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2006年6月27日 (火)

微妙な転調

ブラームスの専売特許。「転調」を簡単に定義することは難しい。同一楽曲中で主和音の機能が別の和音に移ることとでも言っておこうか。欧州の音楽が時間をかけてじっくり熟成させてきた調性音楽の体系の中では、調Xから調Yへの転調は日常茶飯に起きる。一番多いのは、調Xと調Yの双方に属している共通和音を媒介にして移行するというパターンだ。Ⅰ、Ⅳ、Ⅴ等の初心者御用達の範囲内で穏和に発生しているうちはいいのだが、減和音や増和音、さらには異名同音的な読み替え。ナインス、イレブンスなどややこしい和音、さらにはそれらの展開形やら根音省略まで総動員されることもあり、可能性は無限大だ。

しかし、ロマン派時代末期ともなると、古典派初頭でほぼ完成されていた調性の理論の範囲内でやれることは、ほぼやりつくされたという風潮が支配する。単なる「無秩序」と「作曲家の個性の発露」の区別がつきにくい、いわゆる「何でもアリ」状態だ。そんな中、「まだまだやりつくしちゃいませんよ」とばかりに登場するがブラームスだ。どんなに新鮮に見える転調でも、既存の理論の範囲内で演じられているところがブラームスの真骨頂だ。使い古されたと思われていた既存の調性理論の枠内でどれだけのことがやれるのかである。

「調Xから調Yへの転調が微妙だ」というとき、そこには何があるのだろう。調Xや調Yそれ自体単独で存在しては微妙でもなんでもないのだ。その両者を橋渡しする過程が従来に無いということが大事なのだ。これは単に両者を結ぶ継ぎ目の和音の特殊性にはとどまらない。そこにかぶせられる旋律の進行、ダイナミクスを含む表情、そこで発動されるリズム、あるいは楽器の起用までを総動員した結果と捉えるべきなのだ。極端にいうと前後の調Xと調Y自体が調性の特定困難な場合さえ含まれていよう。

どっちつかずを楽しむ音楽とさえ言えるのである。その精神がリズム面で発揮されるときには「ヘミオラ」となり、和声面で発揮されると「微妙な転調」になるのだと考えている。このあたりの「どっちつかず」を指して「ブラームスは優柔不断」との言説を触れ回る人もいるのではないかと思う。

野球でいうと「ボールともストライクともいえそうなコースに放られるチェンジアップ」みたいな感じである。160キロの直球同様打ちにくいものである。古典主義者で頑固者のブラームスを前に聴き手は「直球勝負」を想定しているからである。

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