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2006年6月30日 (金)

青春の炎

「con fuoco」という音楽用語がある。一般に「火のように高揚して」と解される。コミック「のだめカンタービレ」に登場した江藤先生の口癖だったように記憶している。

ブラームスはこの「con fuoco」を全部で7回使用している。楽曲タイトル代わりのトップ系に5回、パート系に2回である。まずはトップ系を列挙する。

  1. ピアノソナタ第一番op1第三楽章Allegro molto e con fuoco
  2. ピアノソナタ第一番op1第四楽章Allegro con fuoco
  3. 歌曲「愛と春2」作品op3-3 Vivace con fuoco
  4. ハンガリーの歌による変奏曲op21-2第五変奏Allegro con fuoco
  5. 合唱曲「Freiwillige Her」op41-2Allegro con fuoco

全部「f」で始まる。1,4,5が短調で2,3が長調だがテンポに注目するとvivaceまたはallegroとなっている。作曲年代も注目に値する。1862年のop41が最後である。

次にパート系だ。

  1. ピアノソナタ第三番op5第五楽章309小節目 ff con fuoco
  2. パガニーニの主題による変奏曲op35第一巻245小節目 f con fuoco

まずダイナミクスだ。両方とも強めである。テンポは1がmeno prestoで2がprestoになっている。調性は1が多分変ハ長調で2がイ短調だと思われる。作曲年代は2が1865年である。

以上からブラームスの「con fuoco」について考察を試みる。概ねallegro以上のキリリとしたテンポで、十分に強いダイナミクスが想定できる。短調またはスカッと晴れない長調に現れる。ピアノを含む楽曲に集中する。64年の人生の中間地点を目前にした30歳の作品を最後にそれ以降使用されない。「con fuoco」はまさに青春の炎のほとばしりと呼ぶに相応しい。ブラームスにとって炎は燃えさかるものであって、炭火のようなものではなかったようである。炭火のほうが火力が強いなどという野暮はこの際言いっこなしである。

2006年6月29日 (木)

イ調への思い

6月7日の記事とあわせてご覧頂きたい。ブラームスの調性選択の癖について、ベートーヴェンを織り交ぜながら言及してきた。本日はその続きである。

本日は主音に切り口を変える。ハ長調とハ短調は主音Cという意味で一くくりとみなす立場である。

主音別調性使用ランキングの第1位は「A」である。長調側でイ長調は第4位に過ぎないが、短調側でのイ短調はちょっと抜けた感じの第1位である。かくして「イ調」は14.9%を占めることとなる。第2位は「D」だ。長調側でニ長調が3位、短調側でニ短調が第2位だ。続く第3位は、「F」。長調側で第1位なのだが、短調側で6位にとどまった。「A-D-F」の順番となった。6位まで並べると「A-D-F-E-C-G」だ。

ちなみにベートーヴェンでは「C-Es-D-F-G-A」になっている。やはりEs(変ホ)が燦然と輝いている。これはEsmollの出にくさを考えると驚異的である。

ブラームスの傾向を見て感じたことをいくつか。

  1. 1位から3位の並びを見ると「FAF」が出易いのは当たり前だ。FisやAsまで許容範囲なら上位3つの中ではほとんど自在だと思われる。
  2. 5月20日の記事で言及したクララのモチーフ「A-Gis-Fis-E」はうなずける。ベートーヴェンではランクインしない「E」が4位というのが不気味に符合する。
  3. 上位3つを見て「ああニ短調の主和音の第二展開形だね」などと言っては理屈っぽくなり過ぎるが、思えばブラームスのニ短調への思いは格別だと思う。クララに捧げた左手のためのシャコンヌも弦楽六重奏曲第一番の第二楽章もニ短調だった。

なんだか統計も捨てたものではない。

2006年6月28日 (水)

イ短調の記憶

このところ濃い目の調性ネタが続いたので息抜きをすることにした。

私が中学二年生の頃だったと思う。音楽の新任教師が赴任してきた。高橋先生という大学を出たての女性だった。とても素敵な先生だった。運動会のフォークダンスの時、女生徒の頭数が少ないのを補うために一緒に踊ってくれた。パートナーが次々と交換する踊りで、高橋先生と踊った時にはドキドキしたものだ。

ある日の授業のときだった。みんなに歌を歌わせた後先生が「今のは、何調でしょう」とみんなに尋ねた。クラシック音楽に傾斜し始めの私だったが、短調だということ以外はわからなかった。程なく先生が「イ短調です」と答えをいった。「フラットもシャープも付いていないので、ハ長調かイ短調ですよ」「時々旋律にソのシャープがあることからもイ短調と判ります」と説明された。何のことやらサッパリである。何故ソにシャープが時々付くとイ短調なのか全く判らなかった。クラシック音楽ってなんだか凄いなと思った。

その5年後私は大学生になった。千葉大学管弦楽団に入団し、あるときOB名簿を見ていて驚いた。高橋先生がヴァイオリンのOBとして載っていたのだ。奇遇というものはあるものだ。私の中学でブラスバンドの顧問をしていたのは、楽団史上屈指のホルン奏者だったこともわかった。

ブラームスのイ短調の理屈をこねていてふと思い出した。

2006年6月27日 (火)

微妙な転調

ブラームスの専売特許。「転調」を簡単に定義することは難しい。同一楽曲中で主和音の機能が別の和音に移ることとでも言っておこうか。欧州の音楽が時間をかけてじっくり熟成させてきた調性音楽の体系の中では、調Xから調Yへの転調は日常茶飯に起きる。一番多いのは、調Xと調Yの双方に属している共通和音を媒介にして移行するというパターンだ。Ⅰ、Ⅳ、Ⅴ等の初心者御用達の範囲内で穏和に発生しているうちはいいのだが、減和音や増和音、さらには異名同音的な読み替え。ナインス、イレブンスなどややこしい和音、さらにはそれらの展開形やら根音省略まで総動員されることもあり、可能性は無限大だ。

しかし、ロマン派時代末期ともなると、古典派初頭でほぼ完成されていた調性の理論の範囲内でやれることは、ほぼやりつくされたという風潮が支配する。単なる「無秩序」と「作曲家の個性の発露」の区別がつきにくい、いわゆる「何でもアリ」状態だ。そんな中、「まだまだやりつくしちゃいませんよ」とばかりに登場するがブラームスだ。どんなに新鮮に見える転調でも、既存の理論の範囲内で演じられているところがブラームスの真骨頂だ。使い古されたと思われていた既存の調性理論の枠内でどれだけのことがやれるのかである。

「調Xから調Yへの転調が微妙だ」というとき、そこには何があるのだろう。調Xや調Yそれ自体単独で存在しては微妙でもなんでもないのだ。その両者を橋渡しする過程が従来に無いということが大事なのだ。これは単に両者を結ぶ継ぎ目の和音の特殊性にはとどまらない。そこにかぶせられる旋律の進行、ダイナミクスを含む表情、そこで発動されるリズム、あるいは楽器の起用までを総動員した結果と捉えるべきなのだ。極端にいうと前後の調Xと調Y自体が調性の特定困難な場合さえ含まれていよう。

どっちつかずを楽しむ音楽とさえ言えるのである。その精神がリズム面で発揮されるときには「ヘミオラ」となり、和声面で発揮されると「微妙な転調」になるのだと考えている。このあたりの「どっちつかず」を指して「ブラームスは優柔不断」との言説を触れ回る人もいるのではないかと思う。

