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2006年8月31日 (木)

ダイナミクスレンジの拡張

このところ続いているシェーンベルグネタである。ブラームス作曲ピアノ四重奏曲第1番ト短調op25原曲とシェーンベルグ編曲のダイナミクス表示のバランスを比較してみたのが下記である。

  1. 「fff」 0.25%0.00%
  2. 「ff」 13.20%11.24%
  3. 「f」 24.92%27.53%
  4. 「poco f」 0.08%4.21%
  5. 「mf」 12.21%3.09%
  6. 「mp」 0.90%0.00%
  7. 「p」 30.49%44.10%
  8. 「molto p」 0.25%1.69%
  9. 「pp」 14.92%8.15%
  10. 「ppp」 2.70%0.00%
  11. 「pppp」 0.08%0.00%

左側の赤い数字がシェーンベルグで、右側の青い数字がブラームスの原曲である。

ダイナミクス「p」が最大勢力になっている点は同じだが、ブラームスで44%を超えていた集中度がシェーンベルグ編では30%強に下がっている。ダイナミクスの拡散が見られる。続いて目立つのがダイナミクスレンジの外周の拡大だ。ブラームスの原曲では「ff」と「pp」のレンジに全部が収まっているのに対し、シェーンベルグ編曲では、「fff」や「ppp」「pppp」を登場させている。室内楽の原曲を管弦楽に転写するのに必要なダイナミクスレンジの外的拡大だと考えられる。

一方で既存レンジの内側においても質的変化が認められる。まず特筆されるべきは「poco f」の消滅である。原曲に15箇所あった「poco f」がシェーンベルグ編では1箇所になっている。第3楽章冒頭を筆頭に多くは「mf」または「f」に転用されている。「poco f」の転写先になった「mf」は原曲では3%強に過ぎないがシェーンベルグは12%強の出現率になっている。ブログ「ブラームスの辞書」でも言及してきたブラームスの「mf」に対する屈折した思いはシェーンベルグには認められない。

大きく出現比率を減じた「p」に対して「mp」と「pp」が台頭しているのが目を引く。原曲では全く出現しない「mp」が11箇所も用いられているのが、印象的である。

「ff」「f」「p」「pp」を柱にしながらもやや「p」優勢を打ち出し、「poco f」をゲリラ的に用いたのがブラームスの原曲だったのに対し、シェーンベルグは「ff」「f」「mf」「p」「pp」の5者をより均等に扱っていると解される。少ないながら「mp」も出現させている点「ff」「f」「mf」「mp」「p」「pp」という伝統のダイナミクス体系に近づける意図さえ感じられる。「poco f」「mp」「mf」に対するブラームス特有の微妙な扱いと一線を画し、あくまで純粋なダイナミクスメータを設定したシェーンベルグの姿勢が見て取れる。

さらに「dolce」「espressivo」に代表される「主旋律マーカー」は、ブラームスに比べて慎重に配置されている。音楽作品上に示すべき微妙なニュアンスも、究極のところダイナミクスの配置に集約されると考え、ダイナミクス記号を単体で用いて、それらを各パートに散りばめるバランスで微妙なニュアンスを表すことに徹した感が強い。

2006年8月30日 (水)

祝20000アクセス

ブログ「ブラームスの辞書」へのアクセスが本日14時19分に20000に到達した。これもご愛読の皆々様のお陰である。今日からカウンターの5桁目が「2」というわけだ。感慨深いものがある。

10000アクセスに到達したのが今年3月7日だった。最初の10000アクセスに9ヶ月と少々かかったのに対し、この10000アクセスには5ヶ月半を要したことになる。

プロの物書きでもないのに読まれているという実感は、嬉しいものだ。

ところで8月3日の記事「アクセス解析」でココログのアクセス解析がバージョンアップしてトータルアクセス数の辻褄が合わなくなったと書いたが、そのカラクリが判明した。バージョンアップ以前は「ブログ本体へのアクセス数」が表示されていたのに対して、バージョンアップ後は「マイアルバムへのアクセス数も合算された数値」が表示されていたのだ。設定を「ブログのみ」にしてやると辻褄のあう数字が表示された。きっとどこかには書いてあるのだと思うが見落としている。

2006年8月29日 (火)

夏休みの自由研究

夏休みもいよいよロスタイムに突入した感じである。子供たちの自由研究には親が振り回されてきた。「自由」と言いながら「やらない自由」だけは保証されていないらしい。

学校から配られるしおりには自由研究のアイデアが例示されているが、「自由」を標榜する割にはマンネリ化も見られる。

教科で言うと「理科」「社会」「図工」に集中している。これに「夏休みでなければ出来ないことに取り組もう」というキャッチフレーズが追い討ちをかけるという図式である。何だか制約の多い「自由研究」である。

8月12日記事「夏休みの宿題」で述べたとおり、ブラームスのピアノ四重奏曲第1番を管弦楽に編曲したシェーンベルグの方法を調べているが、これがまた「夏休みの自由研究」というノリになってしまっている。しかし、小学校でも中学校でも「音楽」の自由研究を想定していないように思える。

私ならこんなのもいいと思う。

  1. 小説を書いてしまう。
  2. 自分の家でISO14001(環境ISO)を擬似取得する。
  3. ヴァイオリンを作る。
  4. 化石を掘りに行く。
  5. 近所の地名調査をする。
  6. 祖父祖母が良く使う言葉をリストアップする。
  7. 自分のルーツを調べる。

実を言うとブログ「ブラームスの辞書」は、特にカテゴリー「用語解説」「音楽」「ブラームス」においては、1個1個の記事を深く掘り下げるだけで、簡単に自由研究のヒントになるようなネタの集大成でありたいと考えている。

また著書「ブラームスの辞書」は、「ブラームス作品の音楽用語を全てリスト化する」という自由研究のようなノリがキッカケである。

自由研究のネタに窮する学生たちの、救世主になれればいいと思う。それが卒論ならなおよしである。

2006年8月28日 (月)

最速のアンダンテ

ブラームスは「andante」が好きである。生涯で133回使用している。明らかに遅い側の概念を想定しているが、「adagio」までは落ちないあたり。「andante」から「andantino」や「allegretto」を経て「allegro」に至る領域において、ニュアンス一つの出し入れで微妙な表現が群れをなしている。

「molto」など煽り系用語にも「moderato」などの抑制系用語にも修飾される。「煽り系には修飾されにくい「allegro」とは好対照だ。煽り系の中では特に「con moto」との相性がいい。「andante con moto」が23回も現れる。プレーンの「andante」よりはテンポが上がると解される。「con moto」自身は「andante」以外の発想用語とは一切並存しない。

さて、ブラームスが曲がりなりにも「andante」と楽譜に記した中で、もっとも速いのはどれだろう。作品50「リナルド」の第四曲「andante con moto e poco agitato」も一つの候補であるが、やはり「四つの厳粛な歌」作品121-4が最有力である。「たとえ私が人間の言葉で」と邦訳される作品の冒頭に「Andante con moto ed anima」が付与されている。

