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2026年3月16日 (月)

各国の民謡

民謡ラブだったブラームスの関心がドイツ民謡にとどまっていなかったことを端的に示す作品群がある。

 

「愛の歌」op52と「新愛の歌」op65である。これらは「ピアノ4手に声楽四重唱」という特異な形態を採用しているのみならず、その声のパートが「任意」とされていることが目立つ。さらに全ての曲が事実上のレントラーで書かれている。レントラーはドイツの古い舞曲で、ワルツの原型とされている。

 

民謡という切り口から注目されるのはそのテキストだ。以下の通りドイツ以外の民謡の独訳版となっている。

 

<愛の歌op52>

 

    1. ロシア

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシア

 

    1. マジャール

 

    1. ポーランド

 

    1. ポーランド

 

    1. マジャール

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. マジャール

 

    1. マジャール

 

  1. マジャール

 

 

 

<新・愛の歌op65>

 

    1. トルコ

 

    1. (ハーフィス)

 

    1. ラトビアあるいはリトアニア

 

    1. シチリア

 

    1. ロシア

 

    1. スペイン

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ロシアあるいはポーランド

 

    1. ポーランド

 

    1. マレー

 

    1. ポーランド

 

    1. セルビア

 

    1. ロシア

 

    1. ロシア

 

  1. (ゲーテ)

 

もちろん独訳とはいえマレーシアがあるとは驚きだ。非常に多岐にわたる国々の民謡からテキストを採用しながら、旋律は全てレントラーというこだわりが感じられる。

 

 

 

 

2026年3月15日 (日)

アクセス解析のアキレス腱

もう90万アクセスの達成も時間の問題になってきた。自分のブログへのアクセス状況にはとても関心があるし、見ていて面白い。アクセスが増えるのは嬉しい。

 

一つだけ肝に銘じていることがある。

 

当たり前のことだが、アクセス解析はアクセスされたことの解析でしかないということだ。アクセスされない場合には解析のしようがないのだ。アクセスさえされれば、多彩多様な分析のツールも揃っているのだが、アクセスされないとどうにも出来ない。たとえば週に1000のアクセスがあるとする。見に来てくれた人たちは何らかのメリットを感じて来てくれている。ところが一度来て、「二度と見るものか」と思った人は来ない。つまりこの「二度と来るものか」と思った人の数が把握出来ないのだ。週間1000アクセスの影には「二度と来るまい」と思っている人が500人いるかもしれないのだ。好きを数えることは容易でも、嫌いを数えることは難しい。

 

自分のブログのどこがどう嫌われているかは、把握が難しい。短所を補う対策が打ちにくいということだ。

 

だからアクセス数ネタは、はしゃぎ過ぎに気をつけなければならない。

2026年3月14日 (土)

あの夏の誕生日

工事中 1997年7月27日

2026年3月13日 (金)

本来あるべき

工事中

2026年3月12日 (木)

レッスンには不向き

工事中

2026年3月11日 (水)

やっぱり凄いか

工事中

2026年3月10日 (火)

消去法

数種類の選択肢から1つを選ぶ際にしばしば用いれる方法。あかんモンを落として行って最後に残ったものに決めること。長所を決め手とせずに選ぶため消極的なイメージだが、現実にはかなり頻繁に用いられている。

中期以降に出現するピアノ小品群は、数曲の作品が一つの作品番号にまとめて出版されるのが常だった。インテルメッツォとカプリチオを仲良く4曲ずつ盛り込んで作品76として出版する際、その集合体に適当な名前がないものかとジムロックに相談を持ちかけている。ブラームス本人はそれらを「Klavierstucke」(uはウムラウト)と呼んでいた。

結局ジムロックも気の利いた名前を思いつくことが出来ずに、「Klavierstucke」の名前で出版された。いわば消去法である。このタイトルはop76にとどまらずop118とop119でも再び用いられる。

盛り込まれている曲は、ブラームスのピアノ作品の精髄のような作品だが、それらの集合体に割り当てられるタイトルには無頓着だったと考えられる。

聴き手の感じ方に必要以上に介入しない姿勢の裏返しとも感じれられる無味無臭のタイトルは、作品の内容で勝負するブラームスの思いが込められている。

 