野球でいうと「ボールともストライクともいえそうなコースに放られるチェンジアップ」みたいな感じである。160キロの直球同様打ちにくいものである。古典主義者で頑固者のブラームスを前に聴き手は「直球勝負」を想定しているからである。

2006年6月26日 (月)

マイケル・ジョーダン

本日の記事のおバカ度もかなりのものであるから先にお断りする次第である。

時は1992年バルセロナオリンピックに遡る。プロ参加が初めて容認されたバスケットボール競技に、アメリカはドリームチームを送り込んだ。当時29歳全盛期のNBAのスーパースター、マイケル・ジョーダンも当然中心選手として名を連ねた。結果から申せば圧勝だった。注目は銀メダル争いだった。アメリカと準決勝で対戦しない組み合わせになるかならぬかで銀か銅かの明暗が分かれた。

普段NBAルールでリーグ戦を行う選手たちも、国際ルールにのっとって戦った。ベンチ入り12名の背番号は国際ルールに従って4番から15番までの12個の整数があてられた。マジック・ジョンソンは15番、ラリー・バードは7番だ。

奇跡はここで起きた。発表されたマイケル・ジョーダンの背番号は9番だったのだ。ジョーダンは所属するNBAのシカゴ・ブルズでは23番をつけていたからジョーダンに当てられる背番号には少なからず注目していたし小さな期待もあった。それが期待通り9番になったということなのだ。

ジョーダンが、所属チームの23番に加えナショナルチームでは9番を背負うということはブラームス好き&ジョーダン好きの私にとっては重大だった。ブラームスの作品番号でいうと9番も23番も「シューマンの主題による変奏曲」になっているのだ。私のようなブラームス好きにとっては9番と23番には「シューマン」という共通の切り口がある。無論ジョーダン本人がシューマンやブラームスの愛好家だという話はいっこうに聞かないが、この種のおバカな偶然を軽視しないのがブログ「ブラームスの辞書」の立場である。

このことに触れたブラームス関連本には今までお目にかかったことが無い。(あたりまえだろが)

2006年6月25日 (日)

「piu moto」の出番

「もっと動いて」と解される。「piu mosso」との区別は難解である。一部の楽譜においては混同も発生していると思われる。実演奏上の処理としてはテンポのアップが一般的である。「piu moto」は作品21-1「自作の主題による変奏曲」で出現したあとパッタリと使用が途絶える。再登場は39年後の「四つの厳粛な歌」作品121-4の76小節目まで待たねばならない。

変ホ長調で始まった音楽がダブルバーを境にロ長調の「Adagio」に転じ、たっぷりとカンタービレを聴かせたのち74小節目からテンポが上がる。2小節かけてテンポを上げきったところで冒頭の変ホ長調に回帰する。まさにその場所に「piu moto」が置かれている。ここから2小節間、あきらかに冒頭回帰を聴き手は感じ取るはずだが、早くも79小節目には、冒頭旋律とは違う道を歩み始める。再現部と呼ぶにはあんまりだが、聴き手は絶対に冒頭を思い起こすだろう。この76小節目を冒頭と同じく「Andante con moto ed anima」あるいは「Tempo Ⅰ」としないところに底知れぬ配慮を感じる。冒頭部分のニュアンスを規定していた「andante」「con moto」「con anima」のうちから「con moto」だけを引用して、冒頭部分の擬似回帰であることをさり気なく仄めかしたと解したい。

続く83小節目は、先のダブルバー「Adagio」が仄めかされるが、ここでもそのものズバリの「Adagio」を持って来ない。「Sostenuto un poco」という仄めかしにとどまっている。

「俺に全部言わせるのかよ。空気を読んでくれよ」とでも言いたげである。

2006年6月24日 (土)

番号のイメージ

番号は、単なる数字と片付けられない何かを持っている。4や9や13が不吉とされる一方で7や8は吉兆とされる。神は6日で世界を作り、その後一日休んだらしい。だから日曜は7日に一回やってくる。何故6日で作ったかというと6が最初の完全数だからだという。古来人々は数にいろいろなイメージを重ねて想像を膨らませてきた。

スポーツ界における背番号も同じ効果を持っている。「7」といえばデビッド・ベッカムだ。クラブチームでは「23」を背負うベッカムだが、「23」といえばなんといってもマイケル・ジョーダンのイメージは譲れないところである。「18」というと野球ではエースナンバーとされているし、サッカー界の「10」もまたエースナンバーだ。

音楽の世界においても数字の意味は興味深いものがある。作曲家にとって9番目の交響曲は鬼門だったらしい。「9番目の交響曲を書くと云々」である。4曲までしか残さなかったブラームスには縁の無い話だ。ハイドンやモーツアルトはせせら笑っていることだろう。

「ブラームスの辞書」の執筆に伴うデータ整理の過程で、作品番号は貴重だった。ブラームスの作品をデータベースに載せる場合のキーには作品番号はまことに好都合だ。ブラダスを作成する過程でブラームスの作品の作品番号はほぼ暗記してしまった。1番のピアノソナタに始まって122番のオルガンのためのコラール前奏曲までだ。贔屓のスポーツチームの選手の背番号を暗記しているくらいはサポーターとっては当たり前の話だが、ブラームスの作品の番号は同様の位置づけと言うことが出来る。

「68、73、90、98」といえば何のことかすぐにピンと来るというものだ。「121」は何やら襟を正したくなる雰囲気を持つし、雨の降る日は「78」がラッキーナンバーだと自分に言い聞かせたりする。1から9までの数字には簡単にイメージを持ち易いが、122個の整数に自分なりの色彩を想定出来るというのは、何だか素敵である。

2006年6月23日 (金)

記事の順序

ブログ「ブラームスの辞書」の肝は何と言っても記事である。絶え間なく解き放たれるブラームスネタの奔流こそが売りである。ネタの鮮度、オリジナル度を各々一定の水準に維持しつつである。

確かにネタの量と質が一番のポイントであることは動かし難いのだが、それらの周辺には細かな工夫も存在する。その代表が「ネタのレイアウト」だ。ブログ「ブラームスの辞書」にたどり着く人が最初に目にする記事が何であるかはとても重要だ。とても重要なのだが、管理人の私のコントロールが及ぶ領域ではない。ブラームスネタの奔流と言っても、一定のローテーションがある。毎日脂ぎったオタクネタでは息が詰まるというものだ。だから最初の訪問が「ローテーションの谷間」にぶつかってしまった読者が、「つまらぬ」と思って二度と訪問してくれなくなるリスクがいつも存在している。

そうしたリスクは前後2日程度の記事にスクロールさえしてくれれば、大きくこれを減じることが出来る。5日連続ローテーションの谷間ということはあり得ないからだ。器楽ネタだけを5日続けたり、歌曲ネタばかりを5日続けたりが無い様気を配っている。

それから工夫をもう一つ。「ネタA」の理解を深めるには「ネタB」を先に公開しておくほうが効率がいい場合、公開の順序は必ず「ネタB」が「ネタA」に先んじるように配置している。あまり極端に日が離れると意味が無くなるので加減が難しい。たとえば6月20日掲載の記事「Frei aber Froh」は、6月22日の記事「もう一つのFAF」より先に公開していたほうが理解がスムーズだと思っている。残念ながら記事のネタはほとんどランダムに思いつくものなので、必ず配置を工夫できるとは限らないが、考慮はする。

何のことはない、この類の工夫までもが、ブログの記事更新の楽しみの一つになっているのだ。

2006年6月22日 (木)