これは「andante」が「con moto」と「con anima」で二重に煽られたと解するべきである。「四つの厳粛な歌」作品121-4でブラームス本人が感じていた適正なテンポは、物理的数学的な「andante」の範囲を超えていた可能性が高い。事実上「andantino」あるいは「allegretto」、ひょっとすると「allegro non troppo」に匹敵している。しかし、それでいてなお、名目上はあくまで「andante」にとどまることにこだわったのではないだろうか。考えてもみて欲しい。「四つの厳粛な歌」作品121-4に「andantino」「allegretto」では役不足だ。語感が軽過ぎる。

「四つの厳粛な歌」作品121は、第三曲「Grave」を除く他の3曲が全て「andante」ベースになっている。どうあっても「andante」にこだわりたい人知れぬ事情があったのではないかと勘繰りたい気分である。

そこでは既に速いだの遅いだのといった議論を超越してしまっている。

2006年8月27日 (日)

ネイティヴのイタリア語

良い本を見つけた。まだ6月に出たばかりの本だ。

「イタリアの日常会話から学ぶViva la Musica!」副題が「これで納得よくわかる音楽用語のお話」となっている。日本人の高名なピアニストと、その奥様のイタリア人の共著になっている。内容は、タイトルからも容易に想像が出来る。よく見かける音楽用語をイタリア人の立場、もっと言うなら、普段イタリア語を常用する人々の立場から解説しているのだ。

日本語の音楽事典で解説されるとほとんど区別不能な「スフォルツァンド」と「リンフォルツァンド」の違いについて説得力ある説明が書かれている。「comodo」「grazioso」「dolce」「espressivo」など、「ブラームスの辞書」でおなじみの用語が、イタリア人の立場から論考されている。それらの用語が、日常会話で、音楽以外の話題の中で使われる例が、表示されていて、微妙なニュアンスの違いを我々日本人にも理解できるよう工夫されている。

「ブラームスの辞書」執筆中にこの本にめぐり合っていれば、当然参考文献の中に入って来る本である。

しかし、見過ごせない問題もある。この本を読んでネイティヴなイタリア語のエッセンスは判ったような気がするが、ブラームス本人のイタリア語の能力までも保証してくれるわけではないのだ。「ネイティヴなイタリア語のスピーカーではない」という一点においてブラームスは私ごときと何等変わることがないのだ。この本に詳しいようなイタリア語の微妙なニュアンスを、ブラームスが全部判っていたのかどうかは、実は怪しい。

ブラームス自身の決断の結果、楽譜上に置かれた用語の分析を通じて推測出来る単語のニュアンスが、この本の記述と微妙に食い違うこともある。

ブラームスは、自らの音楽経験、人生経験の中で蓄積したイタリア語系音楽用語のニュアンスの範囲内で音楽用語を使用している。そしてそれは、必ずしもネイティブなイタリア語の感覚と完全に一致はしていないと推測出来る。

2006年8月26日 (土)

松葉のマーク

音楽記号の一つ。「<」と「>」があり、向きにより意味が違う。「<」は「crescendo」と同じ意味で「だんだん強く」と解される一方、逆の向き「>」は「decrescendo」の意味で「だんだん弱く」と対応する。強くしたり弱くしたりの急激度は「<」や「>」の長さで変化する。

「<」や「>」には様々な課題が見え隠れする。

  1. 「<」と「crescendo」の区別の基準が明確でない。「ブラームスの辞書」の収録基準はあくまでも「音楽用語」なので「<」はカウントさえしていない。「>」と「decrescendo」も同様である。
  2. とりわけ「>」は、作曲家の手稿では「アクセント」と紛らわしいことが多い。
  3. 「<」と「>」はしばしば近侍して使用される。特に「<>」は頻繁に用いられる。あたり一帯においてのダイナミクスの起伏を手軽に指し示す効果がある。「<」が「crescendo」に書き換え可能で、「>」が「decrescendo」または、「diminuendo」に書き換えが可能と推定される一方で「<>」は、言葉で置き換えた例に遭遇しない。「espressivo」あたりとの関連が疑われる。

「<>」には単に「crescendoただちにdiminuendo」にとどまらないニュアンスがこめられている可能性を考えたい。ブラームスの作品中にはかなり頻繁に現れる。あまりに頻繁なので軽く見られていないか心配である。

たとえば作品116のオープニングを飾るニ短調のカプリチオだ。8分の3拍子が「Presto energico」で立ち上がる。スラーや「sf」「アクセント」を駆使した複雑なフレージングが売りである。立ち上がりから7小節の間、小節の頭と強拍が一致しない。このズレを楽しむ音楽であることは間違いがないが、8小節目で初めて小節の頭に強拍が来る。このことが「<>」を設置することによってさりげなく仄めかされている。それも束の間、すぐにまた強拍がズレてしまい、次に小節頭に戻るのは16小節目だ。すると不思議、また「<>」が鎮座している。このカプリチオ全体で11箇所の「<>」は全てこうした用法になっている。全く油断が出来ない。

2006年8月25日 (金)

記事500本

本日の記事がブログ「ブラームスの辞書」の500本目の記事である。ブログ開設から453日目だ。最初の2ヶ月間に複数アップの日があったので、500日目はまだ先になる。

昨年5月にブログを立ち上げた頃には、500本目の記事なんて思ってもみなかった。本の宣伝のために立ち上げてボチボチ続けるだろう程度のぼんやりとしたイメージしか無かった。それにしてもブラームスネタというのは探せばあるものである。いや探している自覚症状さえも希薄だ。勝手に頭に湧いて来るという感覚に近いくらいである。

こうなると止める事のほうがエネルギーがいる。今注意しているのは、ただ続いているだけという漫然とした記事の連続に陥らないようにすることである。ピチピチとしたいきのいいブラームスネタを毎日「築地」から仕入れなければならない。本当にいきがいいかどうかは、自分で判断してはいけないのだけれど。

それからもう一つ、予期していなかった効能がある。毎日更新のため必ずパソコンを立ち上げるが、そうすることで日常のあれこれが心の中でリセットされる。常に新たな気持ちで明日を迎えることに、記事の毎日更新が貢献しているという訳である。

2006年8月24日 (木)

ブログの遺跡

今日もこうして元気にブログの記事を1本アップ出来た。ありがたい。健康に感謝だ。何らかの事情(病気やケガが想定しやすい)でアップが出来なくなったらこのブログはどうなるのだろう。ブログに限らずホームページでも同じだと思うが、管理人が更新を初めとする管理を出来なくなったら、あるいはしなくなったらそのブログやHPはいったいどうなるのだろう。

サーバー上のデータを誰かが削除しない限り、形としてはずっと更新もされないまま残るのだろう。検索エンジンにはひっかかり続けるのだろう。管理人不在つまり管理不在のまま、残骸だけをさらしながら、ブログの遺跡として細々と生き続けるのだろうか。まるで箪笥預金のようなそうしたブログやホームページは今でもきっとあるのだろう。管理人の病気やケガや死去まで行かずとも、管理人が急速に興味を失った場合ならば、相当な数になるだろう。

ブログ「ブラームスの辞書」は無論そうしたくはない。がしかし、万が一そうなった場合にも、恥ずかしくないブログでなければいけない。ブラームスに申し訳が立たない。百年後に検索されても、読者が「うまいこと言うなぁ」と膝をたたいてくれるようなネタをテンコ盛りにしなければならない。

これについては、あまり思い詰めないことも大切だ。さもないと明日の記事のネタに詰まることにもなりかねない。

2006年8月23日 (水)

