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2026年6月10日 (水)

ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲

1896年2月1日。ブロニスラフ・フーベルマンの演奏に感激したブラームスは、楽屋を訪れてフーベルマンを祝福した。ブラームスの感動はよほどのものだったと見えて「ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲」の作曲を約束した。

 

ブラームスの作曲活動は夏だ。ウィーンを離れてお気に入りの避暑地で筆を進めるのが常だった。1896年の夏はイシュルだ。フーベルマンとの約束を果たすとすればそこしかない。ところが1896年5月20日クララ・シューマンが没する。失意のブラームスは、イシュルに戻ったものの「オルガンのための11のコラール前奏曲」の作曲にとりかかる。同時に体調不良が露見してしまうのだ。

 

ブラームスにとって最後のイシュル滞在となってしまった。だからフーベルマンとの約束を果たすことが出来なかった。

 

「ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲」というコンセプトは、恩師ロベルト・シューマンに前例がある。1875年1月10日の楽友協会芸術監督だったブラームスは、演奏会の曲目に取り上げており、この作品についてヨアヒムやクライスラーと突っ込んだ意見交換をしている。これがフーベルマンとの約束とどう関係するか判らぬが、裏の裏で繋がっていそうな気がする。

2026年6月 9日 (火)

明治のドイツ語

明治の文豪の日記を原文で読むとすると、相当な覚悟と知識が要る。ネット上のブログを気軽にというノリでは追いつかない。100年以上前ともなると同じ日本語とはいえ別物と心得ねばならない。

ブラームスが友人たちと交換した手紙や、ブラームスの人物に関する貴重な証言になっている知人たちの日記は、「明治のドイツ語」であることは確実だ。ブラームスについては日本語で読める資料に恵まれているが、翻訳の過程でそのことが希釈されていると考えねばならない。

当時のドイツ語は現代のドイツ人たちの目にはどういう具合に映っているのだろう。我々が森鴎外の日記に格闘するのと同等の難解さがあるのだろうか。

地域によるドイツ語の違いを方言と称して研究の対象にしてきたが、地域差とともに時間差も考慮しなければならないと感じる今日この頃だ。

2026年6月 8日 (月)

ジムロック社の斜陽

1927年ブラームス没後30年で訪れたブラームス作品の著作権保護期限切れにより、ブラームス全集がブライトコップフ社から刊行されることになった。ブラームス作品の出版におけるジムロック社の独占体制の崩壊だ。ブラームスの友人にして財産管理人でもあったフリッツジムロックの孫の世代になる。

 

ジムロック社側の受けた影響は深刻だったと見えて、経営難に陥る。ドル箱のブラームスを失った穴埋めが簡単ではなかったことも一因とされている。

 

独占版元たるジムロック社には、ブラームス自筆の版下原稿が保存されていたのだが、経営難により売却の挙に出た。だから現在でもブラームス作品の自筆譜は世界中に散在している。マッコークルの自筆譜所在リストはかなりな厚みになっているのはそのせいだ。個人蔵も少なくない。

 

生活苦のため父バッハからの相続された貴重な自筆譜を処分した長男ウイルヘルムフリーデマンバッハの例と酷似している。つまり大作曲家の自筆譜にはかなりな資産価値があるということだ。

 

 

 

 

 

 

2026年6月 7日 (日)

半音進行

一つの声部が半音隣の音に移ることとでも申しておく。たとえば上行形「H→C」「E→F」下降形「E→Es」「H→B」という具合である。本当にこの認識でいいのだろうか。

 

「C→D」のような全音の進行に比べて、とっておき感、有り難味あるいは奥の手感が高いと感じる。かと言って過度の使用は逆効果で、調性感の逸脱や破壊にもつながる危うさを秘めている。ブラームスが生きたロマン派末期は、この点で紙一重のところを行く作品が数多く生まれた時代だ。和音の塊を半音階に沿って動かす輩まで現われた。

 

ヴィオラ弾きにとって至高の半音進行が第1交響曲に存在する。第4楽章70小節目、歓喜の歌との噂が取り沙汰される例の主題の中の出来事だ。「H→B→A→Gis」と続く3度の半音下降は「おいしさ」「有り難味」という点で屈指の場所だ。何せ旋律の第一ヴァイオリンそっちのけでヴィオラに指示をくれる指揮者も多い。ファゴットとのユニゾンであることなんか忘れているヴィオラ弾きが後を絶たない。残念ながら2回目194小節目は第2ヴァイオリンとユニゾンになってしまうので有り難味が減じられてしまう。ヴィオラやっててよかったと感じる出番である。

