「marcato」と「dolce」の接点
「marcato」と「dolce」はそれぞれ「はっきりと」「やさしく」と解されている用語で、ブラームスの作品には頻繁に出現するメジャーな用語である。「marcato」を含む語句は約450箇所で使用される一方、「dolce」は約1540箇所で用いられている。
「ブラームスの辞書」では「marcato」を「dolce」の対応概念である可能性を示す記述をしている。上記で述べたとおり、どちらも使用頻度としては一大勢力となっていながら、この2つの単語は、同一語句中でほとんど用いられていない。
「ほとんど」といったのには訳がある。ブラームスは生涯において、4回だけ「marcato」と「dolce」を共存させている。ピアノ協奏曲第一番第一楽章の199、210、423、434の各小節に「p marcato ma dolce」として出現する。4回目にだけ「marcato」の後にカンマが挟まっているが、驚いたことに全部ホルンのソロによる同じ旋律であるので実質は一種類の旋律に張り付いていることになる。この種の小さな整合性がブラームスの真骨頂とさえ言えるだろう。ここにさり気なく配置された「ma」には、深い味わいがある。「marcato」と「dolce」のコンビを内心では並存不適とブラームスが感じていた痕跡だと思われる。
このホルンの旋律は、素晴らしい。ソロを食うような出番である。この場所のホルンにだけ「marcatoとdolceの共存」という禁じ手の使用を解禁したブラームスの感覚までもが鑑賞の対象と思われる。
ホルン吹きよ心せよ。
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