オクターヴユニゾン

「ユニゾン」は、合唱または合奏において複数の声部が同じ旋律を担当することと解される。このうちオクターヴの違いがあるものを特にオクターヴユニゾンと呼んでいる。ブラームスの作品では、旋律がオクターブユニゾンで強調されるケースが少なくない。ピアノ三重奏曲第2番op87第1楽章冒頭は、ヴァイオリンとチェロが10小節間オクターヴユニゾンを聞かせてくれる。楽器の組み合わせは実に多様である。弦楽器に限定しても「第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリン」「ヴァイオリンとチェロ」「チェロとコントラバス」「ヴァイオリンとヴィオラ」「ヴィオラとチェロ」など組み合わせは多彩である。

組み合わせは多彩と申し上げたが、オクターヴユニゾンにおいてどのパートが下になるかは大体決まっている。経験上最も少ないと思われるのは、第1ヴァイオリンが下を演奏するオクターヴユニゾンだ。特に第2ヴァイオリンが上で、そのオクターヴ下を第1ヴァイオリンが担当するケースは、ほぼ無いと思っていたら、例のシェーンベルグの編曲したピアノ四重奏曲第一番に「第1ヴァイオリンが第2ヴァイオリンの下」のオクターヴユニゾンが出てきた。

第3楽章「andante con moto」の冒頭である。変ホ長調の深々とした旋律が第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロのオクターブ三段重ねユニゾンで提示される。「B→Es」という4度跳躍のアウフタクトという典型的なブラームス節なのだが、第2ヴァイオリンがもっとも高い音で弾いている。第1ヴァイオリンはG線上第1ポジションの2の指のBから立ち上がっていて第2ヴァイオリンのオクターヴ下、チェロと同じ高さになっている。異例の出来事と言える。

これには実に説得力のあるカラクリがあった。最高音域を弾く第2ヴァイオリンには現われない表示が第1ヴァイオリン側にだけ置かれている。「sul G」だ。つまり「その旋律をずっとG線で弾き続けよ」という意味である。チェロと同じ音域の旋律をG線で弾かせて幅広さを表現しようとした意図は明白である。ヴァイオリンを弾く人はみな知っているが、ヴァイオリンの「sul G」には独特な底光りする光沢がある。第1ヴァイオリンに最高音域を担当させるより大事なことが、この旋律に含まれているということなのだ。最高音域を第2ヴァイオリンに譲ってでも「深み」を追い求めたと解したい。シェーンベルグなりのブラームス讃歌であるとさえ思えてくる。

シェーンベルグがこの第3楽章の冒頭旋律を愛していたことは確実と思われる。でなければこのような細工を施した意味の説明がつくまい。第3楽章のこの旋律は同四重奏曲中、いや全室内楽に広げても屈指の名所なのだ。絶対に腰砕けは困る場所なのだということを、全オーケストラに伝えるための「逆オクターヴユニゾン」なのである。

シェーンベルグ只者ではない。

2006年8月22日 (火)

10度の響き

先週の土曜日のレッスンで、お姉ちゃんに新たな課題が出た。Cdurで3度、6度、オクターブの重音のスケールに取り組んできたのだが、いよいよ「10度の重音スケール」を見てくるように言われた。「本当は小学校のうちからやりたかったンだけど」「今から頑張ろうね」と励まされた。本人はクールだったが、実は私がすっかり舞い上がってしまった。

今日娘とはじめて10度の重音のスケールを練習をした。最初は音を一つ一つ鳴らしてから、確かめるように重音にする。G線上の3の指の「C」から開始する。実は最初の「C」は第3ポジションに上がって1の指で取る。そのまま4の指でD線をまさぐって、思い切ってE線開放弦の音をD線上で押えるのだ。言うが易しだ。放っておくと「C」になってしまうところだが、そこを長3度分伸ばすのだから、慣れぬうちは指が痛い。

案の定、痛い痛いとブーイングだ。「そもそも、こんな重音の曲なんか実際にある訳無いじゃん」とブツブツ言っている。良い質問だ。私の思うツボである。10度の重音が無いなどと言ってもらっては困るのだ。

ブラームスはヴァイオリン協奏曲の作曲にあたり親友にして当代最高のヴァイオリニストのヨアヒムに助言を求めた。演奏の難しい箇所についてヨアヒムが指摘した記録が残っている。その中で「私(ヨアヒム自身のこと)ほど手の大きくない奏者にとっては、演奏困難だと思う」という忠告があった。

  1. 第1楽章210小節目 A-Cis
  2. 第1楽章211小節目 A-Cis
  3. 第1楽章218小節目 Fis-A
  4. 第1楽章220小節目 H-D
  5. 第1楽章449小節目 Fis-Ais
  6. 第1楽章461小節目 H-D
  7. 第1楽章463小節目 E-G

ヨアヒムは上記7箇所を想定して発言したと思われる。全て第1楽章第2主題の途中に存在する。「3度6度10度大好き」のブラームス節炸裂の名所である。私がレッスンの時に一人で舞い上がってしまったのは、10度と聞いてこの7箇所を思い出したからだ。このうち1番と2番だけは、下のAの音に開放弦が使えるので、指の拡張は起きないが、4,6,7番は第1ポジションの可能性もあって、拡張はかなりの幅になる。

もちろん先生は「単なる指の拡張」「ハイポジションの指の間隔」あるいは「耳の訓練」くらいにしか思ってらっしゃらないかもしれないのだが、私にとってはブラームス街道の出発点にも思えるのだ。

2006年8月21日 (月)

Traumerisch

断るまでも無くドイツ語だ。「夢見るように」と解される。意味において疑問の余地は無いが、実演奏上の処理はなかなか難しい。「ホームランを打て」のサインにも匹敵するのではあるまいか。本当は「a」の文字がウムラウトであることをお断りしておく。

ブラームスにおける実例は2例。出版された最初の歌曲1853年の「愛のまこと」作品3-1の5小節目に「pp traumerisch」として出現する。この作品のテキストは母と娘の対話形式になっている。「諌める母と夢見る娘」という感じだ。「あなたのためを思っているのよ、あんな男とは別れなさい」と諭す母。一方の娘は「彼には私が必要」くらいのノリだ。ウエストサイドストーリーの終幕近く、アニタとマリアの二重唱と似ている。こちらはアニタが折れて「I have a love」となり、いよいよ悲劇が加速するのだが、ブラームスの作品のテキスト中では最後までラチがあかない。

問題の「pp traumerisch」は母と娘の対話3イニングのうちの1回の裏の娘の攻撃の場面に置かれているのだ。やたらと不安を煽る母に対して、「私は平気」という娘の気持ちを描写している。つまり娘は既に「夢見心地」なのだ。こういうときは反対されればされるほどイケイケになるものかもしれない。2回3回とイニングが進むにつれて母の言い草はエスカレートするが、娘の態度は一貫している。開き直っているとも受け取れる。ここいらの雰囲気をブラームスの音楽は過不足無く描ききっている。若いのにさすがである。

さて最初の歌曲で「traumerisch」が現れた。もう一回はどこかと探すと、なかなか見つからない。33年後の「霜が置いて」作品106-3冒頭にトップ系として出現する。実際にテキストの中に「Traum」という単語が使用されている。内容は夢見る若者を描写しているが、報われないことを暗示する余韻で終わる。非常に抑制された表現だ。

