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2005年7月31日 (日)

祝週間100アクセス

今週初めてブログ「ブラームスの辞書」への一週間のアクセスが100を超えた。もちろん自己アクセスを除いての話だ。素直に喜ぶことにする。ブログ立ち上げから2ケ月つまり8週間ではじめてのことだ。同じ人物からの複数のアクセスは当然あるだろうが、めでたい。

ブログがブレークしてしまって、一日数百件のアスセスがあったり、本を出してしまったりするブログもあるらしい。その手に比べれば、微々たるものだが、引き続きコツコツとブラームスネタを堆積させたい。

さらに30%くらいが「ブックマーク」からアクセスされているというのも嬉しい話だ。「ブラームスの辞書」にブックマークをくれている人がいるというのが何だかワクワクする。こんなオタクな内容なのに、世の中物好きもいるものだ。そういう人たちといずれビールでも飲みたいと心から思う。

寿室内管弦楽団

今は亡き妻との結婚式の二次会は、今思い返しても、イベントであった。

通常の披露宴から会場を移して行われたのは、演奏会だったのだ。新郎はヴィオラ弾きだし、新婦は第二ヴァイオリンだった。2つのヴァイオリンを左右両翼に配置したため、ヴィオラのトップ奏者と第二ヴァイオリンのトップサイドは隣り合わせに弾いたのだ。小さなホールのステージを埋め尽くすばかりに並んでいるのは、寿室内管弦楽団と称された寄せ集めのオーケストラだ。新郎新婦の友人たちによって結成された70名である。このときの演目はたった一曲だ。すなわちブラームスの第四交響曲である。新郎であった私がステージから媒酌人と両親を紹介して、曲の経緯を述べたあと、アッという間にブラームスが始まり約45分で終わる。入場無料の二次会も珍しいし、45分も珍しい。

今日、そのとき指揮をしてくれた友人に「ブラームスの辞書」を一冊差し上げてきた。学校の先生をしているが、指揮も只者ではない。あのときのブラームスは、いまだに我が家では宝物である。所望に答えてopus73つまり第二交響曲を差し上げた。彼もまたはずせない献呈先である。

あのときのメンバーは千葉大学管弦楽団OBの名手たちが駆けつけてくれたものだ。マニアもそこそこ混じっていた。結婚式の二次会にブラームスの交響曲やっちゃったりしないでしょ、ふつう。あのときは音楽の三要素がキッチリそろっていた。「メンツ」「曲」「気合」である。「旋律」「リズム」「和音」ではないのであしからず。1990年11月25日ルーテル市谷センターであった。私にとってはクライバーもフルトベングラーもかなわない宝物である。

2005年7月30日 (土)

ブログ開設二ヶ月

5月30日のブログ立ち上げから2ヶ月が過ぎた。この記事で108本目だ。この2ケ月でいろいろなことがあった。記念すべき自費出版が実現したことが最大の出来事である。次に押えておきたいのは、2ヶ月間一日も抜けることなく記事をアップし続けたことだ。

はじめてのブログだったこともあり、操作に手間取ったが、ようやく慣れてきた。記事は今まで通りのペースになるはずだが、写真はもっと充実させられると思う。「ブラームスの辞書」の宣伝が目的だったことをうっかり忘れないよう気をつけたい。

「ブラームスの辞書」への反応は、今のところ装丁の評価にとどまっている。内容の評価は一通りよむことが前提になるので、これから先になるだろう。献本行脚は今後も続くので、ネタには困らないハズである。「用語解説」もあと30回分くらいはネタがある。

まだまだ、当分話のタネは尽きない。

2005年7月29日 (金)

最小の匙加減

「un poco」のこと。ブラームス独特の微調整語の筆頭格である。

「un poco」がどんな用語を修飾するにせよ、その用語周辺の微妙な匙加減を表しているという意味。たとえば「un poco crescendo」は、前後でダイナミクス記号を変える必要も生じないほどの微細な揺れである。

落語の名人が、首のちょっとした角度で、人物はもちろん微妙な場面まで演じ分けるのと似ている。動作・身振りは大きくはないのだが、決定的に場面を転換するケースさえありうる。直接的な意味合いはおくとして、「表情を異にして」というニュアンスを常に念頭におくべきである。

ブラームスで「un poco」を含む語句を約50箇所使用している。作品1から120まできれいに満遍なく分布する。

2005年7月28日 (木)

伴奏マーカー

伴奏の声部に付される用語。演奏者に対する伴奏自覚機能を有する。

その瞬間に最も聞こえて欲しい声部を仮に「主旋律」とした場合、それ以外の声部を「伴奏」と定義する。この伴奏に相当する声部の奏者にそれを悟らせる機能と位置づけられる。「主旋律」より一段落としたダイナミクスを与えられる場合が一般的である。この場合には、あくまでも相対的なもので、「pocof」が時には「主旋律」時には「伴奏」ともなりうる。

一方、大抵いつも「伴奏マーカー」になっていると疑われる単語の代表が「leggiero」である。

「伴奏マーカー」はちょうど「主旋律マーカー」と裏表の位置にある。敬語でいう「尊敬語」と「謙譲語」の関係にある。「主旋律」側を直接増強するのが「主旋律マーカー」で「尊敬語」に相当する。一方「伴奏」側を抑制することで、間接的に「主旋律」を際立たせるのが「伴奏マーカー」であり、いわば「謙譲語」にあたるというわけだ。

当然の帰結として、協奏曲のオーケストラ側の楽器に多く見られる。

2005年7月27日 (水)

フォルツァンド御三家

「sf」「rf」「sz」の総称。どれも「その音を特に強く」の意味である。

ブラームスの楽譜にはこれらが混在している。はたしてブラームスはこれらを意図して書き分けていたのか、疑問は尽きない。一般の音楽用語辞典でこれらの違いに明確に言及した例には、めぐり合っていない。「ブラームスの辞書」においても、用例の分析を通じて使用実態の傾向をつかまえきれてはいない。用語が違えば意味も違うと個人的には信じている。現在は同じ意味に用いられているにしても発生当初は区別されていたと思いたい。ブラームスの生きた時代には既に区別されなくなっていたなら、仕方ないが、少なくともブラームスは意図して書き分けていたと信じるところが「ブラームスの辞書」の原点である。

第二交響曲には「rf」と「sf」が同じ小節で使用されているケースがある。これ程極端でなくても、同一楽曲の程近い場所でフォルツアンド御三家が書き分けられているケースは比較的普通に見られる現象である。

これらの書き分けが真にブラームスの意図であるなら、地を這ってでも突き止めたいのだが。

2005年7月26日 (火)

ブラームスのマグカップ

昨日「ブラームスの辞書」を手渡すために、池袋は東京芸術劇場一階のロビーで待ち合わせた。時間つぶしに、何気なく覗いたグッズショップで声を失った。ブラームスをあしらったマグカップが目に飛び込んできたのだ。即買いである。どうやらドイツ産だ。他にワーブナーとメンデルスゾーンとベートーヴェンがあったように思うが、どうでもよろしい。

バックに置かれた譜例はドイツレクイエム第一楽章だ。なんという選曲!見れば見るほどカッコいいのでマイフォトで公開します。「ブラームスの辞書」とは何の関係もないのだが、おまけである。「ブラームスの辞書」を渡すための待ち合わせ場所で見つけたというのも、何かの導きだろう。

ブログに載せるための写真を撮っていたら、「どこのおじさん?この人」だと。娘じゃなけりゃ殴っている。このマグカップがどれだけありがたいかちっとも理解しとらん。

それにしても恐れ多くて使えそうもない。

本のプロ

今晩も友人に「ブラームスの辞書」を手渡していて帰宅が遅くなった。

彼女は(またまた女性だ)某大学の図書館に勤務している。いわゆる司書だ。毎日毎日何冊もの本が目の前を通り過ぎるという仕事柄だ。それでいて相当なブラームス好きである。古くからの付き合いでもあり彼女に「ブラームスの辞書」を差し上げるのは予定の行動だ。

例によって、ブラームスネタで盛り上がった。5時間がアッという間だった。中身はあとで熟読すると前置きしながら本そのものの出来を褒めてくれた。A5判を「22センチもの」と呼びならわしているそうな。それから上製本にした見識を褒めてくれた。何がユニークって、カバーデザインの標題、著者名、ブラームスの肖像、出版社名のバランスを絶賛してくれた。くすぐったい。特に出版社名が異常に小さく印刷されているのが、素晴らしいそうだ。

勤務先の図書館に蔵書すると言って、もう一冊お買い上げである!!!!私はこの瞬間はじめて自著を売ったことになる。嬉しい反面、なんだか申し訳ない。さらに「読ませたい奴がかなりいる」と嬉しいことを言ってくれる。空き番を2つ予約された。

本を出してよかった。

2005年7月25日 (月)

