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2006年12月31日 (日)

祝30000アクセス

昨夜遅く、おそらく23時40分ごろブログ「ブラームスの辞書」開設以来のアクセスが30000件に到達した。

  • 10000アクセス 2006年 3月 8日 283日目
  • 20000アクセス 2006年 8月30日 458日目(175日)
  • 30000アクセス 2006年12月30日 580日目(122日)

ご覧の通り、アクセス10000に要する日数が少なくなってきていることが判る。1日平均も35→57→82という具合に順調に伸びている。3月に10000アクセスを達成した時でさえ、年内にさらにもう20000アクセスを積み上げることになるとは想像も出来なかった。「のだめ効果」も込みの数値とは言え有り難い限りである。来年はこれに何件の上積みが出来るのか楽しみだ。

立ち上げ当初、まだ一日10件もアクセスが無かった当時も今も、記事一本への手間のかかり方や思い入れは変わっていない。なのにあまり読まれることもなく日の目を見なかった初期の記事を思い遣る一日としたい。今日まで628本もの記事を毎日アップ出来たのも初期につまずかなかったおかげである。

よりによって年も押し詰まった中での30000アクセス到達だ。改めてブログ「ブラームスの辞書」への訪問を皆に感謝せよというブラームスの思し召しに違いない。

2006年12月30日 (土)

肩あて

ヴィオラやヴァイオリンの胴体の下部に装着される補助具。無いほうがいいという意見もある。私に関して言えば不可欠だ。

このほどその不可欠な肩当てを替えた。KUN社の折りたたみ脚を使用していたが、どうもはずれる。それ以前に使用していた奴は、ヴィオラのCの部分の突起にゴムひもを引っかけるタイプだったのではずれなかったのに比べると面倒だ。ケースに収納する時のことを考えて折りたたみ脚にしたが、これがどうも不安の一因になっている。脚部不安というのは厄介で、ドイツの名機メッサーシュミットBf109のアキレス腱でもあった。競走馬でも致命的である。

弓ほどではないがそこそこの出費である。演奏中は楽器に強く付着するものだから、音にも影響しているのだと思われる。お店に出向いて幾つかを試して決めた。「MachOne」というカナダ製の肩あてだ。カナダ製らしく本体は木材、しかもメイプルという触れ込みだ。

Img_0666

実は一週間前に既に入手していたのだが、なかなか弾くヒマがなかった。お店で試していたとはいえ、遠慮もあったから心おきなく音が出せていたわけではなかったので不安だった。ここ2~3日でじっくり弾くことが出来た。

Img_0669

いやいやこれがなかなかの感触である。最初は高さや幅の調整で試行錯誤が続いたが、落ち着いてきたら楽器の鳴りが素軽くなった感じである。軽やかに鳴ってくれている感じ。ホントのところはどうだかわからないのだが、弾いている自分にはよくなったと感じられる。音程のはまり感が増したとも感じている。音程が急に良くなる訳はないので、響いている実感は本物だと思う。練習がしたくなる。肩あて一丁で大げさなことだが、出来れば一日中楽器に触れていたい気分である。

Img_0676

写真はマイアルバム「我が家の楽器」の中でも公開した。

2006年12月29日 (金)

モーツアルトに並ぶ

モーツアルトの諸作品が頂いているケッヘルナンバーの最大値は626である。様々な言い伝えで名高い「レクイエムニ短調」がそれである。「K.626」はマニアにとっては恐らく特別な番号だろう。

本日のこの記事は、ブログ創設以来626本目の記事である。ただそのことだけをもって記事の題材にしてしまったという訳だ。「600」「700」あるいは「1000」のような区切りのいい数字の他に、こうしたエポックを自ら設定して継続の励みにしている。ブラームスの最大値122は、「ブラームスの辞書」刊行後間もない昨年8月12日にドサクサの中でやり過ごしてしまった。

次に狙うは、バッハの最大値「1080」である。このまま順調に行けば2008年3月27日に到達する見込みである。

今、鬼が笑った。

笑わせておけばいい。2008年3月27日には、私が鬼を笑ってやりたいと思う。

2006年12月28日 (木)

年越しの準備

とうの昔にクリスマスツリーは片付けた。新年へのカウントダウンが加速する。

新年を迎えるにあたりブログ「ブラームスの辞書」のレイアウトを一部変更する。

従来は右側だけにサイドバナーがあるタイプだった。今日からサイドバナーを両サイドに置くタイプに変更した。色合いにも若干の変更を加えた。無骨で無愛想なテンプレートは今やブログ「ブラームスの辞書」のトレードマークになっているから、その感覚は保存しながら、バナーだけを両翼に配する意図がある。

先月に実施したカテゴリーの刷新によりカテゴリーの数が飛躍的に増えた。従来の右サイドだけのレイアウトの場合、かなりスクロールをしないと全部のカテゴリーに目が届かなくなっていた。ブログの管理人としては過去の記事に出来るだけ効率よくアクセスしてもらうことに心を砕いたという訳だ。ちょっとした気分転換である。

2006年12月27日 (水)

シンメトリー

対称性のこと。

第1交響曲第1楽章の序奏のテンポがコーダ末尾の「Meno Allegro」のテンポと同じなのではないかという議論の中でしばしば話題になった。曲の最初と末尾にテンポの同じ部分を配して「シンメトリー」を意図したという文脈である。

ブラームスはこのシンメトリーが好きなのではないかということが前提の議論である。思い当たる事例が無いわけではない。

  1. 第1交響曲の中間楽章はホ長調と変イ長調だ。シャープ4個とフラット4個になっている。
  2. ドイツレクイエムは第4曲を中心に、第1曲と第7曲、第2曲と第6曲、第3曲と第5曲が対応する内容を持っている。
  3. チェロソナタは1番がホ短調でシャープ1個、2番はヘ長調でフラット1個である。
  4. 弦楽五重奏曲も1番がフラット1個で2番がシャープ1個だ。
  5. 作品79「2つのラプソディ」はロ短調とト短調だ。シャープとフラットが2個ずつとなる。
  6. クララ・シューマンに関係の深いのはハ短調と嬰ヘ短調だが、これらはフラット3個とシャープ3個になっている。

ブラームスは物事の秩序や整然とした規則性を尊んだことは確実だと思う。宇宙の規則性にも似た法則の内側にありながら、これらを強調する手段としての破調を巧みに用いる点でも群を抜いた存在だったと思われる。

シンメトリーはいかにもブラームス好みの規則性を象徴していると考えている。

2006年12月26日 (火)

クリスマスの舞台裏

昨日12月25日の記事「テネラメンテクリスマス」の舞台裏だ。47名という偶然が忠臣蔵を思い出させてくれて笑えた。

本当は中間部に入るところと、再現部の冒頭でも計時してラップタイムを出せればよかったのだが、時間が無くなってしまった。時間を計るのは結構骨が折れる。音楽を聴いてしまうと正確に計れないのだ。時間を計ることに集中しないとダメというのが苦痛だった。そのことを除けばかなりの手間であるにもかかわらず楽しい作業だった。嫌いな曲ではやれないと思う。最初の入りのアウフタクト、連続する2つの8分音符だけでも、各人各様の個性があって楽しい。38小節目の若干のテンポアップや、中音域でのアルペジオの歌い方にも個性が宿る。

全員の楽譜に「Andante teneramente」と記されているのか心配になる。速ければ良いというものでもないし、遅ければ良いというものでもないが全体の傾向としては「遅くなって来ている」と断じてよかろう。2002年の山根弥生子を例外とすれば1969年のクリーンを最後に5分を切った演奏がない。特に1992年のアフェナシェフとポゴレリチの2人は遅い側の頂点を築いている。ポゴレリチのメトロノーム値42.68は、ケンプの倍のテンポだ。アベレージ+3α超は驚異的な遅さである。