 

一方第4交響曲には、上記と同じく「H」を起点とする、夢のような上行の半音進行がある。第2楽章92小節目だ。第一ヴァイオリンとオクターブで重ねられているのが残念と言えば残念だ。いわゆる再現部の第2主題第2句。「E→Fis→Gis→A→Gis→Fis」と動くチェロの対旋律「H→His→Cis」である。「H」のシャープつまり「His」になっていて「Cナチュラル」でないところに深い味わいがある。この場所に先立つ88小節目は、第4交響曲全体の白眉を形成する第二主題の再現だ。生涯最後の「poco f espressivo」が置かれ、提示部に比して明らかに厚みを増した書法により、圧倒的な説得力を獲得している。鬱蒼たる弦楽器のうねりから立ち上る濃厚な半音進行である。

 

ブラームスは長短両面を熟知した上で、必要最小限を的確に使用することが望ましいと考えていた形跡がある。乱用を許さぬブラームスが、あえて配置した半音進行は、どの楽器にとってもおいしい場所になっていることが多い。

2026年6月 6日 (土)

昔の気温

北緯50度のラインガウでブドウが作られていること自体大きな驚きなのだが、調べていると、もっと北でも栽培されていた記録もあったとされている。ブラームスの故郷ハンブルクの周辺や、シュレスヴィヒホルシュタイン州などの北海沿岸でも栽培されていたらしい。ほとんど北緯54度付近である。

 

どうも近世の始め頃まで、ドイツの平均気温は今より2度ほど高かったらしいのだ。どんな品質かは不明だが、ワインも造られていたに決まっている。

 

一大転換期となったのが30年戦争だ。平たく言うと宗教改革の激震後の最大の余震とでもいうのかもしれない。カトリック対プロテスタントの宗教戦争で、小邦乱立のドイツが周辺各国の思惑に蹂躙されたと解し得る。

 

外国の軍隊が「現地調達」という名の略奪を繰り返す。ワインは略奪目的の中心的存在だったが、同時にブドウ畑もあらされて疲弊した。ドイツ全土でこういうことが起きた。

 

1648年ウエストファリア条約で平和が訪れた際、ブドウ畑が復活した地域としなかった地域に分かれた。このとき復活した地域だけが現在のワイン産地になっている。既にドイツの気温は下がり、ブドウが栽培できない地域が北部を中心に広がってしまったということだ。

2026年6月 5日 (金)

Bluetooth

今や珍しくもない機能。

ワイヤレスマウスとパソコンの接続など、知らんうちに使ってもいた。

マイカーの更新でCDが車内で再生できない事態に対処するため常用CDをUSBに取り込んだ。USBをマイカーのソケットに差し込んで、画面で操作する。この画面はタッチパネルで非常に使い勝手がいい。一方で、USBを手持ちのCDプレイヤーで聴こうと思うと、ディスプレイやリモコンなどの操作に限りがあり、なかなか狙いの曲にたどり着かない。

先般、パソコンの設置に来てくれたプロに聴いてみると「USBをパソコンで操作し、音はブルーチュースでステレオに飛ばせばいい」とアドバイスされた。取説片手に試みると案外簡単に実現した。在宅スペースと寝室どちらのステレオとも接続できた。

お目当ての作品にたどりつくため、USBの中は複雑なファイル構成になってもいるが、パソコン上でなら一目瞭然だ。狙いの作品をパソコンで、指定して再生するとどうだろう。寝室とデスクどちらのスピーカーからの再生も思いのままだ。

マイカーでCDが聴けないという大課題の解決方法として始まった常用USB化だが、自宅の再生環境をも劇的に向上させる結果となった。

何を今更な話。

 

 

2026年6月 4日 (木)

目次

どこにどんな記事が載っているかを記載した早見表。大抵は巻頭に置かれている。書店の店頭でタイトルに惹かれた読者が、次に参照する場所としては筆頭格だろう。書物の中身が手際よく要約されていると考えてよい。

 

ところが私の著書「ブラームスの辞書」には目次がない。「ブラームスの辞書」はブラームスが楽譜上に記した音楽用語をアルファベット順に羅列して意味と用例に考察を加えるという体裁だから、目次は以下のようにならざるを得ない。

