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2007年3月31日 (土)

同期の桜

学生オケの同期入団の仲間とは何かと因縁が深い。在団中はもちろんだが、つきあいが長く続くメンバーもいる。かけがえのない仲間だ。団員数が100名弱の団体だから、同期入団は20名前後である。音楽へののめり込み方はそりゃ半端ではない4年間を過ごすのだが、そこはアマチュアでほとんどのメンバーが、卒業後には仕事の合間に楽器に接することになる。

私の同期に例外が一人いる。プロフェッショナルなオーボエ奏者になってしまった男がいるのだ。「プロフェッショナル」というのは、収入の大半を演奏の対価が占めているという意味だ。入団時はクラリネットを吹いていた。そういえば根っからのミュージシャン肌だったような気がする。1978年南房総岩井での新入生歓迎合宿以来のつきあいだ。一応学部は工学部で、卒業と同時に就職はしたらしいが、速攻で転職だ。その後取り組む楽器を替えてオーボエに辿りついたという。その間楽器の腕前と、感性を磨いていたのだと思う。プロの音楽家が同期にいるというのは、相当誇らしいものだ。学校の音楽の先生を別にすれば、同期どころか前後4~5学年を見渡しても唯一のケースだろう。

在団中は癒着していた。卒業後も要所を締めるかのように濃い付き合いが続いていた。

  1. 仲間の結婚披露宴にBGMを出前する身内互助会「千葉披露宴サービス」の重要なメンバーだった。彼の役割は「寿室内管弦楽団」の常任指揮者だった。
  2. 彼もまた百人一首好きである。
  3. OBが毎年夏に集まってブラームスの交響曲4つを4年がかりで完成させた「河口湖音楽祭」のメンバーだった。
  4. モーツアルトのレクイエムの冒頭のファゴットや、ベートーヴェンの第4交響曲フィナーレのファゴットも、やばいやばいと言いつつ絶妙の間合いで切り抜けていた。
  5. 私の結婚披露宴の2次会で演奏したブラームスの第4交響曲では、ファゴット奏者だった。一年前に徹夜で会場の確保をしたのも彼だ。
  6. 妻が亡くなった時、仲間への連絡を一手に引き受けてくれた。さらに告別式火葬場から戻るまでの間、次女の子守までかって出てくれた。「香典が2000円合わない、ゴメン」と言って謝ってきた時の神妙な顔が忘れられない。

なんだか世話になっている。お世話のなりかたで言うと完全に輸入超過だ。

ブラームス第一交響曲の演奏会で、遭遇したパニックの時のクラリネット吹きは何を隠そう彼だったのだ。つまり3月29日の記事「事故調査委員会」で「クラリネットは落ちていない」と主張した本人である。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/03/post_8fe2.html

その3月29日に「ブラームスの辞書」を一冊贈呈した。通し番号はop16。「管弦楽のためのセレナーデ第2番」である。オーボエ奏者として活動してはいるが、木管楽器はほぼ全てこなすというスペシャリストにふさわしい番号がよくぞ空いていたという感じである。その場でブログと著書を誉められた。同期でありかつプロの音楽家でもある彼の誉め言葉は、じんわりと胸に沁みる。ブログも本も「多分世界一だ」と言ってくれた。彼自身のブログにも「ブラームスの辞書」の血も涙もある紹介文が掲載されている。

本のお礼にと、その場で自作のCDをくれた。彼のオーボエ奏者としてのファーストアルバムである。もらっといて言うのもナンだが、残念なことにブラームス作品は収録されていない。

お礼の意味をこめて彼のブログにリンクを貼らせてもらうことにした。他に当ブログの右サイドバー下方のリンク集にも加えさせてもらった。

http://projectm.blog.shinobi.jp/

2007年3月30日 (金)

ソルフェージュ

厳密な定義は別にちゃんとあるのだと思うが、我々親子は「楽譜を読みながらドレミで歌うこと」くらいに考えている。ミルヒー風に申すなら「ソルフェージュ舐めてンじゃないですよ」である。「歌えなければ弾けない」は娘たちを教えてくれる先生の持論だ。小さい頃からレッスンの最後はソルフェージュだった。

ゴルフのことわざに「ネヴァーアップ、ネヴァーイン」というのがある。「届かなければ入らない」とでも言うのだろうが至言である。「いかにラインに乗っていてもカップに届かないようでは、絶対に入らない」という程の意味だ。「パッティングは少し強めに」という教訓が込められている。「歌えなければ弾けない」はこの至言に匹敵していると思う。

