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カテゴリー「088 意訳委員会」の7件の記事

2023年11月12日 (日)

リンフォルツァンド意訳委員会

リンフォルツァンドは「rf」と略記される。大抵の音楽辞典には「その音を特に強く」と書かれている。スフォルツァンド「sf」との区別は難解である。両者はブラームスの楽譜上にも出てくるが、頻度としては圧倒的に「sf」が多い。「sf」と「rf」が混在するケースもある。

おそらくブラームスは書き分けていたと感じる。

こういう時イタリア語辞典を紐解いて、元の意味を当たると言われることがある。参考にはなると思われるが、ブラームスが両者の書き分けにあたってイタリア語辞典を確認していたかどうかは保証の限りではない。何らかの表現上の必要性に迫られたブラームスが、自分が知っている楽語の中からもっとも近似するものを選んで、元のイタリア語の意味にとらわれずに特定の意図で用いただけという可能性もある。

本日の提案は「大切に」だ。「とっておき」「ここが急所」という意味まで含む。

記号「rf」が付与された音を大切にせよという意味である。必ずしも音を強くする必要はない。その点が「sf」との違いだ。特段に大切な音に付いている。「sf」と同じという解釈を鵜呑みにして機械的に「強く」していしまうと、音楽が台無しということも起こる。今まさに出そうとしている音が大切だということが判っているかどうかは、必ず違いとなって現れると思う。

かつて私は「瞬間型マルカート」という提案をした。本日の提案はその概念を含みつつ、より一般化したものだ。「p espresivo」の瞬間型という可能性さえ考えている。

 

 

2008年2月10日 (日)

「sempre」意訳委員会

「常に」と解されて疑われることのない「sempre」なのだが、ブラームスの用例を分析すると不可解なケースも目に付く。「常に」の有効期間にバラツキがあるのだ。延々30小節の維持を意図するケースもある一方で、わずか2小節というケースさえある。

2小節の維持であれば、「sempre」など付与されない例も山ほどあるというのに不可解である。「ブラームスの辞書」では、そのあたりの実態を受けて提案を試みている。「sempre」を「常に」と解するばかりでは、限界があるという立場である。

「常に」というのはいわば「維持のsempre」である。特定の状態を長期にわたって維持する意味に加え、放置すると維持が難しい場合も含まれている。

第二のケースは「強調のsempre」である。度合いを煽る意味はないが、特にキチンと守って欲しい場合に用いられると見たい。私の感じた違和感は、総じてこの用法で用いられた「sempre」が「常に」と解されるために引き起こされていた。たとえば「sempre p」を例に取る。「p」の意味を強調する意図はないが、絶対に「p」を逸脱してはならないという場合に使われると考える。「molto p」としてしまうとダイナミクスを減じられてしまうからだ。ダイナミクスへの影響なく「p」を強調するのが「強調のsempre」の機能である。

「くれぐれも」「頼みますよ」あたりを訳語として提案したい。先の例「sempre p」で申せば「くれぐれもpで頼みますよ」というニュアンスである。大切なのは弱くなり過ぎないことだ。pの度合いを増せという意味は無い。

「sempre」の解釈に行き詰まった際の読み替えの選択肢としてお一つ。

2006年10月10日 (火)

「ポルタート」意訳委員会

「portato」と綴られる。レガートとスタカートの中間。事実上のメゾスタカートだろう。スラーで結合された2つ以上の音符を明らかに区切って奏することとされている。言葉で説明されるとわかったような気にもさせられるのだが、実演奏上の解釈においては意見の相違の元にもなりかねない。

ブラームスはこの表現を好んでいたことがいくつかの証言から明らかであるが、実は楽譜上に「portato」と文字で記されているケースは一度もない。一度も無いがゆえに「ブラームスの辞書」では見出し語になっていない。

演奏を担当する楽器によって奏法も解釈も違う。弦楽器の奏法としてはメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲第一楽章の第二主題の冒頭の弾き方がよく例として用いられるようだが、そういわれてもピアニストや管楽器奏者あるいは声楽家には参考程度にしかなるまい。

ブログ「ブラームスの辞書」名物意訳委員会としては、目から鱗の新解釈を提案したいところだが、これがなかなかの難題だ「音は切っても気持ちは切るな」とでもしてお茶を濁す次第である。