生涯に2度の「traumerisch」の使用が初期と後期に割れているのが興味深い。

2006年8月20日 (日)

ヴァイオリン購入

次女のためにヴァイオリンを買いに行った。マリオのヴァイオリン屋さんからのレンタル中のヴァイオリンは、この9月で契約が切れる。次女には7月のサマーコンサートでは亡き妻の形見のヴァイオリンで1曲弾かせて一区切りがついているので、いよいよヴァイオリンを買い与えることにした。この先レッスンでも、姉妹のアンサンブルを取り入れたいという先生のご意見もあり、4/4ヴァイオリンの2本目が不可欠になったと判断した。

次女と2人で街を歩くのは何年振りだろう。私は何だかウキウキした気分だが、娘は無惨なくらいクールである。先生にもお店までご足労いただきヴァイオリン選びが始まった。あらかじめお店に電話を入れ、ご予算を伝えておいたので、4本のヴァイオリンが取り出されていた。

まず見た目で、次女にどれがいいかを尋ねた。次に試奏だ。現在使用中の弓を持参したので、次々と4つ弾いてみる。暗譜で弾ける「Home sweet home」だ。最初は緊張して縮こまった音しか出ない。なんとか4本弾き終えてのお気に入りは、昔マリオのヴァイオリン屋さんから借りていた3/4の楽器に大変近い感じの楽器だった。

次に先生が4本弾くのを、5mくらい離れて聞かせてもらう。先生にも鳴り方をよく観察してもらった。香港で英国人の作り手による楽器が脱落。一番すんなり音が出る国産が、良い感じになった。リアクションが素直だ。私も弾いてみた。2002年のドイツ製がよかった。先生の意見では、いきなり鳴るという意味では、黄色い国産も捨てがたいが、伸びシロに乏しい感じという評価だった。

結局、マリオのヴァイオリンの楽器に似ているやつと、2002年ドイツ製に絞られた。本人の希望で2002年ドイツ製に決まった。ドイツ製ということで私も満足である。結果として最初に見た目で選んだ楽器になってしまった。

次は弓だ。決めた楽器を6本の弓で試奏する。1本弾いては、その前に弾いたのとどちらがいいか本人に判断させた。フォルテとピアノで弾かせることも忘れてはならない。これを3回程度繰り返して2本に絞られた。本人の選んだ1本を見て驚いた。昨年秋に姉のために買い求めたものと同じ製作者の弓だったのだ。今我が家にある一番いい弓なので、姉妹で共用しているのだ。日ごろ使っている弓に一番近い感触のものを自然に選んでいたという訳だ。子供の感覚は恐るべしである。

残念ながら、私と先生の意見で2本のうちのもう片方の弓を買うことに決めた。価格帯を示していたとはいえ、ここまでは価格を見ずに決めた。価格を見てしまうと判断が曇ることもあるから、必要な措置だと思う。

引き続きケースを選ぶ。色や形にはあまり選択の余地はない。予想外の色「黒」のケースをすんなりと選ぶ娘であった。ストック用の弦を一揃い選んでお会計だ。先生と一緒だったので嬉しいお値引きがあったものの、約40万円である。痛い出費には違いないが、安いものである。どんなに長く乗っても10年がいいところの自家用車に比べれば手ごろ感さえある。上手になってもっといい楽器が欲しくなったら、自分で買えばいいのだ。そのときは、今の2本の楽器は孫たちの入門用になるだろう。

かくして娘2人それぞれが、4/4の大人の楽器に到達したことになる。通過点には過ぎないので油断は禁物だが、娘たちのヴァイオリンが6年続いていることを喜びたい。

2006年8月19日 (土)

Aちょうだい

盆休みが終わった。夏休みはまだ続いているというのに、娘の部活動がまた始まった。バドミントンとヴァイオリンの熾烈な日程確保合戦の再開である。

今日は午後1時からヴァイオリンのレッスンだというのに、午前中に部活があった。レッスンの前には、必ず一緒に音を出して調子を整えておくことにしているので、時間の無さに拍車がかかる。帰宅は11時を少し過ぎた。妹の練習を終えて待ち構えているところに、昼食のパンを頬張った状態で姉が2階に上がってきた。

電子ピアノで遊びながら待っていた私に向かって娘が言う。「お待たせ」「Aちょうだい」だ。チューニングのための「A」を要求する言葉が何気なく発せられた「Aちょうだい」が妙に新鮮に聞こえた。最近やっと一人でまともなチューニングが出来るようになっていたのだ。これだって私には大ニュースなのだが、今日の「Aちょうだい」にはマジ感動した。オヤジの無様なうろたえを押し殺して電子ピアノの「A」を叩く。左手をアジャスタに回し込む仕草がお姉さんっぽい。

思えば「Aをあげること」は、室内楽では必須の儀式だ。オケでも事情は変わらない。コンマスやオーボエからもらう「A」は、相撲で言えば「力水」のようなものだ。演奏者同士の連帯という心の問題に「A」のピッチという物理的絶対的な繋がりが発生する瞬間なのだ。これまでの音楽活動を通じて「Aのやりとり」など無数に経験している私だし、娘に「A」をあげたことだって数え切れないのだが、今日娘から言われた「Aちょうだい」には感動した。この程度のことでこんなに嬉しくなる自分に驚いている。

恐らく娘の成長を実感できたことが大きく影響しているのだろう。久しぶりに背中に冷たいものが走った。

今日練習したのはRAFF作曲の「Kavatina」だ。これがいつかブラームスになる日を淡々と待つことにしている。

2006年8月18日 (金)

pが4個

つまり「pppp」である。何と発音するのかよくわからない。また適当な日本語訳も思いつかない。演奏上の処理としては相当弱いことだけは確かである。チャイコフスキーには5つ6つさえ存在するが、ブラームスは3個「ppp」が限界である。

ところがピアノ四重奏曲第1番op25のシェーンベルグによる管弦楽編の中に「pppp」が出現する。第2楽章のコーダの最初の小節でヴィオラに「pppp」が指示されている。原曲ではピアノが奏でるサラサラのアルペジオでダイナミクスは「pp」だ。この場所のサラサラ感を表すための工夫の一つである可能性が高い。

シェーンベルグ自身、ブラームスのオリジナル作品には「pppp」はけして出現せず、「ppp」が限界であることを知っていたかどうか興味深いが、知りながら敢えてやったと考えたい。このサラサラ感は、禁じ手を使わない限り表現不可能と判断したと思いたい。このサラサラ感がキチンと表現できてこそ第3楽章の濃厚なアンダンテが生きてくる。

2006年8月17日 (木)

クラウス教授

CDハントの話である。

某中古CDショップを徘徊していて掘り出し物を見つけた。

デトレフ・クラウスの「Brahms・Barock」というタイトルだ。この人は1918年ハンブルグ生まれだ。ハンブルグブラームス協会の会長を長く務めた人だ。10代から才能を発揮した大ピアニストだが、教育者としても有名。日本人の弟子も多いと聞く。「ブラームスのピアノ音楽」という著書も邦訳されていたと記憶している。

このアルバムの選曲も「教授」ならではのものだ。いきなり「左手のためのシャコンヌ」が鎮座している。続いてグルックのイ長調のガヴォットを編曲したもの。3曲目は「六重奏曲変ロ長調第二楽章のピアノ編曲」、大トリに「ヘンデルの主題による変奏曲」だ。

