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2005年8月 5日 (金)

父について

2ケ月間で100を超える記事を書いた。「ブラームスの辞書」と家族の関係については、既に触れたとおりだ。子供たち、母、亡き妻である。父が抜けている。父と「ブラームスの辞書」の関係は、なんだろう。「ブラームスの辞書」を読む限り、亡き妻同様全く痕跡を見せない父である。

他界して9年になる父は、温和で実直な男だったと、今では思える。子供から見れば理想の父だ。家族を愛するという原点において比類のない父だった。私の妻の死によって母を失った我が家3人の子らのために、購入間もないマンションを放りだして、私ら父子との同居を決意したのは、妻が他界したその夜だった。実際のところその時点で2年を切っていた父の命だが、最後の瞬間まで私と3人の子らのために一歩も逃げない父だった。

若い頃は文学青年だったのではと思われる。晩年は俳句に親しんでいた。物事の段取りが好きで、凝り性。文章を書くことを億劫がらない。好奇心旺盛だ。たとえば、45年前に長男の私のために残したアルバムは当時としては膨大な量の写真を含んでいる。そして全てに手書きのコメントが付されている。写真の整理を黙々とする父の横でいつまでも飽きずに眺めていたことを記憶している。親とは子供のために膨大な写真をコメントつきで残すものだと思い込んでいた。私も子供たちにそうした。2万枚を超える写真にコメントをつけて残している。それから、歴史。幼い頃から日本の歴史を話して聞かせてくれた。時代の脈絡はないものの、いわゆる日本の歴史の見せ場を物語としてきかせてくれた。百人一首を小学生の頃教えてくれたのも父だ。

思えば「ブラームスの辞書」のようなオタクで凝り性な本を書くことが既に父から受け継いだ性格の反映となっている。凝り性で、突き詰める性格は、間違いなく父のDNAだ。「ブラームスの辞書」を見たら、そりゃあもう喜んでくれたに違いない。音楽に知見が深いわけではないが、隅々にまで目を通してくれただろう。「ブラームスの辞書」を最初に読破するのは、著者と校正者を除くとすれば、おそらく父になっていた違いない。

ああ、忘れていた。ブラームスの命日4月3日は、父の誕生日だった。ブラームスの没後キッカリ38年後に父は生まれたのだ。もちろん父を尊敬している。

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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