あれを切り抜けて一段とアンサンブルの精度が高まったとブラームスさんは慎重に断言した。

清冽な弦のピチカート一閃から難儀なオーボエのドソロが始まって、険しい道を上り詰めたところ中間部の清らかな景色こそがバッカナールの白眉だ。そこを際立たせるために周囲の部分が逆算されているという構想が素晴らしいとシベリウスさんがブラームスさんに同意を求めた。テンポもダイナミクスも全て計算ずくで配置されているのだろうが、聴いている限りはとても自然じゃなとブラームスさん。最後にテンポを煽るところは、わかっていても感動させられます。術中にはまる感じ。3時間30分のコンサートの最後に、あの煽りについていく余力が素晴らしい。

二人ともすっかり盛り上がって私の出る幕はない感じ。

2017年7月14日 (金)

お盆のファンタジー27

そやった、そやったと、後ろにいる紳士を紹介してくれた。シベリウスさんだ。「3年連続でチャイコフスキーを取り上げて、今やお家芸だなと、思っていたら、フィンランディアがあるんで、誘ったんだ」とブラームスの説明はいつも大げさだ。

「とにかくすごいから、と半ば強制でしたからね」と、シベリウスさんが握手の手を差し伸べながら切り出した。「おかげさまで、あの曲は世界中で演奏されていますが、珍しい合唱付きで楽しめました」と満足げだ。「だろ、だろ」とブラームスがはやしたてる。「フィンランド語だったのには驚いたよ」とはブラームスさんの第一声だ。「合唱抜きになれている耳には別物に聞こえました」と私。「本来は合唱ありなんですわ」とシベリウスさんも打ち解けはじめた様子。「歌った生徒は赤いネクタイでしたが、担当別に色分けでしたか?」とシベリウスさんからやけに細かい質問があった。「いやいや、あれは一年生の色だよ」と、私を遮って訳知り顔のブラームスさんがピタリの説明をしてくれた。

日本では4月が新入生の季節だと、ブラームスさんがシベリウスさんの耳元で教えている。「そうなんです」「あの合唱は入部まもない1年生のデビューです」と私が念押しした。フィンランド語1ヶ月で特訓したのですね」と、察しのいいシベリウスさんだ。

「合唱もなのだが…」とシベリウスさんが、遠くを見るような目で切り出す。「管楽器の和音の作り方がダイナミクスにかかわらず丁寧で感心していたところです」と。「打楽器も、キレより丁寧さを感じました」と続ける。「まあでも、カバレリアルスティカーナの弦がベースだよな」とはしべリウスさんさすがの着眼だ。「難儀な小序曲を、演奏会の先頭にケロリと持ってきてしまう余裕感も素晴らしい」「ソロを受け持つ生徒が指揮者ではなくてダンサーを見ていたよね」「指揮者はダンサーに背を向けているから、踊りと合うかどうかはプレイヤーが頼りだな」などど丁々発止だ。ブラームスさんが「忘れてならんのはコントラバスじゃよ」とドヤ顔で割り込む。カバレリのピチカートでは奏者全員が指揮者ではなくトップを見てた。このオケには目に見えぬアイコンタクトの網が縦横に張り巡らされてのですね」とシベリウスさん。

「楽器始めて1年少々の子もいますよ」とブラームスが話題を変える。「音楽に心を込める点で世界一でしょう」と私が持ちかけても真顔でうなずく二人だった。

「ビューロー、ニキッシュ、フルトヴェングラーとマエストロは、綺羅星のごとくだが、彼らは、誰が振ってもうまいオケをひきいているからな」とはブラームスの持論だ。苦笑いしながらもうなずくシベリウスさん。そもそも15~16の乙女たちメンバーが毎年半数入れ替わる上に、入部して楽器を始める子が大半って、ビューローに教えたらのけぞっていたよ。元々プロ集めてそこそこのオケならだれでも振りよるわい。毎年1から種まいて、一定の収穫を期待される。