 

    • A・・・・・・  3ページ

 

    • B・・・・・・ 53ページ

 

    • C・・・・・・ 59ページ

 

    • D・・・・・・ 72ページ

 

    • E・・・・・・ 87ページ

 

    • F・・・・・・ 94ページ

 

    • G・・・・・・133ページ

 

    • H・・・・・・なし

 

    • I・・・・・・・136ページ

 

    • J・・・・・・なし

 

    • K・・・・・・142ページ

 

    • L・・・・・・142ページ

 

    • M・・・・・・159ページ

 

    • N・・・・・・200ページ

 

    • O・・・・・・なし

 

    • P・・・・・・203ページ

 

    • Q・・・・・・337ページ

 

    • R・・・・・・339ページ

 

    • S・・・・・・344ページ

 

    • T・・・・・・379ページ

 

    • U・・・・・・385ページ

 

    • V・・・・・・391ページ

 

    • W・・・・・394ページ

 

    • X・・・・・・なし

 

    • Y・・・・・・なし

 

  • Z・・・・・・394ページ

 

という具合になる。これはこれで、面白い情報ではある。全400ページのうち「P」の項目だけで134ページを占めている。実際の執筆も「P」がとても大変だった。逆に「P」が終わった後は「S」が少々多かっただけで、勢いで終わりまで行ってしまった。

 

「ブラームスの辞書」の出版は、書きたいこととページ数上限の綱引きだった。目次はその綱引きの負け組だったのだ。これだけの情報でも貴重な1ページを割くことになるため、カットした。譜例でさえ泣く泣くカットしているのだから、目次なんぞハナから載せる気はなかったのだ。アルファベットと数字が踊るだけの目次の優先順位はけして高いものではなかったということだ。

 

 

2026年6月 3日 (水)

ベヒシュタイン

1853年ベルリンで創業のピアノメーカー。古来名手たちの帰依を勝ち取ってきた。

私は都内の某会館で見たことがある。2階のホールに置かれていると申せば、聞こえはいいが、実態は無残なものだ。事実上喫煙所の中に放置されている状態だ。あの様子では弾かれることもないだろうし、手入れも怪しいと思われる。今どうなっているのだろう。

1881年11月9日ピアノ協奏曲第2番がブラームス本人のピアノ独奏によりブダペストで初演された。この次の演奏は11月22日のシュトゥットガルトだ。これに向けて友人のグリムにピアノの確保を依頼する。この中でブラームスがスタインウエイかベヒシュタインを所望したことが明らかとなっている。

さらにシュトゥットガルトに次ぐ11月27日のマイニンゲンではベヒシュタインを弾いた。

ベヒシュタインがコンサート用のグランドピアノのファーストチョイスに入るということだ。

2026年6月 2日 (火)

大司教

ドイツ語で「Erzbischof」と綴る。ドイツには3名の大司教がいる。マインツ、トーリア、ケルンだ。ドイツにおけるカトリック信仰の拠点である。3名とも選帝侯に列せられている。

特にマインツは、カール大帝がドイツのキリスト教化のために最初に設置した司教区だ。アルプス以北における教皇の代理人の地位にある。

大司教から「大」が脱落した「司教」になると綴りも「Bischof」になる。大司教と違ってあちこちに司教がいたから、これが地名になることも多かった。

 

 

2026年6月 1日 (月)

聖ラファエル

本日10月24日は「聖ラファエルの日」だ。大天使ラファエルのことである。同じ天使仲間のミカエルやガブリエルに比べて目に触れる機会が少ないような気がする。けれどもブラームスの民謡の中にそのものズバリの「聖ラファエル」がある。記事「フルーレ・ジャック」で取り上げたWoO34-7である。

彼は旅人たちの守護聖人でもあるのだが、肝心なテキストにはそのことは現れない。

「怪我や病気で苦しいから何卒ご加護を」とただひたすら祈る曲調だ。

2026年5月31日 (日)

「愛の歌」の編曲

ワルツ「愛の歌」は作品番号52を背負うブラームス重唱作品の代表だ。全部で18曲の可憐なワルツの集合体である。

ソプラノ、アルト、テノール、バスにピアノ連弾という特殊な編成は小さなサークルとりわけ家庭での楽しいひと時のために供給されたかのように見える。マッコークルの作品目録に記されているだけでも以下の通り様々な形態に編曲されていることからも、さまざまなニーズの存在を推定出来る。

