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2006年7月31日 (月)

辞書の形態を借りたエッセイ

「ブラームスの辞書」執筆の上での基本的なコンセプトの一つに「辞書の形態を借りたエッセイ」がある。ブラームスが楽譜上に記した音楽用語全てをアルファベット順に列挙する以上、結果としてそれは一般の音楽辞典と同じ体裁にならざるを得ない。「a tempo」から「ziemlich langsam,gehend」まで約1170項目が整然と並ぶ。

一般の辞書との最大の違いは、単なる事実の羅列になっていない点である。辞書的な切り口の後には、自分の意見を容赦なく書き加えている。さらに当該用語の出現する場所の特定に力を注いでいるのも、売りの一つである。各項目の記述は①語句の意味②出現の場所③考察と提案という枠組みになっている。一番いいたいことは③なのだが、実は②の出現場所だって相当にレアな情報になっている。

辞書と同じ使い方をしても何等支障は生じないのだが、「辞書の形態を借りたエッセイ」というコンセプトを逆読みすると、エッセイとして冒頭から順に読み進めて欲しいというのが、著者としてのささやかな希望でもあるのだ。執筆は冒頭からアルファベット順に進められたので、その順番で読むことによって浮かび上がる論旨も少なからず隠されている。

しからば問う。何故わざわざ辞書の形態を借りねばならないのか。これは至高の問いである。辞書の形態を借りないということは、世の中に数多流布する通常のエッセイを書くことに他ならない。ド素人のエッセイがそんな中に打って出たところで埋もれるのが関の山である。形式に制約の無いただのエッセイということになると、著者の筆力こそが問われてしまうのだ。それは決定的に不都合だ。辞書の形態を採用すれば、筆力不足をごまかす箇条書きも不自然ではなくなる。

2006年7月30日 (日)

シュトゥッツマン

コントラルト歌手ナタリー・シュトゥッツマンにはまっている。はまっていると言っても、彼女の歌ったブラームスの歌曲のCDが一枚あるだけである。生で演奏を聴いたことがあるわけではない。一昨年「ブラームスの辞書」の執筆をしながら流すBGMとして購入して以来、聴くことが多いCDの一つになっている。

ブログ「ブラームスの辞書」には「お奨めCD」や「お気に入り演奏家」を説明する目的はない。純粋にはまってしまっているだけである。ヴァイオリニストのシモン・ゴールドベルグ、ゲアハルト・ヘッツェル。指揮者サー・ジョン・バルビローリ、ピアニストのヘルムート・ドイチュに次ぐ例外に加えざるを得なくなったというわけだ。

彼女の魅力なんぞを、第三者にわかるように説明する筆力は到底望めないので、彼女のCDを聴いて目から鱗が落ちたことを列挙してそれに代えたい。

  1. コントラルトと単なるアルトの違いを身に沁みて実感した。
  2. ブラームスの歌曲「あの娘のもとへ」作品48-1、「落胆」作品72-4の2曲の素晴らしさの扉をこじ開けてくれた。
  3. 同じく「永遠の愛」作品43-1の歌いだしの低いロ音を聴いて鳥肌が立った。
  4. 「四つの厳粛な歌」は男性に限るという先入観を打ち砕いた。特に第三曲の底光り具合は尋常でない。
  5. スウェーデンの女性ピアニスト、インゲル・ゼーデルグレンを知ることが出来た。

彼女のCDはお店にいってもそうそう目立つわけではない。オペラの棚では絶対に見当たらない。シューマン、シューベルト、フランス歌曲のやや狭い範囲に棲息しているだけなのだ。アルト・ラプソディやアルトのためのヴィオラ伴奏付き歌曲作品91の2曲を彼女の演奏で聴いてみたいものだ。

2006年7月29日 (土)

宝のありか

本日の主役は「rinforzando」(リンフォルツァンド)だ。昨年7月27日の記事「フォルツァンド」御三家でも述べたとおり、スフォルツァンドやフォルツァートとの区別は曖昧である。

「rf」(リンフォルツァンド)はブラームスの作品中139箇所で用いられている。一般に「sf」スフォルツァンドや「fz」フォルツァートと同じく、「その音を強く」と解されるが基準は曖昧である。声楽のパートに出現しない特性は共通ながら、用法の定義を用例から捕捉するのは大変難しい。

しかしながら、ここに一つの仮説を提案する。「sf」「fz」「<」(アクセント)に比べてお宝度が高いと思われる。しばしば「p」側のニュアンスの中にも現れて、作品のポイントを手際よく指し示す機能を想定している。「神秘の楔」とでも名付けたい。またフレーズを塊として際立たせる「marcato」に対して、「rf」は瞬間的な際立ちを意味していると解したい。この機能には「瞬間型marcato」とでも名付けたい。

  1. スケルツォop4の269小節目と、ピアノ協奏曲第1番第4楽章418小節目には、驚いたことに「poco rf」が出現する。思い切って「リンフォルツァンド気味に」と解しておきたい。両者とも「神秘の楔型」だと思われる。
  2. 交響曲第1番op68第2楽章12小節目冒頭と25小節目冒頭。この2つを「神秘の楔型」の代表として紹介したい。両方とも直前のダイナミクスはppになっている。特に後者25小節目は、小節の冒頭が休符になっていて、その直後の音符に付与されていることで、休符の存在が強調されている。この部分が楽章冒頭のエコーであることを仄めかす構造になっている。第1交響曲中、他に「rf」は用いられていない。
  3. 第2交響曲第4楽章188小節目の第2ヴァイオリンとヴィオラに現れている。8分音符1個先行する全ての楽器には「sf」が当てられている。つまりこの場所は、ブラームス全作品で唯一「rf」と「sf」が交錯する場所ということになる。
  4. カプリチオop76-1の8小節目の冒頭及び同小節の最後から2つめの16分音符が、「瞬間型marcato」の典型と位置付けられる。同曲中に「rf」はこの小節にしか存在しない。それどころか作品76の全8曲を通してもここだけである。
  5. 第3交響曲では、第1楽章に一度だけ出現する。201小節目だ。同楽章の終末近くでクライマックスの標識として用いられている。これも「瞬間型marcato」と思うが、唯一ティンパニだけが単なる「f」になっているという謎も孕んでいる。
  6. インテルメッツォop118-2にもある。再現部が始まって間もない78小節の3拍目だ。この用例は並外れて精緻である。提示部の同じ場所2小節目には跡形も無いのだ。この部分、明らかに再現部が仄めかされていながら、旋律を微妙に変化させている。問題の「rf」はその変化の始まる瞬間に置かれているのだ。しかも周辺のダイナミクスは慎ましやかな「pp」である。「神秘の楔型」の典型だ。

ちょっと歩いてみただけでご覧の通り、興味深い事例に溢れていると判る。見た目意図の判らぬ用例であっても、宝のありかを示す標識かもしれぬと心得て、周辺をよく探索することをお奨めしたい。

2006年7月28日 (金)

