ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005年12月31日 (土)

至福の時

今年は、人生の十大ニュースに確実にランクインするような出来事が2つもあった。

ひとつは夏に話が持ち上がった10日間の中国出張だ。

もうひとつは言わずと知れた「ブラームスの辞書」の出版である。初の自費出版にこぎつけたことだ。おそらく後になって人生を回顧するとき、2005年を転換の一年と位置づけることになるだろう。

今、大晦日のひと時を「恒例のDVD見まくり」で過ごしている。昨年もそうしたのだが、気持ちのあり方が180度違う。昨年の今頃は「ブラームスの辞書」の執筆の真っ只中だった。11月23日から始まった執筆が25%進捗していた。項目で言うと「F」にはいったかどうかというあたりをウロチョロしていた。「F」まで書いて100ページを超えてしまったことで、256ページに収めるという予算上の妥協案が、ほぼ絶望と解ったのもこの頃だ。予算のことはさておき、思いのタケをとにかく全てぶちまけて、文書の削除は後からやろうという気持ちに切り替えたのも今頃だ。変に手加減すると、手加減の仕方が均等でなくなるからだ。全部書き上げてから、全体のバランスを見ながら調整するほうが仕上がりがきれいになると直感したからである。

まとまった休日は貴重なので、根を詰めて書きまくったら腰をいためてしまった。正月休み中に10%つまり40ページほど進捗させたと記録に残っている。執筆の進捗をエクセルで管理していたのだ。当時は苦しいとは全く思わなかったが、今の気持ちと比べると差し迫った気持ちだったと思われる。結果として3月7日まで続いた執筆の前半のピークが去年の今頃だったということなのだ。

今、目の前に「ブラームスの辞書」の現物があることが、まだ不思議な気分である。

2005年12月30日 (金)

ブログの原点

ブログをコツコツと半年も続けてきた。しかも毎日更新で。しかも今のところ途切れる気配も無い。どこにこんなエネルギーがあるのか我ながら驚いている。

しかし、思い当たることが全くない訳ではない。実はこう見えても(見えてはいまいが)中学三年のころから10年間日記をつけていた。もちろんワープロではなく自筆だ。キッカケはお決まりのパターンで、当時あこがれていた同級生の女性が日記をつけていたからだ。これがまあコツコツと続いた。A4の分厚い大学ノートに二十数冊にはなる。勉強するふりをして自室にこもり書きまくっていた。内容は①好きな女の子のこと。②受験のこと。③音楽のこと(当時はベートーヴェンばかり)④バスケットボールのこと。⑤短歌。この短歌が合計で4500首くらいになっている。万葉集1冊分である。⑥あとはビートルズ。⑦試験の出来。

中学、高校、大学、社会人と進むに連れて興味も変わって行くが、この根気は現在に通ずるものがある。レコードで聴いた作品が克明に記録されていたり、初めて聞いた曲の感想も書いてあったりと退屈しない。

思い当たることもう一つが、育児日記。三人いる我が家の子供たち一人一人に日記がある。これは時代が下ったのでワープロになった。長男の誕生から次女の小学校入学までの克明な日記である。これまた毎日撮影した写真と併せて読むと写真日記になる仕組みだ。

思えばこの凝り性なところは、昔のままなのである。対象が「好きな女の子」から「我が子」に移り、子育て一段落の今「ブラームス」に変わっただけのことなのだ。10年続けるくらい朝飯前だと胸を張るだけの実績がある。

2005年12月29日 (木)

ニ短調の「Maestoso」

年末の奇妙な風習に第九交響曲ラッシュがある。第九とはベートーヴェンの最後の交響曲である。小噺を一つ。

ご隠居「おい、与太郎。年末はベートーヴェンだぞ」

与太郎「へい。判ってます」

ご隠居「わかってるとな。ベートーヴェンはいくつ交響曲を書いたか知ってるかい」

与太郎「なんだご隠居。簡単過ぎますよ」

ご隠居「じゃあ答えてみろ」

与太郎「4曲でしょ」

ご隠居「何だって4曲なんだい」

与太郎「英雄と運命と田園と第九でしょ」

ネコも杓子も与太郎も第九、第九、第九の年末である。

定説によれば御大ブラームスもベートーヴェン様の第九には一目置いていたらしい。何しろ第一交響曲第四楽章の主題は、第九第四楽章の主題に瓜二つと言われているくらいである。

ブラームスが第九と同じニ短調を用いて書いた初の管弦楽はピアノ協奏曲第一番だ。第一楽章冒頭の指定は「Maestoso」だ。第九第一楽章の冒頭「Allegro ma non troppo,un poco maestoso」を意識してたりしないだろうか?「目黒のサンマ」ではないが、「Maestosoはニ短調に限る」などということはあるまいな。

2005年12月28日 (水)

ビートルズ

昨日の記事の続きだ。

私の中の三大Bは「ブラームス、ビートルズ、ベートーヴェン」だと申し上げた。ブラームスが筆頭であることは当然だし、三番手のベートーヴェンも流れとしては自然だ。ブログ立ち上げから半年以上が経過しているのに、私のビートルズへの傾倒には言及する機会が無かった。実は高校時代には私はビートルズに没頭していたと言っていい。中学高校とベートーヴェンに没頭していたことは既に述べてきたが、高校時代に限っていえばビートルズとベートーヴェン両方に没頭していたのだ。

ビートルズの来日は66年。私は小学校一年生だ。70年の解散は小学校五年生だから、解散後にファンになった口である。高校時代友人とよくビートルズをハモった。昼休みの音楽室でよく歌った。私はいっつもポールのパートだ。「Two of us」なんか捨てたモンではない。今でもカラオケでならビートルズの歌は全部歌えると断言していい。ブラームスの歌曲はとても全部歌えないが、ビートルズはOKなのである。当時ギターやピアノを弾けないことが、腹の底から悔しかった。無論贔屓はポールだ。「Yesterday」「She’s leaving home」「Eleanor Rigby」「Golden slumber」「The long and winding road」のようなクラシックっぽい曲に惹かれた。みんなポールだな。「Let it be」「Get back」なんてちっとも古くない。「In my life」のバッハっぽい間奏もいい。という具合に際限なく盛り上がれる。

次に辞書を書くとしたら、ベートーヴェンかビートルズか迷うところである。

こんな記事を掲載して悪いことがおきなければいいのだが・・・。何せ神様バッハを落選させてビートルズを三大Bに入れるというとんだバチあたりである。

2005年12月27日 (火)

三大B

音楽の試験に出たら「バッハ、ベートーヴェン、ブラームス」と回答しておけば点になる。

元々ブラームスと同時代の高名な指揮者の発言だ。本来人それぞれに様々な「三大B」があっていい。四大でも五大でもかまわないばりか、アルファベットも「B」限定でなくてもいいはずのものである。「モーツアルト、マーラ-、メンデルスゾーン」で「三大M」だ。「シューベルト、シューマン、ショパン」で「三大S」かな。いやいやショパンは「C」だ。ならばサンサーンスかシベリウスかスメタナか?どれもピッタリ来ない。案外難しいものである。いっそサザンか。「B」はとにかく激戦で、ビゼー、ベルリオーズ、ブルッフ、ブリテン、ブルックナー、バーバー、バルトーク、ボロディン、ベルグ、バーンスタインなんかがひしめいている。