 

 

 

2026年3月 9日 (月)

小道具としてのブラームス

小説で、映画で、テレビドラマで、あるいはCMでその場の情景をより印象的に伝えるために、ブラームスが用いられることがある。あるときにはブラームスの作品だったり、あるときには「ブラームス」という言葉だったりする。作家、監督、ディレクター、広告代理店の何らかの判断により、一定の効果を狙ってそこに置かれるという訳だ。

映画であれ、テレビであれ、一定のシーンのバックにブラームスの作品を鳴らしてその場の雰囲気作りに貢献させようという試みは古来から頻発している。「さよならをもう一度」「恋人たち」が代表的だ。聴き手がそこで流される音楽の作者を「ブラームス」と言い当てられなくても、効果は期待出来る。作者は誰であれ、その旋律が効果的だという、監督なり、ディレクターなりの判断がそこには存在している。場合によっては、旋律の流れこそが狙いであることもあり得る。「情景にピッタリの音楽を選んだらそれが、たまたまブラームスだった」というケースだ。

ところがこれが、小説での出番となると状況が変わる。音楽が実際に流れる訳ではないからだ。作家は自らの思いを描ききる小道具としてブラームスの名前を登場させるのだ。フランスの某女流作家に「ブラームスはお好き?」という作品がある。数多ある作曲家を差しおいて彼女は何故「ブラームス」を選んだのだろう。彼女の云う「ブラームス」は、1833年ハンブルグ生まれで1897年ウイーンにて没した私の愛するあのヨハネス・ブラームスのことであると決め付けていいのだろうか?

何故「モーツアルトはお好き?」でも「ショパンはお好き?」でも「ドビュッシーはお好き?」でもなく「ブラームスはお好き?」なのだろう。聞くところによればその「ブラームスはお好き?」には実際にブラームスが出てくる場面は少ないという。なのに作品のタイトルに「ブラームス」の名を躍らせた彼女の意図は何だったのだろうか?

世間に流布定着するブラームスのイメージを利用したのだろうか?だとすればその当時フランスにはどのようなイメージが流布していたのだろうか?

異国の小説とはいえ「ブラームスはお好き?」というタイトルは私個人にとっては、真ん中過ぎる。かわしようも、ごまかしようもない。小道具としては濃過ぎる。

2026年3月 8日 (日)

音楽科学文書交流協会

ローレンツ・クリストフ・ミツラーが1738年に創設した団体。作曲家を含む音楽家同志の情報交換を目的とした団体。定員20名らしい。1747年入会のバッハは14番目の会員。世話人だったミツラーの見立てで会員を招待していた。

先にテレマンやヘンデルが入会している。つまりバッハの入会優先順位はこれら二人より低いとも解し得る。単に「会員番号14」にこだわっただけということもある。

バッハは入会規定に従って、作品を提出している。「高き御空より我は来たりによるカノン風変奏曲」BWV769だ。これがもう、「フーガの技法」や「ゴールドベルク変奏曲」にも匹敵する力作だ。演奏の難易度においてバッハオルガン作品最高峰に押す向きも多い。作曲技法てんこ盛りなのに実際に聴いてみると単に美しいというよくあるパターンだ。

となると、テレマンやヘンデルが入会に際して、提出した作品を聴いてみたい。

 

 

 

 

2026年3月 7日 (土)

3を2で割る

8分の6という拍子がある。1小節の中に8分音符が6個だが、3個が二組と考えることが必須である。指揮をするときは1小節を2拍と取り扱う。いわゆる「2つ振り」だ。

 

以上のことを前提にブラームスの第一交響曲の第1楽章の主部「Allegro」のことを考える。人にもよるがこの部分2つ振りされる。1つの拍には8分音符を3個を感じねばならない。4分の2拍子にしておいて三連符を延々と羅列しても事情は似てくると思うが、断固区別せねばならない。おかげでこの第1楽章は交響曲伝統の「Allegro」を背負っていながら、スカーッと流れる楽想にはなっていない。「pesante」やシンコペーションの多用もそれに拍車をかける。

 