  1. 四重唱とピアノ連弾 これがオリジナルだ。
  2. ピアノ連弾 オリジナルから重唱が抜かれた代物。
  3. 四重唱とピアノ独奏
  4. 四重唱と小管弦楽 フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンと弦楽5部。ただし3番、7番、10番と12番以降は除かれて、後に新・愛の歌の9番になった曲が加えられている。木管五重奏プラス弦楽合奏だ。ここまでがブラームス本人による編曲である。
  5. ピアノ連弾とヴァイオリン、チェロ。
  6. ヴァイオリンとピアノ。
  7. フルートとピアノ。
  8. フルートとヴァイオリンとピアノ。2本のフルートでも可能とされている。ヴァイオリン2本とピアノでも当然演奏されただろう。
  9. 2つのヴァイオリン。
  10. 弦楽四重奏または弦楽合奏。
  11. ピアノ6手用。1台のピアノを3人で弾くのだ。
  12. ピアノ独奏。

さすがウィーンだとため息が出る。出版年は1869年だ。お気づきの方も多いと思うがこれはハンガリア舞曲第1集第2集出版の翌年である。ベストセラーになったハンガリア舞曲の2匹目のドジョウを狙ったと勘繰られても仕方が無いタイミングである。おそらくハンガリア舞曲を先を争って買い求めた層が主たるターゲットだったと思われる。

2026年5月30日 (土)

Traces to Nowhere

工事中

2026年5月29日 (金)

次点五人囃子

工事中

2026年5月28日 (木)

団体の部

工事中

2026年5月27日 (水)

シェリング秘話

工事中

2026年5月26日 (火)

カールリヒター

工事中

2026年5月25日 (月)

やはりはずせぬ

アメリンク

2026年5月24日 (日)

選考事情あれこれ

工事中

2026年5月23日 (土)

私の13人

工事中

2026年5月22日 (金)

ギガバイトランキングの弱点

工事中

2026年5月21日 (木)

ブラ1火の鳥

学生オケには、様々な話が代々言い伝えられていることが多い。私が入団した頃、先輩たちの間でしきりに話題になっていたのが「ブラ1火の鳥」だった。数年前の演奏会のプログラミングのことだった。

 

「火の鳥」とは申すまでもなくストラヴィンスキーのあれである。同じ演奏会で「火の鳥」とブラームスの第1交響曲が演奏されたと言うことを指している。語り草なのが、演奏の出来映えなのか、プログラミング上の気合いなのか判然としないが、当事者たちの真剣度だけは伝わってきた。

 

よく調べると、他にもあっチャイコフスキーの第5交響曲と、ブラームスの2番が同じ演奏会で取り上げられたこともあったようだ。意欲云々より体力が心配になるが、そこは大学生である。むしろどういう順序で演奏されたのか興味深い。

 

私が所属した4年間で、今考えてもっとも意欲的と思えるプログラミングは、ブルックナーの第4交響曲「ロマンティック」と、ドビュッシーの交響詩「海」の組み合わせだと思う。ヴィオラを始めて2年目の私は、「海」が苦手だった。夏休み前にスコアを与えられて、パート譜を写譜で作成した記憶がある。今でもそのパート譜を大切に持っている。著作権どうしていたのだろう。

 

こうでもしないと我がブログでドビュッシーやストラヴィンスキーが話題になることはない。

 

 

2026年5月20日 (水)

シンメトリーの多面性

もっぱら「対称性」と解されて疑われぬ言葉だ。我がブログ「ブラームスの辞書」もときどき「シンメトリー」というキーワードで検索される。アクセスが増えるのは歓迎なのだが、実は少し落ち着かない。

 

シンメトリーと一口に申してもいろいろ種類がある。中学校でさえ既に「線対称」「点対称」と2種類を習う。線を折りたたむか点を中心に回転させるかである。何が基準かによって対称になったりならなかったりするのが普通だ。

 

だからである。「シンメトリー」でブログ「ブラームスの辞書」にたどり着く人が、どんなシンメトリーを想定しているか解らないことが落ち着かない理由である。

 

ブラームスの作品はしばしばバッハとともに「シンメトリー」という切り口での議論の対象になることが多い。落ち着かないとばかり嘆いていないでそれらを整理することにした。

 