ビールを持って娘たちがはいってきた。

2017年7月13日 (木)

お盆のファンタジー26

いつにもましてやけにドヤ顔のブラームスがやってきた。ドヤ顔の理由はすぐに明らかになった。年末年始のあんたらのドイツ旅行の時、4日連続の好天を用意したと言っている。「神様お天気お願いセンター」のドイツ支部とチェコ支部にかけあったらしい。

ハンブルクほどではないけれど、ニュルンベルクやミュンヘンのバイエルンやプラハでも、冬の好天は難しいからなと、訳知り顔である。快晴を4日続けたことに加えて気温もあまり低くなることがないように頼みこんだそうだ。だから言わんこっちゃない。その反動で、あんたらの帰国後には極端な低温になってみんな往生したと恩着せがましい。

2017年7月12日 (水)

「r」は母音か

ドイツ語の単語において語中に出現する「r」は、しばしば「ア」と発音されている気がする。

首都Berlinは、カタカナで「ベルリン」と標記されるが現地では「ベァリン」に近いという。ブラームスの親しい女性リーズルは「ヘルツォーゲンベルク」と標記されるがこれも「ヘァツォーゲンベルク」らしい。語中でしかも子音が続かないことが条件で実質「ア」になっているようだ。

いまさら「ベァリン」でもなさそうなおかげで見逃されている。

2017年7月11日 (火)

オーデルの向こう側

ドイツ方言学上の重要な線、ベンラート線がアーヘンからフランクフルト・アム・オーデルまで繋がっていると書いた。平地ドイツ語と高地ドイツ語の境界を形成する。

一方ベルギー国内でフランス語圏とオランダ語圏を分かつ境界線の東端がアーヘンで、ベンラート線と接続するとも書いた。

これら言語学上の重要な線が、接続するという偶然を驚いたつもりだったが、少し考えが変った。これはもしかすると必然かもしれないと。フランス語の方言分布を調べていると、六角形状の国土の6つの隅に少数言語が分布するのだが、その一つベルギー系方言と本来のフランス語の境界線が、リールの南あたりで、先の境界線と接するからだ。元々はフランスからベルギーを経てドイツを横断する一つの線が、下記の通り言語圏によって役割を変えているように見える。

  1. フランス国内ではフランス語とベルギー系フランス語の境界
  2. ベルギー国内では、オランダ語とフランス語の境界。ローマ人の居留区に侵入したフランク人の勢力の南限。
  3. でドイツ国内では高地ドイツ語と平地ドイツ語の境界。

これらの3つの境界線を繋げると中央ヨーロッパの北部を東西に横断する一本の線になるということだ。

ここまで来たからには当然の疑問が湧く。先のドイツを東西に横切ったベンラート線のその先はどうなっているのだろう。オーデル川沿いのフランクフルトで、オーデル川に到達した線は、ポーランド領に入ると忽然と消滅するのだろうか。そんなハズは無い。その手の言語学方言学上の境界線の方が、現代の国境線よりもずっと根強いと思わねばならない。

不気味な符合がある。ベルギーにおける同線が、「ローマ人居住区に侵入したフランク人勢力の南限だ」という話がある。これがオランダ語とフランス語のつまりはゲルマンとラテンの境界だというのだが、ポーランド側もでも同じではないのか。その線がフランクフルトを通っているのが偶然にしては恐ろしい。フランクフルトという地名がフランク人に関係が深いというのは暗示的だ。

ポーランドの方言地図が調べたくなった。

2017年7月10日 (月)

ベルギー

ブラームスはしばしばベルギーへの演奏旅行に出かけている。赴いた街はブリュッセルやアントワープだ。ベルギー国内では、3つの言語が用いられている。オランダ語(フランドル語)、フランス語(ワロン語)、ドイツ語。このうちドイツ語はルクセンブルクの北側一帯、ドイツとベルギーが国境を接するあたり。

