ターセット
「降り番」のこと。ある多楽章楽曲において、全体としては合奏に加わる設定になっていながら、特定の楽章においては全く出番が無いこと。確かスペルは「Tacet」だったと思う。元々加わっていない場合は「ターセット」とは言わないようだ。たとえばヴィオラはピアノ三重奏曲には出番がないが、こういうケースでは「ターセット」とは言わないらしい。いわば「楽章丸ごとの降り番」と位置づけられる。
ブラームスにおいては交響曲の中間楽章でホルンを除く金管楽器やティンパニで見られる。もちろんヴィオラでは一切発生しない。この「ターセット」がヴァイオリンで発生している例がドイツレクイエム第一曲に存在する。ドイツレクイエムの第一曲はヴァイオリンが除かれた編成で立ち上がるのだ。ヴィオラ以下の弦楽器が6部に分けられている。第一ヴィオラが弦楽器最高音の地位に君臨するのだ。最高音はBつまりヴィオラA線上の第五ポジションの4の指になる。
ヴィオラ弾きの感情は微妙である。普段プリマドンナのヴァイオリンと、片方の主役のチェロに挟まれて、せっせと伴奏(ブラームスに限っては退屈ではないが)にいそしんでいたところ、急に「ヴァイオリンがいないんでよろしく」と言われると、「鬼の居ぬ間に・・・」とはならずに、かえって緊張してしまうのだ。
他にも極端な例がある。「管弦楽のためのセレナーデ第二番op16」は全曲にわたりヴァイオリンが除かれている。これなど弦楽器を主導する立場と言いながら、なんだかケツの座りが悪いのである。
結局は「ヴァイオリンやチェロに挟まれていてこその快適」であることを気付かされる。因果な性質だと思う。私だけだろうか?
« 二重唱の魅力 | トップページ | 自費出版のリスク »
« 二重唱の魅力 | トップページ | 自費出版のリスク »
コメント