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2006年2月28日 (火)

仕組まれた「ppp」

「ff」がほぼ「最強奏」の座に君臨していることと対照的に「pp」は「最弱奏」とはただちに断言できない。「ppp」が68箇所存在するからだ。「ppp」を含む語句に範囲を広げるとさらに4例が加わることになる。「fff」は初期に3例存在するだけであるのに対して「ppp」はその24倍の濃度で分布している。無視は出来ない。

作品番号付きの作品でいうと、ピアノソナタ第一番第三楽章52小節目で初出現してから、6つのピアノ小品op118-6を最後に姿を消すまで、ブラームスの創作人生にほぼ満遍なく分布し、楽曲中のダイナミクスの底を手際よく指し示す機能を想定できる。一方声楽のパートには全く現れないという顕著な性格も持っている。

さて、注目の交響曲には、1番と4番にのみ出現する。特に4番には最多の4箇所を有するが、不思議なことに各楽章全てに律儀に一箇所ずつ現れる。

第一楽章と第三楽章は、とても良く似た使われ方になっている。第一楽章では、243小節目で、第三楽章では163小節目だ。どちらも再現部のほんの直前、再現部を否が応でも際立たせる弦楽器群のために存在する。ピチカートの「ポン」を引き金に再現部が立ち上がっている。「ブラームスの辞書」でいうところの「景色」が同じである。おまけにどちらも主役はチェロの動きにある。「ppp」を熟考の末に使っている様子が手に取るようだ。

そのつもりで見ると第二楽章、第四楽章の「ppp」もなるほどな場所になっている。どこにあるかは秘密である。

2006年2月27日 (月)

今日聴いたCD

本日のタイトルを見て「おやっ」と思った人がいるかもしれない。驚かせて申し訳ない。もしかすると一昨日の記事とセットかもしれない。

ブラームスが自らに課した制約に比べれば児戯にも等しいが、私のブログ「ブラームスの辞書」にも、いくつかのささやかな制約がある。

たとえば毎日必ず一本は記事をアップすることがそれにあたる。それから「用語解説」のカテゴリーは最大で中3日。つまり中4日以上の空白が起きないようにすることである。「用語解説」のカテゴリーはブラームスネタの集大成なので本ブログの両輪の一つだからだ。

本ブログはあくまでも初めての自費出版本「ブラームスの辞書」の宣伝用である。しかしながらブログの中では「買ってください」というあからさまなPRは行わないというのも、自ら設定したある種の制約になっている。もちろん売れれば嬉しいと言ってはしゃぐのだが、「買ってください」とは言わないという微妙な位置取りである。

それから「今日聴いたCD」のようなタイトルの記事やカテゴリーを載せないこともその一つである。もちろん、見ての通り(見えてはいないと思うが)のブラームス好きなのでブラームスのCDはほとんど毎日聴いているのだが、それをいちいちブログで公開はしないという意味である。クラシック音楽系ブログ界には、このような系統の記事が多いので、私のような変わり者が一人くらいいてもいいだろう。「お気に入りのCD」「おすすめの演奏」もこれに含まれる。ゴールドベルグやバルビローリは例外だ。

「ブラームス作品説明」もブログ「ブラームスの辞書」にはまず姿を現さない。総合的な作品解説や作品リストは割と多くのサイトで見ることが出来るから、そちらに譲っているという訳だ。

ブログ「ブラームスの辞書」の売りは、「今日聴いたCD」系ネタや「作品解説」に頼らずに、ブラームスネタを毎日連発出来るかどうかのスリルだと言うことも可能である。

ハンバーグやカレーライスやスパゲッティに頼らずに夕食のおかずをまかなえるか、みたいなモンである。

2006年2月26日 (日)

のだめの中のブラームス⑱

娘のレッスンが中止になって久々にのだめを読んだ。程なく愕然とした。本年1月13日の記事の冒頭で「のだめカンタービレ14巻」にはブラームスネタが無いと申し上げたが、これがとんだ間違いだった。というわけでさっそく昨年11月22日以来の「緊急のだめネタ」行きます。

当然ながら「のだめカンタービレ」の14巻をご覧いただきたい。115ページだ。千秋がマルレオケのライブラリーに目を通す場面。続く116ページでは1961年にシュトレーゼマンが使った総譜を見つけ出している。117ページ冒頭で千秋が「げ・・・」の擬態語とともに見つめる総譜は、何を隠そうブラームスなのだ。次のコマにその総譜の表紙が書かれているが、みにくいながらも「Brahms」の文字を確認することが出来る。これを見落としていたのはうかつであった。

さてさて、これがブラームスとなると問題は、どの作品かということになる。管弦楽曲には間違い無さそうだが、何しろ絵が小さくて難儀だ。一見して弦楽五部と木管だと直感した。一番上は恐らくフルート。1小節に四分音符が6個に見えることから、恐らく四分の六拍子と見当が付く。ほぼ間違いなく第三交響曲の第一楽章と特定が出来る。ピアノ協奏曲第一番の第一楽章あるいは第二楽章という可能性が無いわけではないが、見たところ独奏ピアノのパートがあるようには思えない。三段目と四段目には下行する八分音符だ。おそらくクラリネットとファゴットだ。という具合に検証を進めた結果、ほぼ間違いのない結論にたどり着いた。

千秋が「げ・・・」とうなった場面で開かれているページの最も綴じ代よりの小節は、第三交響曲第一楽章の53小節目に間違いない。見えている最初の小節は51小節目だ。ここからクラリネット→ファゴット→クラリネット→ファゴット→ファゴットと八分音符6個ずつの単位で掛け合いが繰り広げられている。52小節目の最後の拍から小節線を跨ぐ形でスラーがかかっている。これもフルートで間違いない。

「ブラームスなめてんじゃないですよ」と説教するだけの積み重ねがあるということが、さり気なく浮かび上がる寸法である。この四分の六拍子は、なかなか振るのが難しいという話を聴いたことがある。

久々の「のだめネタ」でノリが思い出せない。他に見落としてないか心配である。

2006年2月25日 (土)

