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2006年9月30日 (土)

シェーンベルクの辞書

9月が今日で終わる。8月12日以来集中してアップしてきたシェーンベルクネタを一旦集大成したいと考えている。前期の期末レポートの提出というようなノリである。

本日のこの記事をいれて12本に達したシェーンベルクネタは楽しかった。ブラームスのピアノ四重奏曲第1番をシェーンベルクが管弦楽曲に編曲していたという一点の事実から、これほど話題が展開するとは思わなかった。もちろんシェーンベルク本人の作品全体を俯瞰する立場からは、この編曲は枝葉末節に類する作品だろうが、それを差し引いても評価に値する業績だと思う。無調音楽の旗手と位置づけられるシェーンベルクだが、それは一方で調性音楽の最高峰のブラームス作品への深い理解と知識に立脚していることが改めて認識出来た。何もないところから降って湧いた「無調音楽」ではないのだろう。

記事の執筆やブラダスへの取り込みを通じて感じたことを以下に列挙し、シェーンベルクの業績に対してささやかに敬意を表したい。

  1. 「fff→ff→f→mf→mp→p→pp→ppp→pppp」という伝統のダイナミクスメータを尊重する姿勢に貫かれている。「fff」「pppp」の外的拡張に加え、「mp」「mf」のようなブラームスからはどちらかというと忌避されているダイナミクスも必要に応じて、こだわりなく使用している。
  2. 「poco f」「molto p」等の、少しだけダイナミクスメータから逸脱したブラームス独特の言い回しを避けている。上記1の姿勢からみれば必然的な帰結である。心象としては「知っていて避けた」と感じている。
  3. 声部間の優劣を表す「espressivo」の使用が激減している。いわゆるブラームス節と解されるような微妙な用語用法を避ける流れの一環をなしている。声部間の優劣は、付与するダイナミクス記号の書き分けで表すことに徹している。
  4. 「poco」「piu」のような「微調整語」の使用を避けている。演奏者の考えを試すような言い回しは意図的に避けている。この点でブラームスに拮抗することを諦めているようにも見える。
  5. 明らかにテンポ操作を指す用語はトップ系に集約する一方で、結果としてテンポ操作を伴う用語はスッパリと使用を諦めている。テンポ表示に対する毅然とした姿勢が好ましい。
  6. 金管楽器、打楽器のダイナミクスを周囲に比べて低く設定するというブラームスの傾向、いわゆる「金管打抑制」は見事なまでに保存されている。
  7. 抜けてしまうピアノの声部の多くは木管楽器に当てられている。特にブラームスでは使用されない「Esクラ」が、この意味でのキーポイントになっていると思われる。
  8. 第2楽章コーダのサラサラの響きと、第3楽章冒頭の濃厚な響きの対比に十分な注意が払われている。この点に代表される微妙なニュアンスの表現を楽器の重ね方や、ダイナミクスの繊細な選択によって実現しているように思われる。

ブラームスの一般的な傾向に比べて「打楽器の種類が多過ぎる」「中間楽章における響きが厚過ぎる」「Esクラが出過ぎる」「金管楽器が鳴り過ぎる」というような視点は確かに存在するが、それをもってシェーンベルグを批判するのは明らかにお門違いだろう。

この編曲の分析だけをもって「シェーンベルグの辞書」とは、我ながらいささか大袈裟なタイトルだ。どこかのシェーンベルグ愛好家が本物の「シェーンベルグの辞書」を書いてくれることを期待している。今後も気付いたことがあればまたブログ上で言及したい。

何だか夏休みの宿題がやっと終わった気分である。

2006年9月29日 (金)

フルートソナタ

ブラームスにフルートソナタは無い。ブラームスオリジナルの二重奏ソナタはピアノの相棒に、ヴァイオリン、チェロ、クラリネットが選ばれているだけだ。

だから他の楽器の奏者たちは、どんなにブラームス好きであっても指をくわえて見ている他はない。ヴィオラ奏者だけが、クラリネットソナタのブラームス本人によるヴィオラ版という幸運を享受しているに過ぎない。

「そんなのつまらない」と思うフルーティストが一肌脱いだCDを発見した。「Stolen Moments」と名付けられたそのアルバムには、ブラームスのクラリネットソナタ1番2番とヴァイオリンソナタの2番がフルートとピアノのデュオで収められている。軽い後ろめたさとユーモア、そして何よりも「どうしてもブラームスが吹きたい」という熱意を表すような「Stolen Moments」というタイトルが洒落ている。

フルートを吹いているのはStephanie Juttという女性フルーティスト。発売しているのはカナダのレーベルだ。

実際に聴いてみた。油断しているとスルリと入ってきかねない。音域の関係でところどころでオクターブの上下動がある。2番の第一楽章の78小節や162小節あたりの三連符のスタカートが、フルートのタンギングとマッチしていて、予想外のはまり方だ。1番ではフィナーレが気に入った。これもスタッカート奏法の際の音の粒立ちが気持ちいい。ヴァイオリンソナタ第二番では、オリジナルで重音やピチカートになっている部分の奏法にフルートならではの工夫が聴かれた。第三楽章冒頭の低い音がピタリと決まって心地よい。個人的にフルートの低い音域の音色が好きなせいもある。

ipodにさっそく取り込んで、オリジナルとの聴き比べと洒落込んだ。

2006年9月28日 (木)

天晴れな見識

トップ系とパート系の話をせねばならない。「トップ系」とは総譜の最上段に一個だけ書かれ、全パートに対して有効な指定だ。楽曲冒頭の「Allegro」「Andante」等の発想記号がこれにあたる。一方の「パート系」は、記載されたそのパートにのみ有効な指示である。「f」「p」「marcato」等が該当する。この区別は意外と重要で「ブラームスの辞書」でもキチンと区別して記述している。

大原則を言うとブラームスはテンポを直接いじる指示はトップ系で、直接テンポを操作しない指示はパート系にしている。しかしこれには例外も多く一筋縄では行かない。本来テンポをいじる指示ではなくても、実演奏上の処理としては結果としてテンポをいじるケースもあり線引きが難しい。事実「ritardando」はトップ系、パート系どちらにも出現して扱いが悩ましい。本来、テンポをいじる指示ならば、その瞬間休符で休んでいるパートにも影響があるから、トップ系であることが望ましいのに必ずしも100%そうはなっていないのがブラームスにおける実情だ。

上記のことを頭において、黙って以下の表をご覧頂きたい。

  1. diminuendo e ritardando
  2. ff animato
  3. in tempo
  4. p crescendo sempre e animto
  5. piu f sempre e animato
  6. poco animato
  7. poco ritardando
  8. poco sostenuto e diminuendo
  9. ritardando
  10. ritardando poco a poco
  11. sostenuto

これはピアノ四重奏曲第1番ト短調op25でブラームスが用いたパート系音楽用語のうち、実演奏上の処理としてテンポをいじる指示のリストだ。11種類が16箇所で使用されている。管弦楽版への編曲をしたシェーンベルグは、これらをほとんど抹殺している。唯一第4楽章324小節目の5番だけが例外的に抹殺を免れている。ここは全曲中ただ一箇所原曲と同じ楽器が鳴るという特殊な場所である。

