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2006年9月28日 (木)

天晴れな見識

トップ系とパート系の話をせねばならない。「トップ系」とは総譜の最上段に一個だけ書かれ、全パートに対して有効な指定だ。楽曲冒頭の「Allegro」「Andante」等の発想記号がこれにあたる。一方の「パート系」は、記載されたそのパートにのみ有効な指示である。「f」「p」「marcato」等が該当する。この区別は意外と重要で「ブラームスの辞書」でもキチンと区別して記述している。

大原則を言うとブラームスはテンポを直接いじる指示はトップ系で、直接テンポを操作しない指示はパート系にしている。しかしこれには例外も多く一筋縄では行かない。本来テンポをいじる指示ではなくても、実演奏上の処理としては結果としてテンポをいじるケースもあり線引きが難しい。事実「ritardando」はトップ系、パート系どちらにも出現して扱いが悩ましい。本来、テンポをいじる指示ならば、その瞬間休符で休んでいるパートにも影響があるから、トップ系であることが望ましいのに必ずしも100%そうはなっていないのがブラームスにおける実情だ。

上記のことを頭において、黙って以下の表をご覧頂きたい。

  1. diminuendo e ritardando
  2. ff animato
  3. in tempo
  4. p crescendo sempre e animto
  5. piu f sempre e animato
  6. poco animato
  7. poco ritardando
  8. poco sostenuto e diminuendo
  9. ritardando
  10. ritardando poco a poco
  11. sostenuto

これはピアノ四重奏曲第1番ト短調op25でブラームスが用いたパート系音楽用語のうち、実演奏上の処理としてテンポをいじる指示のリストだ。11種類が16箇所で使用されている。管弦楽版への編曲をしたシェーンベルグは、これらをほとんど抹殺している。唯一第4楽章324小節目の5番だけが例外的に抹殺を免れている。ここは全曲中ただ一箇所原曲と同じ楽器が鳴るという特殊な場所である。

この抹殺にはちゃんとフォローの手を差し伸べている。このうち「ritardando」や「in tempo」という直接テンポ変動を意図する用語は全て「トップ系」に転換されているのだ。本日の記事冒頭で示した基準を厳格運用したことに他ならない。ブラームスが曖昧にして積み残したことを、キリリと決断したことになる。「animato」や「sostenuto」のような「本来テンポをいじる指示ではない用語」は冷酷に抹殺している。この区別を明確にする姿勢がはっきりと見て取れる。シェーンベルグの見識を感じる。

パート系「sostenuto」はピアノ入りの曲に限るというブラームスの癖を感じていたかもしれない可能性さえある。

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