制約こそ命

与えられた条件が難しければ難しいほど力を出す人がいる。ハードルが高ければ高いほど工夫を凝らして達成して見せる人たちだ。

ある意味で、ブラームスの創作に対する態度もこれに近いと思っている。自分で自分に困難な制約を課して、その解決を楽しんでいるかのように見える。世はまさにロマン派爛熟の時代。「感情表現のためには形式なんぞどうでもよろしい」「形式打破こそ善」的な時代の中にあって、ブラームスは敢えて自らに制約を課し、その枠内でどれほどの作品が書けるかについて自らを鼓舞していたように見える。作品番号の最初二つがピアノソナタであることは、象徴的だ。私はブラームスを「最後のソナタ書き」だと思っている。ソナタ形式を思いのままに操ることが出来た最後の作曲家だと思う。ソナタ形式がこの場合の制約にあたる。

ワルツは全て4分の3拍子だ。ハンガリー舞曲は4分の2拍子。そうした制約に進んで身を投げ、むしろ制約を楽しんでいるように見える。ブラームスが制約の内側でいきいきとしているように見える。

変奏曲にしても然り、対位法にしても然りである。究極の姿はパッサカリアだ。シャコンヌとの境界は必ずしも厳密ではない。実直にワンパターンを繰り返すベースラインというこれ以上無い厳しい制約の中で、呆れるほど多様な曲想を展開する。約束事が多いということをブラームスはやすやすと逆手に取る。ハイドンの主題による変奏曲や第四交響曲のフィナーレがその実例だ。

さらにである。変奏曲、シャコンヌというだけでも相当な制約なのに、演奏を左手一本に制限したピアノ作品がある。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌニ短調を、ブラームスはピアノ左手用に編曲している。右手を脱臼したクララ・シューマンへの見舞いだ。原曲は有名だ。このピアノ編曲もまたじっくりとした鑑賞に堪える佳曲である。黙って聞かされたら左手オンリーであることなどわからない。聴き手に制約の存在を悟らせない多様さがある。「左手用」というのがブラームスらしい。右手ではこうはならないのではと思わせる何かがブラームスにはある。クララが脱臼したのが右手で良かったといったら、クララファンから総攻撃を受けるのだろうか?

考えてみたら当たり前だ。聴き手が「ああそうだね。制約が多いのだから仕方ないね」という感想を持つようなら失敗作だ。ブラームスは自ら制約の海に飛び込みながら、それを言い訳にしない。それどころかしばしば聴き手に制約の存在さえ忘れさせる。

何だかオフサイドに似ている。サッカーがアートに思える原因の一つがこのルールの存在だ。守り手はオフサイドを味方に守備を固める。攻め手はそれをかいくぐる。スルーパスに時として芸術性が宿るのは、オフサイドルールという制約のおかげである。

2006年2月24日 (金)

「non troppo」を訳さないで

日本語への転写に苦労する語句の一つ。音楽書に氾濫する「はなはだしくなく」というグロテスクな訳語はもはや日本語ではない。と言いつつ良い対案も見つけられずに「ブラームスの辞書」でもつい連発してしまっている。

困ったことにブラームスはこの言葉を多用している。総計61箇所である。このうち17箇所においては「ma non troppo」となっている。

語幹に来る単語の意味が極端に走らぬよう制動を利かせる言葉、つまり「抑制語」である。断定、過剰、極端を排して、穏便、婉曲、中庸を志す言葉なのだ。思うにこれ非常に日本人的ではないだろうか?相手を思いやって断言を避ける日本的美徳も欧米人には「優柔不断」と映り相互理解の妨げにさえなっている。その日本人が使う日本語にならば、「non troppo」の適切な訳語があってよさそうなものだ。

一方「non troppo」が修飾する言葉には一定の傾向が読み取れる。ブラダスによれば、修飾状況は以下の通りだ。

  1. allegro 33箇所
  2. presto 11箇所
  3. vivace 6箇所
  4. adagio 4箇所
  5. allegretto 4箇所
  6. moderato 2箇所
  7. andante 2箇所
  8. largamete 1箇所

「allegro」と「presto」がそれぞれ一回ずつ「vivace」と混在しているのでこれらの合計は61にならずに63になります。

いかがですか?上位3位までは速い系の単語だ。全体の約78%が速い系を修飾している。つまり「速過ぎること」を戒めていることになる。「程ほどにね」あるいは「そこそこの」といったニュアンスで大きくはずれてはいないと思われる。5位以下は語幹に来る単語そのものの解釈が難解なので画一的な理解は危険だ。

昨年6月29日の記事と合わせてお読みいただくと面白さが一層引き立ちます。

2006年2月23日 (木)

カデンツァ・コレクション

昨日CDショップを覗いていて嬉しい買い物をした。

ブラームスのヴァイオリン協奏曲第一楽章のための古今のカデンツァを集めたCDだ。全部で16種類が収録されている。もちろん輸入CDだ。英国製なので解説が英語なのも嬉しい。英語力には全く自信が無いが、ドイツ語やフランス語よりは数段望みがある。

このCD第一楽章が3トラックに分かれている。カデンツァ前とカデンツァと、カデンツァ後だ。だから、演奏順序をコントロールすることで16通りのカデンツァを持った第一楽章を楽しめるということになる。意欲的な企画だ。まさにipodのためにあるようなCDである。

16種類の作者は以下の通り。

  1. ヨーゼフ・ヨアヒム1831 ご存知初演者だ。
  2. エドムンド・ジンガー1831 ハンガリーの人らしい。
  3. フーゴー・ヘールマン1844 
  4. レオポルド・アウアー1845
  5. ウジェーヌ・イザイ1858
  6. フランツ・オンドリチェック1859
  7. フランツ・クナイセル1865
  8. フルッチオ・ブゾーニ1866 ヴァイオリイニストではない。オケのアシスト付き。
  9. アンリ・マルトー1874
  10. フリッツ・クライスラー1875
  11. ドナルド・トーヴィ1875 ヴァイオリニストではない。
  12. ヤン・クーベリック1880
  13. アドルフ・ブッシュ1891
  14. ヤッシャ・ハイフェッツ1901
  15. ナタン・ミルシュタイン1903
  16. ルッジェーロ・リッチ1918 このCDの演奏者。もちろん唯一の生き残り。

13人目のブッシュまでがブラームス生存中の生まれだ。見ての通り最近のヴァイオリニストはちっとも書いていない。自作はパッタリと途絶えている。判で押したようにヨアヒムばかりで面白みに欠ける。クレーメルがレーガーを弾いているのが目立つ程度だ。「カデンツァはヴァイオリニストが書くものだ」という西洋音楽の伝統が失われてきているということなのだろうか?演奏と作曲の分業が進んだということなのだろうか?