この抹殺にはちゃんとフォローの手を差し伸べている。このうち「ritardando」や「in tempo」という直接テンポ変動を意図する用語は全て「トップ系」に転換されているのだ。本日の記事冒頭で示した基準を厳格運用したことに他ならない。ブラームスが曖昧にして積み残したことを、キリリと決断したことになる。「animato」や「sostenuto」のような「本来テンポをいじる指示ではない用語」は冷酷に抹殺している。この区別を明確にする姿勢がはっきりと見て取れる。シェーンベルグの見識を感じる。

パート系「sostenuto」はピアノ入りの曲に限るというブラームスの癖を感じていたかもしれない可能性さえある。

2006年9月27日 (水)

ルーテル市谷センター

昨日午後、所用があって市谷に出かけた。地図を渡され市谷から徒歩という説明に従って雨の中を歩いた。

何気なく見渡すと覚えのある風景だった。懐かしいルーテル市谷センターの脇の坂を登っていたのだ。

1990年11月25日。結婚披露宴の2次会。ルーテル市谷センターでブラームスの第4交響曲の演奏会をやった。新郎の私がヴィオラ、新婦は第二ヴァイオリンだ。メンバー70名のオケは皆学生時代の仲間が手弁当で駆けつけてくれたものだ。もちろん指揮者まで仲間が勤めた。開演前に新郎新婦の簡単な挨拶があって、すぐブラームスの第四交響曲を演奏するだけの2次会だ。所要時間50分入場無料だった。

9月13日の記事「灰色の真珠」でも触れたように1989年9月14日に結婚を決意して、挙式披露宴が11月25日だから1年2ヶ月の間が開いている。希望の会場の確保出来る日を探っていたら間が開いてしまったというのが真相だ。披露宴に生の演奏を入れるのは当然で、問題は2次会をどれだけ斬新にするかが勝負だった。仲間の披露宴の司会を積み重ねる中で培ったノウハウを全部注ぎ込んだイベントだった。2次会の演奏会がメインで披露宴は二の次というノリだった。

元々この手のイベントを仕切るのが好きだから、気合が入った。不謹慎を承知で申し上げるならば、はっきり言ってこのモチベーションは新婦への愛情から来るものではない。誰が相手でもきっとこのくらいは盛り上げたと思う。根が好きなのだ。協力を惜しまなかった学生時代の仲間には今も心から感謝している。

ルーテル市谷センターを借りるのは当時1年前の1日に先着順だった。秋のシーズンの休日はなかなか競争が激しいので、1989年11月1日に市谷センター前で徹夜で行列して場所の確保をした。実は並んだのは私ではなくて友人だ。別の演奏会の場所取りで23日を狙って並ぶというのでついでに25日もお願いしたところ、23日はタッチの差で確保できずに、私の希望の25日だけが確保出来たという強運ぶりだった。

1990年11月25日のルーテル市谷センターが確保出来たのを見計らって、挙式披露宴の会場に予約を入れた。つまりあくまでも2次会の演奏会優先だった訳である。

現役時代には黄金時代を謳歌したメンバーが集まった。第一ヴァイオリンは歴代のコンサートマスターが勢ぞろいしたし、管楽器も2番まで名人を揃えた。一部は遠く富山や神戸からも駆けつけてくれた。

当日はただ演奏すればいいというものではない。演奏者のほかに受付やアナウンス係、照明担当や、ステージマネージャーも必要だ。それらの裏方全てが仲間の協力によるものだ。そして肝心なブラームスの第四交響曲も盛り上がった。全員そろっての練習があまり出来なかったのでキズもあろうと思うが、気合で乗り切った。

演奏風景を収めたビデオが今も我が家にある。もちろん世界に唯一のプライベートな第四交響曲である。

おそらくこういう2次会は世界でも多くはないと思う。

2006年9月26日 (火)

古き恋

9月21日の記事「曖昧を味わう」の続編である。

「D音」と「B音」が確保される。そこに「F音」が補われれば変ロ長調、「G音」が補われればト短調というような曖昧さを、ブラームスは利用した。ヴィオラの放つ「F音」により変ロ長調が、がっしりと根付いているのがピアノ協奏曲第2番の第3楽章アンダンテであることは、既に述べたとおりだ。

同じように変ロ長調とト短調の境界線上を歩みながら、そこに「F音」ではなく「G音」が補われて、ト短調になる例もブラームス作品には存在する。

本日の記事のタイトル「古き恋」がそれである。原題は「Alte Liebe」といいop72-1という番号を背負っている。まずはピアノが「D音」をオクターヴで鳴らす。半小節後、長3度下に「B音」が加わる。「D音」と「B音」が鳴っているだけのこの段階では、変ロ長調、ト短調どちらの目もある曖昧な状態だ。歌手はここに「D音」のアウフタクトをもって立ち上がる。調性の決定権は歌手にもないのだ。歌手から8分音符一個だけ遅れてピアノの左手に「G音」が出現して、やっとト短調が確定する。この間わずかに6拍で曖昧を楽しむというにはあまりに短い。

それでもト短調の確定に先立つわずか1小節間6拍の曖昧さが、ト短調の効果を増強していると思う。

2006年9月25日 (月)

「a tempo」と「in tempo」の狭間で

一昨日の記事を書いて床に入った後、ムクムクと湧いてきた考えがある。

楽曲の途中で変化してしまったテンポをリセットする用語は、「sostenuto」や「animato」が事実上テンポリセッターとして機能しているケースを除けば、下記のとおり大きく2つに分類される。

  1. 「a tempo」
  2. 「in tempo」

この2つ、出現頻度に大差が無い。楽曲のジャンル、拍子、調性、作曲時期のどれとも目立った相関関係が見られない。そのため「ブラームスの辞書」では半ば匙を投げている。

一昨日の記事で「Tempo Ⅰ」の意味合いが下記のうちのどちらなのかに言及した。

  1. 物理的に厳密な元のテンポ
  2. 聴き手が元のテンポと感じるテンポ

一昨日床の中に入ってからムクムクと湧いてきたいけない想像とは、「a tempo」と「in tempo」の基準が実はこれなのではないかということだ。全く検証が出来ていない思いつきだ。「物理的に厳密な元のテンポ」が「a tempo」で、「聴き手に曲本来のテンポと感じさせるテンポ」が「in tempo」なのではないかという仮説である。

お叱りを覚悟の先走りである。

2006年9月24日 (日)

交響楽

高校から大学にかけて、「さだまさし」に親しんでいた。ベートーヴェンからブラームスへの移行期に一方ではビートルズやさだまさしにものめりこんでいた。

さだまさしの作品に「交響楽」がある。これで「シンフォニー」と読ませる。女から別れを切り出されて、それをさっぱりと受け入れるさわやかな男の回想が、さだまさし独特の澄み切った長調で描かれている。初期さだまさしの傑作だと思う。作者さだまさし本人も何かのインタビューで「この作品を書いたことでプロになる決心がついた」と語っていたと記憶している。

