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2005年11月30日 (水)

ブログ開設六ケ月

5月30日に立ち上げたブログ「ブラームスの辞書」が半年を迎える。我が子同然の著書「ブラームスの辞書」の宣伝用という主旨に相応しい記事を掲載して自ら祝したい。

限定300部の発行という小部数を逆手にとって通し番号を打った。opus122までは、ブラームスの作品とマッチすることになる。既に68冊が手元を離れて嫁いで行ったが、それらに付された番号を若干のコメントとともに列挙する。ここにない番号はまだ、提供可能ということになる。

  • 【001】ピアノソナタ第一番 記念すべき一番は身内にということで、これは長女に捧げられた。今長女のデスクの本棚にある。「積ん読」状態だ。
  • 【002】ピアノソナタ第二番 クララ・シューマンに捧げられたピアノソナタ。これは、亡き妻の妹の許に届けた。幼少時代亡き妻と共にピアノを習っていた。
  • 【009】シューマンの主題による変奏曲 長男の中学校の担任の先生。音楽の教科担任でもある。担任の先生が音楽の先生だった記憶はない。初めてのことだ。
  • 【011】管弦楽のためのセレナーデ第一番 お取引先の従業員に買っていただいたもの。いつもおいしいコーヒーをいれてくれる女性。知人にさしあげるとか。クラリネットが印象的なメヌエットでお薦め。
  • 【015】ピアノ協奏曲第一番 先般の大量注文の中の一冊。筋金入りのブラームスマニアの女性に買っていただいて、これまたマニアの許に送られるハズ。
  • 【018】弦楽六重奏曲第一番 亡き妻との共通の友人。古くからの室内楽仲間に刊行と同時にお届け。迷わずこれを指定された。おいしいところをご存知だ。
  • 【025】ピアノ四重奏曲第一番 大学のヴィオラの後輩が買ってくれた。楽器製作修行中の身に安くない出費だろうに・・・。
  • 【030】混声四部合唱のための宗教的歌曲 先般の大量注文のうちの一つ。これを所望した人がいるというのが、凄い。ビールでもご一緒したい。
  • 【034】ピアノ五重奏曲 大学時代のヴィオラ仲間。同期の女性。物書きの視点から助言をいただいていたので、刊行と同時にお届け。おいしいとこ取りだ。
  • 【035】パガニーニの主題による変奏曲 いわゆる「他人様」によるお買い上げ第一号。「ヴァイオリン協奏曲を練習中のヴィオラ弾き」という奇跡が眩しい。
  • 【036】弦楽六重奏曲第二番 大学時代のヴィオラの先輩が同窓会をきっかけに注文してくれた。今更この曲が空いていたのか?という感じ。現時点で最新の注文。
  • 【043】4つの歌op43 鮫島有美子先生。詳しくは10月8日の記事「秋川の奇跡」をご覧ください。狙いはop43-2「五月の夜」です。
  • 【049】5つの歌曲 今日の記事のアイデアを提案してくださったアマチュアのピアニストの女性に感謝です。「子守唄op49-4」狙いの49番です。
  • 【051】2つの弦楽四重奏曲 大学時代のヴィオラの後輩。一番と二番が入っていてお得。そういえば昔から要領のいい「ちゃっかり系」の後輩だった。ちなみに女性です。
  • 【053】アルトラプソディー これは、当然長男のためのもの。彼の名前の由来になった曲ですから。今彼のデスクの上の本棚に積まれている。
  • 【056】ハイドンの主題による変奏曲 大学時代のヴィオラの後輩。こんな曲がまだ空いていたかというはまり方。初心者の私を狼狽させた後輩。実は女性。
  • 【060】ピアノ四重奏曲第三番 「ブラームスの辞書」の執筆を励ましてくれた功績で真っ先にお届け。迷った挙句のこのチョイスはさすがである。やっぱり女性。
  • 【068】交響曲第一番 大学時代のヴィオラの後輩。妙なところで気が合う。多分凝り性のせいだろう。ちゃっかりブラ1ゲットとは要領も運もいい。
  • 【073】交響曲第二番 大学時代の後輩だが、指揮をさせたら本職状態。結婚披露宴の二次会で第四交響曲を振ってくれた。
  • 【077】ヴァイオリン協奏曲 我が家の楽器のかかりつけのお医者さん。通称「マリオのヴァイオリン屋さん」。この番号は私が欲しかったくらいである。
  • 【078】ヴァイオリンソナタ第一番 我が家の次女に捧げられた。第一楽章36小節目が彼女の名前の由来になっているからこれは当然。もちろんまだ読まれていない。
  • 【079】2つのラプソディー 娘らのヴァイオリンの先生のお母様。ピアノ教師でもあるお母様の所望とはいえ、あまりに真っ芯である。
  • 【081】悲劇的序曲 学生時代に私が師事していたヴィオラの先生。「ブラームスの辞書」のおかげで20年ぶりくらいの再会が出来た。渋いところをチョイスだ。
  • 【083】ピアノ協奏曲第二番 室内楽仲間のヴァイオリン弾き。しかしこのチョイスはピアニストの奥様の好みと思われる。
  • 【088】弦楽五重奏曲第一番 いわゆる「他人様」によるお買い上げ第二号。偶然とは恐ろしい。彼もまたアマチュアのヴィオラ弾きである。
  • 【090】交響曲第三番 大学オケの後輩夫妻に。このチョイスはトランペット吹きの素敵な奥様の主導か?
  • 【091】アルトとヴィオラとピアノための2つの歌曲 先般の大量注文のうちの一つ。これもまたマニアならではチョイスだ。
  • 【098】交響曲第四番 福岡勤務時代のお取引先の部長。相当なブラームスマニア。迷わず一直線の指定でおいしいところをもっていった。
  • 【099】チェロソナタ第二番 先般の大量注文のうちの一つ。チェロ弾きに捧げられるという。
  • 【100】ヴァイオリンソナタ第二番 娘のヴァイオリンの先生の妹。姉妹でヴァイオリニストである。
  • 【102】ヴァイオリンとチェロのための協奏曲 大学時代の後輩のヴァイオリン弾き。オバQに出てきたラーメン好きの小池さんに似ている。
  • 【108】ヴァイオリンソナタ第三番 娘のヴァイオリンの先生。迷ってこのチョイス。姉妹で二、三番を占拠中である。
  • 【111】弦楽五重奏曲第二番 「ブラームスの辞書」のあとがきにある「入団の日にオケの部室にいた先輩」その人である。
  • 【114】クラリネット三重奏曲 現在のところ最大の顧客。一冊差し上げたら7冊も買ってくれた。さもありなんのマニアックな選曲が微笑ましい。
  • 【115】クラリネット五重奏曲 先般の大量発注のうちの一冊。相当なブラームス好きに届けられるそうな。
  • 【117】3つのインテルメッツォ 音楽大学ピアノ科の教授です。大阪時代に所属していた市民オケで指揮をして下さっていました。昔のご縁で贈呈です。
  • 【118】6つのピアノ小品 次女の幼稚園時代の担任の先生。相当な腕前のピアニストです。「op118-2」のインルメッツォ狙いのチョイスです。
  • 【119】4つのピアノ小品 先般の大量発注のうちの一冊。聞くところによると某プロオケのメンバーに渡るらしい。
  • 【120】2つのヴィオラソナタ 娘らの発表会でいつもピアノ伴奏をして下さる先生。しかしこれをピアニストにさらわれて、悔しがるビオラ弾きが後を絶たない。
  • 【121】4つの厳粛な歌 ヘルムートドイチュ先生。信じられないでしょ。でもホントです。詳しくは10月8日の「秋川の奇跡」をご覧ください。

誰の手元に何番があるかって、想定外の面白さがある。しばらく目が離せない。通し番号を打ってしまうというアイデアは、我ながらヒットである。番号選びがこんなに盛り上がるとは思っていなかった。

ブラームスの作品は122が最後だ。123は亡き妻の霊前に、124は1月24日生まれの私自身です。ちなみに最大の番号300は私の母に捧げられている。この他特に番号にこだわりの無い人々には125から299までの番号を順次お届けしています。滔々たる人の交流の広がりが、嬉しくも眩しい。

日ごろのご愛顧に感謝しての大特集でした。末永くご愛読ください。

2005年11月29日 (火)

創作のスタッフ

ブラームスの作品が生み出されてゆく過程は、あまり透明とは言い難い。膨大な量のスケッチを残したベートーヴェンとは大きく様相が異なる。それゆえブラームスと親交があった友人たちの証言が貴重である。

