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2005年7月14日 (木)

声は魔法

ブラームスが人間の声をどう思っていたかという話。

独唱作品における声のパートへの指図は、作品32以降、頻度が激減する。内容も簡素化する。声を囲む楽器たち(ピアノであることが多い)への指図は難解繊細な指図で手取り足取りという感じであるのに対し、声のパートに対してはお構いなしというケースが多い。何かと器楽側に手厚い指示をくれる癖があるようだ。

おそらく歌詞がある無いの違いが大きいと思う。歌曲を作曲する際にブラームスが一番気にしていたのが、歌詞の把握だということはちょっと詳しい書物には載っている。曲想の微妙な抑揚は歌詞を理解していればおのずとわかるので、歌手への指図はいつも最小限なのではなかろうか?人間の声を楽器として見た場合、他の本物の楽器に比べて機能性能的には最も優れていると考えていた可能性を提案したい。ニュアンスの差し引きという点では比類が無いと考えていたと思われる。弱点は音域の幅くらいであろう。

大オーケストラの中で、独唱者が埋没する心配をしていないように思われる。協奏曲の独奏楽器は、それがピアノであっても周囲の楽器に一段落としたダイナミクスを指定することでアシストされているが、独唱者へのアシストは希である。人間の声は心配せずともよく聞こえると考えていたようだ。

声楽に対して上記のように考える境地に辿りついたのは、作品番号でいうと19と32の間のどこかだと思われる。歌曲作品での音楽用語の分析から、推定できる。

いやあ、ドサクサにまぎれて大胆なことを書くね。我ながら。

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