ここに載っていないカデンツァではジョルジョ・エネスコをこれまたクレーメルが弾いていたように思う。

このメンバーは、はっきり申し上げて華麗である。当然サラサーテは書いていないが、このメンバーだけでもヴァイオリン演奏史を語ることさえ可能と思われる。古今の大ヴァイオリニストにこぞってカデンツァを書かせるだけの何かがあるということなのだろう。作者の国籍もほぼヨーロッパ各国に散らばっているし作者はヴァイオリニストにとどまらない。ヨアヒムによる初演後、急速にヨーロッパ中に広まったということを裏付けていよう。何のかんの言ってみんなブラームスが好きなんだと思う。

当然ipodの中の「私家版ブラームス全集」に取り込んだ。

2006年2月22日 (水)

いわゆる「mf問題」

ある程度楽器に親しんでいる人に対して「何か音出してみて」と言うとする。彼(彼女)は、どうするだろう。「はい」と言って何でもポーンと音を出してくれる。このとき出た音のダイナミクスについて考えたい。このときのダイナミクスが「ff」や「pp」のような極端な位置づけのダイナミクスであることは想像しにくい。

どんな楽器にしろ、あるいは発声でも、音を発するという行為は積極的な行為である。積極的な行為である以上それは、何らかのエネルギーの発散に他ならない。この点で「p」側にはある種のハンデが存在する。エネルギーの発散でありながら「手加減」が必要になるからだ。音を発する以上それは積極的な意思の反映なのだから、発せられた音には強い側のトーンが宿ることになる。だから何も考えずに音を発する場合、強過ぎないフォルテが鳴っている公算が大きい。つまり「mf」である。

「ブラームスの辞書」168ページの「mf」の項目に詳しいが、ブラームスも「mf」のそうした側面を意識していた可能性がある。「mf」以外のダイナミクスが「手加減」なり「強調」なり「集中」なりの作為を必要とするのに対し、「mf」は何も考えずに発音されてしまうことを恐れていたのではなかろうか?ダイナミクスとしての「mf」には罪はないのだが、考え無しに発音されてしまうリスクといつも背中合わせなのである。無論ブラームスとて約600箇所の「mf」を使用しているが、考え無しに発音されることをきっと恐れていたはずだ。

「mf」で曲を開始するケースはわずかに15例だ。「mf」を含む語句にまで広げても10も加わらない。「p関連」で開始される曲が350例近くあることと対照的である。ブラームスはダイナミクスの重心を「mf」とは思っていない。ブラームスのダイナミクス分布の重心は数学的物理的な重心とはズレている。楽曲の冒頭から「考えずに発音されるリスクを冒したくない」と考えていたのではないだろうか?

考えずに発音されるリスクと背中合わせの「mf」に対して、300箇所以上も存在する「poco f」は、古来より十分な議論の対象になってきた。「poco f」であれば、少なくとも「考えずに音を出されるリスク」は数段低く収まるとブラームスが考えていたとしても不思議は無い。

ブログに書けるのはここまでだ。

2006年2月21日 (火)

クラリネット五重奏曲

大学生活最後の室内楽がブラームスのクラリネット五重奏曲だった。1982年2月21日に大学オーケストラの室内楽演奏会があった。そこで仲間と第一楽章を演奏した。メンバー5人は全員男性。口の悪い仲間からは「こんなメンツで室内楽なんて何が楽しみでやってんだ?」といわれた。無理も無い。メンバーの中では、大学四年の私が早生まれのせいもあって一番年下だった。私以外は医学部だったり大学院生だったり、大学院行きが内定していたりという具合で、4月以降も学生生活が続くメンバーだった。一番年下の私だけが就職するという奇妙な現象がおきていた。

そりゃ練習の後のお話や、お茶が目当てで、女性をメンバーにという室内楽もなかったわけではない。「接待弦楽六重奏団」などというそれ系のメンバーでブラームスの六重奏に挑んだことあったが、この時は違った。クラリネットを吹いた友達との約束を果たすためだった。3年でモーツアルトに挑み、4年でブラームスはいわば規定の路線だったのだ。3年のときは第一ヴァイオリンが女性だったが、今回は男だけで渋く決めるみたいなおかしな意地があった。

このときのブラームスは良かった。練習も本番も満足できた。24小節目のヘミオラに生まれて初めて心が震えた。第一ヴァイオリンとのリズム的な衝突が、腹の底に響いた。

あれから24年がたつ。

2006年2月20日 (月)

精神衛生上の効果

世の中厳しい。甘くない。よく言われるフレーズだ。その通りと思う。俗に「この世は、やりたいのに出来ないことと、やりたくないのにしなければいけないことで出来ている」という人もいる。なかなかの名言だ。

この言い方を借りれば、自費出版は、「やりたいことが出来た」のだから、世の中のしきたりから見れば、相当ありがたいことなのだ。大好きなブラームスについての本を出してしまったということで、精神面において有形無形の良い影響が現れている。

いい歳をこいた大人が、精神的に安定出来たなどというと甘ったれたことを言うなと叱られそうなのだが、事実だから仕方が無い。なんか細かなこと、少々のことに動じなくなったというのか、リセットが早くなったというのか、ケツの座りが良くなった自覚症状がある。そりゃ、いい歳のサラリーマンで、会社ではいわゆる「そこそこ」状態だ。たまには組織のために理不尽なことにも耐えねばならないこともあるが、滅多に聴牌らなくなった。

