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カテゴリー「118 ヘミオラ」の3件の記事

2023年10月18日 (水)

深層ヘミオラ

ブラームスが自作に4分の6拍子を採用するとき、そこには2分の3拍子との緊張を利用したいという意図が隠れていることが多い。

第3交響曲の第一楽章4分の6拍子には、記譜面で不思議な現象が起きている。どのパートであれ、1小節の間隙間無く同じ音を充填する場合、4分音符6つをもっとも手っ取り早くあらわす「付点全音符」が用いられそうなものだが、ブラームスはその使用を頑なに避けている。第一交響曲の主部8分の6拍子では、まるまる1小節に同じ音を敷き詰める場合に、付点2分音符が用いられていることと対照的だ。

ためしに第3交響曲第一楽章の冒頭2小節を見るといい。どちらの小節においても全てのパートが「タイで連結した付点2分音符」になっている。「6個の4分音符」を「3つずつが2組」だと思いなさいということに決まっている。

ところが、第3小節目から放たれる第一ヴァイオリンの第一主題は、2分の3拍子の枠組みに聞こえる。「四分音符2個が3組」ということだ。冒頭2小節における音符の割付と違う枠組みの旋律がいきなり始まる。我がヴィオラはそれらどちらとも受け取れるシンコペーションを強いられる。

再現部120小節目になると、モットー2小節の後半に弦楽器が出ることで、「3個*2組」の枠組みがキチンと明示される。ことここに及んで、さては冒頭も「3個*2組」だったのかと思わせるという仕組みだ。

名づけて「深層ヘミオラ」。

 

 

2015年9月21日 (月)

順次下降

低い方に向かって音階通りに下がって行く進行のこと。

大好きなヴァイオリンソナタ第1番の第一楽章36小節目から始まる第2主題、「con anima」の場面、ピアノに耳を傾けてて欲しい。36小節目からの第二主題は端正な4小節フレーズ。4分の6拍子の1小節が、4分音符3個ずつにグルーピングされる。ヴァイオリン側のスラーのかかり方から見ても1小節が2つに割られると判る。指揮なら2つ振りされる1小節の拍頭ピアノ右手にご注意いただく。
36小節から3小節の間「D→Cis→H→A→G→Fis」と続く。ニ長調の順次下降だ。次女の名付けに腐心していたころ、楽譜を見ながらこの旋律を何度も何度も聴いた中で、この順次進行の美しさに心を奪われた。同じ場所、ピアノの左手側は同じく拍頭で低い「D音」が執拗に鳴らされる。ノリとしては保続低音「オルゲルプンクト」だ。
ブラームスらしいささやかなサプライズは39小節目に用意されている。小節を2つに割っていたはずのピアノの右手が、突如小節を3つに割る。「E→D→Cis」という具合だ。ヴァイオリンの旋律は変わらずに小節を2分するようなスラーがかかっているから、真ん中の「D音」のところで、リズム的な軽い衝突が起きる。「4分の6」と「2分の3」が同時に鳴るということだ。ここでピアノが順次進行を守りながら、「E→D→Cis」を無理やり1小節に押し込むことで、小節の末尾に「A7」を作り出す。これがオクターブ上げられたニ長調第二主題確保のさりげない準備になっているという論理性がまぶしい。
そうして始まる40小節目は、「con anima」の主題の裏では先の順次下降がピアノの左手に移されている。もちろん43小節目では「E→D→Cis」の押し込みも保存されている。
さてさて話は一気に174小節目に飛ぶ。「con anima.」の第二主題が再現される場面だ。慣例に習って再現は原調のト長調。ピアノの右手の拍頭に目をやれば「G→Fis→E→D→Cis→H」という順次下降に続いて「A→G→Fis」という圧縮もキッチリと現れる一方で左手には「G音」がキッチリ保続される。
ピアノが奏でる順次下降と保続低音は、ヴァイオリンの超美しい第二主題をいつくしむように取り囲む空気と大地のようだ。
あるいは、あるいはもしかすると「父と母」かと感じたことが、次女への名付けの決定打になった。

2006年4月 4日 (火)

ヘミオリスト

ブラームスのこと。個人的にはブラームスを史上最高の「ヘミオラの使い手」と思っている。思い込みが激しいとの批判は覚悟の上での話だ。「ブラームスの辞書」のようなオタクな本を出版してしまった私ではあるが、さすがにブラームスの使用したヘミオラの全てをリストアップはしていない。ましてや他の作曲家についてヘミオラの使用頻度を捉えている訳ででもない。それでいてなお「史上最高」と称したいというわけだ。

ヘミオラ。語源はどうやらギリシャ語あるいはラテン語だそうだ。「1.5」とか「3対2」とかいう意味のようだ。転じて「比例配分」の意味。ブラームスの使用実態から見るとこの「比例配分」という語感がピッタリとはまり込む。

ブラームスが仕掛けるヘミオラをいくつかに分類してみると以下の3つがよく用いられていると思われる。

  1. 「6/8拍子と3/4拍子」の間で起きる。両者に共通する「8分音符6個」という切り口を軸足にして自在にピポットして見せる。数字の裏付けはないが、このパターンが一番多いような気がする。作品76-5のカプリチオは全曲この感覚で貫かれている。作品119-3も気持ちがいい。
  2. 「3/4拍子と3/2拍子」の間で起きる。「4分音符6個」という切り口がピポットフットだ。たとえばヴァイオリン協奏曲第一楽章や弦楽四重奏曲第二番第四楽章で見られる。これも1型と同様使用頻度は高い。
  3. 「6/4拍子と3/2拍子」の間で起きる。2型と同様「4分音符6個」という切り口だ。とゆうよりブラームスが6/4拍子を採用するのはヘミオラがやりたいためだと断言したいくらいだ。第三交響曲第一楽章を筆頭とする6/4拍子が現れたら、まずヘミオラの存在を予想していい。

最近のお気に入りは、「永遠の愛」op43-1だ。この曲、三部に分かれている。「夜の描写」「男の弱音」「健気な女」とでも名付けうる構成だ。第二部の「男の弱音」までが3/4拍子だ。第三部で複縦線を境に6/8拍子と明記される。これだと単なる拍子の変更だけで面白くもなんともないのだが、第三部がまさにクライマックスを迎える113小節目のピアノパートが事実上3/4拍子にすり替わるのだ。この場所曲中で「f」が最初に記された場所でもあるのだが、声のパートは頑として6/8拍子で突っ張り続けているから、ピアノ側の3/4拍子との間でせめぎ合いが起きる。116小節目で一瞬ピアノが6/8拍子に戻るとき、声の側に軍配かと思わせておいて、次の117小節目で声が歌い切ると同時にピアノ側に再び力強い3/4が復帰する。エンディングまでの4小節間、ピアノは声の側が沈黙する中、3/4拍子を貫き続ける。記譜上の表示はあくまでも6/8拍子を押し通したままで、実質的には楽曲冒頭の3/4拍子が回帰するというわけだ。

このラスト9小節のせめぎあいが明瞭に聴こえてこない演奏だけは、願い下げである。

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