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カテゴリー「084 お盆」の48件の記事

2021年7月15日 (木)

お盆のファンタジー45

座はやがて即席演奏会になっていた

みなでシューベルト先生の作品を次々と歌う。「ます」「魔王」「菩提樹」「死と乙女」「子守歌」「アベマリア」「セレナーデ」など続く。ブラームス先生はどの曲もとっさに伴奏をつける。これにはシューベルト先生も驚いた。「まじ暗譜しとるんか」と。それには答えずに「次は?」と聞いてくるブラームスだ。

それではと私がブラームス先生の「五月の夜」を歌い始めたが、「その手のつまらん作品は暗譜していない」とブラームス先生。ブラームス先生が伴奏をしようとしないのにシューベルト先生は「あれ?」という表情だ。「そのテキスト、ヘルティ?」と真顔で質問する。「ばれたか」とブラームス先生。「さっきのドイチュ番号表の194番にあるじゃろ」と言う。シューベルト先生と同じテキストに作曲しちまったんだ。「ヘルティ先生のテキストはいいよね」と言うとシューベルト先生は「言える言える」と嬉しそうだ。「有節歌曲としての収まりっぷりだけなら最高だ」とはしゃぐ。

五月ならぬ七月の夜が深々と更けていった。

「さてお二人におみやげがあります」と私。出来立ての「ブラームス歌曲私的ベスト24 」のCDを渡した。これに喜んだのはシューベルト先生だ。「私がいくら貴殿の作品の話をしようと言っても全く取り合ってくれないんで」とブラームスを横目で見ながらチクリだ。「道中ずっと私の作品の話ばかりで王子の作品の話が出来なかったよ」どうやらシューベルト先生はブラームスの歌曲を聴きたいのだ。

「帰りの道中は是非お楽しみください」と私が言うと、ブラームス先生は「しょーがねーなー」という表情だ。

さっきかえって行った。

 

 

 

 

2021年7月14日 (水)

お盆のファンタジー44

音楽の三要素と言えば一般に「旋律」「リズム」「和声」とされとるが、ドイツ音楽伝統のリートに限ればこれに「テキスト」が加わると申していい。とブラームスが話を変える。ドイツリートは必ずテキストが先行する。テキストに接した作曲家の脳内に起きるインスピレーションこそが始まりだ。これはどうあっても不動だ。作曲家によるテキストの取り扱いが見どころ聴き所となる。和声、リズム、伴奏によりテキストのイメージを具体化するわけじゃな。

シューベルト先生の飲み物はいつの間にかワインに変わっていたが、相変わらずにこにことうなずいている。

テキストに関して作曲家が出来ることは限られていると感じる。次の3つくらい。とブラームス先生がドイチュ番号表の余白に鉛筆で書き出す。

  1. テキストの採用不採用 その詩に曲をつけるかどうか。
  2. テキストの詩節の省略 オリジナル4節にうち1節省くとか。
  3. リフレイン オリジナルにない語句の繰り返し。

シューベルト先生から学んだのは特に2と3じゃな。テキストが有節歌曲として様になるかと自問する。2と3で上手に処理すれば大抵は有節歌曲になる。「それでもだめなら不採用ですね」と我が意を得たりの風情でシューベルト先生が続けた。「加えて」とまたまたブラームス先生が続ける。「テキストが持つ詩としての抑揚やフレージングに合わせて適切な音を当てていく」「ここに無理は禁物じゃ」「なあにテキストに心から共感できていれば、容易いこと」「気の利いた伴奏や転調は勝手に湧いてくる」

「だから」とシューベルト先生が続ける。「つくづく1番のテキスト選びが大切なんだ」と。「作者の知名度にはほぼ相関関係はない」「最初の直感が大抵正しくて、後からいじくりまわすと悪くしてしまうことが多い」

独訳聖書からこれと思う語句を選んで曲をつけるという「4つの厳粛な歌」の手法は斬新ですねと私が横やりを入れる。「おお。確かに」とシューベルト先生が同意する。「チョイスもまた芸術ですね」

 

 