執筆・出版という行為を通じて、異業種の人たちと一年間交流したことも大きい。サラリーマンとしての勤めを粛々と果たしながら、準備も入れて約2年でいっぱしの著者になれたことは、数値化できないくらい大きいことなのだ。「自信になった」と言い換えてもよい。中学時代の部活動の最後の1年間、大学受験の最後の3ケ月、大学オケの4年間の合計にも匹敵する濃い2年間だった。この濃い時間を勤務と両立させきったというところが、学生時代にはあり得なかった技ありの部分なのだ。さらにまた会社を定年退職した後の出版でないところも売りの一つだ。「まだ俺にもこんな情熱があった」と我ながら驚いているところだ。

家庭、会社の他に帰るべき港が持てたという感触だ。ただ趣味で楽器を弾き、ブラームスを聴いていただけの時とは明らかに感覚が違う。好きではあったが、音楽を帰るべき港だと思ったことは無かった。音楽に限らずいろいろな面で、他人様の意見にじっくり冷静に耳を傾ける余裕が持てたとも感じている。

いやいや本を出版するという行為の威力は、並大抵ではない。そして今、開設9ケ月目にはいったブログも負けず劣らずエクサイティングだ。

2006年2月19日 (日)

ヴィオラソナタ

作品120-1ヘ短調と120-2変ホ長調のソナタのこと。ブラームスはこれらの作品を「クラリネットとピアノのためのソナタ」として作曲したが、自らの手で「ヴィオラとピアノ用」に編曲している。

乱暴この上ない話なのだが、「ブラームスの辞書」ではこの「クラリネットソナタ」を全て「ヴィオラソナタ」と表記している。冒頭の凡例の中で断ってはいるものの、我ながら強引だと思う。世の中のクラリネット愛好家のお叱りを覚悟の暴挙だ。いわば著者の権限の乱用である。かくして「クラリネットソナタ」という単語は「ブラームスの辞書」ではこのことに言及した凡例の中にしか登場しない。

晩年のクラリネット入りの室内楽は、クラリネットのパートをヴィオラに差し替えたバージョンが存在するが、クラリネット五重奏曲とクラリネット三重奏曲に関しては、このような暴挙を思いつかないのだから始末が悪い。「五重奏と三重奏はやはりクラリネットでなければならない」と思っている。「闇雲」ではないという点強調したいが、単なる言い訳かもしれない。

我が家にはもちろん楽譜もCDも両方そろっているが、クラリネットの方には埃が積もっている。この曲がヴィオラオリジナルでないのが信じられないくらいはまっていると思う。B管用に書かれたクラリネット版とは調号が違っているし、ヴィオラに重音を要求するところなど単にクラリネットのパートをヴィオラに移しただけではない奥行きを感じる。特に第一番第一楽章の冒頭や第二番のスケルツォはヴィオラでなければ収まるまいと本気で思っている。

それにしても、ブラームスって相当ヴィオラ好きだったのではないかと思う。

2006年2月18日 (土)

音楽を彩る言葉

音楽を言葉で表すことは、難しいと知りつつ、それに挑む人は少なくない。かく申す私の「ブラームスの辞書」だってその仲間だ。一回の演奏に40分を要し、70名程度の演奏者の参加が必要な作品をわずか三行で評してみたりという類の離れ業さえ頻繁に見かける。

音楽を言葉で表す試みの中にも難易度や世間様への通用度はいろいろな差がある。音の振動数の多い少ないを「高い低い」と呼ぶことや、音の振幅の大きい小さいを「強い弱い」とすることは、世の中への浸透度においては確たるものがある。楽譜上や演奏上で何がどうなったときに「高い低い」「強い弱い」と表現するかについては、個人差が少ない。

困るのは次のような言葉だ。「憂鬱」「メランコリック」「重厚」「渋い」「屈折」「暗い」ブラームスの音楽を表すときに用いられることの多い用語なのだが、楽譜がどうなっているときにこれらの用語が用いられるのかについて確たる定義がないように見受けられる。申すまでも無く、ブラームスの音楽が惹き起こすさまざまな感情の原因は、どの道楽譜の上に存在しているハズである。

このあたりの定義が曖昧なまま、さらには楽譜上の根拠に深く顧慮しないまま、ブラームスという作曲家のブランドイメージにつられてお決まりの用語を書き連ねているケースがありはしないか憂うものである。かくして根拠曖昧なまま羅列された「憂鬱」「メランコリック」「重厚」「渋い」「屈折」「暗い」等のブラームス御用達表現を見たクラシック初心者は、このように感じないのは自分の耳のせいと思い込むという悪循環が待っている。

もちろんこれらはブラームスには何の責任もない。またブラームスに限ったことでもない。モーツアルトやバッハやベートーヴェンにだって「御用達用語」がある

「ブラームスの辞書」ではこれらの用語の使用に慎重を期してきたことは既に述べたとおりである。

2006年2月17日 (金)

ブラームス節

弾いていて、聴いていてブラームスを感じさせる場所、つまり「これぞブラームス」という場所を「ブラームスの辞書」ではしばしば「ブラームス節」と表現している。こうした表現をしていながら、無責任なことに「ブラームス節」の定義は必ずしも明確ではない。

ヴァイオリン協奏曲だというのに、ソリストを差し置いてオーボエが延々と旋律を奏でるなど、サラサーテには顰蹙を買ったらしいが、これなどまさにである。そもそも協奏曲おけるソリストへの花の持たせ方が渋過ぎるとか、オケが伴奏の域にとどまっていないなど、協奏曲にはブラームス節が炸裂している。低弦またはホルンがソロの華麗なパッセージに一人お付き合いするパターンもこの類だろう。

交響曲では、中間の2つの楽章の楽器編成を薄くするほか、演奏時間もコンパクトだ。特に第三楽章に断固としてスケルツォを置かずに、小粋なインテルメッツォを配置するこだわりも、ブラームスらしい。緩徐楽章がもっとも高まる場面で拍を3つに割る癖や、緩徐楽章の結末に上行する三連符を貼り付けるのも、ブラームスの香りがする。