いろいろな可能性の中から、時代に揉まれて、人々の良識や感受性に淘汰されて生き残ってきたのが、「三大B=バッハ、ベートーヴェン、ブラームス」なんだと思う。つまりは相当の多数の人々に「言いえて妙」と思わせるだけの何かがあるのだ。

ブラームスの出現までバッハ、ベートーヴェンの二人が「二大B」と言われていた形跡は無さそうだ。ブラームスの出現がバッハ、ベートーヴェンという系譜を想定するキッカケになったとは言えまいか?バッハ、ベートーヴェンを聴きまくっていた聴衆が、ついぞ思いつかなかった繋がりが、ブラームスの出現で浮き彫りになった側面がありはしないか。「バッハ、ベートーヴェンをブラームスが繋いで見せた。」という概念で説明しうる現象は少なくないと思われる。その意味で「三大B」構想の最大の功労者はブラームスであると考えている。ブラームスのバッハ、ベートーヴェンへの作風上の接近振りは周知の通りである。

一方、ブラームスが出現するまで誰か別人を加えて「三大B」という概念はなかったのだろうか?ビゼー、ベルリオーズ、ブルックナー、ボロディン、ブルッフを聴いたうちの誰一人「三大B」と称することを思いついた奴はいなかったのだろうか?少なくとも世間の承認には達しなかったことは歴史が証明している。

さらに「三大B」の概念の定着後、バーバー、バルトーク、バーンスタイン、ブリテン,ベルグあたりのうちの誰かを加えて「四大B」と呼ぶ動きも、大きな支持を得られなかったということなのだ。

私の「三大B」は難しい。世話になった順なら「ブラームス、ビートルズ、ベートーヴェン」かもしれない。お叱り覚悟のメンバー構成である。

2005年12月26日 (月)

ワルツ作品39の調性

「ブラームスのワルツ」として名高い15番を含むワルツ作品39は、元々連弾用に作曲されていた。これがブラームス本人の手によって独奏用に編曲されている。奇妙なことにいくつかの曲において連弾版と独奏版の間で調性が変更されている。有名なワルツ15番は、連弾版では、イ長調なのに独奏版では、半音下げられた変イ長調になっている。

作品39に属する16曲のうち独奏版で調性が変更されているのは、15番を含む以下の4曲である。

  1. 13番 ハ長調→ロ長調
  2. 14番 イ短調→嬰ト短調
  3. 15番 イ長調→変イ長調
  4. 16番 ニ短調→嬰ハ短調

ご覧の通り独奏版への編曲にあたっての調性の変更には、規則性がある。13番以降の4曲に集中している。そして変更の明細は4例とも半音低い調への移調になっている。

13番は、古来演奏の難易度が高いとされてきた。運指を考えるとハ長調よりロ長調の方が容易だという。これは弦楽器では考えにくい現象である。大学入学からいきなりヴィオラをはじめた私が、最初に習ったのはハ長調だ。C線の開放弦から2オクターブの音階が最初の課題だった。4ケ月後に練習を開始したブラームス第二交響曲には、第二楽章にロ長調が出現して狼狽したのを覚えている。一般に弦楽器はあまり多くない♯の調が易しいものである。ピアノはそうでもないところが面白い。おそらくブラームスは難しい13番を半音低く移調して演奏を容易にしたのだろう。

ところが13番以下16番までの調性の並びには意図がある。14番は13番の平行調だ。15番は14番の同主調で、その15番は全体の終曲である16番のドミナントになっている。前曲の末尾の和音の余韻が聴き手の耳に残っている中を立ち上がることを想定していると解し得る。こうした前後の繋がりはひとつの大きなモチーフを形成していると思われる。たとえば9番は属調で終わっていて解決は、10番の冒頭に持ち越されているし、8番と9番は11月18日の記事で言及した「Dein Brahms」状態になっている。

つまり、13番を半音低く移調したら、14番以下は道連れにせざるを得ないのである。

問題は13番の直前の12番との関係である。12番はホ長調。連弾版ではこれにハ長調の13番が続いていたということだ。つまり「ホ長調→ハ長調」を意図していたことになる。この関係はいわゆる「近親調」ではないが、ブラームスにとっては意味のある関係だ。当時恐らく構想中であった第一交響曲とピアノ四重奏曲第三番にはハ長調またはハ短調とホ長調のせめぎ合いが色濃く反映している。楽章間の調関係を三度に設定することは第一と第二の両交響曲でも顕著である。ブラームス節としては「自然」である。

一方の独奏版では12番と13番は「ホ長調→ロ長調」となる。五度上の調つまり近親調の関係である。13番を半音低い調へと移調することは「面白みは数段劣るが、論理的な矛盾は発生しない」とでも位置づけられるだろう。ブラームスは独奏版への編曲にあたり、13番の演奏を容易にすることを考えた。「半音低い調への移調」を手段として選択したが、16曲の調的な繋がりにも十分配慮した。そのつなぎ目に12番と13番の間を選んだブラームスの頭には「面白みは数段劣るが、論理的な矛盾は発生しない」という計算があったと思われる。

2005年12月25日 (日)

電子ピアノ15周年

我が家に電子ピアノが来てから今日でちょうど15年だ。15年前、結婚して初めてのクリスマスに買った。ローランド社製の77鍵。この鍵盤の数は議論の的だった。そりゃあやっぱり88鍵欲しいところなのだが、住宅事情や財布の事情で妥協した。

長男が生まれるまで、妻と二重奏を楽しんだ。ヴィオラソナタは当然として、ピアノを含む室内楽を弾きっ散らかした。程なく鍵盤数の妥協を後悔した。同時にブラームスの癖を思い知った。我が家の77鍵は上はヴァイオリンのA線の3オクターブ上のAのすぐ下のGまで。低いほうはチェロのC線開放弦の6度下のEまでだったのだ。ひょんなことからブラームスの特質を嫌というほど思い知らされた。この音域でも上、つまり高いほうは大して不自由しないのだ。最高音のGがピアノ四重奏曲第一番の第四楽章に出るだけで、音域が足りない経験はしなかった。しかし低いほうは無残だ。足りない音をやむなく省くかオクターブ上げるかするのだが、決定的に気分が違うのだ。低音側に深々と楔を打ち込むブラームスの特質を実感した。

妻が他界して、弾き手を失った電子ピアノだが、現在はそれなりに出番がある。娘らとのヴァイオリンの練習には、チューナー代わりを務めているし、私が指一本でレッスンの課題曲を弾いて、音程を取るのはもはや日常と化した。ヴィヴァルディの協奏曲を右手の指一本で弾くのは辛いものがある。先生とのレッスンが我が家になったときは、先生がキチンと弾いてくれる。古くはなったが調律はいらないし、サイズはコンパクトだし、今となっては貴重である。

2005年12月24日 (土)

重唱の数え方

ブラームスには四重唱曲が作品番号でいうと4つ存在する。31、64、92、112である。これらは皆「Quartette」と標記されている。「ソプラノ、アルト、テノール、バスとピアノのための」ということになっている。

二重唱曲も4つ存在する。作品番号でいうと28、61、66である。これらは「Duette」という標記がされている。28は「アルトとバリトンとピアノのため」、61と66は「ソプラノとアルトとピアノのため」となっている。75は事実上いろいろな組み合わせの二重唱の集合体なのだが、「Duette」という標題がついておらず「バラードとロマンス」になっている。