2021年7月13日 (火)

お盆のファンタジー43

「歌曲の王子」と無茶ぶりされて顔を赤らめたブラームス先生だったが、ここまでずっとにこにこと話を聞いているだけだったシューベルト先生が興味深そうに乗り出してきた。「して、歌曲の王とは私のことですか?」と、とぼけまくった質問にブラームス先生はビールを少し吹いた。口元をぬぐいながら「いかんいかん道中肝心な話をしていなかった」「とっくに知っているかと思った」と。考えれば後世の歴史家や研究家の評価なんぞ本人は知るはずもない。

そりゃあ、声楽作品は神代の昔から山ほどある。しかしドイツ語の詩作を題材にピアノ独奏の伴奏と1人の声楽というジャンルの創始者は間違いなくシューベルト先生じゃな。そりゃあモーツアルト、ベートーヴェンの両巨頭にだって定義を満たす作品が無いわけではないがね。ゲーテ先生とシューベルト先生の出会いが全ての始まりだったとわしはにらんでおる。「誰にでも歌える」がモットーだったプロテスタントの賛美歌と違って、歌手にもピアニストにもそれなりの技量を要求する。オペラと教会以外に歌手たちの働き所を作った功績は量りしれん。

とまあ立て続けだ。黙って聞いていたシューベルト先生がボソっと口を開いた。「私が王で、あなたが王子ということは、あなたが歌曲においての私の正当な後継者という意味なのですか?」これにブラームス先生はジョッキを持ったまま凍り付いた。

「そうなんです」と乗り出す私。「間違いありません」。最近それが確認したくてシューベルト先生の作品を浴びるほど聞きましたが、仮説はもはや確信に変わりました。作品の総数こそシューベルト先生の3分の1程度ですが。

「何故そう考える」とシューベルト先生とブラームス先生が同時につぶやく。

総数およそ600曲で、さまざまな領域に及ぶシューベルト先生に対し、その一部を正当に継承していると感じます。一部とは「有節歌曲」です。その繊細な変形まで加えればこれがブラームス先生の歌曲創作の根幹にあります。とりわけ短い作品を多く生み出しています。ディテールに富んだ伴奏や調性の繊細な取り扱いなどにDNAを感じます。これに対しレチタティーヴォ付歌曲や長大なバラードはには背を向けています。狭い意味での「リート」は「有節歌曲」だった歴史的な意義をじっくりトレースしているのがブラームスさんです。

私が一方的にここまでまくしたてて、一瞬座が沈黙した。

そうした歩みの果てに最後にたどりついたのが「4つの厳粛な歌」だと感じます。おずおずと私。

「シューベルト先生には例のない独訳聖書からのテキストじゃの?」とブラームス先生がおもむろに口を開く。「ウイーン生まれのシューベルト先生はカトリックで、わしはルター派と言いたいんじゃな?」と付け加えた。「むしろシューベルト先生の倍も長生きされた結果かと」私が控えめに反論する。

「そっちか」と大笑いのブラームスさんだった。

 

 

 

 

 

2021年7月12日 (月)

お盆のファンタジー42

「今年の流れで、彼以外を連れてきたら、あとあと何を言われるかわからんからな」とマスクのブラームスは、いきなりのどや顔で紹介してくれた。

「シューベルトです。握手は控えますか?」と空気を読めるシューベルトさんだ。見覚えのある丸メガネは音楽室の肖像通りだ。「わしらは楽友協会で職域接種をすませたところじゃ」とブラームスさんが割り込む。「我が家は母だけが接種済みですが」と両手で握り返すと「フランツと呼んでくれ」とフレンドリーな返事が返ってきた。「現在ブログ上で事実上のシューベルト特集を展開中なんだ」と、はしゃぐと、お見通しのブラームスさんは「道中フランツとその話をしてきたところだ」とどや顔の上塗りである。

「ここだけの話、シューベルト先生の魔王は、あれは病魔だ」「我々の時代、コレラやスペイン風邪などたびたびパンデミックに襲われている」「魔王のテキストは庶民にとって遠くの話ではないんじゃ」「あれがop1でいいんだか悪いんだか」とブラームス節が早くも全開だ。