チェロが歌う旋律の下支えをヴィオラにさせるなどという芸当もならではという感じである。とにかくヴィオラが邪険にされていないのも嬉しい特質だ。ヴィオラに付与された臨時記号一個が現場の景色を一転させるような実例も少なくない。

主題再現を単なる繰り返しに堕落させない点もブラームス節の大きな柱だ。それでいて聴き手には明確に再現と解らせても見せるバランスが真骨頂だろう。カノン、フーガ、変奏が巧妙にさり気なく埋め込まれる様子はただため息をつくばかりである。

それからリズム。ヘミオラの多用や旋律の聞こえと、記譜のズレ。実質上の変拍子でも記譜上は変化無く押し通すという演奏者へのからかいあるいは挑戦。シンコペーションとフレージングの複雑さはむしろ快感を催す。6度や3度の偏愛もブラームスらしい。音の重複。低い音偏愛と関連があるベースラインへの執着。ジプシー音階の多用。独特の和声の用法。フリギア2度大好きな傾向。

「ブラームスの辞書」はこうしたブラームス節の発掘探索を容易にする手引書の側面が小さくない。

2006年2月16日 (木)

献呈の空白

作品を誰かに捧げることを献呈と呼んでいる。作曲家がパトロンに頼って生活していた時代と、自立を始めていた時代では献呈の重みも意味も違っているが、ブラームスも作品を献呈している。ブラームスの献呈先リストもなかなか華麗である。

プロシア皇帝、ヘッセン王女という高貴な身分の人たちから、マルクセンのような恩師、そしてヨアヒム、クララ・シューマン、ビューロー、ハンスリックのような音楽家評論家。ビルロート、ヘルツォーゲンベルグ夫人などの友人。

ここまで並べてきておやっと思うことがある。肝心な人が抜けているのだ。肝心な人とは、ロベルト・シューマンだ。ブラームスが世に出るキッカケとなったのは、ロベルト・シューマンの寄稿した論文であったことは、有名である。恩人という意味では相当なレベルなのだが、作品の献呈を受けていない。ロベルトの妻にして当代最高のピアニストであるクララには何曲か献呈されているのと対照的である。

晩年に近づくほど誰にも献呈されない作品が増える傾向が見て取れるが、シューマンの在世中に発表されたop10までの10作品のうち、誰にも献呈されていないのはop8のピアノ三重奏曲ただ一つである。いわば献呈ラッシュの初期にあって、ロベルト・シューマンへの献呈が意図的に回避されていると考えるのは勘繰りすぎだろうか?

恩師に捧げるに相応しい作品が出来るまで我慢と言っているうちに肝心なシューマンが没してしまったと、穏便に考えておくことにしたいが、何かひっかかるのも事実である。

2006年2月15日 (水)

「poco」意訳委員会

「poco」の意味を問う試験問題があったら、「少し」と答えておけば点になる。何も難しい単語ではない。

ブラームスではパート系で約750箇所、トップ系で113箇所で使用されている。ベートーヴェンはトップ系で39箇所出現するに過ぎない。「poco」をブラームス独特の「微調整語」「抑制語」と断ずる根拠はこのあたりにある。(すみません。ベートーヴェンのパート系は数えていません)

これだけたくさんの「poco」が使われていると画一的に「少し」という解釈をしていたのでは、しっくり来ないケースも出て来る。「poco f」は、「少し強く」でまあ許してあげるとしても「poco adagio」や「poco allegro」となると「少し」怪しくなる。まして「poco andante」あるいは「poco allegretto」ともなると相当辛いものがある。

そうした目で見てみるとパート系で「marcato」「agitato」「sostenuto」「tenuto」「sf」等が「poco」によって修飾されているケース(もちろん全て実在する)は、「少し」という日本語では答えにならないと思われる。トップ系においては「presto」「larghetto」がこの仲間に入るだろう。

ここで「poco」の解釈について提案をしたい。良い日本語があるのだ。「気味」である。「風邪気味」の「気味」だ。「私は風邪だ」と「私は風邪気味だ」を比べると風邪の症状は後者のほうが軽いと思われる。「poco」のイメージにぴたりと合う。「marcato」を例に採るなら「マルカート気味で」という解釈だ。マルカートの度合いは「marcato」単体よりも浅くなる。「少しはっきりと」という解釈よりは、日本語としてすっきりすると思う。実演奏への転写にはなお困難も伴うだろうが、わかったような気になれるところが味噌である。

さらに「poco」の前に「un」が付いてしまうケースでも鮮やかに対応できる。「un poco sostenuto」を例に採れば「いくぶんsostenuto気味に」とすればいい。これ第一交響曲冒頭に燦然と輝くメジャーな用語だ。

以上、あくまでも日本語としての「座り」の問題だ。「poco」の解釈にあたり「少し~で」という方向で行き詰まったら「~気味で」と読み替えてみることをお奨めしたい。

少なくとも日本語としての収まりは、抜群にいい。

2006年2月14日 (火)

恋のリスク管理

いまでこそ、立派なオヤジだが、私にも青春時代があった。現実には辛い思い出の方が多いのだが今となっては、懐かしいという代物だ。つまりは、ふられまくっていたということだ。簡単に好きになっていたという訳でもないのだが、ふられた回数は多いほうだと思う。身の程もわきまえずにロングパスばかり投げるから、なかなかパス成功率が上がらないのだ。

ブラームスへの思いは、それなりに報われもするのだが、相手が女性となると勝手が違う。何度も痛い目にあっているうちに、事前に手を打つようになったのだ。好きな女性と一緒にいるときにはブラームスを聴かないという処世術だ。勝負のコンサートにもブラームスを選ばない。ドライブのBGMにもブラームスは鳴らさない。もちろんふられた後のリセットにブラームスは大活躍なのだが、楽しかった頃の想い出がブラームスとかぶらないようにするための措置なのだ。ブラームスの特定の作品が特定の女性の思い出とリンクしないようにするためと言い換えてもいい。このあたり、今となっては笑止だが当時は真剣だった。いじましいことにいつもふられることを想定していたという訳である。