一般に正規分布する母集団があった場合、アベレージ±2αの範囲内に全体の95%のデータが収まると高校でならった。事実今回の結果でも、速い側は筆頭のケンプでも2αの範囲に収まる。遅い側でポゴレリチの他にアフェナシェフが2α超を記録しているに過ぎない。47人中2人が2αを超えている。つまり逆に言うと95%は2αの範囲内ということになり、先に述べた統計の常識にかなっている。

ただし3α超のデータの存在する今回のケースは特異である。先ほどの常識の範囲内ということで、全体としてはこれらの集団が正規分布であると推定出来るから、ポゴレリチの遅さが突出していると判定出来よう。

無論演奏の良し悪しはテンポだけで決まるものではない。それを承知で今回は演奏時間の長さだけを異常にクローズアップしてみた。当然好みは分かれようが、演奏者にとってはみな正解のテンポなのだろう。「Andante teneramente」の楽譜を見ての演奏ながら、この多彩さには驚かされる。ちなみに演奏者たちの国籍は以下の通りだ。

  1. ロシア 9名
  2. ドイツ 8名
  3. 日本 9名
  4. アメリカ 3名
  5. フランス 3名
  6. オーストリア 2名
  7. カナダ 2名
  8. アルゼンチン 1名
  9. ウズベキスタン 1名
  10. ベルギー    1名
  11. スペイン   1名
  12. ノルウエイ  1名
  13. ポーランド  1名
  14. ルーマニア 1名
  15. セルビアモンテネグロ 1名
  16. スロヴェニア 1名
  17. スェーデン  1名
  18. スイス     1名
  19. トルコ     1名

世界中で愛されているということを実感出来る。私が日本在住ということ考慮すると日本人の数字は割り引く必要があるかもしれない。独唱歌曲では閑古鳥が啼くロシアが母国ドイツを押さえて第1位だ。泣く子も黙るロシア楽派のご威光だろう。独唱歌曲と同様に閑古鳥なのがイタリアだ。協奏曲は弾いているピアニストはいるのだが、小品は避けられているようだ。

2006年12月25日 (月)

テネラメンテクリスマス

インテルメッツォイ長調op118-2「Andante teneramente」は、ブラームスのピアノ独奏曲の中で一番好きな曲である。28歳の頃その素晴らしさに目覚めてからずっと愛好している。この曲を収録したCDがあれば買わずにはいられない時期がしばらく続いていたせいか我が家には47種のCDがある。古今の名だたるピアニストの帰依を勝ち取ってきた証拠でもある。1枚1枚には皆愛着がある。しかし、レーベルを見ずに演奏だけを聴いて誰の演奏かを言い当てるのは、今でも難しい。微妙なニュアンスに心が動くかどうかは聴く側のコンディションにもよるからだ。本日は「演奏時間」という見かけ上客観的な切り口から大好きな「Andante teneramente」を考察したい。

お断りしたいことが3つある。まずCDのジャケットに記載されたピアニストの演奏が収録されているということだけは、無条件に信用することにした。本当はわかったものではないと思うが、「それを言ってはオシメェよ」のノリである。2つめは、演奏時間の数えかただ。CD記載の演奏時間は演奏後の無音の状態まで含んでいることが多い。大抵はバラードト短調op118-3が鳴り出すまでの時間も含まれているのだ。本日の議論をより正確にするために無音の部分の時間を計って補正したデータを使用した。3つめに、この曲を4分の3拍子116小節の曲と考える。49小節目からの8小節間がリピートされるから合計124小節、372個の四分音符の羅列と捉えることが出来る。このリピートを省略している演奏は今のところ見当たらない。演奏時間から逆算して平均のメトロノーム値を計算した。64小節目と76小節目のフェルマータの時間のかけ方や、途中の「rit」の解釈で揺れも生じようが、目安にはなると思われる。

以下が録音年代順のリストである。録音年/ピアニスト/国籍/演奏時間/MM換算となっている。赤い文字は女性である。

  1. 1956年 ウィルヘルム・バックハウス(GER) 4分48秒 MM=77.50
  2. 1960年 グレン・グールド(CAN) 5分42秒 MM=65.26
  3. 1962年 ジュリアス・カッチェン(USA) 6分00秒 MM=62.00
  4. 1964年 ウイルヘルム・ケンプ(GER) 4分27秒 MM=83.60
  5. 1969年 ワルター・クリーン(AUT) 4分48秒 MM=78.59
  6. 1971年 ヴァン・クライバーン(USA) 6分11秒 MM=60.98
  7. 1975年 ペーター・レーゼル(GER) 5分37秒 MM=66.23
  8. 1976年 ドミトリ・アレクセーエフ(RUS) 6分18秒 MM=59.05
  9. 1976年 ラドゥ・ルプー(ROM) 5分51秒 MM=63.59
  10. 1980年 インゲル・ゼーデルグレン(SWE) 6分36秒 MM=56.36
  11. 1981年 ステファン・コバシェビッチ(USA) 5分00秒 MM=74.40
  12. 1981年 アナトリイ・ヴェデルニコフ(RUS) 6分27秒 MM=57.67
  13. 1981年 ヴァレリー・カステルスキー(RUS) 5分24秒 MM=68.89
  14. 1984年 杉谷昭子(JPN) 5分39秒 MM=65.84
  15. 1986年 ミハイル・ルディ(UZB) 5分35秒 MM=66.63
  16. 1989年 イディル・ビレット(TUR) 5分08秒 MM=72.47
  17. 1989年 ゲルハルト・オピッツ(GER) 6分34秒 MM=56.65
  18. 1989年 ディルク・イエレス(GER) 5分35秒 MM=66.63
  19. 1989年 ドゥブラフカ・トムシッチ(SLO) 6分12秒 MM=60.00
  20. 1991年 エマニュエル・アックス(POL) 6分18秒 MM=59.05
  21. 1991年 カルメン・ピアッツィーニ(ARG) 5分03秒 MM=73.66
  22. 1992年 ヴァレリー・アフェナシェフ(RUS) 7分53秒 MM=47.19
  23. 1992年 イヴォ・ポゴレリチ(SER) 8分43秒 MM=42.68
  24. 1993年 フリードリヒ・ウイルヘルム・シュヌア(GER) 5分26秒 MM=68.47
  25. 1993年 マリー・ジョセフ・ジュード(FRA) 6分02秒 MM=61.66
  26. 1994年 田部京子(JPN) 6分49秒 MM=54.57
  27. 1995年 エレーヌ・グリモー(FRA) 5分45秒 MM=64.70
  28. 1995年 梯剛之(JPN) 5分33秒 MM=67.03
  29. 1996年 エディト・ピヒトアクセンフェルト(GER) 6分17秒 MM=59.20
  30. 1996年 岡田博美(JPN) 5分00秒 MM=74.40
  31. 1996年 ヤン・ミキエルス(BEL) 6分30秒 MM=57.23
  32. 1996年 ナオミ・ザスラフ(CAN) 5分29秒 MM=67.84
  33. 1997年 ポール・バーコヴィッツ(CAN) 6分23秒 MM=58.28
  34. 1998年 仲道郁代(JPN) 7分04秒 MM=52.64
  35. 1998年 ホアキン・アチュカーロ(ESP) 5分59秒 MM=62.17
  36. 2001年 園田高弘(JPN) 5分38秒 MM=66.04
  37. 2001年 山根弥生子(JPN) 4分34秒 MM=81.46
  38. 2001年 イリーナ・メジューエワ(RUS) 6分54秒 MM=53.91
  39. 2001年 伊藤理恵(JPN) 7分8秒 MM=52.15
  40. 2002年 ラルス・フォークト(GER) 6分10秒 MM=60.32
  41. 2002年 エレーナ・クシュネロヴァ(RUS) 6分13秒 MM=59.84
  42. 2002年 フランク・レヴィ(SWZ) 5分43秒 MM=65.07
  43. 2002年 ハコン・アウシュトボ(NOR) 5分47秒 MM=64.32
  44. 2003年 シュテファン・ヴラダー(AUT) 6分16秒 MM=59.36
  45. 2003年 エフゲニー・ザラフィアンツ(RUS) 6分27秒 MM=57.67
  46. 2004年 エリザベート・レオンスカヤ(RUS) 6分30秒 MM=57.23
  47. 2005年 マルク・パンティヨン(FRA) 6分05秒 MM=61.15