これらの標題は天下のマッコークル様のブラームス作品目録にも記されているので、権威あるものなのだが、ここに素朴な疑問がある。

「Quartette」と記された四重唱は「ソプラノ、アルト、テノール、バスとピアノのための」なのに、何故「Quintette」になっていないのだろう。同様に「Duette」と書かれた二重唱は「Trio」になっていないのは、不思議である。器楽の場合はキッチリと整合している。ピアノ四重奏曲といえばヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノである。二重奏は「Duette」とされずに「楽器名+ソナタ」となっているが、三重奏以上ではピアノをのけものにしてカウントする例はない。むしろ「ピアノ三重奏曲」「ピアノ四重奏曲」「ピアノ五重奏曲」という具合に中心的な位置づけである。二重奏だって正式名称は「ピアノとヴァイオリンのための」という具合にピアノ主体が暗示されている。

器楽の集まりにあっては大主役のピアノも声楽の中に入ると脇役だということなのだろうか?独唱曲では、ピアノパートに重要な意味を持たせたシューベルトの正当な後継者たるブラームスだというのに、重唱における標題上のピアノ除外はやっぱり気にかかる。

この話はおそらくブラームスに限った現象ではないのだと思う。重唱の世界の慣習と言われてしまえば、それ以上は追及のしようがない。不思議である。

今夜はサンタにならねばならぬ。

2005年12月23日 (金)

ゴールドベルグ

年末のこの時期、CDをまとめ買いする癖がある。

一昨日買いに行った。思ったより空いていた。来年のモーツアルトイヤーを意識した飾り付けが早くもうっとおしい店内だ。1月27日生まれの12月5日没というのは、つくづくラッキーな奴だ。一年間かけてイベントで盛り上がれる。

輸入CDを何気なく眺めていてふと目にとまったのが「ゴールドベルグ」の文字。思わず手に取る。「シモン・ゴールドベルグ」の演奏するブラームスのヴァイオリンソナタ全集。やっぱりだ。この人の名前知っている。中学時代、初めてバッハのヴァイオリン協奏曲のレコードを買ったのがこの人の演奏だったからだ。わずかな小遣いで買ったレコードだから大事に聴いた。同じ曲を他の演奏家で買うほどお小遣いが潤沢ではなかったから、ずっとこのレコードだった。私にとってバッハの協奏曲=ゴールドベルグだった。結論からいうとこの人の演奏が好きだ。刷り込まれていると言ってもいい。バッハの協奏曲に関する限りこの人の演奏か否かは高い確率で聞き分けられる。

何でもフルトベングラーの時代にベルリンフィルのコンマスだったとか。戦争中南方で日本軍の捕虜になったとか。モーツアルトのソナタが十八番だとか。いろいろ知識はあったが、ブラームスのソナタは聴いたことがなかった。

今日、やっと聴く事ができた。なんだか、ホッとする。録音はモノラルだけどノープロブレムだ。ホントにここに収録されているのがゴールドベルグの演奏なのか証拠は何一つないが、そんなことはどうでもいい。あの頃のバッハといい今日のブラームスといい、心に響く。

ああ、音楽っていいなあ。

2005年12月22日 (木)

名所・絶景

楽譜上での音符や用語の配置、アーティキュレーションのあて方を総合して「景色」と呼んでいることがある。楽譜を元に演奏家が音に翻訳してしまう前の、楽譜上の諸現象を指している言葉と置き換えられる。つまり「楽譜の眺め」である。さらにこれらのうち演奏して聴いておいしい場所を「名所」「絶景」と表現している。

実際の景色と同じく、楽譜にも豪快な眺めもあれば、繊細な景色もある。

第一交響曲第四楽章30小節目の「Piu andante」は「絶景」の一つである。ホルンの「f sempre e passionato」は言うに及ばず、空気を形作るヴァイオリン、ヴィオラ。しかもヴァイオリンにのみ弱音器の装着を求めている周到さ。8小節目遅れのフルートに付き従う「pp dolce」のトランペット。そして世界遺産級のトロンボーン。しかししかし、これら全ては61小節目の「allegro non troppo, ma con brio」の段取りでしかない。いそいそと弱音記器をはずすヴァイオリンの深々としたG線開放弦だ。恒例の「poco f」に神秘の「mp」を混在させた類例のないダイナミクスである。

「音楽の聴こえ」と「楽譜の眺め」が醸し出す至高の瞬間のいくつかを「ブラームスの辞書」では「名所」「絶景」と表現している。

今日は、長女の誕生日である。

2005年12月21日 (水)

ブログ本

電車男のブレークを持ち出すまでもなく、ブログが出版に結びつく例は多い。いわゆる「ブログ本」だ。先にブログがブレークして、あまりの勢いに押される形で本が出るというケースだろう。賛否好悪分かれるようだが、売れているのだけは事実らしい。ブログがブレークするのは内容が面白いからなのだろう。それを忠実に書物に転写できれば、ある程度の反応は期待出来よう。昨今不況にあえぐ出版業界が関心を示すのも無理は無い。賛否好悪など議論は後回しで良いのだ。売れれば。

「ブログ本」は「ブログ先行・本追随」である。その逆つまり「本先行・ブログ追随」はどうなっているのだろう。既存の書物への批判感想などがブログ上に現れることは、よくある。ブレークした本であればブログ上で発信される情報やコメントも膨大な量になるのだろう。かく申す私もブログ上でさんざん「のだめ」を話題にしてきた。

出版とブログは元々相性が良いのだと思う。

さて我がブログは自費出版本「ブラームスの辞書」の宣伝補完を目的として立ち上げた経緯がある。タイトルは本もブログもどちらも「ブラームスの辞書」になっていて、出版前の立ち上げであるから時間的には「ブログ先行・本追随」なのだが、本の出版はブログのブレークが引き金になっていない。出版を間近に控えた著作「ブラームスの辞書」のためという主旨からすると「本先行・ブログ追随」に近い。本に盛り込み損なった事項を補遺的に扱ったり、執筆の裏話を披露したりである。執筆出版に目鼻がついた段階でブログを開設し、「ブラームスの辞書」の軌跡をトレースする意図であった。

先ほどの言い方に従って強いて分類すれば「本・ブログパラレル型」である。どちらが先にブレークするのか、あるいはどちらもブレークしないのか興味は尽きない。

2005年12月20日 (火)

マーラー第五交響曲

本日の記事はブラームスとは何の関係もない。

それは今からちょうど24年前1981年12月20日のことだった。千葉大学管弦楽団第五十回定期演奏会が行われた日だ。そのときのメインプログラムがマーラー作曲の交響曲第五番だった。指揮水野修好によるこの演奏はいまでもCDで聴くことが出来る。演奏の良し悪しは、当事者としての欲目が勝ってしまうと思うので客観的には論じられない。あくまで「私にとっては」という条件付だが、今でも史上最高のマーラーである。

私はその第五十回定期演奏会を団長という立場で迎えた。演奏曲目は6月の49回定期演奏会が終わって大騒ぎの末の決定だった。「五十回という区切りにでかいことを」という思いも多分にこもっていた。マーラーの第一交響曲が最後まで残ったが、水野先生の「どうせ苦労するなら報われる方」という鶴の一声で決まった。トレーナーの先生方の危惧の声も漏れ聞いた中、夏合宿が始まった。何故か気合いを入れているところを見せたくて私は頭を丸めて合宿に望んだ。その髪型を有効活用してコンパでは「ゴルゴ13」の出し物をして受けがとれたが、トレーナーの先生方は、誰も笑っていなかった。

それから半年、本当によく練習をした。昨年の「ブラームスの辞書」の執筆よりも時間を割いていた。就職の内定が9月末に出ていたのをいいことにマーラー漬けの4ケ月だった。たしか12月に2度ほど弦楽器奏者だけを集めて第四楽章オンリーの4時間練習があった。さすがに休憩はあったが、大したエネルギーだ。

今でこそ、いやいや当時も私はブラームス狂いなのだが、この時のマーラーだけは悔しいけど手放しで別格扱いである。アンコールは第四楽章を途中から演奏した。嬉しかったのは、アンコールで出番がなくなった管楽器の連中から出来を誉められたことだ。生涯最高の演奏会だ。おそらく今後も出るまい。

私は4年生で最後の演奏会。今は亡き妻は、当時1年生でこれが第二ヴァイオリンでのデビュウ演奏会だった。

2005年12月19日 (月)

何と何の間なのだろう?