ブラームスの代わりを務めたのが主にモーツアルトだ。根拠なく「無難」だと思っていた。モーツアルト超嫌いっ子はいなかった気がする。万が一いたとしても、「僕も好きじゃないんだよね」と言い切れる。ブラームスでは口が曲がってもそうは言えない。だからモーツアルトは悲惨だ。思い出とペアになっている曲が多い。ト長調のヴァイオリン協奏曲やフィガロの結婚、それからドンジョヴァンニ、後期のピアノ協奏曲は、ほぼ全滅である。モーツアルトを壁にしてブラームスを守ったようなものだ。おかげで、ブラームスは辛い想い出に汚染されずにすんだ。今ではブラームスもすっかり体力と貫禄がついてしまって、少々のことではビクともしなくなった。皮肉なことに恋をする心配も不要になってしまったけれど・・・・。

辛かったことは、みな懐かしい想い出になってしまったというのに、ブラームスへの思いだけは、かえって深まってしまっている。ブラームスの方がたちが悪いと言えなくもない。

ヴァレンタインデーのネタとしては、相当屈折していると自分でも思う。このあたりいわゆる「ブラームス風」だと思われる。

2006年2月13日 (月)

シャコンヌDmoll

ipodにブラームスの作品を一通り取り込んで一週間が過ぎた。いまや必需品となったipodで一番多く再生した曲は意外なことに「左手のためのシャコンヌDmoll」だ。何度再生したか等の履歴が保存されてしまうところもipodの凄いところなのだ。

並み居る管弦楽曲、室内楽曲を差し置いて6回再生で堂々の一位はブラームス本人の作品ではないが、内容はと見ると限りなく技ありに近い。演奏時間17分少々は、駅から自宅までの距離にほぼ匹敵するほか、ちょっとした移動時間に聴くにはピッタリの長さなのである。原曲はヴァイオリン音楽の聖書とも形容しうる超有名曲だ。J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ」第二番ニ短調から「シャコンヌ」だ。原曲も大好きなのだが、それを大好きなブラームス様が、クララ・シューマンに捧げたというエピソードが濃ゆい。

原曲は学生時代からもう何度も聴いている。これまた大好きなシェリングのLPしかなかったので文字通り擦り切れる程という奴である。楽譜を見ながらため息をつかずにはいられなかった。「ヴァイオリン一本でこんなことが!」という驚きに尽きる。

クララ・シューマンが右手を脱臼したときに、見舞いとして編曲したというエピソードがこれまた胸を熱くさせてくれる。左手一本で弾くように編曲されているというところが、美しくもまた奥ゆかしい。バッハのオリジナル譜を見ながら、あるいは編曲譜を見ながら聴くと、この作品に真摯に向かい合ったブラームスの息遣いが聴こえてくるかのようである。

何が悲しくて、演奏に1000人必要な曲を書かねばならぬのか、何が言いたくて、演奏に一時間半かかる曲を書かねばならぬのか、この曲を聴くたびに考えさせられる。ヴァイオリン一本たかだか17分のこうした曲を書こうと思い立ち、それを実現させてしまうバッハ、右腕を負傷したクララを見舞うために、それをピアノ左手用に編曲することを思いつくブラームスに心から拍手を送りたい。テクニックには相当なものを要求しながら華麗とは対極にあるシンプル感がたまらない。

オリジナルの楽譜を眺めていたのでは、わからない旋律線がクッキリと縁取られて浮かび上がって聴こえる。この編曲を聴いて、原曲がますます好きになった。

2006年2月12日 (日)

「f passionato」の法則

「f passionato」は「強く、情熱的に」と解されている。一般には解釈の難しい語句ではないと思われる。

ところがである。この「f passionato」はブラームス作品に何回現れるだろう?と問われると厄介だ。答えは二回。(他にあったらゴメンだけど)

第三交響曲第一楽章3小節目のヴァイオリンに現れている。もう一つは、ヴァイオリンソナタ第三番第四楽章5小節目のヴァイオリンだ。

両方とも三番だなどというオチだと叱られるかもしれない。けれども、どちらも短い序奏に続いてヴァイオリンが第一主題を奏する場所になっている。偶然にしては出来過ぎだ。おせっかいな校訂者が他の曲にただの一箇所も「f passionato」を奮発しなかった奇跡をと思うと身が引き締まる。ブラームス本人は、はたしてこの現象を意識していただろうか?

2006年2月11日 (土)

CDの整理整頓

このところ、「私家版ブラームス全集」の作成に気合が入ったせいか、めっきりCDが増えた。元々転勤族だった私は、行く先々の棲家の間取りに合わせてその場しのぎでCDラックを買い足していたので、小さなラックがたくさんあるという困った状態が続いていた。先週、少し収容能力の大きなラックを思い切って購入した。450枚収納である。我が家のCDは全部で300枚強だろうと思う。意外なことにそのうちの半分と少しがブラームスで多分160枚ほどだ。これに10枚くらいのDVDが加わる。

全部を納められる収容力なのだが、新しいラックにはブラームスとバッハしか置かない。なぜかって新しいラックは私のパソコンの隣に置くためのものなので、パソコンで再生が許されているこの二人のCDだけで十分なのだ。

置いてみた。高さ120cmなので腰掛けた時の目の高さに最上段が来る。ジャンルごとにキレイに並べておくと何だか嬉しくなる。今までディスプレイの上の棚、足元、左側という具合に分散していたのが、一箇所にまとまった上に、イスに座ったままで全てのCDが取り出せる。何よりブラームスにホールドされている感じがたまらない。何かと気難しい娘にも評判がいい。

2006年2月10日 (金)

コーヒー終止

完全に私の造語である。ブラームス第四交響曲第二楽章の最後の3小節の進行のこと。

実は、ここの進行が大好きなのだ。「C→E→F→E」となっている。文字にすると味も素っ気もないのだが、この第二楽章の終わり方には、心の底から参っている。思わず名前を付けたくなるくらい好きなのだ。8分の6拍子が、実質4分の3拍子に聴こえるというヘミオラの中、16分音符で分散和音が上行する。上行の最後の16分音符4つ分のところで「F」をかすめて「E」に着地する味わいがたまらない。