国会図書館

「ブラームスの辞書」が国会図書館に納本された。石川書房が納本の手続きをとってくれた。国会図書館からこのほどその礼状と証書が送られてきた。これで、私が死んだあとも税金で保存される。

こちらが恐縮するくらい、キチンとした文書だ。国会図書館法という法律で出版社には納本が義務付けられているとも聞くが、こういう喜びは足元からジワリである。中身が認められたかどうかは、別としてなんだか嬉しい。700万冊とも言われる蔵書の仲間入りである。

石川書房さんとは、これで出版契約上のアクションが全て完了したことになる。もちろん代金の支払いも含めてである。まずは、一段落だ。とはいえ、せっかくのご縁なので「ブラームスの辞書」の反響を定期的に報告することにする。

2005年7月24日 (日)

ブラームス・ムゼウム

「ブラームスの辞書」を差し上げた友人がお礼にくれたとっておきのブラームスグッズの画像をマイフォトにて公開します。ハンブルグのブラームス・ムゼウムで売っているそうだ。ブラームスは1833年ハンブルグ生まれである。

晩年のブラームスが散歩するシルエットに、赤いハリネズミが添えられた、「らしいデザイン」だ。「赤いハリネズミ」はブラームス行き付けのウイーンのレストランの名前である。

ハンブルグのブラームスムゼウムは商売っ気が無くて決まった曜日の決まった時間帯にしか開館していないそうだ。ストイックなところがブラームスらしい。たびたび仕事で欧州を訪れる友人も、仕事の空きと開館時間がマッチせずになかなか入手出来なかった逸品だそうだ。なくしたり汚したりを恐れて持ち歩けそうも無い。私の本なんかよりよっぽどレアだ。交換では申し訳ない。

ところで、そのブラームスムゼウムには何が陳列されているのだろう?生家は戦争で破壊されたと聞くし、主要作品の自筆譜や遺品だろうか?

投稿100件到達

この記事が5月30日にブログを立ち上げて以来ちょうど100件めの記事となる。

ブラームスや自費出版ネタに絞った記事だけで100件である。途切れずに続いたものだ。その間投稿が途絶えた日は一日も無かった。100件の記事を投稿するのに60日かかっていないことになる。

自費出版の周辺にまつわる話題には事欠かない。はじめての自費出版だけに、物珍しさも手伝ってネタはいくらでもある。自費出版体験談的な記事は意識的に避けてきても、なお話題が尽きない。たった1回の自費出版で、体験談というのも気が引けたというのが真相だ。

一方、保守本流のブラームスネタは、予想通り尽きることがない。「ブラームスの辞書」という自著の宣伝という目的に偏った記事だが、それでもまだネタが尽きることは無い。「おすすめCD」系の話題は断固回避しながらというのが、今後も変わらぬ方針だ。

これから公開したいのが、「ブラームスの辞書」に寄せられた感想を紹介する記事だ。売れ行きがネタになるほど売れると思えないので、そちらは望み薄だ。出版を記念して差し上げた人たちの反応を残しておきたい。

2005年7月23日 (土)

装丁の評判

手前味噌もいいところだが、「ブラームスの辞書」の装丁を褒められている。

既に33冊が私の手元を離れた。無論全て無償提供の献本先である。なんせ400ページビッシリの本なので全てを読破しての感想は届いていない。しかしながら、本の装丁は見ればすぐにわかる。手にとって感じられる質感も同じだ。実は、装丁が重要なのはそのためだ。一見しての印象は、即売り上げを左右するだろう。

「デザインがさっぱりとクールで中身が濃いところが、ブラームスのイメージにぴったりだ」

「押し付けがましくなく、品がいい」

「ブラウンでのさりげない統一感がいい」

代表的なお褒めの言葉である。問題は中身の評判なのだが、しばらく先になりそうだ。

crescendoの一里塚

長いcrescendoの途中に目安代わりに置かれるダイナミクスのこと。

たとえば、10小節かけてpからfに駆け上がる途中の6小節目に置かれるmfなどがこれにあたる。mfにおいてはこの用法がかなり一般的だが、mpはちっとも乱発されていない。mpはもっと大切にされている。

このほか代表的なものに「piu f」がある。fとffの間に置かれるケースが最も多く、かつ自然である。pとf中間に置かれるケースや、pとpの中間に置かれるケースまで存在するので油断が出来ない。ところが「piu p」が「diminuendoの一里塚」になっているかというと、とんでもないところが、ブラームスの魅力である。mfとmpが裏返しの意味になっていないのと同じである。

2005年7月22日 (金)

出版社の都合

楽譜間の異同のこと。

ブラームスの同じ曲でも出版社により、楽譜上に微妙な違いがある点をさして「出版社の都合」と呼んでいる。原本がどうなっていたかが大変怪しい中ではあるが、大抵ヘンレ版が一番寡黙で、国内版が一言多い。おまけに一言多い国内版の指定が、生涯で唯一だったりする笑えないケースが後を絶たない。国内版の序文にそれを明記する言葉は無く、ブラームスの意思に最も近いのはどれか判りにくくなっている。

同じ曲でも演奏家により演奏に違いが生じる点については、侃々諤々の議論が交わされているのに、同じ曲の楽譜間の違いについては大した議論が無いのは不思議である。楽譜の違いは、明白かつ決定的なのに比べて、実際にはテンポくらいしかわからない演奏の違いについて果てしない議論が繰り返されるのは壮観である。

実際の話、作曲家の自筆譜は、かなり読みにくい。出版にあたっての出版社の苦労は、並大抵ではなかろう。その読みにくさに起因する間違いは、微笑ましくさえあるが、単なる解釈の押し付けは、それが高名な演奏家のものであってもお断りである。

2005年7月21日 (木)

動体視力

本来は、動くものをキッチリと視認する能力をさす。

「ブラームスの辞書」では一定のテンポで流れていく音楽に乗りながら、楽譜に記されている情報を瞬時に読解し、音に翻訳する能力をさす。特に、音符の周辺に付与された音楽用語の読解力を指すことが多い。

人間の目が一瞬で間違いなく視認出来るケタ数は3桁までだという。4桁なると人によっては5桁との区別が怪しくなるそうな。「ff」と「fff」は一瞬で区別が可能だが、「fff」と「ffff」になると怪しい人が出てくるということだ。ましてや「fffff」や「ffffff」が現れては、ますます混乱に拍車がかかる。「ffffff」や「fffff」が一度でも出現すると、それ以降いつまた現れるか不安になる。allegroのテンポで駆け抜けながら「ffffff」と「fffff」を弾き分けるのは不可能だ。特に初見ではお手上げである。ブラームスはp側もf側も「ppp」と「fff」つまり3ケタが限界である。4桁はけっして使っていない。ある種のデリカシーであろう。ブラームスにはけっして4桁はないとわかってしまえば、少し気持ちに余裕が生まれる。またブラームスは「fp」「fpp」「ffp」「fmp」を繊細に使い分けているのに「ffpp」は一度も使っていないのも、確固たる意思を感じさせる。

一回演奏を止めて桁数を数えさせるようなことを演奏家に強制してはいかんのだ。とブラームスは思っていたに違いない。

吉報

昨日のことだ。先般「ブラームスの辞書」を献本してきた千葉大学付属図書館から電話が入った。審査会で検討した結果「ブラームスの辞書」を蔵書として正式に受諾するという回答であった。絶対に大丈夫という自負と自信はあったが、少しホッとした。我が母校が「ブラームスの辞書」を蔵書するという名誉に浴することとなった。

著者の死さえも貫いて、次の世代に引き継ぐ体制が整ったと考えたい。後輩諸君の討究に資することを願って止まない。

なんだか、凄く嬉しい。

2005年7月20日 (水)

ブラームシスト

今夜もまた、仲間に「ブラームスの辞書」を手渡した。

彼女は(今度も女性である)ピアニストにして、掛け値なしのブラームス好きだ。予想通り2時間半があっという間に過ぎた。通し番号の好みを尋ねたら、迷った挙句に作品60を選んだ。今日ビールを潤滑油にかわされた会話は何にも代え難い。単なるブラームス好きであるに留まらず、ノリが私と一緒なのだ。「ブラームスの辞書」をビール片手に読み合わせちゃった感覚に近い。私が受けを狙った場所で、キッチリと反応してくれる。こうゆう人が世の中に10000人いて、その3%がお金を出して買ってくれるといいのだが、どう見てもそれは楽観が過ぎよう。

「ブラームスの辞書」の楽しみ方を彼女が示してくれた。まずお好みのブラームスの作品の特定の場所の「音楽用語」を辞書風に引いてみるということだそうだ。家にある楽譜をそうゆう目で見る機会が少ないので、新鮮な発見に繋がる。いきなり最初からベットリ読破するのは、さすがに辛いとのことだ。