「ブラームス・バロック」というタイトルからも判るとおり、ブラームスとバロックの繋がりに光を当てる選曲だ。

この選曲は「バロック」という切り口もさることながら隠しテーマも見逃してはならない。「クララ・シューマン」が透けて見えるではないか。最初の3曲は全てクララに捧げられたものである。最後の「ヘンデルの主題による変奏曲」はブラームス自身がクララに「ご自分の演奏会用に練習なさってください」と書き送ったことで知られている。

このあたりの隠しテーマの設定が、いかにも「教授」らしい。

2006年8月16日 (水)

シェーンベルグの熱意

5連休を利用して、ピアノ四重奏曲第1番ト短調op25の管弦楽版をブラダスに取り込んだ。暑い中だったので、ちょうど2年前に「ブラームスの辞書」執筆の準備をしていたことを思い出した。

原曲はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノの4つのパートで全1334小節の間に398個の音楽用語が散りばめられていた。3小節に一回何らかの文字が書いてある計算になる。シェーンベルグは同じ曲を管弦楽に移植するのに圧倒的に高い頻度で音楽用語を設置していた。第3楽章にダカーポを用いている関係で総小節数は1218小節に減っているが、そこにばら撒かれた音楽用語の総数は1304個だ。全小節数より多いのだ。ブラダスへの取り込みも原曲の4倍くらい時間がかかった。連休中少しずつ進めて今日取り込みが終わった。

参加する楽器の数には、圧倒される。20世紀初頭の平均的な規模なのだろうが、ブラームス愛用の規模よりは相当大きい。木管楽器ではピッコロ、ソプラノクラリネット、バスクラリネット、イングリッシュホルン、コントラファゴットが皆顔をそろえる。特にソプラノクラリネットは主役扱いだ。金管楽器はホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ1だ。これだけでブラームスのどの管弦楽作品よりも規模が大きい。打楽器たるやさらに多彩だ。ティンパニは当然として、大太鼓、シンバル、トライアングル、グロッケンシュピール、タンバリン、シロフォンが揃い踏みだ。それに加えて弦楽器が盛んにディヴィジされる。3プルトだけとか、トップ奏者だけとか、2人だけのような繊細な弾かせ方である。このような楽器編成や用法を指して「ブラームス的でない」と言って批判するのは早計だろう。どっちみち誰もブラームス足り得ぬのだから。

むしろこの編曲をしようと思いつき、実際にやり遂げてしまうシェーンベルグの熱意を心から評価したい。ブラダスへの取り込みをやってみて、それを痛感した。原曲ではヴァイオリン、ヴィオラ、チェロにピアノで五線譜面5段で事足りるのだが、単純に5線の段数でいうなら27段を要する大管弦楽なのだ。1個1個のパートの入りに丁寧に音楽用語を当てはめているから総小節数が同じでも約3倍になってしまわざるを得ないということになのだ。実のところ一つ一つの用語の配置には十分に吟味され熟考された痕跡が見られる。原曲のニュアンスをイメージ通りの音に転写するための苦労が透けて見える。実に丁寧である。原曲のスコアをどれほど見つめたかがよくわかる。ブラームスの管弦楽曲で顕著な「金管打抑制」もちゃんと守られている。同じ場所で複数の楽器に違うダイナミクスが指定されているケースが大変多いのは、原曲のニュアンスを何とか伝えようとした工夫の現われだろう。

シェーンベルグはブラームスの作曲技法を称賛していたことがいくつかの書物に書かれている。ブラームスを尊敬し研究していた様子がうかがえるが、それ以上にブラームスが好きだったことは確実である。他の作曲家の室内楽作品を大管弦楽に編曲するなど並みの熱意では説明がつかない。夏休みの課題でブラダスに取り込む作業をしながらそのことが、身に沁みて理解出来た。

ブラダスへの取り込みの完成で、今後原曲とシェーンベルグ編の比較をした記事を順次掲載したいと考えているが、初回はブラームスに対するシェーンベルグの熱意に言及するだけに終わってしまいそうだ。10本近い記事が書けそうである。

シェーンベルグのブラームスへの熱意に敬意を表して8月12日の記事「夏休みの課題」に遡ってカテゴリー「シェーンベルグ」をスタートする。今後、研究の成果はこのカテゴリーを中心に紹介してゆくことになる。

2006年8月15日 (火)

16分の4拍子

昨年のお盆休みもそうだった。ブログへのアクセスが無惨に激減している。日本民族の大移動を実感させられる。というようなことには惑わされず、粛々と記事のアップである。

音楽の試験に出たら「1小節の中に16分音符が4個入る拍子」と応えれば得点になると思われるが、まずは試験に出ることはあるまい。1小節に4分音符が1個しか入らないということなのだ。相当レアな拍子である。まさかとは思うが「実例を見つけて来い」というような意地悪な問題に遭遇しないとも限らないので、ブラームスにおける実例を以下に列挙する。拍節の調節的な用法で概ね数小節未満の例を除くと以下の通りである。

  1. ピアノソナタ第3番第2楽章37小節目
  2. ピアノソナタ第3番第2楽章77小節目
  3. シューマンの主題による変奏曲作品9 268小節目

上記1番目の中53小節目と上記2番は同ソナタ中の白眉である。はるか昔、この場所にすっかり打ちのめされて、初めて楽譜を見たときの驚きは今もはっきり覚えている。何故16分の4拍子なのだろう。16分の4拍子の2小節分を1小節に数える4分の2拍子のままで記譜上は押し通すことも出来たのではないかと思った。さらにぶっ飛んだ疑問は、何故「4分の1拍子」にしないのだろうということだ。ここが4分の2拍子のままではいけない理由は今でもわからない。もっと複雑なフレージングを施しながら、スラーや指示語を駆使して記譜上の拍子は変えないケースがたくさんあるのに何故ここだけは、レアな拍子をわざわざ持ち出すのだろう。

上記3番目も曲中でもっとも繊細な場所だ。4分の2拍子では押し通せない何かがきっとあるのだと思う。もしかすると、「そうした繊細さを思い遣れ」という警告かもしれない。

こういうときこそおバカな記事である。

2006年8月14日 (月)

水道の水

蛇口をひねれば飲める水が出る。日本はそんな国だ。「湯水の如く」などのたとえが成立していることからも水が豊富な国だとわかる。水は「ありふれたもの」「潤沢なもの」の代表なのだ。「立て板に水」「水に流す」「寝耳に水」「水もしたたる」「水臭い」「水を向ける」などなど「水」にひっかけた表現がとても多い。

一方で水道の水を飲んではいけない国がある。水を汲むために片道3時間歩く国がある。水の奪い合いで始まる戦争がある。だというのに日本は水が豊かである。

その豊かな水のように、「ブラームスネタ」を流し続けたい。蛇口をひねって水が出るのが当たり前であるように、毎日ブラームスの話が湧いて出るのが当たり前のブログになりたい。毎日毎日ブラームスネタが途切れずに続くことを誰からも驚かれず、不思議がられないような域に到達したい。そして出来ればその水がおいしい水であり続けることが願いだ。長く続くことと引き換えに、量が減ったり濁ったりしては元も子もない。