もうひとつのFAF

作品71-5に「Minne Lied」という歌曲がある。「恋歌」と呼び習わされている。

我が家のドーヴァー版の楽譜ではハ長調とされている。曲の冒頭は、「E-G-E」という具合に三度、六度という2回の跳躍で立ち上がる。この曲には別にエピソードもある。作曲当時のウイーンでの売れっ子だったテノール歌手の要望によりハ長調になったもので、ブラームス本人は二長調で歌われることを希望していたらしい。テノールの希望に添うためにDをCに下げるということのカラクリはさっぱりわからないが、ブラームスが元々ニ長調を意識していたことは注目に値する。冒頭の「E-G-E」をニ長調に読み替えてみるといい。「Fis-A-Fis」になるのだ。事実ペーター版の高声用の楽譜はニ長調に移調して書かれているという。

これは一昨日話題にした「FAF」になる。作品10-2の「バラード」と同じである。つまりペーター版の高声用の楽譜を見たものは「おお、FAFだ」と気付くということになる。

ブラームス関連の本には必ず言及がある「FAF」ネタだが、作品の実例として本件「Minne Lied」を挙げている例にはお目にかかっていない。ブラームスの場合、解説がとかく器楽偏重の傾向があるので歌曲側の実例は見落としがちである。ブラームス音楽の業界において、「FAF」自体はいつも大騒ぎされるのだが、その割にはマイナー曲の中に現れる場合には言及されないというしきたりがあるようだ。

もちろん「Minne Lied」はそんな理屈を抜きでも素晴らしい曲だ。

2006年6月21日 (水)

長短比率

ブラームス作品中の楽曲冒頭の調性を調べてエクセルに入力したことは6月6日の記事で紹介した。本日は長調短調に関するブラームスのお好みの話である。

既に6月6日に説明したルールに基づいて集計したところ、総数599曲に対して長調324曲、短調は275曲である。約54%が長調という結果が出た。前にも述べたようにこれは楽曲冒頭だけの数値だ。曲中においていかに重要な転調が行われていようともそれは、無視されているし、調の決定が困難な場合は通説に従っている。細かな点で修正の余地はあるが、話の大筋としては動かし難い。

さて、ベートーヴェンでも同じ集計をした。結果は総数505曲に対して、長調が397曲、短調が108曲と出た。長調が約79%を占める。どなたか生誕250周年記念でモーツアルトを集計してはくれまいか。直感では恐らくもっと長調の比率が高いと思われる。

ブラームスがもっとも頻度高く起用した長調はヘ長調だ。長調全体の15.4%を占める。短調ではイ短調の18.5%が最高だ。昨日話題にした「FAF」をきっちりと裏付ける結果となった。

本日はベートーヴェンネタに脱線をすることが多い。ベートーヴェンの長調1位は変ホ長調だ。となると短調は当然ハ短調が予想されるが、結果もやはりハ短調だ。ベートーヴェン全短調の28%を占める。ベートーヴェンの短調3曲に1曲はハ短調といっても大袈裟ではない。ブラームスの短調1位が18.5%に過ぎないのだから、3割に迫るハ短調への集中は驚異的である。長短あわせて考察すると♭3つの調号への偏愛が見てとれる。これってベートーヴェン好きの実感とあっていると思う。全505曲のうち実に19.4%が♭3つを背負っている。5曲に1曲は♭3つだ。

ブラームスの好みの調号は何か。ズバリ♭1個だ。長調でヘ長調が1位であり、短調でもニ短調は、2位なので順当だ。調号ランキングは以下「♭3個」と「調号なし」が続く。4位にやっとシャープ系が出る。「♯2個」10.5%だ。ベートーヴェンと共通するのだが、どちらかというとフラット系優勢である。

簡単な統計でもブラームスとベートーヴェンの間の調性起用上の癖の違いは明らかである。ブラームスをベートーヴェンの後継者という論調ばかりでは面白くあるまい。

2006年6月20日 (火)

Frei aber Froh

「自由にしかし楽しく」と解される。ブラームスのモットーだということらしい。ブラームスの伝記には必ずと言っていいほど載っているエピソードである。この語句の頭文字をとって「FAF」がブラームスの作品に反映されていることが多い。

バラード作品10-2、交響曲第三番第一楽章などがその代表格とされているほか、弦楽四重奏曲第二番第一楽章冒頭もそれを認める説もある。FがFisに、あるいはAがAsに変化したものまで皆、「FAF」で解釈しようとするから、対象はかなり広くなる。元々三度好き、六度好きのブラームスで、ヘ長調も大好きだから、偶然「FAF」になってしまうことは、ありそうな話である。ブラームス自身が「三度好き、六度好き、ヘ長調好き」の自分の癖を端的に示す言い方として「Frei aber Froh」を誰かに語った可能性も一応おさえておきたい。

以前からずっと思っていたことがある。「Frei」と「Froh」の間に挟まれた「aber」は、日本語文法風に言えば「逆接の接続詞」だ。イタリア語の「ma」、日本語の「しかし」に相当する。前後の言葉の意味が相反しているときに使用される。「親はバカだ。しかし子は賢い」というような要領だ。「親はバカだ」と言った時点で「子もバカであること」が推定されるが、その推定を裏切って「子は賢い」からこそ逆接の接続詞「しかし」がはまりこむのだ。

「Frei」(自由に)と「Froh」(楽しく)は逆接で取り持つことを必要とするのだろうか?私はむしろ順接の「そして」あたりが穏当だと感じる。「Frei und Froh」だ。「Frei aber Froh」だと「親はバカだ。しかし子もバカだ」のニュアンスだ。これは変だ。こういう感覚は世の中のどんな言語でも共通だと思う。

ブラームスの親友にして当代最高のヴァイオリニスト・ヨアヒムのモットーは「Frei aber Einsam」(自由に、しかし孤独に)だ。こちらは逆接の「aber」を挟むだけのことはある。親しい友人同士のくつろいだ会話の中で、先にヨアヒムが自分のモットー「Frei aber Einsam」を披露した。感心したブラームスは、自らの癖「三度好き、六度好き、ヘ長調好き」を巧みに織り込んで「Frei aber Froh」ととっさにもじって見せた。二人は「Frei」と「Froh」に挟まれた「aber」が場違いに浮いた感じになっているのを面白がった。といったあたりが真相ではあるまいか。

歌曲において、テキストの微妙なニュアンスにあれほど敏感なブラームスが、この「aber」のおかしさに気付かぬはずはない。

「FAF」をさも芸術上の信念であるかのように重く受け止るのは行き過ぎと感じる。

2006年6月19日 (月)

夕立

1875年夏に作曲された歌曲に「Abendregen」(夕立)作品70-4がある。2小節のイントロに続いて歌が始まるとすぐ、不思議な景色に出会う。3小節目の2拍目の裏の8分音符のところだ。歌のパートに音が2つ記されている。ヴァイオリンでいうとA線の開放弦のAと、そのオクターブ上のAだ。無論弦楽器の楽譜だったら何の不思議もなく重音奏法をする場所だと理解できるのだが、これは独唱歌曲の楽譜である。重音は無理だ。

我が家はドーヴァー版の楽譜だが、両方の音符の大きさは全く同じだ。どちらを歌っても可能という意味だと解するのが自然だ。

我が家にはこの歌を収録したCDが5通りある。アンドレアス・シュミット、マーガレット・プライス、デボラ・ポラスキー、フィッシャーディースカウ、ロベルト・ホルだ。一応CDの入手順に聴いて確認してみた。みんな上のAを歌っている。がっかりしかけた5人目のロベルト・ホルが下のAを歌ってくれていた。どっちも可の意味で、やはり重音ではなかった。(あたりまえだ!)