彼女に最初から最後までう~んと褒めてもらった。是非口コミで話したい人が何人かいるとのことで、名刺を余分に差し上げた。かなりの乗せ上手だ。刊行のあかつきには、一冊進呈すると決めていた相手とはいえ、想定を上回る反応だったが、時間がいかんせん足りない。近いうちの再会を約して、帰路についた。

sostenutoのピアノ偏在

パート系の「sostenuto」がピアノの楽譜に特異的に出現する現象。

執筆を終えた今でも、半信半疑である。トップ系では、このようなことはない。パート系において「sostenuto」はピアノのパートに現れる。これには例外もほんのわずかながら存在するものの、紛れも無い事実である。何故かは全く説明できない。他の作曲家における傾向も把握していない。もちろん室内楽や歌曲のピアノパートを含む話である。

ブラームスの得意とした楽器はピアノだし、彼はピアノを起点に発想していたことは想像に難くないが、こうまでピアノに集中されると壮観である。

2005年7月19日 (火)

旧友と

「ブラームスの辞書」を手渡すために旧友と会った。

本を出す楽しみの一つがこれであることは間違いない。学生時代に同じオーケストラに属し一緒にヴィオラを弾いた間柄だ。居酒屋での4時間があっという間だった。今日の話題は当然「ブラームスの辞書」だ。「ブラームスの辞書」を手にとっての感想は「ちっとも昔と変わらないな」だった。これがどんだけの褒め言葉か私には良くわかる。長いつきあいだからこその間合いで、褒め言葉だとわかる。昔と同じように音楽を熱く語って、あっという間に時間が過ぎた。

こういう相手にこそ、無償で差し上げて、感想を聞きたい。よくも悪くも率直に語ってくれるはずだ。彼女は(その旧友は女性である)ベートーヴェンの信奉者だ。ブラームスへの中途半端な感情抜きに、内容を評価してくれるだろう。

おまけにハンブルグのブラームス博物館で手に入れたというレアなブラームスのバッグをもらった。近日映像を公開するが、なんだか異様に嬉しい。

嬉しい夜だった。

2005年7月18日 (月)

ヴァイオリンレッスン

娘らにヴァイオリンを習わせて4年半になる。長女が小学1年、次女が幼稚園の年中組の頃からだ。家族で室内楽のプランにのっとり娘にヴァイオリンを習わせる先生を探して、最初に訪ねた先生に今も習っている。

最初の訪問のとき、先生の好みの作曲家がブラームスだということを聴いて、即決したようなものだ。こちらの希望はかくかくしかじかと例のプランを申し上げると、気合を入れないと大変ですといわれた。あれからもう4年半だ。ブラームスの室内楽の第一ヴァイオリンを弾いてくれるのは姉だろうか妹だろうか?興味は尽きない。

さて先生のご一家は音楽一家で、先生のお母様がピアノを、妹がヴァイオリンを教えておられる。何かのご縁なので、「ブラームスの辞書」を差し上げると心に決めていた。例の通し番号では、何番をご希望か尋ねたところ、お母様はop79の「ラプソディー」、先生の妹はヴァイオリンソナタ第二番のop100、先生ご本人はヴァイオリンソナタ第三番の108を所望された。オ-ソドックスな展開である。79、100、108の三冊を差し上げてきた。

こんなオタクな本を書いてしまうお父さんなど、そうそう居るとは思えないので、長く記憶してもらえるだろう。オタクさそのものよりも、暇が真似出来まい。フッフッフッ。

刊行一週間

7月11日が納本記念日だから今日で一週間になる。

2003年の冬に「ブラームスの辞書」の執筆を決意したとき、既に頭の中では完成形が固まっていた。ブラームスが楽譜に記した音楽用語だけを集め、それをアルファベット順に収録して、ビシバシとコメントまで加える。タイトルも「ブラームスの辞書」で決まっていた。その日から先週11日までの2年半の間、誰かに「ブラームスの辞書」のことを相談したことも少なくない。頭の中にイメージは出来ているのに、周囲の人間に対してなかなかキリリと伝えることが出来なかった。ド素人の自費出版なのだから、ある程度仕方の無い面でもあるが、悔しい思い出も少なくない。ましてや音楽の知識の少ない人に対しては、説明など無力だった。本当に限られた人だけが、私の趣旨を知って後押ししてくれた。

翻って、この一週間で事情は激変した。「ブラームスの辞書」現物が世の中に存在していることの意義は、とてつもなく大きい。現物を「ハイ」と指し示すことで百万語を費やす説明よりも、速く正確にコンセプトを伝えることが出来るようになった。音楽の知識が少ない人たちも、いったんは手にとってくれる。400ページの重みを感じてくれる。譜例さえ絞らねば1000ページの本にだってすることが出来たはずだ。文字の詰まり方を見れは、内容を不当に膨らませた400ページでないことは、誰にでもわかるはずだ。

一方音楽に造詣のある人たちには、同じ反応が現れた。「バカじゃなかろうか」である。著者の私に対して直接口にするしないは別なのだが、悪い意味はない。褒め言葉として受け取っている。「ここまでやるか?」に近いニュアンスである。この一週間で既に29冊が私の手元を離れた。まだ全部を読み終えた人は誰もいないが、もう少したつと、まとまった量を読んだ人から感想が舞い込むと思う。「よっぽど暇なんだね」の感想は正直者の証である。それらがこれからどう変わって行くか、あるいは変わらないのかに、興味がある。

本のできばえは、2年半前にイメージした通りかそれ以上である。だから、「ブラームスの辞書」が評価されるもされないも、全ては内容の反映であると看做すことが出来る。

日本人はブラームスの音楽が好きだと思う。よって少なからぬ数の「ブラームス関連本」が出版されている。私の本は今それらの中で、よちよち歩きを始めた。

2005年7月17日 (日)

献本行脚②

先週献本に伺った中で特筆しておきたいのは、行きつけのワイン屋さん。勤務先のそばのワインショップなのだが、これがドイツワインしか置いていないという徹底振りがたくましい。ワインが安くておいしい上に薦め上手、ほめ上手が加わる。とどめは相当のイケメンだということで、すっかりドイツワインにのめりこんでしまった。

ある日何気ない会話から店主がドイツ語に堪能であるこが判った。当時「ブラームスの辞書」執筆中の私は、失礼を顧みず「sehr」と「ziemlich」のニュアンスの違いをお聞きしたところ、ノータイムで的確な答えをくれた。当然、これが本文に反映している。

「ブラームスの辞書」を差し上げた。マジックを差し出されてサインを求められたが、固辞させてもらった。サインという展開は想定外だった。今年は日本ドイツ年だとか。車、サッカー、音楽という具合にドイツにはなぜか親近感がある。ブラームスだって相当ワインを飲んだハズだ。

マイアルバム公開

納本後はじめての日曜日。「ブラームスの辞書」を撮影しました。

約10枚の画像をマイアルバムで公開します。

本文も写してみましたが、文字はよく読めませんね。でも1ページに収まっている文字数や行間のピッチはお判りいただけると思います。奥付の上には著者近影が載っているのですが、恥ずかしいのでアルバムには載せません。

通し番号を示すシールや、カバーをはずしたところ、本扉(表紙を一枚めくったところ)をご覧いただけます。「A4判上製本400ページ」のイメージをご確認ください。ブラウンにこだわった点お判りいただけると思います。なぜか理由はいえないが、私の中でブラームスはブラウンなのです。

懸案だった譜例も、切り貼りとは思えない仕上がりで満足です。

こうして写真を撮影して、ひと様に見せたくなるという点まで、子供が出来たときと同じである。

2005年7月16日 (土)

マリオのヴァイオリン屋さん

「ブラームスの辞書」をマリオのヴァイオリン屋さんに届けた。私のヴィオラと娘たちのヴァイオリンのメンテナンスをお願いしている。いわばかかりつけのお医者さんだ。我が家から自動車で30分のところで製作も修理もなさっている。次女のヴァイオリンは今4分の3だが、先生の作品である。がきんちょに与えておくにはもったいない鳴り方をしてくれる。娘らは先生にさっそく「マリオ」というニックネームを奉った。もちろんあのスーパーマリオに関係している。お髭がマリオに似ているのだ。

マリオのヴァイオリン屋さん、製作や修理の腕ももちろんだが、嬉しいことにブラームスのネタで盛り上がることにかけても半端ではない。ブラームスの辞書の構想中、執筆中いくどとなく、その話で盛り上がった。いわく「ブラームスって普通じゃないよね」である。「ブラームスの辞書」の構想をお話したところ、大いに励ましてくれた。あまりのオタクさに自分でも不安に陥ったこともあったが、ホントに心の底から背中を押し続けていてくれた。「ブラームスの辞書」刊行の暁には、真っ先にお届けするつもりでいた。お好みの番号を尋ねたら、ノータイムで「77」を所望された。いわずもがなのヴァイオリン協奏曲である。本日そのopus77を差し上げた。たいそう喜んでいただき、また1時間以上おしゃべりした。私と話すことでブラームスの聴き方が変わったとまでおっしゃってくれる乗せ上手でもある。

マリオのヴァイオリン屋さん、大した宣伝もしていなさそうなのに、繁盛しているらしい。口コミが最大のマーケティングだそうだ。マリオのヴァイオリン屋さんの徳を慕って、プロのヴァイオリン弾きや、プロの卵が頻繁に出入りしているらしい。もちろんアマチュアもだ。中にはブラームス好きも混じっているらしく、既に「ブラームスの辞書」を宣伝してくれているのだ。何人か興味を持ってくれそうな学生さんもいると、話してくれた。「これから口コミしますよ。」とありがたい仰せである。調子に乗って名刺を余分においてきた。「口コミが最大のマーケティング」とは名言である。

「ブラームスの辞書」の完成を最も喜んでくれる人の一人である。どこかにピーチ姫はいないのだろうか?

