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2005年7月 8日 (金)

原体験

小学校以前の記憶はいまや断片的になってきた。そんな中不思議なことに、ある特定の記憶だけが、鮮明に心に残っていることがある。

それは、私の両親が共働きをしていて、私が父方の祖母に預けられていた頃の記憶である。午後一番の確か1時頃だ。テレビには白基調の映像が写っている。おもむろに妙なる旋律がなり始める。女性の声で「ポーラテレビ小説」というアナウンスがかぶる。これだけの記憶だ。このときバックで流れていた旋律が頭にこびりついて離れない。昭和40年前後だと思う。小学校入学前だと思う。幼稚園入園にあたり母が仕事をやめて祖母宅に預けられることもなくなったので、昭和40年の幼稚園入園前という可能性が高い。いわゆる昼メロだ。番組の内容は一切記憶にないのだが、この旋律だけは曲名も知らぬままずっと頭に留まってきた。

学生時代にオーケストラ活動の中からブラームスへの傾倒が始まったこと、既に何回か述べたとおりだが、ブラームスへの没頭が深まるにつれて「ポーラテレビ小説」のタイトルバックに流れていた旋律が、第四交響曲の冒頭であることが判ってきた。大学一年の第二交響曲がブラームスの扉を開けたことは紛れも無い事実だが、そこから15年近く前に、無意識のうちにブラームスを体験していた。これが私の厳密な意味でのブラームス初体験だ。曲名も作曲者もわからぬまま、4歳の幼児の頭の中にずっと留まってきていたのだ。不思議なこともあるものである。

不思議といえば音楽からは少し離れるが、我が家の長男も凄いことを言っていた。ある日父である私に「ねえねえ、ママのここにホクロがあったでしょ?」と訊いて来た。「ここ」とは左手二の腕の内側である。先に正解をいうとイエスだ。今は亡き私の妻、つまり息子の母親の左手の二の腕の内側にはホクロがあった。がしかし、私は長男にももちろん他の子供たちにもそんなことを言ったことはない。我が家に残る膨大な量の写真にもまさか「母親の左二の腕の内側が写ったものはない。が、母が死んで7年にもなろうというとき長男がそれに言及した。驚いて「なぜ?」と聞き返すと彼は「ママからミルクをもらっているとき、そでの隙間から見た覚えがある」と答えた。思わず絶句である。確かに半袖ならそういうこともあり得る。間違いないとまで長男は断言する。もちろん私は「そうだよ。そこにホクロがあったよ」と言って長男を抱きしめてやった。おそらくまだミルクを飲んでいた頃、つまりは離乳前だ。1から2歳頃の記憶であろう。

それに比べれば4歳のブラームス体験だとて十分あり得る話である。4歳の脳みそにきざみこまれたブラームスは、そこから41年を経た今、頭の中で暴れている。

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