信濃路は

「49のドイツ民謡」WoO33の12番に「可愛い人よ」という作品がある。この民謡集の中では割と有名な方に属する。「ラ~ラララ~」の合いの手が心地よい。旋律が気持ちいいので歌詞の意味も知らぬまま繰り返し聞いていたのだが、このほど日本語訳を目にすることが出来た。

「可愛い人よ、裸足で歩くのはやめなさい。優しい足が傷ついてしまうよ」と男が呼びかけて走り出す。続いて女が「裸足で歩いて何故いけないの?私は靴さえ持っていないのよ」と応酬する。男が貧しい娘に問いかける求婚歌の体裁だ。言い寄る男と、貧乏を理由に断る女の駆け引きと言っていい。

最初のフレーズを見て万葉集を思い出した。

「信濃路は今の墾道刈ば根に足踏ましなむ沓履け我が背」(しなのじは、いまのはりみち、かりばねに、あしふましなむ、くつはけわがせ)

「信濃の道は最近開かれた道です。木の根を踏まぬよう靴を履いてお行きなさい」程度の意味。東歌でひょっとすると防人の歌かもしれない。女が出征する男を見送る歌とも解しうる。ケガを心配して靴を履くことを薦める優しい気持ちの歌だと思う。男女の立場は逆だが「49のドイツ民謡」の12番にそっくりではないか。

また万葉集の冒頭には雄略天皇の御製として有名な「篭よ御篭持ち・・・」の歌がある。野で働く娘の名を問う求婚歌とされている。名を問うのは求愛で、名を男に告げるのは求愛を受けた証だという。「49のドイツ民謡」の12番にも同様なニュアンスが漂っている。

実際にこうした情景があったかどうかはともかく、女性ばかりが集団で労働をする際に歌われた労働歌であった可能性もあるだろう。貧しい女性がいつかは、お金持ちの坊ちゃんに見初められてという夢を歌うことで、労働の辛さを紛らす狙いもあったのではないだろうか。

2006年7月27日 (木)

母の誕生日

今日は母の誕生日だ。

著書「ブラームスの辞書」のあとがきの末尾で「母に捧げる」と書いてあるその人の誕生日である。私の妻の他界以来続いている二度目の子育てが既に10年目に突入している。てゆうか私を育てることもまだ終わっていないと思っているらしい。「子供が4人いるようなもンだ。」が最近の口癖である。小学校に中学校にと忙しい1学期が終わったのも束の間、夏休みの宿題のアシストも始まった。長男(私ではなく、私の長男)の受験が今や最大の悩み事でもある。

実は先月ヒヤリとする交通事故に遭った。幸い奇跡的に、ホントに奇跡的に軽傷で済んだが肝を冷やした。母のことを真剣に見つめなおすいい機会になったと位置付けている。

「ブラームスの辞書」を今だにあとがきしか読んでいない母である。

2006年7月26日 (水)

ipodのお名前

ipod購入からちょうど半年が経った。今頃になって、やっとこの話題とはレスポンスが鈍いがやむを得ない。

ipodをお持ちの人はご存知だと思うが、ipod購入後最初にする作業は何とipodに名前をつけることなのだ。親パソコンに接続するとipodに付けたその名前が毎回表示される。何かと便利で、今やどこに行くにも一緒のipodに好みの名前がついているのはとても良いことだ。愛着が深まる。物に名前をつけるというのは、人間にとって根源的本能的な仕業だと思っている。世間一般から認知されるかどうかさえ気にしなければ、無限の可能性が広がっている。

私のかわいいipodの名前は言わずもがな。「Brahms」である。購入以前からブラームスの作品しか取り込まないという構想があったのだから、このネーミングは当然である。このipodにリストやワーグナーの作品を取り込まないというのは、もはやデリカシーの問題なのである。万が一取り込んでしまった場合はハードディスクが損傷するような仕掛けであっても何等文句はない。

Brahmsちゃんなのだからブラームスの作品が全て取り込まれていて当然である。

2006年7月25日 (火)

「quasi」意訳委員会

意訳委員会第4弾である。昨年9月13日の記事でも言及した「quasi」について再論を試みたい。

まずブラームス作品における「quasi」の用例を以下に列挙する。まずはトップ系からだ。

  1. ピアノ協奏曲第一番第三楽章376小節目「quasi fantasia」
  2. 管弦楽のためのセレナーデ第二番第四楽章冒頭「quasi menuetto」
  3. チェロソナタ第一番第二楽章冒頭「Allegretto quasi menuetto」
  4. 弦楽四重奏曲第二番第三楽章冒頭「quasi menuetto,moderato」
  5. 交響曲第二番第三楽章冒頭「allegretto grazioso(quasi andantino)」
  6. ヴァイオリンソナタ第二番第三楽章冒頭「allegretto grazioso(quasi andante)」
  7. クラリネット五重奏曲第一楽章98小節目「quasi sostenuto」

次にパート系を列挙する。

  1. ピアノソナタ第二番第一楽章83小節目「quasi staccato」
  2. ピアノソナタ第三番第一楽章91小節目「quasi cello espressivo」
  3. ピアノソナタ第三番第五楽章78小節目「quasi pizzicato」
  4. ハンガリーの歌による変奏曲第七変奏57小節目「quasi pizzicato」
  5. パガニーニの主題による変奏曲第九変奏134小節目「quasi pizzicato」
  6. ホルン三重奏曲第三楽章43小節目「ppp quasi niente」
  7. 交響曲第二第一楽章118小節目「quasi ritenente」
  8. 交響曲第二第一楽章386小節目「quasi ritenente」
  9. ラプソディート短調op79-2 118小節目「quasi ritardando」

以上だ。全部で16回になる。一般の音楽用語辞典によれば「ほとんど~のように」という見解で問題がないように思われるが、日本語としての収まり面で今ひとつ納得できていない。上記16例のうち「ほとんど~で」の解釈でピッタリはまるのはパート系の6番「ppp quasi niente」の「ほとんど無音で」くらいではなかろうか?ヘンレに存在せず国内版にのみ存在するパート系の2番と3番の怪しさは別途論じるにしても、これらを「ほとんど~で」と解するのではあまりに能が無い。

そこで恒例の意訳提案だ。「quasi~」の訳語として「~っぽく」を提案したい。口語もいいとこの訳語だが、日本語としての座りは抜群である。ためしに上記16例を「~ぽく」と読み替えてみるといい。特に「メヌエットっぽく」「チェロっぽく」「ピチカートっぽく」などは絶品である。解釈に行き詰まった際の気分転換にどうぞ。

2006年7月24日 (月)

夢のまた夢

娘たちにヴァイオリンを習わせている以上、夢を持っている。

いつの日か娘たちにブラームスを弾かせて録音し、私のipodに取り込みたいと思っている。娘の師事する先生は1年半に一度発表会を開催してくれる。当日の演奏を録音してCDに落としたものを頂けるので、いつの日か娘がブラームスを演奏したらそれをipodに取り込むことは可能である。