男は、「今から振り返れば、彼女がワーグナーの交響楽を聴き始めたのが、別れの兆候だった」と回想する。「何故って彼女は次第に飾ることを覚えたから」と続ける。最後には「確かに美しくなったけれど」と結ばれている。話の脈絡から推定するに「飾ることを覚え、確かに美しくなること」と引き換えに男は別れを切り出されるのだ。少なくともそうした因果関係を聴き手に想定させる歌詞になっている。時間を隔てての回想なのだろう。男の語り口には嫌味も未練もない。女を恨む素振りは全く見せない。それどころか「まだその女性を愛している」ということが仄めかされてもいる。周知の通りさだまさしは相当なヴァイオリンの腕前の持ち主だから、この比喩、この小道具の配置には絶妙な説得力がある。

当時ブラームスへの傾倒が決定的になりつつあった私にとっては看過出来ない歌詞だった。ワーグナーに傾倒し、飾ることを覚え、結果として美しくもなった女に振られる男は、当然アンチワーグナーだと私は直感した。別れを悠然と受け入れ、女を許し、澄み切った長調で淡々と歌い上げるこの男は、歌詞の中には一切明示されないが、ブラームスを象徴している。あるいは少なくとも反ワーグナー陣営に身を置いていると私は確信した。次第にワーグナーに傾倒する恋人を、男はどんな思いで見つめたのだろう。そこに破局の予兆を見たのだろうか。

この曲の聴き手のうちの何人が、何の痕跡も無い中からブラームスを想起するかは判らぬが、私には潔くも賢い男の優しさが、等身大のブラームスと重複して聴こえる。

歌謡曲史上、ワーグナーをこれほど鮮やかに小道具として扱った例を私は知らない。さらに付け加えるならば、「ブラームス」という文言を一切使わずして暗に「ブラームス」を浮かび上がらせることにも成功していると思われる。

私は、反ワーグナーの表札を掲げている訳ではないが、ブラームス陣営の一員となるべく修行中である。いつかお庭番くらいにはなってみたいものである。

2006年9月23日 (土)

「Tempo I」問題

暑さ寒さも彼岸までの「お彼岸」である。

一日の平均気温の推移を観察していると、同じくらいの気温を記録する時期が、春と秋に来る。ところが、温度計の記録が同じ値を示していても人間様は同じとは感じないことがあるという。たとえば同じ20度でも、暖かくなる途上の20度と、冷え込んでいく過程の中の20度とでは、感じ方が違うらしい。一般に暖かくなる途上の20度のほうが気温が高く感じるとされている。

テンポやダイナミクスでも同じことが起き得るのではないかと思っている。たとえば同じメトロノーム値「MM=80」でも、アッチェレランドの途中と、リタルダンドの途中では、感じ方が変わるのではないだろうか?物理的には同じダイナミクスでもクレッシェンドの途中かディミヌエンドの途中かによって人間の感じ方に差が出るのではないかとも思う。

ブラームスは、人間の耳のそうした特性をどう考えていたのだろう。たとえば「Tempo Ⅰ」は一般に「最初のテンポで」と解されているが、ブラームスは下記のうちどちらを意図していたのだろう。

  1. 厳密な楽曲冒頭のテンポ
  2. 聴き手が楽曲冒頭のテンポと同じだと感じるテンポ

暑さ寒さの例でも解るとおり、物理的に全く同じテンポで演奏しても聴き手が「同じテンポだな」と認識するとは限らない。

ブラームスは「Tempo Ⅰ」を含む語句を56回使用しているが、それらは上記のうちのどちらを意図しているのだろう。56回の全てが1あるいは2に偏るのではなくて、1もあれば2もあるという具合に使い分けられているのだろうか?そしてその使い分けの基準は明確になっているのだろうか?

何だか2が無視し得ぬ比率で混入しているような気がする。「Tempo Ⅰ」は形式的に意味の無い置かれ方はしていない。主題再現の標識として置かれることがほとんどである。聴き手に「回帰感」を与えることが狙いなのだから、その狙いのためには一定の範囲で厳密な「元のテンポ」からの逸脱は、ブラームスとて想定していたのではあるまいか。

2006年9月22日 (金)

espressivoの減少

ピアノ四重奏曲第1番を管弦楽に編曲したシェーンベルグの話の第10弾である。

「espressivo」を「dolce」とともに「主旋律マーカー」と位置付けているのが「ブラームスの辞書」の主張であった。今問題のピアノ四重奏曲第1番にももちろんそれらが散りばめられている。しかしながら同じ主旋律マーカーでも「dolce」と「espressivo」ではシェーンベルグの扱いに差が出ている。

原曲では「espresivo」入りの語句は11種類が44箇所に出現するのに対して、シェーンベルグ版では4種類13箇所に激減しているのだ。「dolce」の出現は種類場所ともに大きな変化は無い。「espressivo」の使用だけが大きく控えられている。特に「p」以外のダイナミクスと共存していた「espressivo」は全滅である。

ブラームスが、同時進行する複数声部間の優先順位を「espressivo」を付与することで明示する姿勢をとっていたのに対し、シェーンベルグはそうした扱いの差をダイナミクス標記の差で示していたと解される。

判り易くするために少し極論すると、ブラームスならば「p espressivo>p」としていた場面で、シェーンベルグは「mp>p」と表示するという傾向があるということに他ならない。ブラームスは「p」の領域の中での細分化を志向したのに対し、シェーンベルグはダイナミクスの相対的な差に着目し、その差に応じて「fff」から「pppp」までの記号を当てはめたと思われる。

シェーンベルグがブラームスの用いる「espressivo」の癖に気付いていたかどうかは不明である。

8月31日の記事「ダイナミクスレンジの拡張」とも密接に関係がある。

2006年9月21日 (木)

曖昧を味わう

作品105-2に「Immer leiser wird mein Schlummer」という独唱歌曲がある。日本語ではもっぱら「まどろみはいよいよ浅く」と訳されている。この曲の冒頭は、ピアノ協奏曲第2番第3楽章アンダンテ冒頭の独奏チェロの旋律に似ていると古来から指摘されてきた。ニ短調の第2楽章がフォルテシモで終わったあと、滑るように始まる変ロ長調である。独奏チェロの旋律は変ロ長調の移動ドで読むと「ミ~レファ~ミ」となっている。トゥッティ側のチェロとコントラバスが変ロ音を鳴らし、ヴィオラがキッチリとヘ音を鳴らしているお陰で、変ロ長調ががっちりと地に足をつけている。

ピアノ協奏曲の第2番は作品83で1881年の作だ。「まどろみはいよいよ浅く」のほうは1886年だから、こちらの方が後である。

この2つ何が似ているのだろう。「まどろみはいよいよ浅く」の方はシャープ4つを背負った嬰ハ短調だ。協奏曲は長調なのに何故似ているとされているのだろう。その秘密は「まどろみはいよいよ浅く」の側にある。この冒頭を嬰ハ短調と捉えて、移動ドで読むと「ソ~ファラ~ソ」になる。しかしだ、同時に鳴らされているピアノのパートには主音の嬰ハ音が無い。ホ音と嬰ト音しかない。聴き手は頭の中でロ音を補って勝手にホ長調と感じてしまっているということなのだ。「ホ-嬰ト-ロ」ならばホ長調であり、移動ドで読めば「ミ~レファ~ミ」となり、ピアノ協奏曲と完全に一致する。「ホ-嬰ト」に嬰ハが補われるかロが補われるかで、「嬰ハ短調」になるか「ホ長調」になるかが決まる。協奏曲でこれを決定しているのがヴィオラの放つ「ヘ音」だ。ヴィオラがもし「ト音」ならト短調になっていたところだ。平行調をもてあそぶという訳だ。余談だがこういうヴィオラの出番はおいしい。調性の決定権を握っているというわけだ。チェロより低い音を出しているというのもブラームスらしい。

