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2005年6月30日 (木)

presto銀座

発想記号「presto」を含むトップ系表示がピアノ四重奏曲第一番の終楽章に5箇所も集中する現象を指す。

曲想から考えて、現実の適正テンポが数学的な意味の「presto」とは思えない部分も含めて、発想記号に「presto」を混入させることにこだわったブラームスの意図が必ずあると思われる。

特定の用語が、特定の時期または楽曲に集中する場合その現象を「~銀座」と表現している。第二交響曲からピアノ協奏曲第二番に「mp」が集中することを指す「mp銀座」や、ピアノ五重奏曲に「ritenuto」が集中する現象を指す「ritenuto」銀座など、私の著作中では用例が多い。

ブログ開設一ケ月

5月30日にこのブログを立ち上げてちょうど一ヶ月だった。

どうなることかと思っていたが、一日も書かさず更新をすることが出来た。大好きなブラームスのことだから何とかなると思っていたが、ネタに困るということは一度も無かった。それどころか現在執筆待ちのネタが20以上ある。よくよく退屈しない作曲家である。

それからもう一つささやかに喜びたいことがある。一ヶ月約60の記事の中に、「誰それのCDは」「誰の演奏は」等の記事が一回も現れないことである。これは自分を律する決まりごととして密かに心に誓っていた。CDのレーベルに書いてある演奏者を信じることは信仰の自由に属する事項なので、信心の深い人たちに任せることにしていた。唯一の心配はネタが続くかどうかだったが、はたして杞憂だった。「お勧めCD論」「演奏家論」に頼らずに一ヶ月間毎日記事を更新することが、自分に課したハードルだったが、十分達成できた。

2005年6月29日 (水)

ノントロッパー

ブラームスのこと。

発想記号において「non troppo」が頻発するので、本文中ブラームスをノントロッパーと呼んでいる場合がある。

「troppo」とは「余剰」「過剰」を意味し。これに「non」が付くことで「余剰を排して」程の意味になる。「non troppo」が修飾する語の意味が極端にならぬよう注意を促す機能である。いわゆる「抑制語」「微調整語」の代表格であるが、もっぱらトップ系に現れることが特徴である。過半のケースにおいて「allegro」を修飾する。

ブラームスは何事につけ極端を嫌う傾向を隠していない。「煽り系」と「抑制系」のアンバランスもこれを証明している。特に「allegro」が速過ぎることを恐れていたと思われる。「con brio」によってしきりに「allegro」を煽ったベートーヴェンとは対照的である。

このあたり核心だ。ブログでの書き過ぎは慎まねばなるまい。

不完全版下のその後

今週に入ってから、出版社からのメールが届いていない。

今日も届いていない。先週の水曜日に完全版下上の印刷のムラを指摘されて一週間になる。印刷ムラを修正したプリントを手渡したのが、先週の木曜日だから、かれこれ一週間音沙汰なしということになる。良い傾向と受け止めておくことにする。つまり残りの版下原稿に不備が無く、かつ組版作業が進んでいると推定されるからだ。便りが無いのが何とやらである。考えるだにドキドキする。致命的な誤りを指摘されはしないかという本質的な恐れに起因するものだ。

しかしである。これはいわゆる「ゼータクな悩み」である。暇である一点において今は執筆中とは雲泥の差だ。この一年脇見も振らず走り続けてきたのが、立ち止まって振り返る余裕が出来たせいなのだ。こうしたドキドキ感が深いほど完成後の喜びもまた大きいのだ。

順調に行けば、納本まであと1ケ月もかからぬハズである。

2005年6月28日 (火)

mp銀座

ダイナミクス記号「mp」の現れ方は、少々興味深い。作品番号1のピアノソナタ第一番の第三楽章に出現はするのだが、あとはプッツリ。ホルントリオに少々現れるだけだ。ピアノ三重奏曲第一番に存在するにはするのだが、1890年の改訂版にしか現れない。

その後第一交響曲になってようやく現れることをキッカケに堰を切ったように用いられる。第二交響曲からヴァイオリン協奏曲を経てピアノ協奏曲第二番に至るあたりに濃密に分布する現象を「mp銀座」と呼んでいる。

ブラームス楽語ウオッチャーにとっては、目の離せない用語である。ブログであんまり書いちまうと面白くないのでこの辺でやめておくが、「mp」項目では思い入れの部分も含めて筆が進んだと告白せねばならない。

22000行のエクセルデータ

執筆に先立つ前準備として、ブラームスの楽譜上の音楽用語を抜き出してエクセル入力した。文字になっている音楽記号全てが抜き出しの対象である。

作品番号、楽章、小節、パートごとに使用されている指示語を抜き出すのだ。これが言うとするとでは大違いの難儀な作業である。恣意的な抽出にならないよう、始める前に大体のルールを決めて取り組む。

「同一小節中の同一用語は、パートが割れても1箇所とカウントする。」が代表的なルールである。また「パート系とトップ系を出来るだけ厳密に区別してカウントする」点にも注意した。

この抽出作業の間は、ただただ抽出に徹し、どれだけ興味深い現象が現れようとも、その場では深入りせずに、コメント欄にマーキングをして先に進めた。全ての曲をできるだけ同じ感覚で処理するためである。とはいえブラームスの122を数える作品について抽出作業を終えるのに5ケ月半を要した。昨年夏の暑いさなかである。今振り返るとこの時期が一番辛かった。来る日も来る日も楽譜とにらめっこであった。

こうした作業が終わったとき、エクセル行数で22000行を数えるデータベースになっていた。エクセルのデータベース機能を使えばあらゆる切り口からの検索が可能である。私の著作には、このデータベースが役立ったことは言うまでも無い。

私が著作の中で提起したいくつかの試案は、もちろん統計的な根拠をその都度提示しているが、時々「直感で申し訳ないが」と断りながら提案しているケースがある。これは膨大なデータ入力をする過程で、指が感じた感覚を根拠にしているケースである。同じことを繰り返し入力するうちに、統計的な根拠は薄弱ながら、「なんだか多い」みたいな直感でたどり着いた試案があるということなのだ。エクセルデータを2万2千行も打っているとそういうこともあり得るかなと思っている。しかし音楽用語22000件などたいしたことは無い。ブラームスはそれに加えて音符まで書いていたのだから。

今度の著作は、初の自費出版ということもあって、我が子のようないとおしさを感じるのだが、その前提になっている22000件のデータベースもそれに劣らず宝物である。

分母もこれくらい大きいと、客観的に物を論ずるに足ると思っている。一定の比率でブラームス以外の人間の意思が混入していたとしてもである。

2005年6月27日 (月)

トップ系とパート系

多くは楽曲の冒頭、楽譜列の最上段に存在し、全ての声部に有効な指示を「トップ系」と名づけた一方、各楽譜列に記載され、記された声部のみに有効な指示を「パート系」と呼んでいる。

ヴァイオリン協奏曲第一楽章を例にとると、「allegro non troppo」がトップ系で、ファゴット、ヴィオラ、チェロの「mp」がパート系である。

「なんだそんなことか」と思うかもしれないが、なかなかどうして奥深いものがある。トップ系はゴシック体で印刷される一方、「パート系」はイタリックの斜字体である。作曲家は書きなぐっただけだろうから、出版社がいちいちトップ系かパート系か判断していたことになる。もちろんブラームスがそれとわかるように書き分けていた存在も否定できない。

「トップ系」にしか現れない「allegro」のような単語があるかと思うと、「f」のようなダイナミクス語は「パート系」にしか出現しない。「staccato」のように典型的なパート系に見える単語が、まれにトップ系に現れて狼狽させてくれたりと、ちっとも退屈しない。

楽譜作成ソフトをいじると、この差は重要である。スコアを先に仕上げて、後からパート譜に行く場合、トップ系の指図は全てのパート譜に転写される一方、パート系は記された声部だけに印刷される。もちろん「トップ系」「パート系」は私の造語なので、マニュアルには書いていない。

2005年6月26日 (日)

金管打抑制

金管楽器、打楽器のダイナミクスを周囲の楽器より抑え目に設定する特性を指す。

金管楽器やティンパニになかなか「ff」を許可しない傾向や、弦楽器や木管楽器より一段抑えたダイナミクスを指定する傾向を含んだ表現である。

金管楽器の中でも序列が存在し、「ff」にありつきにくいのはトランペット、トロンボーン、ホルンの順である。ホルンはこうした忍従を強いられる反面、驚異的な出番も用意されるなどブラームス独特の感覚を垣間見せる。弦楽器内ではコントラバスにもこうした傾向がある。

ブラームスが「大きな音のする楽器」を認定していた可能性を提起したい。

インターネット書店

インターネット書店など、今となってはさして珍しくもない。

私の本が出版の暁には、出版社の主宰する自費出版専用インターネット書店に登録する予定である。一般書籍用のインターネット書店には登録する予定はない。

このほど、自費出版専用インターネット書店に登録するための準備を開始した。ネットに掲載する本の内容紹介とメッセージの作成である。毎月2冊の販売目標なので何らかの手は打たねばならない。目標未達でも誰かに叱責されるわけではないのでお気楽なものである。公開までに送料の設定も終えねばならない。

刊行と同時に公開される予定である。

2005年6月25日 (土)

子供たち

長男長女次女の順に授かった3人の子供たちだ。パパの夢を実現するために、幼い頃からヴァイオリンを習わされている娘2人と、何とかチェロを習わせたいパパの企てに応じない息子1人の三人が、あとがき中に一回と、本文中におのおの1箇所ずつ言及されている。今上から中2小6小4になった。妻が他界したときは3歳1歳0歳だった。あれから9年父親である私に本を書くような時間的ゆとりが生まれたことが、子供たちの成長を物語っている。

