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カテゴリー「078 ハプスブルク」の26件の記事

2017年2月20日 (月)

ボヘミア王国

長男が集めたサッカーグッズの中に、FCボヘミアンズプラハというクラブのタオマフがあった。かの国のサッカー国内1部リーグには、首都プラハに本拠を置くチームが4つある。しょっちゅうプラハダービーがあるということだ。

そのうちのひとつが「ボヘミアンズプラハ」だ。

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言われてみて再認識した。さして強豪とは呼べないこのクラブが掲げる「ボヘミアンズ」という名称は、由緒正しいものだ。今でこそチェコ共和国だが、神聖ローマ帝国の枠組みの中で、ボヘミア王国は無視し得ぬ位置づけにあった。特にボヘミア王にして神聖ローマ皇帝のカレル4世の治世において絶頂期を形成した。昨年2016年は彼の生誕600年のメモリアルイヤーで、プラハにもニュルンベルクにも関連するポスターが目立った。

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2016年12月25日 (日)

フォーティフ教会

1853年2月18日だからブラームスがデュッセルドルフにシューマン邸を訪ね、長い滞在を切り上げた後の大事件のあった日。この日ウイーンで皇帝フランツ・ヨーゼフ1世暗殺未遂事件がおきた。

皇帝は武官一人をお供に従えて散歩に出た。現在の国立歌劇場のあたりで暴漢に襲われた。幸い怪我は軽くて程なく回復した。これを祝して建てられたのがフォーティフ教会だ。

実は事件当日の夜宮廷主催の舞踏会が予定されていた。招かれた賓客の中に、皇帝の母ゾフィーの妹バイエルン公后ルドヴィカとその長女ヘレーネがいた。23歳の皇帝フランツ・ヨーゼフの見合いが設定されていた。当然事件のために見合いは中止となり、翌年夏にイシュルに延期された。イシュルの見合いでは、皇帝がヘレーネの妹エリザベートに一目ぼれしてしまうこととなる。このエリザベートこそがシシィ皇后である。

もし、暗殺未遂事件が無かったら、フォーティフ教会が建てられることはなかったことは確実なのだが、欧州一の美貌を誇ったエリザベート皇后も誕生していなかった可能性が高い。

2016年12月23日 (金)

カイザーヴィラ

オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世がバート・イシュルに所有した別荘。欧州屈指の景勝地イシュルにあって現在もなお最高の観光スポットとなっている。何しろ皇帝が毎夏決まってここを訪れるご利益は計り知れない。行幸は生涯に60回を数えたという。エリザベート皇后も気に入っていたという。

ブラームスもイシュルにはたびたび滞在しているから、皇帝とすれ違うことは無かったにしても、滞在期間の多くは皇帝の滞在とかぶっていたと思われる。

1891年7月3日イシュル滞在中のブラームスは、友人ホイベルガーを誘って帝室庭園を散歩したという。例によって音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻73ページにある。ホイベルガーの証言だ。ここでいう「帝室庭園」は「カイザーヴィラ」の訳語と見て間違い無さそうだ。

何よりもイシュルは、カイザーフランツがシシィに一目惚れした思い出の場所である。

2016年12月22日 (木)

ロイヤルウェディング

王室や皇室の結婚のこと。

1854年4月20日。オーストリア皇太子に嫁ぐシシィは故郷のミュンヘンを立つ。ミュンヘンからウィーンへの沿道は人々でごったがえした。熱狂していたのは人々だけではない。花婿本人が、リンツまで迎えに出たのだ。リンツは、ウィーンとミュンヘンのほぼ中間、オーストリアとバイエルンの国境に近い。皇太子が国境まで花嫁を迎えに出たということだ。ドナウ川を特別製の汽船で遡っての異例の出迎えである。

4月23日一行はウィーンに入る。今度は花嫁の美貌に市民が息を呑む番だ。結婚式はホフブルクに隣接するアウグスティーナ教会で4月24日に挙行された。

4月28日祝賀舞踏会が王宮で催された。このときヨハン・シュトラウス2世が「エリザベートの調べ」を初演し皇妃に捧げたという。

この頃ブラームスはと言えばデュッセルドルフにいた。2月に投身しエンデニヒの病院に収容されたロベルト・シューマンの留守宅を守っていた。

2016年12月21日 (水)

ヘルメスヴィラ

ウィーンに滞在することを嫌うシシィを、少しでもウィーンに引き止めるため、皇帝が用意した離宮。シューンブルン宮殿の西南西およそ5kmの至近にある。現在はウィーン市立歴史博物館の分館になっている。ラインツ動物園の中にある離宮で、命名はシシィ自身といわれている。この動物園も只者ではなくて、王室の狩猟場が市民に開放されたもの。原則放し飼いで入園無料らしい。

シシィとブラームスは生きた時代がかぶる。ブラームスがしばしば散歩に訪れた可能性もある。

2016年12月20日 (火)

姉の嫁ぎ先

フランツ・ヨーゼフ1世の見合いがとんだサプライズだった話は既にしておいた。見合いの相手は姉ヘレーネだったはずだが、フランツィは妹のエリザベートに一目惚れだった。姉のヘレーネだって器量自慢だったと伝えられている。実際結婚となったエリザベートの美貌は、周知の通りだから、ヘレーネだって相当なモンだと考えられる。