全演奏の平均は5分59秒。MM=62.09である。標準偏差αは47.73秒

競馬なら1964年のケンプが圧勝である。83.6というメトロノーム値は「allegretto」に肉薄しかねない。ディープインパクトさながらである。実際に聴いてみるとバタついている感じはしない。フレーズの切れ目切れ目で立ち止まらないといった感じである。競馬と違って早けりゃいいというモンでもないところが問題である。

この順番でipodに取り込んで、「作品118-2」の歴史を体験している。全部再生すると約4時間以上かかる。

2006年12月24日 (日)

Weihnachten

ドイツ語でズバリ「クリスマス」を指す。「Weihnachtsabend」となれば「クリスマスイヴ」である。

何と素敵なことにブラームスには「Weihnachten」というタイトルの作品がある。「子供のための15の民謡」WoO31の12曲目である。12曲目というのが12月をひっかけているのかどうかは不明だ。ト長調8分の6拍子でクリスマスが淡々と歌い込まれる。この曲集1858年にロベルト・シューマンの遺児たちに献呈されている。父無き子等を思い遣るブラームスの優しさに満ちている。この曲集の周辺の事項については本年5月23日の記事「WoO31」に詳しい。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2006/05/post_cc0e.html

1858年といえばブラームスはまだ25歳だ。たっぷりと髭をたくわえた、貫禄十分の容姿ではないはずだが、後年のあの姿はなんだかサンタクロースのイメージと重なる。

今宵はサンタにならねばならぬ。

2006年12月23日 (土)

のだめの中のブラームス【22】

本年最後の「のだめネタ」だ。

コミック「のだめカンタービレ」に登場する作曲家名を管理カウントするデータベースがひとまず完成した。どこに誰が出ているかエクセル入力が終わったということだ。ブラームスの楽譜上の音楽用語の場所を全て入力したデータベースに「ブラダス」と名付けているが、それと同じことをコミック「のだめカンタービレ」でやってしまったということだ。「のだダス」とでも名付けたい。この先使い勝手を向上させるための手直しをして行く他、新巻が発売されるたびにデータ入力が発生する。

今回の特色は、入力する作曲家をブラームスに限っていないという点だ。ブラームス以外の作曲家も全部入力している。11月6日の記事「のだめの中のブラームス⑳」でブラームスという言葉がどこにあるかをレポートしたが、全ての作曲家で同じことをすることが出来る体制が整ったということに他ならない。

見ての通り「のだめの中のブラームス」はブラームスと「のだめ」の接点を異常にズームアップした記事なのだが、ブラームスの位置付けをより鮮明にするためには、他の作曲家との比較は避けて通れない。コミック「のだめカンタービレ」のストーリーの流れを客観的なデータの蓄積でトレースするという土台がどうしても必要と感じている。

実は既に2ヶ月前に仮完成していた。11月6日と11月20日の記事は「のだダス」という土台なしには書けない記事だ。

11月6日

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2006/11/post_2e53.html

11月20日

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2006/11/21_fc5d.html

つける薬ならとっくに切れている。

2006年12月22日 (金)

魂柱

これで「こんちゅう」と読む。クワガタやカブトムシと紛らわしい。詳しいことは判らぬが弦楽器に無くてはならない部品とのことだ。弦楽器のf字孔から覗き見ることが出来る。駒の直下に立っているといっても、楽器の中央ではなくE線側にずれている。表板と裏板に挟まれる圧力によって立っているだけなので、衝撃を与えると倒れてしまうことがあり、注意が必要だ。

ヴァイオリンにとってどれだけ大切な部品であるかは、「魂柱」という、いささかものものしいネーミングからもうかがえる。スペイン語では「魂柱」のことを「Alma」と呼んでいるらしい。一般に「心」とか「魂」と解される用語がそのまま与えられているということから、かの地でも重要な部品とみなされていることがわかる。グスタフ・マーラーの妻「Alma」の名前はもちろんこうした由来を背負っていると思われる。

我が家の長女は、13年前の今日生まれて、父である私に「あるま」と名付けられた。彼女が愛用するヴァイオリンにも、もちろん「魂柱」が立っている。

2006年12月21日 (木)

とまま五重奏団

「とまと」ではない。亡き妻を含めた家族5人のアンサンブルにかつて私がつけた名前である。家族でいつの日かブラームスの室内楽を全て演奏しようと本気で考えていた。長男長女次女のそれぞれの名前の末尾一字ずつを取って並べたのが「とまま」の由来である。当時のメンバーの担当楽器は下記の通りである。

  1. パパ ヴィオラ
  2. ママ ピアノ、ヴァイオリン
  3. 長男 チェロ
  4. 長女 ヴァイオリン
  5. 次女 ヴァイオリン、ヴィオラ

性格が穏やかでおっとりした次女には、いずれヴィオラをやらせると勝手に決めている。私が新しいヴィオラを入手した後も、古いヴィオラを売ってしまわないのはそのためだ。獲らぬ狸の皮だらけの楽団だが、これがどうしてなかなか機能的だ。ブラームスの全室内楽24曲のうち、上記のメンバーで演奏できないのは、弦楽六重奏曲2曲、クラリネット五重奏曲、クラリネット三重奏曲、ホルン三重奏曲の5曲だけなのだ。してみるとピアノもヴァイオリンも弾ける妻が他界したのが、いかにも痛手である。かくなる上は子供たちの未来の配偶者をあてにするしかあるまい。

  1. 長男の嫁 ピアノ、チェロ
  2. 長女の婿 クラリネット
  3. 次女の婿 ホルン

70歳を過ぎた母に今からピアノやホルンでは荷が重かろうという苦肉の措置である。孫たちをアテにするのは、実際に生まれてからにしたいものだが、娘たちが部活でブラスバンドに飛び込んで、クラリネット吹きかホルン吹きのイケメンをキープするのも悪くない。出来れば音程のいいヤツだ。

このメンツでいつか「ブラームス室内楽夢の連続演奏会」だ。夏休みのどこかの高原のピアノ付きコテージを借り切って10日間弾きまくる。サンドイッチとコーヒーを用意して家族全員何も考えずに弾きまくる。

まず夢を描くこと。これが実現への第一歩である。

2006年12月20日 (水)

交響曲の製作期間

第2交響曲の作品解説ではしばしば「ブラームスとしては異例の速さで完成した」と表現される。1877年の夏の間約4ケ月で完成されたことを指している。ブラームスの交響曲のスコアを写譜することを考えれば4ケ月は短い。交響曲の完成形が頭の中に存在していたとしても、ただそれを楽譜に転写する作業だけで1ケ月はかかるだろう。他人に客観的に伝達可能な楽譜にダウンロード出来て初めて完成といえるからだ。

ブラームスは夏の間、6月から9月の4ケ月間をウイーンから離れて避暑地に赴くことが常だった。行き先は必ずしも一定ではなかったが、第2交響曲の夏はペルチャッハ、第3交響曲の夏はウイースバーデン、第4交響曲ではミュルツシュラークといった具合だ。第2交響曲は、避暑の間に出来上がったことを意味しているのだ。第3交響曲も着手はウイースバーデン到着後で、10月にウイーンに帰還した際には完成していたとされるから作曲期間は4ケ月を超えないと推定されている。

第4交響曲は、ひと夏では完成しなかったとされている。1884年と1885年の二回の避暑期間を作曲に費やしている。ひと夏だった場合、作曲期間を4ヶ月とすることは妥当だが、二夏だった場合は最初の避暑の始まりから、2年目の避暑の終わりまでを作曲期間と認定するのだろうか?つまり1年と4ヶ月だ。