愛する娘の演奏だからと言ってなりふり構わずipodに取り込むのはいただけない。いくら娘の演奏でもモーツアルトを取り込んでしまっては、ハードディスクを損傷しかねない。一部の楽章の抜粋でも編曲物でも何でもいいから娘がブラームスに到達してくれなければならない。その代わり、もしブラームスに到達したら、どんなに下手な演奏でもipodへ取り込まれる資格があるということになる。

さらにその先を行く夢もある。私と娘のアンサンブルをipodに取り込むことである。もちろんブラームスだ。一緒に参加した市民オケの交響曲でもいい。理想は長男がチェロを弾いての弦楽四重奏だけれど。

もし実現したら、もし実現したら・・・もし実現したらどうなってしまうか想像も出来ない。

2006年7月23日 (日)

学校説明会

長男は中学三年である。ということは来春は受験だ。今年の夏休みは早くも忙しい。昨日今日と夏休みに入って最初の週末だったが、高校の見学会に出かけた。意中のというような大層なものではないが、中学の先生に何校かピックアップしていただいた高校を夏休み中に見学することにしたのだが、その初っ端に、えらい奇遇が待っていた。

10時からの説明会はまず、校内の見学から始まった。説明を担当する先生について参加者30名程度の親子連れがぞろぞろ校内を歩くのだが、ふと見るとその中に大学オーケストラの後輩がいたのだ。私の2学年下でコントラバスを弾いていた男だ。お互い唖然だった。あまりの奇遇に声も出ないという状態だ。お互い中学3年の子供を持っていることは驚くに当たらないが、同じ高校の説明会に同じ日に出席するなど、そうそうあるものではない。

思えば私が3年の春、新入生の彼と最初に迎えた演奏会の曲目はブラームスの第一交響曲だったのだ。

2006年7月22日 (土)

解釈

楽譜を楽音に転写する際に、演奏者に認めれられている裁量の余地とでも言っておこうか。音楽作品においては作曲家が残した楽譜そのものは芸術として不完全である。それが演奏されて始めて芸術の対象たる地位を得る。演奏による「湯戻し」が必要なのだ。その「湯戻し」が作品よりも珍重される場合も少なくない。

「体系的で整合性があるかどうか」がある意味でポイントとなる。主観の差が大きいからだ。すなわち、他の誰よりも遅いテンポや他の誰よりも速いテンポというような単なるギネスブック的興味と解釈の境界はきわめて曖昧である。「解釈の違い」「見解の相違」「音楽観の違い」「価値観の相違」などという文言の数々がそれを雄弁に物語っている。「単に遅いだけのブラームス」や「こんな弾き方他の人はしてないでしょ」というケースが「解釈然」として混在する。

突き詰めてみると楽譜は、「音の高さ」「音を出すタイミング」「音の長さ(切るタイミング)」を相対的に表示し、それに曖昧な言葉が添えられているに過ぎない。メトロノーム値のような絶対的な指示があるケースは、ブラームスにおいては希な上に出現の場所も限られる。これらのことが「広大なる裁量の余地」を生み出している。それが音楽の魅力の源泉であること周知の通りだが、「無茶な解釈」がまかり通ることと表裏一体の関係にある。

2006年7月21日 (金)

言わんでも解るだろ

ブラームス作品の楽譜を隅々まで眺めていると時々「オヤ」と思うことに出くわす。

一般に「ritardando」や「sostenuto」は「a tempo」や「in tempo」のようなテンポリセッターによって元に戻されるのが通例だが、然るべき位置にこれらのテンポリセッターが欠落しているケースがある。おそらくこの傾向は恩師シューマンの影響も少なくはあるまい。

たとえば、至高のインテルメッツォop118-2イ長調の再現部76小節目の3拍目である。2小節前から続いた「ritardando」の解除に相当するテンポリセッターが見当たらない。「rit」の継続を意味する破線が途切れることだけがヒントになっている。演奏者の音楽的素養の厚みを問うような冷え冷えとした突きっ放し方ではないか。ここ76小節冒頭のフェルマータからキラリと零れ落ちる8分音符「H」音をキッカケにテンポが復帰することなど「言わんでも解るだろ」あるいは「そこまで言わせるなよ」と言わんばかりのブラームスのウインクが目に浮かぶ。

弦楽六重奏曲第2番の第3楽章はこうしたパターンの巣である。ブラームスは「テンポをいじって欲しいときにはそう書いてある」と考えていたことは明らかながら、「書かんでも解るところには書いていない」という側面も認められる。「善意と常識に従え」とでも言うべきであろう。

まさにその常識が、一番難しいのだけれど。

2006年7月20日 (木)

フレッシュ・オールスター

5月7日ブラームスの誕生祝いにipod上でコンサートを企画した。ブラームスの歌曲60曲を60人の歌手で歌わせるというものだった。

さらにその続編を取り込んだ。

歌手一人がブラームスの歌曲一曲を持ち寄って歌うというコンセプトは変わらない。唯一の制約は、5月7日の誕生祝いコンサートで取り上げた曲以外の曲でなければならないということだ。これはなかなか難しい制約だ。CDに収録されている曲全てが前回選定の60曲に入っていた場合、今回その歌手はエントリーできなくなる。あるいは、どうしてもバッティングを起こしてしまう場合どちらかの歌手に涙を呑んでもらうことになる。今回は47曲だ。つまり前回出場の60名のうち13名が出場資格を失ったということになる。

今回は歌合戦という形式を取らずに、作品番号の若い順に演奏させることとした。男女や声種のバランスがとれないので仕方がない。相当マイナー目な曲まで取り込まれた。前回とあわせて107曲だ。全部で204曲あるので、それでもブラームスの歌曲半分をカバーしたに過ぎない。

初回60曲はメジャーな曲ばかりだ。今回はそれらに次ぐ位置づけということでフレッシュ・オールスターとでも呼べるだろう。多分退屈だと思うので曲名は列挙しません。

2006年7月19日 (水)

第二のルート

「ブラームスの辞書」の販売は書店に依存していない。ブログを通じてのネット販売のみだ。これが第一のルートである。この度第二のルートで注文が舞い込んだ。第二のルートとは、「ブラームスの辞書」の出版者に注文が入り、その情報を出版者から著者である私に転送いただいたことを指す。刊行以来こうした受注のしかたを想定しなかったわけではないが、実際には希だと思っていた。

出版者・石川書房から転送されたメールを見て仰天した。注文主は、某音楽大学付属図書館となっていたのだ。この図書館の蔵書収集のご担当から、石川書房に注文が入ったというわけである。つまりこの注文は、その図書館に「ブラームスの辞書」を蔵書しますという意思表示に他ならない。

さっそく、ご担当の女性にメールを入れた。販売なんて滅相も無い。寄贈させていただく主旨をお伝えすると、丁寧なお礼のメールが帰ってきた。やはり続くときは続いてしまうのだろう。7月13日以来少し神がかっている。