2005年7月15日 (金)

トレーサビリティー

昨今の顧客満足志向の高まりから品質管理に「トレーサビリティ」が求められているらしい。商品の納入先はもとより、原料の由来にまで遡って消費者に安心してもらおうという発想のようだ。お肉屋さんの店頭に一頭一頭の固体番号が掲示されていたりするアレである。

「ブラームスの辞書」は300部という小部数なので一冊一冊に通し番号が付いている。1から122まではブラームスの作品番号と一致するのでマニアにはたまらないという点は既に述べた。代金をもらって売るにしろ、お世話になった方に無償でお配りするにしろ、どこに何番が行ったかを記録しておこうと思っている。特にこんなオタクな本をお金を出して買ってくれる人がいるとすれば、是非一献傾けたいではないか。それが無理でも長く記憶しておきたいではないか。自分の分身がどこで何をしているのか、やはり興味がある。

ブラームスの辞書を一般の書店に置かないのは、そのためである。誰に買ってもらったか後からトレースすることが出来なくなるからだ。これのことを世間では「とれーさびりてぃー」と呼んでいるらしい。専門的に言うと「チャネルを極端に絞り込んで、流通経路をガラス張りにする」とでも言うのだろう。「一般書店に持ち込んでも相手にされないから」と言ってしまっては愛想がないので、「とれーさびりてぃー」を気取ってみました。

昨今のはやりのネタでいえば「個人情報」がある。理論的には遠い将来私の手元に「ブラームスの辞書」を買ってくれた人たちのリストが残る可能性がある。これは立派な個人情報であり、法律によって保護される対象となるのだ。たしか一定の人数を越えない限り法的義務は発生しないと記憶している。ブラームスの辞書が全部売れたとしても300人のリストにしかならない。その程度の数では規制の対象にならなかったとしてもけっして悪用はしませんし、外部に漏らしません。なにとぞご安心を。

販売要項

「ブラームスの辞書」の販売要項が決まりました。ブログのプロフィール欄に記載しています。この機会に「販売の周辺」というカテゴリーを創設します。

販売の大まかな流れは下記の通りです。

①メールで基本情報を送信していただく。(名前、住所、電話番号、購入数量、好きな作品3つ)

②こちらから代金振込先口座をお知らせする。

③代金と送料の合計金額をお振り込みいただく。振込み手数料もご負担いただく。

④入金が確認出来次第、①で頂戴したご住所にお送りする。

つまりは、代金先払いで送料手数料を客に負担させるというわけである。世の中こぞって顧客満足志向になびく中、「高ピー」ですみません。「好きな作品」とあるのはもちろんブラームスの作品の中での話である。「ワルキューレ」とか言われても困ります。これをお聞きするのは、お好きな作品の作品番号を背負った本をお送りするためです。良い番号はお早めにです。返品はお受けできかねますのでよ~く考えてご注文ください。近頃はやりのインターネット書店ではお買い上げ1500円以上で送料無料という世界なのは百も承知です。高くてごめんなさい。クロネコヤマトの宅急便を使います。郵便受けにポットンという扱いにはどうしてもしたくなかったので、高めになってしまいました。でも全国一律にしますね。それからキチンとお手元に渡ったかどうかこちらで確認が出来ないと不安なので、すこしお高くなるというわけです。

2005年7月14日 (木)

声は魔法

ブラームスが人間の声をどう思っていたかという話。

独唱作品における声のパートへの指図は、作品32以降、頻度が激減する。内容も簡素化する。声を囲む楽器たち(ピアノであることが多い)への指図は難解繊細な指図で手取り足取りという感じであるのに対し、声のパートに対してはお構いなしというケースが多い。何かと器楽側に手厚い指示をくれる癖があるようだ。

おそらく歌詞がある無いの違いが大きいと思う。歌曲を作曲する際にブラームスが一番気にしていたのが、歌詞の把握だということはちょっと詳しい書物には載っている。曲想の微妙な抑揚は歌詞を理解していればおのずとわかるので、歌手への指図はいつも最小限なのではなかろうか?人間の声を楽器として見た場合、他の本物の楽器に比べて機能性能的には最も優れていると考えていた可能性を提案したい。ニュアンスの差し引きという点では比類が無いと考えていたと思われる。弱点は音域の幅くらいであろう。

大オーケストラの中で、独唱者が埋没する心配をしていないように思われる。協奏曲の独奏楽器は、それがピアノであっても周囲の楽器に一段落としたダイナミクスを指定することでアシストされているが、独唱者へのアシストは希である。人間の声は心配せずともよく聞こえると考えていたようだ。

声楽に対して上記のように考える境地に辿りついたのは、作品番号でいうと19と32の間のどこかだと思われる。歌曲作品での音楽用語の分析から、推定できる。

いやあ、ドサクサにまぎれて大胆なことを書くね。我ながら。

2005年7月13日 (水)

発想記号の名詞機能

「adagio」には、「ゆっくりと」という速度規定機能が備わっている他に、「ゆっくりとした楽曲」を表す名詞機能も備わっている。ブラームスが友人たちのと手紙のやりとりで緩徐楽章を「adagio」と呼んでいるケースが記録されている。この機能は「andante」にも認めることができる。「緩徐楽章を書いた」という代わりに「adagioを書いた」や「andanteを書いた」という言い回しをするケースは少なくない。

他の発想記号ではこうした名詞機能がみられるだろうか?あまり見られないような気がしている。ブラームス自身もあまり使っていないのではないだろうか?スケルツォやトリオとは言うが、仮にスケルツォが「allegro」の発想記号を持っていたとしてもそのスケルツォのことを「allegro」とは呼ばないと思う。

何の根拠もなく、ただの直感なのだが、私は「allegro」に「ソナタ形式の第一楽章」を指す名詞機能が生じていた可能性を考えている。ブラームス本人も無意識だったかもしれないが、「ソナタの第一楽章主部にはallegroと書かねば」みたいな暗黙の自己基準が存在していた可能性があったのではなかろうか?現実的な適正テンポが数学的に理想的な「allegro」と一致するかはともかくソナタ形式の楽曲にはとりあえず「allegro」みたいなノリである。他にも「第一楽章にallegrettoを持ってこない」「両端楽章にアンダンテを持ってこない」のような自己基準はあり得ないだろうか?

これ以上はかけません。

献本行脚①

完成した本をここはと思う場所に届ける。これが楽しみのひとつである。

今日は午後から会社を早退して、どうしてもの場所二箇所を訪ねた。出版を決意したときから考えていた特別な場所だ。一つはドイツ大使館。もう一つは我が母校千葉大学付属図書館だ。

ドイツ大使館の入り口は思ったとおりのセキュリティーだ。門衛所にて来訪の趣旨を伝えるとそのような趣旨であればと門衛所に寄託することを許可してくれた。門前払い覚悟での突発訪問だったが、キチンと受け取ってもらえた。やはりドイツにはいくら感謝しても多すぎることは無いので、この後あの本がどうなるかは別としてホッとした。さすがのセキュリティーだった。そりゃそうだ、世の中好意的な人間ばかりではない。一国の大使館が無防備では困るのだ。ブラームスを生んだ国への敬意をどこかで示しておかねばならない。

もう一つは、当然我が母校だ。千葉大学付属図書館を訪れて献本を申し込んだ。所定の用紙に記入して一冊手渡した。7月中に審査会があってその席上で所蔵するかどうかが決まるとのこと。もしも所蔵に値しないと判定されれば再度伺うことを約して帰途についた。これも門前払いをされなかっただけで御の字である。千葉大学管弦楽団での4年間がなければ絶対に書かなかった本であることを思うとき、どうしても避けて通れない献本先である。所蔵が可決されても否決されても電話で連絡をくれるそうだ。

それにしても大学の周辺は懐かしい。それどころか小学校も中学校も高校も大学の周辺徒歩5分の場所にあるので、久しぶりのふるさと訪問になった。

2005年7月12日 (火)

prestoあれこれ

「ブラームスの辞書」と対面したその日に、じっと用語解説とは!