オランダ語とフランス語の境界は、リエージュという街からほぼ真西に向かう直線。首都ブリュッセルの南およそ30kmの地点を東西に走るとも言える。ローマの時代には現在のベルギー一帯は既にローマ人が侵入していたが、10世紀までに東や北からフランク人が侵入した。このときのフランク人の侵入の南限が、言語境界線と一致しているというから、1000年の由緒ある線だということになる。

この境界線を東に延長し、ドイツ国境に到達するとそこにはアーヘンがある。ベルギーの言語を南北に分かつ境界線は、ベンラート線と接続するということだ。

ベンラート線は、「第2次子音推移」の影響をこうむった地域とそうでない地域の境界だった。ベルギー側の境界はフランク人侵入の南限だ。これがアーヘンで接続するとは恐れ入った。

2017年7月 9日 (日)

ウインブルドン

テニス全英選手権は、140年前の今日1877年7月9日、第一回が開催されたという。テニス4大大会では最古の歴史を誇る。

その年、ブラームスは6月9日からオーストリア南部の保養地ペルチャッハで夏の滞在に入っていた。9月17日にリヒテンタールに移るまでの長い滞在の間、おそらくテニスなんぞ眼中になかったはずだ。第二交響曲作曲が佳境にさしかかっていたからだ。

2017年7月 8日 (土)

G20

7日から2日間、ドイツハンブルクでG20首脳会議がある。2009年に始まって12回目だというのに、ブログ「ブラームスの辞書」で取り上げるのはこれがはじめてだ。

今回わざわざ話題にするのは、12回目にして初めてのドイツでの開催である。会場がハンブルク。つまりブラームスの生地であるほか、メルケル首相の出身地でもある。各国の首脳がハンブルグステーキでもてなされるとは思えないし、オープニングの祝典でブラームスが鳴りまくるとも思えないがつい。

2017年7月 7日 (金)

七歩の才

「詩を作る才能が豊かなこと」とでもしておく。

出所は中国だ。三国志の一角をなす魏という国のお話だそうだ。実は私ブラームスも好きだが三国志も相当好きなのだ。一番のお気に入りは呉の大都督・陸遜だ。

つい興奮して話がそれた。魏とはあの邪馬台国の卑弥呼が遣いを送ったあの魏である。その文帝は、三国志では劉備のライバルと位置づけられる曹操の息子だ。れっきとした皇帝だが、何故か弟の曹植をいじめた。「七歩歩く間に詩を作らねば死刑に処す」という具合だ。ご存知の通り漢詩には創作上の制約がいろいろあってそう簡単に作れるものではないのだが、言いつけられた曹植は見事に詩を作って見せた。プレッシャーがかかった状況でキッチリと仕事をしてみせるあたり曹植の才能は相当のものだ。だから詩の才能が豊かなことを「七歩の才」というようになった。

「出来ねば死刑」は究極のプレッシャーだ。何のプレッシャーも無い中、ブログ記事を毎日更新することなどこれに比べれば児戯に等しい。ましてや私の場合、毎日記事を書いている訳でもない。書きためた記事を一つ選んで毎日公開しているだけだ。才能の無いことを記事の備蓄の厚みでカバーしているに過ぎない。

実を言うと毎日記事を書くことをノルマにさえしていない。気の向いたときにサラサラと書いている。大好きなブラームスのことだから、ノルマにしなくても勝手に思いつくのだ。ノルマという言葉の持つ「出来ねばペナルティ」的なニュアンスは場違いである。ノルマにせねば書けなくなったらやめどきだと思っている。

2017年7月7日午前7時7分の公開。

2017年7月 6日 (木)

お宝地図

方言特集に入ってドイツ語の辞書を引くようになった。ところがこれが電子辞書ばかりだった。最近方言地図を探して学生時代の辞書をめくっていてお宝にめぐり合った。巻末にドイツの地図が載っている。およそ30cm四方のコンパクトな地図。私が大学に入ると同時に買い求めた辞書だから、当然ドイツは東西に分かれていたころの地図である。