冷静を装ってはいるものの、実は相当嬉しいことお察しの通りである。

2006年7月18日 (火)

Grave

「荘重に」と訳される。一般に「largo」とともに「adagio」より遅い領域をカバーしていると考えられるが、ブラームスにおいては、速い遅いの問題よりニュアンスが問われている感じである。「adagio」では少ない「f」との共存が普通に見られる。「遅さ&ある種の圧力」を想定したい。

作品番号付きの作品においてはパート系での使用は一切無く、トップ系で2回出現するに過ぎない。弦楽五重奏曲第一番の第二楽章に「Grave ed appasionato」として出現するのと、土壇場「四つの厳粛な歌」作品121-3「おお死よ何と苦々しいことか」冒頭で単独使用されているのみだ。ベートーヴェンでは「grave」入りの語句が6回も使用されているのと好対照である。「grave」「largo」等の「adagio」より遅いとされる用語はブラームスにおいては出現頻度が低い。「largo」に至っては無いも同然の使い方になっている。

だから尚更、「四つの厳粛な歌」第三曲での単独使用が目立つ。物理的数学的なテンポだけで言うなら「adagio」としても支障は無いと思われるが、あえて「grave」を起用するところに底知れぬ意図を感じる。個人的にはこの第三曲を「四つの厳粛な歌」の頂点と位置付けることにためらいはない。平たく言うと、この曲が好きなのだ。

演奏時間にして4分前後、独唱とピアノ伴奏だけの作品なのに、何と言う奥行き、深みだろう。フルオーケストラ、それも4管編成とやらに、まだ足りぬと言って混声四部合唱と独唱者を加え、一時間以上かけねば、自らの音楽的意図が表現できないとしたら、何かしらの才能の欠落があるとしか思えない。

この曲をピアノ弾き語りで聞かせながら涙するブラームスを想像してみるがいい。

2006年7月17日 (月)

受注第7号

7月13日に4ヶ月ぶりの注文が舞い込んだと一昨日のブログに書いた。

ところがまた別の注文が届いた。注文主は「ブラームスの辞書」刊行以前からの知人ではないので「受注第7号」ということになる。もちろんブログ「ブラームスの辞書」の読者であり、関東地方にお住まいの女性のピアニストさんである。

これで7月の注文は2冊となり月間のノルマは達成である。2年目が幸先の良いスタートとなった。

それにしても7月13日に迎え火をたいてから続けざまの注文だ。今我が家にブラームスがお見えになっていると考えねば辻褄が合わない。この種の嬉しいエポックを「偶然」と片付けるのは野暮である。昨日、送り火をたいたのにまだ我が家に滞在中と思われる。こうなったらいっそ8月のお盆まで長期で滞在してもらおう。

2006年7月16日 (日)

サマーコンサート

娘たちの出演するサマーコンサートがあった。ピアノで20名、ヴァイオリンで7名が出演した。1年半に1度開催される発表会とは別の催しなのだが、人前で演奏するという一点においては、発表会と何等変わるところが無い。ピアノ、ヴァイオリンそれぞれ2部に分かれて、ほぼ年齢順に演奏するので習い始めた頃は、いつも最初の頃に出番が来たものだが、今回初めて出番が2部に割り当てられた。なんだかグッとお姉さんになった気分である。

ヴァイオリンの発表会は定期的にやってくるので、ヴァイオリン演奏というレンズを通して、娘等の成長を定点観測する良いツールになっている。

妹の出番は第2部の冒頭だ。ザイツのト長調の協奏曲の第2と第3楽章を演奏する。この曲の第1楽章は2年前に姉が弾いている。二人がかりで1曲を完成させたことになる。過去最高の出来だと思う。今回は標準の4/4サイズのヴァイオリンになって初めての発表会だったが、戸惑うことも臆することもなく、実力通りの演奏が出来た。

姉の出番は妹の直後。ファーマー作曲の「ホームスイートホーム変奏曲」だ。中学入学後初の演奏会だ。バドミントンとの両立が試される。全く想定していないところで暗譜が飛んでヒヤリとさせられたが、平然とごまかして事なきを得た。こういう度胸だけは満点である。あと2年半続く部活と受験とヴァイオリンの三つ巴の戦いの第一歩だ。明日もまた休まずに練習をして気を引き締めねばならない。発表会の翌日練習を休まないことが大切なのだ。

さて、今回の演奏会にはもう一つ大事なことがあった。それは姉妹が亡き妻の形見のヴァイオリンを弾いたことだ。姉は前回の発表会でも弾いたのだが、妹が4/4に昇格したので、同じ楽器を弾くこととなった。姉の出番は妹の直後だから、舞台の袖で、肩あてだけをあたふたと取り替えて演奏に臨んだ。

いつかブラームスを弾かせたい。

2006年7月15日 (土)

真夏の吉報

実に久しぶりに「ブラームスの辞書」に注文が舞い込んだ。本年1月16日の記事「ご贈答好適品」で触れた首都圏在住の女性ピアニストの方から再び注文をいただいた。前回はご自分が師事しているピアノの先生への贈り物としてご注文いただいたのだが、今回はお友達ヘのお誕生日のプレゼントだという。

ほぼ4ヶ月注文が途絶えていたせいか、このまま一生注文が来ないかもと思っていたので嬉しさもひとしおである。おまけにである。今回お誕生日を迎えられるそのお友達というのが、「ドイツ在住のオルガニスト兼合唱指揮者」だというのが、また妙に嬉しかったりする。

注目のopus番号は「12」をご指名だ。いやいや渋すぎる。女声合唱のための「アヴェマリア」である。さすがは合唱指揮者である。

今日から倉庫が3連休に入るのでお届けは19日になる見込みである。

いい大人がただ、舞い上がってしまっている。

2006年7月14日 (金)

最短のpoco f

「poco f」を字義通り「少し強く」と機械的に解するばかりでは、ブラームスの本質を見失いかねないというのが、「ブラームスの辞書」の主たる主張の一つであることは、既に何度か述べてきた。

その「poco f」の全ての用法の中で持続時間の最短がピアノソナタ第一番に出現する。第四楽章178小節目の最後の8分音符に付与された「poco f」の持続時間は僅かに8分音符一個分だ。前後も同じく8分音符なのだが、この音符一個だけを「poco f」で弾けと読める。「allegro con fuoco」で駆け抜けながらである。正確を期すために付け加えると、ヘンレ版では「pf」と略記されている一方で、国内版では「poco f」と書かれている。

「poco f」を「pf」と略記するというのは、ブラームスの癖ではないようだ。これは難解である。略記するしないの基準がさっぱりつかめない。出版社の気紛れということもあり得るのでほぼ、お手上げだ。学生時代ブラームスに目覚めた頃、この「pf」は「弱くだたちに強く」の意味だと思い込んでいた。つまり「fp」の意味からの類推である。実際のところ鳴らされる音楽が「弱くただちに強く」という先入観と矛盾していなかったことも重なってずっと「弱くただちに強く」だと思い込んでいた。