バッハのイ短調協奏曲に取り組む次女は、まさに「歌えなければ弾けない」を地で行くところがある。音程やテンポがあやふやな箇所がある。そこを歌わせると必ず歌えないのだ。即座にヴァイオリンを横に置いて歌わせる。音域の関係によるオクターブの上下動は認めてやる一方で、音程をごまかすことなくリズムも正確に歌えるようになるまで楽器には用がない。譜読みはとっくに終わったものの、どうも音程やリズムにシャッキリ感が出てこなくて困って思案した末、レッスン前の2日間思い切ってソルフェージュに徹することにした。一種のショック療法だ。先日のレッスンはある意味でドキドキした。「心の中で歌いながら弾け」とだけアドバイスして臨んだレッスンだったが、スルリと乗り切った。

歌えれば弾けるのだ。楽譜の先が読めるようになることが大きいのだと思う。

「歌うこと」と「弾けること」の間に、呆れるほどストレートでパラレルな相関関係があるのだ。子供って素晴らしい。ということは、相当難しい作品でも歌えてしまえばこっちのものという結論が容易に導き出せる。

2007年3月29日 (木)

事故調査委員会

2月21日の記事「パニック」で定期演奏会で起きたブラームス第1交響曲第2楽章でのパニックについて書いた。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/02/post_6e70.html

昨夜当時の仲間2人と盛り上がった。私を入れて3人だが、みんなあの演奏会の経験者だ。「オーボエにつられてクラリネットも落ちて、チェロのおかげで助かった」という記事にクレームがついた。何せクラリネットを吹いていた本人が「オレは落ちていない」と言うのだから半端な説得力ではない。残る1人は私と同じヴィオラ弾きだ。飲み会は27年前の出来事についての「事故調査委員会」の様相を呈した。

私の手許には、当時使用したヴィオラのパート譜がある。問題の箇所は練習番号「B」だ。アウフタクトからオーボエが入る。オーボエやクラリネットの入りが鉛筆で書かれている。「コンマス見よ」という書き込みもある。この周辺の弦楽器はリズムが厄介な上に音程も微妙だ。約20小節間は我慢の展開なのだ。次々に入ってくるパートを耳で確認しては、自らの位置を認識したいがための書き込みだ。オーボエが落ちることなんて想定もしていなかった。あの日私はトップサイドだったから、指揮者もコンマスも至近距離から目に入ったが、そんなもの何の役にも立たなかった。

昔話とはいえ当事者の記憶は今も鮮明で生々しい。指揮者の棒は間違っていなかったし、クラリネットの1番は「伸ばしの入りはともかく16分音符の動きだしは、楽譜通りだった」と主張する。あとで「よくぞ入ったと誉められた」という。ハナっから弦楽器はアテにしていなかったからかもしれない。

チェロがインテンポとおぼしき場所で決然と入ってきた記憶しか私には残っていないが、オーボエのトラブルをまともに受け止めたクラリネットは、さぞ大変だったろう。

昔から、その手の修羅場には強い男だった。何事につけ追い込まれると力を出すタイプである。

2007年3月28日 (水)

祝40000アクセス

本日、午後の早い時間にブログ「ブラームスの辞書」開設以来のアクセスが40000に到達した。

  • 10000アクセス 2006年 3月 8日 283日目
  • 20000アクセス 2006年 8月30日 458日目(175日)
  • 30000アクセス 2006年12月30日 580日目(122日)
  • 40000アクセス 2007年 3月29日 668日目( 88日) 

見ての通り、アクセス10000件に要する日数が次第に縮まって来ている。30000アクセス到達の2日後から始まった2007年1月は順調にアクセスが伸びた。よい報告ではあるのだが、新記録の都度言及することを差し控えて2月1日にまとめて言及した。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/02/post_2542.html

1月が単なる神風で、2月以降は元に戻ってしまうのかという心配はとりあえず杞憂だった。2月月間の1日平均アクセス数は117.57に達し1月をわずかに上回った。一日アクセス総数や、連続100アクセス突破日数でも新記録を樹立した。つまり2月は1月を若干上回るペースだったということだ。

春休み期間に入って極端にペースが落ちたが、なんとか3月中に40000アクセスに達することが出来た。10000アクセスに要した日数が88日だから、一日平均113.63件という計算になる。3ヶ月かかっていないということだ。

50000アクセスへの歩みが既に始まっているが、私に出来ることといえば、毎日記事をアップすることだけである。

2007年3月27日 (火)

ラプソディのオルガン編曲

昨年12月4日の記事「第4交響曲オルガン版」ではブラームスの交響曲第4番にオルガン編曲のCDがあることについて述べた。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2006/12/post_a714.html

