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2005年12月 4日 (日)

「Lied」と「Gesange」

「ブラームスの辞書」執筆中からずっと頭に棲みついて離れない疑問だった。クラシック音楽の一般常識として「ドイツ歌曲」とはすなわち「ドイツリート」を指しているということを前提として出発する。つまり「Lied」である。ブラームスの歌曲は、近い時期に作曲された数曲がまとめられて出版されるのが通例であるが、このときのタイトリングには、いつかのパターンがある。「Lied」「Gesange」「Romanze」「Gedichte」の4つが単独または複合で使用されている。「これらのどれを用いるのかについて何か基準があったのか」が今回のテーマである。

「ブラームスの辞書」では楽曲のジャンルを表示する言葉、たとえば「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「スケルツォ」の類は原則として収録の対象としていないので「Lied」や「Gesange」等の用語も収録されてはいない。しかし、これが執筆中からずっと気になっていた。

端的に言うと「五月の夜」は「Gesange」で、「日曜日」は「Lied」なのだ。これらは何を基準に区別されているのだろう。

日本語の解説書ではこれらを厳密に区別していないケースもある。きちんとした書物になると「Lied」は「歌曲」で「Gesange」は「歌」、「Gedichte」は「詩」とされているようだが、肝心なブラームス本人はこれらを使い分けていたのだろうか?さらには作品59-3「雨の歌」は原題が「Regenlied」なのだから、この使い方に従えば「雨の歌曲」でなければならい。日本語への転写に当たっての苦労が透けて見える。

さらに難解な問題もある。「Lied und Gesange」のように混合されるケースもあるのだ。たとえば作品59は「Lied und Gesange」になっているが、作品59を構成する8作のうちどれが「Lied」でどれが「Gesange」なのか全く明らかでない。作品43の4曲は全て「Gesange」なのだが、作品59の8曲は「Gesange」と「Lied」が混ざっているという明確なメッセージであると解さざるを得ない。

先を続けよう。作品14が「Lied und Romanze」なのに対し作品84は「Romanze und Lied」というような語順転倒も見られる。「Romanze」はこの他には「マゲローネ」の15曲があるだけだ。器楽曲に付与されることもある「Romanze」もまた厄介である。

作品3は「6つのGesange」という標題だが、4曲目と6曲目の作品は「Lied」というタイトルが置かれている。これは大いなる矛盾と解さざるを得ない。何故「Lied und Gesange」にしないのか疑問である。

まだある。「Lied」と「Gesange」の混合体であるところの「Lied und Gesange」は、5作品で用いられているが、全て「Lied」が先に表示された「Lied und Gesange」になっていて、語順転倒の「Gesange und Lied」は全く現れない。

それから唯一作品19だけが「Gedichte」になっているのは何故なのだろう。作品19は「Lied」や「Gesange」ではいけないというのだろうか?

おそらく歌詞の作者、楽曲の形式、拍子、調性、作曲年代、出版社等々を変数とする多変数関数なのだろうと思う。つまりわからないのだ。ブラームスの気紛れという解釈がもっとも有力のような気もする一方で、ブラームスの独唱用声楽作品を並べると、希薄ながら規則性があるようにも見える。

そして、このことは独唱歌曲にとどまらず、重唱や合唱を含めた声楽作品全体にも認められる大きな謎といわねばならない。

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