我が家の四重奏団でチェロ担当予定の長男は、ゲームと野球とサッカーが好きで勉強が嫌いな普通の中学生だ。毎晩ヴァイオリンの練習を強要される妹たちを尻目に、チェロには、かけらも意欲を見せない。背丈だけは180cmのパパにあと10センチに迫っているが、心優しい兄貴である。

我が屋の四重奏団ではコンサートマスター予定の長女は、ママのいない我が家では、ママ代わりの仕切り屋。将来音をはずした管楽器奏者をジロリとにらむよくいるタイプのコンマスになりゃせんかと心配。勝気、几帳面、わがままな反面、独特の確固たる価値観に根ざした道徳感がある。学校で優等生の反面我が家で大威張りだ。性格そのままにカッチリ感のあるメリハリのついた演奏が特徴。10月のヴァイオリン発表会ではヴィヴァルディのイ短調協奏曲に挑戦する。バラード苦手の彼女にはピッタリだ。

我が家の四重奏団の第二ヴァイオリンは次女。おおらかのんびりを絵に描いたような性格だ。何に付け発想やアイデアが他人と同じことを嫌う。姉には尻に敷かれっぱなしだが、姉への絶対服従が貫かれる。同じ楽器を弾かせても姉と一味違う音を出す。特にG線の音色は独特で、将来ヴィオラ転向も予見させる。父、祖母、姉、兄からの愛情を一身に受けたとぼけキャラは楽団のスパイスとして不可欠。10月の発表会ではリーディングの協奏曲に挑戦する。はじめての協奏曲に意欲を見せる。最近6度のエチュードが好きと言い始めて将来のブラームス好きの片鱗かとパパを熱狂させる。

本文末尾のあとがきで言及される子供たちの紹介でした。

中二階効果

「molto p」の機能を「p」と「pp」間にもう一段階のダイナミクスを設定する機能と仮定し、この機能を「中二階効果」と呼んだ。

ダイナミクス記号を「p系」と「f系」に分けた場合、ブラームスは「p系」側に手厚い用語遣いをしている。ダイナミクスの「弱い側」により繊細な書き分けを施している。比較的普通に見られる「molto p」に対して「molto f」はほとんど存在しない点、このことを象徴している。

こうした特性から元来「molto p」は同一楽曲中に「p」と「pp」共存していたのだが、後期には「p」または「pp」が欠落した楽曲での用例が目立ってくる。・・・これ以上は秘密です。

2005年6月24日 (金)

伴奏の芸術

「伴奏の芸術-ドイツリートの魅力」という本がある。歌曲伴奏の泰斗ヘルムート・ドイチュさんの著作を、奥様の鮫島有美子さんが邦訳したものである。大袈裟に言えば、この本私の著作の生みの親的な存在である。

私が「ブラームス専用の音楽用語辞典」の構想を暖めていたころ、この本に出会った。その頃、(正確には今もなのだが)私は自分自身の構想に自信が持てずに知人に相談を持ちかけていた。何人かの知人の意見が否定的で力を落としていた頃、手に取ったのが「伴奏の芸術」である。

さすがに歌曲関連の書物だけあってシューベルトは別格の扱いとなっているが、我がブラームスにも相応の敬意が払われている。演奏の準備を語る中で、まずは正確な譜読みの必要性を説き、作曲家ごとの癖を知ることの意義が述べられている。28ページの末尾にブラームスが扱われ、「ブラームスのダイナミクス指示は並外れて変化に富み、それを全部書き出してリストにするのも、恐らく価値があるのではと思われる」と記されている。ここを読んだことで、執筆を決意することが出来たと申し上げても良いくらいである。

この本には他にも一流演奏家の目の付け所を見せ付けてくれる記述に溢れている。

彼ほどの一流の演奏家が断言していることが、どれだけ励みになったか知れない。ブラームスやドイチュさんを信じることにした。ブラームスが楽譜上の細かい言葉尻を軽視していなかったという私の仮説が裏付けられた思いがした。執筆をはじめて程なく、この仮説は確信に変わった。彼ブラームスは間違いなく意図して書き分けているとしか説明がつかない事例が、相次いで見つかった。そして一流演奏家もまたそれを必死で読み取ろうと努力するものだということがわかった。

私の本、なんとかしてドイチュさんご夫妻に手渡して、お礼が言いたいと思っている。

煽り系と抑制系

私の本の中では、何らかの語に付着して意味を強める機能を「煽り系」、弱める機能を「抑制系」と命名した。

煽り系では「molto」「piu」「assai」が代表的である。抑制系としては「non troppo」「non assai」「poco」「meno」「mezzo」が挙げられる。

語幹に相当する単語によっては、事実上煽り系となる語も存在する。たとえば「allegro」に付着する「vivace」は実質煽り系となる。逆に「moderato」は「allegro」に付着して抑制系となる。

ブラームスでは、明らかに抑制系の表現が勝っている。また「抑制系」は「微調整語」と補完しあって、ブラームス独特の曖昧表示の中核を形成する。

2005年6月23日 (木)

母に

間もなく刊行される本のあとがきの末尾には、「母に捧げる」の文言が踊っている。いい大人がと思われるのを顧みず、こう書かずにはいられない理由がある。

9年前、私が妻を亡くしてから3人の子供の母親代わりとして還暦の子育てが始まった。私が今の勤務先で働けているのも、一家離散せずに同じ屋根の下でずっと暮らせてきたのも、妻の死と同時に同居に踏み切り幼い子供たちの面倒を見てくれた両親のおかげである。父がその後すぐ倒れて他界した苦難にも負けず、ただ私の3人の子供たちのために全てをなげうってくれている母である。この本の執筆に打ち込めたのは、子供たちが成長し手が離れたこともさることながら、母のふんばりのおかげである。正直なところ自分を育ててもらっていた頃には、ありがた味も感じなかったのだが、わが子三人の母親代わりを懸命に務めてくれている姿には、降参である。

日常の生活の中では、改まって感謝の言葉を述べることもない。成長したとはいえ、食い盛り伸び盛りの子供を抱えた子育てに終わりはない。何か特別な区切りでもない限り、感謝の気持ちの表しようがない。音楽、それもブラームスなんぞにはかけらも興味のない母に、こんなにマニアックなブラームス本を捧げるというのも気が引けるのだが、そうとでもしないとバチが当たる。せめてもの感謝の印である。

本のあとがきにはここまで詳しくは書けない。

微調整語

副詞の一種。語幹となる語に付着して微妙なニュアンスを付加する用語の総称。

「poco」「meno」「piu」「un poco」「-etto」「-tino」等。

ブラームスはこれら微調整語を駆使して、微妙な色合いを付与することが多い。楽曲冒頭の発想記号にとどまらず、楽曲中に現れる諸指示にも頻発する。語幹に来る単語の意味を弱める抑制系の用語に多い。

発想記号では、微調整語の活用により「allegro」と「andante」の間に膨大なヴァリエーションを生み出す一方、ダイナミクスでは「p」周辺に広大な領域を作り出している。

2005年6月22日 (水)

不完全版下

だからいわんこっちゃない。完全版下に不備が見つかった。帰宅すると出版社からメールが入っていた。400ページ中、3ページで印刷濃度が薄くなっていたそうだ。ページ数の抜けはチェックしたが、印刷ムラのチェックが甘かったということだ。いや、悲観してはならない。この現象はポジティヴに考える必要がある。

逆に言うと3ページで済んでよかった。3ページならば再出力は大した苦労ではない。逆に「もっとあるなら早くおっしゃって」といいたい気分である。また、譜例を切り貼りしたページでなくてよかった。譜例を貼る作業をしていて印刷ムラに気付かなかったことになるからだ。わが子の不始末を、親切にも叱ってもらったようなものである。

それにしてもこちらが渡した完全版下を基に組版する際、1ページ毎にムラをチェックしてくれていることが、わかって感動である。当方の用意した版下に起因する「仕上がり不備」になっていたハズのところを救っていただいたと思わねばならない。

明日午後、再出力した原稿を手渡すこととする。そして、固唾を呑んで見守る毎日が続くということである。

第三楽章問題

これは必ずしも私の造語というわけではない。

私の本の中では、ベートーヴェンの得意としたジャンル「交響曲」「弦楽四重奏曲」において、いつも第三楽章に、ベートーヴェンと一線を画する楽曲が現れる現象を指す。発想記号に微調整語が多用され、テンポ感覚やニュアンス面がストレートに表現されていない。ベートーヴェンがスケルツォを配置した場面で、ブラームスはいつもわが道を行く。テンポ面では注意深く「allegro」が避けられている印象である。これ以上は秘密である。

2005年6月21日 (火)

マーケットサイズ

唐突だが、世の中にブラームス好きってどれくらいいるのだろう。

とりあえず日本にでもいいのだが。この際ブラームスが一番好きだという人に限定したい。たとえば「ブラームスの曲にも好きな作品がある」「一番ではないが好きな部類だ」「考えたことはないけど持っているCDの枚数は一番多い」等々の人は除く。世の中の作曲家でブラームスが一番好きと断言できる人はどれほど存在するのだろう?日本に1万人いるだろうか?少なくともブラームスが断然一番な人は私の周りにはあまり見かけない。「ブラームスも好きだ」という人なら心当たりがあるのだが、オンリーとなるとレアだ。仮にこの層を私の本の基礎的なマーケットサイズということにした場合、1万人いるならこのうちの1%の人の目にとまってくれれば100人になる。発行部数とのバランスがなんとなく取れている。