ブラームスのピアノ作品を代表するジャンルに「Intermezzo」がある。一般に「間奏曲」と訳されている。元はと言えば「劇やオペラの幕間」の意味から転じて「幕間で演奏される楽曲」を意味するようになったそうだ。ここで言う「間」とはつまり「幕と幕の間」ということになる。

時代は一気に下って、ロマン派の時代。シューマンあたりになってこの「間奏曲」というタイトルが、独立した作品に与えられるようになった。そしてブラームス中期以降このネーミングがピアノ作品に頻発するようになる。

いったい何と何の間だというのだろう。人生の転換点と言って大袈裟なら、日々の暮らしの句読点めいた意味合いが発生していなかっただろうか。決定的な断定を避け雰囲気だけをただゆるりと楽しむ音楽。何と何の間に弾くのか?あるいは何と何の間に聴くのか?どう転んでもソナタとは定義しずらい小品たちにブラームスは次々と「間奏曲」のタイトルを奉っていった。単なる「幕間音楽」を独立作品に引き上げた何等かの意図が、ブラームスに無かったとはけして思えない。ただの一度も「marcato」を「Intermezzo」の楽譜上に記することがなかったブラームスの意図は、いったいどこにあるのだろう。

落語の名人が首の角度ひとつで鮮やかに場面転換して見せる時のような、日常の中の微妙な場面転換の間に、ひっそりといつのまにか忍び寄る気配を、音楽に封じ込めたものだと私は思っている。

無論、聴く人弾く人にそれぞれの「間」があっていい。誰にでもあるふとした間に、違和感なく入り込む、しなやかさこそが「インテルメッツォ」の落とし処ではないだろうか?

2005年12月18日 (日)

アイデアの実現度

ヘルムート・ドイチュ先生のご著書「伴奏の藝術-ドイツリートの魅力」に「ブラームスのダイナミクスの指示は並外れて変化に富み、それを全部リストにして書き出すのも恐らく価値があるのではと思われる」と記されていたことに触発されて、「ハイ、その通りにいたしました」というのが、「ブラームスの辞書」の動かし難い座標軸になっていることは、既に何度か述べてきた。

先生の著書に出会う前から、ブラームスの用語遣いの魔力に取り憑かれていた私は、その秘密を解明したいと考えていた。そのためには、まず全てをリストアップするしかないとウスウス感じてはいた。CDショップや演奏会で人気の高い管弦楽曲や室内楽はもちろんだが、入手しうる全ての曲を公平に扱った相当量のデータベースを根拠にした議論が不可欠と直感していた。変な謙遜なしに申せばこのアイデアは我ながらオリジナリティ溢れるものだと思っている。

一方学生時代から感じていたブラームスへの思いを、屁理屈や思い込みの部分も含めて何かの形で残したいとも感じ始めていた。そうしたネタが多くなり過ぎて、覚えておくには困難な状況にさしかかっていたのだ。本にせねばならないと感じ始めたのは2003年くらいからだったと記憶している。

ただ、本にするだけでいいのか!これをずっと自問していた。ブラームスという大樹こそドッシリと存在するものの、ド素人の屁理屈や思い込みを並べたところで、独りよがりのエッセイにたどり着くのが関の山だろうという思いが心にひっかかっていた。とるべき手段は自費出版しかないのは判っていたので、どうせなら過去に無いアイデアで実現させたかったというのが本音だ。日本語で読めるブラームス関連本にはほとんど目を通して、マーケットの隙間を探していた。日本のブラームス関連本は楽譜・スコアを別にすれば、おおよそ「伝記」「作品解説・アナリーゼ」「お勧め演奏」の3本の柱で成り立っており、これらが初級、中級、上級くらいに色分けされているに過ぎないことは、簡単に察しがつく。これらのどれでもないおバカなアプローチを見つけねばならない。

ドイチュ先生のご著書に出会ったのはそのころだ。この出会い以降「ブラームスの辞書」のコンセプトが急速に固まっていった。作曲家別の「音楽用語辞典」は見たことが無い。クラシック市場でトップクラスの人気を誇る交響曲に出現する「f」も、CDさえ出せれていないような重唱曲に現れる「f」も出来るだけ公平に扱う姿勢もこのころ決定された。

アイデアはとても素敵だと思う。問題は完成した「ブラームスの辞書」がそのアイデアにどこまで肉迫しているかである。アイデアが素晴らしいということは、必ずしも「ブラームスの辞書」が書物として素晴らしいことを意味してはいない。それを判断してくれるのはユーザーしかないと考えている。もちろん「ブラームスの辞書」は既に世に出てしまっているので、ユーザーからの批判が山ほど集まったところで、やり直しは出来ない。しかしである。しかしながら、アイデアに対する現物の達成度は、著者として計り知れない興味がある。

2005年12月17日 (土)

Tempo Giusto

手元の音楽用語辞典には、「正確なテンポで」とある。ブラームスは楽曲の冒頭で三度、この表示を使っている。

作品39-1のワルツ、作品74-2のモテット、作品94-5の歌曲だ。「正確な」というのは、何か別に手本があって、それと一致しているという概念を思い浮かべる。「正確な音程」「正確なリズム」などはその典型である。それならば、「正確なテンポ」という場合の「手本」とはいったい何なのか?上記3例のうちワルツはわかりやすい。ウイーンっ子にとって「ワルツ」といったら自動的に一定のテンポが想像できるに違いないのだ。単なる4分の3拍子ではない独特の間合いのことを指していると解釈できよう。16のワルツのうち実に11が具体的なテンポ指示を持っていない。おそらく「言わんでもわかるでしょ、ワルツなんだから」というノリなのだろう。「1番にだけ書いておくからね」とも言ってそうである。多分、何の指示も無くただ、「p dolce」で開始される15番が、これだけ抜きん出て有名になってしまったのは、ブラームスにとっても予定外なのではあるまいか?

残る2つは、厄介だ。「断り無きTempo Giusto」は何を物語っているのだろう。作品94-5はおそらくブラームス史上最短の歌曲、4分の3拍子のニ短調だ。作品39と同じくワルツのテンポなのだろうか?作品74-2のモテットも2分の3拍子だ。まさか3拍子もしくはワルツの意味でもなかろう。「曲想に照らして正確なテンポを類推せよ」という意味なのだろうか?