「presto」はテンポ系用語中の最高速度の座に君臨している。時代を経てもこの位置づけは変わらない。ブラームスもベートーヴェンもトップ系で約40箇所ずつ「presto」を使用している。この点で両者は一致しているが、使用の実態は雲泥の差だ。

「presto」の使用に当たっては、プレーンのプレストが大半を占めるベートーヴェンに対して我らがブラームスは「presto」に何らかの抑制語を付加する傾向がはっきりと見て取れる。たとえば「non troppo presto」の類だ。ベートーヴェンにおいては「presto」は開放感溢れる疾走の象徴であるのに対して、ブラームスにおいては抑制あるいは制御の対象である。

ブラームスの楽譜の上に「presto」の字面を見た場合、語感に騙されて走りすぎてはいけない。周囲の状況に照らして、行きがかり上「presto」の表札を掲げただけで、実テンポは数学的なプレストとはいえないケースも少なくない。

祝!対面

本日7月12日9時「ブラームスの辞書」の実物に対面した。全く同じだった。何がって子供が生まれたときとである。生まれた知らせを聞いて駆けつけた病院で子供と初めて会ったときと同じ気持ちになった。ほほが勝手に緩んでしまう。常に顔を作っていないと、だらしない顔になってしまう。お世話になった人々にお送りする手配をしたり、その場で差し上げたりと、バタバタしてくれたおかげで、かえって気がまぎれて良かったくらいである。

キチンと10冊はいった包みが32と9冊の包みが1つ。1m四方のパレットに全部載ってしまうほどのボリュームである。家に置くには厄介なボリュームだ。とりあえず49冊を持ち帰って当面配る予定分だけ通し番号シールを貼った。子供たちに説明をしたが、ポカーンとしていて、感激する様子は微塵も無い。母は「おめでとう」といって金一封を包んでくれた。知り合いに何冊か配りたいという。ありがたい話だ。

で、さっそく「ブラームスの辞書」の画像を公開します。とりあえず表紙だけです。カバーをはずしたところや中身の一部は後日マイアルバムで公開します。

思っていた通りのブラウン基調に仕上がっている。心配をかけた譜例もキチンと収まっていて、切り貼りには見えない。(当たり前だ!)400ページにはずっしりと重量感がある。末尾の著者近影はご愛嬌である。昨年のとっかかりからずっと頭の中にできあがっていたイメージ以上の出来映えである。一方で誤植一覧表の作成に着手した。自分で読んで明らかの誤植を発見して一覧表にしておくことにした。我が子の弱点に目をつぶってはいけない。縁起でもないということ勿れ。

それから、製本を「並」にするか「上」にするか迷った。予算をケチって「並」にする誘惑は終始私を悩ませた。結局は心を鬼にして「上」にしたのだが、本日実物を見てこれが正解だったことを痛感した。「並」にしていたら後悔していたと思う。こういうのを称して「有効な投資」と呼ぶのだろう。

一方、私のブログとリンクさせた石川書房の書棚にも「ブラームスの辞書」が掲載された。なんだか自分の本とは思えないくらい、もっともらしい。

内容がどう受け止められるのかは、これからの読者の反応を見てみないとわからない。もしかするとブーイングの嵐になるかもしれない。だから純粋に喜べるのは今のうちである。

現在、全国に発送する際の送料を交渉中です。送料が設定出来次第、販売要領を公開する予定だ。

2005年7月11日 (月)

本の題名

ブログを立ち上げてからかれこれ一ヶ月半。投稿した記事が本件で79を数える。私がはじめて出版する本の宣伝という性格が強いこのブログだが、実は今まで注意深く避けてきたことがある。本の題名に直接言及していないのだ。「私の本」「私の作品」「私の著作」という言い回しに専念し直接題名に言及することは無かった。今日納本を記念して題名に言及することにした。

本の名前は「ブラームスの辞書」である。

何のことはない。ブログの名前と同じなのだ。ブラームスが作品上に記した言葉だけに的を絞った音楽用語辞典、つまり「ブラームス専用の音楽事典」に相応しい名前だと思っている。

ナポレオンが「余の辞書に不可能は無い」と言ったという俗説が巷間に流布しているが、実際にどこかの博物館に「ナポレオンの辞書」が展示されているといいう話は聞かない。当たり前だ、彼の出世振りやいくさでの無敵ぶりを見て、「まるで彼に出来ないことはない」かのような破竹の勢いだったことの遠まわしな表現なのだ。と同時にナポレオンの価値観や、思考回路までをたくみに表現していると思われる。日本だったら「秀吉の辞書」であろうか。

私の本の題名「ブラームスの辞書」は、精神的にはこの「ナポレオンの辞書」を強く意識している。「ナポレオンの辞書」がナポレオンその人の行動原理や思考回路を示しているという前提に立つならば、「ブラームスの辞書」はブラームスの創作上の思考回路や癖をパラレルに反映する鏡という位置づけなのだ。ブラームスの作品上に現れた音楽用語の語彙や用法や頻度を分析することを通じて、ブラームスその人の創作上の思考回路を明らかにする狙いがあるのだ。ブラームスがその頭脳の中に持っていたに違いない創作上の諸基準を目に見える形にしたという意図が込められた題名なのである。

ド素人の自費出版本にしてはあまりに大袈裟な題名なのだが、私の意欲の反映として笑ってもらえれば幸いである。

納本記念日

2005年7月11日(月)午前9時25分、納本先の倉庫から携帯電話に連絡が入った。「たった今納本されました。」「数量は329冊です。」どうしてもはずせない大阪出張のため9時26分発の新幹線に乗り込もうとする寸前のことだった。とにかく無事に納本されたことを喜びたい。明日現物を拝むまでは何かと落ち着かない。

数量が329冊というのは嬉しい誤算だ。契約上では300冊である。印刷所では契約通り300冊を納本するために万が一に備えて多目に印刷するのだそうだ。そして万が一ということが起きなければ今回のように多目の納本になるというわけだ。約一割のプレミアムである。大事に使うことにする。

正式な刊行日は今日2005年7月11日である。

2005年7月10日 (日)

足音

静かな日曜日だ。明日の納本を前に不思議に平穏な休日だった。明日作品が世に出た後しばらくは、忙しくなるだろう。世話になった人たちに一通り配り終えるまであわただしい日が続きそうだ。

ひとたび世に出てしまったら、世間様からの厳しい批判にさらされることも覚悟せねばならない。既にいくつかの弱点が私の著作に存在することは、著者の私が一番良く知っている。122作品中、我が家に楽譜が無い作品も10作程度存在する。本書の冒頭凡例の中でそのことに言及している。どうしても楽譜が入手出来なかった作品である。さらに音楽書につきものの譜例も173という少数に留まっている点、けっして自慢できたものではない。そして恐らく誤植もあるだろう。心得違いもあるだろう。

世の中に出すということは、それらの弱点を全てさらすということに他ならない。逆に言うとそれらの弱点をさらすことになっても、なお世に問いたいということなのだ。子供が母の胎内にあるときは、ただ無事で生まれて欲しいと願った。今はそんな心境である。そして生まれてきた子供が長じた後、勉強が出来なかろうが、スポーツが苦手だろうが、親としてはその子を見捨てるわけにはいかないのと同様、どんな弱点を背負っていても、最後まで著作をかばうのが著者の義務である。誤植、心得違いの指摘には謙虚に頭を下げ素直に後の肥やしとする心の準備を整えたい。

それでもなお、今心が踊る。この一冊を世に問うことで未知の世界に踏み出せる予感がそうさせる。この本をきっかけにどんな出会いや議論が待っているのか興味が尽きない。願わくは、ブラームス以外の作曲家について同様な試みが蓄積され、愛するブラームスの位置づけがさらにハッキリと浮き彫りになることを願ってやまない。

いよいよ明日である。

ベースラインマーカー

これは私の造語。

ブラームスの演奏振りや、ピアノの弟子への指導振りを目撃した幸運な人々は、しばしばブラームスが、作品のベースラインを重視したことを証言している。その度合いはしばしば旋律線そのものよりもベースラインを重視するケースさえあったとされている。ベースラインをないがしろにした演奏に対して烈火のごとく怒ったとか、僕は低音しか見ていないと語ったとか、その種のエピソードには事欠かない。

こうしたベースライン重視の姿勢が彼が残した膨大な量の楽譜に何等痕跡を残していないとは考えられない。残っていて当然である。ベースラインの動きが特に大切な場面で、ベースラインを担当する声部に付与した目印を私の著作の中で「ベースラインマーカー」と命名している。

先に言及した「主旋律マーカー」と合わせればブラームスの作品の2大骨格の「旋律」と「ベースライン」が浮き彫りとなる。時に応じて多彩な用語が使われた「主旋律マーカー」に比べて「ベースラインマーカー」は起用される単語が限定されている。その代表例は「marcato」である。「ben marcato」までを含んで「marcato」の二大機能のうちの一つである。「marcato」は「f」側における主旋律マーカーを担っているケースもあり判別が難しいが、この用例はけっして少なくない。

おっと、書き過ぎたか!