CDや楽譜を含む関連書籍の発行点数、演奏会での取り上げられ方はブラームス愛好者数とパラレルな関係にあると思われる。「オンリーブラームス」でなくてよいなら、マーケットサイズはもう少し広がるだろう。

いかんいかん。書いているうちに悲観的な気分になってきた。1万人は怪しいんじゃないか?千人のオーダーという気もしてきた。トータルマーケットの規模によってマーケティングの手法は当然変化する。1万人を想定できる場合と千人しか見込めない場合とでは、PRの仕方が全く違って来るはずだ。

まあ、私の本の場合PRにお金はかけられないから、手法は限られている。ネットで細々と掲示してひたすら待つという、受けのマーケティングだ。

伊独辞典状表記

発想記号表記において、同一箇所でイタリア語とドイツ語が併記されている状態。同じニュアンスを伊独両原語で言い換えていると思われることから命名した。あからさまに直訳調のケースから、微妙にニュアンスを異にするケースまで存在する。

ブラームス初期の声楽曲に集中的に現れる。ピアノパートにはイタリア語、声楽のパートにはドイツ語により同じニュアンスを指図している。声楽に特異の現象と断言したいところだが、例外が存在する。「8つのピアノ小品op76」である。ピアノ独奏用の小品8曲のうち5曲で、冒頭にこの伊独辞典状表記が見られる。

2005年6月20日 (月)

著作権の行方

本を出せば末尾の奥付に○にC文字のマークが踊る。これが著作権発生の印だそうである。だから安心というものでもないのだが、一応手は打ってあるみたいな安心感がある。

翻ってこの種のブログ上に記載されたネタに著作権を主張できるのだろうか?具体的に言うとブログ上の情報を勝手にパクられて出版され、○にC文字を打たれたらどうなるのだろう。CDにおける演奏者偽装と同じくらいあり得る話である。

このブログの目的は、第一にこれから私が出す本の宣伝であるから、本の内容についても少しづつ触れて行きたいのだが、あまりディープな部分に触れると、本が売れなくなったり、誰かにパクられたりしないか心配になる。本が売れないのは想定の範囲内だが、ネタのパクリは気分が良くない。大事をとるとすれば、「ブログは著作権で保護なんぞされていない」と考えておいたほうがよさそうである。心配すればキリがなくて、仮に本に○Cを打ったとしても、ささやかな自費出版書なんぞ無視されてしまえばおしまいである。

データベースの打ち込みに手がかかった分、なんだか愛着が湧いてしまった。パクられるということは、内容が世間様にちっとは評価された証拠と前向きに考えることにしよう。

初期ピアノ作品症候群

ブラームスの作品上に記された音楽用語の分析を始めると、否応なく気付く現象の一つ。生涯に一箇所のようなレア指定、「molto」や「grand」によって修飾された大袈裟表現が作品10より若い番号に集中して現れる。この傾向を本文中で「初期ピアノ作品症候群」と名づけている。「大袈裟」の定義がやや曖昧であるが、実例を見れは理解は得られると思う。

作品10より古いピアノ作品に目立って現れることが命名の根拠だが、その傾向は作品35の「パガニーニの主題による変奏曲」まで観察することが出来る。室内楽曲、声楽曲はピアノ曲に比べると傾向が薄まる。op3-2やop8のように後年にブラームス自らの手で改訂された作品では、音楽用語の用法や語彙がシンプルな方向に改められている。ブラームス自ら初期作品の用法や語彙を一部やりすぎと感じていた可能性を示唆したい。

ピアノ曲における境界線は大きくはop10まで、完全に脱するのはop76だ。室内楽はop8が1890年に改訂を受けているので「初期ピアノ作品症候群」は認めにくい。声楽曲ではop19までを境界と想定したい。声楽における境界の設定には、もうひとつ別の切り口もあるとだけ言っておく。

2005年6月19日 (日)

ピアノ五重奏曲

我が家の目標が一つある。生前の妻と交わしていたささやかな約束だ。

それはいつの日か必ず家族でブラームスのピアノ五重奏曲を演奏することである。我が家に三人の子供がいるのも両親と子供で5人の奏者を確保するためである。妻のピアノと私のヴィオラのほか、チェロと2本のヴァイオリンを子供たちが担当せねばならない。妻が他界したことが最大の誤算だが、この目標を諦めたわけではない。長女が小学校二年、次女が幼稚園の年中組の頃からヴァイオリンを習わせ始めた。レッスンの初日、ヴァイオリンの先生から「子供らにヴァイオリンを習わせる目的は?」と問われたパパは「ブラームスの室内楽の第一ヴァイオリンを弾けるようにすること」と即答し、先生を驚かせた。「音大進学」や「コンサートヴァイオリニスト」と答える親もいるようだが、我が家はパパとブラームスを一緒にアンサンブルしてくれることである。ある意味で音大進学よりも難しい注文なのだそうだ。

妻の代わりのピアニストは70歳の母に期待するのは酷なので、子供らの未来の配偶者か、孫に期待するとして、とりあえず野球とサッカーに夢中の長男にチェロを習わせることが最大の課題である。そう、その通り、弦楽四重奏ならばもう今てんぱっているのだ。

今のところ、親の思いは子供らには全く伝わってはいない。父母がこれだけのめりこんでなお飽きることの無いブラームスの魅力を本という形にして、未来の子供たちに残すことが目的の一つである。いつの日か音楽に、ブラームスに目覚めた子供たちが自ら父の著作を手に取る日のためである。そのとき、父の気合の入れ具合が伝わる内容でなければならない。

パソコン一周年

本日6月19日は我が家のパソコン設置一周年である。

昨年の6月19日に我が家のパソコンのセッティングが完了し、現在と同じように使えるようになった。2003年の一月に本の執筆を決意してから約一年半後にパソコンを入手したという訳だ。もちろん勤務先ではパソコンは毎日使用している。むしろパソコンなしでは仕事にならないくらいだが、ブラームスの楽譜に記された音楽用語をエクセルに入力しまくるとなると、どうしても自宅にパソコンが必要になる。ましてや本格的に執筆に着手する段階になったら必須である。

学生の頃、あるいは就職2年目頃に同じことを思い立ったが、あまりのデータ量の多さに立ち往生した記憶がある。そりゃそうだ。パソコンなしにやるのは、至難の業だ。パソコンの普及に感謝である。

あれから一年、昨日完全版下を出版社に手渡せたので、結果から見れば計画通りの進捗である。目論見違いは何もなかった。

①データのエクセル入力 6月19日から11月23日

②執筆           11月23日から3月7日

③著者校正その1     3月7日から4月15日

④契約            4月15日

⑤一次校正         4月15日から4月28日

⑥一次校正の修正    4月29日から5月3日

⑦二次校正         5月6日から5月18日

⑧二次校正の修正    5月18日から5月21日

⑨最終校正        5月11日から6月11日

⑩切り貼り         6月16日

切り貼りと契約以外はパソコンなしには立ち行かなかった。会社に勤務しながらなのでこれらの期間内全ての時間をさけたわけではない。むしろ夜と週末という限られた時間しか取れない中、よく計画通りに収まったと、我ながら感心する。

2005年6月18日 (土)

作品123

お気づきだろうか?このブログのURLの中に「brahmsop123」という文字列が含まれている。「Brahms op123」のつもりである。無理やり読むとするなら「ブラームス作品123」程度のノリである。

ブラームスの作品に付与された作品番号の一番大きな番号は「オルガンのための11のコラール前奏曲op122」であることは周知の通りである。だからブラームスに作品123は存在しない。第一交響曲がベートーヴェンの第十交響曲と呼ばれたのと同じノリの数字遊びである。もっとも「第十交響曲」にはベートーヴェンの正当な後継者というような歴史的音楽的意図がこめられているが、こちらにはそのような大それた意図はない。(あたりまえだ!)むしろ、いくつかのサッカークラブがサポーター用として背番号12を欠番にしているのと同じノリである。

ブログを立ち上げたら使ってやろうと思って、以前から考えていたアイデアである。

用語解説

さてさて、本の完成までの至福の1ケ月を、無駄にしてはなるまいというこで、新たなカテゴリーを開設する。「用語解説」と銘打ったこのユーザーカテゴリーでは、間もなく完成する私の本の中で、私が提案をしている事項を解説することを目的としたい。

本文の中では、ブラームスが楽譜の上に記した音楽用語だけがアルファベット順に記載されているが、それらの用例の分析を通じて見い出される現象に対して、いろいろな提案を行っている。それらの現象や提案には独自のネーミングを施したが、それら自体はブラームスが楽譜に記したわけではないので項目としては取り上げていない。

たとえば、ブラームスの用語遣いは、初期のピアノ作品において、やや大袈裟な表現が目立つという傾向がある。これを本文中では「初期ピアノ作品症候群」と名づけている。この「初期ピアノ作品症候群」という言葉は本文中に少なからず登場するが、私の造語なので、いきなり目にした読者は面食らうことにもなりかねない。この「初期ピアノ作品症候群」のような私が勝手に決めた造語をブログ上で解説して行くことにする。

あまり詳しく解説し過ぎると、本を買う必要がなくなるし、ネタをパクられるリスクもあるのでサラリと数行で表現し、「詳しくは本を読んでのお楽しみ」的な位置づけとしたい。一回の投稿で数項目まとめてということもある。あくまでも完成予定の本の宣伝の一環として考えてゆきたいと思う。至福の一ヶ月を指折り数えて過ごすワクワクの記事とは一線を画する意味で、これらの記事を「用語解説」のカテゴリーにまとめることとする。