ほとんど怖いもの見たさで買い求めて、フィナーレが思いのほかはまっているのに驚いた。その余韻がようやく薄れかけた今日この頃だが、またオルガン系のサプライズCDに出会った。

ラプソディop79の2曲をオルガンで演奏したCDを発見した。即買いである。小林丸人という日本人のオルガニストの演奏である。第4交響曲のおかげで免疫が出来ていたのだろう。驚きはさほどでもなかった。

聴いてみると意外にはまった演奏だ。2番ト短調の立ち上がりなんぞ、音のプレッシャーに圧倒される感じがした。ダース・ベイダーでも舞い降りてきそうだ。オルガンの事情には全く疎いが、多分編曲のセンスがいいのだろうと思う。

ジャケットには「オルガン作品・バッハ、モーツアルト、ブラームス」という意味のフランス語が記されている。てっきりブラームスの「オルガンのための11のコラール前奏曲」が収録されているのだと思ったのがラプソディーとは恐れ入った。

2007年3月26日 (月)

ライトテンション

ヴィオラの弦の話だ。

今の楽器にはダダリオ社のヘリコア・ライトテンションを装着している。大抵は4本ともだ。昔はいろいろ試したが、ガット弦は試したことがない。お値段が張るなりのことは、きっとあるのだと思うが、手が出せずにいる。昔の楽器のときはドミナントだった。A線だけときたま他の弦に代える程度だった。

さて「ライトテンション」というのは「低張力」とでも解するといい。各社とも同じグレードの弦をさらに張力によって細分化している。高張力は「ハードテンション」で、中間が「ミドルテンション」だ。ライトテンションは音量や張りよりも、弓への引っかかりの良さつまりレスポンス重視のセッティングになっている。といいつつ実はあまり深く考え込んでいる訳ではない。とっかえひっかえ試すのが億劫なだけである。

「ライト」「ミドル」「ハード」というのはもちろん英語だ。ダダリオ社はアメリカのメーカーだからだ。ドミナント社やピラストロ社のようなドイツ・オーストリア系のメーカーになると「Weich」「mittel」「Stark」となる。イタリア系フランス系だと「forte」「dolce」になったりするようだ。話題になる頻度という点では、弦ばかりは国産は分が悪い。

どのような弦を使っているかは、弦楽器奏者の間でしばしば盛り上がるネタだ。ヴィオラ奏者の間でしか盛り上がらぬ胴長の話題よりは数段ポピュラーだ。それでもチェロ、コントラバスと低音楽器になると交換の頻度が下がるので弦の銘柄ネタはヴァイオリン奏者の話のタネとして重宝している。

こう言ってしまうと元も子もないが、私にとっては気分の問題に近い。

2007年3月25日 (日)

オフサイド

長男が春休みを満喫している。3月早々の卒業式から2週間少々、受験から解放されのびのびとゲームをしまくっている。

彼は某有名サッカーゲームが上手い。バージョン8ならば「最強」に設定したコンピューターを相手にしても10回に1回程度しか負けない。コンピューター相手はパターンが決まっているからつまらないという。このところバージョン10には手を焼いている一方、サッカーの見方も変わってきているようだ。従来はゴールシーンと得点者ばかりに興味を持っていたが最近は違う。「スルーパスが楽しい」と言っている。

オフサイドルールは、サッカーのようにゴール数を競う競技につきものだ。概ね「相手ゴール前に待機する待ち伏せを禁ずるため」と位置づけられている。長男にも小さい頃そう説明した。つまり「待ち伏せは卑怯だ」というロジックだ。実は「待ち伏せは卑怯だ」という発想に基づく攻撃側への足かせという側面ばかりでもない。このルールを逆手に取るディフェンス側の戦術もあるのだ。世に言う「オフサイドトラップ」だ。卑怯な攻撃から守ってくれるためのルールをさらに高度に利用するという訳だ。

サッカーにしろ、アイスホッケーにしろ、バスケットボールにしろ攻撃側の戦術の柱は、「いかにフリーの選手を作り出すか」にあるといっても過言ではない。フリーの状況さえ作れればゴールしたも同然という考え方だ。フリーで打ったシュートが入らないのは「決定力」の問題とされ、戦術の問題とは区別されるのが普通だ。

バスケットボールにはオフサイドの概念はない。理由は簡単だ。5人の攻撃を4人でしのぐことが難しいからだ。ましてやNBAではゾーンディフェンスが禁じられている。敵陣に一人残すのは現実的ではない。誰も試みないことを禁じるルールは存在しないのだ。無論「5対5からいかにフリーの選手を作るか」が戦術の柱には違いないが、オフサイドはかいくぐるべき制約と位置付けられてはいない。