小学校1年からピアノを習い始めた女の子がいたとする。中学高校と中断して大学で4年間習ったとすると彼女のピアノを習った期間はどう数えるべきだろう。16年と言えるのだろうか?中断期間の中高6年は算入せず10年とするのが妥当と考えるがいかがだろう。第4交響曲の例ならば、夏二回の避暑の期間8ヶ月を作曲期間とすべきだということだ。

第2第3が4ヶ月、第4が8ヶ月ということになる。さてさて問題は第1交響曲だ。ご存知の通り完成は1876年だ。この作品が既に1855年には構想されていたことが何人かの友人によって証言されていることから、「1876-1855=21」という引き算が行われて、21年をかけて作曲されたというレッテルがいつも第1交響曲について回ることになった。着手と完成の間に存在するリードタイムと作曲期間は厳密に分けて考えねばなるまい。第1交響曲の作曲期間を21年と見るのは先ほどの女の子のピアノを習っていた期間を16年と認定するようなものだ。あるいは21年の間に毎年存在した避暑の期間に必ず第1交響曲を作曲していたとしても84ヶ月に過ぎない。21年間ベッタリ作曲に没頭していたことが証明できない限り、第1交響曲の作曲期間を「21年」とは断言できないはずだ。あくまでも中断期間不算入でなければなるまい。どうしてもというなら「作曲の途中に長い中断があった」と表現すべきである。

第2交響曲を「異例の速さで作曲された」と称する裏には、「21年もかかった第1交響曲に比べてとても短い」という書き手の思い込みが見え隠れする。また「ベートーヴェンの偉大な交響曲を意識したために21年もかかった」というニュアンスも透けて見える。第1交響曲の作曲に実際かかった時間の長さはともかく、「長い時間をかけて作ったことを単に強調したい」という下心が見え見えだ。そんなことをしなくても十分素晴らしい曲なのだ。最後のワンピースを埋めるため、あるいは余分なワンピースを取り去るために要した時間であって、作曲に要した時間ではない。完成に21年も費やされたと本気で考えていてはブラームスに失礼だと思う。単に機が熟すのを待っていただけという可能性は常に考慮しておきたい。

実際の作曲にかかった時間は、他の3つに比べて極端に長くはないと思う。

2006年12月19日 (火)

カテゴリー「ヴィオラ」

「ブラームスの辞書」はブログでも書籍でもヴィオラへの傾倒を隠していない。一連のカテゴリー改訂の中で今まで無かったのが不思議なカテゴリー「ヴィオラ」を創設した。過去の記事の中でヴィオラに関連がある記事も、カテゴリー「ヴィオラ」の属性を追認している。

大学入学と同時にオーケストラに入団し、ヴィオラと運命の出会いをした。団備え付けの楽器で始まった私のヴィオラ歴は今の楽器で4代目だ。もちろんヴィオラを生涯の楽器と決めている。

一方、中学時代にクラシック音楽に目覚めて以降、もっぱらベートーヴェンばかりを追いかけてきたが、19歳でブラームスを知り、あっという間に生涯の作曲家に昇格した。こちらもヴィオラ同様一生のつきあいになるだろう。

生涯の楽器にヴィオラを選び、生涯の作曲家にブラームスを選んだのは紛れもなく私自身なのだ。「私とヴィオラ」そして「私とブラームス」の間には、思い込みも含めて太いパイプがある。さらに嬉しいことがある。私が生涯の作曲家と仰ぐブラームス自身も、その作品中でヴィオラへの愛を隠していないことだ。つまり「ブラームス」と「ヴィオラ」の間にも太いパイプの存在を想定出来るのだ。「私」を含めた3者が形成するトライアングルは、幸福な三角関係にある。はじめての自費出版書「ブラームスの辞書」やブログ「ブラームスの辞書」はこの三角関係の賜物であると位置づけ得る。

ある意味でこの度のカテゴリー「ヴィオラ」の創設は必然である。

2006年12月18日 (月)

第2ポジション

ヴァイオリンを習う娘らは今、第1ポジションを離れて高いポジションの練習に取り組んでいる。次女でさえ第7ポジションに着手した。まずはスケールとアルペジオだ。人差し指つまり1の指だけで音階を上下する練習も始まった。第7ポジションと言えばE線で言うなら開放弦で鳴るEのオクターブ上のEを人差し指で取ることになる。このとき小指(4の指)はAになる。A線開放弦の2オクターブ上だ。音域だけで言うなら相当な数の曲が弾けるようになるハズである。あくまでも音域だけの話だ。

実際のところ娘たちは、左手の親指をレーダーにせよと教えられている。ネックの一番糸巻きよりに親指を添えるのが第1ポジションで、ネックのボデーよりに親指がひっかかるのが第5ポジションだという。そしてその中間が第3ポジションだ。左手の指の形が正しい形になっていることを前提に、親指を正しい位置に置いて、他の指を自然に下ろせば正しい音程になるそうだ。どのポジションも満遍なく息をするように使えなければならないという。そうは言ってもさすがに、教えやすいポジションとそうでないポジションがあるようだ。3、5、7の奇数は教えやすい側になるのだ。

娘らは高いポジションほど顔に近づくのでコントロールがし易いと考えましょうと言われている。なるほど物は考えようだ。私はヴァイオリンを経験していない。18歳でヴィオラの初心者だった私は、第7ポジションを正式に習ったことがない。まじめにやったのは5ポジションまでだ。A線でいうと小指がBまたはHである。つまりヴァイオリンなら第1ポジションの最高音ということになる。実際のところこれでもあまり不自由はしないのだが、娘らが言われていることは、このところとても参考になる。

高いポジションは第5まででよしとしたい私だが、このところ第2ポジションに興味がある。ヴィオラのA線で言えばCまたはCisを人差し指でとるポジションだ。見ての通り偶数ポジションなので正式なレッスンでも少々後回しにされがちである。また第1ポジションとの違いがわずかであるためにハイノート追求の場面で出番がないこともあって、習得のための訓練が不足する。

ひと様より大きいヴィオラを愛用していることもあって、中指(2の指)と小指(4の指)で取る長3度の音程には苦労している。小指で取る音が低くならぬよういつも注意を払っていなければならない。この3度はA線では「C-E」だ。低い弦に行くに従って、「F-A」「B-D」「Es-G」になる。開放弦を上手に使う工夫は欠かせないが、この3度を人差し指(1の指)と薬指(3の指)で取る段取りも必要だ。この段取りがまさに第2ポジションだ。特にフラット系の長調である変ホ長調、変ロ長調あたりの曲に取り組む際とても重宝する。これらの調を弾く際、変ホ長調における「D」や変ロ長調における「A」が低目になるのは、特に困るのだ。小指で弾くからといって大目に見てもらうという訳には行かないから、これらを薬指でとる第2ポジションは貴重だ。

今バッハの無伴奏チェロ組曲のヴィオラ版にはまっているが、第4番はその変ホ長調だ。遅ればせながらこれを教材に第2ポジションをじっくり練習してみようとひそかに誓っている。第2ポジションを息をするように使いこなせたら素晴らしい。

「第2ポジションの神様」が無理でも「手品師」ぐらいにはなりたいものだが、まじめに練習しないと「詐欺師」になりかねない。

2006年12月17日 (日)

FAEソナタ調査報告

12月12日の記事「FAEソナタ」の中で予告した通り、「FAEソナタ」をブラダスに取り込んだ。伝ブラームス作曲のピアノ三重奏曲イ長調の調査の一環にもなると考えた。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2006/12/post_e66c_1.html

このほど「FAEソナタ」のブラダスへの取り込みと調査が完了したので報告する。

11月23日の記事「ピアノ三重奏曲イ長調調査報告」の中で「真作説に不利な所見」として、音楽用語の密度の薄さを挙げているが、これを撤回せねばならない。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2006/11/post_4428.html

