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2006年7月 7日 (金)

スケルツォ

「Scherzo」と綴る。無論イタリア語で元の意味は「冗談」「戯れ」のような意味だ。独立した鍵盤楽器作品への登場は少なくともJ.S.バッハまでは遡ることが可能である。ロマン時代になると、原義は薄れひたすらマジになってしまう。

ソナタ形式中の舞曲楽章に確固たる地位を築いたのはベートーヴェンだ。例外はあるものの、4分の3拍子。メヌエットよりは明らかに速いテンポが特徴だ。

ブラームスにおいて作者本人が「Scherzo」と楽譜上に明記しているのは17曲。独立型はわずかに1曲で残りは皆、ソナタの中間楽章型である。17曲の「スケルツォ」のうち長調は5曲だけだ。ブラームス全楽曲に占める長調作品の割合は54%だから、「スケルツォ」における長調の比率29%は少ないと位置付けていい。

伝統の「速い4分3拍子」型のスケルツォは1863年発表の作品40「ホルン三重奏曲」を最後に書かれなくなる。この時期以降の明記されたスケルツォは2曲だけでありかつ、拍子が6/8になってしまう。ピアノ協奏曲の第二番に事実上のスケルツォ、しかも「速い4分の3拍子型」が存在するのに「Scherzo」と明記されていないのが目立つ。

作品51の2つの弦楽四重奏曲以降、ソナタの舞曲楽章において「スケルツォ」が巧妙に避けられている印象だ。最後の明記された「スケルツォ」は作品87のピアノ三重奏曲第二番だ。しかし、むしろこの三重奏曲だけが大きな例外なのだ。1882年作だから、残る15年の創作活動で「スケルツォ」を放棄している。いわゆるソナタ12曲をなお生み出しながら「スケルツォ」を書いていない。「スケルツォ」っぽい楽章は存在するが断固明記しないということなのだ。

「スケルツォ」日照りとも名付けうるこの奇妙な現象の始まりが弦楽四重奏曲第一番だというのが象徴的だ。結果として、作品の全てがこの時期以降になる弦楽四重奏曲、交響曲というベートーヴェンのホームグランドにおいてブラームスは「スケルツォ」を避けている。「スケルツォ」の大御所ベートーヴェンに対峙する際のブラームスのスタンスであり意思表示である可能性を考えたい。あるいは、ソナタ形式というものに対するブラームスの回答のひとつであるとも考えられる。自己批判により日の目を見ることなく廃棄された弦楽四重奏曲の中に、旧型スケルツォがあったかも知れないと想像するのは楽しい。

ピアノ協奏曲第二番の第二楽章にさえ「Scherzo」の表札を掲げないということは相当の決意だと思われる。

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