フリーの選手を作ることをサッカーで言うなら「ゴールキーパーと1対1の状況をまんまと作り出す」ということだ。この目的の達成のためにくぐり抜けねばならない制約が、実はオフサイドルールなのだ。はじめからゴールキーパーと1対1になれる場所にいたのでは、軒並みオフサイドを取られてしまう。オフサイドを取られずに相手ゴールキーパーと1対1になるための主要な手段が、「スルーパス」なのだ。もちろんこれは、一人のドリブラーがいつでも2人3人のディフェンダーを抜き去れる訳ではないことが前提になっている。そういうプレーヤーが居ると戦術は不要と言うことになりかねない。

思うにオフサイドルールはサッカーの中で最も美しいルールだ。これを利用するディフェンスと、裏をかくオフェンスという構図はいつも美しい。長男のサッカーの興味が得点そのものからスルーパスに移ったことは私には成長に見える。オフサイドという制約をかいくぐったスルーパスを彼は「きれいなパス」と表現した。

そろそろブラームスを真剣に教えたい。

2007年3月24日 (土)

魂柱交換の成果

愛用のヴィオラの魂柱を交換してから2週間経過した。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/03/post_48b4.html

あれから毎日楽器に触れていた。バッハ無伴奏チェロ組曲ヴィオラ版で、下はC線から上はA線の第6ポジションまでくまなく探検した。本日の記事はその「探検結果中間報告書」という位置付けである。

<全体>よくなった。全く別の楽器になってしまった。音の表情が変わった。音程のハマリ感が増したように思う。レスポンスはそのままに音の明るさが増したと感じられる。

<A線>試しにオブリガートを張ってみた。失敗だった。オブリガートが失敗ではない。弦の種類を変えてはいけなかった。鳴りが変わった場合、弦のせいなのか、魂柱のせいなのかわからなくなってしまう。オブリガートはヘリコアに比べて価格が高い。ほとんど倍である。元々今回の魂柱交換は、一部の弦の鳴りに不満があってのことだった。A線は不満はなかった側の弦である。今まで通り鳴ってくれれば文句はないという意味では合格だ。だったら価格の安い分ヘリコアで良いという結論は、しばらく保留したい。

<D線>ヘリコアのライトテンションだ。この弦にときたまシャリシャリ感があったことが不満の一つだった。シャリシャリ感は払拭されている。4本の弦の中では一番おとなしくなってしまった感じだ。

<G線>ヘリコアのライトテンションだ。D線のシャリシャリ感が無くなったかわりに、こちらに微細な異音感が出ている。「弦と弓が擦れる音」だと思う。「シュー」という音だ。全体が良くなったことで相対的には小さいが、気になる。楽器を弾くことを止めると、その存在に気付くような感じだ。音量と明るさは従来より良くなった。しばらく様子を見てから異音感だけを退治すればいい。

<C線>ヘリコアのライトテンションだ。最大の収穫。元々最大の不満がC線の鳴りだったから、満足である。音量が劇的に改善した。先弓でC線の引っかかりが見違えるようになった。A線やD線やG線はヴァイオリンにもあるし、C線が気持ちよく鳴ってくれるのは、極楽だ。総合的に見て、こちらの鳴りのためにD線がやや犠牲になっている感じがする。

それにしても音程が悪い。娘たちの真似をして音程の習得のためにチューナーを活用してみたが、一発でピタリとはまるのは開放弦だけみたいな感じである。ボウイングに変な癖があると、これもまたチューナーが教えてくれる。この打率を上げないと楽器の持ち腐れである。

2007年3月23日 (金)

もう一つの皆勤賞

長男が入学から卒業までの中学3年間、皆勤だったことは3月9日に言及した。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/03/post_eaa7.html

今日終業式を迎えた長女もまた中学最初の1年を皆勤で乗り切った。学業、部活、ヴァイオリンを両立させきった。理屈抜きに誉めてやらねばなるまい。生意気な盛りである。お兄ちゃんよりも1ランク上の生意気振りがこのところ板についている。私への反発も少なくない。この年頃の女の子としてはごく自然だと思う。そんな中でヴァイオリンが続いていることは、何だか奇跡のように感じられる。

実は実は、長女の皆勤は、小学校5年生の時から続いている。最後に欠席したのは小学校4年の冬だったから丸3年の皆勤を継続していることになる。先日お兄ちゃんの3年皆勤を誉めていたら「私だって」と言い出した。

皆勤賞狙いで、体調が悪い日に無理をさせたことは一度もない。休まねばならぬ程のことは無かったということなのだ。跳び箱の時間にケガをした時も平然と登校していた。こうした気力体力の充実がヴァイオリンの音に反映していることは言うまでもない。