ピアノ三重奏曲イ長調のスケルツォつまり第2楽章は247小節の間に125の音楽用語がちりばめられていた。ピアノ三重奏曲第1番初版との比較においては、分布の密度が薄すぎることを根拠に「真作説に不利」と判定したが、FAEソナタは正真正銘の真作であるにもかかわらず、全259小節の間に音楽用語がわずかに54個だった。ピアノ三重奏曲イ長調の半分以下の密度だった。

うかつな断定は慎まねばならない。ここにお詫びして訂正するが、11月23日の記事本文の改訂は行わずに注意書きを付与する。

  1. FAEソナタの音楽用語は全体にシンプルである。ダイナミクスはほぼ「ff」「f」「p」「pp」の4種といえる。「mf」が2つだけあるが全体としては無視し得よう。
  2. シンプルな中ではあるが、「poco」は用いられているし「ritardando」も存在する。さらにテンポリセット系の「a tempo」「in tempo」も使われている。この両者の区別が曖昧なこともブラームスの癖をキチンとトレースしている。「poco」のような微調整語に加え「ritardando」「a tempo」「in tempo」のようなテンポ変動系の用語が出現しないイ長調三重奏曲の特異性を際だたせる結果になった。
  3. 特記すべきは「sf」スフォルツァンドの不在だ。FAEソナタにはスフォルツァンドが出現しない。これはきわめて特徴的な現象だが現段階でこれ以上の言及は保留したい。

イ長調三重奏曲の真作説に不利な所見は一つ撤回となったが、「微調整語の不在」「テンポ変動語の不在」の2つは相変わらず「真作説に不利」な状況だ。

2006年12月16日 (土)

初めてのコンサート

今は亡き父に連れられて中学2年の私は、初めてクラシック音楽のコンサートに出かけた。1973年12月16日だったと記憶している。場所は千葉県文化会館大ホールだったと思う。オケも指揮者も忘れてしまったが、曲目だけはちゃんと覚えている。ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調である。

日付を覚えているのには訳がある。この日12月16日はベートーヴェンの誕生日だからだ。

私が少し変わっているのは、一番好きな楽章は「歓喜の歌」を含む第4楽章ではなくて、第1楽章だったということだ。当時も今も第9交響曲の中では第1楽章が好きだ。それでも初めて聴くコンサートには感動した。演奏会後父に「こんな曲にめぐり合えて幸せだ」と語ったという。やがて私が大学生になりブラームスへの傾倒が決定的になると、父はよく「中学生の頃はあんなにベートーヴェン好きだったのに」と言って笑いながら、あの日の初コンサートの時のことを話してくれた。

今日12月16日は、一年のうち一回だけ「昔はベートーヴェンが好きだったこと」をチラリと思い出す日だ。父の思い出とともにである。

2006年12月15日 (金)

いぶし銀

「華やかさには欠けるものの実力は折り紙つき」という程の意味。

銀は昔日本の主要な輸出品のひとつだった。日本の産出量が世界の相場にも大きく影響を与えたほどだという。可視光線の反射率の高さから、研磨によって素晴らしい輝きを得ることが出来る一方、常温の空気中でさえ硫化銀の皮膜を生じて黒ずんでしまう。

この「黒ずみ」の風合いが好まれることも多く、硫化物と銀を反応させて意図的に硫化銀皮膜を発生させる表面処理の技法があった。これが「いぶし銀」である。年季を感じさせる仕上げになるという。

「いぶし銀のような」という形容は、この周辺の事情を踏まえて用いられる。ほぼ100%誉め言葉側のニュアンスだ。指揮者では、ギュンター・ヴァント、ザンデルリンク、スイットナーあたりを称賛するときに多用される。カラヤンやクライバーやバーンスタインへのコメントでは、まずお目にかかったことがない。サッカーでは「守備的ミッドフィルダー」いわゆるボランチがこの言葉を奉られることが多い。もっともフォワードがいぶし銀では、決定力が不安である。またこの言葉で形容される二塁手または遊撃手がいると野球チームは強かったりする。

実は作曲家たちを表現する際にも用いられる。何を隠そうブラームスは、「いぶし銀のような」という表現を用いられる頻度において横綱格だと思う。「華やかさには欠けるものの実力は折り紙つき」という意味で全く違和感が無い。この心地よさはブラームス本人が音楽に対して求めたものと「いぶし銀」という言葉のニュアンスが、大きくズレていないことが原因と思われる。

ベートーヴェン、ブルックナー、マーラーなどの交響曲屋さんはもちろんモーツアルト、シューベルト、ショパン、ドビュッシー、ラベル、チャイコフスキー、Rシュトラウス等の「パレットに絵の具が多い系」の人々を片っ端から思い浮かべても「いぶし銀」というイメージには、はまらない。強いて言うとバッハが曲によって(ブランデンブルグ協奏曲第6番あたり)あてはまるかもしれない。「いぶし銀作曲家コンテスト」があったら、ブラームスの10連覇も可能だろう。

オーケストラを構成する楽器で言うなら当然ヴィオラである。高い音域を受け持つ楽器はほとんど脱落だ。かといってチェロでは華やか過ぎる。低けりゃいいかといってコントラバスでは、重たさが勝ってしまう。

やはりヴィオラのはまり方がダントツだが、オーボエが意外と似合っているかもしれない。のだめに恋する前、武士だった頃の黒木クンだ。「のだめカンタービレ」第7巻の48ページで千秋クンは黒木クンの演奏を「いぶし銀」と表現している。モーツアルトを吹いて「いぶし銀」を連想させるとは、並の芸当ではない。

黒木クンは只者ではないのだ。

2006年12月14日 (木)

何気ない一言

何ということのない言葉が妙に嬉しいことがある。

今日それがあった。

次女とバッハのイ短調ヴァイオリン協奏曲BWV1041に取り組んで1ヶ月半になる。夕食中次女に「今日も練習するよ」と声をかけた。次女は箸を口に運びながら「わかってる。バッハだよね」と答えた。これだけである。

実際にはバッハのイ短調ヴァイオリン協奏曲BWV1041の練習なのだが、彼女はこれをバッハと呼んだ。音楽の愛好家の間では、作品を作曲家名で呼ぶことはよくあることだ。私や先生はときどきそうした言い方をするが、次女が始めてやって見せてくれた。その作曲家がバッハだったことと、言い方が妙に大人っぽかったことが感慨を深めた。

いつかきっと次女に「ブラームス」と言わせねばならない。出来れば「ブラームスのソナタだよね」くらいが望みである。

2006年12月13日 (水)

マーノ・シニストラ

イタリア語。「mano sinistra」と綴って「左手」の意味。「mano」が「手」で「sinistra」が「左」だ。大抵は「m.s.」と略記される。ピアノの楽譜に現れて「左手で打鍵すること」を指示する意味となる。「黙っていたら、右手で弾かれかねない場所を左手で」という意味である。元々明らかに左手で弾くような場所にまで置かれるわけではない。もちろん全部左手で弾くような曲には記載されない。

ラプソディート短調作品79-2の冒頭に2回続けて「m.s.」が出現する。この時、左手は三連符を奏する右手の上空を飛び越えてクロスさせることになる。ウイリー・フォン・ベッケラートの肖像には、このクロスが見られるので、古来ブラームスがこの場所を弾いてる情景を描写したところだと信じられている。髭をたっぷりとたくわえてピアノを弾く恰幅のいいブラームスの像は、ブラームスの演奏を実際に見た人から「そっくりだ」と評価されていることでも有名だ。

ところが、この説には異論が存在する。「ブラームス性格作品 演奏の手引き」という本の中でトマス・シューマッカーという著者は、ベッケラートの肖像は、手の位置からみてト短調ラプソディーの冒頭ではなく、1番ロ短調ラプソディーの18小節目と20小節目の描写だと主張している。83ページのことだ。この部分の譜面には「m.s.」が置かれてはいないが、確かに腕のクロスが発生する。