<旋律のシンメトリー>このパターンは楽譜上の音符の配置を考えると明らかになることが多い。

 

    1. 旋律が「ドレミレド」と動けば。ミを中心としたシンメトリーと解される。ブログ「ブラームスの辞書」が「ブラームスターン」と名付けた「CHC」の音形もこの一種だ。

 

    1. 旋律が「ドレミ」と動き、バスが「ドシラ」と動けばこれも「ド」を中心としたシンメトリーと解される。バッハの「鏡像フーガ」はこの典型だ。

 

  1. 第2交響曲第4楽章の第1主題第2句は、提示部と展開部で鏡像を成す。同時ではないがシンメトリーだ。第1交響曲第1楽章第一主題と小結尾主題もまた鏡像関係にある。という具合に実例はいっぱいある。

 

<調のシンメトリー>

 

    1. フラット3個の短調であるハ短調と、シャープ3個の短調である嬰ヘ短調は、どちらもクララに関係がある。イ短調を中心としたシンメトリーを形成する。

 

    1. 同様にフラット2個のト短調と、シャープ2個のロ短調をシンメトリーと見るとき、2つのラプソディーop79はピタリとこの調関係にある。

 

  1. 第一交響曲は第2楽章がホ長調でシャープ4個、第3楽章は変イ長調でフラット4個だ。つまりこれも調号無しのハ長調を中心としたシンメトリーだ。

 

<形式のシンメトリー>

 

    1. ドイツレクイエム全7曲は第4曲を中心としたシンメトリーと解されることが多い。

 

  1. ブラームスのピアノ小品ほとんどが採用する三部形式自体がABAというシンメトリーと解し得る。

 

これらのうちのどの話がしたいのか、実際の客人であるなら真っ先にお尋ねするところである。

2026年5月19日 (火)

ppの使い分け

「ハイドンの主題による変奏曲」op56の話をする。

主題に8つの変奏曲が続き、最後にパッサカリアのフィナーレで締めくくられる。8つの変奏のうちの5番目と8番目は何かと共通点が多い。

まずは全体を支配する雰囲気。薄明かりの中を妖精が飛び回っているかのようだ。基本のダイナミクスは「pp」だ。断固「pp」である。第5変奏では時折「f」になることもあるが、1小節と持たずに「pp」に崩れ落ちる。以下の通り他にも共通点が多い。

  • 「B-A-B」という音形で立ち上がる。

 

 

  • 「8分音符6個」切り口を軸に、4分の3拍子と8分の6拍子もてあそぶ感じ。

 

 

 

  • 曲の最後には弦楽器のピチカートが現れてけじめをつける。

 

 

相違点ももちろんある。調性は変ロ長調と変ロ短調になっている。発想記号は「Vivace」と「Presto non troppo」だ。第8変奏側にのみ弦楽器が弱音器を装着する。

もっとも興味深い相違点は、第5変奏の方には全編に「leggiero」がちりばめられているのに、第8変奏には全く現れないことだ。「ブラームスの辞書」執筆に先立つブラダス入力中に気付いた。どちらも薄明かりのような曲想だが、「leggiero」の配置についてブラームスが確固たる考えを持っていたことは確実である。

2026年5月18日 (月)

posthum

「死後に刊行された」という意味の形容詞だ。しばしば「post.」と略記される。作品番号付きの楽曲では唯一122番の「オルガンのための11のコラール前奏曲」がこれに該当する。ブラームスが没したとき、マンディチェフスキーの手許にただちに印刷に回すことが可能な状態の原稿があったのだ。それが1902年になって刊行されている。ブラームス本人に出版の意思があったために、作品番号が与えられたというわけだ。

マッコークルはこの辺りの事情に配慮して「op posthum 122」と標記している。

しかしむしろこのケースは例外だ。WoOという記号が付与されることで体系化されている作品番号無き作品群は、生前の刊行か、死後の刊行かで意味が大きく変わる。

生前の刊行はブラームス本人の承認済みということになる。死後の刊行は、本人に出版の意思が無かった作品も混入してしまう。

先ごろ買い求めたオックスフォード大学出版部刊行の「ドイツ民謡集」はWoO34とWoO35の集合体だが、WoO35は死後の出版である。マッコークルは「WoO posthum35」と標記して、その事実をサラリとかつ明確に告知している。

 

 

2026年5月17日 (日)