もしかするととても贅沢なことなのかもしれない。

2006年8月13日 (日)

わずかに歩みを速めよ

至高のインテルメッツォ作品118-2イ長調の38小節目と106小節目に出現する「crescendo un poco animato」の後段「un poco animato」をこう呼んでいる。両者は提示部と再現部に割れた同一の楽想と思っていい。

何故この場所でわずかなテンポアップをせねばと思いつくのだろう。16小節目や84小節目では、テンポアップを指図しないで38と106の両小節でテンポアップが要るのだろう。へぼな解釈の入る余地など全く無い説得力である。このテンポアップには言いようの無いセンスを感じる。夕闇迫る中、家路を急ぐかのようなニュアンスを感じる。巧みな終末感の演出だと思われる。それも「テンポを上げよ」という類の直接的であからさまな表現にはなっていない。「animato」が「un poco」によって制御されている。最終的な判断は演奏者に委ねられているところがいかにもブラームスらしい。

誰にでも書ける音楽ではあるまい。

2006年8月12日 (土)

夏休みの課題

今日から5連休に入る。せっかくのまとまった休みだが、どこにも出かける予定がないので、ブラームスについての調べ物をすることにしている。

シェーンベルグが、ブラームスのピアノ四重奏曲第1番を管弦楽用に編曲していることは有名であるが、「ブラームスの辞書」の中では原則として議論の対象にしていない。大枚はたいて買い求めた総譜があるので、この連休中にブラダスに取り込むことにした。取り込むと言ってもインストールのようにサクサク出来るわけではない。全曲のスコアを自分の目でチェックするしかない。「ブラームスの辞書」執筆前にブラームスの全作品のデータベース化を5ヶ月半かかって実行したのと同じことを全1218小節で再度行うということになる。

暑い中ご苦労なことだが、相応の収穫も期待出来る。原曲のブラダスデータとの照合比較が出来てしまうということだ。ブログにしろ著書にしろ「ブラームスの辞書」の弱点は、他の作曲家との比較が不十分な点にあるから、シェーンベルグとブラームスを同じ曲で比較出来ることは意義深い。収穫が期待通りでも期待はずれでも後日、ブログ「ブラームスの辞書」上で言及したいと思っている。

2006年8月11日 (金)

てんぷら

夏休みで5連休だと言っても、部活動に塾にと子供らが忙しくてどこにも出かけない。その代わり母を連れててんぷらを食べに行くことにした。半年くらい前から気に入っている店だ。カウンター前に腰掛けて目の前で揚げてくれるてんぷらは美味である。

おいしいてんぷらは、しばしば「カラリと揚がった」と形容されることがある。料理評論家、油メーカーや粉メーカーのキャッチコピーには欠かせない言葉である。言われたほうも「カラリと揚がったてんぷら」のフレーズには滅法弱い。何となくおいしそうな気がしてきてしまうというものだ。

ところが、ところがである。この殺し文句の「カラリと揚がった」には未だに科学的定義が定まっていないようだ。出来上がったてんぷらの衣に含まれる水分なのか、油分なのか、はたまた粉の品質なのか、衣のレシピーなのか、素材の鮮度なのか決まっていないらしい。目の前で揚げてくれたものを熱いうちに食べるというシチュエーションが微妙に関わっていることさえあり得る。

ことほどさように「カラリと揚がる」の定義が決まっていないのに、消費者向けのキャッチーコピーに頻繁に使われているというのは笑える。

音楽業界も笑っている場合ではない。たとえばブラームスを表現する際の決まり文句「憂鬱」「屈折」「諦観」「分厚い」等の言葉も、定義を明らかにされないまま使われている。「純真」「悪魔的」「軽やか」「透明」といえば何となく今年生誕250周年のあの方を思い浮かべるが、必ずしも定義は明らかではない。

それにしても実際のところおいしいてんぷらには「カラリと揚がった」などという言葉は不要である。ひとつまみのお塩で十分だ。

2006年8月10日 (木)

「marcato」と「dolce」の接点

「marcato」と「dolce」はそれぞれ「はっきりと」「やさしく」と解されている用語で、ブラームスの作品には頻繁に出現するメジャーな用語である。「marcato」を含む語句は約450箇所で使用される一方、「dolce」は約1540箇所で用いられている。

「ブラームスの辞書」では「marcato」を「dolce」の対応概念である可能性を示す記述をしている。上記で述べたとおり、どちらも使用頻度としては一大勢力となっていながら、この2つの単語は、同一語句中でほとんど用いられていない。

「ほとんど」といったのには訳がある。ブラームスは生涯において、4回だけ「marcato」と「dolce」を共存させている。ピアノ協奏曲第一番第一楽章の199、210、423、434の各小節に「p marcato ma dolce」として出現する。4回目にだけ「marcato」の後にカンマが挟まっているが、驚いたことに全部ホルンのソロによる同じ旋律であるので実質は一種類の旋律に張り付いていることになる。この種の小さな整合性がブラームスの真骨頂とさえ言えるだろう。ここにさり気なく配置された「ma」には、深い味わいがある。「marcato」と「dolce」のコンビを内心では並存不適とブラームスが感じていた痕跡だと思われる。

このホルンの旋律は、素晴らしい。ソロを食うような出番である。この場所のホルンにだけ「marcatoとdolceの共存」という禁じ手の使用を解禁したブラームスの感覚までもが鑑賞の対象と思われる。

ホルン吹きよ心せよ。

2006年8月 9日 (水)

ブラビアの泉

夏休みも中盤かというこの時期、受験生を虜にしているテレビ番組がある。毎回安定して高い視聴率を稼ぎ出す某放送局の看板番組「トリビアの泉」がそれである。放送時間になると必ず部屋からゴソゴソと這い出してきてのめりこんで見入っている。

世の中のあらゆる無駄知識を検証してしまうというコンセプトが未だに斬新で飽きさせない。パネラーのタレントたちの発する「へぇ」という反応の数がそのまま得点になるシステムもよく練られた感じである。「どうでもいいじゃあねえか」「くっだらねえ」と突っ込みたくなる度合いが高いほど得点が高くなるという確固たる評価基準が、かえって清々しい。内容が本になって出版もされている。最初は子供らにつられて見ていたが、細部へのこだわりや、批評を顧みぬ徹底した掘り下げ方に感心してしまう。何が凄いといって「トリビアの泉」は数えること、計ること、待つこと、繰り返すことを恐れないところが凄い。これらの動作が単純であればあるほど尊ばれている気配さえ感じる。

ブログ「ブラームスの辞書」もこうでなければいけない。特に細部へのこだわりやあくなき探究心は見習うべき点が多い。ブラームスの楽譜上に見られる小さな疑問、語られつくした感のある伝記上のエピソードへのささやかな反論などを、実例を挙げながら展開するというのが、著書やブログの著述の柱になっていることは既に何度も述べてきた。

ブログ記事へのコメントや著書への感想で「へぇ~そうだったの」みたいな反応を頂戴すると嬉しくなる。これは「ブラームスの辞書」が著書にしろブログにしろ無意識のうちにトリビアの概念をトレースしているからに相違あるまい。ブラームスに興味の無い人から見たら「バカじゃねえの」と思われるようなネタこそが尊重されねばならないのである。