ブラームスは、自身が優れたピアニストだったことは周知の事実だが、彼の周囲には優れた演奏家が取り巻いていた。テクニック面はいうに及ばず、感性においても時代の泰斗であった演奏家との親交は枚挙に暇が無い。ピアノは言わずもがなの御大クララ・シューマンだ。ロベルト・シューマンの妻にして当代最高のピアニスト。ブラームスは新作の草稿を送り彼女の批評を受けてから発表することが常だった。いくつかの作品の破棄を相談したことさえ記録に残っている。ヴァイオリンもまた言わずもがな。これまた当代最高のヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムその人だ。演奏家としてはもちろん、作曲家、教育者としても優秀であった。ヴァイオリン協奏曲の初演時の独奏者だ。ブラームスの協奏曲に熱狂する一方で、シューマンの協奏曲は終生演奏しなかったらしい。

そのほかにも歌手シュトックハウゼン、評論家ハンスリック、指揮者ビュウロウ、クラリネットのミュールフェルトなどキラ星のごとくだ。さらに凄いのは、音楽的素養の高いアマチュアもブラームスを豊かな大気のように厚く覆っていた。外科医ビルロートが代表格だ。

インスピレーションはもちろんブラームスの天性によるものだが、周囲の優秀なスタッフに恵まれたことも才能のうちなのではないかと思えて来る。

実はこれからが今日の本論。ささやかな本論。実はブログ「ブラームスの辞書」にも暖かい支持者が何名か存在する。定期的にコメントを書き込んでくださる人たち。ブックマークをしてじっと読みながら、時々メールで励ましてくれる人たち。そうした反応は、ブログを継続するモチベーションの一つになっている。その中の一人で、今opus49を所有している女性は、アマチュアピアニストとしての実演奏の観点から「ブラームスの辞書」についての感想を伝えてくれる。いつも真っ先の反応がありがたくモニターとしても頼ってしまっている。明日、ブログ「ブラームスの辞書」開設半年を迎えるにあたり、彼女のアイデアを全面的に採用した記事を掲載して、日ごろのご好意に応えたいと思う。

2005年11月28日 (月)

「ff」で曲を開始するということ

「ff」で曲を開始してるケースが6例存在する。どこにあるかは内緒だ。ブラームスでは「fff」が三回出てくるだけなので、「ff」で曲を開始するということは、すなわち「曲中にこれ以上のダイナミクスは現れませんよ」という宣言に等しい。冒頭でいきなり手の内をさらすということに他ならない。

一方「pp」の開始は16例存在する。しかしこれは「曲中これ以下のダイナミクスは現れませんよ」には直結しない。何故なら「ppp」が69例も存在するので、「pp」をダイナミクスの底であると断言するにはリスクを伴うからだ。「f」側と「p」側の用語使用上のバランスのズレがいかにもブラームスらしい。

ブラームスにおいて、「曲の頭にいきなりffを配する」ということがどれほど異例か、演奏者が判っていたほうがいいと思っている。「心あるフォルテシモ」を期待するものである。

それにしても6箇所の「ff」スタートのうち4箇所までがニ短調というのが、何やらいわくありげである。

2005年11月27日 (日)

発表!管楽器羨ましい出番ランキング

管弦楽曲限定のヴィオラ弾きから見た管楽器の私的「羨ましい出番ランキング」である。お断りするまでも無いと思うが、全くの根拠レスである。

  1. 交響曲第四番第四楽章97小節目のフルート 迷いに迷ってこれ。強豪ホルンの並み居る出番を抑えての第一位だ。
  2. 交響曲第二番第一楽章454小節目のホルン 僅差の第二位だ。第一楽章を結尾に導く絶妙のソロ。
  3. 交響曲第一番第四楽章30小節目のホルン クララに贈られた誕生日のプレゼントの旋律だ。「この紋所が目に入らぬか、頭が高い」
  4. 交響曲第一番第四楽章47小節目のトロンボーン 世界遺産級のコラール。トロンボーン吹きの墓標も見え隠れする。
  5. ヴァイオリン協奏曲第二楽章冒頭のオーボエ この瞬間ほぼオーボエ協奏曲状態。しがないヴィオラ弾きどころか一級のヴァイオリニストも唸らせてきた。サラサーテには言わせておけばいい。
  6. ピアノ協奏曲第二番第一楽章冒頭のホルン 独奏ピアノに先行する大見得の場面だが、つつしみ深い「mp」での出陣だ。
  7. 交響曲第一番第一楽章29小節目のオーボエ 最高音「D」で眉が思わずつり上がるところまで鑑賞の対象である。
  8. ドイツレクイエム第二楽章106小節目のフルート 古来「干天の慈雨」と呼び習わされている名所。
  9. 交響曲第四番第二楽章110小節目のクラリネット 緩徐楽章を結尾に導く吐息だ。この手はクラリネットの独壇場だろう。
  10. 交響曲第四番第四楽章113小節目のトロンボーン 第一交響曲フィナーレのコラールと双璧をなす絶景だ。

ファゴット、トランペットは渋い見せ場が多くて、「羨ましい度」は高くなりません。私のせいではありません。「渋い出番ランキング」にすると上位独占かもしれません。以下は惜しくも番外になった出番です。

  1. ピアノ協奏曲第一番第一楽章199小節目のホルン 「p marcato ma dolce」の唯一の用例。「marcato」と「dolce」の唯一の並存事例ですぞ。
  2. 管弦楽のためのセレナーデ第一番第四楽章冒頭のクラリネット ブラームスが書いた最高の「メヌエット」
  3. 管弦楽のためのセレナーデ第二番第四楽章33小節目のオーボエ メヌエットのトリオを率いる「息も絶え絶え」のなまめかしさ。

お叱り異論覚悟のランキングです。

2005年11月26日 (土)

カッコのさじ加減

発想記号にカッコを伴うケースが希にある。

  1. Andante (non troppo lento)シューマンの主題による変奏曲op9 189小節目
  2. Allegro non troppo(doppio movimento) バラードop10-2 23小節目
  3. Allegro (doppio movimento)ハンガリーの歌による変奏曲op21-2 116小節目
  4. Leggiero e vivace(ma non troppo)ヘンデルの主題による変奏曲op24 174小節目
  5. Andante(alla breve)男声合唱のための5つの歌op41-1 冒頭
  6. Agitato(allegretto non troppo)弦楽四重奏曲第三番op67第三楽章 冒頭
  7. Allegretto grazioso (quasi andantino)交響曲第二番op73第三楽章 冒頭
  8. Tempo I(ma tranquillo)悲劇的序曲op81 264小節目
  9. Allegretto grazioso (quasi andante)ヴァイオリンソナタ第二番op100第三楽章 冒頭

ざっと用例を挙げた。これ以外にもひょっとするとあるかもしれない。4はお騒がせだ。国内版にしか存在しない。ヘンレ版ではカッコ以下が跡形もない。国内版側の大きなお世話の可能性なしとしない。

仮にX(Y)とおいて話を進める。大抵の場合YがXの度合いをより細かく規定している形になっている。具体的にテンポを指定しているのが、2,3,6,7,9である。一方ニュアンスの追加に近いのが、1,4,5,8だ。

カッコが思考の一段落を示していそうなのが6番。ヴィオラを大活躍を予告するかのような「Agitato」を名刺代わりに示しておいて、カッコ内にそっと実テンポを示した周到さまで鑑賞の対象と思われる。

悲劇的序曲は「戻すのテンポだけで、ニュアンスはtranquilloに差しかえろ」の意味と解されよう。

面白いのは7番と9番。前段の「Allegretto grazioso」は共通しているのに、肝心なカッコ内が微妙に割れている。カッコ内に「quasi」を配するあたり、この二つ姉妹のように近似している。

いかようにも屁理屈はこねられるが、何故カッコがなければならないのという必然性が、2番3番を除くと、必ずしもあきらかではない。そして何よりもこのカッコがブラームスの意図なのかも、ほとんど謎である。

2005年11月24日 (木)

受注第二号

昨日ブログだけを頼りに注文が舞い込んだ。元からの知人ではない人が、正規ルートで購入の意思表示をしてくれたのだ。ド素人の自費出版本を、お金を出して買っていただくことが、どれほどありがたいか身に沁みる。ブログをご覧になっただけで、購入をご決意いただいただけでも相当のブラームス好きと見受けられる。嘘のような話だが、この方もまた アマチュアのヴィオラ弾きである。これで16冊売れたことになるのだが、そのうち8冊までが、アマチュアのヴィオラ弾きという事実は、嬉しいを通り越して重くさえある。