この両説のどちらかに軍配を上げるだけの知識が無いのが残念だが、こういう細かなことを自著の中で真面目に論じるピアノの大家がいることを喜びたい。この書物は、ブラームスのピアノ小品の分析と奏法を専門的かつわかり易く論じていて貴重だ。技術的なことはさっぱり理解できないが、「ブラームス好き」の心意気みたいなものが伝わってくる。ヘンレ版の指遣いに異論を述べたり、スラーのかかり方一個に対して練り上げられた自己主張をしたり、やはり本場のマニアは凄いと思わせるものがある。

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2006年12月12日 (火)

FAEソナタ

12月10日の記事「意外な当たり」で「FAEソナタ」について言及した。↓

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2006/12/post_e66c.html

この作品、作品番号こそ振られていないものの、親友ヨアヒムが贈られた楽譜を大切に保存していたこともあって、真贋論争の発生する余地のない確かな地位を獲得している。

アルバート・ディートリヒ、ロベルト・シューマンというブラームスにとっては2人の先輩との合作だが、ヨアヒムは演奏してみて即座に作曲者を当てることが出来たという。作曲者的中の話題以外のコメント、特に作品の出来映えがヨアヒムの口から語られた記録はないが、おそらくヨアヒムは最年少のブラームスの才能を感じ取ったことだろう。ロベルト・シューマンにブラームスを紹介した自分の見識を再確認したと思う。我が家には何とブラームスの担当したスケルツォを含むFAEソナタ全曲のCDもあって、手軽にヨアヒム気分を味わうことが出来る。作曲当時20歳そこそこのブラームスの底力が判る。

後日シューマン自身がこの作品を完成させたが、現在それが演奏されることはほとんどない。だからFAEソナタは、事実上ブラームスが担当したスケルツォによって命脈を保っているということになる。

11月23日の記事「イ長調三重奏曲調査報告」で伝ブラームス作曲の三重奏曲についてブラダス取り込みの結果を報告した。正真正銘のブラームス作曲であるFAEソナタについてもブラダスに取り込んでみようと思う。「8分の6拍子のスケルツォ」である点、イ長調三重奏曲と似ている。何か興味深いことが判るかもしれない。

2006年12月11日 (月)

君の名は

昔こういうタイトルのドラマが放映されていた。国民的な人気番組だったらしい。NHKが朝の連続テレビ小説で復刻したこともあったがオリジナルほどの人気は獲得できなかったと聞く。何せ放映時間になると女湯がガラガラになったという伝説が生まれるほどだったという。

放映開始直後の爆発力こそおさまったものの「のだめカンタービレ」によるアクセス増の傾向は今もまだ続いている。ずっと気付いていたのだがどうも毎週月曜21時からの60分間、アクセスが薄い。言わば「君の名は状態」である。みんなテレビ「のだめカンタービレ」を見ているのだろうか。「のだめ」の放映さえなければ夜の9時から約4時間がアクセスのピークを形成する時間帯なのだが、月曜だけはその立ち上がりが1時間遅れる傾向にある。

「のだめ」恐るべしである。検索されるワードを見ていると、放映中のストーリーの見当がつくのが笑える。

何だかんだと屁理屈をつけながら、月曜に「のだめネタ」をリリースして、便乗のアクセスを待ち伏せる「小判ザメ商法」である。

2006年12月10日 (日)

意外な当たり

ヨアヒムを迎えるために、アルバート・ディートリヒとロベルト・シューマンとブラームスが共作したヴァイオリンソナタがある。このうちブラームスはハ短調のスケルツォの作曲を担当した。ブラームスはスケルツォを担当したに過ぎないのだが、この曲は「FAEソナタ」と通称されている。

もちろんヴァイオリンとピアノの二重奏用だが、このほどこれをヴィオラとピアノで演奏したCDを見つけた。クラリネットソナタ第1番と第2番をヴィオラソナタに編曲したバージョンの演奏の余白に収録されていた。ヴィオラを弾いているのはバーバラ・ウエストファルというドイツの女性ヴィオラ奏者だ。ヴィオラ版への編曲も彼女だということになっている。ピアノはウルズラ・オッペンスという女性だ。アメリカのレーベルから出ている。

女性同士のデュオというのはなかなか珍しい。

さてさて編曲の具合やいかにだ。ヴァイオリン版をヴィオラ版に編曲するのに、五度低いヘ短調に移調されていたら興ざめである。あるいは、単にC線を使わないだけで、やたらハイポジションを要求するような編曲は願い下げだ。それは編曲ではなくてヴァイオリンの楽譜をヴィオラで弾いているだけになってしまう。ハ短調にとどまって、なおかつC線をそこそこ活躍させてもらわねばならぬ。

ヴィオラ弾きの編曲ということでそのあたりはキチンと心得ているようだ。中間部の甘い旋律はヴィオラで弾かれることでしっとり感を増しているように思われる。10小節目と11小節目にあるB音の連打が、何だか太鼓のように響いて心地よい。原曲のヴァイオリン版では、この音は当然G線でしか弾けない音なのだが、このヴィオラ版ではひょっとすると、C線の高い位置で弾いているかもしれない。また12小節目からの7小節間がオクターブ低く演奏されている。

気を張って聴いていないと、すんなり入って来てしまう。

2006年12月 9日 (土)

tutta la forza

もちろんイタリア語だ。「全力で」と解される。ブラームスの作品の中にこの語句を使った実例がある。ドイツレクイエム第3曲173小節目のコントラバスに「sempre con tutta la forza」として出現する。シンプルだ。「常に全力で」という解釈で何の疑義もない。

印象的なバリトン独唱に導かれる第3曲の終末を飾るフーガの出発点に相当する場所である。ここから結尾まで全長35小節におよぶ壮大なフーガは、全曲これまた名高い「Dのペダル音」によって支えられている。そのペダル音の一翼を担うのがコントラバスなのだ。奇妙なことにこの場所のコントラバスのダイナミクスは「f」だ。「ff」ではない。生涯唯一の「sempre con tutta la forza」(常に全力で)を起用しながら「ff」にまで持ち上がることが無いのだ。35小節間を常に全力たれと言いながら、その音楽が「ff」に到達することを許可しないのは不思議といえば不思議である。「ff」(フォルテシモ)とは力で実現するものではないという裏読みも可能である。

これには実はカラクリがある。「Dのペダル音」を担当する楽器はコントラバス以外ではトロンボーン、チューバとティンパニだが、トロンボーン、チューバは「mf」、ティンパニに至っては「p」で押し通されている。最後の小節でのみ「f」がようやく許可される。ある意味でコントラバス以上の忍従が強いられる。この荘厳華麗なフーガが35小節間続く中、196小節目からは木管楽器は「ff」に昇格さえするというのに、じっと「p」や「mf」にとどまるのは気力精神力が試される。コントラバスには「f」が許可されているだけましだと思わねばなるまい。「常に全力で」弾きながら「けしてffにはなってくれるな」という程度の忍従には笑って耐えねばトロンボーン・チューバやティンパニに申し訳が立たぬというものだ。

この部分の「Dのペダル音」は、あくまでもフーガの歩む絨毯でなければならない。フーガの足元や足取りを際立たせてこそ意味がある。全力で弾きながらも、周囲の空気を読みきった「f」にとどまることが求められている。

2006年12月 8日 (金)

風向きの変化

バッハのイ短調協奏曲に取り組む次女の話だ。

12月2日のレッスンで先生から「もっとがんばろう」と諭された。何を思ったのかいつもと違う反応だった。パパが遅くて練習できなくても一人で練習すると約束したのだ。毎日夕方5時から1時間一人で練習すると宣言した。「本当に出来る?」と何度確認しても出来ると言い張った。