40年の歳月

ドヴォルザークの交響曲第8番にジムロックが提示した値段1000マルクが、物議を醸したことは既に述べた。ブラームスの交響曲1曲に支払われた金額が15000マルクだとも書いた。この待遇の差についてもっと調べたいと思って、シューマンの伝記をあたった。

 

音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品シリーズ」の「シューマン」117ページにうってつけの記述があった。シューマンの交響曲の価格が1番を除く3曲について記載されている。

 

    • 第2番 150ターラー 450マルク

 

    • 第3番 200ターラー 600マルク

 

  • 第4番 204ターラー 612マルク (ピアノ譜込)

 

ターラーとマルクの換算は、マッコークルに載っている。ブラームスの交響曲1曲が15000マルクとされている横に「=5000ターラー」と明示がある。つまり「1ターラー=3マルク」である。

 

シューマンの交響曲は概ね1840年代の作品だ。ブラームスは1870年代以降の完成だから、その間30年の歳月が横たわっている。ドヴォルザークの8番はさらに10年以上遅れる。この歳月の厚みがシューマン、ドヴォルザーク、ブラームス各交響曲の買い取り価格の比較を難しくしている。

2026年5月16日 (土)

無い物ねだり

ブラームスの残した作品に親しく接している。64年の生涯にちりばめられた作品は私の宝である。十分満足なのだが、愛好家の一人としては、是非書き残して貰いたかった作品もある。今日は無理を承知の無い物ねだりである。

 

    1. チェロ協奏曲 これはもう是非という感じ。王道を行くハ長調かト長調がよろしいかと思う。初演はハウスマン氏。オケはビューロー指揮のマイニンゲンの宮廷オーケストラ。

 

    1. 弦楽セレナーデ ドヴォルザークとチャイコフスキーに任せてはおけないのでこれも是非。

 

    1. ノクターン ピアノ小品としての所望だ。作品116-4のインテルメッツォが当初ノクターンというタイトルだったとも聞くが、現存しないので復活させたい。調性はホ長調かイ長調あたりがいい。

 

    1. ヴィオラのためのエチュード ブラームスがピアノのための練習曲を書いているのは良く知られているが、それのヴィオラ版が欲しい。渋いアルペジオや、重音あるいは、錯綜するシンコペーションの連発になりそうだ。

 

    1. ピアノのための組曲 バッハが書いたような古典組曲をピアノ用に。作品番号が付与されていないながらも、ジークやサラバンド、あるいはガヴォットを書いているので、気の利いたプレリュードさえあればあっという間にで出来上がりだ。

 

    1. バッハ、無伴奏チェロ組曲のピアノの編曲 シャコンヌニ短調の編曲が素晴らしいので、これもおねだりだ。6曲全部でなくてもいい。

 

    1. オペラ 無いなら無いで済むのだけれど、怖い物見たさも込みである。

 

  1. ヴァイオリンとヴィオラのためのソナタ 単に娘と弾きたいだけなので、優先度は高くない。ニ長調とト短調をペアでというのが希望だ。

 

ここで5つ目の交響曲をねだらないのがミソである。交響曲は4つであることに意味があると考えているからだ。また、オリジナルのヴィオラソナタをねだらないのもヴィオラ弾きの見識に属する話である。もちろんヴィオラコンチェルトなんぞをねだってはブラームスに絶交されかねない。

 

 

2026年5月15日 (金)

mp のリスト

例によって音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻39ページの話だ。

リヒャルト・ホイベルガーの回想の中でブラームスが、作品中に「mp」を用いたことについて批評家から攻撃されたとある。1884年頃の話である。ブラームスの作品上における「mp」の分布を見ると時期的には一応辻褄が合っている。

これに対するブラームスの側の反撃として、過去の作曲家が「mp」を使用していることはブラームスが既に把握していたことが挙げられている。「過去の巨匠たちも使っていたンだからいいじゃないか」という文脈が推定できる。

この周辺の一連の論争は、「ブラームス回想録集」第2巻を熟読しても今ひとつ脈絡が判らない。

  1. 「mp」を作品中で用いることが何故批判の対象になるのか。
  2. 過去の作曲家たちが「mp」を使用していたという実例を挙げることが、何故その批判への反撃になるのか。

疑問の骨子は上記の通りである。

疑問の解決はお手上げだが、まさかと思うことがある。反撃の材料として過去の作曲家が「mp」を使用していたことを把握していたというのは、主要な作曲家における「mp」の使用箇所をリスト化していたなどということはないだろうか。本文ではヘンデルのメサイアを写譜していてその中に「mp」を見つけたとある。