出荷は来週の月曜日になってしまう。今回の嫁ぎ先は四国である。

本当にありがとう。「ブラームスの辞書」が期待を裏切らないことを祈るばかりである。

執筆開始記念日

7月12日に完成した「ブラームスの辞書」の執筆を開始したのは、昨年の11月23日だった。ちょうど一年前だ。

執筆を開始したとはいえ、本当に完成するのかどうかもわからぬ船出だった。6月から始まったデータベース作りが11月15日に終わってから、データの検証をし、見出し語約1200を確定させるのに一週間かかったというわけだ。当時決まっていたのは、「A5判」という判型だけだ。他に「完全版下持込方式」と「出版社」が決まっていたに過ぎない。予算の都合で総ページ数を250ページ程度に抑えたいとは思っていたが、書いてみるまでは判らない状況だった。もちろん装丁も具体的なイメージは固まっていなかった。出来るなら翌年の5月7日ブラームスの誕生日に刊行したいという、希望的観測を胸に「ブラームスの辞書」第一項「a tempo」に筆を染めた。

「ブラームスの辞書」は、結果としてAからZまで1167の見出しがあるが、執筆は完全にアルファベット順に進められた。仔細に読むとそのことが判るはずである。辞書だからユーザーは必要なところだけを引けばいいのだが、本当は、最初から順に読んだほうが話の通りがいい場合も少なくない。

昨年11月23日の執筆開始で、原稿の完成は今年3月7日だ。無論サラリーマンの勤めを果たしながらの執筆である。こうして今のんびりと当時を振り返りながら、休日の午後を過ごしているのが何だか不思議である。

2005年11月23日 (水)

同窓会

学生時代の仲間が集まった。昨夜、大学オーケストラのヴィオラパートのメンバーと飲み会があった。「ブラームスの辞書」の出版祝いというありがたい名目である。「ブラームスの辞書」のヴィオラとの浅からぬ関連を思うと一際感慨深い。ヴィオラ弾きばかり11名という、得難い集まりであった。私が3年でパートリーダーをやった時のメンバーがほぼ揃ったといっていい。みんな変わっていない。今にもパート練習が始まりそうな雰囲気だった。このメンバーで芥川也寸志とのチャイコフスキープログラムに挑んだのだ。

「ブラームスの辞書」の出版祝いはあくまでもキッカケなのだが、それでも花束と記念品、参加者の写真帳をもらった。どさくさに紛れて1冊売れた。あとからネットで注文してもらうために名刺を配った。22000件のデータベースのこと、楽譜の異同のこと、いくつかの音楽用語のこと、昔のままの熱さで話が弾んだ。

40代半ばにして「ブラームスの辞書」を書かねばと決意し、実際に書き上げてしまう脳味噌は、このメンバーに揉まれながら育ったと断言しても誤りは無いだろう。

一次会二時間は本当にあっという間だった。三次会まで繰り出した。それでもまだ、名残り惜しいと感じながら解散して、家に着いたのは午前1時半を回っていた。

今、目の前に記念品のポートレイトが置いてある。無論ブラームスの写真だ。

2005年11月22日 (火)

のだめの中のブラームス⑰

途切れそうで途切れぬのだめネタである。本日はあっと驚く第9巻ネタです。

76ページをご覧頂きたい。正月。卒業を控えた千秋が、不精髭うっすらのいでたちで、佐久間と会合である。間近に控えた学生最後の演奏会について抱負を語る場面である。

自信の程は見せるし、卒業後の進路も見えてきているというのに何やら浮かない表情で始まる79ページ目だ。二つ目のコマで千秋は佐久間にこう切り出す。「どうしてこんなによくしてくれるんですか?」「期待してくれるのは嬉しいんですけど」である。どうやら千秋には、不安があるようだ。順調すぎる道のりが怖いのかもしれない。人の好意が素直に信じられないということもあろう。だから佐久間にその不安をぶつけている。

その79ページ中段横長のコマの右端から「ブラームスにコッセルやヨーゼフがいたように」「歴史に名を残す音楽家には、才能だけじゃなく人との大事な出会いがあるものさ」「ボクもそういう人間の一人になりたいんだよ」と佐久間が答えている。「ハハハ何てね」の照れ隠しも見られる。

コッセルはブラームス最初のピアノ教師オットー・フリードリヒ・コッセルだ。ハンブルグのピアノ教師で最初にブラームスの才能に気付いた人物。彼はブラームスの才能をさらに高みへの押し上げるために、ブラームスを自らの師でもあるエドワルド・マルクセンに紹介している。

ヨーゼフとは、誰だ。これはおそらく当時最大のヴァイオリニストの一人ヨーゼフ・ヨアヒムを指すと思われる。日本では一般にヨアヒムと呼ばれているので、佐久間がヨーゼフと言っているのは、不思議といえば不思議だ。ヨーゼフ・ヘルメスベルガー、、ヨーゼフ・フェルスター、ヨーゼフ・ドレクスラー、ヨーゼフ・ズルツァー、ヨーゼフ・ゲンスバッハーという具合にヨーゼフの付く交友関係は多いが、本文の主旨「人との大切な出会い」という観点から考えればヨーゼフ・ヨアヒムで間違いはない。佐久間が「ヨアヒム」と言わなかったことが謎である。

ブラームスの創作人生の中での交友関係を見た場合、「大切な出会い」というキーワードから見てこの二人が代表人物かというと疑問なしとしない。ヨアヒムはともかくコッセルを入れるならこちらにもと思われる人たちも少なくない。シューマン夫妻、エドワルド・マルクセンがその筆頭格だろう。

しかしながら千秋の疑問「何故こんなによくしてくれるのですか」に対する答えとしては合格だと推測出来る。千秋はコッセルとヨーゼフという人物とブラームスの関係を知っていたはずだ。ブラームス第一交響曲の研究の際、「Briefwechsels」(往復書簡集)まで手元に置いていたくらいだから、ブラームスの簡単な伝記的事項は当然頭に入っていると推定できる。79ページ最後のコマ左端に座る千秋は笑っている。

めくった80ページは1月3日。「R☆Sオケ」の公演当日の描写に飛んでしまうのだ。だから佐久間のこの答えで千秋が納得したという余韻になっている。

2005年11月21日 (月)

大量注文

昨日「ブラームスの辞書」に6冊もの大量注文があった。本日さっそく配送の手配をした。いやはや「嬉しい」を通り越して茫然自失である。何しろ7月の刊行から今日まで4ケ月半で売れたのが6冊なのに、その6冊を一括して受注してしまったという訳だ。

依頼主は旧知のブラームス好きだ。そりゃそうだ。「ブラームスの辞書」刊行前からの知り合いだ。既に彼女は1冊買ってくれていたので、これで7冊ということになる。ひとりで7冊持っているわけではない。彼女の交友関係にばら撒いてくれるのだ。「物としての本」そして「内容」を自らの目で確かめた上で、「ブラームスの辞書」を第三者に薦めてくれるのだ。「持つべきものは・・・・」などと軽々しく持ち上げるのも憚られる。

彼女の指定した番号は、下記の6曲。

  1. ピアノ協奏曲第一番opus15
  2. 混声四部合唱のための宗教的な歌曲opus30
  3. アルトとヴィオラとピアノのための歌曲opus91
  4. チェロソナタ第二番opus99
  5. クラリネット五重奏曲opus115
  6. 4つのピアン小品opus119

2番目のopus30はとりわけ渋い。なかなかこれを指名する人はいない。2番目以外は、メジャーだ。6冊は本日私の手元を離れた。ブラームス好き6名の蔵書に加えられて、末永くかわいがられることを祈ってやまない。

2005年11月20日 (日)

原点回帰

10月8日の「秋川の奇跡」、それから中旬の中国出張、帰国して娘らの発表会とそれに続く楽器の交代と弓の購入。思えば我が家の今年の10大ニュースの上位に並ぶようなイベントが一ケ月足らずの間に5つ6つ続いた。

落ち着いてからバックナンバーを読み返してみた。どうも足が地についていないはしゃいだ感じの配列になっていた。ひとつひとつの記事は変わらずに書いたつもりだが、それらの記事の配列が、気の緩みを表していると感じた。ブログを訪れる読者が、最初にどの記事を見るかは、ある種の賭けである。コテコテのブラームスネタ、のだめネタ、はたまた娘のヴァイオリンネタ等々だ。最初に見た一回だけをもって、ブログの性格を判断されることもあるだろう。かといって毎回コテコテのブラームスネタだけだと息も詰まる。だからの最適と思われる配合を考えている。最初に見た記事であっさり判断された場合は、仕方ないとあきらめるが、そこで5日前まで遡ってバックナンバーをご覧いただけたなら、確実にブログの性格が伝わるような記事の配列でなけらばならない。このことは、本ブログ立ち上げの時から自分に課してきた自主規制だ。