旋律の構造や、イントロなしのいきなりの立ち上がりは両者共通だから、ピアノ協奏曲のチェロ独奏を知っている聴衆が、「まどろみはいよいよ浅く」冒頭を聞けば、必ずホ長調と聴いてしまうとブラームスは計算していたに違いない。しかし2小節目から明らかに翳りが見えはじめ、3小節目のロ音につくシャープで嬰ハ短調への傾斜が決定的になる。

シャープ2個を背負ったクラリネット五重奏曲の冒頭でもニ音と嬰ヘ音だけを提示して同様の効果を上げている。イ音が補われればニ長調だし、ロ音が補われればロ短調というわけだ。これも3小節目の嬰イ音によってロ短調に軍配が上がる。

また第一交響曲冒頭は、全オーケストラが上から下までハ音を鳴らす。8分音符にして3つ分はハ音しか存在しない。だからハ長調ともハ短調とも決まったわけではないのに何故か、ハ長調には聴こえない。第一交響曲を聴くという決意をした聴き手は勝手に心の中で変ホ音を鳴らしているかのようだ。

これらの曖昧さがブラームスの魅力の一つであることは論を待たない。付け加えるなら、これらの曖昧さ自体に加え、曖昧が確信に変わる瞬間の心地よさや、確信に変わって行く過程にこそブラームスのだしがつまっていると思われる。

2006年9月20日 (水)

誤植

印刷物中に存在する文字の誤り。

これを撲滅するために行うのが校正だ。一般書籍では1回2回3回やるのだそうだ。「ブラームスの辞書」でも3回やった。うち2回は校正のプロに依頼したものだ。聞くところによると業界では「何度やっても出るもの」が誤植だそうだ。もちろんゼロにしなければならないのだが、校正を4回5回6回と重ねて行くのは時間的にも経済的にも苦しいものがある。

もちろんと言っては不謹慎だが、残念ながら「ブラームスの辞書」にも誤植がある。

つい先日のことだ。CDショップを徘徊していて1760円2枚組のCDを見つけた。名前から察するにフランス系のピアニストのCDだ。メンデルスゾーン、シューマン、フランク、フォーレなどブラームス以外の作曲家の作品も収録されているが、「Brahms op118」という記載があったので手にとってみた。裏面に「Track10~12Brahms:intermezzo op118」と書かれている。トラック10~12ということは3曲ということだが、ブラームスの作品118ならば6曲のピアノ小品集なので辻褄が合わない。またop118の中にはインテルメッツォが4曲あるのでこれまた数が合わない。CDの中を見れば正確な曲名が判るのだが、開封するわけにも行かない。op118-2コレクターの私としては、作品118の中の4曲のうちの3曲が収められていると都合良く解釈して購入した。作品118の4曲のインテルメッツォから1曲を落とす場合、2番イ長調を落とすことなどあり得ないという信念からである。

帰宅して封を開けるのももどかしく収録曲名を確認してみた。

  • intermezzo Esdur
  • intermezzo Bmoll
  • intermezzo Cismoll

上記の通りだった。作品118の4曲のインテルメッツォの調性は、イ短調、イ長調、ヘ短調、変ホ短調のハズだ。なんのことはない。ジャケットに印刷されていた「op118」は「op117」の誤りだったのだ。誤植というにはあまりに杜撰である。ジャケット中の「op117」となるべきところが全て「op118」になっているばかりではなく、CDのA面にまで「op118」と書かれている。ディレクター、執筆者はもとより、校正者も見落としたということなのだ。見落としたと言うより知識の欠如なのかもしれない。あってはならぬ想像だが、「愛情の欠如」さえ疑われる。

何よりも何よりも、演奏したピアニスト本人はノータッチだったのだろうか?一生懸命演奏したのだろうに、これではせっかくの「op117」が浮かばれない。

2006年9月19日 (火)

演奏活動

自分自身の演奏活動の話だ。

昨年室内楽仲間が仕事の都合で首都圏を去って以来、パッタリとヴィオラを弾かなくなった。それまではメンバーに恵まれブラームスの室内楽ばかりを合わせていた。本年1月27日の記事にあるような「室内楽のつまみ食い」と称する遊びもやってみた。あんまりブラームスが続いたので、モーツアルトのニ短調の四重奏曲やト短調のピアノ四重奏曲に浮気をしたこともあったが、散々な目にあった。

気の合うパートナーと定期的に室内楽をするというのはよいものだ。誰かに聞かせる目的ではないから、ピアノ付きの練習室を借りて3時間程度弾くだけなのだが、これがまたなかなか楽しい。原則として毎回ブラームスというのが嬉しい。一度やった曲でも日を空けてまたやると一層盛り上がる。ところが、そういう素晴らしいメンバーは代わりがいない。転勤一発で冗談になってしまう。

ヴィオラを弾く機会がその後パッタリと無くなってしまったという訳だ。娘らのヴァオリンの練習に付き合ってヴァイオリンをいじる程度だ。先般カイザーに取り組む娘に刺激されて、ヴィオラ版のカイザーの楽譜を買い求めた。昨日までの3連休中に娘らのレッスンが無いのをいいことにヴィオラを練習した。カイザー、ウォルファート、クロイツェルだ。クロイツェルも学生時代に使っていたヴィオラ版だが、1ランク上のいやらしさだ。実際にレッスンした日付が書かれている。無味乾燥と思われがちな練習曲だが、やってみると楽しい。一方で弱点も露呈する。第1ポジションでD線上で2の指と4の指で取る長3度が苦しい。指がなまって拡張が甘くなっている。ヴァイオリンに慣れてしまったせいだ。身体中が痛くなってしまったが、3日間で合計5時間は弾いたと思う。

やっぱりヴィオラはいい。

どこか近所のアマチュアオケにでもとは思っているが、二の足を踏んでいる。理由はいくつかある。人間関係を1から作り出さねばならないのが何だか億劫なのと、どこのオケのホームページを見ても練習中の曲にあまり興味が感じられないことだ。特に後者は深刻だ。限られた時間を使って練習に参加したり、個人練習をしたりするのだから曲そのものへの魅力や興味がなくては続くはずがない。ましてや周囲が見知らぬ人たちばかりともなると尚更である。

空気を読み損なって気まずい思いをするくらいなら、「家でカイザー」で十分と思ってしまう。しかし、もし万が一娘たちが第2ヴァイオリンにでも参加してくれるなら話は別である。きっと喜んで一緒に行くと思う。もしそうなったら曲がたとえ「マイスタージンガー」序曲でも皆勤かもしれない。単なる身勝手なおじさんと化している。