道路や鉄道は省略されていて川と街が記載されている。土地の高低が緑色と茶色のグラデーションで表現されている。ドイツの地理を大まかに頭に入れるにはちょうどいい。シュワルツワルトやボヘミアの森、テューリンゲンの森も薄茶色で描かれている。

裏面にはドイツの方言地図のほかにドイツの行政区分が載っている。行政区分図は旧東ドイツの州がキチンと描いてある。今の州よりも少々細かい。方言分布図に近い感じになる。

こんな便利な資料が持ち腐れになっていた。もっと早く探していれば良かった。さっそく私のデスクの横に貼り出した。

2017年7月 5日 (水)

ケルン方言

サッカーの話題。ちょっと前の話。元ドイツ代表ルーカス・ポドルスキーという選手が、Jリーグ・ヴィッセル神戸に移籍という報道があった。たしか3月だった。

むかしむかし彼は所属するケルンの扱いに不満を持ち、移籍希望を公言したことがあった。有力選手になるとそういうこともある。

その談話の中で、移籍先は国外がいいと言った。「ボクはドイツ語に加えて英語もポーランド語もできる上に、ケルン方言も操れるから、大抵の国でやって行ける」と付け加えた。

おお。彼はポーランド出身だから、ポーランド語は驚くにあたらないものの最後に付け加えた「ケルン方言」という一言がジョーク感をかもし出している。ケルン方言の使い手であることが、どれだけ移籍の幅を広げるかは不明だが、彼がキャリアのほとんどをケルンで積み上げたことを考えると納得がいく。標準的なドイツ語よりもケルン方言の方に愛着があるに違いない。同時にケルンへの愛をもこめられていると見た。

ヴィッセル神戸への入団会見の席上で、「おおきに」とでも言ってくれれば相当なウイットの持ち主だとわかるのだが。

2017年7月 4日 (火)

イッケ

無理やりスペリングすれば「Icke」なのだろう。1990年代のドイツ代表を支えたミッドフィルダーのトーマス・ヘスラー。キャリアをスタートさせたのは、ケルンなのだが彼はベルリンの出身だ。インタビューなどの公の場でもベルリン訛りを隠そうとしなかった。「私は」に相当する場面で、「Ich」(イッヒ)と言わずに、ベルリン訛りの「Icke」(イッケ)を連発したことから、いつしか彼は「イッケ」と呼ばれるようになった。

2017年7月 3日 (月)

帰国半年

年末年始の休暇を利用してのドイツ旅行から帰国して、今日でちょうど半年だ。

あっという間に半年たった。指折り数えて楽しみにしていた時間に比べるとあっという間だ。

さてさて、今朝早くサッカーコンフェデレーションズカップの決勝が行われた。来年開催されるワールドカップロシア大会の予行練習と位置付けられた大会であもある。決勝のカードはドイツ対チリ。1対0できわどく勝利して優勝。

ドイツは盤石に見える。先日はU21の欧州選手権で優勝したばかり。コンフェデレーションズカップのレギュレーションは年齢制限がないにもかかわらず、主力の招集を見送って若手中心で大会に臨んでの優勝だからだ。

2017年7月 2日 (日)

ヴァイオリニストの系譜

古今の大ヴァイオリニストを列挙論評する記事ではないことを予めお断りする次第である。

ドイツ語でヴァイオリニストは「ガイガー」(Geiger)なのだが、実はもう一つ「Fiedler」と引いてもヴァイオリニストと出てくる。「Fiedler」は「Fidel」を弾く人の意味。「Fidel」は中世に存在した弦楽器でヴァイオリンの祖先にあたるという。その名残で「Fiedler」がヴァイオリニストの意味になっている。

「Geiger」と「Fiedler」どちらもドイツ人の苗字になっている。数の上では「Fiedler」が優勢で0.08%を占め、苗字ランキングの140位。「Geiger」は同ランキング180位で、0.06%を占める。

