ダイナミクスレンジの拡張
このところ続いているシェーンベルグネタである。ブラームス作曲ピアノ四重奏曲第1番ト短調op25原曲とシェーンベルグ編曲のダイナミクス表示のバランスを比較してみたのが下記である。
- 「fff」 0.25%/0.00%
- 「ff」 13.20%/11.24%
- 「f」 24.92%/27.53%
- 「poco f」 0.08%/4.21%
- 「mf」 12.21%/3.09%
- 「mp」 0.90%/0.00%
- 「p」 30.49%/44.10%
- 「molto p」 0.25%/1.69%
- 「pp」 14.92%/8.15%
- 「ppp」 2.70%/0.00%
- 「pppp」 0.08%/0.00%
左側の赤い数字がシェーンベルグで、右側の青い数字がブラームスの原曲である。
ダイナミクス「p」が最大勢力になっている点は同じだが、ブラームスで44%を超えていた集中度がシェーンベルグ編では30%強に下がっている。ダイナミクスの拡散が見られる。続いて目立つのがダイナミクスレンジの外周の拡大だ。ブラームスの原曲では「ff」と「pp」のレンジに全部が収まっているのに対し、シェーンベルグ編曲では、「fff」や「ppp」「pppp」を登場させている。室内楽の原曲を管弦楽に転写するのに必要なダイナミクスレンジの外的拡大だと考えられる。
一方で既存レンジの内側においても質的変化が認められる。まず特筆されるべきは「poco f」の消滅である。原曲に15箇所あった「poco f」がシェーンベルグ編では1箇所になっている。第3楽章冒頭を筆頭に多くは「mf」または「f」に転用されている。「poco f」の転写先になった「mf」は原曲では3%強に過ぎないがシェーンベルグは12%強の出現率になっている。ブログ「ブラームスの辞書」でも言及してきたブラームスの「mf」に対する屈折した思いはシェーンベルグには認められない。
大きく出現比率を減じた「p」に対して「mp」と「pp」が台頭しているのが目を引く。原曲では全く出現しない「mp」が11箇所も用いられているのが、印象的である。
「ff」「f」「p」「pp」を柱にしながらもやや「p」優勢を打ち出し、「poco f」をゲリラ的に用いたのがブラームスの原曲だったのに対し、シェーンベルグは「ff」「f」「mf」「p」「pp」の5者をより均等に扱っていると解される。少ないながら「mp」も出現させている点「ff」「f」「mf」「mp」「p」「pp」という伝統のダイナミクス体系に近づける意図さえ感じられる。「poco f」「mp」「mf」に対するブラームス特有の微妙な扱いと一線を画し、あくまで純粋なダイナミクスメータを設定したシェーンベルグの姿勢が見て取れる。
さらに「dolce」「espressivo」に代表される「主旋律マーカー」は、ブラームスに比べて慎重に配置されている。音楽作品上に示すべき微妙なニュアンスも、究極のところダイナミクスの配置に集約されると考え、ダイナミクス記号を単体で用いて、それらを各パートに散りばめるバランスで微妙なニュアンスを表すことに徹した感が強い。
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