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2006年3月 3日 (金)

引用と偶然

ある旋律が、別の楽曲の特定の旋律と似ていると感じることは少なくない。「誰それの主題による変奏曲」という明快な意図を感じさせる場合は、話が速いのだが、問題が多いのは作曲家の意図かどうか判然としないケースだ。ブラームスの第一交響曲第四楽章の主題とベートーヴェン第九交響曲の第四楽章「歓喜の主題」の類似性は、古来から指摘されている。「んなこたぁロバでも判るわい」というブラームス本人のコメントは痛快である。

この周辺の問題を私なりに整理してみた。

  1. まず、「ある旋律が別の楽曲の特定の旋律に似ている」と断言する場合の定義が必ずしも明快ではない。人によっては、似ていないと思われるような場合や、和音進行の枠組みだけが似ていて旋律はサッパリというケースさえ存在する。学問として扱うならこの「定義」は必須であるのに、置き去りのままの議論が目立つ。
  2. 大抵の場合ブラームス本人は沈黙している。意図ある引用なのか偶然なのか、はっきりしないケースにおいて確認実証の手段が乏しい。さらにその手法も未確立に見える。
  3. 単に「似ている」という指摘に終始し、「それがどうした」のつっこみを受けかねない議論も見られる。ブラームスの先のコメントをこの点を皮肉ったものとも解しうる。
  4. 「意図ある引用」「偶然」に加えて「悪意ある盗用」も存在しうるが、これもまた実証が難しい。
  5. 最後に一番肝心なこと。学問として取り扱うことをしないならば、この系統の話は盛り上がる。誰にでも一つや二つは似ている旋律の組み合わせをもっているはずだ。学問にするなら、それ相応の根拠を示す必要もあろうが、酒の肴にするだけなら夢があってよろしい。

かく申す私も、ドイツレクイエム第三曲の39小節目がドヴォルザークのチェロ協奏曲に聞こえて仕方が無いことを告白しておこう。

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