ところがブラームスは要所において、満を持して拍を2つに割るという挙に出る。340小節目のチェロ・バス・ヴィオラと、492小節のチェロだ。8分音符が3つ並ぶ1拍を2で割るということだ。小学生でも解る通り、「割り切れない」のだ。

 

1回目は294小節から始まった再現部への歩みがまさに頂点に到達する瞬間、他のパートに逆らって低弦が拍を2で割る。再現部はもう4小節後に迫っている。咳き込んで再現部になだれ込むのを今一度押しとどめる効果がある。この次の小節では「ドッペルドミナント」という瞬間まで用意されて再現部の到来に万全を期す方策の一つになっている。

 

2回目は474小節で頂点に達した音楽が冷めてゆく過程の中で起きる。その間ギャロップのリズムを刻んできたチェロが、静かに足を止める手順を形成している。事実上の「オートマチックリタルダンド」だと解し得る。3小節後に迫った「Meno Allegro」を自然に導くための準備である。

 

3を2で割るリズム的な半端感を用いて段落の切れ目を巧みにマーキングしているように感じる。しかも2回ともチェロが主役である。

 

お相撲の話を聞いたことがある。髷をきつく結い、まわしをきつく締める。体の両端2箇所をきつく締めることで体がキリリと引き締まり、信じられない力が出るのだという。

 

3を2で割るクリップが再現部の直前と「Meno Allegro」の直前計2箇所に置かれることで、第一楽章がキリリと締まっているような気がする。いわば髷とまわしだ。 お相撲のルールでは、髷はともかく、まわしがはずれたら負けである。

2026年3月 6日 (金)

日本の民謡

7月28日からブログ「ブラームスの辞書」は、事実上「民謡特集」を展開してきた。ブラームスが「Volkslied」に深い愛情を注いでいたことから、ドイツ民謡への知識を掘り下げたいと欲して、記事を連ねてきた。ドイツ文化の中の、ドイツ民謡を背景に据えてブラームスの民謡ラブを再点検したいと考えた。

 

その過程で少なからざる情報が入手出来たが、恥ずかしいことも起きた。ドイツ民謡についての知識を得ても、日本民謡と比較が出来ないことだ。50年以上日本人として日本語を使っているのに、日本民謡への知識は中学高校時代の音楽の授業の域を出ていない。

 

19世紀後半にドイツ人たちが民謡に注いだ愛情の濃さに比べ恥ずかしいばかりだ。私に日本民謡の知識があれば、それとドイツ民謡を比較するという角度から、少なくない本数の記事が書けるに決まっている。

2026年3月 5日 (木)

シューマンのネーニエ

「ネーニエ」は「Nanie」(aはウムラウト)と綴る。ブラームスのop82が名高い。友人の死を悼んで作曲されたものだ。テキストはシラーである。「Nanie」をドイツ語の辞書で引くと「ローマ風の挽歌」とある。れっきとした普通名詞だ。

 

実は先般買い求めて驚喜している「シューマン合唱曲全集」全4枚組の4枚目に「Nanie」がある。「女声三部合唱のための3つの歌」の1番だ。テキストはLudwig Bechsteinという人。バラと小鳥に囲まれた弔いの描写のように見える。

 

演奏時間2分にも満たない小品ながら心地よい。

2026年3月 4日 (水)

開戦6周年

音楽之社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻111ページ。ブラームスがリューゲン島で過ごした1876年夏の様子が友人のヘンシェルによって語られている。その中1876年7月15日の記述が興味深い。

ブラームスとヘンシェルの2人はリューゲン島のホテルでシャンパンを開けたとされている。その名目が「普仏戦争開戦6周年記念」だということになっている。たしかに普仏戦争の宣戦布告は1870年7月15日だったから、ちょうど6年目だ。2人は愛国的な話題でたいそう盛り上がったらしい。

ブラームスは当時を思い出して、「とりあえず女所帯だったクララのところに駆けつけよう」と思ったと回想する。開戦後プロイセンの旗色が悪かった時期、真剣に志願しようとしたとも言っている。形勢が逆転してくれて助かったと結ぶ。ヨーロッパ史的には、普仏戦争はプロイセンの圧勝だったのだが、個別の会戦では勝ったり負けたりだったということが裏付けられる。