立ち話もなんなんでとリビングに招き入れてビールを用意した。ジョッキを持って立ち上がったブラームスさんがいきなり歌い出した。すぐにシューベルトさんも唱和して「プロジット」と盛り上がる。「大丈夫19時までには飲み終わる」と訳知り顔のブラームス。「TrinkLiedじゃ」と教えてくれた。「テキストはシェークスピア」と付け加えるのも忘れない。私が「D888ですね」というと二人とも「はて?」という顔付き。「D番号はシューベルト先生の作品を整理する番号ですわ」と説明するとブラームスさんは興味深そうに身を乗り出して「バッハ先生のBWVみたいなもんかの」とさすがのつっこみ。

その間シューベルト先生はにこにこと笑っているだけだ。

次女が2階から降りてきて「はい。これ」と言ってシューベルト先生のD番号のリストを二人に差し出した。「オットーエーリヒドイチュ先生によってこのリストが出来たのは1914年なのでブラームス先生が知らないのも無理はありません」と説明した。「これは便利なものがあるな」とブラームス先生。「BWVのようにジャンル別なのとどちらがいいかと言われれば、わしなら作曲順を採る」と独り言。鉛筆で何やら印をつけていると思ったら、あっというまにこちらに向き直って「リート全てに印をつけておいたよ」と。「タイトルだけ見てわかるのですか」と次女が目を丸くして尋ねる。「ああ」とこともなげのブラームスさんだ。「旋律が思い浮かぶどころかピアノ伴奏まで頭に入っているわい」と付け加えた。

「楽譜は無いのか」とブラームスさんが次女に向かって尋ねる。「ブラームス先生の楽譜なら全てそろっているのですが、シューベルト先生の作品はまだそろっていません」と次女。「三大歌曲集と一部の歌曲抜粋だけですわ」と私がポリポリと頭を掻く。

ブラームス先生はすぐにスマホを取り出して電話するや早口で何か言っている。あっという間にこちらに向き直って「ウイーンのマンディに言ってさっそく楽譜を送らせるよう指示したから。ラインではなかなか既読つかんからな」と言う。「仕事はやっ」と次女。「膨大な量になるのでとりあえずリートだけじゃよ」とブラームス先生。「わしは全部暗譜してるが、盛り上がるには楽譜があったほうがいい」とまたまたどや顔だ。

「歌曲の王と王子に乾杯!」と今度は次女が勢いよく立ち上がった。

歌曲の王子は耳まで真っ赤にして飲み干した。

 

 

2020年7月16日 (木)

お盆のファンタジー41

さて腹が減ったころだ。長男がかねて用意のランチを持ってきた。

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ザウアークラウトとソーセージのサンドイッチだ。パンはライ麦のあくまでもドイツ風。「東京千駄木の鴎外先生の旧居跡にあるカフェの名物です」という説明の終わる前にもうかぶりついたブラームスさんだ。鴎外先生は「千駄木?」と懐かしそうだ。「はい。私は小倉のお宅にも、ミュンヘンの下宿にもお邪魔したことがあります」というと、「そりゃ熱心な」と。

さっき帰っていった。

「今年は音楽の話にならなかったな」「でも満足だ」「いただいた歌集からいくつかに曲が付けられるかもしれない」「できたらリモートで送るから」とはしゃぐブラームスさんだった。

 

2020年7月15日 (水)

お盆のファンタジー40

5杯目を飲み干してブラームスさんが「ところで源実朝って誰じゃ?」と聞いてきた。鴎外先生が「いかんいかんまだ説明出来とらん」と頭を掻く。「あなたを生涯の作曲家と決めて40年、このほどようやく生涯の歌人を決めました」「それが源実朝です」と即答する私。

