千葉披露宴サービス
音楽に打ち込んだ青春時代。ヴィオラやブラームスとの決定的な出会いのほかにも、数え切れない友情があった。恋と友情を分かち合い同じ釜の飯を食った仲間が社会人になり、結婚適齢期を迎えると、かなりの数の団内結婚が発生した。そしてかなりの数の披露宴。そこはオーケストラ出身者どうしの結婚だ。披露宴は、備え付けのエレクトーンに時給いくらのエレクトーン奏者では、話になるまい。披露宴会場に楽器を持ち込んでの演出は当然の成り行きだ。あいつの披露宴で弾いてやるから、俺の時にもとばかりに、披露宴が重なると、事実上の互助会となっていった。誰がつけたか「千葉披露宴サービス」である。略してCHSだ。会場でのBGMの演奏と、司会進行、演出までパックになったサービスだ。もちろん互助会なので無料だ。私の担当は司会と編曲と写譜である。他に事務局は指揮を担当のS羽氏と、コンサートマスターのI口氏。私は披露宴の司会を合計23回務めた。いまだに一組も離婚していないのが自慢だ。CHSとは10回程度競演した。
編成は、新郎新婦の希望と、会場の広さで決まる。どの場面で何を演奏するかは新郎新婦の希望に添う。希望に従って楽譜を手書きで作る。本番一ケ月前までに出演者を決定し、一週間前に練習だ。一般的な編成は「寿」と命名されている。コントラバス抜きの弦楽4部合奏に、FL、Ob、Cl、Fgの木管楽器にホルンとトランペットが加わる。指揮者をいれれば20名近い規模だ。会場の規模に編成を合わせることから始まったが、やがて、寿編成のオケが入る会場を選ぶカップルが後を絶たなくなった。120名の会場に90名しか入れないということだ。あまったスペースがオケだ。
新郎新婦入場では、ブラームスが似合う。ハイドンの主題による変奏曲の冒頭だ。いわゆる聖アントニーのコラールである。扉が開いて、新郎新婦がお辞儀、しずしずと歩いて正面金屏風の前に進み、一礼して着席。同時に曲が終わるように編曲したが、事前に会場を訪れて、広さを測って、適当にリピート記号を加減するのだ。
ケーキ入刀もブラームスの出番。第一交響曲第四楽章の主題だ。司会者の発声に先立って「piu andante」のホルンの朗々としたファンファーレだ。約30秒でフェルマータに入る。ここでめでたくケーキがカットされる。すかさず第一主題(ベートーヴェンの歓喜の主題に似た奴)が走り出すという仕掛けだ。ケーキがカットされるまでフェルマータで延々と停止するため、管楽器のブレスが心配というスリルまでついている。
乾杯の後の華やいだ雰囲気には、アイネクライネナハトムジークのメヌエットがいい。いつの間にかここに定着して譲らない。
新婦お色直し退場には、新婦の意見が色濃く反映する。毎回違うのがセオリーだ。私の時は、ウエストサイドストーリーから「I feel pretty」だったな。
新郎退場も同様だ。印象深いのは、エルガーの「威風堂々」、モーツアルトのフィガロの結婚から「もうとぶまいぞこの蝶々」だ。
再入場の時のキャンドルサービスにも抜きがたい定番が存在する。モーツアルト、ドンジョバンニから「手に手をとって」である。披露宴に「ドンジョバンニ」はいかがなものかという声を封じるだけのハマリ具合である。
花束贈呈にも、また定番が存在する。またまたモーツアルト、フィガロの結婚から「伯爵夫人よ許したまえ」だ。花束贈呈に相応しい空気を一瞬で作り出す効果がある。弦楽合奏で演奏されるのだが、切れ目無く飛び込む、新郎父あいさつにあたっては、弱音器をつけたトップ奏者4人だけの演奏になり音量を落とす。この技の細かさがCHSの売りであった。
フィナーレは、また毎回違う。ビートルズの「ロング・アンド・ワインディング・ロード」や。ウエストサイドストーリーの「somewhere」が良かった。
私の時は一瞬全曲ブラームスにすることを考えたが、難しい。
披露宴のあとニ次会では、演奏のメンバーが集まって反省会だ。進行の不手際や、選曲のセンスなどが話題となる。これが次回の改善につながってゆく。譜面台に立てる厚紙の色、司会から指揮者に出す合図の仕方、突発の事態に対処する機敏さなどだ。
今ではもう仲間の披露宴もすっかり途絶えた。誰かの娘の披露宴を頼まれる日も近かろう。
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