我が子同然の著書「ブラームスの辞書」のPRをブログの目的とする以上当然の自主規制だ。その規制がかえって記事の執筆には良い刺激となっているのだ。自分史、つぶやき、育児日記の類に寄せてしまったら、たちまちネタに窮するところである。

それでも、と敢えて申し上げたい。それでも11月初旬のはしゃぎぶりは恥ずかしい。それに気付いたターニングポイトは11月7日の「踏ん切りとしてのハ短調」だ。このタイトルにはそうした原点回帰の決意も込められていた。その後の記事の配列は、「コテコテブラームス系」に少し重心が寄っている。

その後の配列は、我ながら美しいと思っている。ネタが続くかどうかが心配のタネだ。

2005年11月19日 (土)

祝5000アクセス

本日未明、ブログ「ブラームスの辞書」開設以来5000アクセスを達成した。

2000アクセスは9月15日、3000アクセスが10月2日と順調に推移してきたが、本日5000アクセスに到達した。5月30日の開設以来174日目の達成だ。2000から3000にかけての1000アクセスに比べ若干ペースが落ちたが、注目のブックマーク率は35%から40%の間をキープし続けているのが嬉しい。常連さんが存在している印として今後もマークし続けたい。

ブログ開設で、少し生活のペースが変わった。通勤の途中で、ネタを考えていることが多い。何か思いつくとすぐにメモを取ることが習慣になった。ブラームスや音楽に対するアンテナが高まったと実感できる。174日間毎日欠かさず更新し続けていることが、程よい緊張感に繋がっている。

新たな友人も少しだが作ることが出来た。これもブログのおかげである。

著書「ブラームスの辞書」の販売は6冊。当初目標の月間2冊を少し下回っているが、上出来である。

2005年11月18日 (金)

Dein Brahms状態

「貴方のブラームス」という意味。手紙の署名にしばしば書かれる。「dein」は「貴方の」だが、親称「du」の所有格だとかで、相当親しい間柄でしか使わないらしい。つまりこうして呼びかけられる間柄というのは、よっぽどである。

しかし、ブログ「ブラームスの辞書」では、別の意味に転用している。

  • 弦楽六重奏曲第一番
  • 弦楽四重奏曲第三番
  • ピアノ協奏曲第二番

ヒントは上記のリストだ。これら皆が変ロ長調であることは、すぐに気付くと思う。さらにこれらは皆中間楽章にニ短調の楽章を持つ。弦楽六重奏は第二楽章の有名な変奏曲がニ短調だし、弦楽四重奏曲第三番は、第三楽章のヴィオラの聖域がニ短調だ。ピアノ協奏曲第二番は、第二楽章に名高いニ短調のスケルツォがある。「主調の3度上の短調」ということになる。ドイツ語で書けばBdurとDmollだ。その頭文字DとBを取ってこの関係を「Dein Brahms」と呼ぶことにしている。中間楽章に主調の三度上の短調が現れるケースは4回ある。というか4回しかないともいえる。交響曲のアナリーゼでもブラームスの三度好みがしばしば強調されるように、三度関係での転調はブラームスの得意技である。にもかかわらず「三度上の短調」(三度下の長調)が同一楽曲内で使用されるのが、「Bdur-Dmoll」に限られている。4つのうちの残り一つが、例外を形成するピアノソナタ第一番だ。ハ長調の第一楽章で立ち上がった後、第三楽章にホ短調のスケルツォが来る。三度上の短調だ。「BdurとCdur」の関係はつい最近も話題にした。(ジュピターごっこ参照)

いくつかのすぐれた作品がBdurを共有することを、ブラームス本人も意識していたと見え「Bdurという牝牛からミルクを絞り過ぎないように」という本人の発言も伝えられている。ヘンデル、ハイドンの両バリエーションがすぐに思いつく。

楽曲の量としては、必ずしもトップではないBdurだが、他にもいくつか不思議な現象がある。ソナタのフィナーレが「allegretto」になっている曲をリストアップしてみるがいい。実はこれが偉く簡単だ。今日の記事の最初に掲げたリストがそのままあてはまる。つまり「フィナーレにallegrettoを採用するのはBdurの楽曲に限る」という命題が成立しているのだ。これには例外は無い。

音形遊びを提案する。ハ短調が「CS」というクララ・シューマンの象徴という話をした。この三曲のBdurの曲は「DB」としてブラームスの象徴なのではないだろうか?「DB状態」の作品とクララ・シューマンにはただならぬ関係を匂わす証拠がある。弦楽六重奏第一番の第二楽章。有名なニ短調は、クララ・シューマンへのプレゼントにするためにピアノ用に編曲されている。弦楽四重奏曲第三番は作品67だ。「踏ん切りとしてのハ短調第一交響曲作品68」のひとつ前の番号だ。

おそらくブラームスがクララ・シューマンへの手紙の末尾に何度か「Dein Brahms」と署名したことは、確実と思われる。

2005年11月17日 (木)

緩徐楽章の位置

四楽章制を採用するソナタ26曲に話を絞る。

  • ピアノ三重奏曲第一番
  • ピアノ四重奏曲第一番
  • 弦楽六重奏曲第二番
  • ピアノ四重奏曲第三番
  • ピアノ協奏曲第二番
  • ピアノ三重奏曲第三番

これが、何のリストかお気づきになるだろうか?今回の記事のタイトルが良いヒントになっている。これら6曲は緩徐楽章が第三楽章に来ている。逆にいうとこれら以外の20曲は緩徐楽章が第二楽章になっているということだ。

緩徐楽章の位置は古来、第二楽章だった。多分ベートーヴェンが第九交響曲で、第三楽章に持ってきてから分岐が始まったように思う。以来、緩徐楽章は第二楽章と第三楽章を行き来する。この基準はいったいどこにあるのか?ブラームスは何を基準にこれを書き分けていたのだろうか?調性、曲種、拍子、発想記号、作曲年代等何か傾向があるのか?

すぐにわかること。それは交響曲。交響曲の緩徐楽章は全て第二楽章になっている。次いで弦楽四重奏曲も同様だ。これらはベートーヴェンの得意分野、いわゆるホームである。この場合、第三楽章に典型的なスケルツォが来ないことも共通している。

それから二重奏で緩徐楽章を第三楽章に持ってきたことはないと言いたいところだが、二重奏は、そもそも三楽章制のソナタが多いのでアテにならない。ソナタを三楽章制にするか四楽章制にするかの基準も相当難解だったが、こちらもそれに匹敵している。

さっぱり尻尾をつかませてくれない。

2005年11月16日 (水)

のだめの中のブラームス⑯

久々に第七巻ネタ行きます。

20ページをご覧ください。後に「R☆Sオケ」となるオケがまだ「名無しのオーケストラ」だったころのお話だ。ニナルッツ音楽祭のメンバーが約70名、「慕零蕗」(多分読み方はボレロ)に集まって新しいオケ結成の飲み会。曲決めとしゃれ込んだという設定だ。22ページに千秋の独白。「Sオケと違ってみんな落ち着いていて大人・・・」とある。最下段のコマに「いいな、おちつくな」という具合にひたすらしっとり系だ。

しかし、しっとり大人のムードも30分で一変する。23ページではおのおののメンバーが言いたい放題になる。23ページだけで5名の作曲家の名前が叫ばれている。不思議と曲名は一切明かされずに、作曲家名だけで論争が成立しているのだ。千秋の独白の形で「見慣れた光景」とあるところを見るとこれは「Sオケ状態」であることが推測される。24、25ページでは協奏曲をめぐってメンバーの思惑が交錯する。

その23ページの最初のコマでメンデルスゾーン、チャイコフスキーに混じって「ブラームス」が叫ばれている。右下、にらみ合う男の顔の間に白抜きの手書き風の文字で「ブラームス」とある。「ブラームス」を主張する男と反対する男に見える。男たちの名前は一切不明な上に、曲目も明かされない。そう、普通の楽器弾きが70名も集まればブラームスを主張する奴は大抵一人二人はいるものだ。

それにしてもアマチュアオケの曲決めは、見ものである。学生オケならなおのことだ。ゼミの教授が誰になるか以上のインパクトである。私だって、定期演奏会のメインの曲目がキーになって学生時代の出来事が記憶されているのだ。

