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2006年3月27日 (月)

脳内基準

楽譜上にどのような楽語を記載するかについてのブラームスの頭脳の内部に存在したと思われる基準のこと。我々後世の愛好家は、ブラームスがこの基準を駆使した結果としての楽譜しか参照することが出来ない。「ブラームスの辞書」の目的の一つは、残された楽譜を手がかりにこの「脳内基準」を再現することでもある。

大管弦楽に存在する全楽器渾身の「ff」とピアノ独奏曲に置かれた「ff」が、物理的に同じ音量であるとは、私とて思ってはいない。おそらくブラームスだって思ってはいなかったであろう。でありながら、数多ある楽語をさしおいてその場所に「ff」を置けとブラームスの理性や感性が命じたことを重く受け止めたい。その場所には「ff」でなければならない必然が横たわっていたに違いないのだ。その部分の楽譜が表現しようとする音楽が「ff」を要求していることに他ならない。であるならブラームスが楽譜に記した全ての「ff」をリストアップすることが、ブラームスの「脳内基準」再現の第一歩とならねばななぬというのが、私の信念でもある。「ff」と記された場所全てに「ff」でなければならぬ必然が横たわっているに違いないのだ。それを私ごときが察知出来るかどうかとは別次元ながら、存在自体を疑うことは出来ぬ。

著書でブログでさんざん言及してきた楽譜上の諸現象は、ブラームスが小さな整合性を軽んじていなかった証拠である。その証拠は一人「ff」にだけ存在するわけではない。全ての楽語が、吟味抽出の結果そこに置かれているということを私は疑うことが出来ない。

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