もちろんそれらの造語は、感覚的なものなので世間様からの賛同を得られる事柄ばかりではないが、ノリとしてはブラームスを演奏した経験のある人が「そうそう、それって言えてるよね」と膝をたたいてくれるようなネタを目指したい。

至福の一ヶ月

とうとう本日6月18日出版社に完全版下を手渡した。なんだか不思議な気持ちだ。A5版400ページ、字数にして約36万字の原稿に173箇所の譜例が配置された最終原稿の手渡しだったが、いつものファミレスで淡々と完了した。著者の立場としてやれることはほぼ終わった。原稿に思わぬ不備が見つかるやもしれぬから、油断は出来ないが、とりあえず今日は素直によろこぶことにしたい。

カバーデザインは既に打ち合わせ済み。ブラウンを基調としたシンプルなデザインだ。カバーを取り去ると現れる本体の表紙デザインも出版社に提案いただいた通りに決定した。これもまたブラウン基調のデザインである。このブログのテンプレートもブラウン基調だし、先般作成した名刺もブラウン基調である。まあサッカーでゆうところのファーストジャージだ。表紙を一枚めくった扉のデザインもまた要所にブラウン系を配したもので、全体のトーンはブラウンで貫かれている。一番好きな色だし。なんだかブラームスのイメージに合っている気がする。

本の完成予定は約一ヵ月後だ。一応の目安を7月20日とする。あと一ヶ月で本になる。印刷所に原稿を渡してから納本までの待ち時間は、自費出版したものだけが味わえる至福の時ではないだろうか?この一ヶ月は長いのだろうか?短いのだろうか?執筆や校正に明け暮れた毎日が嘘のようだ。

ブログを立ち上げたのは、実はこの時のためだと言ってもいい。この至福の一ケ月をブログ三昧で過ごすためだ。本の宣伝をするもよし、あとがきに盛りこめなかった話題に触れるもよし。明日から、いや今日から私の本についてさらに深く言及して行くことにしたい。

2005年6月17日 (金)

いたずら

亡き妻の誕生日を、発行年月日に忍び込ませた他に、いくつかいたずらをした。

あとがきの末尾の日付は2005年5月7日になっている。言わずもがな。5月7日とは本書の主人公ヨハネス・ブラームスの誕生日である。1833年5月7日ハンブルグ生まれである。実際あとがき部分の最終確定はこの日に合わせた。当然のこだわりだと思っている。

長男、長女、次女の順に授かった子供たちの命名は、我が家の自慢のひとつだ。もちろん素晴らしく音楽に関連する名づけである。本文中で3人の名前の由来について各一箇所づつ言及した。注意深く探せば我が家の3人の子供の名前がわかる人もいるはずである。

一介のサラリーマンである私は、執筆をひとたび離れれば、当然会社という組織に属している。本書の中で2箇所、私の勤務先を象徴する文言を使用している。

亡き妻に

原稿のあとがきを読んだ出版社の社長が「奥様のことには言及しなくてよいのですか」と言葉を選びながら尋ねてきた。誠実で暖かい質問である。あとがきの文末には、この本を子供たちと母に捧げる旨記されているのだが、亡き妻に言及がない点を心配してくれたのだ。

妻が他界して9年と5ケ月になろうとしている。長男、長女、次女を生んでくれた上に、ピアノとヴァイオリンも演奏する。特筆せねばならないのは、妻もまたブラームスが一番好きだったということだ。長男が生まれるまでは、よく二人でアンサンブルを楽しんだ。私がヴィオラを弾くのでファーストチョイスは当然のことながらブラームスのヴィオラソナタになる。ヴィオラソナタ第一番の第二楽章を「子守唄」と呼んだ彼女の感性に驚かされた。何度繰り返しても、そして何箇所弾けないところがあっても、心の底から楽しめた。我が家に今ブラームスの室内楽の楽譜がたくさんあるのも当時の名残りである。妻の遺品から見つかったラプソディop79-2ト短調の楽譜には、学生時代の発表会での彼女の取り組みの痕跡がはっきりと残っていた。3人の子供をもうけたのは、将来家族でブラームスのピアノ五重奏を演奏するためでもあった。

思い出せばきりがない。もし存命なら執筆の手助けをしてくれただろうし、刊行を喜んでくれるだろう。「亡き妻に捧げる」の一文を本書末尾に躍らせるかどうか、迷った。結論から言えば「亡き妻には直接触れない」である。妻とのアンサンブルの過程で知りえた知見をふんだんにちりばめることで、よしとする。「亡き妻に云々」の文言は、読者にとっては無用のメッセージだ。お涙頂戴の「闘病日記」の類ではない。

強がってみせたものの、本文には仕掛けを施すことにした。出版社にお願いして奥付に記載される本書の発行年月日は2005年6月15日に固定することにした。実際の発刊日がこの日にならなくてもである。本日6月17日の時点でまだ印刷にも回っていないのだから6月15日に発行されるはずはない。がしかし、妻の誕生日6月15日を本書末尾に記載することとした。実際の発行は7月中旬以降となることが確実なので一ケ月を超える「オフサイド標記」となる。

あとがきに書ききれなかった思いを綴るという、このブログの趣旨からして、もっとも大書されるべき記事である。

2005年6月16日 (木)

切り貼り完結

原稿への譜例の切り貼りが今夜完了した。173箇所の切り貼りに目論見の4時間よりやや少なめの3時間40分を要した。切り貼りが存在するページについては、ついでに誤植のチェックをしたが、一箇所も見つからなかった。400ページ中の165ページくらいに目を通したことになる。それで誤植が見つからなかったということは、統計学的には良い傾向だと思われる。

譜例は1段から5段まで4種類ある上に、同じ段数でも幅が微妙に違う。仮線の多い少ないや、スラーのかかり方によっても幅が変わる。だいたい譜例一段あたりワードの行数にして3行というのが目安だが、173箇所それぞれについて譜例貼り付け余白行数を設定しておいた。実際に貼ってみて何箇所か幅が合わない箇所があるかもしれないと心配していたが、杞憂であった。幅を読み違えた場所はひとつもなかった。よいことだ。譜例には通し番号だけが振ってあり、曲名は記していないが、厳選した173箇所だけに全部どの曲だか覚えていた。扱う内容に比して譜例の少なさはこの本が背負う弱点の一つだ。コストの関係で泣く泣く切られた場所の分まできらめいて欲しい。3時間40分の単純作業だが、ちっともつらくなかった。終わってしまうのが惜しいくらいだった。今までの人生で味わったことのない不思議な達成感がある。

あさって18日の「完全版下手渡し」を控えて、明日もう一日校正をすることとする。間違いが出ればそのページだけ新たに印刷して差し替える事とする。

切り貼りの朝

今晩から、いよいよ譜例の切り貼りをはじめる。

すでに短冊状に切っておいた譜例を173箇所に貼り付けるだけだ。粛々と進めるだけの単純作業である。一番気になるのは作業の過程で誤植がみつかることだ。一文字が抜けたとか間違えたという誤りならともかく、修正のため行の増減が発生するような間違いだと厄介である。すでに譜例のためのスペースが全ページで確定していて、一つの修正でそこいら中に影響が出ることにもなりかねない。

それでも、誤植が今みつかる方がいい。永遠に残るキズになってしまうところを土壇場で救ったということだからだ。生まれてくる子供がただ、健康であることを祈っていたのと似ている。自らの手で事前に存分な校正が出来ることに感謝しなければならない。今回の出版の過程に即して言えば、切り貼り作業は、まとまった作業としては著者側に残された最後のプロセスである。と同時に最後の校正のチャンスである。ここまで来たら微塵も労力を惜しんではなるまい。

2005年6月15日 (水)

名刺

名刺を作った。パソコンを使えば簡単である。サラリーマンにとって名刺は必需品だ。何を今更である。

執筆中の本が完成して、本をめぐっていろいろな人と出会った時、会社の名刺を差し出すわけには行かない。当たり前である。どこかに献本に行ったとき、誰かに贈呈したとき、まずは名刺を差し出すというのが自然だ。そのとき会社の名刺では具合が悪い。会社の従業員として訪問しているわけではないのだから当然である。問い合わせの電話が会社にかかってくるのも困りものだ。

名前、住所、電話番号、メールアドレス、このブログの名前とアドレスを表示して、名前の前に適当な肩書きを添えた。レイアウトと色合いを少し工夫して出来上がりである。ブログのテンプレートに似た色合いにしたり、小さなこだわりを持たせてみた。

出来上がると、なかなか気分がよい。雰囲気が盛り上がって来る。早く誰かに配りたい。

2005年6月14日 (火)

完全版下の台紙

めでたいことは間違いない。完全版下の台紙が完成した。

制作費削減のため完全版下を自ら作成して出版社に持ち込むという道を選んだことに後悔はない。しかし、ワープロの機能が抜群に向上したとはいえ難問も多く抱えていた。

まず、ワードの持つ盛りだくさんの機能を使いこなす知識がない。罫線が引けない。箇条書きが出来ない。などなどである。幸い今では基礎的スキルはマスター出来た。

完全版下を目指すとなると、ノンブルの位置や上下左右の余白の取り方にも気を配らねばならない。譜例の切り貼りもその一つである。しかしながらずっと悩んできたのは文字化けである。ディスプレイでは何の問題もないのに、いざ印刷すると身に覚えのない文字が躍っているというやつである。最初のころドイツ語の変母音が文字化けを起こし、原因を取り除くのに3ケ月かかった。ここ一週間悩んでいたのは、英字を印刷したときに文字の間隔が乱れるというとトラブルだ。マニュアルや参考書はまったく役にたたなかった。厄介なのは、同じ手順同じ操作で出るときと出ないときがあるということだ。これは今もって解決していない。