この後、協奏曲だけは千秋の意向で演奏者・黒木くんで決定するが、その他が決定にいたった形跡は認められない。でいきなり91ページでブラームスの第一交響曲に決定される。オープニングのシューマンに至っては、23から25ページでは名前も出ていなかった。曲目決定のメカニズムは不明である。のだめカンタービレ内でおめにかかるこうした演奏会の曲目配置は、なかなか洗練されている。作者様の見識の賜物と思われる。

2005年11月15日 (火)

交響曲の噂

本日の記事は昨日の記事とセットでお読みいただくと面白さが倍増します。

ブラームス関係の書物を読んでいると、四曲の交響曲の後、ブラームスが交響曲のプランをもっていたという記述に出会う。第四交響曲発表後、ブラームスにはまだ12年の人生が残されていたのだから、そのことはとても自然である。ましてや、あの4曲を聴かされた聴衆たちが、お代わりをせがむのは当然である。

そうした交響曲の噂は、どうも特定の作品の解説の中に現れるようだ。作品番号の若い順にいうと、まずは作品102の「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調」である。いくつかの解説書はこの協奏曲が第五交響曲として着手されたことを断言している。

その次に噂に上るのは、作品111を背負った弦楽五重奏曲第二番ト長調である。カルベックという人が、この曲の第一楽章が交響曲のプランを根源とすると述べているらしい。

ここまでお読みになって、本日の「オチ」が予見できた人は挙手をお願いします。その方花丸です。

それでは私の考えを申し述べます。上記の噂を一応真実と受け止めれば、第五交響曲はイ短調、第六交響曲がト長調ということになります。この六番が「ブラームスの田園」と呼ばれるかどうかは別として、第一交響曲から第四交響曲までの調性を順番に並べた後に、五番六番の調性を並べてみよう。「CDFEAG」「ドレファミラソ」である。あっと驚かされる。モーツアルトのジュピター交響曲のフィナーレのテーマと同じである。

「ド~レ~ファ~ミ~、ラララソ~」と歌える。このあと16分音符で「ファミレド」となる。ラの重なりは無視すると「ドレファミラソ」となる。交響曲の噂は、あながち荒唐無稽でもなさそうだ。ブラームス本人がこの噂のリーク元である可能性もありそうだ。う~ん。ブラームス恐るべしである。とすると第七交響曲は「へ短調」第八番は「ホ長調」第九番は「ニ短調」・・・・という具合に繋がりそうである。

答えが一致してた人とビールでも飲みに行きたいものです。

2005年11月14日 (月)

ジュピターごっこ

ブラームスの交響曲の第一楽章の調性を第一番から順に並べると「CDFE」になるというお話のことである。この音形がモーツアルトの交響曲第41番「ジュピター」の終楽章のフーガの主題になっていることは有名である。

ブラームスはこの音形が好きである。作品76-1の嬰へ短調のカプリチオの14小節目に出現してこの作品を貫くモチーフになっていることは特に名高い。音程関係が少し崩れていて「真性ジュピター」とは言いにくいが、この音形を意図的に使用していることは間違いのないところである。ささっと見ただけでも下記の作品に見つけることが出来る。(相当なこじつけも含んでいる)

  1. チェロソナタ第一番
  2. 第三交響曲第一楽章
  3. 第三交響曲第四楽章
  4. 弦楽四重奏曲第二番第四楽章
  5. ピアノ五重奏曲第四楽章
  6. ピアノ五重奏曲第一楽章
  7. ピアノ三重奏曲第一番第一楽章
  8. 弦楽六重奏曲第一番第四楽章
  9. ヴァイオリンソナタ第三番第二楽章
  10. ピアノ協奏曲第二番第四楽章
  11. ピアノ協奏曲第二番第二楽章
  12. 弦楽四重奏第二番第一楽章
  13. 歌曲op69-3

ブラームスがこの音形を好んでいたのかどうかは、定かではないどころか、単なる「よくある音形」なのかもしれない。

話は変わるが、シューマンの交響曲も「BCEsD」になっていて、ジュピター主題を変ロ長調で読んだ形になっている。正確な作曲順はこの通りでないのだが、誰かがこの順番にした疑いもある。シューマンの死後ブラームスが、「シューマン全集」の出版に尽力し、その過程でシューマン未亡人のクララと行き違いがあったと伝えられているが、ひょっとするとブラームスがこの順番に並べることを主張したために、クララと食い違ったのではあるまいな?

変ロ長調とハ長調の関係といえば、ブラームスの第一ピアノソナタ(ハ長調)冒頭がベートーヴェンのハンマークラヴィーアソナタ(変ロ長調)と似ていた。師と仰ぐシューマンやベートーヴェンより1音高く接しているのである。密かな自信の現われか、単なる偶然か、興味は尽きない。

2005年11月13日 (日)

楽章の数

話を室内楽24曲と、交響曲4つ、それからピアノソナタ3つ、つまり「ソナタ」に絞ってみる。

  • チェロソナタ第一番ホ短調op38
  • ヴァイオリンソナタ第一番ト長調op78
  • 弦楽五重奏曲第一番ト長調op88
  • ヴァイオリンソナタ第二番イ長調op100
  • ヴィオラソナタ第二番変ホ長調op120-2

このリストが何のリストか判るだろうか?これは三楽章制のソナタのリストだ。これ以外は全部4楽章制だ。(と思いきやたった一つ例外がある。ピアノソナタ第三番は五楽章制だった。)ブラームスにおいてはソナタの楽章数は概ね3か4である。3と4を分かつ基準はどこにあるのだろう。何がどうなると3になり、どうなると4になるのだろう。数の上から判断する限りブラームスは四楽章を主、三楽章を従と考えていたと思われる。

本来的な4楽章制から緩徐楽章が省かれたものは、チェロソナタ第一番とヴィオラソナタ第二番だ。ただしヴィオラソナタ第二番は第三楽章が終楽章としては異例の「andante」で立ち上がっており、この終楽章に緩徐楽章とフィナーレの機能を兼備させている。

舞曲楽章が省かれたものは、残る3つである。ピアノ協奏曲第二番をのぞく3つの協奏曲もこの形と思われる。このうちヴァイオリンソナタ第一番以外の2曲で、緩徐楽章の中間部でテンポアップが図られている。この部分が舞曲楽章の脱落を補う雰囲気を漂わさせていると思われる。緩徐楽章に舞曲楽章の機能の一部を移管していると見ることが出来る。

こうして見てくると純粋に三楽章制を志しているのは、チェロソナタ第一番とヴァイオリンソナタ第一番だけのように思えてくる。(ヴァイオリンソナタ第一番第二楽章の「piu andante」は舞曲機能とは認めにくい。)

困ったものだ。これ以上は謎である。

2005年11月12日 (土)

著作の効用

「ブラームスの辞書」のおかげで自己紹介が楽になった。

音楽に関係した集まりに出席した場合など、自己紹介の機会は少なくない。従来は「クラシック音楽が好きです」「特にブラームスが好きです」「アマチュアのヴィオラ弾きです」程度の切り込みが関の山だった。話がそれ以上に弾むことがあっても、当方のスタンスを手短に伝えることは難しかった。

「ブラームスの辞書」を出してからは、「ブラームスの辞書」の現物を差し出すか、ブログをご覧頂くかで済むようになった。まずは、「大好きなブラームスのために本まで書いてしまった。」という点が既に立派な自己主張になっている。本の内容まで話が行かずとも相当なインパクトがあると思われる。

次に内容。「ブラームスの辞書」には演奏家名はあげられていない。どこの誰の演奏がかくかくしかじかという記述は現われない。この点で好悪が決定的に分かれてしまう。ブラームス作品の決定版CDの探索には、圧倒的に不向きである。

世の中の自称「ブラームス好き」には「フルトベングラーオタク」や「フィッシャーディースカウ仙人」の類の人たちが一定の無視しえぬ比率で混入している。「単なるCDコレクター」もかなりの比率で存在している。演奏間の微細な違いを言葉で表現する試みに労傾を注いでいる人たちもこれに属すると見ていい。無論、CDのジャケットに印刷されている演奏家の演奏が必ず収録されているという点を疑わない立場の人々だ。所有しているブラームスのCDの枚数が、ブラームスへの愛情のバロメータと信じる人たちと大半は重なろう。

また「外国の書物にはこう書いてある」「外国の偉い学者さんはこう言っている」ということの紹介に時間を使うことを厭わない人も多い。指揮者間の演奏の微妙な違いには、異常に敏感である一方で、楽譜の異同には無残なほど無関心という層も少なからず存在する。

