格闘の痕跡
先月、発表会で娘たちが演奏した協奏曲の楽譜が目の前にある。どちらの楽譜も余白は色とりどりの書き込みでいっぱいである。大抵の筆跡は先生。少しだけ私の筆跡。書き込みは譜読み段階のものから、直前のニュアンス付けのものまで多岐にわたる。難所ほど書き込みが重なっている。次女は書き込みの薄いところで暗譜が飛んだ。
そう、演奏に真正面から挑んだ痕跡は何よりも楽譜に残るのだ。何年かのちまた同じ曲に挑むことになったら、新しい楽譜を用意せねばならない。かといって古い楽譜も捨ててはもったいない。古い楽譜の書き込みは情報の巣だからだ。それらを見るだけで当時の顔色まで思い出せる。親子の間での真剣な討議の内容まで鮮やかによみがえる。
「ブラームスの辞書」の本格的な執筆を始める直前。2003年の暮だったと思う。家中をひっくり帰してブラームスの楽譜を探していたところ、古いピアノ曲集が出てきた。亡き妻が高校時代に使用していたものだ。妻は大学時代からヴァイオリンをはじめたが、幼少の頃はピアノを習っていたのだ。本人はいつもヴァイオリンよりはピアノのほうが自信があると言っていた。見つかった曲集に収録されている曲はヘンレ版でもドーヴァー版でも所有している曲ばかりだった。国内版の楽譜なので比較対照に使ってやろうと、パラパラとめくっていると、ラプソディート短調op79-2のページにたくさんの書き込みを見つけた。ピアノの先生の書き込みだ。妻は高校時代以前の発表会でこれを演奏していたのだ。先生の書き込みは控えめながら全曲に渡っている。黒赤青の三色での書き込みは主に「自分の音を聴け」「表情を変えて」「肩に力をいれずに」とある。わずかながら妻自身の筆跡も見られる。
楽譜への書き込みが、当時のその人を切り取った化石だとするなら、全身骨格が見つかったようなものである。息づかいや、演奏の癖まで保存されていよう。いくつかの音楽記号が赤鉛筆で縁取られていた。
「ブラームスの辞書」の執筆にこの楽譜も大いに参考になった。そして今長女が弾くヴァイオリンとならんで大切な我が家の宝である。
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お答えありがとうございます。
やはりブラームスがいちばん良い場所なんですね♪
ブラームスの楽譜だけでも結構な量になりませんか?
これを機に楽譜の整理を始めようかな。。。
<亜ゆみ様
そうですね。そりゃあ「ブラームス教」状態ですからね。
作品1から122までのほとんどですし、一部の曲は出版社の違うものを複数所有してますから。
他の楽譜も一応作曲家ごとにビニールに入れています。
あちは、スコアとパート譜は分けて置いてあります。
投稿: 亜ゆみ | 2005年11月15日 (火) 18時50分
楽譜は捨てられませんよね。
でも今とても置き場所に困っています。
積み重ね積み重ねしているので、地震がきたら楽譜につぶされてしまいます。。^^;
アルトのパパさんはどうやって楽譜を保管してますか?
紙だから虫がつく心配もあるのでどうしても手元に置いてしまいます。。。
<亜ゆみ様
出来るだけ手元に置きたいと思っています。
しかし、楽譜は楽譜でも厳密な序列があります。
①ブラームスの作品
②演奏したことがある作品
③その他
①は、「ブラームスの辞書」執筆の参照資料ということで、全部私のデスクの上の棚です。最も条件の良い置き場です。
②はピアノの足元です。あまり数が多くないので、オッケーです。
③グルニエの中の本棚にビニール詰めです。
③はあまり条件がよくないですね。書き込みなどがない楽譜ですので、痛んだら買うと割り切っています。
もちろん、プロや音大生のみなさんより楽譜の量が少ないので
あまり深刻ではありません。
投稿: 亜ゆみ | 2005年11月15日 (火) 18時00分
楽譜の書き込みって、魂が宿っているようですね。
音と一緒に当時の思い出が、匂いや感触など五感に訴えてくるように、とても鮮明に浮かんできます。
そんな私の所有している楽譜の中では、やっぱりブラームスがいちばんボロボロです。表紙がないです。。
<亜ゆみ様
おっしゃるとおりです。使用済み楽譜には味わいがありますね。
投稿: 亜ゆみ | 2005年11月15日 (火) 02時24分