何故「コーヒー」なのか?深い意味はない。「CFE」という進行の枠組みが、なんだか「COFFEE」を連想させるだけのことだ。

それにしても交響曲を含むソナタの緩徐楽章には「上行する分散和音」で終わっていることが多い。ほのかな香りの余韻を楽しむかのようである。

2006年2月 9日 (木)

寒い朝のテネラメンテ

立春を過ぎたとは言え、朝はまだまだ寒い。ipodのおかげで駅までの徒歩16分が苦にならなくなった。今朝は何気なく「6つのピアノ小品op118」を玄関でセットした。晴れてはいたけれど、荒涼たる野を吹き抜けるような118-1のインテルメッツォが、冬っぽくていいと思ったからだ。

予想もしなかった収穫は次の瞬間だった。インテルメッツォ118-2「アンダンテ・テネラメンテ」が不意に流れ出した。背筋に冷たいものが走った。無理やり言葉にするのは本意ではない。

よく晴れた日の寒い朝、道を歩きながら聴くといい。その時、出来れば空を見ていて欲しい。この曲を作ったブラームスの気持ちに少しだけ近付けたような気になれる。

2006年2月 8日 (水)

サー・ジョン・バルビローリ

第四交響曲のレコードを初めて買ったのは大学2年の頃だったと思う。緑色のジャケットをした1300円の廉価盤。演奏は「サー・ジョン・バルビローリ指揮、ウイーンフィル」だった。お金がなかったので、この後数年間、ブラームスの第四交響曲はこの一枚だった。狙って買ったわけではなかった。安かったし文字通り擦り切れるほど聴いた。

昨日、立ち寄ったショップでバルビローリの「ブラームス交響曲全集」を見かけた。3枚組1500円だ。あまりの懐かしさに即買いである。LPレコードを処分してしまってから、バルビローリは持っていなかった。ジャケットの写真でどんな顔をしていたのかも判った。そして今日第四交響曲を聴いた。いやいや懐かしい。間違いなくあのときのである。第一楽章再現部、259小節アウフタクトのヴァイオリンのDis音の色艶が独特である。この部分だけは絶対に他と聞き分ける自信がある。

良い買い物をした。

2006年2月 7日 (火)

出版前最終校正

作曲家が出版社に作品を渡す直前に実施するチェック。

音符の正誤はもちろんのこと、ダイナミクス記号や、アーティキュレーションの指図の位置や種類の配置が適正かどうかを作曲者の目でチェックしていると思われる。「同じ楽曲中の複数の場所での表記が矛盾を引き起こしていないか」等、チェックすべきことは無数にあると思われる。小さな整合性の積み重ねが軽んじられていないことが重要である。

実はブラームスはこの「出版前最終校正」が念入りだったと信じるところが「ブラームスの辞書」の原点になっている。曲の立ち上げの発想記号、ダイナミクスには特に気を配ったと推測出来る。第一主題や第二主題も同様だろう。そうした主題が同一曲中で回帰する場面にも人一倍敏感だったと思われる。

一旦楽譜が出版されれば、作品は演奏者の手に委ねられる。自作がはるか後世まで正しく演奏されることを願わなかった作曲家はいないはずだ。作曲家の意思が正しく演奏家に伝わるような段取りをおろそかにしていたとは思えない。その最後の機会が出版前最終校正であるに違いない。

2006年2月 6日 (月)

ほとばしり出たもの

本日のこの記事で、立ち上げ以来の記事の本数が300本に到達した。

我が子同然の自費出版本「ブラームスの辞書」の宣伝用にと立ち上げてから約8ケ月かかった。本を書く決心をした最大の理由は、頭の中でブラームスネタが飽和してしまい、何かに書いておかない限り覚えていられなくなったことだ。300の記事の中には他愛の無い記事も含まれるが、ブラームス愛好家が酒の席で盛り上がるネタを集めた「用語解説」のカテゴリーは、既に85を数える。一部「音楽」や「ブラームス」や「のだめ」のカテゴリーにもそうしたネタが散らばっているので、ブラームスの酒の肴は既に150本に近づいている。さらにまたそのネタは、当分の間枯渇することも無さそうだ。

なるほど覚えておくには無理な分量だと我ながら思う。このようなネタのほとばしりは、自分で考えていたより遥かに強烈だった。分量と勢いが想定を超えている。「ブラームスの辞書」を書いていなかったら、あるいはブログを立ち上げていなかったら、これらが脳味噌の中で行き場を失って、ボゴボゴと煮えたぎっていたに違いない。いつか取り返しのつかない決壊を招いていたと思われる。ブラームスへの自分の思い入れの深さを客観的に観察出来るようになったことは、とても健全なことと考えていい。

「ブラームスの辞書」の現物が既に世の中に厳然と存在していることと合わせて、このブログの存在も今や無視しえぬものとなった。

2006年2月 5日 (日)

ブラームスと一緒

先週着手した「私家版ブラームス全集」が一応完成した。

CDから取り込む際に軽い混乱を引き起こした。タイトルがまちまちなのだ。CDのデータを取り込むと曲名が自動的に決定してくれるのは、ありがたいのだが、CDにより曲名の定義がバラバラなのだ。第一交響曲を例にとって説明する。あるCDでは曲名に「交響曲第一番」と表示されるのだが、別のCDだと「ブラームス交響曲第一番」という具合に作曲者名がタイトルにかぶせられてしまうのだ。また楽章の名称も欧文の場合と日本語表記が混在してしまう。曲名順にソートしても思い通りに並んでくれないというわけだ。

これには、根本的な改革が必要だということで、エクセルでipod管理用のファイルを別途作って、独自のコードを付与することにしたのだ。プライベートのコード体系を作っておいて、曲名編集機能を使って、曲名の頭にコード番号を打ち込んだ。やれやれである。