2006年9月18日 (月)

微調整語の行方

「ブラームスの辞書」の中で、ある特定の単語群を「微調整語」と定義していることがある。「poco」「piu」がその代表例だ。形容詞に付着して意味合いに微妙な匙加減を施す機能である。これら「微調整語」を縦横に駆使して、ブラームス独特といえる世界を構築している。いわばブラームス節の根幹を形成している。

ピアノ四重奏曲第1番に現れる「微調整語」の種類と頻度は下記のとおりである。

  1. piu f 3回
  2. piu f sempre 1回
  3. piu f sempre e animato 2回
  4. piu p 2回
  5. poco a poco crescendo 1回
  6. poco animato 1回
  7. poco crescendo 4回
  8. poco f 8回
  9. poco f espressivo 8回
  10. poco f legato 5回
  11. poco ritardando 1回
  12. poco sostenuto e diminuendo 8回

12種類が合計44回登場している。

シェーンベルグが編曲したピアノ四重奏曲第1番ト短調op25の管弦楽版を分析すると奇妙な事実が判明する。この12種類44回のうち編曲版にも残るのは第4楽章324小節目の「piu f sempre e animato」と同じく第4楽章173小節目チェロの「poco f」の2箇所しかない。しかも前者はシェーンベルグ編全曲を通じて唯一原曲と同じ楽器が鳴る場所である。つまり全オーケストラが沈黙する中、第一ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのトップ奏者が3人だけの演奏になっているのだ。残しているに十分な根拠があると考えられる。

また後者は原曲では「poco f espressivo」というブラームス作品にあってはおいしさ最上級の称号が付与されているが、「espressivo」があえなく省かれている。

残る10種類42箇所の「微調整語」は全滅している。既に公表済みの記事の中で再三言及したが、シェーンベルグは用語使用面において、ブラームスよりクールである。繊細で微妙、時として難解なブラームスの感覚をやたら深追いすることはせずに、実演奏に即したダイナミクスを再交付しているように感じる。「繊細・微妙・難解」のブラームス節の象徴たる「微調整語」の大量消滅は、そのことを裏付けていると思われる。

2006年9月17日 (日)

ブログ炎上

今話題になっている言葉だ。特定のブログにおいてその本文記事、タイトルを含む書き込みの内容をキッカケにコメントが殺到する状態を言うらしい。語感からして穏やかではない。殺到するコメントというのが大抵は批判のコメントだそうだ。

聴くところによればそれはそれはすさまじい様相を呈し「ネット上のリンチ」とも形容し得る状態だという。寄せられたコメントがまたコメントを呼ぶという悪循環により、批判的なコメントが雪だるま式にふくらむ。閉鎖に追い込まれたブログも珍しくないという。

もらえば嬉しいコメントだが、それはキチンと返事が出来て、コメンターとのコミュニケーションが成立してこそ意味がある。それが批判的なコメントで、ましてや殺到ということになるともはやお手上げだ。日々のアクセス数に一喜一憂しているくらいがちょうどいいのかもしれない。そもそもサラリーマンが片手間にブログを運営している場合、コメントに丁寧な対応が出来るのは、どうだろう一日最大5件くらいではないだろうか。あまり多いと一件一件への回答が上の空になりかねない。ましてや殺到などされたらひとたまりもない。

どのような記事が炎上の引き金になったのか実例を知らないので断言が難しいが、ブログ上の発言は慎重にせねばいけない。どうでもいいことしか書いていないブログ「ブラームスの辞書」だからといって油断は禁物である。かといって臆病になりすぎてコメントお断りにするのもつまらない。コメンターとのやりとりがブログの醍醐味のひとつだからだ。

ブログを公開している以上、批判めいたコメントを寄せられるリスクは、ある程度覚悟したつもりだが、本当は「ある程度」ではなく「相当な覚悟」が要るのだ。万が一炎上してしまったら、消化器の準備や避難訓練ぐらいでは歯が立たないかもしれない。

ますますブラームスのご加護が必要だ。

2006年9月16日 (土)

ピアノ四重奏曲変ホ長調

ロベルト・シューマン作曲のピアノ四重奏曲変ホ長調が、ブラームスによってピアノ連弾用に編曲されている。作品番号は付与されていないが、ちゃんとマッコークルにも記載されている。真贋論争の余地のない紛れもない「ブラームス編曲」である。

この程その編曲版を演奏したCDを買い求めた。作品番号無き作品も含むブラームス作品のコンプリートの為には必須の曲だったのだが、長くCDに巡り会えなかった。出すとしたらナクソスしかないという気がしていたが、案の定ナクソスが出してくれた。

この曲第3楽章が好きで度々聴いていたし、ヴィオラパートを練習したこともある。その第3楽章の最後でチェロのC線を緩めて「B音」を出せという仰天の指示があるので有名だ。

ブラームスの創作史の初期1858年の編曲だ。ロベルト・シューマンの死から2年後だ。ブラームス自身の3曲のピアノ四重奏曲は皆1850年代中盤頃、作曲に着手しているから、何らかの影響が予想される。「これならオレにも書ける」とか「オレならもっと上手く書ける」みたいな。

で、聴いてみた。サラッと終わってしまったという印象だ。音が薄い感じ。4手にしなくても良かったみたいな音の薄さだけが気になった。それが原曲のせいなのか編曲のせいなのかはっきりしないが、とにかく薄い。たとえばワルツop39の各曲の音の厚みに比べるとスカスカという感じだ。それでもやはり第3楽章は美しい音楽だ。

編曲の出来には賛否あるのだと思うが、私にとってはそんなことより大切なことがある。誰かが演奏してCDが出たということはつまり、楽譜が出版されているということだ。これを入手してブラダスに取り込みたくなるのが見えている。因果な性格である。

このCD他にも興味深い曲が収録されている。シューベルトのレントラーのブラームス編と、ヨアヒムの管弦楽曲「ハムレット序曲」のピアノ連弾版だ。特にヨアヒムの序曲は初入手なのでお得感もひとしおだ。

2006年9月15日 (金)

カムバック

ニューヨーク・ヤンキース松井秀喜外野手が復帰した。

今年5月11日の試合中に左手首を骨折して以来、遠ざかっていたメジャーリーグの公式戦に戻ってきた。

今年5月15日の記事「継続するということ」の中で、松井外野手の一日も早い復帰を祈って願をかけたが、おととい9月13日124日ぶりに復帰を果たした。私もその124日間ブログ記事の更新を絶やすことなく乗り切った。それにしても4打数4安打1四球とは素晴らしい。

クララ・シューマンの誕生日に復帰するとは、なかなかやるわいということで、今後の松井選手の行く末にブラームスのご加護があることは確実と思われる。ワールドシリーズでの活躍を期待したい。

2006年9月14日 (木)

シェーンベルグの誕生日

昨日はクララ・シューマンの誕生日ということで相応しい記事をアップした。西武ライオンズの松坂投手も昨日9月13日生まれらしい。

実は実は昨日9月13日は作曲家、アーノルト・シェーンベルグの誕生日でもあったのだ。1874年9月13日の生まれである。クララ・シューマンと同じ日なのだ。ブラームス音楽の理解者2人が同じ誕生日とは驚いた。奇遇ネタはまだ続いているようだ。