「いやいや実朝某を私になぞらえているのでな」とブラームスさんが身を乗り出す。歌人と作曲家を紐付けた試みのことだ。

  1. 大伴家持   662 バッハ
  2. 紀貫之      718 モーツアルト
  3. 源俊頼     1055 ハイドン
  4. 藤原俊成  1114 ベートーヴェン
  5. 西行        1118 シューベルト
  6. 藤原家隆   1158 ショパン
  7. 藤原定家  1162 ワーグナー
  8. 九条良経  1169 メンデルスゾーン
  9. 後鳥羽院  1180 シューマン
  10. 源実朝     1192 ブラームス
  11. 藤原為家  1198 チャイコフスキー
  12. 後嵯峨院  1220 ドヴォルザーク
  13. 京極為兼  1254 ドビュッシー
  14. 伏見院     1265 マーラー
  15. 足利義政  1436 シェーンベルク

「日本の有名歌人たちの位置づけを急ぎ飲み込むにはうってつけの資料だな」とブラームス先生。「ブラームス先生が遅れてきたロマン派である点やバッハ先生への傾倒、シューマン先生との関係、ワーグナー先生の位置づけ、もろもろ全て熟考の成果です」と私がどや顔気味にまくしたてる。「ブルックナー先生やリスト先生にあてていたら、その歌人の位置づけはすぐにばれますよね」と付けくわえた。

「シューマン夫人やマーラー夫人がいないのが残念だ」とブラームスさん。「いやいやそうは申しても」と鴎外先生が割って入る。「女流歌人の位置づけは女流作曲家の位置づけよりも格段に高いんじゃよ」と。「そういえばわしが曲をつけた詩人は男性ばかりだった」とブラームスさんが感心しきりだ。

私が次女に合図を送った。次女がいそいそと二人に包みを差し出す。「開けてください」と私。

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「令和百人一首書籍版をマスクのお礼に差し上げます」と次女が高らかに言い放つ。「表紙は源実朝なんですよ」と付け加えた。

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ぴったりサイズの特製ケース入りだ。パラパラとめくっていた鴎外先生が奥書きを見て驚いた。「10部印刷なのか?」と。「製版代もばかにならんじゃろ」と出版事情にも詳しいブラームスさんが割って入る。「まあオンディマンド印刷ですわ」と私。限定10部の1番を鴎外先生に用意しましたと。「わしのは7番になっとるわい」とブラームスさん。「一応お誕生日に合わせました」と控えめなどや顔の私。

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2020年7月14日 (火)

お盆のファンタジー39

乾杯のジョッキをあっという間に飲み干したブラームスさんが待ちかねたように口を開く。「道中音楽の話が全く出なかった」「興味深い日本のポエムの話ですっかり盛り上がった」鴎外先生も遅れて飲み干して加わる。「私の作品を選んでくれてありがとう」どうやら「令和百人一首」のことを言っているらしい。「31音の短詩とは優雅なことだ」「賛美歌にも同一の音節構造を持つテキストに旋律を共有させる仕組みがあるけれど日本のは繊細だな」とブラームスさんが得意げに話す。「和歌を選んで配置することも十分に芸術ですね」と鴎外先生がポツリとつぶやいた。「道中2人で全百首を味わってきたよ」というとブラームスさんが「いやはや楽しい」と満足気だ。

「それにしても和歌の伝統とはさすがだな」とブラームスさんが溜息をつく。「少なく見積もって1200年も同一の詩型が維持されているとは」どうも道中の鴎外先生の講義はそうとうな細部にまで及んでいたようだ。

鴎外先生はやっと「選んでいて楽しかったろう」と少し話題を変えた。「はい」と私。「時代順の配列」「日本史と和歌史のバランス」「本歌取りの優先的採用」と続けても鴎外さんはうなづくばかり。「加えて和歌へのリスペクト」とブラームスさんと鴎外さんが同時に口走ったのには驚いた。驚いてばかりもいられないので「同時に古典へのリスペクト」と私が切り返すとブラームスさんは立ち上がって私をハグしてくれた。鴎外先生は笑いながら「ディスタンス、ディスタンス」と言っている。