天下のヘンレ様に対して大変申し訳ないのだが、もしかするとこの「pf」は「fp」の誤りではないだろうか?「allegro con fuoco」で駆け抜けながらここを「poco f」で弾けとは、現実的ではないと思う。ヘンレ版が「pf」になっている一方で、もし国内版が「fp」になっていたら勝ち点3を差し上げていたところだ。ご丁寧に判り易くしたつもりの「poco f」が踊っていては、つける薬が無い。なかよく勝ち点1ずつだ。

「fp」と「pf」の混乱には実例がある。作品86-1「テレーゼ」という歌曲の冒頭だ。ドーヴァー版では「pf」になっている一方でマッコークルでは「fp」になっている。

何が目的かは断じかねるが「poco f」を「pf」と略記することはリスクが伴うと思っていたほうがいい。

2006年7月13日 (木)

お盆

我が家では年に5回飾り付けを伴う行事がある。クリスマス、正月、桃の節句、端午の節句それからお盆だ。

今日、提灯を飾って迎え火をたいた。子供たちはいまだに何が何だか判らぬようだ。亡き妻と亡き父が年に一度帰宅すると説明している。道に迷わないよう目印にと提灯を飾るのだ。迎え火は無事に今年も訪ねてくれたという印だ。今日から送り火の日まで3泊4日で我が家に滞在する手はずになっている。

結婚せず子供もいないブラームスは、世界中で作品が愛されているけれども、お盆には、行くところが無いのではないだろうか。本来提灯を飾って迎え火をたくべき子孫がいないのだ。私はといえば、昨年「ブラームスの辞書」を出版した上に既に一年以上奇特なブログでブラームスへの思いを表明している。何とか気持ちが伝わって一度くらいお盆に我が家に来てはもらえないものだろうか?おいしいワインとレバー団子のスープくらいは用意するのだが。

何せ、訊きたいことはヤマほどある。

2006年7月12日 (水)

ブラームス教

「ブラームスの辞書」の刊行から1年が過ぎた。ずっとブログを更新し続けることが出来た。記事を書くために「ブラームスの辞書」の執筆中と変わらないくらいブラームスにドップリと浸かっていた。そういう自分に驚いている。そして汲めども尽きぬブラームスの懐の深さに今更ながら感心している。

好き嫌いを通り越して、もはや信仰に近いとも感じている。そういえば昔からそういう兆しがあった。写譜を好きなどというのは典型だ。これなどは写経に通ずるところがある。クリスマスよりブラスマスだったりもその実例だ。ブラームスが失恋の痛手に浸らないように細心の注意を払ってきた。結婚披露宴ではブラームスを流していたし、2次会は第四交響曲だった。ハネムーンでウイーンの中央墓地に墓参りに行ったときはなんだか聖地巡礼の気分だった。子供らに最初に聞かせた音楽はブラームスだった。妻が他界したときは、ずっとドイツレクイエムを流していた。娘たちのヴァイオリンの当面のゴールはブラームスの演奏だ。

ブラームスの楽譜は重要な経典ないしは聖書のようだ。経典には注釈書が付いて回るが、思い余って自らそれを書いてしまったのが「ブラームスの辞書」だと位置付けられる。朝晩のお祈り代わりに毎日ブログの更新だ。お布施はCDショップと楽譜ショップに毎月せっせと納めている。この調子だと子供らの結婚式は「ブラ前」結婚に違いない。

どこから見ても宗教だ。とかく宗教心が希薄といわれる日本人だが、そうでもない。

2006年7月11日 (火)

刊行一周年

昨年の7月11日に「ブラームスの辞書」が納品された。ちょうど大阪への出張が入っていたので、納品の知らせは新幹線を待つ東京駅のホームで受け取った。一日千秋の思いで大阪出張を切り上げて東京に戻ったが、実際に本と対面したのは12日だった。

あれからもう一年が経った。その間私の手許を離れたのは82冊だ。そのうちの24冊が代金と引き換えだ。10年で全部売り切るための目標は月間2冊の販売だから数としては予定通りだ。

「ブラームスの辞書」の奥付には「発行年月日2005年6月15日」と書いてあるから、私を筆頭とする関係者がこの世にいなくなった後は、実際の納本日である7月11日は忘れ去られる運命にある。

あの日の感動は、子供が生まれたときの感動にさえ匹敵している。だからせめてブログにそれを書き残しておきたい。

2006年7月10日 (月)

milchjunger Knabe

作品86-1「テレーゼ」という歌曲の冒頭を飾る語句。もちろんドイツ語だ。

「milchjunger」は「milch」と「junger」に分けて考えるといい。「milch」は「ミルク」だ。「junger」は英語で言うと「young」つまり「若い」だ。「Knabe」は「若者」「子供」で特に「男の子」を指す。だからといって「milchjunger Knabe」で断じて「男の赤ん坊」と解してはならない。「乳臭い」「おっぱい臭い」というニュアンスだ。「母離れも出来ない」という意味を濃厚に含む。年下の子供っぽい男の子に不器用に言い寄られた年上のお姉さんの発した言葉なのだ。

実際には「Du milchjunger Knabe」と使われている。年下の男の子に興味を持ちながらも軽くあしらっている、ちょっといけないお姉さんだ。日本語で説明するとかなりの文字数を費やさねばならない微妙なニュアンスを「milchjunger Knabe」一発で表現している。詩人の腕もさることながら、言葉の要請に音楽で応えきったブラームスも素晴らしい。

明日から3日間ココログはシステムメンテナンスに入るので時限式公開機能を設定する。

2006年7月 9日 (日)

涙を呑んだもの

自費出版においてネックになるのは、多くの場合ご予算である。マイカーよりは安い出費とはいえ、なかなか思うようにならない。大抵は「やりたいこと」と「限られた予算」の綱引きがある。「やりたいこと」に優先順位をつけて、予算との折り合いをつけるのだ。

「ブラームスの辞書」とてその例外ではなかった。予算のかねあいでいくつか諦めたこともある。ハードカバーにこだわったためにページ数を400ページまで切り詰めることにしたというのが一番大きい。原稿の段階では、そういうことは気にせずに、全部を盛り込んでから完成後にカットをした。カットの憂き目にあったのは「譜例」「拍子ネタ」「調性ネタ」だった。

見出し項目数約1170の辞書だから、各項目に1箇所ずつ譜例を入れても千箇所を軽く超える譜例が必要になる。ましてや見出し一箇所について譜例は一箇所で収まるわけがないのだ。入れたいだけ譜例を入れていたら1000ページにだって届きかねないのだ。だからキッパリ譜例は諦めた。