汲めども尽きぬブラビアの泉にならねばならぬ。ブラームスネタの推定埋蔵量はほぼ無限大だ。問題は私がそれに気付いて汲み上げてやれるかどうかである。

2006年8月 8日 (火)

レチタティーヴォ

「Recitativo」と綴るイタリア語。「朗唱風に」「叙唱風に」と解される。オペラではセリフを旋律に載せずに発すること。簡単な和音が付与される場合を「レチタティーヴォ・セッコ」と呼んでいるそうな。

オペラを一曲も残さなかったブラームスには縁のない言葉と思うこと勿れ。実はたった二度だけ「Recitativo」が使われている。厳密には「Recit..」と略記されている。「エーオルスのハープに寄せて」作品19-5の冒頭と74小節目だ。この作品以外には出現しない。ピアノパートが和音の移ろいだけを示す中、詠嘆調の歌詞が歌われて行く。正確にいうと歌には旋律があるので、「厳密な意味でのレチタティーヴォ」とは言えない。あくまでも「レチタティーヴォ風に」という意味である。

ピアノ左手に3連符が現れ、ハープのイメージを仄めかすところでレチタティーヴォ状態も解消される。やがて終盤74小節目でまたレチタティーヴォが回帰する。この曲をもって作品19は幕を閉じる。ということはつまり作品3から始まったブラームスの初期歌曲のラストを飾っていることになる。相応しいと思う。

2006年8月 7日 (月)

楽器名ランキング

まずは黙って以下のランキングをご覧頂きたい。

  1. ピアノ 2510
  2. ヴァイオリン 1056
  3. チェロ 610 
  4. ヴィオラ 596
  5. ホルン 303
  6. クラリネット 208
  7. ファゴット 144
  8. フルート 104
  9. オーボエ 97
  10. コントラバス 76
  11. ティンパニ 45
  12. トロンボーン 33
  13. トランペット 28
  14. ハープ 19
  15. コントラファゴット 16
  16. ピッコロ 10
  17. オルガン 
  18. チューバ 

何の順位だかお判りいただけるだろうか?正解は私の著書「ブラームスの辞書」全400ページの中で言及される回数のランキングである。「ブラームスの辞書」の中で楽器名がいっぱい出てくるが、それをWordの検索機能を使って頻度を調査した結果である。

そのつもりでもう一度見ていただくと、これがなかなか面白いデータだと判る。

「ブラームスの辞書」の構成は、ブラームスが楽譜上に記した音楽用語を抽出し、それらがどのような作品のどこの場所のどのパートに現われているかのリストが売りの一つになっている。木管楽器全部に付与される場合には「木管楽器」と記載される。弦楽器も同様だ。そして列挙されたケースのうち私の目から見て興味深い場所を取り上げてコメントを施している。

ブラームスが手厚く用いた楽器ほど「ブラームスの辞書」上に頻度高く現れることになる。さらに著者の私自身が面白いと思えば引用される回数が増える。私は弾いていて聴いていておいしいところを積極的に引用したから、おいしい出番が多くあてがわれている楽器名ほど出現頻度が増す。総合的に申せば、ブラームスの楽器の好みに、私自身の好みがブレンドされた頻度になっているハズである。 

断トツで第1位のピアノ、第2位のヴァイオリンは順当なところだ。声楽に室内楽に独奏に、はたまた2曲の協奏曲まで存在するピアノは、ブラームス自身の愛奏の楽器だけあって他の追随を許さぬ地位になる。何のかんの言ってもヴァイオリンだって相当なものだ。協奏曲には2度ありつけるし、出番に恵まれないのはチェロソナタとクラリネットソナタ、それから管弦楽のためのセレナーデの2番だけだ。第3位のチェロだってそうだろう。おそらく3位までのこの並びは予想通りだ。

第3位のチェロと僅かの差で第4位がヴィオラになったことには驚いている。著者の私が「ブラームスの辞書」の中であと15回余計にヴィオラという単語を使っていれば、チェロを逆転していたことになる。クラリネットソナタを全てヴィオラソナタと表現していることも貢献しているだろう。私のヴィオラ贔屓の賜物だが、そこにはブラームス本人のヴィオラ贔屓も関係していると思いたい。

管楽器に目を移そう。何と管楽器のトップ、総合でもヴィオラに続く第5位はホルンだ。ヴィオラが第4位になったことと同様に、ブラームスの気質・志向が「ブラームスの辞書」に反映しているような感じがしてとても嬉しい。そして第6位はクラリネットだ。おそらくクラリネットソナタという単語を全部ヴィオラソナタに置き換えるという特別措置が無かったら、ホルンを抜いていたことだろう。

ある意味でもっともブラームスっぽい現象は第7位のファゴットだ。フルートやオーボエを押さえてのこの位置は何やら象徴的である。

「ブラームスの辞書」の出版後に調査をしたこの結果には意味がある。執筆中はブラームスの魅力をただ表現したいだけで必死だった。楽器名の引用頻度など全く気にしないで書いた結果がこの通りであることは、かえって客観性を増していると思う。

多くの歌曲は声種を限定していないため、ソプラノ、アルト等の声種では同様な結果は得られない。また「op1」「op2」「op3-1」のように検索すれば作品別のランキングも出来そうだが、これには重大な欠陥がある。たとえば「op1」と検索すると「op11」も「op12」も「op100」もヒットしてしまうのだ。だから作品ランキングは今のところスッパリ諦めている。

この暑い中、おバカな企画が止まらない。

2006年8月 6日 (日)

ブラームスのお友達

CDハンティングで思わぬ獲物が手に入った。タイトルは「Brahms&seine Freunde」となっている。「ブラームスとそのお友達」とでも解されよう。ブラームスと交友のあった作曲家のピアノ作品が収録されている。演奏はDirk Joeresとなっている。1947年ボン生まれのドイツのピアニストだそうだが、読み方が判らない。

収録されているのは以下の5人だ。

  1. Albaert Dietrich(1829-1908)ブラームス、シューマンとFAEソナタを作曲した人として知られる。後にブラームス回想録を執筆している。
  2. Robert Schumann(1810-1856)この人を友人扱いしていいかどうか疑問である。念の為申し上げるとクララの夫である。
  3. Johannes Brahms(1833-1897)これは本人だ。
  4. Julius Otto Grim(1827-1902)ブラームスから作品10のバラード集を献呈されている。
  5. Theodor Kirchner(1823-1903)ブラームスの弦楽六重奏曲をピアノ三重奏曲に編曲したことで有名。

みなブラームスより年長なのにシューマン以外は、長生きしている。ブラームスの作品はピアノソナタ第3番と118-2、119-1の両インテルメッツォが収録されている。他の4人は小品が1~3曲の収録だ。シューマン以外の3人の作品は初録音と書いてある。残念ながら我が家のパソコンやipodでは再生しないことになっているので、CDラジカセの出番だ。

録音年月日を見て驚いた。1989年8月7~9日とある。17年前の今頃だということも去ることながら、1989年11月のベルリンの壁崩壊の直前ということになる。「made in West Germany」という記載が重々しい。

2006年8月 5日 (土)

最短のsostenuto

ブラームスはパート系において「sostenuto」を単独で85回使用している。記載されたその場所からただちにテンポを落とすと解される。大抵の場合は「a tempo」等の記号によってリセットされるまでの効力である。持続時間が「最短のsostenuto」はどこにあるのだろうか?