「ブラームス先生を筆頭とする欧州の古典音楽の作曲家たちの話題なら一晩中語っていられるのだから、自分の国の歌人についてそれが出来ないのは文化的に恥ずかしい」というと鴎外先生は小さくガッツポーズを作ってくれた。「古今の優秀な作品に数多く触れてそれについて語れることは生涯の宝になる」「これらを出来るだけ暗記しておいて、ふさわしい場面で思い出せることが人生を豊かにする」などと巨匠二人の前で調子に乗ってしまった。

「古典古典古典じゃな」と鴎外先生がポツリとつぶやく。「古典を知り尽くした上でないと乗り越えることも出来ん」「壊すべき古典のない無手勝流では、やがて廃れる」と堰を切ったようだ。「陸軍用語の前衛、フランス語でいうアヴァンギャルドは、芸術用語としては危うい」「軍隊用語なら奇襲を受けぬよう本体に先行する小隊の意味で、本隊は必ず前衛の後を追うものだが、芸術は単なる異端との境目が曖昧だ。用心せねばな」と陸軍ネタにはやけに明るい鴎外先生だ。「だからじゃ」とブラームス先生が割り込む。「わしがドイツバロックにのめり込むのも同じ理屈だよ」「未来の音楽には興味はなくて、ただ未来に残る音楽を書きたいと思ったら歴史を顧慮せざるを得ぬ」「わしなんぞはけして筆頭ではないんだよ」

 

2020年7月13日 (月)

お盆のファンタジー38

いやいやさすがに今年は来ないかと思ったら、悠然とやってきた。二人連れだ。二人ともマスクをしている。ブラームスさんが「俺は煩わしいから、いやだと言ったんだが、連れが厳しくてな」と後方の紳士を紹介してくれた。「ベルリンの森です」といって手を差し出してきた紳士は、森鴎外先生だ。道理でマスクにうるさいわけだ。「何しろ軍医殿だからな」とブラームスさんは神妙にしている。母が消毒用アルコールを二人に差し出した。ブラームスさんは「感染症と言えばコレラだな」と訳知り顔だ。1848年にパンデミックがハンブルクを襲ったことを指しているようだ。「20世紀に入ってからはスペイン風邪などもあった」と鴎外先生が付け加えた。

「そんなところで立ってないでこっちで喉の消毒をしよう」と私が招き入れた。鴎外先生はドイツ語堪能なので道中話が弾んだようで、ブラームスさんが感染症にもやけに詳しくなっている。「あんたの家族は大丈夫か」と心配顔だ。「なんとか」と答えると頷きながら「土産だ」と言って紙包みを差し出す。次女がそそくさと開けると中身はマスクだった。「天国は密なのだが誰もしていなくてな」と。「全部布製手作りだから」とやけにどや顔だ。家族全員の分が揃っていると母が涙目でお礼を言っている。娘たちは「マスクかわいい」といって盛り上がっている。食事などのために一瞬はずしたマスクをおしゃれに収納できるケースには感心しきりだ。なんでもマスクに直接触れずに脱着が可能だとか。

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さあさあ「うがいうがい」と長男がビールを持って入ってきた。ブラームスさんは「ご家族お揃いか」と嬉しそうだ。私が「いやいやこれこそが在宅ですよ」と説明すると鴎外先生が感心しながらブラームスさんに説明している。さてとばかりに鴎外先生とブラームスさんがマスクをはずすと長女が笑った。「お二人とも立派な髭なので」と珍しそうだ。

「ホッホコローナ」とブラームス先生がジョッキを手に立ちあがった。「御一同起立」を意味する学士会用語だ。勢いにつられて母まで立ち上がった。鴎外先生の「プロジット」の声が高らかに鳴り響いた。

2019年7月16日 (火)

お盆のファンタジー37

凄い演奏だった。「墓参御礼のカノン」のことだ。あれから次女を交えてビールそっちのけで夜半まで弾きっぱなしだった。バッハさんと次女はときどきパートをチェンジしている。「実はサードも面白いからな」と訳知り顔のバッハさんだ。通奏低音のパッヘルベルさんは、楽譜を見ていない。そりゃまあ本人だし。繰り返すたびに毎回違うけど大した説得力だ。パッヘルベルさんがトイレにたった隙に、ブラームスさんがチェンバロを弾いてくれた。ブラームスさんリアライゼーションのカノンだ。パッヘルベルさんと細かいところが違うけれど、思った以上に普通だった。「本人前にしとるからのお」としおらしいブラームスさんを、バッハさんが「よかよか」とほめていた。次女いつの間にかファースト弾いてた。