でもって、驚いた。下のAを歌うと第四交響曲第一楽章の冒頭と瓜二つになるのだ。上を歌うと3度下降の連鎖になるのだが、下を歌うと3度下降に6度上昇となるのだ。

2006年6月18日 (日)

カラオケの歌本

6月14日の記事「歌曲のカラオケ」の続編である。

ブラームスの歌曲の伴奏だけのCDをさっそくipodに取り込んで聴いている。案の定だが、歌いたくなってきた。我が家にある歌曲の楽譜の中からアルバムに収録されている作品18曲分だけコピーしてクリアファイルに入れて歌本を作った。収録順に収めたからアルバムを再生してやる際に楽譜を参照することが出来るようになった。歌が入った通常のCDを聴いていたときには気付かなかったことが、次々に見えるようになった。歌とピアノの掛け合いの輪郭がよりはっきりと認識できるようになった。

昔むかし、カラオケが世の中に普及し始めた頃、まだカラオケボックスなる業態は存在しなかった。カラオケはいわゆるスナックに行かなければお目にかかることは無かった。つまり限りなくオヤジの遊びだった。当時のカラオケはレーザーカラオケ何ぞではなかった。伴奏がただ流れるだけだった。歌詞は分厚い冊子を見ながら歌うのが当たり前だった。

今日歌本を作って、昔のカラオケを思い出した。

それにしても歌は面白い。特に「永遠の愛」op43-1、「五月の夜」op43-2、「野のさびしさ」op86-2は格別である。歌本を見ながらipodを再生し、歌手になったつもりで歌っている。周囲の人には私の歌しか聞こえないので、呆れられている。ブレスのタイミングが本当に難しい。フレーズを考えながら歌うと難しいけど面白い。微妙な転調がはまった時の快感はヴィオラを弾くのとは一味違う。

2006年6月17日 (土)

祝5GB突破

本年1月にipodを購入して以来すっかりはまりこんでいるが、本日、収録した曲の総容量が5GBに到達した。曲数にして3024曲である。正確には3024トラックと言うべきだろう。楽章はもちろん、変奏曲におけるおのおのの変奏も1曲とカウントされている。それにしても恐るべしな量である。

ブラームスの作品番号付きの作品は全て取り込み済みだ。もちろん同一の曲が複数とりこまれていることも当然だ。

もっとも驚くべきなのは、それでもまだ残り容量が50GBもあることだ。60GBのバージョンを購入したのだが、フォーマットやら何やらで曲の総容量は55.6GBだから。今まで入れた曲の10倍収録が可能ということなのだ。家中のブラームスのCDを全部入れてもまだおつりが来そうな計算になる。

この腹立たしいくらいの「余裕感」が心地よい。

2006年6月16日 (金)

ドラマティックソプラノ

女声の最高音域とされるソプラノを主に声質で分類した際、もっとも「太い」とされる声質を指す。声質とは別にテクニカルなのニュアンスがあるコロラトゥーラを別格とすれば、軽いほうから順にスープレット、リリック、リリコ・スピント、ドラマティックとなっているらしい。つまりドラマティックソプラノはソプラノ最重量級という位置づけとなる。これがメゾソプラノやアルトにまでならずに、あくまでもソプラノの領域にとどまるということがポイントと思われる。オペラにおける代表的な役柄は、「指環」のブリュンヒルデらしい。

我が家所有のCDでこの声質を持つとされるのは、デボラ・ポラスキーただ一人である。当代屈指のブリュンヒルデ歌いだというから折り紙つきのドラマティック・ソプラノだ。彫りの深い声で、他のメゾソプラノ歌手たちとの音域の区別は難しい。一般のソプラノが歌うとキンキンしてしまう作品105-2「まどろみはいよいよ浅く」を彼女が歌うと独特な光沢が感じられて心地よい。オペラを歌ってこそのドラマティックソプラノであって、ブラームスの歌曲を歌う場合にその称号は似つかわしくない。そもそも現在世の中に流布する声種分類は、オペラの役柄が基準尺度になっている側面が色濃い。ブラームスの歌曲を演奏する歌手たちにそのまま当てはまるとは思えない。ドラマティックソプラノとはいささか気恥ずかしくはないか。ディープソプラノとでも名付けたい。

つまり人間の声はそれだけ多様ということだ。ソプラノ、メゾソプラノ、アルトというような定型にはまりこめない声はたくさんある。ソプラノを5つに分類してもなおその尺度で測れない歌手もいるということなのだ。事実ジェシーノーマンは、多くのCDではメゾソプラノと紹介している一方で、ソプラノに分類している本も存在する。だから歌曲は面白い。

2006年6月15日 (木)

発行年月日

「ブラームスの辞書」の最終ページに発行年月日が記載されている。2005年6月15日、つまり一年前の今日である。「ブラームスの辞書」が印刷製本を終えて、著者である私の手許に届いたのは、昨年の7月11日だったから、「ブラームスの辞書」本体に記載された日付は約一ヶ月繰り上がっていることになる。食品業界では、賞味期限を遅く見せるために、実際の製造年月日より遅い日付を記載するような不正も見られるが、本件はその逆で、実際より早い日付を記入してあるというわけだ。

実を言うと6月15日は亡き妻の誕生日だ。本文中で妻のことには、一切言及していないので、一計を案じて発行年月日にいたずらをしたという寸法だ。遠い将来、私を含む「ブラームスの辞書」の関係者が皆、この世を去っても「ブラームスの辞書」は世の中に残る。そうなるとこのいたずらは俄然生きてくる。実際の発行日との一ヶ月のズレのことを知る者がいなくなった後は、本体奥付記載の発行年月日が、実際の刊行日とみなされるだろう。それも一興というものだ。

「ブラームスの辞書」は今の家族への言及各一箇所ずつと、妻の誕生日を背負って粛々と生き続けることになる。本を出した醍醐味というべきであろう。

2006年6月14日 (水)

歌曲のカラオケ

ブラームスの歌曲について、伴奏のピアノだけが収録されたCDを見つけた。最近、ピアノ音楽に少々はまっていて、CDショップではピアノ作品売り場を覗いているのだが、その最中に発見した。タイトルは「Lieder ohne Sanger」(「S」の後の「a」はウムラウト)で、英語なら「Songs without singer」くらいだろう。歌曲から歌い手が省かれたら、そりゃあ確かにピアノだけになるのは当然だが、これがピアノ曲の売り場にあっても困るというものだ。このCDを買うのは間違いなく歌曲愛好家のハズだからだ。

演奏しているのはIrwin Gageという人。ヘルムート・ドイチュ先生の著書「伴奏の芸術」の中にも登場するその筋の大家だ。解説によれば、ロシア人を母に、ハンガリー人を父としてアメリカに生まれたという。1973年にアバド指揮のウイーンフィルと共演したのが、独奏ピアニストとしてのデビュウだというから並ではない。