興味深いことに、この両者は地域で棲み分けられている。ドイツ南部は「Geiger」で北部が「Fiedler」だった。ルクセンブルクとの国境に近いトーリアから、チェコのプラハに向かって東西の直線を引く。その線がチェコとの国境に到達したら、真南に折る。この線以南と以西で「Geiger」が優勢となる。

ちなみにオーストリアでもウィーンを含む東部は「Fiedler」で、ザルツブルク以西は、スイスまで含めて「Geiger」だ。

語尾に「er」を伴っているが、これは産地語尾ではない。英語とも共通する「~する人語尾」だ。

2017年7月 1日 (土)

ドイツ系アメリカ人

昨日、キッシンジャー元国務長官がドイツの出身だと書いたばかりだが、ドイツからの移民を先祖に持つアメリカ人のこと。これがちっとも舐めたモンではなくて、場合によっては米国民の20%と見積もる人もいる。ペンシルバニア州や五大湖沿岸を中心に北東部に多く住んでいる。

独立戦争の際、英国軍にはヘッセンの出身者が多かった話を思い出した。19世紀までに10万人がアメリカに渡ったとされている。アイゼンハワー大統領の名前も何やらドイツっぽい。

メジャーリーグやフットボールの中継を観ていてもドイツっぽいと感じる名前が出てくる。たとえばニューヨークヤンキースの永久欠番3番と4番だ。3番ベーブルースの本名はGeorge Herman Ruth だ。ドイツ風に読むと「ゲオルグ・ヘルマン・ルート」で、最後の「Ruth」は、開墾地を表す「Reuth」や「Roth」との関係を伺わせる。4番はルーゲーリッグだ。Gehrigという綴りがいかにもな感じである。

かの地では「ドイツ訛りの英語」あるいは「英語訛りのドイツ語」が話されている。ドイツ語の一方言として捉える研究者もいるらしい。

2017年6月30日 (金)

キッシンジャー

ヘンリー・キッシンジャーはアメリカの政治家で、ニクソン、フォードの両大統領の時代に国務長官を務めた。1923年5月27日ドイツ・バイエルン州フュルトの生まれだ。

そのバイエルン州の北部にバートキッシンゲンという、古くからの温泉保養地がある。原文では「Bad Kissingen」とつづる。地名語尾「ingen」だ。これに産地語尾「er」をつける場合、お約束で末尾の「en」を取り除いてから「er」をつける。つまり「Kissinger」だ。

まさにキッシンジャー元国務長官と同じつづりになる。彼が生まれたフュルトは、地名語尾「ingen」と「ing」のすみわけで申せば、「ing」地区になる。おそらく祖先の誰かが「キッシンゲン」に関係があるかもしれない。

2017年6月29日 (木)

産地語尾

ニュルンベルク特産のこぶりのソーセージは「ニュルンベルガー」と呼ばれている。ウィーン名物のホイップを浮かせたコーヒーは「ウインナコーヒー」だ。ファストフードの王者はハンバーガーで、元々は「ハンブルガー」だ。

つまりこうだ。

地名の後ろに「er」を添えることで、地名が形容詞化するのだ。だから「er」を産地語尾と呼ぶことにしている。

名高いオケ、ベルリンフィルは本来「ベルリナーフィルハーモニカー」だし、ウィーン名物のワルツは「ウインナワルツ」である。意外と頻繁に使われているものだ。ミュンヘン北郊の名高い小麦ビール産地はエルディングだから、そのビールは「エルディンガー」となるなどビールのブランド名はほぼこのパターンである。

ところが、大きな例外がある。

ゲッティンゲンに産地語尾「er」をつける場合には語尾の「ingen」の末尾「en」を取り除いてから「er」をつける。「ゲッティンゲナー」とならずに「ゲッティンガー」となる。これは地名語尾「インゲン」をともなう地名に共通する特徴だ。不思議なことに語尾に「en」を伴う「ドレスデン」は、「ドレスデナー」だ。語尾の「en」が必ず脱落するわけでもないところが悩ましい。

