espressivoの減少
ピアノ四重奏曲第1番を管弦楽に編曲したシェーンベルグの話の第10弾である。
「espressivo」を「dolce」とともに「主旋律マーカー」と位置付けているのが「ブラームスの辞書」の主張であった。今問題のピアノ四重奏曲第1番にももちろんそれらが散りばめられている。しかしながら同じ主旋律マーカーでも「dolce」と「espressivo」ではシェーンベルグの扱いに差が出ている。
原曲では「espresivo」入りの語句は11種類が44箇所に出現するのに対して、シェーンベルグ版では4種類13箇所に激減しているのだ。「dolce」の出現は種類場所ともに大きな変化は無い。「espressivo」の使用だけが大きく控えられている。特に「p」以外のダイナミクスと共存していた「espressivo」は全滅である。
ブラームスが、同時進行する複数声部間の優先順位を「espressivo」を付与することで明示する姿勢をとっていたのに対し、シェーンベルグはそうした扱いの差をダイナミクス標記の差で示していたと解される。
判り易くするために少し極論すると、ブラームスならば「p espressivo>p」としていた場面で、シェーンベルグは「mp>p」と表示するという傾向があるということに他ならない。ブラームスは「p」の領域の中での細分化を志向したのに対し、シェーンベルグはダイナミクスの相対的な差に着目し、その差に応じて「fff」から「pppp」までの記号を当てはめたと思われる。
シェーンベルグがブラームスの用いる「espressivo」の癖に気付いていたかどうかは不明である。
8月31日の記事「ダイナミクスレンジの拡張」とも密接に関係がある。
« 曖昧を味わう | トップページ | 「Tempo I」問題 »
コメント