8月12日の記事「夏休みの課題」で宣言した通り、ブラームス作曲のピアノ四重奏曲第1番ト短調op25を管弦楽用に編曲したシェーンベルグの用語起用の癖をあれこれ分析した記事が続いている。本日のこの記事を入れずに昨日までに既に7本になっている。あと2~3本はいけそうな勢いである。ちょっとしたマイブームだ。

シェーンベルグのことに深入りするのは慎むが、何だか只者じゃあない気がしてきている。

2006年9月13日 (水)

灰色の真珠

本日9月13日は特別な日だ。クララ・シューマンの誕生日である。だからお祝いに関連ネタを公開することにした。

ブラームスの最晩年のインテルメッツォop119-1ロ短調をクララ・シューマンは「灰色の真珠」と評した。その心は「曇ってはいるが貴重なもの」である。「不協和音に満ちた魅力的な小品である。極めて悲しげであり甘い」とも述べている。個人的には作品118-2、117-2と並ぶ「インテルメッツォ三羽烏」の一角を形成している。楽譜のページで見開き2ページに収まり、どんなに遅い演奏でも5分はかからぬ小品ながら、凡百の作曲家の追随を許さぬモノローグが繰り広げられている。「f」にまで声を上げる瞬間はわずかで、ほとんどが「p」の掌の上で、ニュアンス1個の出し入れに終始している。

今を去ること17年前の明日1989年9月14日に、私は今は亡き妻と結婚を決意した。指環を贈らねばならない。そこで私は一計を案じた。op119-1のロ短調のインテルメッツォが好きで、6月生まれの彼女に「灰色の真珠」を贈ることにしたのだ。「黒真珠」の指環を買い求めた。もちろん全て内緒で話を進めていった。その年のクリスマスにそれを手渡したのだ。

箱を開けた彼女は、一瞬で私の計画の意図を察した。とても喜んでくれた。普通の真珠ではなくて黒真珠つまり「灰色の真珠」であることに深い意味があったのだ。案の定効果の程は絶大だった。

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これらの写真が実物である。写っているのは長女の手だ。次女の指には入らなくなっていた。「マジ~?やだ。ママの指細い~っ」と娘たちは屈託がない。湿っぽい感傷を微塵も感じさせないことがかえって感慨を深めてくれる。

2006年9月12日 (火)

編曲の楽しみ

シェーンベルグネタを連発していることもあって、ブラームス作品を他者が編曲したケースに注目している。そんなつもりでCDショップを覗いていて掘り出し物を見つけた。

ピアノ四重奏曲第1番ト短調のシェーンベルグ編の余白に驚くべき曲が収められているのだ。「四つの厳粛な歌」op121全4曲の管弦楽伴奏版である。Erich Leinsdorf(1912-1993)という人が編曲している。バリトン独唱はOlle Persson、指揮Lu Jiaとなっている。指揮者は多分中国の人だろう。オケはNorrkoping Symphonie Orchestraとなっている。スェーデンのオケらしいが読み方が皆目判らない。

話半分の覚悟で聴いてみた。これがまた予想に反してまっとうな演奏である。シェーンベルグよりはずっと素直にブラームスの響きをトレースしている。金管楽器や打楽器をことさらに強調することもなく、低い音域に分厚い塊を配した控え目な編曲で好感が持てる。総譜が無いので断言は出来ないがブラームスのホルン偏重も加味されているように思う。第1曲ではトランペットに「p」(「pp」かもしれない)を与えて緊張感の創出に貢献しているし、第2曲の冒頭で歌にからみつくフルートが切ない。

余白に収められているのが、またマニアックだ。「オルガンのための11のコラール前奏曲」op122から2曲、7番と8番の管弦楽版である。「四つの厳粛な歌」と同じ編曲者だが、こちらも同様に美しい。この調子だと他の9曲も編曲されているのではないかと思われる。

2006年9月11日 (月)

「三重奏曲イ長調」探査計画

火星や木星に宇宙船を飛ばすわけではない。1924年にブラームスの遺作として発見された「ピアノ三重奏曲イ長調」をブラダスに取り込む計画のことだ。先ごろ楽譜専門店に出向いて楽譜を探したのだが、店頭在庫が無かったので「お取り寄せ」をお願いした。出版社はブライトコップフだ。船便なので2~3ヶ月かかると知らせがあった。ネット全盛のスピード時代に「船便」「2~3ヶ月の納期」とは、なかなか味わいのあるフレーズである。風情があってよろしい。

これをブラダスに取り込んで、ピアノ三重奏曲第1番あたりと用語使用の癖を比べてみたいと思っている。世間ではいわゆる真贋論争が起きているらしいので、用語使用の面から何か判りはしないかと考えている。マッコークルあたりは「怪しげ」という扱いになっているので、やはりそれなりなのか、捨てたモンでもないのかこの目で確かめたい。私ごときの出る幕があるほど学問的な塗り残しがあるとも思えないが、この種の好奇心を大切にするのが当ブログの持ち味だ。

先ごろ夏休みの宿題代わりにやった、シェーンベルグネタが思いのほか楽しめたので、その二番煎じという訳である。

クリスマスまでに現物が届けば御の字なので、冬休みの課題にちょうどいい。おバカなブログを継続するにも計画性が要るという訳だ。

2006年9月10日 (日)

decrescendo日照り

中学校の音楽の時間に、「crescendo」を「だんだん強く」と習い、「decrescendo」はその逆で「だんだん弱く」だと教わった記憶がある。このとき「diminuendo」は習っていなかったと思う。私の脳味噌には「crescendo」の対立概念は、「decrescendo」だと刷り込まれている。

ところがブラームスの楽譜を仔細に見てゆくとどうも勝手が違う。「decrescendo」が出現しないのだ。松葉マーク「>」や「diminuendo」はそれこそ売るほど存在するというのに「decrescendo」にはとんとお目にかかれない。

ブラームスは「だんだん弱く」を要求するとき、事実上「diminuendo」か「>」に決め打ちしていたように推測出来る。断言は慎みたいが少なくとも作品番号付きの作品には「decrescendo」は無いようだ。

ブラームスのシューベルト好きは周知の事実だが、ブラームスはシューベルトの即興曲変ホ長調op90-2(D899)を左手のためのエチュードに編曲している。その中44、168、213小節目の3箇所で「decrescendo」が出現する。我が家には、シューベルトの原曲の楽譜が無いので、この「decrescendo」が元から原曲に存在していたのかが確認出来ない。ブラームスには「decrescendo」が無いと断言出来ない理由の一つがこれである。

2006年9月 9日 (土)

体育祭

昨日カイザーによって「芸術の秋」がもたらされたが、本日は体育祭によって「スポーツの秋」を感じさせられた。

長男長女の通う中学校の体育祭に行ってきた。運動会ではない。体育祭である。行われる種目が小学校に比べて競技寄りに設定されている。いわゆる「お遊戯」がスポイルされているのだ。3年生の長男と1年生の長女がいるおかげで出番がひっきりなしだ。赤青緑黄の4色対抗なのだが、長男長女とも偶然赤組になった。