それでもまだ多い。「拍子ネタ」とはブラームスの作品における拍子に関連するお話だ。思い切ってこれもカットした。20ページ分くらいになったと思う。これはあまり苦痛を伴うことは無かった。大変だったのは「調性ネタ」だ。ブラームスの調の扱いは微妙で書きたいことはいくらでもあった。しかし、調はなかなか微妙でブラダスを駆使した統計には、なじみにくい面もあった。1箇所2箇所という具合に数えにくいのだ。断言が難しいケースが多い。これは涙を呑んでというよりも次回の楽しみ的にカットした。

カットの結果、372ページくらいになった。400ページまでまだ余裕が出来た。この28ページ分に譜例を復活させることにした。どの部分の譜例を載せるのかが悩ましくも楽しい作業になったが、結果として173箇所の譜例を復活させることが出来た。通常の音楽書の常識からすれば、はるかに少ないが、バッサリ切られた部分の無念を晴らす意味でも気合を入れて切り貼りした。この173は偶然だ。今年のブラームス生誕173周年に引っ掛けたわけではない。

だから「ブラームスの辞書」はきっちり400ページになっている。

2006年7月 8日 (土)

舞曲楽章の流れ

昨日の記事と一緒にお読みいただくと面白さが一層引き立ちます。

一般に交響曲を含むソナタにおいて、第一楽章と終楽章(第四楽章とは限らない)に挟まれる楽章を中間楽章と呼ぶことがある。この中間楽章のうち緩徐楽章でないものが、しばしば舞曲楽章と呼ばれている。古い時代のディヴェルティメントには舞曲楽章を複数持つものもあった。ここにどんな種類の舞曲を持ってくるかという点で作曲家の個性が浮き上がる。時代が遡るとメヌエットが断然多い。風向きが変わるのはベートーヴェンからだ。彼はここにスケルツォを持ってくる。第九交響曲においては第二楽章に持って来るなどの場所替えも行っている。

ブラームスはどうだったのか?創作の初期においては「スケルツォ」を配するという伝統に従っている。位置は第二楽章と第三楽章でぶれるもののタイトルは「スケルツォ」だ。メヌエットとスケルツォ両方を持つセレナードを含めてソナタ7回連続で「スケルツォ」だ。8回目のピアノ四重奏曲第一番の「Intermezzo」によってこの流れが途切れる。8分の9拍子のユニークな舞曲だ。8分の9拍子の1小節を3つに感じればメヌエットのテンポだし、9つの8分音符と見れば、スケルツォとも受け取れるという代物だ。この段階では、いかにも唐突な「Intermezzo」のタイトルも、後から振り返ると重要な予告編だったことがわかる。

9回目から11回目までの3つの室内楽にも「スケルツォ」が現れるが、恐らくブラームスの内面では何かが動いていたに違いない。交響曲や弦楽四重奏曲で巨人ベートーヴェンと対峙するための準備と考えたい。

12回目のチェロソナタ第一番は、全体で3楽章のソナタだ。ブラームスでは初めての試みだ。中間楽章から緩徐楽章が省かれる。その代わりでもないのだろうが、スケルツォよりは、あきらかにテンポの落ちた楽章が置かれる。「メヌエット」という断言を巧妙に回避した「Allegretto quasi menuetto」だ。メヌエットを除く舞曲楽章が「allegro」未満のテンポになった最初のケースだ。しかし拍子はオーソドックスな4分の3だ。「allegro」へのブレーキもまた後ほど大きな意味を持つにいたる。

13回目には異例中の異例を形成する「ホルントリオ」が来る。第一楽章にソナタを持たないソナタだ。第一楽章に「andante」を持ち込んだ点でも際立つ。肝心なソナタ形式は終楽章に来る。ロンド-緩徐楽章-舞曲-ソナタという具合だ。通常のソナタ形式の全くの逆順だ。舞曲楽章には「スケルツォ」と明記された4分の3拍子が置かれる。皮肉なことに「高速4分の3拍子-スケルツォ-第三楽章」という伝統的なパターンはこれが生涯で最後になる。

14回目の弦楽四重奏曲第一番はエポックを形成する。第三楽章の舞曲楽章にタイトルの明記が無くなる。発想記号は「Allegretto molto moderato e comodo」だ。拍子も異例な8分の4拍子である。8回目で実験されていた「Intermezzo」が完全に姿を現したと解されよう。

以降の舞曲楽章でのタイトルの明記は、16回目のピアノ四重奏曲第三番と21回目のピアノ三重奏曲第二番に「スケルツォ」が存在するだけだ。後は全部ノンタイトルである。弦楽四重奏曲全部と、交響曲全部がこのノンタイトル型に属する。ピアノ協奏曲第二番の巨大なスケルツォからもタイトルが剥奪されている。

試行錯誤は別の形でも続いている。19回目の第二交響曲のあとヴァイオリン協奏曲が舞曲楽章を除く3楽章で出来ていることは当然だが、その直後のヴァイオリンソナタでは舞曲楽章が欠落しているのだ。ヴァイオリンソナタでは続く2番も舞曲楽章が欠落しているが、緩徐楽章の中間に舞曲気味のエピソードを持ち込むことでバランスが取られている。緩徐楽章中に舞曲を持ち込むパターンは22回目の弦楽五重奏曲第一番で実験されたものだ。

もはや正統的な4分の3拍子のスケルツォは現われない。テンポが「allegro」に達することは希になる。万が一達してもそのときは決まって拍子が4分の3ではない。8回目のピアノ四重奏曲第一番でささやかに提示された「Intermezzo」が後期においては主流となっている。

それから調性に関して興味深いことがある。ブラームスの舞曲楽章全38曲で、最も多く採用されている調はハ短調で全7曲だ。一方最も多く採用されている拍子は4分の3拍子で18曲を数える。でありながら「ハ短調で4分の3拍子」の曲は一つもない。ハ短調7曲のうち冒頭に「Scherzo」と明記された曲4つは全て8分の6拍子になっている。「FAEソナタ」と通称される「スケルツォ」が「ハ短調&6/8拍子」になっているのは、どこまで意図的かは判らぬが、後年のスタイルを予言している点で興味深い。

  1. 拍子が4分の3から離れてゆく。
  2. テンポが「allegro」に達しなくなる。
  3. ノンタイトルになる。
  4. 形式の曖昧化、いわゆる「Intermezzo」化が進む。
  5. 舞曲楽章がハ短調を採用するとき、拍子が4分の3拍子にならない。

ブラームスの舞曲楽章を概観すると上記のような流れが観察される。ブラームスとベートーヴェンを分かつ傾向だと思われるが、何故か話題にされない。

2006年7月 7日 (金)

スケルツォ

「Scherzo」と綴る。無論イタリア語で元の意味は「冗談」「戯れ」のような意味だ。独立した鍵盤楽器作品への登場は少なくともJ.S.バッハまでは遡ることが可能である。ロマン時代になると、原義は薄れひたすらマジになってしまう。

