夢の通い路
今日から3学期が始まった。
冬休み中も、娘たちとのヴァイオリンの練習は続いていた。親戚のうちに出かけた2日だけがお休みだった。
娘たちが次回の発表会で挑むのは偶然にもそろってイ短調だ。だから毎日の練習にイ短調の音階は必修事項になっている。G線1の指で取る最低のAから、A線開放弦の2オクターブ上のAまでの3オクターブの音階練習だ。短調なので上行と下行とでは経過する音が違う。上行の時はE→Fis→Gis→Aであるのに対して、下行の時はA→G→F→Eとなる。
3オクターブとなると、音階の頂上付近は第7ポジションになる。E線開放弦のオクターブ上のEを人差し指で取る。この付近の半音は非常に狭くて指同士をくっつけてもまだ広いという感じになる。おまけに先ほどもふれた上行と下行で音が変わるせいもあって、カッチリとした音程で弾くには訓練が必要だ。ソ♯つまりGisからAの半音は美しくかつ難しい。Gisをおさえていた薬指を、Aをおさえる小指が押しのけるというニュアンスだ。2人ともよくやっている。
2人が毎日行きつ戻りつしているこの「Gis」音は、ある意味で私の夢の到達点だ。ブラームスの第一交響曲の第2楽章に出現するコンサートマスターによる独奏は、夢見るような余韻を残してこの「Gis」音の伸ばしで終わるのだ。コミック「のだめカンタービレ」第8巻44ページの最上段で、千秋クンの視線を浴びながら三木清良が出している音は間違いなくこの「Gis」なのだ。二人の娘のうちのどちらかが、将来オーケストラに所属してコンサートマスターになり、このソロを弾くというのはある意味で究極の夢である。私は客席か、ヴィオラの位置からそれを聴きたいと心から思う。
90小節目から始まるこのソロは、華麗というよりも渋いと思う。オーケストラの中の何らかの楽器とオクターブユニソンになっていることが多い。最初はホルンとオーボエに始まるが、やがてクラリネット、第一ヴァイオリンという具合にパートナーを替えながらデリケートなオクターブユニゾンを形成する。独奏と言いながらアンサンブルが要求される。ホルンとの2回目のアンサンブルはオクターブユニゾンを形成しない。ホルンが奏する主旋律を独奏ヴァイオリンがキラキラと縁取るという役割分担だ。コンサートマスターとしてソロに挑む娘と、ホルン吹きとの間でロマンスが芽生えるというのも悪くない。彼ならホルン三重奏も吹きこなすだろう。
ホ長調の緩徐楽章がアンダンテの表札を奉られ、上行する分散和音で終わるのは、ピアノ四重奏曲第3番ハ短調と同じだ。上行する三連符最後の6つの音は独奏ヴァイオリンに委ねられることになる。7つ目の音つまりその行き着く先こそが本日話題の「Gis」だ。この「Gis」は次の楽章では「As」に読み替えられて主音になるという魔法の主役でもある。
娘たちが毎日、音階練習で行き戻りつを繰り返して通り過ぎる「Gis」の音は、いつの日にか辿り着いて欲しい極上のソロの終着点でもあるのだ。娘たちよ、心せよ。
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<Claris様
身内ネタにおつきあいさせてしまいました。
恐れ入ります。
私が学生の頃さんざん見かけたいわゆる「弾ける女子」の弾き方になってきています。特にお姉ちゃんが。口の聞きかたまで。
そのうち音をはずした管楽器をにらむようなコンマスになりゃせんか心配です。
投稿: アルトのパパ | 2007年1月10日 (水) 18時21分
父親が信念を持ってサポートしていると、
子どもは一流に育つケースが多いように思います。
父と娘が同じオケに所属すると。。。きっと話題になりますね♪
ホルン吹きさんとヴィオラ弾きさんのやりとりも、
楽しませていただきました☆
投稿: Claris | 2007年1月10日 (水) 06時59分
<htskawa様
千葉大はともかく八ヶ岳なんかカウントにいれてるとは!
「ブラ1真剣にやる」という貴君の名言を思い出します。
ホルン吹きもコンマスも必死だから、なおさらレセプションでロマンスが芽生えるかもしれません。一気飲みばかりのレセプションでは困ります。
投稿: アルトのパパ | 2007年1月 9日 (火) 21時31分
ブラームスにホルンネタというと何か誘われているみたいですね。
第一交響曲の第二楽章なんてホルン吹きにとってはとてもおいしいところなのですが、いかんせんアマチュアにはかなり難しいところです。
何よりもまず、ブラームスがイメージしたであろう音色が出せないことには…。
私は今までに、都合3回この曲のトップを吹かせてもらいましたが、なかなか自分で満足できるまでには至っていません。
1980 千葉大学管弦楽団
1988 八ヶ岳音楽祭オーケストラ
1999 富山シティフィルハーモニー管弦楽団
>コンサートマスターとしてソロに挑む娘と、ホルン吹きとの間でロマンスが芽生えるというのも悪くない。
なかなかこのようなロマンスは難しかろうと思います。ホルンが男性とは限らないであろうし、既婚者かもしれません。
私の場合はすべてコンサートマスターは男性でしたし…。(^_^;)
と言うか、そんなことも考えられないくらいこの場面でのホルン吹きは必死です。(おそらくコンマスも)
投稿: htskawa | 2007年1月 9日 (火) 21時16分