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カテゴリー「124 表情」の53件の記事

2016年9月21日 (水)

ステーキの焼き加減

音楽用語に登場する「ben」は「十分に」と解されている。ブラームスの楽譜上では下記4種の用語しか修飾しない。

  1. marcato
  2. legato
  3. tenuto
  4. cantando

不思議なことにこれらの語は「molto」で修飾されにくい。ずっと不思議に思って調べているが、「十分な」情報が得られない。解決に結びつくとも思えないが、面白い情報があったので書いておく。

ステーキの焼き加減を示す用語がある。

  • レア
  • ミディアム
  • ウエルダン

もはや日本語にもすっかりなじんでいる。このうちの「ウエルダン」をイタリア語では「ben cotto」と言う。「cotto」は「焼いた」という意味だから全体で「十分焼いた」となり、ウエルダンの意味合いになる。ものの本によればけして「molto cotto」とは言わないらしい。「ben」と「molto」はキチンと区別されているのだ。

ちなみに「poco cotto」といえば「生煮え」の意味するようだが、ステーキの「レア」は「al sangue」といい「poco cotto」とは言わないという。何だか深い。

2015年12月27日 (日)

卵の上を歩け

ヴァイオリンソナタ第3番のエピソードだ。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻47ページ。クララ・シューマンの四女オイゲーニエが母クララの言葉を書き留めている。同曲第3楽章の155小節目ピアノに現れる「Tranquillo」のことに言及して、「あそこは卵の上を歩くようなものよ」と述べている。

巧妙な言い回しだ。すぐに比喩だとわかる。「卵の上を歩く」訳が無いからだ。クララにだって経験があるわけではなかろう。そしてこの言い回しには「卵の上を割らずに歩く」という意味が内蔵されていると思っている。歩きながら卵を割りまくる訳ではないと心得たい。だからこそ「並外れて微妙で」「用心が要る」という意味になる。

「Tranquillo」単独では「静まって」という意味なのだが、この部分は「とりわけ微妙でっせ」というクララの認識を表していると見て間違いがない。

それにしてもクララ一家はうらやましい。楽譜上の単語1個について、これほど具体的な会話が親子で交わされているということだ。オイゲーニエはこのことをずっと心に留めていたある日、クララの家でブラームス本人がピアノを受け持ってこの曲に挑むのを聴く機会を得た。

ブラームスは問題の「Tranquillo」に差し掛かると、大幅にテンポを落として切り抜けたと証言している。「ブラームスさんはつま先立ちで歩いたんだわ」と姉のマリエと喜び合ったという。

2015年12月 1日 (火)

異例のPassionato

「Passionato」は情熱的にと訳される。意味が似ている「Apassionato」と合わせてブラームス作品における用例を以下に列挙する。訳あって冒頭のダイナミクスも添えておく。

  1. op47-2 Apassionato 「f」
  2. ラプソディー第2番ト短調 op79-2 Molto passionato,ma non troppo allegro 「f」
  3. ピアノ協奏曲第2番op83第2楽章 Allegro appassionato 「ff」
  4. 弦楽五重奏曲第1番op88第2楽章 Grave ed appassionato 「f」
  5. 交響曲第4番op98第4楽章 Allegro energico e passionato 「f」
  6. チェロソナタ第2番op99第3楽章 Allegro passionato 「p mezza voce」
  7. op103-11 Allegro passionato 「f」
  8. op116-3 Allegro passionato 「f」
  9. インテルメッツォop118-1 Allegro non assai,ma molto appassionato 「f」
  10. クラリネットソナタ第1番op120-1第1楽章 Allegro passionato 「f」
  11. クラリネットソナタ第2番op120-2第2楽章 Allegro passionato 「pocof」

以上11箇所。単語の意味からしてダイナミクスは概ね「強め」系統なのだが、チェロソナタ第2番だけが、「弱め」系になっている。

これには楽章の調性プランが少々反映していると見ている。記事「予行練習」でも述べたとおり、超遠隔調の嬰ヘ長調からヘ短調に繋ぐ工夫の一つと見た。前楽章が「pp」ながら、調的には明確に「嬰ヘ長調」で終わったあと、第3楽章がヘ短調で始まる。そのことを曖昧にする意味の「p mezza voce」だと解する。11小節目でチェロに輝かしい「f」がやっと現れるときには、今度は調が「ヘ短調」になっていない。恐らく安住の地としてのへ短調は103小節目まで待たねばならない。そこはもう中間部トリオの直前だ。

2015年11月20日 (金)