こちらから、5人にお礼を用意していた。「オルガン自由曲頭出し」CD集だ。全17枚組を5名に進呈する。

  • ブクステフーデ 4枚組
  • パッヘルベル 6枚組
  • テレマン 1枚組
  • バッハ 6枚組

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先輩4名を差し置いて「やべえ」としきりに驚いているのはブラームスさんだ。次女が「ブラームスさんのオルガン作品が入ってなくてすみません」と謝ると「ワシのガラクタなんぞに用はない」といつもの謙遜ぶりだ。「現代日本でCDの音源があるものとならざるを得ずテレマンさんが少なくてすみません」と私が説明した。「未発見作品が全て見つかったらテレマンさんが最多になるはず。今度ワシの手持ちを送るから」「シュピッタの所にはブクステフーデさんのがもっとあるはず」とブラームスさんが真顔でつぶやく。「CDあるんか」と突っ込むのはやめておいた。当のテレマンさんは「なあにお三方は教会オルガニストだから」と冷静に応じている。

「道中聞きながら」と大切そうに抱えて、さっき帰っていった。

2019年7月15日 (月)

お盆のファンタジー36

令和改元の話が一段落すると、ブクステフーデさんが「ところで墓参のときについてきたネコはいったい何者だ?」と訊いてきた。セバスチャンのことだ。ペットボトルホルダーの意味を説明し、ツアーペットからブログペットに昇格したと説明した。次女が私の部屋から連れてきて差し出しながら「名前はセバスチャンです」と紹介すると、バッハさんが飲みかけのビールを吹いた。

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「一人旅の退屈を紛らせてくれたし、みなさんのお墓で写し込むことで、確かに私が現地を訪れた証拠になります」と私が付け加えた。「ケラーで支払いをするときセバスチャンを含めてツザーメンというと受けが取れました」「みなさんの墓参を1度の旅行で達成するために知恵を絞りました」「その一つがセバスチャンです」

「それではセバスチャン閣下に墓参のお礼をしよう」とテレマンさんが切り出した。バッハさんが「貴殿の家にはチェンバロがあったはずだ」と言っている。たしか前回、電子ピアノでチェンバロの音が出ると説明していた。「酔いが回る前にな」とテレマンさんが促すとおのおの何か取り出している。私の「カノンニ長調を5人で演奏する」とパッヘルベルさんが宣言した。「日本で超有名ときいたんでな」と。

何やらもじもじとブクステフーデさんが困った顔をしている。「わしはヴィオラダガンバで通奏低音を弾きたいのだが…」と小声だ。困惑の意味がわかった。彼がガンバを弾くとヴァイオリンが一人足りなくなるからだ。「道中ブラームスさんにヴァイオリンを弾くよう説得したのだが色よい返事がなくてな」とブクステフーデさんが訴える。ブラームスさんはにやりとしながら「いやいやここには可憐なヴァイオリニストがおるのでな」と次女を指さした。

チェンバロはパッヘルベルさん。ブクステフーデさんがガンバ。バッハさんとテレマンさんと次女がヴァイオリンだ。緊急会合の結果、テレマンさんが第一ヴァイオリンで、次女がやはりセカンド。バッハさんがサードを弾くときまった。気の早いパッヘルベルさんがAを鳴らしている。次女が急いで2階にヴァイオリンを取りに走った。

感動的。やけに早いテンポ。

「この日のために何回かトマス教会に集まって練習した」「練習中は私がセカンドを弾いたよ」とジョッキ片手のブラームスさん。「ご息女は飛び入りの割には溶けているな」「楽譜よりテレマンさんをガン見している」とほめてくれた。

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ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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