収録された曲は以下の通りだ。

  1. 「夜中に何度も飛び起きて」op32-1
  2. 「エーオルスのハープによせて」op19-5
  3. 「古き恋」op72-1
  4. 「五月の夜」op43-2
  5. 「おお来たれ心地よい夏の夜よ」op58-4
  6. 「少女の歌」op85-3
  7. 「おまえの青い瞳」op59-8
  8. 「子守唄」op49-4
  9. 「ことづて」op47-1
  10. 「墓地で」op105-4
  11. 「いかにおわすかわが女王」op32-9
  12. 「セレナーデ」op106-1
  13. 「野のさびしさ」op86-2
  14. 「湖上で」o59-2
  15. 「娘は話しかける」op107-3
  16. 「甲斐なきセレナーデ」op84-4
  17. 「日曜日」op47-3
  18. 「永遠の愛」op43-1

王道を行くラインナップである。「4つの厳粛な歌」が入っていて欲しかった以外は満足だ。

聴いて驚いた。このCDは歌曲のピアノ声部を本気で聞かせようとしている感じなのだ。「ブラームスの歌曲のピアノ伴奏部は、こんなに素晴らしいンですよ」という思いに満ちている。いわゆる「練習のお供に最適」という類のCDではないのだ。

それでもやはりさすがに「マイナスワン」感覚は払拭されない。されないが十分に美しい。頭の中で歌のパートが鳴る。何の予備知識も無く聞かせたら「上質のインテルメッツォだな」と思い込んでしまうかもしれない。ipodで聴いていると思わず歌いたくなる楽しさだ。また、家人の寝静まった後、小さな音量で流しておくとはんなりとして来る。ピアノのニュアンスの多彩さが素敵である。ダイナミクス自体は概ね「p」の範囲内にとどまっているというのに、喜怒哀楽を表現しきって不足が無い。

普段、歌とピアノが収録された歌曲をCDを通して聴いているから、歌とピアノが溶け合って聴こえてくるのが当たり前になっているが、実は別の人格によって演奏されているのだということを実感出来る。このCD、もちろんと言っては悪いが、ドイツ製である。

2006年6月13日 (火)

ネタ備蓄の大台

本日、ブログ開設以来初めて、ネタの備蓄数が100を超えた。

毎日毎日1本ずつ、備蓄したネタの中から公開するネタを選んでいるから、放っておくとネタの備蓄数は毎日1つずつ減って行く宿命にある。1日に2つ以上のネタを思いつかないと備蓄数は増えない仕組みになっている。

今年の大型連休でネタの整理をしたり、根を詰めて調べ物をした成果である。あの連休から脳味噌が活性化して、つまづいた拍子にもブラームスネタを思いつくようになった。5月16日の「大型連休の成果」の記事の中で備蓄数が史上最多の79本に達したと書いたが、あれから1ヶ月も経たぬのに20本以上備蓄が増えたことになる。日数が26日経過しているので、約50本のネタを発掘したことになる。

脂ぎったブラームスネタもあれば、ややライトなエポックネタ、記念日ネタ、娘のヴァイオリンネタも含んでいるから数自体は驚くにはあたらない。継続することが使命と化している今、備蓄がいっぱいあるということは、精神衛生上好ましい。そして何と言っても先一週間にどんなネタを公開するかの選択の幅が広がることが一番のメリットだ。こうした備蓄ネタは一日を振り返って特筆するようなエポックが無かった際に、順に切り崩して公開されるという訳だから、100の備蓄は100日以上の意味がある。多分4ヶ月は持つだろう。

もちろん、この先約1ヶ月の間は、フットボールネタも応変に差し挟まねばなるまい。

2006年6月12日 (月)

セレナーデ

元々はラテン語らしい。「穏やかな夕方」という意味の言葉だそうだ。それが転じて「穏やかな夕暮れ時に歌われる音楽」を指すようになった。器楽が加わるようになったのは少し後だったが、さらに時代が下ると器楽だけの作品も書かれるようになった。絶頂期はハイドン、モーツアルト、ベートーヴェンあたりまで。ブラームスの時代にはもはや下火であった。

さらに別の側面がある。敬愛する人の家のそばに出かけて行って演奏するという「音楽の出前」という一面だ。「敬愛する人」とは二つに大別できる。一つは身分の高い人で、もう一つが恋人だ。後者の場合、男がお目当ての女性に聴かせるという形態に特化している。逆は聞いたことがない。相手を楽しませたり慰めたりが目的である。つまりディヴェルティメントだ。出前の特性から、使用される楽器は持ち運び出来るものが基本であったらしい。つまり本来ピアノ伴奏はあり得ないということである。本来的にはコントラバスやティンパニもご法度である。もちろんこれらは原則だ。時代が下れば例外もわんさと現れる。

さてブラームスにもセレナーデがある。

  1. 管弦楽のためのセレナーデ第一番op11ニ長調
  2. 管弦楽のためのセレナーデ第二番op16イ長調
  3. 「セレナーデ」op58-8 イ短調
  4. 「セレナーデ」op70-3 ロ長調
  5. 「甲斐なきセレナーデ」op84-4 イ長調
  6. 「セレナーデ」op106-1 ト長調

冒頭の分類に従えば上記の1、2番が「偉い人の傍ら」型で、3番以降が「恋人の傍ら」型だ。3番では伴奏がギターの爪弾きを模していてセレナーデの原義に近いが、調性が短調だというのが異例でもある。この手のセレナーデが書けたのは、ひょっとするとブラームスが最後かもしれない。

2006年6月11日 (日)

ロシア文字

CDショップでロシア製のCDを購入した。

ゲンリヒ・ネイガウスという人のCDだ。ブラームスの小品が収録されている。何でもブラームスと親交があったハンス・フォン・ビューローの孫弟子というから本格派である。さらに教育者としての実績が凄い。モスクワ音楽院のピアノ教授で、リヒテル、ギレリス、ヴェデルニコフの先生だ。現在は孫弟子たちが活躍中だ。何だかノーザンダンサーみたいな人だ。ピアノ界に君臨するロシア楽派の中心人物だ。おまけに85年のショパンコンクールで優勝したブーニンの祖父にあたるらしい。

CDショップのラベルには「ゲンリヒ・ネイガウス」とカタカナで標記されていたが、実標記は「Heinrich Neuhaus」となっている。英語圏なら「Henry Newhouse」(ヘンリー・ニューハウス)だろう。

「И.Брамс」

ところで上の標記はロシア語で「J.Brahms」にあたるらしい。これではショップで見かけても体が反応してくれない。ロシア人歌手の歌うブラームスの歌曲のCDが一枚も無いのも当然である。

2006年6月10日 (土)

ゲルマン魂

あれは、私が中学3年の頃だった。1974年ワールドカップ西ドイツ大会の決勝が日本で生中継された。ワールドカップの決勝が日本で生中継されたのはこれが最初だったと思う。眠い目をこすって西ドイツ対オランダのこの試合を見た。クラスメートたちは皆口をそろえてオランダの優勝を予想していた。

私はといえば、クラスの中で四面楚歌になりながらも断固西ドイツの優勝を唱えた。このときのオランダは主将のヨハン・クライフに率いられてトータル・フットボールを標榜する未来のチームだった。前回王者のブラジルを準決勝で軽々と退けていた。それでも私は断固西ドイツを支持した。単なる天邪鬼だけではなかった。ワールドカップでは、「強いチーム」「面白いチーム」「優勝チーム」が一致しないことのほうが多いのだ。「面白くもないのに、負けないチーム」がしばしば勝ち進むのだ。ましてやドイツには「ゲルマン魂」がある。大きな試合での土壇場のしぶとさにおいてドイツは群を抜いている。