無言ドルチェ

「dolce sempre piu」という表現をブラームスは生涯で2度使用している。

  1. ティークのマゲローネのロマンスop33-9の111小節目
  2. 弦楽五重奏曲第1番op88第1楽章189小節目の第一ヴァイオリン

1回目は全長138小節の歌曲だ。要所を締めるかのように6度「dolce」が出てくる。問題の111小節目は7度目なのだ。つまり「既に6回出たdolceよりもっとdolceで」という解釈ですっきりする。

問題は上記の2番だ。189小節目以前に同楽章に「dolce」は出現しないのだ。「既に出現したdolceよりもっとdolceで」という解釈はたちまち限界を露呈する。先行する「dolce」無くいきなり「piu dolce」が出現するのだ。「dolce」を修飾しないケースにまで目を向けると「piu」という用語は、しばしばこうした使われ方をしている。

著書「ブラームスの辞書」では、この状態を解釈するために「無言ドルチェ」という概念を想定している。「表示は無くてもある程度dolceだった」という考え方である。単に「dolce」とせず「piu」を付加したブラームスの気持ちを思いやる瞬間だ。

2015年11月12日 (木)

「con anima」再考

記事「con animaの処理」で、「con anima」を「animato」と同義と位置づけた。それが直接テンポをいじる指示ではないという認識も披露した。それを演奏に転写する手段としてテンポアップが採用されるとも書いた。我が家所有のCDの演奏振りからそれを検証しようと調査を続けた結果、テンポアップの実態も明らかになったが、それ以上に演奏家による処遇の差を印象付けられる結果となった。

調査中、心に引っかかっていた疑問がある。はたして本当にブラームスは「con anima」を「animato」と同義だと考えていたのだろうか?
同じなら何故書き分けたのだろう。この種の用語を考えもなしにズルズルと提示することはブラームスにおいてはありえない話だ。ましてこの36小節目はとっておきの旋律だ。普通以上の注意深さで置かれたに決まっている。
「con」は英語でいう「with」だ。「anima」は「魂」だ。その原点に立ち返ることがヒントになりはしないか。「魂とともに」である。「con anima」は、同義とされる「animato」より使用頻度がかなり低い。気軽に使われる「animato」よりは、「とっておき感」が深いのではあるまいか。「副詞」と「副詞句」だから同義という一見正論のような解釈こそが落とし穴ではあるまいか。
「魂とともに」は魅力的な角度だ。
ごつごつしているから、言い換える。「心とともに」「心を添えて」かもと。良い日本語を思いついた。「心をこめて」だ。語感としては「espressivo」より深い感じ。「animato」と同義とされるより説得力がある。
先に分類パターン314を本調査のひとつの結論と位置づけた。しかし本日はその根底を揺るがす話だ。テンポの変動など表層に過ぎない。テンポ変化による訴求は、楽曲構造上再現部では採用が難しいという点も、「心をこめて」であればすんなりはまり込む。ヴァイオリンソナタ第一番第一楽章の「con anima」に関する限り、「animato」と同義という解釈を放棄し、「心を込めて」と捉えなおす立場を採りたい。お叱りは覚悟の上だ。
本日をもって「雨の歌」ツアーをお開きとする。

2015年10月22日 (木)

pp grazioso e teneramente

ヴァイオリンソナタ第1番第1楽章70小節目に存在する指定。同楽章中のオアシス。前打音からのオクターブジャンプが可憐だ。

楽句中に現れる「teneramente」は、「愛らしく」を意味する貴重な用語。至高のインテルメッツォop118-2の冒頭に「Andante teneramente」として現れることで名高い。「teneramente」の全用例を当たる。同楽章の再現部では「teneramente」が抜けた「pp grazioso」となっている。一回目だけに「teneramente」が置かれているということだ。

同楽章70小節目の「teneramente」は、弦楽器にあてられた唯一の例だ。古今のヴァイオリニストたちの弾き方が個性的で本当に楽しい。

2015年6月18日 (木)

p poco espressivo

いやはや恐れ入る。ピアノ四重奏曲第2番の第1楽章144小節目と152小節目に実在する。前者は弦楽器3本、後者はピアノのパートである。第1楽章の展開部の途中。

「espressivo」は、ブラームス作品においてはおなじみの楽語。一般に「表情豊かに」と解されるが、一筋縄ではゆかない。「ブラームスの辞書」では、同時に走る複数の声部のうちより優先順位の高い側に付与されるという解釈を柱に据えている。いわゆる「主旋律マーカー」だ。