今夜とうとう、原稿をA5の紙にプリントすることに成功した。まだ譜例の切り貼りが残っているので、完全版下そのものが完成したわけではない。「完全版下の台紙」が完成したというわけである。文字化けで悩んだだけに感慨深いものがある。ここまで来ればあとは切り貼りをするだけである。昨夜から文字化け退治をいろいろと試みる中、誤植を2つ発見した。文字化け様様である。この先譜例の切り貼りをしながら発見される誤植が最後の誤植になることを祈りたい気分である。

2005年6月13日 (月)

学生オーケストラ

ブラームス専用の音楽用語辞典の執筆を思いついたキッカケは何だろう。

「ブラームスが好きだから」のほかに何かないだろうか?ブラームスにのめりこむ前に約4年間の「ベートーヴェン一筋時代」があったことも大きい。そして千葉大学管弦楽団に在籍した4年間で、ベートーヴェン、ブラームス以外の作曲家の作品と向き合った経験もバカにはならない。以下は大学在学中7回の演奏会のメインとサブの曲目だ。これら全て何も見ずにすらすら思い出せる。学部の教官の名前と顔は忘れてもである。

①ブラームス 第二交響曲/ラベル マメールロア

②ベートーヴェン 英雄交響曲/メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲

③ブルックナー ロマンティック/ドビュッシー 海

④ブラームス 第一交響曲/芥川也寸志 交響管弦楽のための音楽

⑤チャイコフスキー 悲愴交響曲/チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲

⑥ドボルザーク 新世界交響曲/ベートーヴェン 第一交響曲

⑦マーラー 第五交響曲/水野修好 オーケストラ1981

その他、移動音楽教室、室内楽演奏会、合宿などの諸活動で取り上げた作曲家は網羅的である。時間と意欲だけは旺盛な弦楽器初心者に音楽の基礎を叩き込むことに関して学生オケほど効率のいいシステムはざらにはあるまい。4年間、文字通り学業を犠牲にして音楽に打ち込んだ。「授業料」はいつしか「部室使用料」と呼ばれた。月水金の合同練習のほかに個人練習、年3回の合宿、年2回の定期演奏会。数々のマネージメント。無数のコンパ。友情そして恋である。

ここで得られた経験を順列組み合わせ的に並べ替えたものが私の本の根底にある。

「ブラームス」という素材を「ヴィオラ」「千葉大学管弦楽団」を調味料に「私の頭」という鍋で26年間コトコト煮詰めたというわけである。

ヴィオラと私

執筆中の本は単なる事実の羅列にはなっていない。用例の分析を通じて得られた感触を基にしたコメントを遠慮なく書き加えている。

特にヴィオラへの偏愛を隠していない。ブラームス最後の室内楽であるクラリネットソナタ2曲は、ブラームス自身の手によってヴィオラソナタに編曲されていること、周知の通りだが、本書ではクラリネットソナタを全てヴィオラソナタと標記している。要所要所には私自身のささやかな演奏経験に基づく記述もばら撒かれている。ブラームス作品随所に出現するヴィオラのおいしい出番は、その都度指摘させていただいた。もちろんお叱りやご批判は甘受する。この本のキーワード第一位はもちろん「ブラームス」なのだが、第二位は「ヴィオラ」であると思っていただいてよい。

18歳の春。大学オーケストラの部室に「弦楽器なら何でも」と飛び込んだベートーヴェン大好き少年を待っていたのはヴィオラのパートリーダーだった。その日のうちに楽団備え付けのヴィオラを貸し与えられたのが、初代ヴィオラである。この初代で弾いたのがブラームス第二交響曲だ。アンコールのハンガリア舞曲第四番もこの楽器だった。2年になると後輩に楽器を譲るため自分の楽器を揃えることになる。アルバイトしてためた10万円で買ったのが二代目。オレンジ色がトレードマークのチェコ製だ。この楽器で大学祝典序曲、第一交響曲、ハンガリア舞曲第五番を弾いた。卒業直前4年冬の演奏会のために第三代目を購入した。卒業後10年使用することになる西ドイツ1979製だ。夏合宿の弦楽六重奏曲第一番、卒業演奏会のクラリネット五重奏だ。卒業後第三交響曲、第四交響曲、ヴァイオリン協奏曲、弦楽四重奏曲第二番、ピアノ五重奏曲もこの楽器で初体験することとなった。四代目を愛用する現在もこの三代目は処分されず、いつの日か娘らがという夢に備えている。

そして現在の4代目。長男誕生を記念して購入したもの。ブラームス存命中の1877年ドイツ製だ。この楽器大きさ自慢である。ボディ長がなんと46cmもある。三代目より6cmも大きい。いわゆるヴィオラっぽい音がするところが気に入っている。取り回しは苦労するがかわいい奴だ。弦楽六重奏曲第二番と、ピアノ四重奏曲全曲を4代目になって初体験した。

ブラームスはヴィオラを愛していたと思う。そうでなければおいしい出番が頻発することを説明が出来ない。その証拠の数々を本にしたと言うことも出来る。おいしい出番とは、必ずしも主旋律を意味するものではない。主旋律にありつける頻度は確かに高いのだが、単に主旋律にありついただけで喜ぶわけではない。インスピレーションと呼ぶしかない絶妙の対旋律や、和音進行上の重要な音、含蓄に溢れたシンコペーションなどなど。具体的には見てのお楽しみである。

ヴィオラを選んでよかった。

ターゲット論

何事もマーケティングの時代である。商品を効率的に売るために、そしてそれを最大の利益に繋げるために、人々は知恵をしぼる。通例それらの努力は商品開発の前のコンセプトワークから開始される。「どのような層に買っていただくか」を想定するところが大抵のスタートラインとなる。

私の本のターゲットはどのような層だろうか?執筆中からずっとそれを考えていた。何しろオタクな内容である。無名の自費出版作品をお金を出してまで買ってくれるとしたどのような人たちだろう。

①「ブラームスを愛する人」

②「ブラームスを演奏する人」

③「ブラームスを聴く人」

こんな切り口を考えている。①②③の全てまたは一部。無論私なら買う。絶対に買う本である。店頭でみかけたら間違いなく買うだろう。

①は多分に建前だ。本当の狙いは②にある。ブラームス作品の楽譜に普段から親しんでいる人たちだ。ブラームスの楽譜に真剣に向き合っている人たちだ。普段ブラームスを演奏する過程で、彼の楽譜に接し、ぼんやりながら用語遣いの癖の存在に気付いている人々はいないだろうか?その人たちがわが意を得たりと膝を叩いて賛同してくれるような本でありたい。「そうそうそれって言えてるよね」と感じてくれるネタを供給したい。複数の楽譜間の用語遣いの異同に頭をなやませている人たちは、きっと少なからず存在する。演奏会を控えて譜読みをするうち演奏へのアプローチに迷いが生じてしまった人々の助けになれるかもしれない。意欲ある学生たちは有力な候補と思われる。学割でも設定しなくては!

③は条件付だ。この層は幅が広くて難しい。演奏家論の題材としてブラームスを位置づけている人たちからは歓迎されないだろう。この層の一部もターゲットには、なり得ようが①または②との複合が前提となるように思う。

結論は②なのだ。プロフェッショナルかアマチュアかは問わぬが、楽譜を音にする立場の人たちが最有力のターゲットだ。作曲家自らが楽譜上に記した文字情報は作品解釈上重要なツールとなる。校訂者の手による記入だったとしてもそれらの体系的な分析は解釈の助けとなるハズである。

えらそうに言っているが、本音はもっと単純だ。この本を買ってくれる人たちとブラームスを肴にビールが飲みたいということだ。これでぐっと解り易くなった。

2005年6月12日 (日)

マッコークル

本場ドイツのヘンレ社から発行されている「ブラームス作品目録」なる書物がある。マッコークルはその著者名にして、この世界最高のブラームス本の通称だ。ページ数は840を数えずっしり。当然ドイツ語なので意味はようわからんが、気迫だけは伝わってくる。作品番号を持つ作品に始まり、作品番号のない作品、編曲作品へと続き、それら全ての楽曲の冒頭部分の譜例を掲載する。初演の日時、草稿の所在、初版本のデータなど客観的な事実の積み上げで出来ている。恐れ入る緻密さである。マッコークルさんはブラームス好きに違いない。それも相当のレベルのである。好きでなけりゃ出来ないと思う。

執筆に際して私も一冊買い求めた。昨年の夏、はじめて手にしたときの感動を今も鮮明に覚えている。約3万円の出費だ。卑しくもブラームスネタの本を書こうかという場合、これが手元にないのはいささか問題だろうということで思い切って購入した。難を言うと日本語になっていないということだ。それはこの本の罪ではない。ドイツ年の企画として日本語訳でも出ないものか。

「マッコークルに載っている」というだけで裁判所の確定判決をもらったみたいな安心感がある。全くマッコークルを疑わずによりかかってしまっている。もしドイツ語が理解できたら私は執筆を思いとどまっていたかもしれない。とてもマッコークルにはかなわないからだ。この本の凄さを本当の意味で理解出来ないが故に、本を出すなどという大それたことが出来たのだ。

本当は、日本のマッコークルになりたいのだけれど。。。

配布と販売

300部の小部数とはいえ、いや小部数だからこそ、虎の子の本をどう取り扱うかが気になるところである。

刊行後、お世話になった人に差し上げることにしている。これは、その人に音楽の知識があるないとは関係がない。音楽に興味がない人も含まれる。出版にこぎつけた御礼の意味をこめてお渡しせねばならない方々であり、ざっと7名程度である。義理を欠いてはいけません。