手許にあるブラームスの作品を原則として一曲一種ずつipodに取り込んだ。作品番号のある作品では、20、28、61、66、75の二重唱が手許に無いほか作品106の2~5、107の1と4も無い。作品番号の無い作品はさすがに辛い。「FAEソナタ」や「ハンガリー舞曲」はともかく「49のドイツ民謡」は歯抜け状態だ。編曲物はお手上げである。しかしながらCDショップを覗いて足りない曲のCDをポツリポツリと買い集めるのもある種の楽しみである

主要作品に存在するブラームス本人によるピアノ編曲版や、ハンガリー舞曲の管弦楽版、あるいはop25のシェーンベルグによる管弦楽版のような有名どころも手許にCDがあるものは取り込んでおいた。弦楽六重奏の2番は、オリジナルのほかに弦楽合奏版、ピアノ三重奏版、ピアノ連弾版もあって面白い。ワルツop39は当然連弾版と独奏版両方とも対象とした。op52と65の「ワルツ愛の歌」と「ワルツ新愛の歌」はオリジナルの声楽付きに加え、連弾版も加えた。それから真贋論争のあるピアノ三重奏曲イ長調も入れてあげることにした。

ブラームスの作品しか取り込まないのが原則だが、他の作曲家の作品をブラームスが編曲した場合には取り込みの対象にした。バッハのシャコンヌの左手用編曲などである。

取り込んだ総曲数は1237曲。楽章が独立した曲とカウントされている他、変奏曲の個々の変奏も一曲扱いである。これでもまだ空き容量は51.4GBだ。全体の約8%を使ったに過ぎない。

これでブラームスを持ち歩くことが出来る。案の定なはまり方である。

2006年2月 4日 (土)

維持することの難易度

音楽用語「sempre」にまつわる話。「sempre~」や「~sempre」で「常に~で」と解されている。「ブラームスの辞書」では、何かを維持することが難しいとブラームスが感じたとき、演奏者への注意喚起に使用されている可能性を提案した。「油断すると維持が困難」というニュアンスに近い。単なる「marcato」よりは、「marcato」の維持が難しいときに「sempre marcato」としているのではないかという意味である。

ブラームスにおけるダイナミクスの使用頻度ナンバー1は「p」である。約7500箇所存在している。もし「sempre」という語が様々な用語を公平に修飾していると仮定すると、「sempre」が修飾する頻度も、「p」が最大にならねばならない。しかし事実はそうなっていない。ダイナミクス系の用語のうち「sempre」によって修飾される頻度が一番大きいのは「pp」である。

「pp」は出現の総数では「p」の3分の1にとどまるが、「sempre」によって修飾される頻度は「p」の約二倍に達する。ブラームスは、全てのダイナミクスのうち維持が一番難しいのが「pp」だと考えていた可能性がある。

ダイナミクス以外の用語で恐らくもっとも「sempre」によって修飾されているのは「dolce」である。一連の語句の中で「sempre」が修飾する語の特定が困難なケースもあり、あくまでも「おそらく」付きの断定になる点ご容赦願いたい。「dolce」に続くのが「crescendo」「legato」「marcato」「leggiero」「animato」「espressivo」「staccato」あたりと思われる。これをブラームスが維持困難と考えていた順番と断定するは危険だが、一定の示唆を含んでいるかもしれない。

2006年2月 3日 (金)

夜道の第一交響曲

我が家は最寄の駅から歩いて16分かかる。原則として歩く。雨の日にはバスという手もあるが健康のためにも歩くことにしている。ipodを持ち歩くようになって、ますます歩くことが多くなった。音漏れを気にして人ごみの中ではipodのボリュームを絞っているが、16分の徒歩の間は、気を使う必要がないからだ。

今日帰宅する時、第一交響曲を聴きながら歩いた。キーンと冷えた空気の中、夜道を急ぎながらの第一楽章はなんだか迫力があった。寒いこと、周囲が暗いこと、風が強いことがピッタリとはまっていた。最近これほど密度濃く第一交響曲を聴いたことがなかった。やっぱり素晴らしい曲だ。

改札口を出るとき始まった第一楽章が、ちょうど家の玄関で終わった。

2006年2月 2日 (木)

ピアノ三重奏曲イ長調

1938年にブラームスの遺作として発表された作品。Moderato-Vivace-Lento-Presto。

問題は、これが本当にブラームスの真作かということに尽きる。マッコークルの「ブラームス作品目録」には一応載ってはいるが、偽作呼ばわりとまでは行かないものの、怪しいという分類になっている。諸説入り乱れた真贋論争がにぎやかだ。ある人は曲中に「cantabile」が頻発することを持って偽作と云っている。第一楽章が「moderato」なのも怪しげだ。何といっても一番困るのは、聴いただけでは判らないという点だ。

問題は、この曲を現在作成中の「私家版ブラームス全集」に入れるかどうかだ。このほど買い求めたipodはブラームス以外の作曲家の作品を取り込まないと心に固く誓ったので、これが偽作だと取り込みはまずい。

我が家にこのCDがあるので余計に迷うことになるのだ。かなり真剣に困っている。

2006年2月 1日 (水)

一日一本体制

ブログ「ブラームスの辞書」が毎日一本の記事をアップするようになってから、ちょうど半年が過ぎた。昨年5月30日に立ち上げた本ブログは、その後7月31日までの約二ヶ月間は、一日に複数の記事がアップされることもあった。早い段階で記事の数をある程度まで押し上げたほうが、検索される確率が高まると聞いたからだ。検索エンジンの上位にランクされるためにも、そのほうがよいとも聞いた。

つまり立ち上げに二ヶ月間は開店特売状態だったというわけだ。事実7月31日に109番目と110番目の記事をアップしているので、一日平均2本弱がアップされたことになる。中には三本アップの日もあったくらいだ。一日に複数の記事がアップされたのはその7月31日が最後である。

昨年8月1日に「開店特売」を終えてから今日まで、ずっと一日一本アップの原則が守られている。

さてさて今日は亡き妻の命日でもある。他界してちょうど10年、墓参り代わりの記事だ。「パパらしいわ」と思っているだろう。

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