ところがその「主旋律マーカー」を、「poco」で抑制するとは、よほどのことだ。「ブラームスの辞書」本文では、「少しニュアンスを異にして」という解釈を試みている。

パガニーニの主題による変奏曲op35第2巻193小節目に全く同じ指定がある。その都度全力で考えないとたちまち行き詰まる。

2014年12月 2日 (火)

カフェで注文

ウィーンのカフェには、膨大な種類のコーヒーが用意されている。種類と言っても豆の品種や産地のことではないことは既に言及した。淹れ方、添え物による膨大なバリエーションがあるということだ。店側がこれらに周知していることは当然としても、常連ともなれば客の側でもこだわりを持っているものだ。注文のしかたは下記の如くである。

  • 膜の張ったメランジェしかしグラスで
  • 濾過したトルココーヒーに極上泡立て生クリームを添えて
  • 逆さカプチーノとても熱くいくぶん淡いものを

何かに似ている。そうだ。楽曲冒頭に記される発想記号だ。とりわけブラームスの多彩で微妙な指定そっくりだ。ウィーンゆかりの作曲家でもとりわけブラームスは並外れて繊細だ。まさかカフェの影響ではなかろうが。

2012年9月18日 (火)

「tranquillo」異聞

欧州各国のサッカーリーグが開幕するこの時期、長男は決まって選手名鑑を買い求めて、隅々まで熱心に目を通す。不意に私に質問をしてきた。「スイス人なのに名前がイタリアっぽい選手がいるけど?」という内容。

「スイスは、ロマンシュ語、ドイツ語、フランス語、イタリア語が公用語になっているから、イタリアっぽい名前の人がいても不思議じゃない」と答えて一件落着だったのだが、たとえばどんな名前と聞いた私に指し示した名前を見て、今度は私がぎょっとした。

<トランキッロ・バルネッタ>Tranquillo Barnetta

  • チーム名 ドイツブンデスリーガのシャルケ
  • スイス代表 ディフェンダー
  • 背番号27

カタカナで「トランキッロ」と書かれると判らないが、元のスペルを見て愕然とした。音楽用語の「Tranquillo」そのままだ。音楽用語では「静まって」と解される。ブラームスもしょっちゅう使っていた。音楽用語がそのまま人名に転用されている例は大変珍しい。

2011年8月29日 (月)

エルクの辞書

ルードヴィッヒ・エルクの業績の解明に力を注いだエルンスト・シャーデ先生の「近代ドイツ民謡学の展開」(坂西八郎訳)には興味深い指摘が充満している。

本日もその話だ。

エルクは民謡の採譜にあたり演奏者の歌い方を忠実に再現しようと考えていた。とりわけテンポには神経質なほど配慮していたという。刊行にこぎつけた数千の歌の冒頭にはほぼ全てテンポが表示されている。何とこれがドイツ語ばかりなのだ。「Allegro」等イタリア語を使う際には必ずそれを引用符で囲んだ。楽譜を読む人が、エルクの聴いたままの調子で歌えるようにするにはドイツ語がもっともふさわしいと考えたということだ。

シャーデ先生はエルクが民謡集で用いたテンポ用語を収集分類しておられる。「近代ドイツ民謡学の展開」でそれが紹介されている。ご丁寧なことに全部が日本語になっている。原文も併記されていたらお宝情報だったなどと嘆いていないで以下に示す。これで全部ではないだろうが目安にはなる。

<ゆっくり>

  1. ゆっくり おそらく「Langsam」に違いない。
  2. ゆっくり過ぎず 「nicht zu langsam」あたり。
  3. ゆっくりだがだらだらせず 「langsam doch nicht zu」
  4. いくらかゆっくり おそらく「etwas langsam」

<中庸に>

  1. 中庸に活発に Massig bewegt
  2. まったく中庸に Massig
  3. いくぶん速めに Etwas massig

<快活>

  1. 快活に Bewekt
  2. いくぶん快活に Etwas Bewegt
  3. ほどよく快活に
  4. かなり快活に Ziemlich bewegt
  5. 非常に快活に Sehr bewegt

<急激>

  1. 急激に Rasch

<生き生き>

  1. 生き生きと速く Lebhaft
  2. あまり速くなく
  3. いくぶん速く Ziemlich schnell
  4. かなり速く

<急速>

  1. 急速に Schnell
  2. あまり急速過ぎぬよう Nicht zu schnell
  3. かなり急速に

一応私の感覚で独文の候補を添えておいた。返す返すもこれが原文併記でないことが残念だ。もし原文併記だったらブラームスの民謡で用いられた用語と比較が出来る。

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