「恐らく」と断らねばならないが、それはカプリチオop76-1の8小節目に存在する。その長さは16分音符3個分だ。その3個のうちの2個目に「rf」が付与されて、次の小節の「ff」へ拙速に飛び込むなと手綱を握っている。しかもこの「sostenuto」は、テンポリセッターを伴っていない。「言わんでも判るでしょ」状態なのである。その通りだ。リセット場所は言わんでも判る。次小節の冒頭でキッチリとリセットされねばなるまい。

さて、同曲の再現部は52小節から始まる。冒頭提示部の8小節目に相当する59小節目にも「sostenuto」が存在する。こちらは「sostenuto」の立ち上がりが16分音符で1個か2個早い。だから持続時間は16分音符4個ないしは5個となり、最短の座を8小節目に譲っている。こちらもテンポリセッターは欠落している。最大の疑問は8小節目では「rf」だったところが「sf」にすりかえられている点だ。

7月14日の記事「最短のpoco f」では、これを「fp」の誤りとする見解を披露したが、ここは違う。説得力と含蓄に溢れた「sostenuto」だと思う。この「sostenuto」によるわずかな「タメ」が続く「ff」の効果を高めている。肝心なところに力を集中するためのバックスイングのような効果がある。

2006年8月 4日 (金)

シュワルツコップを悼む

本日の夕刊に、歌手エリザベート・シュワルツコップの訃報が掲載されていた。3日夜亡くなったそうだ。1915年生まれだから90歳ということになる。世界的ソプラノ歌手という表現がまぶしい。当たり役、出世作となったオペラの名前もいくつか紹介されている。

活躍の主な舞台はオペラだったから、ブラームスには縁が無いのかというとそうでもない。今年5月7日のブログ「ブラームスの辞書」の記事「三色対抗歌合戦」では、ソプラノ組の監督に抜擢させてもらった。「甲斐なきセレナーデ」op84-1を歌ってもらった。粋な感じのする歌い方では抜きん出ている。我が家にあるCDで歌ってくれているのは他に「永遠の愛」op43-1、「別離」op97-6の2曲だけである。ドイツ民謡集からの抜粋をフィシャーディースカウとデュエットで聞かせてくれているCDも捨てがたい。

今晩は、これからそれら全部を聞いてみようと思う。

合掌。

2006年8月 3日 (木)

アクセス解析

ココログのアクセス解析が激変した。今までもよく出来たアクセス解析システムだったが、今回の改訂で調べられることがもっと増えた。アクセス数に加え、訪問者数までわかるようになった。しかもそれを4ヶ月前まで遡れるようになった。どの記事が読まれているかの解析も一段と詳しく判る。曜日別や時間帯別の集計も4ヶ月前まで見ることが出来る。

昨日帰宅して覗いてみたら、アーもスーもなく変わっていた。

もっとも驚いたのは総アクセス数だ。昨日まで19000あたりをうろついていて、20000アクセスはいつごろだろうなどと思っていたのに、今日見てみると「24164」になっている。この24時間で5000アクセスあった計算になる。その一方で昨日のアクセスは「41」とされているから辻褄が合わない。さらに昨日現在一日平均アクセスが43と少々だったのが、本日は56を超えている。ブロガーにとってアクセス数が増えるのは喜ばしいのだが、こうなると白ける。

いろいろな機能が充実したのは歓迎だが、総アクセス数はキチンと押えてもらわないと、数字の信憑性に関わる問題なのだ。サラリーマン社会では数字は魔物である。一旦数字が一人歩きを始めたら最後、「正確性よりも整合性」が珍重されるのだ。数字の辻褄が合わないことが一番嫌われるという訳だ。数字がズレているとコメントが必要になる。ピタリと四隅が押えられていれば表を示すだけで済むのに、ほころびが見えると途端に説明を求められてしまうのである。

今日は素直に喜べない。

2006年8月 2日 (水)

火事の思い出

6月28日「イ短調の記憶」、7月23日「学校説明会」に続く「奇遇ネタ」である。

時は1972年5月2日に遡る。当時私は中学1年だった。夕方気がつくと消防車のサイレンが鳴り響いている。窓を開けると黒い煙が見えた。野次馬根性を抑えきれずに自転車に飛び乗ると、煙の見える方向に向かって走り出した。ズンズン進んで行くとやがて長い長い塀にさえぎられて、それ以上は進めなくなった。煙は塀の向こう側だったのだ。仕方なく、塀によじ登った。何やら木造の建物が燃えているのが見えた。生まれて初めて火事を生で見た経験だった。消防車が程なく消し止めたところでそのときの記憶は途切れている。

やがてその6年後、私は千葉大学管弦楽団に入団した。さらにそこから2年が過ぎ、3年生になった私は、楽団創立30周年の記念誌の編集員になった。楽団のOBの皆さんにインタビュウをして団の歴史を整理する仕事だった。「在団中もっとも印象に残っている話」を伺っていると、何人かのOBは「部室の火災」を筆頭に挙げてくれた。

夏の定期演奏会を6月に控えたあの時期の火災は団の活動に深刻な影響を与えたはずだ。けが人はなかったそうだが、無視し得ぬ量の楽器や楽譜の焼失があったという。当時の金額で700万円の損失とも言われている。当時の顧問、団員、OBの熱意でその夏の第31回定期演奏会は無事行われたことが、何人かのOBの口から語られた。各方面から暖かい寄付を頂き、団備え付けの楽器はかえって質量ともに充実したとも聞いた。

お察しの通りである。中学1年の私が野次馬で見たあの火事が実は千葉大学管弦楽団の部室の火災だったのだ。火災後の演奏会の曲目がブラームスだったら完璧なのだが、実はブラームスではなく、ベートーヴェンの第五交響曲だったようだ。

2006年8月 1日 (火)

Risoluto

「きっぱりと」「決然と」と解される。ブラームスではトップ系で2箇所の用例がある。作品113の「13のカノン」の8番では「Risoluto」が単独使用されている。もう一つはブラームス最後のピアノ作品となった作品119-4の「ラプソディー」に「Allegro risoluto」として現れる。

ブラームス本人にこの「ラプソディー」が最後のピアノ作品になるという意識があったかどうか定かではないが、「Allegro risoluto」という表示は聴き手に「最後だからよく聴くように」あるいは「よく弾くように」と語りかけているように思われる。「risoluto」には何かを決意したような踏ん切り感がある。

後期のピアノ小品の中ではもっとも規模の大きいこの作品は、248小節目以降、三連符の連発によって事実上8分の6拍子に変化していたり、ソの音に付与されるフラットによって事実上変ホ短調として終結することから、ブラームス最古のピアノ作品である「スケルツォ」変ホ短調作品4に接近してるような気がする。初めてのシューマン家訪問の際にピアノソナタ第一番とともにシューマン夫妻の眼前で演奏した思いで深いスケルツォを、自らの最後の作品でなぞろうとした可能性はなかっただろうか?出版の都合で作品4を背負っているが実際の作曲年代は恐らく一番古い。

最古の歌曲「愛のまこと」作品3-1は、これまた変ホ短調だし、最後のインテルメッツォではないが作品118のラストは、やはり変ホ短調だ。

ブラームスは「きっぱりと」それを言おうとしたのではないだろうか。

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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