古き恋
9月21日の記事「曖昧を味わう」の続編である。
「D音」と「B音」が確保される。そこに「F音」が補われれば変ロ長調、「G音」が補われればト短調というような曖昧さを、ブラームスは利用した。ヴィオラの放つ「F音」により変ロ長調が、がっしりと根付いているのがピアノ協奏曲第2番の第3楽章アンダンテであることは、既に述べたとおりだ。
同じように変ロ長調とト短調の境界線上を歩みながら、そこに「F音」ではなく「G音」が補われて、ト短調になる例もブラームス作品には存在する。
本日の記事のタイトル「古き恋」がそれである。原題は「Alte Liebe」といいop72-1という番号を背負っている。まずはピアノが「D音」をオクターヴで鳴らす。半小節後、長3度下に「B音」が加わる。「D音」と「B音」が鳴っているだけのこの段階では、変ロ長調、ト短調どちらの目もある曖昧な状態だ。歌手はここに「D音」のアウフタクトをもって立ち上がる。調性の決定権は歌手にもないのだ。歌手から8分音符一個だけ遅れてピアノの左手に「G音」が出現して、やっとト短調が確定する。この間わずかに6拍で曖昧を楽しむというにはあまりに短い。
それでもト短調の確定に先立つわずか1小節間6拍の曖昧さが、ト短調の効果を増強していると思う。
« 「a tempo」と「in tempo」の狭間で | トップページ | ルーテル市谷センター »
コメント