私がこれらのどれにも属さないことを、一から説明する作業は骨が折れる。「ブラームス好き」と自称すると、単なる「決定版CDオタク」と混同されるリスクは低くない。「CDは何枚お持ちですか?」「最近のお気に入り版は?」などという質問が発せられたら相当怪しいと思わねばならない。クラシック愛好家とは、聴ききれないほどの量のCDに埋もれて悦に入っているものだという御し難い先入観が、一部に存在することは、確実と思われる。

嬉しいことに「ブラームスの辞書」を示すことでかなりの確率で、著者である私のキャラを速く正確に伝えられるようになった。呆れて距離を置き始める人も、もちろん存在する。

でも「ブラームスの辞書」を書いてよかった。

2005年11月11日 (金)

格闘の痕跡

先月、発表会で娘たちが演奏した協奏曲の楽譜が目の前にある。どちらの楽譜も余白は色とりどりの書き込みでいっぱいである。大抵の筆跡は先生。少しだけ私の筆跡。書き込みは譜読み段階のものから、直前のニュアンス付けのものまで多岐にわたる。難所ほど書き込みが重なっている。次女は書き込みの薄いところで暗譜が飛んだ。

そう、演奏に真正面から挑んだ痕跡は何よりも楽譜に残るのだ。何年かのちまた同じ曲に挑むことになったら、新しい楽譜を用意せねばならない。かといって古い楽譜も捨ててはもったいない。古い楽譜の書き込みは情報の巣だからだ。それらを見るだけで当時の顔色まで思い出せる。親子の間での真剣な討議の内容まで鮮やかによみがえる。

「ブラームスの辞書」の本格的な執筆を始める直前。2003年の暮だったと思う。家中をひっくり帰してブラームスの楽譜を探していたところ、古いピアノ曲集が出てきた。亡き妻が高校時代に使用していたものだ。妻は大学時代からヴァイオリンをはじめたが、幼少の頃はピアノを習っていたのだ。本人はいつもヴァイオリンよりはピアノのほうが自信があると言っていた。見つかった曲集に収録されている曲はヘンレ版でもドーヴァー版でも所有している曲ばかりだった。国内版の楽譜なので比較対照に使ってやろうと、パラパラとめくっていると、ラプソディート短調op79-2のページにたくさんの書き込みを見つけた。ピアノの先生の書き込みだ。妻は高校時代以前の発表会でこれを演奏していたのだ。先生の書き込みは控えめながら全曲に渡っている。黒赤青の三色での書き込みは主に「自分の音を聴け」「表情を変えて」「肩に力をいれずに」とある。わずかながら妻自身の筆跡も見られる。

楽譜への書き込みが、当時のその人を切り取った化石だとするなら、全身骨格が見つかったようなものである。息づかいや、演奏の癖まで保存されていよう。いくつかの音楽記号が赤鉛筆で縁取られていた。

「ブラームスの辞書」の執筆にこの楽譜も大いに参考になった。そして今長女が弾くヴァイオリンとならんで大切な我が家の宝である。

2005年11月10日 (木)

のだめの中のブラームス⑮

コミック「のだめカンタービレ」と「ブラームス」の接点をズームし続けてきたが、今まで言及を避けてきた最も本質的な問題がある。それはのだめこと野田恵本人のブラームス演奏である。コミック「のだめカンタービレ」の第一巻から最新の13巻までの間、のだめ本人がブラームスを演奏する場面は無い。

ライバル瀬川悠人くんが「パガニー二バリエーション」を弾いたことはあった。もちろん千秋真一は第一交響曲で羽ばたいた。図書館で借りた対位法の本には「ハイドンの主題による変奏曲」が載っていた。アナリーゼの課題は第三交響曲だった。だからのだめは確かにブラームスに接触しているのだが、弾いてない。コミックに描かれていない。おかげでブラームスはいまだ「ブラムス」という長音棒省略の被害に遭っていない。

これは何を意味するのだろう。

ブラームスとのだめ共に愛する者としての希望的観測を申せば、いずれ実現するであろう千秋とのだめの協奏曲初競演のためにとってあると考えたい。欧州でセンセイショナルな成功を収めた千秋の凱旋帰国公演が望ましい。裏軒がスポンサードする「R☆Sオケ」の友情出演が期待される。千秋真一指揮。R☆Sオケ。独奏のだめによるブラームス・ピアノ協奏曲第二番だ。

第三楽章アンダンテのチェロ独奏は当然菊池君だ。独奏チェロとかけあうオーボエは言わずとしれた黒木くん。pppの海をさまようクラリネットは鈴木薫嬢で決まり。第一楽章冒頭のホルンはやっぱ片山くんです。それでもってコンマスは高橋くんが三位だったブッフォンコンクールで優勝して帰国した三木清良で決まりだ。

手が大きいという設定ののだめなら、ブラームスもこなせるのではないだろうか?いずれにしろのだめのブラームス初挑戦がどの曲になるのか楽しみだ。

2005年11月 9日 (水)

「4」の因縁

今日は少し長くなります。

室内楽や管弦楽作品においてブラームスは、特定のジャンルを偏重して作品を残していない。破棄された作品については知る由もないが、作品番号を付与されている作品に限れば、全てのジャンルが4曲以内である。

ピアノソナタ 3曲、ヴァイオリンソナタ 3曲、チェロソナタ 2曲、ヴィオラソナタ 2曲

ピアノ三重奏曲 3曲、ホルン三重奏曲 1曲、クラリネット三重奏曲 1曲

弦楽四重奏曲 3曲、ピアノ四重奏曲 3曲

弦楽五重奏曲 2曲、ピアノ五重奏曲 1曲、クラリネット五重奏曲 1曲

弦楽六重奏曲 2曲

ヴァイオリン協奏曲 1曲、ヴァイオリンとチェロのための協奏曲 1曲、ピアノ協奏曲 2曲

という具合である。意図的に省いているジャンルがひとつある。お判りだろうか?

正解は交響曲だ。これはご存知の通り4曲である。もう一度リストをご覧いただきたい。ひとつのジャンルで4曲残っているのは交響曲の他には存在しない。ブラームスの交響曲が何故4曲なのか?古来議論されている。本人は「交響曲を5つ以上書く奴の気が知れない」といったとか言わなかったとか。3では少な過ぎて5では多過ぎるのだ。

交響曲が「4曲」でなければならない理由を私なりに考えた。

それには、交響曲の楽章数が4であることと密接な関係がある。ブラームスは自らの人生を、人生といって大袈裟なら創作活動を、一つの交響曲とみなしていたのではないだろうか?4つの交響曲を1組の組曲と考えていたのではないだろうか?第一交響曲のフィナーレを彩る「C-H-C」というモチーフを全4曲を貫くテーマとして織り込んだのではないだろうか?第二交響曲には冒頭やフィナーレにこのモチーフがあるし第三交響曲フィナーレ冒頭でもこの動機が聴こえる。第四交響曲は96小節目のフルートソロや105小節目のヴィオラに反映していると思われる。

そして古来指摘されていたジュピター問題だ。4つの交響曲の第一楽章の調性を並べると「CDFE」というジュピターの主題になるという事実だ。

今回さらに一歩踏み込む。ブラームスの交響曲の楽章の概念を各交響曲がなぞってはいまいか?第一楽章に相当するのが第一交響曲。第二楽章つまり緩徐楽章が第二交響曲。舞曲楽章というより管弦楽のためのインテルメッツォの様相を呈する第三楽章が第三交響曲に相当する。第四楽章はいわずと知れた第四交響曲となる。

4つの交響曲の性格がそのまま4つの楽章の性格をなぞっているように思われる。だから4曲なのだ。ブラームスは自らの交響曲の配列の仕方にまで物を言わそうとした。しかしこのことは、「1番の作曲をした時に既にこの構想を持っていたのか?」という至高の問いに到達せざるを得ない。私に言わせればイエスだ。だから第一交響曲は着想から完成まで異例の長大な時間を要したと考えたい。

2005年11月 8日 (火)

たかがカンマ、されどカンマ

ブラームスは弦楽五重奏曲を二曲残してくれている。第一楽章にご注目願いたい。第一番が「allegro non troppo ma con brio」だ。一方の第二番は「allegro non troppo, ma con brio」になっている。「troppo」と「ma」の間にカンマが挟まっている点が違うだけだ。マッコークルもこうなっているので、このカンマは由緒正しきカンマであると思われる。カンマの有無はいったい何を物語るのだろう。たった二曲しかない珠玉の五重奏曲の第一楽章が瓜二つの発想記号を持っているのだ。勘繰るなというのは無理な注文である。

