のだめの中のブラームス⑩
はじまりは娘の蔵書の立ち読み。ブログの記事だって一回だけのつもりが、今回で10回目を迎える。前回9回目では、コミック「のだめカンタービレ」におけるブラームス初出を取り上げたので、今回は、現時点におけるブラームス関連の最新ネタに言及したい。
単行本12巻をご覧いただきたい。163ページである。右上のコマでターニャが驚嘆している。「なにそれ」「のだめそんなの借りてどうすんの?」である。上の吹き出しの横には「げ~」という擬音語も見て取れる。ページの右肩には分厚い本。「Contrepoint」と記されている。どうやら対位法の専門書を図書館で借りようという魂胆らしい。上左のコマには、付け上がり気味ののだめのアップ。「なにって、もちろん勉強するんデスヨ」「フーガの極意を」とある。
これには当然伏線がある。同じ第12巻の138ページ目。オクレール先生の授業だ。バッハ、平均率クラヴィーア曲集第二巻のレッスンで、弾き終わったのだめは、オクレール先生から「君にとってこの旋律は何なのかな?」と無残な質問を浴びせられている。これが無残と形容できるわけは、次のコマの「のだめ」の顔の周囲に現れた渦巻き模様や、ハリセンのフラッシュバックが暗示していると思われる。さらに次のページには、「そりゃそうだよ」とリュカくんにまでバッサリとやられている。しかし子供好きののだめのキャラが功を奏したと見え、リュカくんの無邪気な解説で「バッハってそゆ人なんだ」と前向きに振舞っている。
それらがのだめを図書館に駆り立てたと解するべきだろう。164ページに戻る。中ほどのコマにのだめの借りた対位法の専門書が開かれている。ああ、その見開き左側のページの譜例が何を隠そうブラームスなのだ。ハイドンの主題による変奏曲op56aの146小節目、第四変奏冒頭の「Andante con moto」だ。三段の譜例だが、上段がオーボエとホルン、中断がヴィオラ、下段がチェロバスだ。6小節間が引用されていると見て間違いない。前後の文脈は不明だが、間違いなくブラームスだ。対位法の専門書、しかも後から明らかになるようにリュカくんの祖父執筆の専門書に引用されていること興味深い。フランス人の手によるフランス語の専門書にブラームスが引用されているのは意外だ。しかし、この設定は絶妙である。
なぜならブラームスの作曲の唯一の弟子イエンナーの証言と奇妙な一致を見せる。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第三巻213ページでブラームスの言葉に言及している。「まず、対位法を厳しく教えてくれる先生を探しなさい。村の教会のオルガニストでも良い教師になるからね」とある。「Contrepoint」の著者にして、リュカくんの祖父が教会のオルガン奏者であることは、偶然とは思えない。このリュカくんの祖父は相当な大物である。弟子に書かせた「対位法の入門書」が和訳されていることが第13巻で明らかになる。
第12巻に戻る。166ページではリュカくん自身がこの本を所有していることも明らかになる。のだめが、かわいいブックカバーを褒めていて、パラリと開いたところが、図書館のシーンと全く同じページだという恐るべき偶然も観察される。また先ほどの譜例が踊っている。偶然でないならこの本、そこいら中でブラームスが引用されていないか確認したくなる。それにしてもコミック「のだめカンタービレ」の小道具ディテールへのこだわりぶりには驚かされる。小道具に過ぎない書物の譜例にブラームスが置かれていること、しかもそれが対位法の書物であること、嬉しい限りである。ここまで重なると、単なる偶然と片付けにくいものがある。
ブラームスが当代随一の対位法の大家であったことや、ハイドンの主題による変奏曲の位置付けについては、彼に関する書物の中で詳しく触れられているので、ブログではあえて詳しく言及しない。
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はじめまして。最近検索でこのブログを見つけてから、ちょくちょく見させてもらっています。
私はとある大学のオケに所属しています。
楽器はトランペットです。
今度の定演でブラームスの交響曲第1番をやります。
のだめは私も読んでますよ。そんな細かいところまでは読んでないですが。
また参考に来させてもらいます。
<そう様
いらっしゃいませ。ブラ1のラッパ素敵ですね。フィナーレでフルートの脇役にまわる「pp dolce」がしびれます。
是非またいらしてください。
投稿: そう | 2005年10月 4日 (火) 23時46分