プロイセン国内の報道では、負け戦も伝えられていてブラームスが心を痛めていたと判る。

2026年3月 3日 (火)

欲しいものリスト

2006年に刊行された「クラシックCD異稿・編曲の楽しみ」という本がある。有名作曲家9名を対象に、作品の異稿や本人または他者による別編成への編曲物のCDを紹介する内容。その中の第7章がブラームスのために割かれている。

 

いやはや興味深い。もう5年前の本だから、ここに載っていないCDを私が持っている場合もあるが、目から鱗のCDがザクザクと紹介されていて、身体に毒だ。本日は同書に紹介されているもののうち、私が所有していないものを列挙しようと思う。所有しているCDをネタにブログ記事が書かれるというケースは割とみかけるが、持っていないCDをネタにするのは少数派だろう。

 

    1. 交響曲第1番 第2楽章の初期稿

 

    1. ヴァイオリンソナタ第1番のチェロ版のト長調バージョン

 

    1. 二重協奏曲のチェロ協奏曲版

 

    1. 弦楽五重奏曲第2番の弦楽合奏版

 

    1. クラリネット三重奏曲 クラリネットをヴァイオリンに差し替え

 

    1. ホルン三重奏曲 ホルンをクラリネットに差し替え

 

    1. クラリネットソナタ第2番 管弦楽伴奏

 

    1. クラリネットソナタ フルート版

 

    1. クラリネットソナタ ファゴット版

 

    1. クラリネットソナタ サクソフォーン版

 

    1. シューマンの主題による変奏曲op9 管弦楽版

 

  1. インテルメッツォイ長調op118-2 ヴァイオリンとピアノ版

 

ため息ばかりだ。同書に紹介されているCD、持っているものが意外と多くて驚いた。上記の中には今となっては入手困難なディスクもあるから、気長に探そうと思う。

 

 

2026年3月 2日 (月)

お宝ブックレット

CDの作品解説が載っているブックレットには、しばしば貴重な情報が書かれている。昨日の記事「初期型2楽章」で買い求めたCDもお宝ブックレットだった。日本語は無し、独仏英の三ヶ国語なのだが、そこにブラ1初演のポスターの写真が掲載されていた。プログラムが全てわかる。第一交響曲の前に某歌手によって「五月の夜」op43-2が歌われていた。現代ではありえぬ取り合わせだ。

 

もっとサプライズがあった。各楽章が以下の通り表現されている。

 

    1. Sostenuto-Allegro

 

    1. Poco Adagio

 

    1. Allegretto Grazioso

 

  1. Adagio-Allegro con brio

 

唖然とはこのことだ。これを現行の楽章と比較する。

 

    1. Un poco sostenuto-Allegro

 

    1. Andante sostenuto

 

    1. Unpoco allegretto e Grazioso

 

  1. Adagio-Piu andante-Allegro non troppo ma con brio

 

全楽章が現行とは違っていた。何だかとても繊細。ブラームスがこういう言葉尻にこだわっていたことが良くわかる。

 

 

2026年3月 1日 (日)

喉から手

欲しくて欲しくて仕方ない物に対して「喉から手が出るほど」と形容されることがある。

毎度毎度のブリリアント社さんの仕業が悩ましい。ブラームスの独唱曲二重唱曲全集が出ている。12枚組で6000円ほど。収録されている曲は既に殆ど持っている曲ばかりなのだが、12枚のディスクのうち1枚が超お宝だった。「28のドイツ民謡」WoO32が収められているのだ。これは未入手だ。「49のドイツ民謡集」WoO33はCDの種類も豊富だが、こちらはなかなかみかけない。この28曲欲しさに6000円の出費は、いかにも痛い。思い切って購入した後にのこのこバラ売りでもされたらと思うと、手が出ない。

耳から手が出そうだ。

2026年2月28日 (土)

奥の手としての譜例

ブログ「ブラームスの辞書」には譜例の掲載がない。理由は簡単で私にそのテクが無いだけの話だ。書籍にしろサイトにしろ、およそ音楽の情報発信が目的であるなら、譜例はあるに越したことは無い。こちらの言いたいことが伝わる確率が、飛躍的に高まる。

