ご加護の催促
次女の後輩たちのドイツ公演を控えて、安全祈願に出かけた。行き先は千葉県習志野市の習志野霊園。1914年第一次世界大戦勃発とともに日英同盟を根拠にドイツに参戦した日本は、中国・青島にあったドイツ要塞を攻略した。抵抗むなしく陥落し、数千名が捕虜となって、日本国内の数か所に分かれて収容された。そのうちの一か所が千葉県の習志野市にあった。千葉県に根を下ろしたオーケストラの伝統や、ビールやソーセージ製造のルーツをこのあたりに求める説もある。
捕虜の扱いは人道的であったと聞いている。しかし、帰国が決定するという時期になって、スペイン風邪の流行によりおよそ30名が落命した。習志野霊園には彼らの慰霊碑があり、毎年11月にはドイツ大使館からも数名の参加のもと、慰霊祭が開かれる。
次女の後輩たちは、昨年11月の慰霊祭に列席し、花を手向けドイツ国歌を演奏した。ドイツ公演を前に気持ちを高めてゆく手順の一環だ。ドイツを好きになることで演奏に心がこめられるからだ。効果のほどは劇的だった。将兵一人一人の名前と階級が読み挙げれて厳粛な雰囲気が充満する中、乙女らのドイツ国歌が心に響いたという声が寄せられたと聞く。大使館関係者のあたりと凛と引き締める敬礼、遠い日本で亡くなった同胞への尽きせぬ思いの深さに心揺さぶられるものがある。
だからというわけではないのだが、13日の日曜日に同慰霊碑を訪問し、花を手向けて子供たちのドイツ公演のためにご加護をと祈った。
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