「禁則違反箇所」を詳密な譜例とともに整理していたブラームスのことだから、「mp」のリストくらい作っていそうな気がする。

マッコークルを探してみようと思う。

2026年5月14日 (木)

時代区分

一人の作曲家の作品を完成年代順に並べて、作品上に現れた特定の形質を元に、様式の変遷を体系化するという作業が、後世の音楽学者たちによって試みられている。作品アナリーゼ系の書物には「初期の作品」「中期の特徴」「晩期の傾向」などという表現が頻繁に見られる。

この試みは一定量の作品が創作人生上に満遍なく分布し、それらが現在にも伝えられている作曲家でしか成立しない。逆に申せばこれが成立する作曲家を「大作曲家」と定義しても、よいのかもしれない。

こうした様式分析が作品理解の有力なツールになり得ること周知の通りだが、気をつけねばならないこともある。作曲家本人にはほぼ自覚が無いと言うことだ。ロベルト・シューマン邸を初めて訪ねたブラームスは、いくつかの自作を携えていた。夫妻の前で自ら演奏した作品をブラームス自らは「初期の作品」などとは思っていなかったに決まっている。シューマンに聴かせるにふさわしいと判断した作品には違いないが、それらを初期などとは微塵も思っていないだろう。

10歳前に作曲したモーツアルトが、最初の作品を書いたとき、それを「初期の作品」だなどと思っていない。

それらの概念は、作曲家が亡くなってもうこれ以上作品が出て来ない状態になった後生まれるものだ。唯一「晩期」だけは死が近いことを自覚した場合に、自ら意識することはあると思われるが、初期や中期は無理だ。「そろそろオレも中期か」などと思いながら作曲することはあるまい。あくまでも後からつけら理屈だ。

屁理屈をこねるには便利な概念だが、肝に銘じていようと思う。

2026年5月13日 (水)

初期型2楽章

交響曲第一番の話。ちょっと詳しい解説書には書いてある。第一交響曲は、初演後第二楽章が改訂された。アウトラインだけを申すなら下記の通り。

  • オリジナル A-B-A-C-A
  • 改訂版(現行版) A-(B+C)-A-コーダ

この度、上記のオリジナル版を収録したCDを入手した。

演奏はギュンター・ノイホルト指揮 バーデン国立歌劇場管弦楽団。現行版全曲が収められた後の5トラック目がオリジナル版の2楽章になっている。初演から5度の演奏はオリジナルで行われたが、出版前にブラームス自身が手を入れたという。回収を免れたパート譜から類推して全楽章が復元された。

聴いてみた。響きはとても自然でブラームス風に仕上がっている。5小節目アウフタクトから名高いオーボエのソロが早くも始まってしまう。「好きな寿司ネタは後から」派には物足りまい。中間にまたオーボエのソロが復帰してから、クラの微妙なソロが始まる。「おおABA」かと感じさせる瞬間。最後に独奏ヴァイオリンもちゃんと聴ける。クルマの中で流して聴いているとすんなり入ってきかねない。再現部前の繊細なティンパニの保続音による手続きが無い。あの魔法のような展開は、後付だったと感心するばかりだ。

演奏するオケの本拠地はカールスルーエ。申すまでも無くブラ1初演の地。そして初演を任されたバーデン公国宮廷オケの後裔に当たる団体による由緒正しい演奏。録音場所もカールスルーエだ。

2026年5月12日 (火)

ベルクのヴァイオリン協奏曲

ベルク最後の作品として名高い。ヴァイオリン協奏曲は、マーラーと死別後再婚したアルマがグロピウスとの間にもうけた娘マノンの死を悼んで作曲された。「ある天使の思い出に」という副題にもそのことが反映されている。

この作品にはなんとバッハのカンタータ第60番第5曲からの引用がある。12音技法てんこ盛りの作品ながらバッハとつながっている。

カンタータの目的は三位一体後第24主日だ。この日に説かれる聖句は、マタイによる福音書第9章の18~26節である。イエスが会堂司ヤリクの娘をよみがえせたエピソードであることを思い起こせば、ベルクの引用にも説得力がある。というより信仰篤き人々には自明だと申していい。

1935年12月24日ベルク没。

 

 

 

 

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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