 

今は文章や記事の配置に工夫をすることでお茶を濁しているが、2033年5月7日までの継続を考える時、譜例を扱えた方がいいに決まっている。

 

実際の話、譜例を掲載出来ないがために、言及を諦めているネタは少なくない。数十本はある。

 

いよいよ記事のネタに困ったら譜例を何とかすれば、記事が数十本稼げるということだ。埋蔵金の地図を持っていると考えたい。

2026年2月27日 (金)

長靴を投げる

むかし某国の大統領が訪問先での会見中に、記者から長靴を投げつけられるという事件があった。大きく報道されたからご存知の方は多いはずだ。

 

どうも当地では、「長靴を投げつける」という行為は侮辱的なニュアンスがあるとも聞いている。投げた記者はその後どうなったのだろう。

 

さてさて、大いびきの犯人ブラームスは、寝不足気味のルームメートに「それなら、長靴でもぶつけて起こしてくれればよかったのに」とのたまったらしい。被害者ヘンシェルの証言が音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻に載っている。

 

いびきの被害は甚大だったが、「長靴をぶつけるなんぞとんでもない」と恐縮するヘンシェルが微笑ましい。この場合の「長靴をぶつける」には、先の「長靴を投げる」にあったようなニュアンスが含まれていたのか興味は尽きない。

 

 

2026年2月26日 (木)

君主の愛奏曲

今上陛下の愛想曲が、もしかしてこれならかっこいい。

ブラームス、ヴィオラソナタ第1番と第2番。もちろんクラリネットソナタの改訂版。

どちらか、でもいい。

2026年2月25日 (水)

夢は奏覧

それから、もう一つある。

「ブラームスの辞書」だ。これを奏覧させたい。

今上陛下の、心の中に。

2026年2月24日 (火)

君主の楽器

そもそも、今上陛下の楽器ヴィオラは、そうとう嬉しい。

自分の楽器を選んだ時からだ。

 

2026年2月23日 (月)

陛下の楽器

君主の楽器のうち、我が君主の楽器のようにヴィオラを選ぶ人はどれほどいるのだろう。

ピアノの楽器を選ぶ人はそこそこ居る。

ヴィオラをキャイーンを、選ぶ人は何に人おるんだ。

今上陛下の楽器がヴィオラだというだけで相当嬉しい。

 

 

 

 

2026年2月22日 (日)

タールベルク

Sigismund Thalberg(1812-1871)はスイス生まれのピアニスト。1歳年長の「ピアノの魔術師」ことフランツ・リストに対抗出来る唯一のピアニストと評されている。当時のパリではタールベルク派とリスト派に分かれて、ちょっとした勢力争いがあったらしい。

もちろん。ピアノのための作品も数多く残している。自らのテクニックを効率的に披露することに主眼が置かれたヴィルトゥオーゾ特有の作品群だ。

両手の親指で旋律を歌わせ、残った指でその周辺に華麗なパッセージを配する奏法を編み出したとされている。いわゆる「3本の腕」奏法だ。ブラームスの作品のいくつかにもそうした例が見られる。

1847年11月27日だから、ブラームスは、あるヴァイオリニストの演奏会に出演した。そこで演奏したのがタールベルクの作品「ベッリーニの歌劇ノルマのモチーフによる大幻想曲と変奏曲」だった。14歳の少年としては意欲的な選曲だ。この1週間後の演奏会でもタールベルクの作品が取り上げられているから、ピアノの腕前に相当な自信があったと解さざるを得ない。

 

2026年2月21日 (土)

検定

世の中何かと検定ばやりである。英語検定に漢字検定、ご当地検定まであって退屈しない。個人の能力を公的に認知承認しようという意図だと思う。

ブログ「ブラームスの辞書」としては当然の展開として「ブラームス検定」を想定しなければならない。どこかがブラームス検定でもやってくれないだろうか。

<伝記的事項の知識の量と正確さ>

    1. 生い立ちと経歴
    2. 家族
    3. 交流関係
    4. 主要作品の成り立ち

<作品に関する知識の量と正確さ>

    1. 独奏ピアノ曲
    2. 連弾ピアノ曲
    3. オルガン曲
    4. 独唱歌曲
    5. 重唱曲
    6. 合唱曲
    7. 管弦楽曲
    8. 交響曲
    9. 協奏曲
    10. 室内楽曲