他の曲では、繊細に多様に発想用語を使いこなしているブラームスにしては、「指定放棄」にも似た不親切さを感じる。単にこちらの予備知識不足の可能性もあって悩ましいことこの上ない。かといって「好き勝手承認」の免罪符と割り切るのも気が引けるというものである。「どうせ、たいして違わない」と腹をくくって考えるのを止めればいいのだが、「たいして違わないのなら何故わざわざTempo giustoと書いたんだろう」と深みにはまる因果な性分である。惚れた弱味かもしれない。

2005年12月16日 (金)

外道としての「ブラームスの辞書」

確か釣りの用語だったと思う。狙っていたのと違う魚が釣れたとき「外道」というのだそうだ。

昨今の検索エンジンは優秀で、キーワードを入力して検索ボタンをクリックすると瞬時に数万件がリストアップされることもある。キーワードを複数入力して対象を絞り込むことなど朝飯前なのである。検索の対象はもちろんブログにも及んでおり、ブログ「ブラームスの辞書」のアクセスのうちのいくつかは、こうした検索行為の結果である。

検索エンジンの優秀さもさることながら、ブログにはアクセス解析システムがついている。一日の時間帯別アクセス数、記事別アクセス数、リンク元別アクセス数などメニューも多彩で飽きが来ない。記事別アクセス解析では最近まで「のだめ」関連の記事が読まれていたことがクッキリ浮かび上がっていた。リンク元別アクセス数では「ブックマーク」の数字を意識するようにしている。

さらに、最近では、トータルアクセス数が安定して来ているせいか、検索ワードランキングからも目が離せなくなった。これはどういうキーワードで検索をした結果が、ブログ「ブラームスの辞書」へのアクセスに繋がったかを解析するもので、キーワードの複数入力にさえ対応しているスグレものだ。

「ブラームスの辞書」へのアクセスのキッカケが「ブラームス」や「ブラームスの辞書」という単語であるなら、当たり前過ぎて面白くも何ともないのだが、「ブラームス 第一交響曲」という複数入力でアクセスしてきていたりもするようだ。ブログ「ブラームスの辞書」にはブラームス関係のいろいろな言葉が散りばめられているので、検索エンジンがそれらに反応してくれているというわけだ。中には「楽譜」「ヘンレ版」「解説書」「千秋真一」「R☆Sオケ」「ソナタ」「ラプソディー」などという単語が検索元になっているケースもあり、退屈しない。笑えないものとしては、「自費出版」「大赤字」などという単語もあった。一瞬氷ついたりもしている。

つまり、検索する側の立場からすれば、「ブラームスの辞書」は意図しないサイト、つまり「外道」という訳である。記事も200本を超え、記事の中で使用された単語も当然多岐に亘るが、その多様性が検索エンジンに釣り上げられる可能性を押し上げていることになる。そういう意味では「ブラームスの辞書」の宣伝が目的のブログとはいえ、適度に話を脱線させて、広い話題を取り上げたほうが、外道で釣られる確率が上がるということになる。

釣り上げられた「ブラームスの辞書」が、ネット上の太公望からどう扱われるのか興味は尽きない。「チェッ、やっぱり外道か」とリリースされているのか、「掘り出し物」として魚拓を採られているのかの違いは重大かつ微妙である。

2005年12月15日 (木)

糸引き四連4分音符

これは完全に私の造語。四つの4分音符が連続し、しかもそれらがスラーで繋がっている音形で始まる旋律のこと。どちらかというとゆっくり目のテンポを取っている。早い話、おいしい旋律が多いので、私はこれを「糸引き四連4分音符」と命名した。4分音符ではないが、連続する同じ音価の音符4個という擬似型もある。

  1. バラードop10-2冒頭
  2. ピアノ四重奏曲第一番op25第一楽章冒頭
  3. ピアノ四重奏曲第ニ番op26第二楽章冒頭
  4. 弦楽六重奏曲第二番op36第三楽章冒頭
  5. アルトラプソディop53 116小節目
  6. ピアノ四重奏曲第三番op60第三楽章冒頭 
  7. クラリネット三重奏曲op114第一楽章冒頭

4分音符に捉われない擬似型としては下記の用例を考えている。

  1. 弦楽四重奏曲第二番op51-2第一楽章冒頭
  2. ヴァイオリン協奏曲op77第二楽章冒頭

少し定義からははずれるけれどもチェロソナタ第二番op99第二楽章冒頭のピチカートも入れてあげたい気がしている。またピアノ四重奏曲第二番の第三楽章冒頭も怪しい気がしている。

用例はどれも「トロトロのブラームス節」が聞けるところである。譜例を示せないのが大変残念である。著書「ブラームスの辞書」ではこのことには全く触れていないが、今日は特別に取り上げた。演奏や鑑賞には全く役に立たないが、ブログ「ブラームスの辞書」ならではのネチっこい話題である。

2005年12月14日 (水)

回収行脚

一昨日「蔵書に出来ない」と知らせがあった某音楽大学に「ブラームスの辞書」を回収に伺った。開館まもない図書館は人影もまばらでヒッソリとしていた。

「入り口のカウンターに預けておきます」という手はず通り、まっすぐカウンターに向かった。3名の女性がいた。そのうち一人に主旨を告げると、「ブラームスの辞書」は、すぐ後ろの棚に封筒に入れられていた。「お預かりした本です」と言って渡された。申し訳なかったが、その場で袋から出して本の状態を確認した。サッと見た限りでは損傷もなく元のままに見えたので、礼を言って立ち去った。五分もかからなかったと思う。

「要らない」と言って返却してもらえたことは、貴重である。最も恐れるべきは「要らないと言われる」ことではなくて、「要らないのに死蔵されること」だからだ。300部という小部数であることや、自費出版ゆえの愛着を考えると、たった一冊の死蔵も惜しい。この一冊が無事回収できて、求めてくれる読者にわたる日を待つことが出来るのだからありがたい。

2005年12月13日 (火)

受注第三号

「ブラームスの辞書」に三番目の注文が入った。いわゆる「他人様」からの発注である。ここでいう「他人様」とはあくまでも「ブラームスの辞書」刊行以前からの知人ではないという意味だ。この度のご注文により、そのご依頼主さんは私の心の中では親戚になる。つまり親戚第三号が出現したということである。明日のお届けを手配した。

今回の嫁ぎ先は、アマチュアのオケで活躍中のチェリストだ。女性である。一号二号とヴィオラ弾きが続いていたが、その流れは途切れた。しかし、アマチュアの演奏家の許に嫁がせることに変わりは無い。ブラームスはチェロ弾きにとってさえ、恐らく相当おいしいに違いない。

それにしてもこの喜びは格別だ。この先これに慣れてしまうことは、恐らくないだろう。先方の家風をよく感じ取って、末永くかわいがられるよう、よく言い聞かせた。

さてさて注目の番号はopus80つまり大学祝典序曲である。

「ブラームスの辞書」が広げてくれる世界の奥行きは計り知れない。心からお礼申し上げたい。

2005年12月12日 (月)

献本の結果

12月6日に寄贈をしに伺った某音楽大学の図書館から連絡があった。館長さんじきじきに電話を頂戴した。

「この内容では蔵書としてお受けできない」ということだった。

自宅にお送りすることも可能ということだったが、お断りして引き取りに伺うことにした。館長さんじきじきの電話に恐縮した。何しろ「タダでも要らん」ということなのだからよっぽどである。キッチリ蔵書してくれている大学もあるかと思えば、「タダでも要らん」という大学もあって興味深い。こうなると図書館が蔵書にするしないの基準っていったいどういうところにあるのかが気にかかる。単に「家風に合わない」ということではあるまい。「ブラームスの辞書」に何かが足りない、あるいは何かが過剰ということなのだろう。

