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2006年5月23日 (火)

WoO31

「WoO」とは「Werke ohne Opuszahl」のことで「作品番号無き作品」を表す略号だ。その31番目とでもご理解願いたいが、この番号は出版順でも作曲順でもない。整理の都合で付与された番号である。栄えある「WoO1」は「ハンガリア舞曲」で「WoO2」は「FAEソナタ」という具合に器楽優先になっている。

「WoO31」は「子供ためのドイツ民謡集」である。曲集の冒頭に「Den Kindern Robert und Clara Schumanns gewimt」という文言が誇らしげに掲げられている。「gewidmt」は「献呈」という意味だ。ヴァイオリン協奏曲がヨアヒムに、ピアノソナタ第二番がクララに捧げられているのと同じ意味である。そう「ロベルトとクララの子供たちに捧げる」という献辞になっているのだ。献呈は1858年である。つまりロベルト・シューマンの死から2年後ということになる。父が他界し、母のクララは演奏旅行で家を空けがちな中、残された子供たちに捧げられたということなのだ。正確に言うと1858年の夏、ゲッティンゲンに避暑に訪れていた父親無きシューマン一家訪問の際の手土産であったらしい。マリエ、エリーゼ、ユーリエ、オイゲーニエ、フェリックスの5人とクララだ。

曲はブラームスの作曲ではないから作品番号はふられていない。民謡好きのブラームスが気に入った民謡の中から子供に相応しい作品を選んで、気の利いた和声と伴奏をつけたと思えばいい。もちろん自らの芸術を世に問う野心作ではないだろう。1858年と言えば、ピアノ協奏曲第一番の作曲が平行して進められていた頃だ。作曲の紆余曲折に加え初演でも痛みを被った作品の裏で、ひっそりと書き上げられたと思われる。このときシューマンの遺児たちは長女のマリエでさえまだ17歳である。それなのに、ヴァイオリン協奏曲やピアノソナタ第二番のような大曲と同じ「献呈」という手続きを踏んでいることが、健気でいじらしい。子供相手に巨匠的技巧を要する難曲大曲なんぞを選ばないところが、粋でさえある。

マッコークルによれば2番と4番にのみ初演の具体的な日付が付されているだけで、他は不明となっている。野暮を言ってはいけない。ブラームス自身かクララのピアノで5人の子供たちのうち誰かが最初に歌ったに決まっているのだ。1858年夏のゲッティンゲンといえば、あるいはアガーテが歌った可能性だって無いわけではない。

25歳の青年の誰もが出来る芸当ではあるまい。これもある意味でシューマンネタである。

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