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2005年6月10日 (金)

昔話

今日は帰宅が深夜になった。最終校正の続きは「poco calando」から「poco piu mosso」まで約14ページしか進めることが出来なかった。

わたしが クラシック音楽に目覚めたのは中学生の頃だ。キッカケはハッキリとは思い出せない。中学時代はいわゆる古今の名曲を中心に一通り聴いていた。高校に入るころには、すっかりベートーヴェン大好き少年になっていた。なけなしの小遣いをベートーヴェンのレコードとスコアにつぎ込んだ。この頃一生の目標が芽生えた。なんのことはない「いつの日か家族で室内楽をすること」であった。当時何も楽器が出来なかった。大学に入ったらなにか弦楽器を始めると心に決めていた。好きだった曲はベートーヴェンの弦楽四重奏曲だ。特に好きだったのは15番だ。かわいくないガキである。いつかこんな曲を演奏したいと心から思っていた。

大学に無事入学してすぐオーケストラに入団した。初心者ながら弦楽器を希望すると偶然部室にいたのがヴィオラの先輩であった。あっという間に楽器を貸し与えられオーケストラの一員になった。無謀なことに翌年の1月の定期演奏会でデビュウしたのだ。曲はブラームスの第二交響曲である。この2つの出会いが今思うと奇跡である。ヴィオラとブラームスを選らんだこと、この偶然を何かに感謝せねばならない。

当時はまだベートーヴェン大好き少年だった。デビュウ演奏会の次、2年夏の演奏会の曲目がベートーヴェンの第三交響曲であった。英雄交響曲といえばベートーヴェン道の王道である。もちろん大好きな曲であった。ところがである。この曲演奏してみて異変に気付いた。面白くないのである。ブラームスの第二交響曲のほうが断然楽しめた。「こんなハズはない」と何度自問してもやっぱり面白くない。あろうことかこの演奏会のオープニングプログラムがブラームスの大学祝典序曲だった。これが面白かったことが、決定的な転機となってブラームス党に乗り換えてしまったというわけである。19歳の5月か6月のことである。

高校時代ののめりこみかたからすればわずか数年でブラームスに乗り換えることになろうとは想像も出来なかった。そしてブラームスにもいつか見切りをつけて他の作曲家に乗りかえる日が来るのではないかと思いつつ早26年が経過した。もう乗りかえることはありえない。今26年間でたまった思いのタケを400ページの本文にぶつけているところである。

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