さらにポルタートについて最近心配なことを付け加えておきたい。「portato」がひょっとすると「portamento」と混同されていないか心配している。

  1. ブラームス本人が既に混同している。
  2. ブラームスの言葉を後世に伝えた証人が混同している。
  3. ブラームスの関連本の著者が混同している。
  4. ブラームス関連本の翻訳の過程で混同が起きている。

上記のいずれかまたは複数が、一部混入している可能性を提起したい。

思えば昨年の今頃は、上海にいた。

2006年7月25日 (火)

「quasi」意訳委員会

意訳委員会第4弾である。昨年9月13日の記事でも言及した「quasi」について再論を試みたい。

まずブラームス作品における「quasi」の用例を以下に列挙する。まずはトップ系からだ。

  1. ピアノ協奏曲第一番第三楽章376小節目「quasi fantasia」
  2. 管弦楽のためのセレナーデ第二番第四楽章冒頭「quasi menuetto」
  3. チェロソナタ第一番第二楽章冒頭「Allegretto quasi menuetto」
  4. 弦楽四重奏曲第二番第三楽章冒頭「quasi menuetto,moderato」
  5. 交響曲第二番第三楽章冒頭「allegretto grazioso(quasi andantino)」
  6. ヴァイオリンソナタ第二番第三楽章冒頭「allegretto grazioso(quasi andante)」
  7. クラリネット五重奏曲第一楽章98小節目「quasi sostenuto」

次にパート系を列挙する。

  1. ピアノソナタ第二番第一楽章83小節目「quasi staccato」
  2. ピアノソナタ第三番第一楽章91小節目「quasi cello espressivo」
  3. ピアノソナタ第三番第五楽章78小節目「quasi pizzicato」
  4. ハンガリーの歌による変奏曲第七変奏57小節目「quasi pizzicato」
  5. パガニーニの主題による変奏曲第九変奏134小節目「quasi pizzicato」
  6. ホルン三重奏曲第三楽章43小節目「ppp quasi niente」
  7. 交響曲第二第一楽章118小節目「quasi ritenente」
  8. 交響曲第二第一楽章386小節目「quasi ritenente」
  9. ラプソディート短調op79-2 118小節目「quasi ritardando」

以上だ。全部で16回になる。一般の音楽用語辞典によれば「ほとんど~のように」という見解で問題がないように思われるが、日本語としての収まり面で今ひとつ納得できていない。上記16例のうち「ほとんど~で」の解釈でピッタリはまるのはパート系の6番「ppp quasi niente」の「ほとんど無音で」くらいではなかろうか?ヘンレに存在せず国内版にのみ存在するパート系の2番と3番の怪しさは別途論じるにしても、これらを「ほとんど~で」と解するのではあまりに能が無い。

そこで恒例の意訳提案だ。「quasi~」の訳語として「~っぽく」を提案したい。口語もいいとこの訳語だが、日本語としての座りは抜群である。ためしに上記16例を「~ぽく」と読み替えてみるといい。特に「メヌエットっぽく」「チェロっぽく」「ピチカートっぽく」などは絶品である。解釈に行き詰まった際の気分転換にどうぞ。

2006年4月21日 (金)

「comodo」意訳委員会

意訳委員会シリーズ第三弾である。

「comodo」は音楽用語。一般には「気楽に」「飾らずに」「心地よく」「のんびりとした」という意味と解される。ブラームスは、その「comodo」という単語を下記の通り生涯で3度使っている。全て楽曲の冒頭になっている。

  1. 弦楽四重奏曲第一番op51-1第三楽章「Allegretto molto moderato e comodo」
  2. ピアノ四重奏曲第三番op60第四楽章「Allegro comodo」
  3. 歌曲「歎き2」op69-2「Comodo」

1番と2番が1873年、3番が1879年の完成だ。非常に近い時期に、「Comodo」を使用した曲が集中しているということが出来る。

次に3曲に共通する短調であるということだ。1から順にヘ短調、ハ短調、イ短調だ。この点だけで冒頭に列挙した「気楽に」「飾らずに」等の訳語が浮いた感じになる。訳語としての座りが悪いのだ。特にピアノ四重奏曲第三番は「ウエルテル四重奏曲」の異名を取る作品だ。「頭にピストルを突きつけている男のイメージ」とブラームス自ら語ったというエピソードがあるくらいの曲なのだ。その曲のフィナーレの発想記号を「速く、気楽に」と解釈するのは無神経が過ぎるというものだ。