その言葉どうやらウソではなかった。ここ一週間本当に毎日1時間練習していたのだ。一人でチュウニングが出来るようになったのも大きい。楽譜を見て驚いた。自分で様々な書き込みをしている。余白が真っ黒に見えるくらい細々と書き込んである。

「ジャンプ」「急がない」「テンポ」「弓の場所」「音程」などの文字に加えて、特定の音符にグリグリと印をつけている。「あんまり書き込みが多くて見にくくないか」と心配しても「平気」といってケロリとしている。書き込みの内容は至極まっとうなものだ。次女が何を考えて練習をしたかが手に取るように判る。

今日練習の成果と聞かせてもらった。明らかに音程が良くなっている。どうやって練習したのかと尋ねると「3回か4回通して弾いた後、苦手な場所をゆっくり弾いた」という答だった。完璧とは言えないけれど明らかに弾き込んであると判る。一緒に弾いていて、危うく感動しかけた。

「ヴァイオリン好きか?」と尋ねると無言でコックリとうなずく。

次のレッスンで先生から何と言われるのかとても楽しみだ。書き込みで見えなくなったら楽譜なんか何度でも買ってやる。

私にとって最高のクリスマスプレゼントになった。

2006年12月 7日 (木)

メンテナンスの功罪

ココログのシステムメンテナンスが終わった。

53時間を費やしたメンテナンスだが、どうやら首尾良くという訳には行かなかったらしい。想定を超える負荷が発生し原因が特定出来なかったために、メンテ実施前の状態に戻してサービスを再開したようだ。

12月5日の朝一番でオープンした記事に誤りがあった。急いでいるとろくなことはない。モーツアルトのクラリネット五重奏曲のケッヘル番号を「591」としてしまったのだ。正確には「581」だった。それから約48時間、誤りに気付いていながら修正が出来ないという厳しい状態が続いた。

良いこともある。こういう時に限ってネタを思いつくのだ。この48時間に7つのネタを思いついた。これならたびたびメンテナンスをしてくれるとあっという間に記事が貯まる。

システムメンテナンスはブログシステムの維持管理の上で不可欠なのだろうが、なかなかスリリングである。

2006年12月 6日 (水)

室内楽的

ブラームスの交響曲に対する否定的な見解の中でしばしば用いられる形容詞。

この意味で使用される場合の対義語は「交響的」である。つまりブラームスの交響曲はしばしば「交響的でない」として批判されたのである。この周辺の経緯は、私がブログに書かずとも日本語で読める専門書が多々出回っている。現代ではほぼ意味を失っている対比だと思われる。その論法にこだわるなら「交響的に書かれたつまらぬ交響曲」だってたくさんあると思う。

ブラームス在世中、交響曲が「室内楽的」といって批判されたのに対して、逆に室内楽が「交響的」といって批判されたのはあまり聞いたことがない。そもそも私自身は「室内楽的な交響曲」と聞いても、ちっとも批判的なニュアンスとは思えないのだ。ブラームスの室内楽がどれだけ素晴らしいか知っていることも原因のひとつだろうが、「交響的」という言葉の定義が曖昧なことも大きく影響している。「室内楽的」「交響的」の二つの言葉を対立用語と捉える見方自体に違和感がある。

「室内楽的な交響曲」という言葉を聞くと、「細部まで十分に練り上げられた交響曲」というニュアンスを想像してしまい、むしろ誉め言葉と受け止めてしまう。

2006年12月 5日 (火)

モーツアルトへの挑戦

本日午前10時からココログはシステムメンテナンスに入る。50時間以上にも及ぶ長大なシステムメンテナンスだ。

  1. その間のブログ閲覧は可能。
  2. 管理画面へのアクセスが出来なくなる。
  3. 記事へのコメントは不可能。
  4. 12月7日午前1時から8時間はアクセスがカウントされないらしい。

仕方ないので本日の記事を朝アップする。明日6日の記事は既にセットしたが、公開はメンテナンス完了後になるようだ。

気を取り直して。

現在に伝わる資料を読む限り、ブラームスのモーツアルトに対する姿勢には一貫性がある。交響曲第40番の自筆譜を所有していたり、ピアノ協奏曲のカデンツァを複数作曲していたりという作品への積極的なアプローチが見られる。モーツアルトのあるアンダンテ楽章を評して「あれが自分に書けたら、自作のガラクタを全部くれてやる」と言ったとも伝えられている。有名なところでは、「モーツアルトのように美しく書けないならば、確かに書くことを目指すべきだ」という趣旨の発言もあった。

尊敬と言うよりも畏怖に近い感情を持っていたのではないかと思われる。

半ば畏れていたモーツアルトに対してブラームスは、創作人生の最後で真っ向から対峙する道を選ぶ。クラリネットの名手リヒャルト・ミュールフェルトとの出会いによって一連のクラリネット入り室内楽を生み出すことになった。その最初のものは作品114イ短調の三重奏曲だ。ブラームスがそう欲しさえすればこの次にクラリネットソナタを作曲してお茶を濁すことも出来たはずなのだが、ブラームスはクラリネット五重奏曲を世に問うのだ。

クラリネットに弦楽四重奏を加えた編成のクラリネット五重奏曲には、まばゆいばかりの先例がある。モーツアルトその人の作曲によるイ長調ケッヘル581だ。もちろんブラームスはその先例の存在を認識していたに決まっている。そして自分がクラリネット五重奏曲を発表すれば、人々はいやでもモーツアルトのクラリネット五重奏曲と比較することを知ってたはずだ。

それでも敢えて作曲に踏み切ったブラームスの決意が爽やかだ。

今までにかすかにモーツアルトへの思いを感じさせる瞬間はあった。交響曲の調性がジュピター主題になっていることがその代表だ。ピアノ四重奏曲第1番がト短調なのは、モーツアルトの同種曲を意識していたかもしれない。けれどもこれらはあくまでも推測だ。今度は違う。ブラームスの脳裏にモーツアルトがあったことは否定出来まい。

そしてそのことは、ブラームスがフィナーレにモーツアルト同様変奏曲を持ってきたことで確信が深まる。あくまでもモーツアルトと同じ土俵に上がるという意思表示だとも思える。イ短調に転ずる変奏はモーツアルトがヴィオラに与えた最高の出番だが、ブラームスではチェロにすり替えられて33小節目に投影されている。

どちらかの五重奏曲に軍配を上げるのは本稿の目的ではない。生涯を通じて畏怖尊敬してきたモーツアルトに最後の最後で挑戦して見せたブラームスの心意気を思いやってモーツアルトの命日に花を添えたい。モーツアルト本人が預かり知らぬ記念イヤーの喧噪もまもなく終わる。

2006年12月 4日 (月)

第4交響曲オルガン版

あまりのことに目を疑った。第4交響曲をオルガン独奏に編曲した版があるらしい。このほどそのCDを入手した。ほとんど怖いもの見たさの感覚である。

演奏と編曲はErnst-Erich Stenderという1944年生まれのドイツ人らしい。ドイツはリューベックの聖マリア教会での収録だ。リューベックは第一交響曲ゆかりの地でもある。

オルガンというのは音域によって様々な音色になる。ホルンのようだったりグラスハーモニカのようだったらい、リコーダーのようだったり。それが頻繁に交代しては第4交響曲を縁取って行く。そりゃあ違和感はある。慣れで解決するとも思えないと感じ始める頃に第4楽章に突入した。周知の通り第4楽章はパッサカリアだ。主題はバッハとの関連が取り沙汰されている。だからという訳でもないのだろうが、不覚にもスルリと入ってきてしまった。どっしりとしたオルガンの質感が妙な説得力をもって迫って来る。

同じ奏者によるベートーヴェンの第九交響曲のほか、ブルックナーの第7交響曲もオルガン版が発売されているらしい。

2006年12月 3日 (日)