発想記号は、あくまでも曲想に即して決められて「異なる二曲間の数学的整合性は二の次である」というメッセージかとも思われるが、悩ましい。

別の例を挙げる。映画「恋人たち」で有名にならねばもっと素敵だった弦楽六重奏曲第一番の第二楽章だ。オイレンブルグのスコアでは「andante, ma moderato」になっているが、マッコークルでは「andante ma moderato」に過ぎない。ここでもカンマ一個の出し入れが存在している。

カンマの有無ははたしてブラームスのオリジナルなのだろうか?オリジナルとするならばそれはいったい何を演奏者に求めているのだろう。「ブラームスの辞書」では「思考の一段落」という仮説を提案しているが、一筋縄で行く問題ではないことも十分承知している。

楽譜を当たったかぎりでは、「allegro」や「adagio」のような単語に比べてカンマの扱いは数段ルーズのように見受けられる。草稿が印刷に回される段階で既に混乱が生じている可能性も否定できまい。

ブラームスの意思の反映であるなら、地を這ってでも突き止めたいのだが・・・。

2005年11月 7日 (月)

踏ん切りとしてのハ短調

第一交響曲がある種の葛藤を背負っているという話、中国出張中の「のだめ」系の記事で言及した。今回はさらにこの周辺の議論を煮詰めてゆきたい。

第一交響曲の持つハ短調という調性を前に人々は何を想像するだろう。おそらく十中八九はベートーヴェンとの関連を想像すると見て間違いはない。ベートーヴェンにはハ短調の楽曲が多い。短調では第一位だ。ちなみに長調では変ホ長調なので、ベートーヴェンのフラット3個への執着が見て取れる。その象徴は第五交響曲。ブラームスの第一交響曲とベートーヴェンの第五交響曲がハ短調を共有することは象徴的だ。

ブラームスの第一交響曲の直前にもハ短調の室内楽が相次いで生まれている。第一交響曲と同様に「情熱」と「絶望」を内包する曲調だ。ピアノ四重奏曲第三番op60と弦楽四重奏曲第一番op51-1だ。これに第一交響曲を加えた3曲は、調性のほかにも一致点が少なくない。緩徐楽章の直前楽章がハ長調で終わること。緩徐楽章の旋律がソのシャープまたはラのフラットで始まること。作曲の途中に長い中断があったこと。創作経歴の最初期で着手されながら完成までの間に15年~20年のブランクが横たわる。その間、作曲に忙殺されていたわけではない。棚上げされていたのだ。最後の1ピースを見つけるために、あるいは余分な1ピースを取り去るためにかもしれない。

さらに作品番号できわめて近い53番「アルトラプソディー」も、中断は見受けられないながらもハ短調のこの系譜に属していると思われる。周知の通りクララ・シューマンの娘ユーリエへの失恋が反映しているのだ。

作品番号で言うと51、53、60という具合に「情熱」と「絶望」を背負ったハ短調の楽曲を、執拗に繰り返してきたブラームスは、一連の締めくくりとしての第一交響曲op68ではじめて歓喜への到達を実現させる。クララ・シューマンへの誕生日の旋律を先導役として、歓喜の旋律が降臨する。のだめの作者様が、このあたりを捉えて、千秋真一の葛藤からの開放をトレースして見せたことは、記憶に新しい。

おそらく、この時期のハ短調の密集と、作曲の中断はクララ・シューマンに関係があると思われる。ゆえにハ短調を過剰にベートーヴェンと結び付けてはならない。第一交響曲は、この渋滞からの開放の象徴なのだ。だから千秋のトラウマ脱出のドラマを余すところ無く反映させることが可能だったのだ。

実際用語使用面でも第一交響曲が分水嶺となっているケースが後を絶たない。「pesante」「mp」などは、第一交響曲を境に意味合いに変化が起きているようにも見える。第一交響曲を完成させる課程で何かがあったと考えねば辻褄が合わない。そしておそらくそれは、クララ・シューマンに関係がある。

過剰な想像は慎まねばならない。

ブラームスの伝記を紐解くと、数多くの音形遊びに溢れている。「FAF」や「AGATHE」などがその典型だ。私もひとつオリジナルの音形遊びを提案する。

特定の調性を音2つで代表させるとしたらどうなるだろう。多分主音と第三音だろう。ハ長調なら「C」と「E」だ。この調子で行くと今回話題のハ短調は「C」と「Es」になる。「Es、Es」と続けてつぶやくといい。いつのまにか「S」(エス)になってしまう。そう「CとEs」は「CとS」なのだ。「CS」・・・・・・。なんということだ。これは「クララ・シューマン」のイニシャルではないか!ブラームスの数多いハ短調の楽曲全てと申し上げるつもりはないが、少なくとも第一交響曲とその直前の3曲のハ短調は、クララ・シューマンとの「踏ん切り」を象徴しているのではないかと密かに考えている。

2005年11月 6日 (日)

弓選び

次女の分数ヴァイオリン卒業とあわせて、長女の弓交換も課題の一つだった。発表会が終わるのを待って交換だ。

今日、ヴァイオリンの先生におつきあいいただいて弓を購入した。長女が使っていた弓は、楽器と同じく亡き妻の形見だ。だから出来るだけ使い続けたいと思い、あれこれ調整をしながらトライしたが、やはり将来のために弓は交代させることにした。

店頭で6本くらい用意しておいてもらい、先生と本人が試奏しながら1本に絞って行く。4本を脱落させ残り2本で迷った。最後は先生の意見を取り入れて1本にした。ためしに弾いてみたが、愕然とする。弓一本で妻の形見のヴァイオリンまでが息を吹き返したようだった。定価12万!!!!!先生のコネということもありお値引きがあったが、それでもバイトで買った私の弓より高い。嬉しいことに今までの弓との差は歴然であり、将来を思うとけして高くはないと思えるから不思議である。来年、契約切れと同時に新しい楽器を購入してやれる次女に比べ、亡き妻の形見を使い続けさせる長女には、少々弓の面で穴埋めをしてやらねばならない。

弓や楽器が新しくなると練習したくなるものだ。これが刺激になって、「雨の歌」に繋がるというなら金額は問題ではない。先行投資と呼べるほど目算があるわけでもないし、またリターンを期待してもいない。娘たちの未来にちょっとした仕掛け花火をセットしたような気分だ。

帰り道、雨が降り始めた。

2005年11月 5日 (土)

のだめの中のサッカー

のだめ系の記事だが、いつものタイトルとは違う。今回はブラームスとは関係が無い。のだめ系の記事を氾濫させないための自主規制として「のだめとブラームス」の接点についての記事に絞るという自主規制を課してきたが、今回はその例外である。

膨大な数のマニアが存在する「のだめカンタービレ」だから、おそらくネット上での議論はとうの昔に終わっているものとも思うが、私の立場から言及する。

のだめのストーリーの中で大きなエポックをなすものに「コンクル」がある。のだめが参加した「マラドーナ国際ピアノコンクール」、千秋が羽ばたいた「プラティニ国際指揮者コンクール」だ。もうお気づきだろう「マラドーナ」も「プラティニ」も既に引退したサッカーのスーパースターの名前なのだ。、マラドーナは86年メキシコワールドカップでアルゼンチンを優勝に導いた。フォークランド紛争の余韻を引きずる中「神の手」「五人抜き」を演じて見せたイングランド戦は名高い。プラティニはフランス代表の「将軍」。ワールドカップの優勝経験はないが、82年86年の活躍や、オフサイドで幻になったトヨタカップでのスーパーゴールが印象的だ。清良のコンマスの座をおびやかす高橋くんは「ブッフォン国際コンクール」の入賞者だが、このブッフォンはイタリア代表のGKの名前だ。

これらはすぐに目を引く例だ。しかし舞台をフランスに移す第十巻以降、フランスっぽい雰囲気を出す小道具として新旧のフランス代表の選手名が随所にちりばめられている。第一巻で登場する千秋が師と仰ぐヴィエラ先生でさえ、フランス代表ボランチ、パトリック・ヴィエラからの引用であることは確実と思われる。

・デシャン ジャン・ドナデュウが常任に就任したオケの名前だが、フランスがワールドカップ初制覇した時の主将の名前だ。

・ブラン ル・マルレーオケの本拠地の名前。元フランス代表のDFだ。

・ヴィルトール プラティニ国際指揮者コンクールで演奏するオケの名前だが、同時にフランス代表の右ウイングでもある。

・オリバー プロメテウス作戦の実行者だ。これドイツのGKオリバー・カーンとの関連を疑いたい。

・中村君 ヴァイオリン科のホープ。ウイーン留学とか。まさかとは思ったが顔を見ると中村俊輔に似ているような気がする。

恐らくグーゼンではあるまい。のだめの作者様かスタッフにサッカーフリークがいるものと推定される。来年はドイツワールドカップだ。ひょっとすると「ベッケンバウアー国際ピアノコンクール」みたいな設定にお目にかかれるかもしれない。