ソナタ形式中の舞曲楽章に確固たる地位を築いたのはベートーヴェンだ。例外はあるものの、4分の3拍子。メヌエットよりは明らかに速いテンポが特徴だ。

ブラームスにおいて作者本人が「Scherzo」と楽譜上に明記しているのは17曲。独立型はわずかに1曲で残りは皆、ソナタの中間楽章型である。17曲の「スケルツォ」のうち長調は5曲だけだ。ブラームス全楽曲に占める長調作品の割合は54%だから、「スケルツォ」における長調の比率29%は少ないと位置付けていい。

伝統の「速い4分3拍子」型のスケルツォは1863年発表の作品40「ホルン三重奏曲」を最後に書かれなくなる。この時期以降の明記されたスケルツォは2曲だけでありかつ、拍子が6/8になってしまう。ピアノ協奏曲の第二番に事実上のスケルツォ、しかも「速い4分の3拍子型」が存在するのに「Scherzo」と明記されていないのが目立つ。

作品51の2つの弦楽四重奏曲以降、ソナタの舞曲楽章において「スケルツォ」が巧妙に避けられている印象だ。最後の明記された「スケルツォ」は作品87のピアノ三重奏曲第二番だ。しかし、むしろこの三重奏曲だけが大きな例外なのだ。1882年作だから、残る15年の創作活動で「スケルツォ」を放棄している。いわゆるソナタ12曲をなお生み出しながら「スケルツォ」を書いていない。「スケルツォ」っぽい楽章は存在するが断固明記しないということなのだ。

「スケルツォ」日照りとも名付けうるこの奇妙な現象の始まりが弦楽四重奏曲第一番だというのが象徴的だ。結果として、作品の全てがこの時期以降になる弦楽四重奏曲、交響曲というベートーヴェンのホームグランドにおいてブラームスは「スケルツォ」を避けている。「スケルツォ」の大御所ベートーヴェンに対峙する際のブラームスのスタンスであり意思表示である可能性を考えたい。あるいは、ソナタ形式というものに対するブラームスの回答のひとつであるとも考えられる。自己批判により日の目を見ることなく廃棄された弦楽四重奏曲の中に、旧型スケルツォがあったかも知れないと想像するのは楽しい。

ピアノ協奏曲第二番の第二楽章にさえ「Scherzo」の表札を掲げないということは相当の決意だと思われる。

2006年7月 6日 (木)

時限式仕掛け花火

「ブラームスの辞書」が間もなく刊行から1年を迎えようとしているのに、我が家の子供たちは全く感心を示そうとしない。著者の子息という特権で「53、1、78」のようなメジャーな番号を背負った本をもらっておきながら、無惨にもデスクに積み置かれている。

ヴァイオリンを半ば強制的に習わせ、ブラームスの作品をゴールラインに設定している娘たちでさえ、「どこのおじさん?」みたいなリアクションに終始しているのだから、長男は絶望である。

漢詩に「子を責む」という一遍があった。陶潜の作だったと思う。「阿舒ゆくゆく二八、乱堕もとより類なし」「阿宣ゆくゆく志学、しこうして文術を好まず」「雍と端とは年十三、六と七とを識らず」「通子九齢になんなんとして、ただ梨と栗とを求むるのみ」いう具合に親の期待通りにならない子供たちを嘆く歌だ。最後は漢詩らしく「あくせくしないで酒でもたしなむとするか」で終わっていた。高等学校で習った時にはチンプンカンプンだったが、今は判るような気がする。

気を長く持たねばなるまい。将来3人のうちの誰か一人が、音楽に興味を持ち、ブラームスに歩み寄って、父の著書「ブラームスの辞書」を自ら手にとってくれる日を信じたい。そのときの子供らの唖然とする顔を想像している。父の残した本を世界一のブラームス本だと思ってくれる日を待ちたい。

「ブラームスの辞書」は子供たちの人生に父たる私が仕掛けた「時限式仕掛け花火」である。地雷ほどは危険ではない。時限式と言っても、もちろん着火のタイミングは決まってはいない。興味を持って近づいてくれさえすれば、いつでもキレイに着火して、子供らの人生をささやかに照らすだろう。遅れに遅れてそれが孫であっても本望である。

2006年7月 5日 (水)

諦観

ブラームスの音楽が言葉で表そうと試みられる際に、しばしば用いられる単語。「あきらめ」「諦念」もこの一種である。「ブラームスの辞書」では一箇所も用いられていない。

ブラームス自身が、自分の作品に「諦観」を盛り込もうとしたのかどうか定かではないと思われるが、音楽評論界では、頻繁に用いられて重宝している単語の一つだ。ブラームスが「私は自作に諦観を盛り込んだンですよ」ともちろんドイツ語でいいから誰かに語った証拠は見当たらないらしい。このことは意外と重要である。

  1. ブラームスが自作に「諦観」を盛り込もうと企てた結果、ブラームスの意図通りに聴き手が「諦観」を感じ取った。
  2. ブラームスは「諦観」を盛り込んだつもりなどないのに、後世の聴き手が、ブラームスの作品から感じたものに「諦観」と名付けている。

断じて2番である。そもそも何かを諦めるなら一人で黙って勝手に諦めれば事足りるのだ。「私は諦めますよ」と周囲に発信するのは大抵「諦めるのを誰かに止めて欲しい」か「諦めたくない」かどちらかである。つまり諦め方としてはあまり上等、スマートではない。ブラームス自身は「諦観」「あきらめ」を自作に盛り込もうとしてなんかいないと思う。

ブラームスの作品を聴いて脳味噌に去来する感情を、無理を承知で言葉に置き換えようと試みた人間が、過去に経験した感情のうち、もっとも近いものが「あきらめ」「諦観」だったに過ぎないと思われる。強いていうなら、多くの人間がこの比喩に無理が無いと感じているのもまた事実なのだろう。たからこそ、ブラームスの作品中に「諦観」を聴くとする言説が歳月を経て生き残っていると思われる。

しかしそれは、ブラームスの作品に「諦観」がこめられているかどうかとは、厳密に区別されねばならない。

2006年7月 4日 (火)

ヴァイオリン協奏曲の第一楽章

ブラームスのヴァイオリン協奏曲の第一楽章はニ長調3/4拍子だ。疑問の余地は無い。

しかしだ。ヴァイオリン協奏曲の第一楽章が3/4拍子になっている例は他に見かけないがいかがだろう。ブラームスのヴァイオリン協奏曲の解説ではニ長調という調性だけを取り上げてベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と一致していることを強調する文章にはしばしば遭遇するが、拍子の問題に触れるケースは少ない。

メンデルスゾーン、チャイコフスキー、ベートーヴェンは皆3/4拍子ではない。そもそもヴァイオリンに限らず協奏曲というジャンルに対象を広げても3/4拍子の第一楽章は相当珍しいと言えそうだ。交響曲となると、様相は一変する。3/4の第一楽章はちっとも珍しくない。こういう事実にはあまり言及されない。ブラームスというと「頑固」「保守的」というイメージがあるから「他の人がしていないこと」をしている事実には言及しないという暗黙のルールがあるのではと勘繰りたくなってしまう。