とはいえ門前払いでなく、厳正な検討の結果だということを、ありがたいと思わねばなるまい。

ありがたいといえば、「タダでも要らん」といわれている「ブラームスの辞書」をお金出して買ってくれる人々である。今どうしようか迷っている人がいるかもしれないと思うと、今日のような記事は掲載しないほうがいいのかもしれないが、悪い情報ほど速く公開する方が、かえってよい結果に繋がるものである。

えっ?どこの音楽大学かって?そりゃ内緒ですよ。

2005年12月11日 (日)

手渡しの味わい

「ブラームスの辞書」を誰かに渡すのは、何度経験してもけして慣れることはない。提供にしろ販売にしろ、相手に「ブラームスの辞書」を手渡すという行為は何にも代え難い楽しみである。遠方の人、都合がなかなか付かない人など事情が許さぬ場合は仕方がないが、出来るだけ直接お渡しするのがありがたい。宅配便はあくまでも押さえなのである。

恐らく、待ち合わせ場所には私が先に着くだろう。そうだ。我が子同然の「ブラームスの辞書」をお渡しするのに遅刻するなど論外なのである。相手が現れる。立ち話もなんだからと近所の喫茶店か飲み屋に移動する。出来れば事前に相応しい店を探しておくのが心得というものだろう。無論ゆっくり話が出来る雰囲気は何よりも重要である。アルコールは気の利いた小道具である。話が適度に弾んでくれる。

席に着いたら、オーダーは早々に済ませたい。おもむろに「ブラームスの辞書」を取り出して「はいこれ」と渡す。このときの相手の顔は、長く記憶されるべきである。そして相手はまずページを繰らずに外観だけをただ見回すはずだ。きっとここで何か一言ある。これも聞き逃してはいけない。そしておもむろにページをめくる。本扉にブラームスの自筆譜。この後は凡例1ページを挟んでいきなり「a tempo」が続く。目次は無い。ここから「Z」の項までずっとこの調子であることは、すぐに悟ってもらえるだろう。

居酒屋ならこのくらいのタイミングで生ビールが届くことが望ましい。絶対にぬらす可能性の無い場所に一旦「ブラームスの辞書」を置いて乾杯をする。

次はいきなり奥付に飛ぶのが現実的だ。そこには私の顔写真がある。「ねっ!やっぱりボクでしょ!間違いないよね」当たり前のことに目一杯念を押す。そこには通し番号を打ったシールも貼られている。彼(彼女)は「おおっ」と声を漏らす。好みの作品番号がそこに踊っているからだ。上ずりながら生ビールに手を伸ばす。(こぼすんじゃねえぞ)

後は、お好みだが、あとがきに行くのがオーソドックスだ。あとがきに一通り目を通すのに5分から7分。人によっては10分である。ここで、一旦パタムと本を閉じもう一度装丁に目をやる。たいていここで「いや~ぁ」という反応だ。

ここで最初のつまみが現れる。「やきとりの塩」ってことが多かった。ブログでは書けないがこの間の相手の顔は鑑賞の対象でさえある。自費出版したものにだけ許される至福だと考えている。

この後、ブラームスネタで盛り上がるという寸法だ。「ブラームスの辞書」は「あとでゆっくり読んでねッ」てなモンである。あとで感想を聞かせてもらう約束だけは、忘れずに付け加えている。

この流れは「ブラームスの辞書」出版以前からの知り合いに手渡すパターンである。当たり前だ。「ブラームスの辞書」出版後に知り合った人には、まだ直接手渡したことはない。これがどうなるのかが次の楽しみである。

2005年12月10日 (土)

エポックとしての作品76

「8つの小品」op76は、魅力的な出来事に溢れている。ブラームスの創作史を考える上で、間違いなくひとつの分岐点になっていると思われる。

  1. 声楽を含まない純器楽作品では珍しく発想記号にドイツ語とイタリア語の併記が見られる。
  2. 「sotto voce」がダイナミクス記号を全く伴うことなく楽曲の冒頭に出現する。
  3. 「パガニーニの主題による変奏曲」op35以来15年ぶりのピアノ独奏曲である。
  4. 楽曲の冒頭に「mp」を記した初めての例が7番に現れる。
  5. 「カプリチオ」に「dolce」が使用されている。

ざっと見渡しただけでも作品76には上記のような特色が見て取れる。この他に初期のピアノ作品に色濃く現れていた「発想記号の処理が大袈裟」という特徴はすっかり影を潜める。

1番と2番は声楽特に独唱曲の性格をなぞっていると思われる。まさかとは思うがブラームスがop76を「無言歌」と感じてたなどという可能性を考えたくなる。

2005年12月 9日 (金)

ささやかな楽しみ

昨日から今日にかけて、一泊二日で九州に出張をしてきた。往復の飛行機の中をはじめ、暇な時間が多くなる。読書にはうってつけということで、「ブラームスの辞書」を持参した。電車の中や飛行機の中、あるいは空港の出発ロビーで「ブラームスの辞書」を読んで時間をつぶした。「ブラームスの辞書」をまとまった時間をかけて読むのは久しぶりだ。

ブックカバーをしていないので、周囲の人には装丁やらタイトルやら丸見えになる。これがなかなか癖になる。周囲に本を読んでいる人はとても多いが、自分の著書を読んでいる人はそうそういないだろう。「ボク著者なんですけど・・・・」みたいな気持ちが、多分顔に出ているのではと思われる。

実際には私が自意識過剰になっているほどには、周囲の人たちは気にもとめていないとは思うが、なんだか言葉にならない充実感がある。

どこで誰に見られているかわからないのだから、目一杯緊張して持ち歩きたいものである。

2005年12月 8日 (木)

本の配送

自費出版に踏み切ると心に決めたことで、販売にあたって一般の書店を頼ることは100%無理になった。残る手段はネット販売である。まあこれも昨今のITの世の中であるから、さして悲観はしていなかった。

意外と悩んだのは、注文者の手元に「ブラームスの辞書」を届ける方法である。まさにこれが「物流」だ。世の中の製造業が皆知恵を絞っている分野である。受注や在庫管理、代金回収はどんどん効率化システム化してゆくが、「品物を消費者に届ける」という行為だけは、人手を介在させざるを得ない。無店舗販売は可能だが、無物流販売は不可能だとさえ思える。

我が子同然の著書を大枚4300円も自腹を切ってまで買い求めてくれる神様たる購入者に、完全な姿のまま「ブラームスの辞書」をお届けせねばならない。大袈裟な話、ただ届くだけではだめなのだ。お届け先は不在のこともあるだろうし、配送状況の問い合わせだってあるだろう。届いたはいいが中身が破損していたでは洒落にならない。これが世に言う「物流品質」である。

幸いなことに、クロネコが目印の大手宅配業者さんの仕事振りを間近に見る機会に恵まれている。梱包と配送を彼らに委託することに決めた。我が子同然の著書を完全な状態でお届けするために、費用を惜しんではいけないと思っていた。お届け先が留守だった場合に郵便受けにポットンでは、困るのだ。大型の集合住宅だったら郵便受けも大型になる。隣のお宅の郵便受けにポットンは断固困るのだ。受取人の印鑑がもらえて、現在の配送状況をトレース出来ることも重要である。以上のことを実現するには、値切りにも限界がある。こういうところをケチってはいけないのだ。