<愛着>

といったところが、問題の骨子になると予想する。個人的にはディスコグラフィーの丸暗記が必要な問題と実演奏は免除してもらいたい。

3番の「愛着」は設問が難しい。また1番2番との得点配分も難題である。1番と2番の筆記試験はからきしでも3番だけは並以上というケースが無いとは言えまい。きっと私もそうだ。「気合い枠」でも設けてもらいたいものである。

「ブラームスの辞書」は検定の受験者のまたとない参考書になればいいと思っている。

2026年2月20日 (金)

検定問題の答え

記事「私家版ブラームス検定」で公開した問題の回答だ。私が個人的にひねり出した句から下敷きとなった作品名を当てるのだから、作品や伝記的事項についての知識に加え、私とのイメージのシンクロまで求められる。

  1. イ長調テネラメンテがよく似合う インテルメッツォイ長調op118-2
  2. 灰色の真珠と言って誉められた インテルメッツォロ短調op119-1
  3. パガニーニ俺にも主題使わせろ パガニーニの主題による変奏曲op35
  4. ドッペルで昔の仲に戻りたい ヴァイオリンとチェロのための協奏曲op102
  5. 千秋クン舐めちゃいかんと叱られた 交響曲第1番ハ短調op68
  6. 濡れながら「雨の歌」など聴いてみる ヴァイオリンソナタ第1番ト長調op78 
  7. 我が恋は緑とばかりフェリックス 歌曲「我が恋は緑」op63-3
  8. カデンツァはヨアヒム君に任せてる ヴァイオリン協奏曲ニ長調op77
  9. 誕生日アルプスの歌贈ります 交響曲第1番ハ短調op68
  10. ラプソディや三女ユーリエ嫁に行く アルトラプソディーop53
  11. 野に一人ありてヘ調の揺るぎなし 歌曲「野のさびしさ」op86-2
  12. マルクセンお礼にピアノコンチェルト ピアノ協奏曲第2番変ロ長調op83
  13. 結末にパッサカリアを置いてみる 交響曲第4番ホ短調op98
  14. 五重奏元は2台のピアノです ピアノ五重奏曲へ短調op34
  15. サラサーテ趣味が無いのはあんたでしょ ヴァイオリン協奏曲ニ長調op77
  16. 遺言の代わりに四つ書いてみた 4つの厳粛な歌op121
  17. 序奏だけ実は後から付け足した 交響曲第1番ハ短調op68
  18. 左手で弾いてみてよとニ短調 左手のためのシャコンヌニ短調
  19. もしかしてアガーテの名が隠れてる 弦楽六重奏曲第2番ト長調op36
  20. 世界初これドイツ語のレクイエム ドイツレクイエムop45

<判定の部>

  • 全問正解 出来れば一献ごいっしょさせていただきたい。
  • 19問正解  正解できなかった1問がどれなのか教えてください。
  • 15~18問正解 凄いですよ、十分。
  • 10~14問正解 世の中ブラームスだけが作曲家じゃないですからね。 
  • 5~9問正解 普通の常識人はこのくらいじゃないですか。
  • 0~4問正解 私の句が拙いせいでしょう。

2026年2月19日 (木)

私家版ブラームス検定

12月29日の記事「検定」で「誰かブラームス検定でも創設しないものか」と書いた。横着はせずに自分で作ることした。

2007年1月1日の記事「ブラームスいろはガルタ」の中にはブラームスの特定の作品を想定して歌われた句がある。その句を読んで想定された作品を当てるという問題だ。全部で20問ある。タイトルのみ回答すれば初級。作品番号までコンプリートなら上級だ。

