「non troppo」を訳さないで
日本語への転写に苦労する語句の一つ。音楽書に氾濫する「はなはだしくなく」というグロテスクな訳語はもはや日本語ではない。と言いつつ良い対案も見つけられずに「ブラームスの辞書」でもつい連発してしまっている。
困ったことにブラームスはこの言葉を多用している。総計61箇所である。このうち17箇所においては「ma non troppo」となっている。
語幹に来る単語の意味が極端に走らぬよう制動を利かせる言葉、つまり「抑制語」である。断定、過剰、極端を排して、穏便、婉曲、中庸を志す言葉なのだ。思うにこれ非常に日本人的ではないだろうか?相手を思いやって断言を避ける日本的美徳も欧米人には「優柔不断」と映り相互理解の妨げにさえなっている。その日本人が使う日本語にならば、「non troppo」の適切な訳語があってよさそうなものだ。
一方「non troppo」が修飾する言葉には一定の傾向が読み取れる。ブラダスによれば、修飾状況は以下の通りだ。
- allegro 33箇所
- presto 11箇所
- vivace 6箇所
- adagio 4箇所
- allegretto 4箇所
- moderato 2箇所
- andante 2箇所
- largamete 1箇所
「allegro」と「presto」がそれぞれ一回ずつ「vivace」と混在しているのでこれらの合計は61にならずに63になります。
いかがですか?上位3位までは速い系の単語だ。全体の約78%が速い系を修飾している。つまり「速過ぎること」を戒めていることになる。「程ほどにね」あるいは「そこそこの」といったニュアンスで大きくはずれてはいないと思われる。5位以下は語幹に来る単語そのものの解釈が難解なので画一的な理解は危険だ。
昨年6月29日の記事と合わせてお読みいただくと面白さが一層引き立ちます。
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