いつも梱包をしてくれる担当の女性をよく知っている。実は「opus222」の所有者でもある。なんだか昔流行った「ドクタースランプ」のあられちゃんに似ている気がする。その方はプロの目から理想的な梱包方法をその都度選んでくれている。既に20冊以上が彼女の手によって梱包されて私の手元を旅立っていった。

誰が、骨を折ってくれているのか、判っていることがどれほど心強いか計り知れない。万が一のトラブルでも彼女の失敗なら仕方が無いと諦めが付く。これほどの信頼がある人に我が子同然の「ブラームスの辞書」を託すことが出来て幸せである。

物流は奥が深い。

2005年12月 7日 (水)

最上級のお作法

形容詞、または副詞の語尾に「-issimo」を付けて最上級を表す。「piano」や「forte」について「pianissimo」「fortisissimo」になることがその代表例である。ブラームスの楽譜では、「p」や「f」以外の形容詞にも最上級が現れている。

  1. marcatissimo
  2. legatissimo
  3. intimissimo
  4. dolcissimo
  5. staccatissimo

1番「marcatissimoと2番「legatissimo」は国内版の楽譜にしか現れない。少なくともヘンレ版に跡形もない。初期のピアノ作品の国内版の楽譜に出現する。これは非常に怪しい。

3番と5番はヘンレ版にもちゃんと載っているが一箇所に現れるだけである。「intimissimo」は作品10のバラードの中、「staccatissimo」はピアノソナタ第一番の中である。どこにあるかは秘密です。それから後期のピアノ作品の中にはトップ系で「intimissimo」が配置されたケースもある。

問題は4番の「dolcissimo」だ。17箇所に存在する。作品24の「ヘンデルの主題による変奏曲」以前のピアノ曲に集中していると思いきや、作品78のヴァイオリンソナタ第一番以降にもまた出現する。初期ではピアノ作品に集中しているが、作品78以降ではピアノだけでもない。現れ方にも注意が必要だ。中には楽曲中に「dolce」が一回も現れないのにポツリと「dolcossimo」だけが出現する例もある。

一般に「最も~で」の表現である最上級は、使いどころが難しい。その後の曲の展開の制約になりかねないからだ。ブラームスは実質上「dolcissimo」だけを注意深く使用していると推定できる。どんなに権威ある出版社でも「marcatissimo」や「legatissimo」を安易に楽譜上に躍らせてはいけないと思う。ブラームスの用語使用実態に照らせば、それらにどれほどの重大性があるかすぐにわかるハズである。大した考えもなく感情に流されて最上級を乱発してはなるまい。

2005年12月 6日 (火)

献本行脚⑤

久々に献本を決行した。某音楽大学としておこう。

正門の警備員さんに事情を話すと、やや困ったような表情。そうです。お困りですよね。そういう訪問者は想定外でしょうから。でも、近くにいたもう一人の人と相談すると、直接図書館に電話をかけてくれた。しばらくすると、「直接図書館に出向いて、そちらで事情を話してください」と言って、図書館への地図を手渡してくれた。ありがたい。ここで門前払いでも何も文句が言えないところであるから、有り難味もひとしおである。

てくてく歩いて図書館に向かう。傾きかけた日ざしがキャンパスに差し込んで心地よい。ピアノを練習する音もかすかに聞こえてくる。正門からはものの5分で図書館だ。カウンターごしに訪問の主旨を告げると応対に出た女性が、どこかに電話をかけている。やがて司書とおぼしき女性が現れた。「自分で書いた本を寄付させていただきたい」と告げて「ブラームスの辞書」を差し出した。彼女は「蔵書とさせていただくかどうかは、この場では決定出来ませんが」と申し訳なさそうに口ごもっている。当然である。ここで門前払いでも文句は言えないのだ。「それでは本をお預けします。もし蔵書に出来ないというご判断であれば後日取りに来ます」と言う。「それならば対応できます」とニッコリである。

見ず知らずの飛び込みの訪問者への応対として当然である。不審な点は何一つ無かった。一つだけお願いをした。蔵書にするかどうかの判断の可否にかかわらずメールか電話かどちらかで知らせて欲しいと申し出た。これにはあっさりと同意していただいた。名刺を置いて礼を言って辞した。その間ものの10分である。

さてさて、どんな判断が下されるか楽しみに待つとしよう。

2005年12月 5日 (月)

保管場所の話

「ブラームスの辞書」を執筆するにあたり、何人かの知人に相談した。初めての自費出版だけに不安だらけだったからだ。大抵は「ブラームスの辞書」のコンセプトの概略をお伝えして、アドバイスを仰ぐといった流れだった。今だから冷静に振り返ることも出来るが、実は前向きな反応ばかりではなかった。

「そのコンセプトは何かと問題が多い」「楽譜は出版社によって異なることが多いので意味が無い」などなど、悲観的なアドバイスも少なくなかった。「ブラームスの辞書」のコンセプトを言葉だけで正確に伝える難しさを感じた。そうかと思うと「ブラームスの辞書」の出版にあたっての懸念事項を事細かに心配してくれる向きもあった。もっとも現実的だったのが、「大量の返品に備えて保管場所を確保せよ」というアドバイスだった。ニュアンスとしては、「多分売れ残る」「返品の保管コストもバカにならない」「安い倉庫など滅多にあるものではない」「だから出版など考え直したほうが無難だ」という四段論法が潜んでいたことは間違いないと思われる。

ご承知の通り、私はサラリーマンである。業務の関係で倉庫屋さんや運送屋さんとの繋がりが少なくない。300部と言っても10冊ずつの包みが30個だから家に置くには厄介だが、倉庫に置くとなると屁みたいな量である。いわゆるパレット1枚分である。出世払い含みの格安で保管いただけることになった。

製造コストにマージンを乗せて販売し、売上げから経費を回収せねばならない一般の出版は大変である。販売部数の見込み違いは膨大な赤字に直結する。在庫の保管コストとてバカにはなるまい。自費出版の段取りがわからず苦労した割には、倉庫探しは順調だった。

2005年12月 4日 (日)

「Lied」と「Gesange」

「ブラームスの辞書」執筆中からずっと頭に棲みついて離れない疑問だった。クラシック音楽の一般常識として「ドイツ歌曲」とはすなわち「ドイツリート」を指しているということを前提として出発する。つまり「Lied」である。ブラームスの歌曲は、近い時期に作曲された数曲がまとめられて出版されるのが通例であるが、このときのタイトリングには、いつかのパターンがある。「Lied」「Gesange」「Romanze」「Gedichte」の4つが単独または複合で使用されている。「これらのどれを用いるのかについて何か基準があったのか」が今回のテーマである。

「ブラームスの辞書」では楽曲のジャンルを表示する言葉、たとえば「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「スケルツォ」の類は原則として収録の対象としていないので「Lied」や「Gesange」等の用語も収録されてはいない。しかし、これが執筆中からずっと気になっていた。

端的に言うと「五月の夜」は「Gesange」で、「日曜日」は「Lied」なのだ。これらは何を基準に区別されているのだろう。

日本語の解説書ではこれらを厳密に区別していないケースもある。きちんとした書物になると「Lied」は「歌曲」で「Gesange」は「歌」、「Gedichte」は「詩」とされているようだが、肝心なブラームス本人はこれらを使い分けていたのだろうか?さらには作品59-3「雨の歌」は原題が「Regenlied」なのだから、この使い方に従えば「雨の歌曲」でなければならい。日本語への転写に当たっての苦労が透けて見える。