その次は、音楽仲間たちである。中学時代からの音楽三昧の結果、音楽仲間はけっして少なくないが、彼ら全員が配布の対象ではない。ブラームスに相応の興味がある人に限られる。本の感想を是非聞かせて欲しいと思う人たちである。昔の音楽仲間であるからといって必ずしもブラームス好きとは限らない。内容が内容だけに「もらってもありがた迷惑」というパターンならないよう相手を厳選せねばならない。この条件ですぐに思いつくのが約10名である。「自費出版したので差し上げます」といえば大抵の人は「ありがとうございます」と言ってくれるだろう。大人の対応として当たり前だ。しかし内心「もらっても興味ないのにな」と思っているひとだっているに違いない。そういう人に差し上げるよりは、お金出してでも買ってくれる人に1冊でも多く回したいのだ。このへんの匙加減が難しい。

最後は、宣伝用。出版社が主催するネット書店に提供する分、国会図書館を含む数箇所の献本先。その他本の販売促進のための提供である。まあこれも10冊といったところだ。3つのパターンの合計27冊。これに自分の分をいれて、まあ約30冊が無償配布である。あとから是非差し上げたいという人が現れるかもしれないので10冊くらいは余裕を持っておいたほうがいいかもしれない。

理論的には残り260冊が販売にまわる。いやいや販売を前提とした在庫になる。売れやせんのだ。一般の書店に置くことは考えていない。というよりこちらが考えたとしても相手が嫌がるだろう。交渉の時間が無駄というものだ。在庫本の置き場所は確保した。たたみ一枚分のスペースで十分だろう。

本当は見ず知らずの他人様で、お金を出して買ってくれる人と、ブラームスの話題で盛り上がりたいのだ。顔が見てみたいというのが本音だ。執筆中からあまりのオタクさ細かさに自分でも半ばあきれていた。だからこのノリに賛同してお金出してまで買ってくれる人が、そうそういるとも思えないのである。それだけに買ってくれる人は大切にしたい。10年で完売出来たら嬉しい。それだって毎月2冊だ。これはなかなかのハードルである。幸い「お勧めCD」系の内容ではないので10年たっても古くはならない。まあ、会社風にいえば、「毎月2冊の販売目標」である。

完売しても当然経済的には大赤字である。出版そのものの費用に、パソコン購入の費用、楽譜購入の費用、参考文献購入の費用までカウントして価格設定したらお話にならない単価になってしまう。執筆に費やした私自身の手間賃もカウントしたらさらに悲惨である。経済学や数学の話ではだめなのだ。商売ではなく道楽と割り切ることが前提である。赤字という意味では全部売れようと売れ残ろうと一緒だ。かかった費用の回収なんぞはなから頭にない。売れたらその分子供と旅行もできてラッキーだというだけだ。お気楽な販売目標である。

今日は午後から、数少ない理解者のところに情報提供をしに出かける予定だ。

登場人物

ブラームスといえば、ベートーベンの後継者というイメージが闊歩している。いわく「三大B」「第十交響曲」などなどである。音楽雑誌が思い出したように企画する「ブラームス特集記事」やブラームスの伝記本では、必ずと言っていいほどベートーヴェンに言及している。

趣旨は「ブラームスはベートーヴェンを模範とし」「ベートーヴェンの後継者たるブラームス」「ベートーヴェンの亜流」などなど。ブラームスがどれだけベートーヴェンから影響を受け、それが作品にどれほど投影されているか、手を変え品を変え論じられている。もしかすると錯覚かもしれないが、ブラームスがどれほどベートーヴェンと違っているかという議論の層が薄いと感ぜられる。今出版を急いでいる「ブラームス専用の音楽用語辞典」では、その薄いところに光をあてている。

ブラームスが楽譜に記した音楽用語をデータベース化し、それがエクセルの行数でいうと2万2千件になったのだが、ベートーヴェンでもデータベースを作成している。最小限の比較対照の相手としてベートーヴェンを選んだというわけである。中学高校とベートーヴェンにのめりこんでいたせいで、楽譜や資料が我が家に少なからずあるというのが一番の要因だ。楽曲の冒頭に存在する音楽用語だけをデータベース化した。エクセル行数にして千件程度の規模である。

用例の分析から想定されるブラームスの癖について、ベートーヴェンとだけはささやかな比較が可能ということである。大雑把な感覚では、似ていないことも結構多い。少なくとも模倣一辺倒で説明しうる限界は超えている。もっといろいろな作曲家と比較したいのだけれど、ブラームス以外の作曲家についてデータベース化できるほど楽譜を持っていないし、意欲も湧かない。本文中一度でも名前の出た作曲家は、ブラームスを除くとそれほど多くはない。ベートーヴェン、バッハ、モーツアルト、シューマン、マーラー、シューベルト、シェーンベルグ、アルバンベルク、ハイドン、サラサーテだけである。サラサーテを作曲家にカウントするならヨアヒムやクララ・シューマンも入れないといけないだろう。12名だ。

通常ブラームスの伝記であれば、はずせないところのワーグナー、ブルックナー、リスト、グリーグ、ドボルザーク、チャイコフスキー、ショパン、ヨハンシュトラウス、Rシュトラウス、ヘンデルなどは、全く名前が出てこない。さらに演奏家の名前はもっと少ない。ヨアヒムやクララを別格とすれば、他には1人と1団体が出ているだけである。

2005年6月11日 (土)

祝、脱稿

最終校正が今終わった。今日は朝からかかりきりだった。66ページ進めた。

実際には完全版下として出版社に手渡すので、A5版の紙に印刷しなければならない。ページ番号の位置や余白の確認も残っている。そして何より譜例を決められた位置に糊で貼り付ける作業が控えている。しかし昨年6月19日に我が家にパソコンが届いてから約一年、ほぼ予定通りの脱稿となった。今はそれを素直に喜ぶことにする。校正は、何度やっても間違いが出るとは、この業界の常識だそうだ。だから校正は、きりが無いとも言える。ある時点で開き直って「エイッ」と打ち切らないと、いつまでたっても本にならない。つまり今日「エイッと打ち切る決心ができた」ということだ。切り貼りの途中で発見した誤りは、まだ修正が可能だが、本になってしまったあと判明する誤りは、永遠にキズとして残ることになる。それもまた一興である。

173の譜例は既に出来上がっている。「allegro2003」という楽譜製作ソフトを使って作成した譜面を、本文に挿入するのに相応しい大きさに縮小し、さらにそれを短冊状に切っておいた。約1ケ月もかかったが、終わるのが惜しいくらい楽しい作業だった。

明日一日微調整。月曜日には、はずせない出張があるので、A5への出力が完成するのは14日か15日になるだろう。これで切り貼りをする台紙が完成することになる。173箇所の切り貼りには根をつめれば3時間か4時間のハズだ。17日には完成するだろう。よって出版社への手渡しは週末の18日か19日となりそうだ。

最終校正②

今晩も最終校正に気合を入れた。301ページ「poco piu mosso」から332ページ「ppp」までを確認した。あと66ページ。「p」の項目が終わればゴールはもうすぐだ。この週末に全398ページを完了したい。来週火曜日から譜例の切り貼りに入り6月19日には最終稿を出版社に手渡すことを目標にしよう。6月20日以降早いうちに納品の時期が判明する筈だ。

データベースをエクセルに打ち込むのに5ケ月半、ワードに原稿を打ち込むのに3ケ月半、譜例の選定と作成に1ケ月合計3回の校正に2ケ月、恐らく印刷と製本に1ケ月だろう。

念のため断っておくが、私は都内の普通の会社に勤務するサラリーマンである。つまりこれら出版に必要な作業は全て夜か週末にコツコツと続けたというわけだ。仕事しないでこれだけに打ち込んだら前段のデータベース作成とワード入力の部分は半分の時間で出来たはずだ。自費出版本の著者の平均年齢は60歳を少し超えたところという。定年で辞めた後にコツコツ取り組むということなのだろう。

ただ、データベース作成の基礎資料となる楽譜は作品番号付きの作品だけでも122ある。このほかに作品番号が無いものもある。これを集める所から数えると26年になってしまう。もっと縮めて執筆のアイデアが思い浮かんだ2003年1月から数えても3年半というところである。

2005年6月10日 (金)

昔話

今日は帰宅が深夜になった。最終校正の続きは「poco calando」から「poco piu mosso」まで約14ページしか進めることが出来なかった。

わたしが クラシック音楽に目覚めたのは中学生の頃だ。キッカケはハッキリとは思い出せない。中学時代はいわゆる古今の名曲を中心に一通り聴いていた。高校に入るころには、すっかりベートーヴェン大好き少年になっていた。なけなしの小遣いをベートーヴェンのレコードとスコアにつぎ込んだ。この頃一生の目標が芽生えた。なんのことはない「いつの日か家族で室内楽をすること」であった。当時何も楽器が出来なかった。大学に入ったらなにか弦楽器を始めると心に決めていた。好きだった曲はベートーヴェンの弦楽四重奏曲だ。特に好きだったのは15番だ。かわいくないガキである。いつかこんな曲を演奏したいと心から思っていた。

大学に無事入学してすぐオーケストラに入団した。初心者ながら弦楽器を希望すると偶然部室にいたのがヴィオラの先輩であった。あっという間に楽器を貸し与えられオーケストラの一員になった。無謀なことに翌年の1月の定期演奏会でデビュウしたのだ。曲はブラームスの第二交響曲である。この2つの出会いが今思うと奇跡である。ヴィオラとブラームスを選らんだこと、この偶然を何かに感謝せねばならない。