残る二曲にも奇妙な共通点がある。楽譜があるならば参照して欲しい。まずは「歎き2」の拍子が4分の2拍子である。これに対してカルテットの方は8分の4拍子になっている。1小節に8分音符が4つという枠組みが共通である。そしてどちらも8分音符一個がアウフタクトとして第一小節の前に飛び出している。その押し出されたアウフタクトにアクセントとスフォルツァンドが付与されているのだ。どちらの曲も8分音符一個分だけ強拍が前にズレている。ブラームスによくある記譜と拍節感のズレが生じているのだ。まどろっこしい説明は後だ。「歎き2」のピアノの左手と、カルテットのヴィオラパートを見比べて欲しい。フレージングが瓜二つだ。

やはり、曲想や拍節のズレという現象から見ても「気楽に」という解釈は具合が悪い。「気楽に」「飾らずに」「心地よく」「のんびりとした」では、なんだか悩みが無さ過ぎる。この3曲の曲想に照らして、もっと真面目でストイックなニュアンスが必要である。

「comodo」はブラームスに限って「粛々と」と解する提案をしたい。

2006年4月14日 (金)

「semplice」意訳委員会

「poco」に続く意訳委員会第二弾である。そもそも意訳委員会の対象になるということ自体、解釈に苦労していることの裏返しである。手許の音楽事典では、「無邪気に」「素朴に」「飾り気なく」とある。英語の「simple」と語源が同じとも書いてある。であるなら訳語としては「シンプルに」で収まるのではないかとも思うのだが、しっくり度が今いちなのだ。

「semplice」の単独使用例は2例。「semplice」を含む語句になると19例を数える。けして一大勢力ではないのだが、用法に規則性が見つからない。声楽にはけっして現れないことと、f系のダイナミクスとは共存しないことが特色といえば特色だ。しいて言えば「tranquillo」に近いとも思われるが、断言は慎みたい。

ためしに一つの提案をする。「淡々と」がそれである。用例の分析を通じてそう感じるだけで根拠を示せないのが残念だ。

2006年2月15日 (水)

「poco」意訳委員会

「poco」の意味を問う試験問題があったら、「少し」と答えておけば点になる。何も難しい単語ではない。

ブラームスではパート系で約750箇所、トップ系で113箇所で使用されている。ベートーヴェンはトップ系で39箇所出現するに過ぎない。「poco」をブラームス独特の「微調整語」「抑制語」と断ずる根拠はこのあたりにある。(すみません。ベートーヴェンのパート系は数えていません)

これだけたくさんの「poco」が使われていると画一的に「少し」という解釈をしていたのでは、しっくり来ないケースも出て来る。「poco f」は、「少し強く」でまあ許してあげるとしても「poco adagio」や「poco allegro」となると「少し」怪しくなる。まして「poco andante」あるいは「poco allegretto」ともなると相当辛いものがある。

そうした目で見てみるとパート系で「marcato」「agitato」「sostenuto」「tenuto」「sf」等が「poco」によって修飾されているケース(もちろん全て実在する)は、「少し」という日本語では答えにならないと思われる。トップ系においては「presto」「larghetto」がこの仲間に入るだろう。

ここで「poco」の解釈について提案をしたい。良い日本語があるのだ。「気味」である。「風邪気味」の「気味」だ。「私は風邪だ」と「私は風邪気味だ」を比べると風邪の症状は後者のほうが軽いと思われる。「poco」のイメージにぴたりと合う。「marcato」を例に採るなら「マルカート気味で」という解釈だ。マルカートの度合いは「marcato」単体よりも浅くなる。「少しはっきりと」という解釈よりは、日本語としてすっきりすると思う。実演奏への転写にはなお困難も伴うだろうが、わかったような気になれるところが味噌である。

さらに「poco」の前に「un」が付いてしまうケースでも鮮やかに対応できる。「un poco sostenuto」を例に採れば「いくぶんsostenuto気味に」とすればいい。これ第一交響曲冒頭に燦然と輝くメジャーな用語だ。

以上、あくまでも日本語としての「座り」の問題だ。「poco」の解釈にあたり「少し~で」という方向で行き詰まったら「~気味で」と読み替えてみることをお奨めしたい。

少なくとも日本語としての収まりは、抜群にいい。

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