微調整語の行方
「ブラームスの辞書」の中で、ある特定の単語群を「微調整語」と定義していることがある。「poco」「piu」がその代表例だ。形容詞に付着して意味合いに微妙な匙加減を施す機能である。これら「微調整語」を縦横に駆使して、ブラームス独特といえる世界を構築している。いわばブラームス節の根幹を形成している。
ピアノ四重奏曲第1番に現れる「微調整語」の種類と頻度は下記のとおりである。
- piu f 3回
- piu f sempre 1回
- piu f sempre e animato 2回
- piu p 2回
- poco a poco crescendo 1回
- poco animato 1回
- poco crescendo 4回
- poco f 8回
- poco f espressivo 8回
- poco f legato 5回
- poco ritardando 1回
- poco sostenuto e diminuendo 8回
12種類が合計44回登場している。
シェーンベルグが編曲したピアノ四重奏曲第1番ト短調op25の管弦楽版を分析すると奇妙な事実が判明する。この12種類44回のうち編曲版にも残るのは第4楽章324小節目の「piu f sempre e animato」と同じく第4楽章173小節目チェロの「poco f」の2箇所しかない。しかも前者はシェーンベルグ編全曲を通じて唯一原曲と同じ楽器が鳴る場所である。つまり全オーケストラが沈黙する中、第一ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのトップ奏者が3人だけの演奏になっているのだ。残しているに十分な根拠があると考えられる。
また後者は原曲では「poco f espressivo」というブラームス作品にあってはおいしさ最上級の称号が付与されているが、「espressivo」があえなく省かれている。
残る10種類42箇所の「微調整語」は全滅している。既に公表済みの記事の中で再三言及したが、シェーンベルグは用語使用面において、ブラームスよりクールである。繊細で微妙、時として難解なブラームスの感覚をやたら深追いすることはせずに、実演奏に即したダイナミクスを再交付しているように感じる。「繊細・微妙・難解」のブラームス節の象徴たる「微調整語」の大量消滅は、そのことを裏付けていると思われる。
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