当時はまだベートーヴェン大好き少年だった。デビュウ演奏会の次、2年夏の演奏会の曲目がベートーヴェンの第三交響曲であった。英雄交響曲といえばベートーヴェン道の王道である。もちろん大好きな曲であった。ところがである。この曲演奏してみて異変に気付いた。面白くないのである。ブラームスの第二交響曲のほうが断然楽しめた。「こんなハズはない」と何度自問してもやっぱり面白くない。あろうことかこの演奏会のオープニングプログラムがブラームスの大学祝典序曲だった。これが面白かったことが、決定的な転機となってブラームス党に乗り換えてしまったというわけである。19歳の5月か6月のことである。

高校時代ののめりこみかたからすればわずか数年でブラームスに乗り換えることになろうとは想像も出来なかった。そしてブラームスにもいつか見切りをつけて他の作曲家に乗りかえる日が来るのではないかと思いつつ早26年が経過した。もう乗りかえることはありえない。今26年間でたまった思いのタケを400ページの本文にぶつけているところである。

2005年6月 9日 (木)

困った問題

ブラームス専用の音楽用語辞典は、著者の目から見ても困った問題を抱えている。

一つは、この執筆を通じて何らかの傾向が読み取れたとしても、他の作曲家で同じ分析をしてみない限り、「ブラームスの特質だ」とまで断言は出来ないことである。残念ながら私自身はブラームス以外の作曲家で同じことをトライする気にはなれない。一通り楽譜をそろえるだけで膨大なお金と時間がかかってしまう。時間と金ならばまだ良いほうで、意欲が全く湧かない。それが父や神童や楽聖であってもである。

ニつめは、楽譜の版の問題だ。ブラームスの意思がキッチリと反映した楽譜を参照しながらデータベースを作れるかどうかである。世の中に流布している楽譜がブラームスの意図をキッチリと反映されているとは限らない。我が家にある楽譜は、多分玉石混交だろう。

複数の楽譜を所有している作品についてはそれらをよく比較することにした。出来るのはここまでだ。我が家の楽譜が校訂者の意図で塗り固められていない楽譜であることを祈るばかりである。悲観ばかりしている訳ではない。仮に校訂者の意図が相当量混じった楽譜だった場合、どうなるか?少なくとも校訂者の癖にはたどり着けることになる。よく考えるとそれも重要なことだ。将来、ブラームスの意図と校訂者の意図を見分ける手法の確立に発展する可能性も無いとはいえまい。

2005年6月 8日 (水)

最終校正①

本日の著者校正は「piu f」から始まった。「p」の項目は一番数が多い。「p」や「pp」のほか「poco」や「piu」というブラームスお得意の微調整語が含まれるためだ。全400ページのうち実に134ページが「p」で始まる語句になっている。本日はそのうちの263ページの「piu f」からはじめて287ページの「poco calando」まで終わった。

本文中に実例として列挙した全ての場所について、実際の楽譜をあたり、本当にその語句が楽譜上に存在するかどうか確認するのが最終著者校正の目的である。「piu f」のように実例が100箇所近くになると、それだけで30分以上かかってしまう。実際の楽譜をあたると表示した小節数が違っているケースも発見され、その都度修正する。今回の最終校正に入ってから発見して修正した誤りの数は既に30箇所を超えている。これが放置されたまま刊行されていたらと思うと、校正はつくづく大切だと思う。

同時に、譜例が挿入される場所の余白幅と位置に誤りが無いか確認をしておく。

根気が要る作業である。2003年にこの本の執筆を思い立ってから2年と少々の道のりを思えば、ここで手を抜くわけには行かない。ゴールはもう間もなくである。

2005年6月 7日 (火)

ブラームスネタ

音楽の鑑賞にとって、演奏者の存在は不可避である。なんぼ名曲でも書かれた楽譜を見て「いやあ、素晴らしいですね」とはならない。演奏されてはじめて鑑賞の対象となりうる。論評もまたそこから始まる。当たり前の話である。作品が元々持っている素晴らしさを演奏家が引き出してはじめて鑑賞の準備が整う。その際の構成比はどのくらいだろう。ヘボな作品を演奏家が助けての100点もあれば、作品で90点なのに演奏家が台無しにして80点もあるだろう。いろいろなケースを想定出来ようが、概ね作品が過半のパーセンテージを占めるのではないだろうか?お叱りを覚悟で言うと7対3か8対2あたり。もちろん演奏家が3か2である。この3か2の部分を強調して議論するのが演奏家論。誰が演奏しようと普遍の7か8の部分を議論するのが作曲家論だ。大事なことだから何度でも繰り返す。

私はこの7か8の部分に深い興味がある。見知らぬ同士が始めてクラシックの話をする場合に、枕として演奏家の話から入るのも悪くはないが、そればっかりはいただけない。ブラームスの話がしたいのである。

ただいま執筆中の本は、こうしたブラームス話のネタの集まりである。ただ集めただけではつまらないから、音楽用語という切り口を与え、私が普段考えているこことをアルファベット順にならべた。あたかも音楽用語事典のようにである。長年ブラームスファンを続けてきた関係で、日本語で読めるブラームス本は大抵目を通しているが、そうしたコンセンプトの書物にはお目にかかったことが無い。もちろん音楽用語辞典ならば数多存在するのだが、特定の作曲家が使った言葉だけに的を絞った例は見かけない。

さてさて、最後の著者校正の追い込みをせねばならない。昨日までに400ページ中265ページまで完了した。あと135ページである。

2005年6月 6日 (月)

調味料論

世の中の作曲家論の多くが「演奏家論のバリエーション」と化している点、少なからぬ違和感がある。「作曲家論」とあえて言っているが、実態は好みの作曲家についてのワイガヤ話である。他愛のないネタなのだがここでは敢えて「作曲家論」と言っているに過ぎない。「ブラームスっていいよねえ」で始まった飲み会がいつの間にか「バーンスタインとカラヤン」「オイストラフとシェリング」「ケンプとバックハウス」「ヨーヨーマとロストロ」の比べっこになっていた経験が少なくない。それはそれで場が盛り上がること確実で楽しいのだが、演奏家名が書かれたCDのレーベル見てそれを信用しているという一点について疑いの余地は無い。

私は、普通の演奏のCDが一枚あれば満足である。若い頃、すくない小遣いで一曲でも多くブラームスの作品を聴きたいと志した結果、同じ作品に複数の演奏を手元に置くことが出来なかったことも原因だろう。トマトとキュウリの違い、つまりブラームスとベートーヴェンの違いには興味があるが、トマトの産地にはさほどこだわりがないのである。この姿勢は世の中のクラシック愛好家の平均値とは大きく違っていることもまた解っているつもりだ。同じ楽譜を見ながら演奏しているのに結果として現れてしまう演奏家間の違いよりも、ブラームスをブラームスたらしめているエキスの方に深い興味を感じる。

昆布のうまみの正体が「グルタミン酸ナトリウム」であることはかなり有名な話である。その事実は日本人が初めてつきとめたという。しかしその発見の前から「昆布の煮汁がうまい」ことだけは、みんな経験からわかっていた。そのうまみの素がグルタミン酸ナトリウムであることが特定され抽出されたことに深い意義があった。あとからこの物質だけを振り掛けるという調味料の発想が生まれた瞬間である。いわゆる「味の素」である。

世の中相当多くのブラームス愛好家が存在する理由はなんだろう。ブラームスが素晴らしいということだけは確実なのだが、はたして「グルタミン酸ナトリウム」は特定されているのだろうか?この部分が特定されないまま、食べ方だけがあれこれ議論されていると感じる。

今執筆最終段階にある、「ブラームス専用の音楽用語辞典」はブラームスのグルタミン酸ナトリウムの発見に一歩でも近づきたい一心の著述である。400ページの本文の中、「誰それのCDは」という記事は一箇所だけである。グルタミン酸ナトリウムそのものに興味の中心を据え、何にふりかけるかには注意を払ってはいない。

2005年6月 5日 (日)

作曲家論vs演奏家論

ブラームスに限らずクラシック愛好家は大きく3つに分けられると思う。「作曲家論が好きな人」「作曲家を題材にした演奏家論」が好きな人、そしてその中間である。

世の中「作曲家を題材にした演奏家論」が好きな人と「作曲家論」が好きな人の区別が甘いと思う。世の中的にはどちらも愛好家とくくられている。経験的に言えば数の上では圧倒的に前者が優勢だと思われる。ブラームス愛好家の飲み会に出かけた場合、低く見て7対3ではなかろうか?ブラームスが好きで好きでたまらないオジサンかと思って話を聴いていると単なる「フルトベングラー好き」だったりするので油断が出来ない。ホンットに細かなことをよくご存知で恐れ入る。産地偽装は絶対にないと信じているのだろう。

 

演奏家論

同じ作品でも演奏者によって違って聴こえること自体は、何等否定するものではない。当たり前のことである。問題にしたいのはその違いが過剰に拡大されてはいないかという点だ。ブラームスの第四交響曲のCDを買って帰って聴いてみたら、ベートーヴェンの第四交響曲だった場合、お店に文句を言うだろう。一方クライバーのブラームス第四交響曲を買って帰った客が、「これはバーンスタインではないか!!」といって返品を求めることはあるだろうか?無いと思う。トマトとキュウリほどには差が無いのだ。その差を決定的かつ巨大であるという具合に聴衆を洗脳しておいた方が都合がいい業界の懸命なマーケティング活動の結果、指揮者間の微妙な違いが解らない時、自分の耳が悪いのではと悩む初心者が後を絶たない。かくして多量の「お勧めCD論」があらゆるメディアで氾濫するという塩梅である。クラシック初心者は二言目には「お勧めの演奏は?」という言葉を発することになる。

