消えたリンフォルツァンド
ブラームス作曲のピアノ四重奏曲第1番ト短調op25の管弦楽版への編曲にあたって、シェーンベルグは32種の音楽用語を削除している。原曲には52種が用いられていたから、削除を免れたのは20種しかないことになる。その一方でシェーンベルグが独自に30種を加えているが、加えられた側の30種には特段のサプライズは用意されていなかった。9月4日の記事で述べた通りである。
取り消された32種類の側には興味深い事例が溢れている。本日から数回に分けてそれらに言及したい。
7月29日の記事「宝のありか」でも述べた通り、「rf」(リンフォルツァンド)は「sf」(スフォルツァンド)よりもお宝度が高そうだというのが、「ブラームスの辞書」の主張である。130箇所を数える「rf」のうち一箇所がピアノ四重奏曲第1番に存在する。第1楽章153小節目である。141小節目から始まる一連の流れの到達点に置かれている。
シェーンベルグ編ではこの虎の子の「rf」が跡形もなく消えてしまっている。全部のパートにシンプルな「f」が置かれているばかりである。
そういえばとばかりに141小節目からの一連の流れに目を移せば、ブラームスの原曲は「p」で始まって若干のクレッシェンドとディミヌエンドがわずかな抑揚をつけているだけだが、シェーンベルグの方は、141小節目ヴァイオリン、ヴィオラの「p dolce」に始まって実に7種のダイナミクス用語が、入れ替わり立ち代り20種以上のパートに付与されている。この種の繊細な扱いは本編曲の中に頻繁に現れるが、到達点の「rf」のお宝度よりも、そこに至るニュアンスの確保のほうが重要だと考えられていた結果だと思われる。
ブラームスはダイナミクス用語を筆頭とする音楽用語に副次的なニュアンスを持ち込もうとした形跡があるが、シェーンベルグはブラームスに比べればずっとクールであり、音楽用語に本来の意味以上の含みを持たせなかったと推測出来る。繊細微妙な意味合いは所詮作曲者ブラームス本人にしか判るまいと開き直り、現実路線に徹した感がある。
「rf」の消滅はその好例である。
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