イングランドの名フォワードのゲーリー・リネカーが発したかと思うが、「フットボールは単純なスポーツだが、最後はいつもドイツ人が勝つ」という名言も大袈裟ではないのだ。

結果はご存知の通り、2対1で西ドイツの優勝だ。このときのドイツの主将はフランツ・ベッケンバウアーだ。もちろん今でもこのときの西ドイツチームのスタメンをそらんじている。翌日の教室では大威張りであった。

何のことは無い。オランダのサッカーを読みきったわけではないのだ。単なるドイツ贔屓だったに過ぎない。当時の私はガチガチのベートーヴェン少年だったこともドイツ贔屓に拍車をかけた。小学生のころプラモデルのお気に入りは、飛行機ではゼロ戦とメッサーシュミットだったし、戦車ならロンメルだった。そうした傾向は今も続いている。ベートーヴェンがブラームスに入れ替わっただけで、音楽のドイツ贔屓は磐石だ。もちろん愛用のヴィオラはドイツ製だ。自動車もドイツ車が好きだし、ワインもドイツ産がいい。大好きな洋食は何と言ってもハンバーグである。君が代の次に好きな国歌は、ドイツの「皇帝讃歌」だったりもする。

ふと気がつくと本日の記事は、どう粘ってみてもブラームスにはこじつけられない。

2006年6月 9日 (金)

もう一つのワールドカップ

本日ばかりは、ブログ「ブラームスの辞書」でもこの話題にふらないわけには行かない。32カ国が参加して、FIFAワールドカップがドイツで開幕する。日本は3大会連続3度目の出場だ。今やFIFA国際サッカー連盟の加盟国数は国連加盟国数を上回っているという。その浸透度において世界最高のスポーツだ。音楽にさえ匹敵していると思われる。あるいは、音楽がサッカーに匹敵していると言うべきかもしれない。

さて、それでもそこはやはりブログ「ブラームスの辞書」だ。あくまでもブラームスネタに固執することで、アイデンティティを発揮するというものである。

我が家にあるCDでブラームスの歌曲を歌っている歌手は、63名に及ぶ。二重唱もカウントすると64名だ。

  1. オーストリア 1名 アンジェリカ・キルヒシュラーガー
  2. ベルギー 1名 ヨゼ・ファンダム
  3. ブルガリア 1名 ヴェッセリーナ・カサローヴァ
  4. カナダ 1名 マリー・ニコル・ルミュウ
  5. 中国 1名 ラン・ラオ
  6. フィンランド 2名
  7. フランス 2名
  8.  24名
  9. オランダ 2名
  10. アイルランド 1名 アン・マレー
  11. 日本 3名
  12. ノルウエイ 1名 キルシュテン・フラグシュタート
  13. ルーマニア 1名 アンジェラ・ゲオルギュウ
  14. スロヴァキア 2名
  15. スロヴェニア 1名 マリアーナ・リポヴシェック
  16. 南アフリカ 1名 ディオン・ヴァン・デル・ワルト
  17. スペイン 1名 ヴィクトリア・ロス・アンヘレス
  18. スウェーデン 1名 アンネ・ゾフィー・フォン・オッター
  19. スイス 2名
  20. イギリス 8名
  21. ウクライナ 1名 アレクサンダー・キプニス
  22. アメリカ 7名

世界で一番多くの人に話されているのはもちろん中国語だ。次はヒンドゥ語あたり。英語とスペイン語がそれに続きそうである。ドイツ語は、恐らく日本語よりも少ないくらいなのに、ドイツリートは広く愛されている。これにシューベルトやシューマンを集計に加えれば、倍に膨れ上がっても不思議ではない。以下いくつか気付いたことを列挙する。

  • サッカーとの決定的な違い、それは南米の欠落だ。オペラの世界では昨今、南米勢がブレークしているらしいが、ブラームスの歌曲ともなるとご覧の通りだ。
  • ドイツは開催国らしく最多だ。ワールドカップで開催国になるのはとても大変だが、ドイツリートにおいて「開催国の栄光」は未来永劫ドイツのものだ。羨ましい。
  • 南米ほどではないが、イタリアの欠落も目立つ。南米勢と違ってCDショップの売り場においてイタリア人歌手は一大勢力となっているのに、ブラームス日照りは不可解を通り越して不審でさえある。「イタリア歌曲」というジャンルが確立しているからなのだろうか?やはりオペラの国なのだろうか?それにしてもシューベルトの売り場にはイタリアンの姿も発見できるから、イタリア人はブラームス歌曲を避けているのかもしれない。
  • イタリアほどではないが、ロシア人もいない。これには多分に言葉の問題もある。ロシアからの輸入CDがあってもロシア文字がさっぱり読めないので、ブラームスを見落としているかもしれない。
  • イギリスの8名は、本来イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランドに分けねばならないところだが、そこまで詳しく解説されていないこともあって断念した。マーガレット・プライスがウエールズということは判っているが。
  • 世界中を旅行して、現地のCDショップに行って探すとこのリストはもっと充実するかもしれない。

2006年6月 8日 (木)

変ロ長調の牝牛

ブラームスが「変ロ長調の牝牛からミルクを絞り過ぎないように注意せねばなるまい」という主旨のことを友人に漏らしたことが、ちょっと詳しい伝記に載っている。

ブラームスに没頭し始めて間もない頃は、単に「なるほど」と納得していた。弦楽六重奏曲第一番、ピアノ協奏曲第二番、弦楽四重奏曲第三番が変ロ長調だというだけで、妙に説得力があった。

昨日の記事をご覧頂きたい。変ロ長調という調性を冒頭に掲げている作品は、数の上では、とりわけ多いというような位置付けにはない。長調の中では第6位で、長短総合では、第12位をヘ短調と分け合っているに過ぎない。主音別でも「B」は第9位にとどまる。

先のブラームスの発言は、その言葉をブラームス本人が、あるタイミングで発したことは動かし難い事実であっても、ブラームス自身の「変ロ長調への傾倒」を意味してはいない点、留意すべきであろう。もちろん変ロ長調で書かれた作品の輝きには、何等影響はない。

2006年6月 7日 (水)

調性ランキング

6月3日の記事で予告した通り、今年は調性ネタに進出する。手始めにブラームス作品における調性の起用状況を統計してみた。しかしこれはまだ仮という側面も強い。マッコークルでは一部の作品について調性の記載がない。幸い譜例は全部に載っているので、大体のところは見当が付くが、曖昧な部分も残っている。メジャーな曲については調性の確定が出来たので公開する。

作品番号付きの全作品が対象だ。楽曲の冒頭の調性を集計した。多楽章形式の曲については個々の楽章もひとつの楽曲と認識している。変奏曲の中の個別の変奏は1曲と認識していない。楽曲の途中で調号が変化してもカウントにはいれていない。たとえば第一交響曲の第四楽章は、「歓喜の主題」がハ長調だが、あくまでも楽章冒頭のハ短調としてカウントされている。また舞曲楽章のトリオもノーカウントになっている。ブラームスにあってはとかく移ろい易い調性である。厳密な定義なしに数えると混乱が生じるからどこかに線を引かねばならず、その線の周囲をミクロに見ると矛盾することもあるがやむを得ない。

<長調の部>総数324曲。ちなみにベートーヴェンだと一位はハ長調16.1%になる。

  1. ヘ長調、50曲15.4%
  2. 変ホ長調、41曲12.7%
  3. ニ長調、40曲12.3%
  4. イ長調、35曲10.8%
  5. ホ長調、34曲10.3%
  6. 変ロ長調、24曲7.4%
  7. ト長調、23曲 7.1%
  8. ハ長調、23曲  7.1%
  9. 変イ長調、23曲 7.1%
  10. ロ長調、18曲5.6%