なけなしのお金をはたいて買ったたった一枚のレコードやCDを毎日聞きまくっていたという場合、耳にその演奏が焼き付いてしまい、他の演奏を聴きいても違和感を感じるということは、よくある話だ。微笑ましい。ディスク間の違いもその程度なら他愛の無い話である。しかしお勧めCD論とは明確に区別されていなければいけない。レーベルを隠してCDを聴いた場合、はたしてどの程度演奏者を特定できるのだろう。声楽にはまだ高い可能性がある。プライとフィッシャーディースカウの違いなら声を聴けば解るというのには説得力がある。指揮者は、どうだろうか?「カラヤンでないことだけは確実だが、誰かは解らない」「俺がいつも聞いてるCDよりテンポがおそいな」あたりが関の山ではないだろうか?特定の指揮者の賛美者には重大な差異かもしれないが、それは演奏家論、指揮者論である。ゆめゆめ作曲家論と混同して欲しくないものである。

産地偽装

食料品の産地偽装のニュースが多い。肉、コメ、野菜、貝などなど。これらの事件が発生する要因を考える。

①消費者と生産者が直結していない。両者の間に流通が存在する。

②消費者の間にブランド志向が存在する一方、ブランド間の品質の差が判別しにくい。

③実際の産地を表示するより、偽の産地を表示したほうが高く売れる。

本論はこの先だ。食料品をめぐるこうした状況を頭に入れつつクラシックのCD業界を考えてみよう。結論から言うと食料品の状況と似てはいまいか?となると食料品で盛んに報道されているような、産地偽装に相当する「アーチスト偽装」がCD業界では行われていないと断言できるだろうか?業界の内情には全く疎いが、食料品で起きていることがCD業界では起きていないとは、とても信じられない。「トマト」を「キュウリ」と偽って売られたら、大抵の消費者はクレームを提起するだろう。当たり前だ。こんな偽装をする奴さえいないだろうが韓国産のキュウリを国産と偽ることはあり得る。もっと言うと「国産キュウリ」と書いたラベルを見て買い求めた消費者が、後から「これは韓国産じゃないか!」などというクレームを提起するだろうか?するわけは無い。つまりそれほどキュウリの産地間格差は小さいのだ。厳密には差が存在するのだろうが消費者に判定は不可能に近いのだ。これほどの微妙な差を、あたかも巨大で決定的なさであるかのように消費者が思い込んでいること、これを世間では「ブランド」と呼んでいる。大した優位性が存在しない商品に優位性があると消費者に思い込ませる手法も存在し、一般にマーケティングと呼ばれている。

同じことがCDで起きていないと考えるのは人が良すぎはしまいか?

2005年6月 4日 (土)

最後の校正

二度目の校正から原稿がかえってきたのが5月21日。それ以来今日まで、最後の校正に追われている。原則として見出し毎に用例を列挙しているが、そこに記した通りの場所に間違いなく実例が存在しているかの確認である。原稿を読みながら一箇所一箇所スコアと対照し、誤りがあれば修正するという作業である。同時に音楽用語のスペルの誤りもチェックしている。譜例の余白の位置と幅の最終調整も同時に行う。これが思っていたよりも難儀で、もう2週間になるというのにまで「Meno」あたりをうろついている。ページ数にしてまだ半分にも届かない。仕方のないところである。これが最後の著者校正で、この工程を終えると、実際の版下をプリントアウトすることになる。残るは、譜例の切り貼りだけだ。今日以降の記事は実際の作業ごとにリアルなタイミングでの記述となる。6月中に出版社に完全版下を手渡したいものである。そこから刊行までうまくいけば三週間だそうだ。

2005年6月 3日 (金)

譜例との格闘

音楽書にはつきものの譜例を、当初は掲載しないつもりだった。総見出し数1164である。見出し一つに1箇所としても1164箇所だ。譜例1段で文書3行分に相当するためこれだけで3500行。1ページの行数が35なので最低100ページにもなる。ピアノ譜面など2段使いの譜例も少なくないので譜例だけで200ページ近くになる。1見出しに複数の譜例が必要なケースもあるため、あれもこれも譜例を欲張ると1000ページに近づいてしまうから、いっそ譜例をなしにするつもりでいた。それでもA5で372ページである。しかしである。譜例なしはいかにも愛想がない。見積もりを400ページとしているのであと28ページ、譜例数にして約170箇所を厳選して載せることとした。泣く泣く譜例を173箇所選んだ。楽譜作成ソフトで譜例を作成し、段数に応じた余白をワード上にさしはさんで行く。ここに後から糊で貼り付けるという訳だ。一見難儀な作業である。ここいらを著者が自ら行うことがコストダウンの肝でもある。ところが、この作業楽しくて仕方が無かった。楽しい作業をすることでコストが下がるのだから文句はない。173箇所に絞る苦労に比べれば天国である。出来上がった173の譜例をカッターで綺麗に切り取る作業まで約3週間であった。

校正のプロフェッショナル

04月29日初回の校正が施されて原稿が帰ってきた。さすが校正のプロである。見ず知らずのライターの文章原稿用紙にして約900枚分をわずか2週間で3回読み、てをにはの間違い、誤字脱字、標記の揺れ、送り仮名の不統一を指摘してくれている。普段、だらしなく日本語を使っているということを嫌でも思い知らされる。恥ずかしい限りだ。指摘一つ一つが確固たるポリシーに貫かれていて気持ちがいい。すべての指摘箇所を注意深く修正する作業は、一回り以上も年上の顔も見ぬ校正者と会話を楽しむかのようである。彼には音楽の知見があるわけではないのに驚くほど鋭敏に急所を突いてくる。単なるブラームスオタクの若造の文書と見下すような姿勢は微塵も無い。身が引き締まる思いだ。コストを節約するために完全版下作成式を選んだが、校正だけはプロに依頼するようにしたことを心の底から喜びたくなった。どうもありがとう。修正はあっと言う間であった。

2005年6月 2日 (木)

出版契約

初稿では誤植はつきものという言葉に励まされ、原稿を手渡す日を4月15日と決定。いつものファミレスに行く。社長に「おめでとうございます」といわれキョトンとする。出版の過程にあって、原稿の完成はひとまず区切りなのだ。めでたいのである。既に雛形で確認済みの契約書に署名捺印してめでたく出版契約の成立である。おごそかに原稿を手渡す。校正者の空き具合にもよるがゴールデンウイーク前に1回目の校正が完了するという。ありがたい。連休を使って指摘に答えることが出来る。自費出版に限らず校正は必ず辿らねばならぬ過程である。なんだかドキドキする。本当に本になるのだという実感が湧いてくる。家を建てたり、車を買ったり、楽器を買ったりしたときの感じとも少し違う、言いようの無い高揚感がある。車は高いお金を払うが10年も乗れば長いほうであろう。本はずーっと残る。大袈裟に言えば生きていた痕跡がキッチリ残る。さてさてプロの校正者の目から見てどんなふうに映るのか、怖くもあり楽しみでもある。

2005年6月 1日 (水)

お打ち合わせ

3月7日に原稿が完成し、その後のやるべきことの確認もかねて出版社と打ち合わせをする。これが3月12日だった。出版社といっても担当者ではなく社長ですよ。判型、部数、製本などあれこれと指導を受けて出版費用の決定をせねば。あと契約書の雛形を見せてもらう。費用を出来るだけ抑える意味で完全版下の持ち込み式に決める。音楽書に必須の譜例も最小限掲載するが、節約のため著者が切り貼りする。一番迷ったのは部数。配るあてから言えば20が関の山である。今回の印刷方式だと重版は割高とのことで、部数の決定には時間がかかった。結局300部で落ち着く。いろいろな面から見てこれが妥当。次に迷ったのは製本。並か上かでかなり悩んだ末、見てくれを考えて上製本カバー付きとした。打ち合わせはサクサク進む。ISBNを取得し国会図書館に納本する。校正はプロに2回お願いする。カバーデザイン込み送料別途の費用の支払いは契約時、初校時、完成時の三分割とする。判型はA5。この後再度著者校正をかけて正式契約時に原稿を渡すこととする。

出版社選び

データベース作りや執筆の前から、自費出版を依頼する出版社探しを始めてた。一介のサラリーマンにとって費用はけっして安くない。かといって変な妥協もしたくないみたいな見栄もあって少々複雑。ネットで検索すると膨大な数の自費出版屋さんがヒットしてしまい、かえって何も決められない。恐る恐る何社かコンタクトしたが、印象は概ね不調。最大の原因は「まだ原稿が完成していないこと」に尽きる。「気持ちは解ったから原稿できたら持ってらっしゃい」と態度に出てます。加えて音楽系出版社さんからは「素人風情が」みたいな見下しも見え隠れ!まあ無理からぬ話である。でもこの悔しさが少しはバネになっていたのも事実だ。かと思うと返品を置いとく倉庫の心配までしてくれる人、徒労だからやめておけとアドバイスをくれる人もいて笑える。結局一番相談に乗ってくれたところに決定。まだ原稿もないのに表紙のイメージを作ってくれたり、コストを低く抑える提案をしてくれたり、かなりのフットワークでした。意外なことに住所が我が家のすぐそば。打ち合わせは近所のファミレス。

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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