セレナーデの最終進化形
本日の記事は6月12日の記事「セレナーデ」と一緒に読むと面白さが一層引き立ちます。
ジャンルとしてのセレナーデは高貴な人を慰めるための作品であることは既に述べた。最初は文字通り偉い人を指していた。貴族の庭先で野外パーティや、食事の際のBGMである。野外での演奏を想定して持ち運びの不便な楽器は避けられていた。やがて「高貴な人」は「大切な人」への拡大解釈が起き、「恋人」を指すようになる。恋人の住む窓の下という定位置が確立するのだ。この系譜は延々と続きウエストサイドストーリーの「バルコニーシーン」のタイトルで名高い非常階段の場面に繋がっている。
ブラームスの作品の中に現れるセレナーデは既に6月12日に述べた通り下記のようになっている。
- 管弦楽のためのセレナーデ第一番op11ニ長調
- 管弦楽のためのセレナーデ第二番op16イ長調
- 「セレナーデ」op58-8 イ短調
- 「セレナーデ」op70-3 ロ長調
- 「甲斐なきセレナーデ」op84-4 イ長調
- 「セレナーデ」op106-1 ト長調
作品番号順に列挙したこの流れは、実に美しいのだ。歴史的な意味があると申し上げてもいい。最初の2つが「高貴な人の傍ら」型で3つめからが「恋人の窓辺」型だ。3つめ以降は独唱歌曲なので歌詞がある。3番と4番はどちらも「いとしい人よ」という呼びかけで始まっていて「恋人の窓辺」型であることとを証明している。つまり男から女への呼びかけの言葉がそのまま歌詞になっている。
次の5番目、「甲斐なきセレナーデ」は男と女の会話体のテキストになっている。「部屋に入れる入れない」の押し問答である。3,4番に見られた男の必死な呼びかけよりは、女のリアクションを描写している分だけ客観性を増している。
最後のセレナーデはさらに客観性が増強される。歌詞を読めば解るが、「セレナーデの歌われている情景」の描写になっている。男の呼びかけの内容や女の答えの中身には目もくれずにひたすらに情景描写に徹するのだ。最後にハッピーエンドが暗示されて終わっている。これがブラームスのセレナーデの最終進化形にして最高傑作の誉れ高い作品106-1の正体である。
ブラームス作品中のセレナーデ形式の変遷は、音楽史上のセレナーデの進化の跡をなぞっている。「個体発生は系統発生を繰り返す」を地で行く話である。
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