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2005年7月 3日 (日)

sempreの賞味期限

常にと解されて誰からも疑われない「sempre」だが、不思議に思っていることがある。「常に」とはいつまでなのだろう。この疑問は「sempre」を楽譜上に記した作曲家に共通するものでブラームスに限った話ではない。

私の著書では、「sempre」の賞味期限つまり、sempreの効果の及ぶ範囲にかなりこだわっている。仮に次のダイナミクス記号が出現するまでと考えると、40小節を超えて効果が持続すると思われる例があると思うと、わずか1小節しか持続しないと思われる例もある。「a tempo」という「リセット記号」が現れてくれるせいで、大抵は賞味期限が明快な「ritardando」とは対照的である。

結果としてブラームスに限っては持続させたい小節の数にはあまり関係がないのではと思われる。現実の問題として、テンポにもよるが「sempre」の賞味期限が10小節を超える頃から、演奏家の集中が切れやしないか不安になる。

いろいろなケースを分類して私の著作では「sempre」の意味を下記のように分類している。

①楽器の演奏上の難易度から判断してダイナミクスやニュアンスの持続が技術的、肉体的精神的に困難と思われる場面で、集中力の持続を促す意味。

②軽い強調の意味。

③「simile」(同様に)の代用。

ブラームスは①が多いような気がする。無論他の作曲家でどうなっているか解らないので、ブラームスの特質だとまではとても断言できない。何にしろ「sempre」はいつも解釈が厄介である。

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