2005年7月 9日 (土)

写譜の楽しみ

本文で譜例をどう扱うかは、執筆の過程における大きな課題の一つだったことは、以前にも書いた。予算とのかねあいもさることながら、私の直感で入れるべき譜例を全て採用していたら、本のページ数が今の倍以上にはなっていたはずだ。音楽書の読みやすさという観点に立てば、適切な切り口の譜例は必須である。どちらかといえば豊富な譜例というのはセールストークになりうる。しかしながら今回の私の本では173箇所にとどまっている。見出し数は約1170なので15%くらいだ。予算のためとはいえ少ない。つくづく貧乏は嫌だ。

実は、私、写譜が大好きなのだ。中学校の音楽の時間、何か忘れ物をすると罰で教科書を写譜する宿題が出た。あのころは嫌でたまらなかったが、今は大好きだ。大学2年になったころ、大好きなブラームスの旋律をいくつも写譜した。大好きなあの曲で、いつも背筋に冷たいものが走ることになるあの場所の楽譜はどうなっているのだろう?という疑問の答えにたどり着きたい一心からである。微妙な位置にある臨時記号一個、絶妙なシンコペーション、魔術のような重音奏法、スラーのかかり方等々が寒気の原因であることを写譜から学んだことも多い。

譜例173箇所、パソコンソフトの助けを借りたとはいえ、それはそれは楽しい作業だった。「自分で譜例を作って切り貼りしたら安くなりますよ」という石川書房さんの言葉に飛びついたのは当然の成り行きだった。好きなことをしようとするとお金がかかるというのが、趣味というものであり、資本主義というものなのに、大好きな写譜をすることでコストを下げられるなんて夢のようだ。打ち合わせの席上石川書房さんは、全ては著者の作業になりますがと気の毒そうに説明してくれたが、こちとら全然苦にならないのである。むしろ大好きなブラームスの作品を173個の譜例に絞るのが苦痛だった。切られた箇所の泣き声が聴こえた。

私の著作を読む人は、そんな譜例の無念を思いやって欲しい。是非とも楽譜を傍らにおいて読んで欲しい。私の主張の指し示すところを楽譜の上で確かめて欲しい。たとえそれが、本書の間違いを暴く結果につながるとしても本望である。

主旋律マーカー

7同じ瞬間に鳴る複数の声部のうち、バランス的な見地からより聴こえて欲しい声部に付与される目印。状況に応じていろいろな用語があてられる。

代表的な用語は「espressivo」だ。たとえば「p」と「p espressivo」が同時に存在する場合、「p espressivo」が付与された声部が主旋律を担当している場合が多い。その瞬間の聴こえて欲しい度は「p」<「p espressivo」になっている。ダイナミクスの「p」よりでは「無印<dolce<espressivo」の順で「聴こえて欲しい度」が高いと推測される。気をつけておきたいのは、「聴こえて欲しい度」が高いことが、いつも主旋律とイコールではないという点だ。その点には十分注意を払うという条件付で「主旋律マーカー」という用語を設定した。

ダイナミクスの「f」よりになると様相が一変する。「espressivo」と「f」の相性は「p」ほど良くはないし、「dolce」に至っては「f」との共存はニュースになる。この間隙をついて「f」側の主旋律マーカーとして台頭するのが「marcato」である。「marcato」にはまた別の機能が付着することも多く、それ相応の注意は必要ながら「marcato」の重要な機能の一つに「f側における主旋律マーカー」を想定したい。

試験勉強をするとき、教科書や参考書の大事な箇所にマーカーペンで印をつけた記憶は誰にでもあると思う。大事なところを後から見つけやすいように付箋を挟むこともあると思う。「主旋律マーカー」とはそんな感覚に似ている。

このあたり、私の著作では入念に言及している。これ以上はブログでは書けません。

2005年7月 8日 (金)

通し番号

300部。私の著作の発行部数である。出版に際して必要な諸判断の中で一番迷ったのは、多分この発行部数の決定だったと思う。多くないことだけは間違いないが、けっして少なくも無い。売れる見込みとの対比で言えばかなりな数である。この部数であるがゆえの何かが出来ないかと、ずーっと考えていたのが、1冊1冊に対する通し番号の付与である。印刷でやろうとするとかなり手間なのだが、パソコンでシールラベルに印刷して奥付のページに貼り付けるという作業が、300部という小部数ゆえに現実味がある。

イメージよりはう~んと早く納本の日が設定されたために、今日慌ててシールをプリントした。限定300部のうちの何冊目にあたるかの数字を印字する。単なる数値にするのはおもしろくないから「opus」という文字を添えることにした。1冊目であれば「opus1」である。これが300冊まで順に揃うことになる。「opus」とは作品番号を表す言葉で、音楽作品の末尾に整理番号の代わりに付与される。モーツアルトではこれが「K」になる。いわずと知れた「ケッヘルナンバー」である。

なんと言うことの無いユニーク番号の設定であるが、これがなかなかマニアックな雰囲気を醸し出す。つまり122番目の「opus122」までは、該当するブラームスの作品が常に存在することになる。好みの曲の作品番号をゲットしたいとマニアなら必ず思うはずである。王・長嶋の全盛時代、銭湯の下駄箱の番号札はいつも「1」「3」が人気だったのと一緒だ。

刊行後、お世話になった皆様に本を差し上げるとき、好みのブラームス作品の番号を付与して差し上げたいものだ。特に好みがない方々には123番目以降を差し上げればいい。また正規に販売を開始した後も、お申し込みをいただいた方々に、ブラームスの好みをお聞きして、出来る限りご希望に添うようにしたい。有名曲には注文が殺到してということには、なりはしないと思うが夢があってよろしい。

とゆうことで「良い番号はお早めに」とセールストークをかましておくことにする。

原体験

小学校以前の記憶はいまや断片的になってきた。そんな中不思議なことに、ある特定の記憶だけが、鮮明に心に残っていることがある。

それは、私の両親が共働きをしていて、私が父方の祖母に預けられていた頃の記憶である。午後一番の確か1時頃だ。テレビには白基調の映像が写っている。おもむろに妙なる旋律がなり始める。女性の声で「ポーラテレビ小説」というアナウンスがかぶる。これだけの記憶だ。このときバックで流れていた旋律が頭にこびりついて離れない。昭和40年前後だと思う。小学校入学前だと思う。幼稚園入園にあたり母が仕事をやめて祖母宅に預けられることもなくなったので、昭和40年の幼稚園入園前という可能性が高い。いわゆる昼メロだ。番組の内容は一切記憶にないのだが、この旋律だけは曲名も知らぬままずっと頭に留まってきた。

学生時代にオーケストラ活動の中からブラームスへの傾倒が始まったこと、既に何回か述べたとおりだが、ブラームスへの没頭が深まるにつれて「ポーラテレビ小説」のタイトルバックに流れていた旋律が、第四交響曲の冒頭であることが判ってきた。大学一年の第二交響曲がブラームスの扉を開けたことは紛れも無い事実だが、そこから15年近く前に、無意識のうちにブラームスを体験していた。これが私の厳密な意味でのブラームス初体験だ。曲名も作曲者もわからぬまま、4歳の幼児の頭の中にずっと留まってきていたのだ。不思議なこともあるものである。

不思議といえば音楽からは少し離れるが、我が家の長男も凄いことを言っていた。ある日父である私に「ねえねえ、ママのここにホクロがあったでしょ?」と訊いて来た。「ここ」とは左手二の腕の内側である。先に正解をいうとイエスだ。今は亡き私の妻、つまり息子の母親の左手の二の腕の内側にはホクロがあった。がしかし、私は長男にももちろん他の子供たちにもそんなことを言ったことはない。我が家に残る膨大な量の写真にもまさか「母親の左二の腕の内側が写ったものはない。が、母が死んで7年にもなろうというとき長男がそれに言及した。驚いて「なぜ?」と聞き返すと彼は「ママからミルクをもらっているとき、そでの隙間から見た覚えがある」と答えた。思わず絶句である。確かに半袖ならそういうこともあり得る。間違いないとまで長男は断言する。もちろん私は「そうだよ。そこにホクロがあったよ」と言って長男を抱きしめてやった。おそらくまだミルクを飲んでいた頃、つまりは離乳前だ。1から2歳頃の記憶であろう。

それに比べれば4歳のブラームス体験だとて十分あり得る話である。4歳の脳みそにきざみこまれたブラームスは、そこから41年を経た今、頭の中で暴れている。

2005年7月 7日 (木)

喜び方のルール

1納本日が決まっただけでもこんなに嬉しいのに、実物を拝んだらどうなってしまうのか、我ながら見当もつかない。おバカな喜び方をしそうなので、そうなる前にささやかな決意表明をしておきたい。

