ワルツ作品39の調性
「ブラームスのワルツ」として名高い15番を含むワルツ作品39は、元々連弾用に作曲されていた。これがブラームス本人の手によって独奏用に編曲されている。奇妙なことにいくつかの曲において連弾版と独奏版の間で調性が変更されている。有名なワルツ15番は、連弾版では、イ長調なのに独奏版では、半音下げられた変イ長調になっている。
作品39に属する16曲のうち独奏版で調性が変更されているのは、15番を含む以下の4曲である。
- 13番 ハ長調→ロ長調
- 14番 イ短調→嬰ト短調
- 15番 イ長調→変イ長調
- 16番 ニ短調→嬰ハ短調
ご覧の通り独奏版への編曲にあたっての調性の変更には、規則性がある。13番以降の4曲に集中している。そして変更の明細は4例とも半音低い調への移調になっている。
13番は、古来演奏の難易度が高いとされてきた。運指を考えるとハ長調よりロ長調の方が容易だという。これは弦楽器では考えにくい現象である。大学入学からいきなりヴィオラをはじめた私が、最初に習ったのはハ長調だ。C線の開放弦から2オクターブの音階が最初の課題だった。4ケ月後に練習を開始したブラームス第二交響曲には、第二楽章にロ長調が出現して狼狽したのを覚えている。一般に弦楽器はあまり多くない♯の調が易しいものである。ピアノはそうでもないところが面白い。おそらくブラームスは難しい13番を半音低く移調して演奏を容易にしたのだろう。
ところが13番以下16番までの調性の並びには意図がある。14番は13番の平行調だ。15番は14番の同主調で、その15番は全体の終曲である16番のドミナントになっている。前曲の末尾の和音の余韻が聴き手の耳に残っている中を立ち上がることを想定していると解し得る。こうした前後の繋がりはひとつの大きなモチーフを形成していると思われる。たとえば9番は属調で終わっていて解決は、10番の冒頭に持ち越されているし、8番と9番は11月18日の記事で言及した「Dein Brahms」状態になっている。
つまり、13番を半音低く移調したら、14番以下は道連れにせざるを得ないのである。
問題は13番の直前の12番との関係である。12番はホ長調。連弾版ではこれにハ長調の13番が続いていたということだ。つまり「ホ長調→ハ長調」を意図していたことになる。この関係はいわゆる「近親調」ではないが、ブラームスにとっては意味のある関係だ。当時恐らく構想中であった第一交響曲とピアノ四重奏曲第三番にはハ長調またはハ短調とホ長調のせめぎ合いが色濃く反映している。楽章間の調関係を三度に設定することは第一と第二の両交響曲でも顕著である。ブラームス節としては「自然」である。
一方の独奏版では12番と13番は「ホ長調→ロ長調」となる。五度上の調つまり近親調の関係である。13番を半音低い調へと移調することは「面白みは数段劣るが、論理的な矛盾は発生しない」とでも位置づけられるだろう。ブラームスは独奏版への編曲にあたり、13番の演奏を容易にすることを考えた。「半音低い調への移調」を手段として選択したが、16曲の調的な繋がりにも十分配慮した。そのつなぎ目に12番と13番の間を選んだブラームスの頭には「面白みは数段劣るが、論理的な矛盾は発生しない」という計算があったと思われる。
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