<短調の部>総数275曲。総数では長調より少ないが、イ短調は長調第一位のヘ長調を抑えて調性別ランキングの総合一位だ。ベートーヴェンだと短調の一位は予想通りハ短調でなんと28.7%だ。

  1. イ短調、51曲18.5%
  2. ニ短調、39曲14.2%
  3. ハ短調、37曲13.5%
  4. ト短調、34曲12.4%
  5. ホ短調、28曲10.2%
  6. ヘ短調、26曲 9.5%
  7. ロ短調、23曲 8.4%
  8. 嬰ヘ短調、15曲 5.5%
  9. 変ホ短調、8曲 2.9%
  10. 変ロ短調、6曲 2.2%

<調号別ランキング>上記を調号別に集計した。ベートーヴェンは♭3個が19.4%でダントツの一位。

  1. ♭1個(ヘ長調+ニ短調)89曲、14.9%
  2. ♭3個(変ホ長調+ハ短調)78曲、13.0%
  3. 調号なし(ハ長調+イ短調)74曲、12.4%
  4. ♯2個(ニ長調+ロ短調)63曲、10.5%
  5. ♭2個(変ロ長調+ト短調)9.7%

<主音別ランキング>今度は主音別に集計。ベートーヴェンだとCが18.8%でダントツである。

  1. Adur+Amoll 86曲 14.4%
  2. Ddur+Dmoll 79曲 13.2%
  3. Fdur+Fmoll 76曲 12.7%
  4. Edur+Emoll 62曲 10.4%
  5. Cdur+Cmoll 60曲 10.0%

なかなか興味深い数字がならんでいる。今後これらを元にいくつかの考察を試みたい。

   

2006年6月 6日 (火)

ブログ冥利

ブログのアクセス履歴を毎日眺めて楽しんでいる。

どんなキーワードを入力しての検索から「ブラームスの辞書」にたどりついたかが判る仕組みになっている。いつも感動したり、笑ったりである。人それぞれ、いろいろな事情からネット検索が試みられているのだと実感出来る。人それぞれのいろいろな事情をあれこれと想像するのはとても楽しい。

本日はどなたかが「野ばら、ブラームス」の「and検索」で「ブラームスの辞書」にたどりついたようである。これはなかなかマニアな方だとお見受けする。恐らく5月26日の記事「もう一つの野ばら」がヒットしたに違いないのだ。その結果、彼(彼女)が私の記事で満足したかどうかは不明ながら、ブログ「ブラームスの辞書」の存在には気付いていただけたことになる。こういう検索のされかたって何だか芯に当たった感じがして気持ちがいい。

世の中は、広い。ブラームスについても相当な数のいわゆる「マニア」が存在しているのだろう。あるいはマニアではない普通の人がのっぴきならない事情から「マニアな情報」を求めてネット上を駆けずり回っているのだろう。それにきっちり反応できたというのが何だか嬉しい。こんなに極端なネタに偏ったブログを毎日更新していた甲斐があると言うものだ。

ブラームスのことならブログ「ブラームスの辞書」というような暗黙の合意が、ブラームス業界(んなものがあればだが)に形成されるようになってみたいものだ。

2006年6月 5日 (月)

ブログ登場ランキング

ブログ「ブラームスの辞書」開設から1年が経過したので、区切りの記事がこのところ続いている。今回もその手である。

ブログ「ブラームスの辞書」の本文中に登場するブラームスの作品の登場頻度をランキング化した。対象は2005年5月30日から2006年5月29日までの一ヵ年365日間にアップされた記事412本である。明らかに曲名が提示されている回数を曲目ごとにカウントした。

<総合ベスト20>

  1. 交響曲第1番 38回
  2. 交響曲第2番 23回
  3. 交響曲第4番 20回
  4. ヴァイオリン協奏曲 19回
  5. ピアノ四重奏曲第1番 15回
  6. ピアノ五重奏曲 15回
  7. ピアノ協奏曲第2番 13回
  8. 交響曲第3番 13回
  9. ピアノ三重奏曲第1番 10回
  10. 弦楽六重奏曲第1番 10回
  11. ヴァイオリンソナタ第1番 10回
  12. ピアノソナタ第一番 9回
  13. 弦楽六重奏曲第2番 9回
  14. 子守唄op49-4 9回
  15. ハイドンの主題による変奏曲 9回
  16. ピアノ四重奏曲第3番 9回
  17. 「五月の夜」op43-2 8回
  18. ドイツレクイエム 8回
  19. クラリネット五重奏曲 8回
  20. パガニーニの主題による変奏曲 7回
  21. 弦楽四重奏曲第2番 7回
  22. ヴァイオリンソナタ第2番 7回

ご覧の通り管弦楽曲室内楽曲が圧倒的に優勢である。第一交響曲は「のだめネタ」の中で頻度高く言及したことが大きく貢献している。声楽曲は、子守唄の12位と「五月の夜」の17位だけがランクインだ。1年の間一度も中間集計をしなかったから、曲の取捨は完全に任意だった。私の脳味噌の中のマインドシェアをかなり現実的に反映していると思われる。自分の脳味噌の中身を客観的に分析することもたまには必要だろう。

この手の統計は一回限りだ。この手の統計の存在そのものが自分自身の曲への言及の頻度や記事のネタの選択に影響を与えかねないからだ。来年も実施するとすれば、一年間中間集計をしないことが望ましい。

2006年6月 4日 (日)

カテゴリー「用語解説」

昨年6月18日に創設されたカテゴリー「用語解説」はブログ「ブラームスの辞書」の表看板である。笑点でいうなら「大喜利」みたいなものだ。創設から本日の記事までで128回に及んでいる。4分の1強が「用語解説」だ。ブログのタイトルが「ブラームスの辞書」なので、何かの単語を辞書で引くようなイメージを想定している。

創設当初は不規則な出現だったが、昨年秋以降は3日以上の空白を作らないことを自主規制にしている。毎日更新を続けたいあまりに、無様な日常ネタの連発に逃避するのを防ぐためだ。

無論、単なる辞書的な記述にとどまってはいない。主観的な話ばかりである。他じゃ読めないおバカなブラームスネタ、あるいは「ブラームス好きが集まる酒の席でのネタ」の集大成だ。思えば当初は意識的に深入りを避けてきた。続きは著書「ブラームスの辞書」を見てのお楽しみというような感じで筆の滑り過ぎに注意してきたのだが、最近はブレーキが効かずに、ついつい話が深みにはまってしまう。

このカテゴリーのネタに詰まるようになったら、潔くブログを閉鎖せねばなるまい。

2006年6月 3日 (土)

調性ネタ解禁

「ブラームスの辞書」執筆の過程で、調性に関する話題は意図的に避けてきた。ご予算の都合があったことは既に述べたが、実はそればかりではなかった。

ブラダスに代表されるデータベースを駆使して、ブラームスの癖を逆探知するのが「ブラームスの辞書」の主たる狙いなのだが、調性のネタはエクセルによる統計にはなじみにくい。楽譜に散りばめられた音楽用語であれば、版の異同にだけ注意してればよかった。どれどれの用語が、どこそこの作品のどこそこの小節の○○のパートに現れるというのは、十分に客観的で、始めにルールさえ決めておけば容易にデータベース化できた。