  1. イ長調テネラメンテがよく似合う
  2. 灰色の真珠と言って誉められた
  3. パガニーニ俺にも主題使わせろ
  4. ドッペルで昔の仲に戻りたい
  5. 秋クン舐めちゃいかんと叱られた
  6. 濡れながら「雨の歌」など聴いてみる
  7. 我が恋は緑とばかりフェリックス
  8. カデンツァはヨアヒム君に任せてる
  9. 誕生日アルプスの歌贈ります
  10. ラプソディや三女ユーリエ嫁に行く
  11. 野に一人ありてヘ調の揺るぎなし
  12. マルクセンお礼にピアノコンチェルト
  13. 結末にパッサカリアを置いてみる
  14. 五重奏元は2台のピアノです
  15. サラサーテ趣味が無いのはあんたでしょ
  16. 遺言の代わりに四つ書いてみた
  17. 序奏だけ実は後から付け足した
  18. 左手で弾いてみてよとニ短調
  19. もしかしてアガーテの名が隠れてる
  20. 世界初これドイツ語のレクイエム

2026年2月18日 (水)

買うんじゃなかった

後悔の話。バッハ、バイオリンソナタ第4番ハ短調BWV1017の楽譜ほしさに、インターナショナル社の楽譜を購入した。全6曲が2冊に分かれて12000円強だった。大好きな4番のためとはいえ、全曲そろえる必要があったかなかったか。

買い求めたインターナショナル社の楽譜には、特有の癖がある。どうしたものかと思案する中から、必要に応じて写譜という結論になった。

やっぱりヘンレの原典版の良さ、ページの見開きの良さ、段の割り付けの手際ばかりが目立った。

「必要に応じて」などと言っているうちに、全4楽章を写譜してしまった。

はじめからヘンレのヴァイオリン版をオクターブ下げる写譜をしておけばよかった。

2026年2月17日 (火)

子供たちの肖像

ブラームスのドイツレクイエムの下地となった作品を探していて、うれしい発見があった。ドイツレクイエム第4曲「Wielieblich sind deine Wohnungen」にヨハン・ローゼンミューラー(1617-1684)が付曲した代物を収めたCDだ。ローゼンミューラーさんはバッハ出生の前年に没している人だ。

 

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ご機嫌なジャケット。グスタフ・アドルフ・シュパンゲンベルクという人が1866年に描いた「ルターと家族」という作品。楽器を持っているのはルター本人だ。奥様は描かれていないが、ルターの6人の子供の内の4人とみていい。

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年2月16日 (月)

ローゼッガー

ペーター・ローゼッガー(Peter Rosegger1843-1918)はオーストリアの国民的小説家だ。ブラームスとほぼ同時代を生きた。ブラームスお気に入りのシュタイヤーマルク地方出身だ。代表作「森の故郷」はブラームスお気に入りで、クララへの誕生祝の品に選ばれたこともある。

1885年8月30日ブラームスはクリークラーハのローゼッガー邸を訪問する。ミュルツシュラーク滞在中のブラームスが、10kmの道のりを徒歩で駆けつけたのだ。応対に出たローゼッガーは、まさかブラームス本人とは知らず、そっけない対応でお茶を濁した。後で気付いて狼狽したというエピソードが音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻の239ページに載っている。ローゼッガーはこの一連の失態をブラームスの死後、「見知らぬ客」というタイトルのエッセイにして発表したと書いてある。

このほどついにその全訳を発見した。音楽之友社刊行「ふたたびウィーンはウィーン」という本の137ページだ。

いやはやローゼッガーの落胆は半端ではない。その中で彼は凄いことを言っている。妻がブラームスのソナタを弾いたと言っている。ピアノソナタと考えるのが自然だが、ピアノの腕前が相当なモンだ。さらに息子もブラームスを弾いたし、娘はブラームスを歌ったと書いている。凄い家族だ。

 

 

2026年2月15日 (日)

ヴィオラのための12のファンタジー

先般の自室整理で在宅勤務の痕跡を消し去る主目的以外に、想定外の収穫があったのが楽譜の整理である。

テレマンの12のファンタジーが出てきた。Viola用とある。

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ヴァイオリンのための12のファンタジーの「5度下げヴィオラ版」かと色めき立ったが、違った。「ヴィオラダガンバのための」と小さく書いてある。以下目次。

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バッハのガンバソナタがヴィオラの重要なレパートリーになっていることを考えると納得がいく。

バッハに疲れたらテレマンでも弾こうかと思わせるに十分だ。

 

 

«5度下編曲

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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