我が家の子供たちはみな、体育会系ではない。特に長女は芸術点狙いのお遊戯が得意だったので、体育祭には期待していなかったが、良い意味で裏切られた。入学して半年バドミントン部で鍛えられているせいか、本当にたくましくなった。最近彼女が発するヴァイオリンの音が太くなったのは偶然ではないと判った。ブラームス弾くには体力も必須である。

秋としてはいささか強過ぎる日差し、もうもうとした砂埃の中だったが、2人ともたくましいパフォーマンスだった。おかげで赤組は優勝だ。赤組の獲得した609点のうち、直接の貢献は長男が100m走と障害物競走で3位になって獲得した2点だけだが、クラスメートとの団結は深まったようだ。

2006年9月 8日 (金)

カイザー

今娘たちのヴァイオリンレッスンでは、基礎練習に3種類の教則本を使っている。セヴシックのop1、それからカイザーのop20、小野アンナの音階教本だ。中でも半年程前にウォルファートに代わって使い始めたカイザーは亡き妻の遺品から発掘した楽譜を使用している。実は私が大学生でヴィオラ初心者だった頃、レッスンの先生が最初に与えてくださったのが、他ならぬカイザーだ。

娘たちがカイザーに挑むのを見るのは、感慨深いものがある。今日楽譜屋に立ち寄ったところカーザーのヴィオラ版が売っていた。手にとって眺めていたら、無性に弾きたくなったので、思わずの衝動買いをしてしまった。オリジナルのヴァイオリン用に比べて5度低く移調されているから、理屈の上ではヴァイオリンと同じ指使いで弾けるはずなのだが、ヴィオラは楽器が大きい分、同じ指使いでは弾きにくい箇所がある。ヴァイオリン版では1ポジションにとどまりながら小指を伸ばす場所でも、ヴィオラ版ではポジションを上がるような指使いが指定されている。

娘らが挑んでいる曲を、平行して私がヴィオラでさらってみるのも悪くない。少し指が痛いのも我慢である。

きっと、こうして芸術の秋が忍び寄って来るのだろう。

2006年9月 7日 (木)

消えたリンフォルツァンド

ブラームス作曲のピアノ四重奏曲第1番ト短調op25の管弦楽版への編曲にあたって、シェーンベルグは32種の音楽用語を削除している。原曲には52種が用いられていたから、削除を免れたのは20種しかないことになる。その一方でシェーンベルグが独自に30種を加えているが、加えられた側の30種には特段のサプライズは用意されていなかった。9月4日の記事で述べた通りである。

取り消された32種類の側には興味深い事例が溢れている。本日から数回に分けてそれらに言及したい。

7月29日の記事「宝のありか」でも述べた通り、「rf」(リンフォルツァンド)は「sf」(スフォルツァンド)よりもお宝度が高そうだというのが、「ブラームスの辞書」の主張である。130箇所を数える「rf」のうち一箇所がピアノ四重奏曲第1番に存在する。第1楽章153小節目である。141小節目から始まる一連の流れの到達点に置かれている。

シェーンベルグ編ではこの虎の子の「rf」が跡形もなく消えてしまっている。全部のパートにシンプルな「f」が置かれているばかりである。

そういえばとばかりに141小節目からの一連の流れに目を移せば、ブラームスの原曲は「p」で始まって若干のクレッシェンドとディミヌエンドがわずかな抑揚をつけているだけだが、シェーンベルグの方は、141小節目ヴァイオリン、ヴィオラの「p dolce」に始まって実に7種のダイナミクス用語が、入れ替わり立ち代り20種以上のパートに付与されている。この種の繊細な扱いは本編曲の中に頻繁に現れるが、到達点の「rf」のお宝度よりも、そこに至るニュアンスの確保のほうが重要だと考えられていた結果だと思われる。

ブラームスはダイナミクス用語を筆頭とする音楽用語に副次的なニュアンスを持ち込もうとした形跡があるが、シェーンベルグはブラームスに比べればずっとクールであり、音楽用語に本来の意味以上の含みを持たせなかったと推測出来る。繊細微妙な意味合いは所詮作曲者ブラームス本人にしか判るまいと開き直り、現実路線に徹した感がある。

「rf」の消滅はその好例である。

2006年9月 6日 (水)

conの振る舞い

「con」は英語でいうところの「with」に似ている。後続に名詞を従えて副詞句を形成する。

たとえば「con espressione」で表情豊かにと解される。「espressivo」と同義ということになる。同義とは言いながら、微妙なニュアンスの違いは必ず存在すると思われる。ブラームスにおいて「con~」の副詞句は、トップ系、パート系あるいは誤植など取り混ぜて下記の通り18種が出現する。

  1. con anima→animato
  2. con brio
  3. con espressione→espressivo
  4. con forza
  5. con fuoco
  6. con grand espressione
  7. con grazia→grazioso
  8. con legato(一部の国内版ポケットスコアに見られる誤植で本来non legato)
  9. con mezza voce
  10. con molto agitatione→molto agitato
  11. con molto espressione→molto espressivo
  12. con moto
  13. con passione→passionato
  14. con sentimento
  15. con spirito→spiritoso
  16. con tutta la forza
  17. con variazione
  18. con vivatita→vivace

「→」を付与して示したのが副詞型だ。副詞型を用いるか「con+名詞」型を用いるかの基準は必ずしも明確ではない。また副詞型が一切用いられないパターンも存在していて一様の基準を想定しにくいのが実状だ。「con espressione」は初期に集中し作品60を最後に出現しなくなるという特色もある。

今日は次女の誕生日だ。

つまり秋篠宮家のご長男と誕生日が同じということだ。降って湧いた奇遇ネタである。

2006年9月 5日 (火)

我が家に電話が引かれた日

小学生が携帯電話を持つことも珍しくない現代から見ると、想像がつかないかもしれないが、昔は一家に一台の電話もなかった時代が長く続いていた。父の勤務先の社宅に住んでいた我が家にも電話が無かった。社宅共有の呼び出し電話を使っていたのだ。書類に電話番号を書く時には番号の末尾に(呼)と書き加えていたものである。

私が中学生のころ我が家に電話が引かれることになった。父が「うちにも電話が来るぞ」と言った時、妙に嬉しかったのを記憶している。まだNTTになる前の電電公社が我が家のために選んでくれた番号は、0472-54-1833だった。母は覚え易いといって喜んでいた。私はさっそく「御用だイヤミさん」という語呂合わせを考えて家族を笑わせていた。

既にクラシック音楽への傾倒が始まっていたとはいえ、ベートーヴェン一筋の時代だったから、その番号の重大さなど気にも留めなかったが、大学に入ってブラームスへの乗換えが起きると、その番号がただならぬものであることに気付いた。

0472-54-1833

下4桁に注目して欲しい。ブラームスの生年1833が、キッチリ横たわっているではないか。私自身は大学卒業後、就職と同時に大阪に赴任してしまったためにこの番号を自宅電話番号と称していた時期は9年間だったが、長く自慢の一つであった。もちろん現在はこの番号にかけても「お客様がおかけになった番号は、現在使われておりません」になってしまっている。

それにしても人間の欲望とはきりが無い。局番の「54」が、「57」だったら完璧だったのになどと無いものねだりをしたくなる。

このところとどまるところを知らない奇遇ネタである。

2006年9月 4日 (月)

付け加えられたもの

この記事で6本目、もはやちょっとした恒例になってしまったシェーンベルグネタだ。夏休みの課題をキチンとやり遂げたお陰で記事の素材が湧いて出てきてくれる。ありがたいことだ。

ブラームス作曲のピアノ四重奏曲第1番ト短調op25をシェーンベルグが管弦楽版に編曲した際、原曲に存在しない用語をいくつか使用している。その数は20種類に及ぶ。原曲に存在しないと言ってもブラームスの他の作品には登場する用語が大半である。ブラームス作品の中には登場しない用語、つまり「ブラームスの辞書」に掲載されていない用語は、以下の通りである。

  1. martellato
  2. molto breve
  3. p cantabile
  4. spicato
  5. spring
  6. stschl.