産地語尾[er」を付与する場合、地名語尾「イングとインゲン」では、出来上がりに差がないということだ。

2017年6月28日 (水)

支那のリンゴ

ハンブルクからウィーンに出たブラームスが早速困ったのではと思っていることがある。オレンジだ。オーストリアを含む南ドイツでは「Orange」というのに対して、ブラームスの故郷ハンブルクを含む北部ドイツでは「Appelsine」という。オレンジの言い方を比較してみる。

  1. 南部ドイツ Orange
  2. 北部ドイツ Appelsine
  3. オーストリア Orange
  4. 英語 Orange
  5. オランダ語 Appelsina
  6. スウェーデン語 Apelsin
  7. ノルウェー語 Appelsin
  8. アイスランド語 Appelsina

北部ドイツ語は北欧語に近い。「Appelsine」の「sine」は「中国」だ。そういう意味ではオランダ語の「sina」が一番近い。支那だ。オレンジとは「中国のリンゴ」という意味だった。イタリアから直接オレンジを供給された地域では「Orange」となり、ハンブルクやアムステルダムからもたらされた地域では「支那のリンゴ」と呼ばれたということになる。

2017年6月27日 (火)

梨とリンゴ

一昨日の記事でドイツの食生活におけるジャガイモの位置付けを確認した。じゃがいもはドイツ標準語で「Kartoffel」という。ところが南部に行くと以下の通りいろいろな言い方が存在する。

  1. Bodenbirne
  2. Erdbirne
  3. Grundbirne
  4. Grundbeene
  5. Erdapfel
  6. Herdapfel

上記1から3は語尾に「birne」を従えている。4番は少々なまっているがいずれも「梨」の意味だ。5と6番の語尾が「apfel」でリンゴの意味。つまりじゃがいもは「大地の梨」か「大地のリンゴ」の意味で、6番だけが「カマドのリンゴ」である。標準語もどちらかと言えば「リンゴ系」だろう。

どちらも球とは言えないゴツゴツした感じがよく出ている。俗語では品質の良くないサッカーボルのことを「Kartoffel」というらしい。

2017年6月26日 (月)

1811年

じゃがいもの普及について調べている間に興味深い話を掘り当てた。

1771年は「厳冬と夏の長雨」によって凶作だったらしい。ドイツの穀物生産が壊滅的な打撃を被ったとされている。その一方でじゃがいもの生産は維持されたことから、救荒作物としてのじゃがいもの優秀性が広く認識されるキッカケとなった。

「厳冬と長雨」に対して高い抵抗力を示したじゃがいもだが1811年は、不作に陥ったという。今度は夏の「旱魃」が原因とされている。

ご記憶だろうか。記事「ヴィンテージ」でワインの優良年を列挙した。その中で1811年は特筆されている。この年のワインの出来映えは単なる優良年にとどまらず、19世紀最高のヴィンテージとして記憶されている。シュタインベルクが始めて「カビネット」の称号を用いたり、ゲーテが絶賛したその年だ。

じゃがいもや穀物が深刻な不作に陥った同じ年が、ワインの当たり年になっているということだ。ワインの優良ヴィンテイージは豊作を意味していないということを割り引いても、面白い現象だ。ブドウ、とりわけ主力品種のリースリンクは、十分な日照によってその品質を一層際立たせる。他の作物にとっては旱魃になってしまうような状況が、マイナスに作用しないということかもしれない。

2017年6月25日 (日)