さらに難解な問題もある。「Lied und Gesange」のように混合されるケースもあるのだ。たとえば作品59は「Lied und Gesange」になっているが、作品59を構成する8作のうちどれが「Lied」でどれが「Gesange」なのか全く明らかでない。作品43の4曲は全て「Gesange」なのだが、作品59の8曲は「Gesange」と「Lied」が混ざっているという明確なメッセージであると解さざるを得ない。

先を続けよう。作品14が「Lied und Romanze」なのに対し作品84は「Romanze und Lied」というような語順転倒も見られる。「Romanze」はこの他には「マゲローネ」の15曲があるだけだ。器楽曲に付与されることもある「Romanze」もまた厄介である。

作品3は「6つのGesange」という標題だが、4曲目と6曲目の作品は「Lied」というタイトルが置かれている。これは大いなる矛盾と解さざるを得ない。何故「Lied und Gesange」にしないのか疑問である。

まだある。「Lied」と「Gesange」の混合体であるところの「Lied und Gesange」は、5作品で用いられているが、全て「Lied」が先に表示された「Lied und Gesange」になっていて、語順転倒の「Gesange und Lied」は全く現れない。

それから唯一作品19だけが「Gedichte」になっているのは何故なのだろう。作品19は「Lied」や「Gesange」ではいけないというのだろうか?

おそらく歌詞の作者、楽曲の形式、拍子、調性、作曲年代、出版社等々を変数とする多変数関数なのだろうと思う。つまりわからないのだ。ブラームスの気紛れという解釈がもっとも有力のような気もする一方で、ブラームスの独唱用声楽作品を並べると、希薄ながら規則性があるようにも見える。

そして、このことは独唱歌曲にとどまらず、重唱や合唱を含めた声楽作品全体にも認められる大きな謎といわねばならない。

2005年12月 3日 (土)

和菓子とブラームス

サラリーマンである私は、時々本社に出張する。本社は東京都中央区にある。一本裏道に入ると小さな江戸に行き当たることがある。

京橋二丁目にお気に入りの和菓子屋さんがある。ここの大福が絶品で、本社に出張の時は出来るだけ買い求めることにしている。時々店を訪れるのだが、店内のBGMがいつも室内楽なのだ。ここ最近3回の訪問では、三度ともブラームスだった。ピアノ四重奏第二番の第二楽章、弦楽六重奏曲第二番の三楽章、でつい先日がクラリネットソナタ第二番の第二楽章だった。白髪のご主人に思い切って尋ねたところ、BGMは有線放送とのことだが、実は最近やけにブラームスがかかると思っていたところだという。来年はモーツアルトイヤーなのでモーツアルトが多くなるかもしれないですねと笑う。隣にいた女性が、この人はクラシック大好きなんですよと付け加えてくれた。にこにこと笑っているだけなのが、相当な愛好家だと思われる。

次回訪問して、もしまたブラームスだったら「ブラームスの辞書」を一冊進呈しようかと考えたくなる。とても偶然とは思えない。

2005年12月 2日 (金)

価格設定

「ブラームスの辞書」A5判、上製本、400ページ、カヴァー付き、およそ850g。総見出し数1167。・・・・・これで本体税ヌキ価格が4300円。

初めての自費出版本の刊行にあたり少々時間をかけたのが価格の設定である。一般に書籍の価格決定には、以下のような諸要素が関係する。

  1. 【コスト堆積】物としての本を作り上げるコスト。さらに目的に照らして適正なマージンがそこに上乗せされる。
  2. 【値ごろ感】A5判、上製本、400ページ、カヴァー付きの本ならば大体これくらいという相場感覚から大きく逸脱しない価格であること。
  3. 【内容との相関】書物に書いてある内容のお役立ち度。貴重度。著者の知名度。等に照らして大きくバランスをはずさない価格。
  4. 【購買力】買う側の立場に立った値ごろ感。主たる購買者層の小遣いで買える範囲を超えていないこと。
  5. 【自分なら買うか?】ふらりと訪れた書店で見かけた場合、自分ならいくらまで出すか?

上記5点を考慮し、出版社とも相談して決定した。1番は、小部数の自費出版の場合コストは割高なのであまり参考にはならない。コストを出版部数で割り返しただけでは、ベラボウな値がでてしまう。「ブラームスの辞書」の場合、122の作品の楽譜の調達費用や、パソコンなどの調達コストも加えたら大変なことになる。ましてや私の手間賃までいれたら、計算をする気にもならない。かかった費用を本を売って回収しようなどとは、考えてはいけないのが自費出版である。

2番は、とても大切。A5判、上製本、400ページ、カヴァー付きの本を一般の書店で手にとって確かめた。実際に4300円という価格は高めである。世間様の相場感覚より高めの設定にするんだという覚悟のための調査であった。

3番は、自負とうぬぼれの境界線付近のお話。「ブラームスの辞書」がどれほどの価値なのかは、今でも不安ですので、価格決定の際に過大には評価できない。興味の無い人から見れば100円でも買わないだろう。

4番はとっても重要。書店に置かずにネット販売を最初から考えていたので、振込み手数料を購入希望者に負担させて5000円以内で収まるということを気にした。4300円はそのことを色濃く反映している。この本を欲しいと思う人が出してくれるに違いないギリギリの高値を想定したつもりである。高くていいのだ。お高く止まった販売要項を見てもこの本ならと仕方ないと思ってくれる人たちに買われたいという思いがこもっている。

5番が実はポイント。「オレなら1万円でも買う」と今でも思っている。この感覚から見れば4300円というのは半値以下である。ブラームスを愛する人々になら必ずわかってもらえるハズという思い込みがある。でなければ1年もかけて本など書いたりはしないだろう。ブラームスへの想いが頭の中で飽和し、何かの形で残さねばならないというのは、筆者である私の都合だ。形に残っただけでもありがたいのに、その上運良く売れるなら半値以下もいたし方あるまい。

ということを順不同で考えながら決まったのが4300円なのである。「高い!」と評価されれば「売れない」という洗礼を受けるが、実はタチの悪いことに「売れない」がペナルティーになっていない。「売れない」はハナっから想定のうちの自費出版である。

2005年12月 1日 (木)

良い知らせ

ひょんなことから東京藝術大学の図書館で「ブラームスの辞書」を見たという情報をキャッチした。ブログ「ブラームスの辞書」の本年8月9日の記事「献本行脚③」の中で言及している通り、私が自ら足を運んで東京藝術大学の図書館に献本したその本が、利用者の目に留まったということだろう。恐らくそれは「opus142」に違いない。

献本を受け付けて下さった女性が「学長名で礼状を差し上げますか?」と訊いて下さったが、それはご辞退して「その代わり多くの学生さんが閲覧出来るようにしてください」とお願いした。女性は「大事にさせていただきます」と約束してくれた。大学図書館への献本を試みた中では、もっともあっけないやりとりだった。暑い暑い日だったが、すがすがしい気分になったことを覚えている。

つまり、「ブラームスの辞書」の献本を受けてくださった女性が、しっかりと約束を守ってくれていることが、証明されたというわけである。

こんなに嬉しいことはない。嫁にやった娘から、嫁ぎ先で元気に暮らしている便りが届いたようなものである。

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
無料ブログはココログ