音楽学部ブラームス科

ずっと感じている素朴な疑問にお叱りも覚悟で言及したい。

私は、学生時代法律を学んでいたことになっている。事実上は管弦楽部ヴィオラ科だったが、オフィシャルな席ではそうも言えない。

大学時代のサークルはいろいろな学部から仲間が集っていた。文学部国文学科で鴎外を専門としている者、文学部独文学科でゲーテを学んでいるものなど多彩だ。彼らは専攻はと言われれば「国文学科」「独文学科」と答え、「ご専門は?」と問われればそれぞれ「森鴎外」「ゲーテ」と即答するはずだ。

いわゆる音楽大学ではそのあたりどうなっているのだろう。「ブラームスの辞書」の献本行脚で音楽大学を訪問する機会が増えたせいで、インターネットで音楽大学のHPにアクセスすることも多い。どこの大学もカリキュラムの独自性や、教授陣の華麗な陣容を高らかに謳いあげている。さらに「多様化する時代のニーズに敏感に反応し」みたいなフレーズは珍しいものではなくなっている。

大抵の音楽大学は「演奏」「楽理」「作曲」「教育」の4本柱だ。演奏はさらに「器楽」「声楽」「指揮」に大別されているようだ。先の質問をぶつけられたある学生は「専攻は器楽で専門はピアノ」と答えるのだろう。

  1. 文学部→国文学科→森鴎外
  2. 文学部→独文学科→ゲーテ
  3. 音楽学部→器楽科→ピアノ
  4. 美術学部→絵画科→日本画

上記のように整理してみると1、2番と3、4番で趣が違う。多様化するニーズにこたえているハズの音楽大学、さらに少子化に備えて少しでも独自色を打ち出したいハズの音楽大学なのに「作曲家を教える」ことに特化した学科が全く存在しないのは何故だろう。ブラームスを切り口に作曲・楽理・演奏を横断的に教えるカリキュラムはどうやら日本の音楽大学では存在しないようだ。モーツアルトやベートーヴェン、ショパン、バッハでも事情には大差が無い。作曲、楽理、演奏の全てのカリキュラムにおいて作曲家は単なる教材としか位置付けられていないようでもある。少なくとも私は「多様なニーズに応えている」と断言するには抵抗を感じる。鴎外やゲーテやシェークスピアが生涯の研究の目的たる存在であるのと同様、ブラームスだって生涯をかけて追求するだけの価値がある。もちろんバッハやモーツアルトやベートーヴェンだって一緒だ。文学部で当たり前に起きていることが、音楽部では顧みられていないのは奇妙を通り越して不審でさえある。少なくとも公開されたカリキュラム上からはそのように見える。

一方、美大でも「ピカソ科」や「ミレー科」などは聞いたことがない点、音楽大学と共通していそうだ。文学、音楽、美術各分野におけるそこいらの取り扱いは興味深い。過去の巨匠の作品と言えども、現代出来る事といえば見るだけの美術と、音楽を同列には論じられまい。「楽譜通り」のノリでミレーの作品を模写することが芸術の目的とはなりにくかろう。音楽は、楽譜を元に作品を復元することも、作曲自体と並ぶ重要なジャンルになっているのだ。

ぶっちゃけた話、楽器の演奏や、歌い方を習う「職業訓練校」の側面が強過ぎはしないか?楽器の演奏が上達することが目的に見える。作品はあくまでも自らのテクニックと音楽性を顕示するためのツール。この側面が一つの柱であることまで否定するものではないが、あまりに偏り過ぎてはいまいか?生誕250年を記念してどこかの音楽大学が「モーツアルト学科」を新設してもけしてバチは当たるまい。

「音楽大学でブラームスを専攻し、卒論はドイツレクイエム、副科でヴァイオリンを受講していました。4年間みっちりブラームスを学んだ学生たちによる卒業演奏の第一交響曲でソロを弾きました」みたいな学生がいてもいいのではないだろうか?就職の口については保証の限りではないが・・・。「世界最高のブラームス弾き(歌い、振り)」を目指すというニーズはそもそも存在しないのだろうか?

桃ケ丘音楽大学にブラームス科が設置されればよいのだが。もちろんミルヒーは客員教授の一人になる。

ふざけ散らしているのではない。マジに疑問なのだ。

2006年12月 2日 (土)

セレナーデの最終進化形

本日の記事は6月12日の記事「セレナーデ」と一緒に読むと面白さが一層引き立ちます。

ジャンルとしてのセレナーデは高貴な人を慰めるための作品であることは既に述べた。最初は文字通り偉い人を指していた。貴族の庭先で野外パーティや、食事の際のBGMである。野外での演奏を想定して持ち運びの不便な楽器は避けられていた。やがて「高貴な人」は「大切な人」への拡大解釈が起き、「恋人」を指すようになる。恋人の住む窓の下という定位置が確立するのだ。この系譜は延々と続きウエストサイドストーリーの「バルコニーシーン」のタイトルで名高い非常階段の場面に繋がっている。

ブラームスの作品の中に現れるセレナーデは既に6月12日に述べた通り下記のようになっている。

  1. 管弦楽のためのセレナーデ第一番op11ニ長調
  2. 管弦楽のためのセレナーデ第二番op16イ長調
  3. 「セレナーデ」op58-8 イ短調
  4. 「セレナーデ」op70-3 ロ長調
  5. 「甲斐なきセレナーデ」op84-4 イ長調
  6. 「セレナーデ」op106-1 ト長調

作品番号順に列挙したこの流れは、実に美しいのだ。歴史的な意味があると申し上げてもいい。最初の2つが「高貴な人の傍ら」型で3つめからが「恋人の窓辺」型だ。3つめ以降は独唱歌曲なので歌詞がある。3番と4番はどちらも「いとしい人よ」という呼びかけで始まっていて「恋人の窓辺」型であることとを証明している。つまり男から女への呼びかけの言葉がそのまま歌詞になっている。

次の5番目、「甲斐なきセレナーデ」は男と女の会話体のテキストになっている。「部屋に入れる入れない」の押し問答である。3,4番に見られた男の必死な呼びかけよりは、女のリアクションを描写している分だけ客観性を増している。

最後のセレナーデはさらに客観性が増強される。歌詞を読めば解るが、「セレナーデの歌われている情景」の描写になっている。男の呼びかけの内容や女の答えの中身には目もくれずにひたすらに情景描写に徹するのだ。最後にハッピーエンドが暗示されて終わっている。これがブラームスのセレナーデの最終進化形にして最高傑作の誉れ高い作品106-1の正体である。

ブラームス作品中のセレナーデ形式の変遷は、音楽史上のセレナーデの進化の跡をなぞっている。「個体発生は系統発生を繰り返す」を地で行く話である。

2006年12月 1日 (金)

おとうと

私には弟がいる。

昨夜珍しく電話がかかってきた。「ベートーヴェンの交響曲のCDを買うがお薦めは?」という話だった。「9番は持っているからとりあえず5と7あたり」と言っている。通勤の間に車の中で聴くらしい。同じ親から生まれたとは思えぬくらい趣味が違っていたのにどうした風の吹き回しだろう。

「何だって同じだから廉価版でも買えば」と教えた。「でも演奏によって違うんだろ?」ですとな。「ほほう」ってなもんである。「ウチにあるからあげるよ」というと喜んでいた。年末に取りに行くとのことだ。演奏の違いよりも、ただでもらえるメリットを取るちゃっかり者である。正解だと思う。

「話は変わるけど」というから何かと思えば「ブラームスの一番っていいねえ」だと。「兄貴がはまるのも無理ない」とか言っている。世の中変わったものだ。第4楽章のあの旋律にグッと来るんだそうだ。「ブラームスのCDはあげないけど」と心の中で言った。

電話を切った。一部始終を聞いていた長男がプレステをする手を止めずに「のだめの見過ぎじゃないかね」とつぶやいた。鋭い。

こういう層が試しに買うだけでもCDの売上は、かなりなものだろう。ますます「のだめ恐るべし」である。

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