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2005年12月19日 (月)

何と何の間なのだろう?

ブラームスのピアノ作品を代表するジャンルに「Intermezzo」がある。一般に「間奏曲」と訳されている。元はと言えば「劇やオペラの幕間」の意味から転じて「幕間で演奏される楽曲」を意味するようになったそうだ。ここで言う「間」とはつまり「幕と幕の間」ということになる。

時代は一気に下って、ロマン派の時代。シューマンあたりになってこの「間奏曲」というタイトルが、独立した作品に与えられるようになった。そしてブラームス中期以降このネーミングがピアノ作品に頻発するようになる。

いったい何と何の間だというのだろう。人生の転換点と言って大袈裟なら、日々の暮らしの句読点めいた意味合いが発生していなかっただろうか。決定的な断定を避け雰囲気だけをただゆるりと楽しむ音楽。何と何の間に弾くのか?あるいは何と何の間に聴くのか?どう転んでもソナタとは定義しずらい小品たちにブラームスは次々と「間奏曲」のタイトルを奉っていった。単なる「幕間音楽」を独立作品に引き上げた何等かの意図が、ブラームスに無かったとはけして思えない。ただの一度も「marcato」を「Intermezzo」の楽譜上に記することがなかったブラームスの意図は、いったいどこにあるのだろう。

落語の名人が首の角度ひとつで鮮やかに場面転換して見せる時のような、日常の中の微妙な場面転換の間に、ひっそりといつのまにか忍び寄る気配を、音楽に封じ込めたものだと私は思っている。

無論、聴く人弾く人にそれぞれの「間」があっていい。誰にでもあるふとした間に、違和感なく入り込む、しなやかさこそが「インテルメッツォ」の落とし処ではないだろうか?

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