2006年7月 3日 (月)

拍子の選択基準

頭に浮かんだ楽想を楽譜に定着させていく際に、記譜上の拍子に何を採用するかに基準はあるのだろうか?我々愛好家は、作曲家がある種の基準を駆使した結果としての楽譜を見るだけの立場なので、しばしば疑問にブチ当たる。

昔、作曲料が1小節いくらで支払われていた頃、4分の4拍子の曲を4分の2拍子に無理やり焼き直して作曲料を稼いでいたという話も耳にしたことがある。

  1. 上記の通り、2/4と4/4の区別は素人目には曖昧に見える。
  2. 3/4を採用するか3/8を採用するかは何がキーになっているのだろうか。作品117-2と118-6の両インテルメッツォが3/8になっているが、これらは3/4ではいけないのだろうか?作品116-4や6、あるいは作品118-2のような3/4のインテルメッツォとの相違はどこにあるのだろう。トマス・シューマッカーという人は3/8という拍子を「テンポが遅くなり過ぎないように」という警告だと断言している。これは一見唐突に見えるが、作品117-2のインテルメッツォには「andante non troppo」というレアな表示で「遅過ぎ」を戒めていることと符合している。第三交響曲の第3楽章の3/8は3/4ではいけない理由が何かがあるのだろうか?逆にチェロソナタ第一番の第2楽章は、3/8ではなくて3/4でなければいけない理由があるのだろうか?
  3. 6/8と6/4も同様だ。より自在にヘミオラを駆使したいときが6/4とも思えるが基準は曖昧だ。
  4. スケルツォにおいて、3/4を採用するか6/8を採用するかも興味深い。ハ短調のスケルツォがいつも6/8になることは明らかだが、理由は明確ではない。チェロソナタ第二番の第三楽章は確かに6/8のヘ短調だが、この場合には楽章冒頭に「scherzo」と明記されてはいない。
  5. 数は少ないが2/4ではなくて4/8を採用する基準はどこにあったのだろう。たとえばヴァイオリン協奏曲第2楽章、チェロソナタ第二番のピチカートの緩徐楽章、ヴァイオリンソナタ第二番はどれも2/4だが、弦楽四重奏曲第一番第三楽章が4/8になっている明快な理由は提示しにくい。本例3つの2/4が、仮に4/8であったとしても不自然ではない。

高度な芸術上の判断なのだろうか。

2006年7月 2日 (日)

テンポ

モーツアルトによれば「音楽においてもっとも必然的で難しくかつ主要なもの」で、ストラヴィンスキーによれば「原点」とされている。ヘルムート・ドイチュ先生もその著書では1章30ページをテンポの著述に割いておられる。いわく「演奏家や聴衆の間での意見の相違の元になるもの」とある。適正なテンポの定義は個人個人で相違するが、明らかに間違ったテンポも存在すると指摘する。作品中の最も細かい音符の部分でテキストが明瞭に聴こえることが、速い側の上限を規定し、フレージングの緊張を失わないこととブレスが遅い側を規定しているという。

同じ発想記号でも時代により指し示すテンポが変化していることも珍しくは無い。それどころか同じ作曲家でも作品により相違してしまう事さえある。厄介なことにメトロノームはあまり尺度としては使えない。メトロノーム上(すなわち数学的に)正しいテンポでも心が拒否することさえあるだろう。

ブラームスもメトロノームには懐疑的であったが、いくつかの作品にはMM値が書き込まれている。フレーズごとに変幻自在にテンポをいじるビューローの演奏を聴いて、オーケストラからまるでピアノのような自在のニュアンスを引き出す手腕を評価する一方で、明らかにやりすぎを匂わせるニュアンスで「テンポをいじって欲しいところには、楽譜にそう書いてある」とも語っていたらしい。裏を返せば、「何も書いていないところでテンポをいじるな」とも解し得る。ブラームスの楽譜に溢れる夥しい量の音楽用語は、こうした意思を裏付けていると思われる。

多岐にわたると思われる音楽記号も、実は「テンポ」「ダイナミクス」「奏法」の3本の柱に集約されると思われる。ニュアンスとはこれらの組み合わせで生み出されるものに違いない。「テンポ」はまさに三本柱の一角を構成している。

同一楽曲の演奏家による比較論を詳述した書物にたびたびお目にかかる。特定の楽章の演奏時間の比較は日常茶飯だが、少し凝った書物になると特定の曲の特定の部分のメトロノーム値を計測しそれを比較するという手法がとられていることが多い。一度試してみるといい。その作業がどれほど大変かわかる。鳴っているCDの特定の場所のメトロノーム値の計測は口で言うほど簡単ではない。テンポは調性以上に移ろい易い。「特定の瞬間のテンポ」などという微分法的な概念は、理論的には存在を想定出来るが、測定は難しい。

何故、労を厭わずにそうした試みを続けるのだろう?

複数の演奏間の微妙な相違は、極めて言葉になりにくい。それを第三者に理解可能な言葉にするとなると対象は限られる。つまりテンポしか比較出来ないのだ。テンポと、そのテンポを駆使した結果としてのトータル演奏時間しか客観性のあるデータを提供出来ないと自ら告白しているようなものである。「テンポしかわかりません」とはっきり書くわけにもゆかないので、微分法的テンポネタでお茶を濁すといったところが意外と図星なのではなかろうか。まず結論ありきの先入観が測定に影響していないことを祈りたい。

2006年7月 1日 (土)

再生制限

我が家に音楽を再生する手段はいくつかある。最近妙なことに気付いた。カセットテープの再生が車の中でしか出来ないのだ。ポータブルCDプレイヤーはCDとMDだけだし、パソコンはCDとDVDだけだからだ。もちろんipodもあるがカセットテープの再生手段はカーステレオだけだ。それでも大して不自由はしていない。

再生制限というのは他でもない。一昨年6月の購入の時から、我が家のパソコンに願掛けをした。ブラームスとバッハ以外の作品をパソコンで再生しないという誓いを立てたのだ。無論目的は自費出版の成功である。ご承知の通り、願掛けが功を奏して念願がかなった。出版から1年が経過しそうな今でもその誓いは厳密に守られている。ブラームスとバッハ以外が聴きたいとき(たまにはそういうときもある)はポータブルCDプレイヤーかカーステレオに頼っている。この不自由さがたまらないのだ。

さらにipodになるともっと制限が厳しい。バッハの再生も許されていないのだ。例外もいくつかある。他の作曲家がブラームス作品を編曲した場合は許される。ト短調ピアノ四重奏曲の管弦楽版は、ちゃんと許可されている。逆に、他の作曲家の作品をブラームスが編曲した場合もOKである。左手のためのシャコンヌDmollが、この特例のおかげで再生できる。作品番号つきの作品全部と歌曲1100曲も取り込んで、やっと6GB弱だ。残り50GB全部ブラームスで埋めてやるつもりだ。

バカにつける薬はない。

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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