<その壱> 喜びのあまり知人という知人に知らせまくる行為は慎む。

みんな大人だから、知らせられればそれなりに祝福してくれるだろうが、内心メーワクというケースはよくある。慎まねば。「だったらこのブログはどうセツメーすんだよ」と言われそうである。ブログ上では何でも可である。

<その弐> 喜びのあまり知人に本を贈りまくる行為は慎む。

もちろん、発行にあたってお世話になった一握りの人に、お礼をこめてお贈りすることまで拒むものではない。また、お買い上げいただける人には喜んでお贈りすることも申すまでも無い。ここで問題にしているのは、出版の功労者以外の知人に無償でお贈りする行為である。もちろん、本書のノリを理解してくれる人はよいのだが、最も恐れるのは、「こちらがノリの判る人だと思い込んで差し上げたのに、先方はそうでもなかった」というケースだ。私の「人を見る目」まで試されかねない。表面上は皆、「ありがとう」と言ってくれそうなところが、一段と厄介である。本の感想を問うたところで、率直な批判は聞けそうもなかろう。

以上、喜び方のルールでした。こんなルールを思いつくこと自体既にはずしているのかもしれない。つまりは、それほど嬉しいということである。

納本日決定

夕立を心配しながら、いそいそと立ち戻った我が家に吉報が届いていた。

石川書房からのメールを開くと、11日月曜日に指定の場所に納品可能とある。あまりにあっけなく吉報がもたらされたので、しばし呆然とした。嬉しい七夕のプレゼントである。あいにく月曜日は大阪への出張が入っている。納本だけならば私が立ち会う必要はないので、11日月曜日を納本日とすることが決まった。一生忘れられない日になるだろう。納本場所の倉庫に連絡を入れ、間違いなく受領できるか確認をした。幸い偶然にも12日午前に、納本場所となる倉庫に用事が入っていた。少し早く出て感激の対面としゃれ込もう。

なんだか凄く嬉しい。家を建てたとき、車を買ったとき、楽器を買ったときのどれとも違う不思議な高揚感だ。唯一似ているのは、子供が生まれるのを待つ時の感じだ。関係者全員で長男の誕生を待っていた病院の廊下みたいな気持ちだ。それも母の気持ちではなく、子供の誕生を待つ父の気持ちに近いのだと思う。まだ、実際に納本もされておらず、実物を拝んだわけでもないのに、この嬉しさは一体なんだろう。このまま、4日後に実物と対面したら、どんな喜び方をわたしがすることになるのか、自分で見当もつかない。なんだか底の知れない喜びである。まだ、油断をするなと言い聞かせねばならないのだろうか?

最終原稿の手渡しから23日目。今までに体験したことが無かった新しい世界の予感がする。

2005年7月 6日 (水)

標題機能

ブラームスの発想記号が持つ機能の一つ。一部のダイナミクス指示語にも認められる。本人の預かり知るところではない可能性も多々ある。私の仮説に基づく用語。

絶対音楽と標題音楽の対置は、ブラームス関連の書物の中にしばしば登場する。いわく「ブラームスは絶対音楽側の首領で」云々の記述がにぎやかである。つまり名目上ブラームスの音楽は標題音楽の対極にある存在とされているのだ。一般的な意味の標題音楽からみればその通りなのだと思うが、しばし待って欲しいというのが私の立場である。

自作の内容を文学的手段によって訴えることをしなかったブラームスではあるが、作品の冒頭に付与された発想記号の多彩さ繊細さは、群を抜いている。しばしばそれらの発想記号が雄弁に作品のニュアンスを縁取っていると思われる。用いられた単語それ自体は珍しいというわけではないが、微調整語を縦横に駆使して醸し出される微妙さはブラームスならではの世界であろう。提示と再現では微妙に色合いを変えるニュアンスの翳りまで鑑賞の対象であるかのようだ。

ブラームスの楽語は、事実上標題機能を獲得しているのではないか?交響詩に代表される標題音楽が隆盛を極める中、空前の方法で事実上標題音楽を志向していたのではなかろうか?生涯に一度きりという発想記号にしばしば行き当たる時、ブラームスのそうした意図を感じざるを得ない。

石川書房

私が出版のパートナー選んだのが石川書房だ。社長さんは石川勝一という。これで「いしかわまさる」とお読みする。ご近所の縁とお人柄で選んだ出版社であることは、すでに何回か述べた通りである。彼は出版社の経営者なのだが、専門は装丁でありまた、パソコンを駆使したプリントアートで作品を世に問うアーティストでもある。

ちょうど今、銀座で彼の初個展が開かれている。私の著作の装丁の秘密を覗くため、今日会場にお邪魔した。けっして広いとは言えないギャラリーだが、約30の作品が飾られており、紛れもない宇宙を形成していた。案内のハガキに印刷されていた作品が赤と青のコントラストが鮮やかな作品だったが、実際にはイメージが違った。名前が言える色はその作品にしかないと言ってよい。案内状の作品はむしろ例外だった。淡い感じの色彩を基調とした微妙な色合いの連続である。敢えて「名前を言えない色」と表現したい。「中間色」と表現しては、あのニュアンスは伝わらない。いくつかの作品にブラームスのシルエットでも配置すればそのまま私の本の表紙に使えそうだった。「allegro」「adagio」のような中心的な用語を縦横に組み合わせて繊細な世界を構築したブラームスと共通するイメージである。

作品をしばらく眺めながら談笑した。この人に作品の装丁を委ねたことが、将来嬉しいアドバンテージになるかもしれない。

2005年7月 5日 (火)

スピードレンジ

テンポの幅。

ブラームスが使用した用語解釈上最も遅いテンポは何だろう。頻発する「adagio」は全て落選である。「largo」「lento」「grave」の中から選ばれねばなるまい。ブログ上では深く理由には触れないが、恐らく「grave」だと思われる。ブラームスでは2箇所に「grave」が現れる。プレーンの「grave」が一箇所と「grave ed appassionato」が一箇所である。もちろん物理的、数学的な実演奏テンポとは必ずしも一致しない。どの作品に現れるか探してみてください。

一方、最速のテンポは「molto presto」だと思われる。「presto銀座」の真っ只中に鎮座する。

速いにつけ、遅いにつけ極端を嫌うブラームスだ。スピードレンジの幅は必ずしも広くはないと思う。広くもないレンジの内側で、微妙なニュアンスを使い分けまくるのがブラームス流といえそうである。同じことがダイナミクスレンジにも言えると思う。

ダイナミクスレンジ

音強の幅。ブラームスが使用した最強のダイナミクスは3箇所存在する「fff」だ。このうち一つは「fff sempre」で、もう一つが「fff molto pesante」で、残る一つがプレーンの「fff」である。全て初期のピアノ作品に登場する。語感から考えて「fff  molto pesante」が最強っぽい。ピアノソナタ第一番のどこかにあるので探してみて欲しい。

もちろんピアノ独奏曲の「fff」と大管弦楽曲の「ff」と物理的な音量はどちらが大きいかという類の野暮は聞きっこなしである。

一方の弱い側はどの作曲家も同じである。「休符」で表現される「無音」状態。独奏曲でないならばゲネラルパウゼが最小のダイナミクスである。ゲネラルパウゼを除いた場合の最小のダイナミクスは作曲家ごとに違う。ブラームスの場合は「ppp」を71箇所使っているが、このうち一箇所だけ存在する「ppp quisi niente」(pppほとんど無音で)が理論上ブラームス最弱音と思われる。他に「pp possibile」が一箇所存在する。これも相当弱いはずなのだが「ppp」が付与されないので、「ほとんど無音」にはかなわないと思われる。

三箇所、しかも初期ピアノ作品にしか存在しない「fff」に比べ「ppp」は、ジャンルや時期に関係なく分布する。このアンバランスは、ブラームスならではと思われる。さらに「ffff」や「pppp」が出現しないバランス感覚も心地よいものがある。

「ppp quasi niente」や「pp possibile」がどこにあるかは秘密である。

2005年7月 4日 (月)

カバーデザイン

コスト削減のため、完全版下の提供という路線を邁進した私だったが、校正だけはその道のプロフェッショナルに任せたということを以前に書いた。それがとてつもなく賢明な判断だったことも述べた。だが、プロフェッショナルに任せたのは校正だけではなかった。「本の表紙」、「カバーデザイン」、それから表紙を1ページめくったところにある「本扉」この3つのデザインもまたプロフェッショナルの手に委ねた。

元々出版社選びの過程で、まだ原稿も出来上がらぬうちに表紙の案をいくつか提示いただいたことが、出版社決定のファクターの一つになった。こうしたもろもろのデザインは装丁と呼ばれ、独特の領域を形成しているらしい。デザイナー、イラストレーター、画家のどれとも微妙に違う感性が求められるという。本の内容や主張を鋭敏に反映し、題名、著者名、出版社名の記載を必須事項として折込み、書店で目立ち、読者の目に留まり、思わず手に取る欲求を起こさせ、以下きりがないくらいの使命を帯びている。

