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2005年10月19日 (水)

ブラームスとサッカー

成都のホテルでの目覚めだ。いよいよ今日帰国の途につく。帰宅は深夜になると思われる。

中国出張シリーズの最後を飾るのはこちらです。

ブラームスネタばかり飽きずに延々と更新し続ける私に対し「他の事に興味は無いのか?」と思う人も少なくないだろう。そんなことは無い。もちろん他のことにだって興味はある。「はまり度世界一」に一番近そうなのが「ブラームス」だから特に力を入れているに過ぎない。

ブラームス以外の趣味で屈指のものがサッカーである。これは必然として次の問いに到達せざるを得ない。「ブラームスはサッカーを知っていたか」である。

DFBドイツサッカー協会の創立は1900年だ。ブラームス没から3年後のことである。さらにHSV、高原のいるチームは1887年の創立だ。ブラームス53歳、ヴァイオリンとチェロのための協奏曲op102が完成した年である。ブラームスの生まれ故郷のクラブチームだから、世間話の折に耳に入っていた可能性がある。

ブラームスはヨアヒムを初めとする友人たちから盛んに英国訪問を進められている。本人が気乗りせず実現しなかったが、その英国はいわずと知れたサッカーの母国だ。FA、イングランドサッカー協会の創立は1863年に遡る。パガニーニの主題による変奏曲が生まれた年だ。作品番号で言うと35である。イングランドリーグの創立は1888年だしアーセナルは1886年だから、もしブラームスの英国訪問が実現していたら、彼の目に留まったかもしれないのだ。

ブラームスが愛してやまなかったイタリアはどうだろう。イタリアサッカー協会は1898年創立だ。ユベントスはブラームスの没年1897年の創立である。生涯に数回イタリアを訪問している。サッカーとの接触はもちろん記録には残っていない。

ブラームスの伝記を読むと例外なく彼の子供好きぶりが描写されている。お菓子をやったとか、子供の様子を飽きずに眺めていただとかである。これらの子供たちは何をしていたのだろう。街中でストリートサッカーに興していたとは考えられまいか?散歩の途中で転がってきたボールをブラームスが投げ返したなどという光景が無かったと断言できるだろうか?ブラームスとサッカーのかかわりを直接さししめす記録は見当たらないようである。

昨晩の微妙なPKの判定に一夜明けてもカリカリ等は考えにくいが、ブラームスがサッカーを知っていた可能性は十分にあると思う。

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