じゃがいも

ブラームスの伝記、食事の場面に出くわすことは多いとは言えない。けれどもブラームスがじゃがいもを食べていたことはほぼ確実だ。フリードリヒ2世が救荒作物として普及を奨励したと伝えられている。彼は1786年に没したが、当時のドイツ諸邦の人口は合計で1600万程度だったらしい。これは2600万のフランスに負けていた。ところが19世紀後半の普仏戦争の頃になるとフランス4000万に対しドイツは6000万となった。国境付近のアルザスやロートリンゲンをどのようにカウントするかにもよるが、人口が逆転したことは大きい。ドイツ帝国の成立はプロイセン、なかんずくビスマルクの功績大とされているが、この人口逆転も無視出来ぬファクターだったと思われる。

ここまで来れば本日の文脈はおよそ察しがつくだろう。つまりその人口増をささえたのがじゃがいもだったということだ。寒冷地ドイツで食糧の安定供給は簡単ではない。じゃがいもがこれを解決したことはとても大きい。もともと勤勉なドイツ人から飢えの不安を取り除いてやれば、国力の飛躍的な向上はさして不思議なことではなくなる。

2017年6月24日 (土)

線の一致

地名語尾の分布図を何枚か引用した。

地名の出現それ自体は点である。地名語尾の出現に濃淡の偏りがあることを直感として気づいていたが、これを客観的に捉えたくて、道路地図の巻末索引を頼りに図上にプロットした結果、分布が目に見えるようになった。

分布図には点の集合の結果、いくつかの線が確認できた。そうした線のいくつかが、方言分布地図に現れる境界線と一致する。

地名と方言に深い関係がある証拠である。地名は命名当時の現地方言を色濃く反映する。

2017年6月23日 (金)

イングとインゲン

道路地図の巻末索引を頼りに、地図上にプロットする作業は本当に楽しい。かれこれ80種の地名語尾についてやってみた。地名の数が少ないと散漫な結果になるにはなるのだが楽しさは無限だ。

地名語尾として「~のところ」を意味する「イング」と「インゲン」にも鮮やかなすみわけがある。ブラームスとの交流で名高い「マイニンゲン」も、アガーテと出会った「ゲッティンッゲン」もドナウ川の水源として名高い「ドナウエッシンゲン」も「インゲン」の仲間だ。

まずはそのインゲンの分布から。

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これは、先に話題にした「ザーレの東」には分布しないというパターンだ。ラインの西、ドナウの南と断言できないところもいわくありげで楽しい。まずこれをご記憶いただいたうえで「イング」の分布を示す。

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ミュンヘン近郊に分布する。バイエルン方言の分布と鮮やかにシンクロする。小麦ビールで名高い「エルディング」が思い浮かぶ。

2017年6月22日 (木)

スタートライン

先の日曜日に、千葉駅前コンサートがあった。屋根ありとはいえ屋外だ。おまけに雨模様だというのに、一切のハンデを感じさせぬ41代42代のデビューだった。

カルメンから「前奏曲」「ハバネラ」「ロマの踊り」というラインアップで立ち上がった。3年生が引退したばかり、新世代のスタート、クオリティ的には底だというのに、なんたるカルメン。先のスペシャルコンサート「フィンランディア」の合唱でサプライズを演じた1年生が立派な戦力として加わった。

先のスペシャルコンサートでも手助けいただいた頼もしいアルト歌手も駆け付けてくれてカルメンを歌入りだった。ふっかぶかの「ハバネラ」とノリノリキレキレの「ロマの踊り」。特に「ロマの踊り」のテンポ煽りは驚異的。通りすがりの通行人が熱狂的な聴衆にかわった。

なんたるポテンシャルだろう。

ここからは単なる推測だが、この子らの心の奥に、来春にせまったドイツがすでにあるのではないだろうか。バトンを引き継いだ時点ですでに加速を終えている、優秀なリレー走者のようだ。入部後たった2ヶ月の1年生を含むアンサンブルがこの水準となると、何か特別なモチベーションを感じざるを得ない。すぐに思い当たるのは来春のドイツ公演しかない。

記憶しておくといい。この子らがドイツ公演を終え、スペシャルコンサートのゴールにたどり着いたとき、先般の駅コンの演奏をしみじみと振り返るために。

«大胆過ぎる仮説

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