エリザベートのシンデレラストーリーの割を食った姉の心中察すると切ないものがある。皇太子本人の気紛れとはいえ、当時は家対家のつきあいだから、ハプスブルク家は相当気まずかったと思われる。

その姉ヘレーネが嫁いだのが、タクシス家だ。もちろん貴族なのだがやや風変わりでもある。もともとはタッシス家というイタリアの家柄だ。15世紀にマクシミリアン1世が、帝国の書簡の集配を委託して、郵便事業に手を染めた。やがて民間郵便にも参入し、事業の独占と世襲を認められ、大財閥の様相を呈するに至る。

近代に入ると郵便の重要性は増し、オーストリア、プロイセン、スイス、イタリア、チェコ、ハンガリーにまたがる事業網を、次々と諸国家に売却し巨万の富を得た。

皇后エリザベートの苦難を考えると、姉の人生も悪くないのではと思えてくる。

2016年12月19日 (月)

イシュルの恋

我がブログで「イシュルの恋」などと申せば、ブラームスのロマンスかと紛らわしい。

1853年夏の出来事だ。ブラームスにとってもシューマン邸宅を訪ねる直前の夏、レーメニーと決裂したブラームスは、ゲッティンゲンにヨアヒムを訪ねすっかり意気投合した後、ライン地方に徒歩旅行を企てたのが8月だった。

その8月16日に欧州のセレブが集結する避暑地イシュルでオーストリア皇太子は見合いにのぞんだ。お相手はバイエルン・ヴィッテルスバッハ家の王女でヘレーネといった。見合いの席に王女の妹エリザベートも同席したのが運命の分かれ道だ。皇太子はその妹に一目ぼれした。シシィである。母親どうしが姉妹だから2人はいとこ同士だった。

翌17日夜の舞踏会で、皇太子がダンスに誘ったのは妹のシシィだ。王室の作法を無視してシシィは皇太子の誘いを受ける。当時のしきたりで舞踏会最後の「コチュン」をシシィと踊る皇帝がいた。つまりそれは破格の待遇で、実質的なプロポーズだった。

明くる18日は皇太子の23歳の誕生日。皇太子は母である皇后ゾフィーに、ヘレネではなくシシィを妃にと告げた。驚く母を尻目に話はトントン進む。

19日朝、シシィの結婚承諾書が皇太子のもとに届く。シシィ母娘の滞在するホテルに単独で乗り込んでシシィに接吻を贈る。皇太子にとって最高の誕生日プレゼントはシシィだ。

ヨアヒムと会ってようやく運が回ってきそうなブラームスが、一人ライン地方を単独で徒歩旅行をしていた頃、のちのオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の恋もまた花開こうとしていた。このことに言及するブラームス関連本は無いと申してよい。エッヘン。

2016年12月17日 (土)

シシィの隣

当時欧州一といわれた美貌の皇后エリザベートは、姑との確執からかウィーンを不在にしがちだったが、1873年は少々事情が違った。開催中のウィーン万博を訪れる外国からの賓客をもてなす席には欠かせない存在だったからだ。

ものさしで量ったように日本から岩倉使節団がウィーンを訪問した。1873年6月8日皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に謁見し明治天皇からの国書を拝呈する。同日皇帝主催の晩餐会が開かれ后妃も出席した。美貌の后妃の隣に座ったのが使節団の団長というべき全権大使の岩倉具視だった。

使節団の公式報告書たる「米欧回覧実記」には、晩餐会のことは詳しく書かれていない。使節団の目的や、公式報告書の位置づけからも、オーストリアの皇后が美人だったとは書きにくいのだろう。ビスマルクの演説を絶賛しているというのに、エリザベート后妃のことは、スルーしている。他国での歓迎晩餐会の様子も似たり寄ったりだから仕方がない。

2016年12月16日 (金)

いとこ

祖父と祖母のうちどちらかまたは両方を共有する兄弟姉妹以外の人同士を「いとこ」という。既にブログ「ブラームスの辞書」では、アガーテを話題にした。この人の父親はゲッティンゲン大学の教授だが、幕末の日本を揺るがした「ジーボルト事件」の当事者フランツ・フォン・ジーボルトのいとこにあたる。

「父のいとこ」で思い出すのは、ノイシュヴァンシュタイン城の建設で名高いバイエルン王ルートヴィヒ2世だ。彼の父マクシミリアン2世は、オーストリア皇妃エリザベート通称シシィのいとこだ。ルートヴィヒ2世の若いころの肖像を見るとなんとなくシシィに似ているような気がする。2人はもちろん面識があった。文通の中では互いに「鷲」「鳩」と呼び合ったという。

2016年12月15日 (木)

巡洋艦カイゼリンエリザベート

第一次大戦中のオーストリア海軍の巡洋艦。カイゼリン・エリザベートは「Kayserin Elizabeth」と綴るから「后妃エリザベート」という意味だ。皇帝フランツヨーゼフ1世の后の名前をとった巡洋艦だ。

この艦は、何かと日本と縁がある。まず1894年オーストリア皇太子フェルディナンドが世界周遊の一環で訪日した際に乗ってきた船だ。そして1914年第一次大戦勃発時青島において、日本軍の攻撃にさらされ、自沈している。乗組員は陸上で戦闘を続けたが、力尽きて降伏し捕虜になった。乗組員の一部が千葉県習志野市に収容されていた。

同型の一番艦がフランツヨーゼフ1世という名前だ。皇帝夫妻の名前が巡洋艦に採用されていたということだ。

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