調性はそうもいかない。調の扱いの巧みさがブラームスの魅力の一つになっているくらいだから、1箇所2箇所とキッチリ数えることが難しいのだ。調号と実際に鳴る調のズレなど日常茶飯だし、調の微妙な移ろいというものを数えることはブラームスに対して失礼にさえあたるだろう。

しかしながら、2年目に突入したのを機会に少しずつ調性関連のお話に言及をしたいと思っている。ブラダスのサブシステムとしてブラームスの作品の楽曲冒頭の調だけはデータベース化が出来ている。このほどベートーヴェンでもその入力が出来たので、徐々に調性への言及を始めたい。実は黙っていてはもったいない話ばかりである。

2006年6月 2日 (金)

数住岸子先生の思い出

住先生はヴァイオリニストである。1997年6月2日にお亡くなりになったと記憶している。

1992年3月2日だったと思うが、私はかけがえのないひと時を先生と共有することが出来た。茨城県の日立市で開催された音楽祭で、アマチュアの演奏団体がプロの音楽家の指導を仰ぐことが出来たのだ。2日にわたって開催され、初日にレッスンを受けて、2日目に公開演奏出来るという代物だった。だめで元々でテープに録音し応募したら、なんと審査を通過してしまった。曲は弦楽六重奏曲第二番ト長調作品36の第一楽章だ。私は第一ヴィオラを担当した。1991年の秋から気心の知れた仲間と何回か合奏していたのだが、誰かがダメ元で応募しようと言い出したのだ。

当日、緊張しましたね。数住先生のレッスンは厳しいという噂だった。前年は2時間かかって10小節しか進まなかったなどいう話がまことしやかに伝わってきた。当日、同じ音楽祭に参加する音大生7人が、ベートーヴェンの七重奏曲でレッスンを受けていた。2時間で10小節というのはさすがに誇張が混じっていたが、厳しかった。相手が音楽を志す音大生という状況がそうさせていた。

我々の番になった。第一ヴィオラの緊張たるや並ではない。第一楽章の冒頭は開放弦のGとC線のFisの絶え間ない交代が延々と続くのだ。現在も使用している46センチの巨大ヴィオラのデビュウだったことも手伝って、ガチガチに緊張した。再現部に入る頃、先生が演奏を止めた。第一声はどんなことを言われるのだろう。

先生の第一声は「桐朋の学生たちいる?」だった。先ほどの七重奏の学生さんたちのことだ。意外なことに我々のレッスンは、そこに覗きに来ていた学生さんたちへの説教で始まったのだ。「貴方たちは、音楽大学を出て、いわゆる音楽界というところに生きる」「この人たちは音楽界の外にいて、こういう演奏をする」「あなたたちこの人たちの演奏を聴いてどう感じましたか?」アチャーという感じだった。先生は続ける。

「そりゃあ、ボウイングが安定しない、音程が悪いはあるでしょ」「でも、ブラームスが好きよね、この人たちは」「あんたたちの10倍は周囲の音を聴いてるわよ」「好きだとここまで出来るの」「あなたたちはこの人たちの演奏を聴いて恥ずかしいと思う気持ちを是非持って欲しい」学生さんたちは身じろぎもせずただうなずくだけだった。やがて先生は我々の方に向き直った。

手を叩いてくれた。「ブラヴォーです」「お気持ち伝わります」が我々に対する第一声だった。アマチュアである我々に花を持たせる意味ももちろんあったろうと思うが、嬉しかった。引き続いて「普段どれくらい練習なさるの?」「今日は何楽章を用意したの?」と矢継ぎ早のお尋ねがあった。「・・・・えっと。個人練習は週に2回か3回2時間程度、合奏するのは月1がやっと」とコンマス氏が恐る恐る答えた。先生は学生さんたちの方を振り向いて「聞いたぁ?月1だってよぉ~」「あんたたち年がら年中一緒に弾いててアンなもんだからね。何か抜けてなあい」とぴしゃりだ。

「今日は第一楽章だけです」とお答えすると「そりゃあ残念」とおっしゃる。「皆さんブラームスお好きなのね」だ。そりゃもう驚いたの何の。実は数住先生とのレッスンの直前の練習で、我々は2つ心に決めていた。旋律以外のつなぎの部分に心を込めることと、「ブラームスが好きだということを何とかして伝えたい」という2点だった。そのうちの後者が早くも伝わってしまったということなのだ。

公開レッスンの会場の雰囲気がこの一連のやりとりで和んだ。学生さんを叱ることで、我々を自然に持ち上げたことが緊張を取リ去った。普段通りに弾くことが出来た。数住マジックにかかったのだと思う。断っておくが、我々から見ると、この学生さんたちは上手いのだ。我々が絶対にたどり着けない領域に既に到達していることだけは、間違いの無いところだった。学生さんたちの名誉のために付け加えさせてもらった。

一番カッコ、二番カッコがあるリピート記号の前後、旋律らしい旋律もない仄めかしの音楽が続く部分。「主題が次々と模倣され、逆行される。こういうところキチンとね。」「でも何だか判ってらっしゃるようだから」とおっしゃる。判ってらっしゃると何故言えたのだろう。つなぎの部分に心をこめてというその日の我々のテーマに触れる発言だった。

我々の演奏がもつ多くのキズには、目をつむってもらったレッスンだったことは動かし難い事実だ。先生はレッスンの最後にさりげなく「あとは音程ね」とおっしゃった。

レッスン中何度かつぶやいた「ブラームスっていいわね」という言葉が今も心に残っている。我が家の弦楽六重奏曲第二番のポケットスコアにはこのときに頂戴した数住先生のサインが誇らしげに輝いている。

2006年6月 1日 (木)

肩の力

いい意味ではあまり使われない。弦楽器にしろ、ピアノにしろ、よくない兆候の一つである。「余分な力」と同義であることが多い。音楽の演奏に限らず、スポーツにおいても「余分な力を抜くこと」つまり「脱力」は重要なコツの一つである。娘がヴァイオリンを習い始めた頃、先生から「右手の力を抜いて」と指導された。娘はポツリと「そしたら弓を落としちゃうよ」と漏らした。おっしゃる通りだ。つまり加減が難しいのだ。

ブログ「ブラームスの辞書」が2年目に突入した。これからも自然体で粛々と更新を続けたいなどと優等生な発言に終始していると危ない。ブログ「ブラームスの辞書」に定期的な読者が増え、あろうことかコメントまで頂戴出来ることは嬉しい。素直に喜びたい。一方で従来定期的に読んでコメントをくれていた人が、何かの都合で来訪されなくなることもある。これは寂しい。こうした嬉しい寂しいはけして軽視してはならないエッセンスだ。特に寂しいの側が重要だ。読者が離れてゆくことそれ自体を軽く受け止めてはいけないが、大きく落ち込み過ぎるのはもっと困る。ブログを継続することに影響があるような落ち込みが一番の敵である。

ブログ「ブラームスの辞書」を継続する上で、ストレスに遭遇した時考えることは、「ブラームスに申し訳が立たない」である。上記の場合で言えば、「少々のことでブログをやめてしまっては、ブラームスに申し訳が立たない」ということになる。「ブラームス」の部分を「ご先祖様」に置き換えると、たちまちよく聞くフレーズが出来上がる。

楽器の演奏においては天敵だが、ブログの継続を考えるならば、少々の「肩の力」が入っているくらいでちょうどいい。

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