2005年11月 4日 (金)

室内楽喫茶

文化祭シーズンたけなわである。

はるか昔の思い出になってしまったけれど、私にも大学在学中のオーケストラ時代には、大学祭の思い出がある。おそらく今の現役諸君もだと思うが、我らオーケストラの大学祭での出し物は、伝統的に室内楽喫茶だ。生の室内楽を団員が代わる代わる聞かせながら、喫茶軽食が楽しめるという寸法である。大学祭期間中、分刻みのスケジュールで室内楽が演奏される。

企画運営は1年生だ。今もだろうと思う。出演団体の決定、プログラムの作成、看板の作成、メニュウの作成、調理、配膳、チケット販売など全て入学から半年以上経過して、学園生活に慣れた一年生が取り仕切る。じつはこれ、その後の団の運営にあたり人材の発掘育成という狙いもある。室内楽喫茶の仕切りを全てポンと一年生に任せる。先輩は何も言わない。一年生どうしが話し合って担当を分担し、リーダーを決め効率のいい運営方法を考える。結果としての室内楽喫茶の出来は年によるバラツキはそう大きくない。上級生は年によっては数十名となる1年生のうち誰がリーダータイプなのか?をはじめ個々の働き振りを見ながら、次世代のオーケストラを仕切る人材を見極めるという寸法だ。1年生は、先輩のそうした思惑を知ってか知らずか、ただ働く。準備期間はいつも足りないものなのだ。で、打ち上げの日、飲む。これで同期の絆はさらに深まるのだ。

ステージ脇に陣取って、プログラムの進行を管理する役割がもっとも重要だ。プログラムに従って出演者が集合しているかどうか。進行に遅れがないかどうか?いつもチェックしてプログラム間に無駄な空白が出来ないように気を配る。演奏の合間に譜面台や椅子をセッティングする段取りも、なかなか大変だ。膨大なノウハウの塊となる。

これらがその後のオーケストラ運営にも生きることになる。

上級生は、一年生の企画する室内楽喫茶に出演する。どんなに上手な団体でも下手っぴいでも学園祭期間中に一回の出演時間が与えられる。主催者の判断で、レベルが高そうな団体が、客の入りそうな時間帯になる。一年生主体の団体は比較的空いている午前に出演するなど微妙な了解も存在する。例年のことなので、これに合わせて早くから密かに練習を積む団体もあれば、一瞬のキラメキを狙う団体もある。それから楽しいのは思い思いにネーミングされる団体名だ。弦楽器奏者たちは縦割りといって、小編成の合奏に最低一つは参加するという決まりや、管楽器奏者たちも縦割りにされて最低一つは五重奏に出るというようなお触れが出される年もある。

冬の演奏会まで約1ケ月半のタイミングで、一瞬だけ訪れる室内楽三昧の日々なのだ。文字通り「祭り」である。この後オーケストラは祭りの後の余韻に浸る間もなく、定期演奏会に向けて歩みを加速することになる。

すでに卒業から四半世紀。このプロセスが繰り返され続けている。

2005年11月 3日 (木)

分数ヴァイオリン卒業

発表会が終わったら、次女の楽器を4/4にする予定だった。今日、楽器を選んできた。

マリオのヴァイオリン屋さんでレンタルをしてもらう。来年9月のレンタル切れとともに別の楽器を購入する予定だ。資金繰りの都合でレンタルを挟むことにしたのだ。

次女はまだ小学校4年生だが、このところ体格の向上がいちぢるしく、先生から4/4への昇格を進められた。姉は昨年から既に4/4に昇進し、亡き妻の形見のヴァイオリンを弾いている。だから次女が4/4ヴァイオリンになることで、我が家から分数ヴァイオリンが姿を消すことになる。

習い始めた頃、長女小学校一年、次女幼稚園の年中だった。1/4と1/8だった。それから体格だけは順調に成長して今日、ようやく分数ヴァイオリンから脱出できた。いきなり弾かせると、音程が不安だ。これはきっと楽器が大きくなったせいばかりではない。しかし、ヴァイオリン弾きがいきなりヴィオラを手にしたとき程の違和感は無さそうだ。マリオのヴァイオリン屋さんも4/4を与えてもおかしくないと言っている。

マリオの楽器屋さんで2本の候補の中から選んだ。弓も2つから選んだ。次女にいろいろな組み合わせで弾かせたが、自分で「これ」と決めた。内心私が「よい」と思っていた楽器を彼女が選んだのには驚いた。選んだポイントは構えた時の首のあたりへのフィット感だと話している。独特な価値観・感覚を持つ彼女の意見を尊重した。素直で明るい鳴り方をする。今まで弾いていた3/4の楽器と同じ系統の鳴り方だ。

2005年11月 2日 (水)

初受注

今までも売れるには売れていた。既に「ブラームスの辞書」5冊が代金と引き換えに私の手元を離れていた。昨日6冊目の入金があり本日発送の手配を終えた。明日には届くはずである。6冊目なのに何故「初受注」なのか?今までの5冊は「ブラームスの辞書」を出版する前から私の知人だった人が、「おめでとう」の意味もこめてお金を払って買ってくれたものだ。この6冊目は違う。全くの他人様がこのブログを見て是非にと購入を申し込んでくれたものだ。

個人情報保護の観点から詳細は申し上げられないが、アマチュアのヴィオラ弾きが、現在演奏会にむけ準備中のブラームスのヴァイオリン協奏曲演奏の参考にと買い求めてくれたのだ。「ヴァイオリン協奏曲に挑戦中のアマチュアのヴィオラ弾き」というところが、初受注の相手としては考えうる最高のパターンである。「ブラームスの辞書」は何よりもブラームスを愛する演奏家の「座右の書」となることを想定して書かれたものだからだ。しかも、あろうことかヴィオラ弾きというおまけまでついている。そして「ヴァイオリン協奏曲」は本文中再三言及されている曲でもある。

彼女は(そう初の購入者は女性なのだ)ブログ「ブラームスの辞書」の内容とわずかな写真から購入を決断してくれた。そして本の内容もさることながら、物としての本にも相当の造詣がある中で、わずかな写真から「ブラームスの辞書」の装丁を賞賛してくれたのだ。

自費出版を決意した時点で、書店に陳列することは諦めた。だが、今、書店に置かなかった幸運が身に沁みている。もし書店においていたら、いつのまにか名前も知らぬ誰かに買われていたに違いない。初受注は、誰がいつかさえ特定できなかったはずだ。

明日、彼女のところに「ブラームスの辞書」が届くはずだ。どんな反応であれこの嬉しさが減じることはない。お買い上げ、まことにありがとうございます。

ブログに書かずにはいられない。

2005年11月 1日 (火)

ささやかな出来事

昨夜は19時半頃帰宅した。テレビを見ていた娘に「おい今日もヴァイオリン練習するぞ」と声をかけた。一昨日の日曜日はヴァイオリンの発表会だった。発表会を終えて夕方家に戻ってから、練習は休んだ。昨日の今日なのでどんな反応をするかと思ったが、しらばっくれて練習に誘った。生意気盛りの長女は「わかってるよ」だった。「でも昨日発表会で、今日は何するの?」と反撃された。「セブシックに決まってるだろ!」と教則本の名前を出すと「あ~むかつく」ですって。「あれって超だるいんだよね」「あ~発表会の前みたいに曲ばっかりにならないかなあ」「だいたいあんなもん練習してもスケールや重音や、音程がよくなるだけじゃない」とボロクソである。「そう、あんなもん練習するとスケールや重音が上手になって、音程がよくなるんだよ。わかってきたじゃねえか」(それって凄いんだけどね)と応酬する。

こうしたやりとりが貴重だと思う。

そうなのだ。発表会の後こそ大切なのだ。発表会の後にズルズルと練習を休まないことが一番大事なのだ。発表会の前は誰だって気合が入る。発表会の後、間を空けずに面白くもない教則本をやるということが大事なのだ。前回も前々回もそうしてきた。今回もとぼけてそうしようとしたら、娘らは「わかってるよ」という反応だ。「どうせパパは休ませてくれない」と諦めきっている様子だ。この勝負パパの勝ちだ。

二人とも今日(既にもう昨日だ)練習する気でいてくれたことが、発表会の出来以上に嬉しい。はるかに続くブラームスへの道なのだ。いつか発表会で「雨の歌」を弾くためなのだ。

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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