上記のうち1番4番5番はヴァイオリンの奏法に関する指示だ。6番が今のところお手上げである。

シェーンベルグは編曲に際して、ブラームスが普段から起用していた用語の範囲で単語を付け加えていた。弦楽器の奏法に関する用語だけはその限りではなく、シェーンベルグの望む効果を得るために遠慮なく付け加えたと思われる。

ブラームスにはほとんど用例のない「cantabile」を起用している点が注目されよう。第3楽章66小節目のチェロとコントラバスに「p cantabile」として出現する。原曲ではピアノの左手で単なる「p」となっている。原曲において位置付けの高さ重要さという点では屈指の場所である。ニュアンスとしては「心せよ」「ぬかるな」に近い。

ダイナミクス系用語の詳細については8月31日の記事「ダイナミクスレンジの拡張」を合わせてご覧いただくとして、シェーンベルグは用語の追加についてはさしたる冒険をしていないと結論付けられる。

本日の議論は、シェーンベルグが追加してしまった用語が対象だった。実は、追加してしまった用語より削除してしまった用語の方が数段興味深い。追い追いそれらにも言及したいと思っている。

2006年9月 3日 (日)

Gedichte

ドイツ語でそのものズバリの「詩」である。もちろん、これに曲をつけたものがドイツリートであるとは断言できないのもまた事実である。

リルケ、ハイネ、ゲーテ、アイヒェンドルフ、メーリケ、リュッケルトなどキラ星のごとき名人たちがが居並ぶ世界であるが、ブラームスはどちらかというとメジャーな詩人の作品には曲をつけない傾向がある。「本当にいい詩は、それだけで完結していて曲をつける余地が無いから」とブラームスが考えていたかどうかはわからない。そんなことを言うと「ブラームスが曲をつけた詩は、いい詩ではないのか?」という質問が飛んで来かねない。

民謡からの引用や、外国詩の翻訳物、マイナー詩人の作品を選りすぐっている感じもする。少なくともブラームスが曲をつけなかったら後世に名前が残ったかどうか怪しい人もいるようだ。

ブラームスは生涯に204の歌曲を38の作品番号に分けて発表しているが、そのタイトルは多岐にわたる。「Lied」「Gesange」「Romanze」あるいはこれらの組み合わせである。我々日本人にはわからない微妙なニュアンスの違いがあるものと思われる。

作品19は38の作品中唯一「Gedichte」がタイトルに用いられている。作品19の5つのテキストだけが「Gedichte」に相当するとは思えないので、悩ましい。ブラームスのリートという場合、無邪気に作品19を加えてしまっていいのか少し心配である。

2006年9月 2日 (土)

いけない想像

8月28日に続いて「四つの厳粛な歌」の話題である。

  1. 「四つの」というところが既に引っかかって仕方がない。何故「三つの」や「五つの」ではないのだろう。
  2. それから8月28日の議論、第4曲が「andante」にしては速過ぎる。何か理由があったのではないかということ。
  3. 「四つの厳粛な歌」には隠しテーマとしての「andante」が存在するのではないかということ。
  4. 第1曲にだけ「allegro」が出現すること。
  5. 第3曲だけが上行する分散和音で終わっていること。

たったこれだけのことからいけない想像をしてしまっている。「四つの厳粛な歌」を組曲と見た場合、全体が交響曲の輪郭をなぞってはいまいか?

  1. 交響曲はご存知の通り全部4楽章制だ。
  2. 第四楽章は実質「allegretto」テンポである。
  3. 周囲を「andante」に囲まれながら「Grave」を掲げる第三曲が事実上のテンポの底である。
  4. 第一曲にだけ存在する「allegro」は、ブラームスにあっては「ソナタ第一楽章」の象徴である。
  5. ソナタの緩徐楽章が上行する分散和音で終わるのはブラームス節の一つだ。

第一楽章に「andante」の序奏を持ち、第二楽章に舞曲楽章、第三楽章に緩徐楽章をもつ交響曲の輪郭だ。ニ短調で始まって変ホ長調で終わるというのはブラームスのソナタとしては異例だ。これは逆風に見えるが、マーラーの第五交響曲は嬰ハ短調で始まってニ長調で終わっている。他に舞曲楽章に「andante」は遅すぎるなど矛盾もある。

だからタイトルを「いけない想像」としたのだ。

2006年9月 1日 (金)

ノイエバーン

「Neuebahn」と綴られるドイツ語。「新しき道」というほどの意味。1853年9月ヨハネス・ブラームスの訪問を受けたロベルト・シューマンがブラームスを紹介するために寄稿した記事のタイトルである。

「この若者、只者ではない」と紹介するのみならず、「天才だ」と断言する論調になっている。考えてもみて欲しい。このときロベルト・シューマンが聴いたブラームスの作品は、後世の我々が「初期」と呼んでいる創作期に属するいくつかの作品に過ぎない。わずかな兆候から天才を見抜いたシューマンの見識を素直に喜びたい。

ブラームスの楽壇デビュウはこうしたシューマンの後ろ盾のもとに進んだのである。現代に生きる我々は、その後ブラームスが辿った道を知っているから、ロベルト・シューマンの卓見慧眼がひときわ、まぶしく感じられる。シューマン亡き後、ブラームスの創作を支えたクララは、それが身に沁みていたと思われる。「ロベルトの予言通りね」と。

新しき道。

今日から、私は新しい職場に出勤する。1996年5月から勤めてきた職場を10年4ヶ月で去ることになった。妻の他界に始まった我が家の、長い復旧の道のりは、私自身の職場がずっと変わらないという安定感の上に成り立っていたと言ってよい。

その間父の急逝はあったが、新たに家も建て、母の献身を得て子供らを育ててここまで来れた。10年の間異動が無いという配慮は、子供たちの成長、「ブラームスの辞書」の出版という成果を結実させた。思えば、妻の他界の時、福岡に勤務していた私を、育児の助けが得やすい東京に異動させる異例の辞令を発した会社の英断に応えるべく勤め上げた職務が昨日終わったのだ。

今日から「新しき道」が始まる。行く手にブラームスのご加護があることを祈ってやまない。

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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