打ち合わせを繰り返す中、いくつか案の提示を受けた。カバーも表紙も本扉もブラウンが基調にすえられたデザインだった。これには心底驚かされた。実は私は大のブラウン好きなのだ。一番好きな色はブラウンである。自分でネクタイを選ぶといつもブラウン系になってしまう。もっというと個人的にはブラームスのイメージカラーはブラウンだと思っている。本ブログもご覧の通りブラウンだし、作成した名刺もブラウン基調である。しかし、打ち合わせの過程では、こうしたブラウン志向には一切言及しなかったにもかかわらず、いろいろなデザインがブラウン基調というのには恐れ入った。何回かネクタイをして打ち合わせたかもしれないが。。。。

この本の装丁をしてくださったのは、実は出版社の社長だ。出版社の社長でありながら、実は装丁が本職だというのは、後から聞いた話だ。さらにいうとパソコンを使用した絵で個展が開けるくらいのアーティストでもあるのだ。出版社選びの決めては、ご近所の縁とお人柄なのだが、これは嬉しい裏ドラである。決めてしまった後で判った話である。

その個展が今日から銀座の画廊で開かれるという。私の本の装丁の秘密にじかに触れるチャンスなので、訪ねてみたいと思う。

2005年7月 3日 (日)

sempreの賞味期限

常にと解されて誰からも疑われない「sempre」だが、不思議に思っていることがある。「常に」とはいつまでなのだろう。この疑問は「sempre」を楽譜上に記した作曲家に共通するものでブラームスに限った話ではない。

私の著書では、「sempre」の賞味期限つまり、sempreの効果の及ぶ範囲にかなりこだわっている。仮に次のダイナミクス記号が出現するまでと考えると、40小節を超えて効果が持続すると思われる例があると思うと、わずか1小節しか持続しないと思われる例もある。「a tempo」という「リセット記号」が現れてくれるせいで、大抵は賞味期限が明快な「ritardando」とは対照的である。

結果としてブラームスに限っては持続させたい小節の数にはあまり関係がないのではと思われる。現実の問題として、テンポにもよるが「sempre」の賞味期限が10小節を超える頃から、演奏家の集中が切れやしないか不安になる。

いろいろなケースを分類して私の著作では「sempre」の意味を下記のように分類している。

①楽器の演奏上の難易度から判断してダイナミクスやニュアンスの持続が技術的、肉体的精神的に困難と思われる場面で、集中力の持続を促す意味。

②軽い強調の意味。

③「simile」(同様に)の代用。

ブラームスは①が多いような気がする。無論他の作曲家でどうなっているか解らないので、ブラームスの特質だとまではとても断言できない。何にしろ「sempre」はいつも解釈が厄介である。

生演奏と家庭菜園

世の中が進歩すると社会の分業が始まる。大昔の自給自足の社会が、次第に分業の社会に発展するというわけである。昔は自分で作ったもの、自分でとったものを自分で食べていた。次第に「作る人、とる人」と「食べる人」が分離されてくる。都市が発達するとさらにはそこに「運ぶ人」まで発生してくる。「誰が作ったか」「どこでとれたか」をキーにしたブランドという概念が発生する。ここまで来れば「偽ブランドの出現」は時間の問題である。消費者は、店頭に並べられた商品の表示を信じるしか方法が無い。この信頼関係を逆手に取る不届き物が少なからず存在すること周知の通りである。このイメージを払拭するために店頭に生産者がニコニコ笑った写真を掲示する店まで現れて笑わせてくれる。

消費者の反応も過敏である。少々の不当表示で鬼の首をとったような大騒ぎである。生産の現場と消費者の距離がこれだけ離れた今、当然想定すべきリスクである。それを今始めて知った風に怒って見せるのはいささか白ける。もちろん不当表示は「うそつき」である。悪いことである。だけれど、都会に暮らしながら、農業や漁業にいそしむわけでもない人間でも、街の量販店に行けば生鮮食料品が手軽に手に入るという利便と引き換えに提供するリスクを知りませんでしたというそぶりは少々虫が良すぎよう。産地偽装は当然起こりうる不正である。それが嫌なら、野菜は家庭菜園、魚は釣ってくるというライフスタイルが必要である。

生演奏の聴衆がしばしば口にする「生はいいよね」は、こうした不安への裏返しとも受け取れる。「CDなどのレーベルの記載や解説はどうあれ、誰が演奏しているかわかったものではない」という不安である。その点生演奏はいわば産地直結である。誰が演奏しているかに疑いの余地は無い。生演奏が良いという概念は、CDやレコードといった演奏の録音物が商売になっていることの裏返しである。全ての演奏が生演奏だったころ音楽の媒体は楽譜だけだった。「生演奏っていいよね」などという奴はいなかったはずだ。

家庭菜園で土いじりが根強いブームになっているのは、そこで取れた野菜を安心して食べられることも大きく影響しているだろう。どれだけ録音物がはびこっても生演奏がけっしてすたれないことを家庭菜園が証明してくれている気がする

2005年7月 2日 (土)

maの二面性

接続詞「ma」は一般的には「しかし」と訳されており。逆接の接続詞と解されている。

ブラームスの用例を分析すると、もちろんかなりの数の「ma」が「逆接の接続詞」の意味でも使用されてはいるのだが、それではピッタリ来ない使われ方をされているケースも少なくない。そのため「ma」の第二の用法として「強調」の「ma」を提案している。訳語としては「くれぐれも」あたりをイメージした。この用法がパーセンテージでいうと50%といったら大袈裟だが、10%では控えめすぎるといった印象である。

こうした副次的な用語をブラームスは実に巧妙に使用して、大変幅広いニュアンスを表現していると思われる。「allegro」「adagio」等の積極的な意味を持つ単語は当然なのだが、「ma」のように補助的な性格を持つ用語の使用例がきわめて変化に富んでおり、飽きさせない。私の著作の中でもこうした補助語は十分にページを割いて解説している。

運試し

出版社からメールが入った。開封するまで少しドキドキする。また不完全版下が何かをやらかしたのではないかという不安からだ。

今回に関しては杞憂だった。印刷所側の作業が順調に推移していることの報告である。不完全版下の作成は著者である私自身だが、カバー、表紙、本扉のデザインは出版社の提案を承認していた。そのカバー、表紙、本扉を印刷するためのフィルムが、印刷所に持ち込まれたとのことである。いよいよ感が高まって来る。本作りがゴールに向かって歩みを速めている実感が湧いてくる。

今回、初の自費出版に踏み切るに当たって、最大のポイントは一緒に歩んでくれるパートナー探しであった。数多く存在する出版社からどこを選ぶかという難題である。インターネットを主体に、情報収集をしたわけだが、情報が多すぎて持て余した。最終的には会社の所在地が自宅の近所という機縁も手伝って決定した訳だが、結果として正解だった。厳正な比較検討の上というわけではなかったが、今は自らの強運を喜びたい。社長の人柄によるところが大きいと思う。

原稿も出来ていない段階での、こちらの構想にジックリと耳を傾けてくださったことが大きい。著者である私の「やりたいこと」を十二分に伝えることが出来た手ごたえは何にも代えがたい。「原稿出来たら持ってらっしゃい」という出版社のほうが世間では多数を占めていると思う。

驚いたのは、まだエクセルでデータベース作成中にカバーデザインを提案してくれたことだ。たしか昨年の8月だったと思う。結果として5ケ月半に及んだデータベース作成の半ばという一番精神的にしんどい時期に届いたカバーデザイン案は、大変な励みになった。

何回かの打ち合わせの席上や、メールの中で、こちらが発する間抜けな質問にも誠実にお答えいただけたことも記憶しておかねばならない。

少しでもコストを抑えるための提案を積極的にしてくれた。けれども校正まで著者が行うという究極の低コスト路線に踏み込まずにすんだのも社長のおかげである。校正のプロに目を通してもらうことに費用を惜しんではならない。実際に校正された原稿が戻ってきた時、この言葉を腹の底から噛み締めた。自費出版をしなかったら、多分一生出会うこともなかったであろうプロフェッショナルに出会えた。

まだ、実際に本が出来たわけではない。だから礼を言うのは早いのだけれどこれだけは言っておきたい。

「今回の出版社選びでは、運を使った。たっぷりと運を使った。」

2005年7月 1日 (金)

協奏曲風指定

ソリストを際立たせるための、スコアリング上の手法。

ソロの声部を際立たせるために、周囲のパートのダイナミクスを抑制するための指定がその代表である。自分自身が優れたピアニストであったブラームスは、勝手知ったるピアノを独奏曲とするピアノ協奏曲でよりもヨアヒムに助言を仰ぎまくったヴァイオリン協奏曲で、より多彩な「協奏曲風指定」が見られる。小節冒頭の「fp」もその一例である。

またソリストが声楽家の場合は、あまり配慮をした形跡がない。人間の声はフルオーケストラの中でも大抵は埋没を免れるとブラームスが感じていた証拠である。

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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