発表会まであとちょうど40日だ。

2007年3月22日 (木)

内声

多声部の楽曲において、最高声部と最低声部を除いた声部の総称と解される。混声合唱で言うならソプラノとバスを除いた声部に相当する。

古来からの慣習によれば、旋律はソプラノの声部に来ることが多い。つまり内声とは旋律とベースライン以外の声部と仮に定義出来る。この定義に従うと、内声は和声的な響きの充実が第一の役割ということになる。

ブラームスに有名な逸話がある。作曲の弟子が証言によれば、ブラームスはしばしば歌曲の楽譜のうちのピアノの右手の部分を指で隠して「ボクはこれしか見ていないンだ」と言ったという。歌曲作品を見るとき、声のパートとピアノの左手つまり、旋律とバスしか見ないと言っているのだ。冒頭の分類に従えばブラームスは内声を見ていない。つまり内声をさほど重要と思っていないという命題が容易に導き出せる。

ところが、ブラームスが作曲の弟子に語った先の言葉とは裏腹に、ブラームスの作品における内声は、しばしば「面白い」「おいしい」「大切」という単語で形容される。ヴィオラ弾きはみな知っている。冒頭の定義によれば内声と呼ばれる声部に旋律が割り当てられることは割と頻繁だ。ヴィオラ以外の弦楽器に弱音器を強制したり、ヴィオラ以外の弦楽器にピチカートを要求しながら、ヴィオラには弓奏を許可したりもしている。内声に光をあてる試みをけして億劫がらないのがブラームス流だ。旋律を受け持たないまでも、旋律をより印象的にするための効果的な対旋律も内声の重要な役割だ。臨時記号1個であたりの景色を激変させたりもする。

内声は、ピアノでいうなら親指に相当する。古来からのピアニストたちの証言や、ブラームスの「ピアノのための51の練習曲」によれば、ブラームスの親指の用法が独特だったことがわかる。ブラームスは自分自身の左手の親指のことをしばしば自慢していたそうだ。

冒頭に掲げたような辞書的で杓子定規な解釈は、ブラームスを論ずる際にはいかに不完全か念頭においておきたい。

2007年3月21日 (水)

バッハへの傾倒

1685年3月21日ヨハン・セバスチャン・バッハが生まれた。今日はバッハの誕生日だ。ブラームスはそのバッハに対する尊敬の念を隠していない。

クララへの見舞いとして有名な左手のためのシャコンヌを初めとしていくつかのバッハ作品を編曲している。チェンバロ協奏曲のカデンツァも書いている。

第四交響曲とチェロソナタの終楽章でははっきりとバッハの痕跡を見て取ることが可能だ。第四交響曲第4楽章のシャコンヌ主題はバッハのカンタータ150番を下敷きにしている。チェロソナタの第3楽章の主題はバッハのフーガの技法との関連が古来指摘されている。それにしてもこの両者どちらもホ短調だというのが不気味な符合である。

ブラームスはピアノの弟子たちへの教材にしばしばバッハを選んでいる。平均律クラヴィーア曲集がその代表だ。弟子たちの何人かはブラームスがバッハの演奏においてスタッカートを禁じていたことを証言している。

当時刊行が始まったバッハ全集を入手して喜んでいた。「生きている間にはとても全部は出きらない」と嘆いたとも伝えられている。そのバッハ研究の第一人者で名高いフィリップ・シュピッタはブラームスの親しい友人である。

我が家の最初の子供の妊娠が判明したとき、お医者さんから告げられた予定日は3月21日だった。期待は大きく膨らんだ。3月14日深夜に産気づいてしまったとき、大きな声では言えないが「ちょっと待った」と思ったものだ。

2007年3月20日 (火)

のだめの中のブラームス【25】

コミック「のだめカンタービレ」の売りの一つが破綻の無い小道具の配置にあることに異論はないだろう。その象徴が単行本各巻の表紙に描かれる楽器である。同時に描かれるのだめのファッションも楽しみの一つである。以下に列挙してみる。

  1. ピアノ
  2. ヴァイオリン
  3. 指揮棒
  4. フルート
  5. チェロ
  6. ホルン
  7. オーボエ
  8. ギター
  9. トランペット
  10. ヴィオラ
  11. ファゴット
  12. クラリネット
  13. ハープ
  14. ティンパニ
  15. トロンボーン
  16. マリンバ
  17. チューバ

このうちブラームスの作品に用いられているものを赤字にした。12巻のクラリネットはA管だろうかB管だろうか、まだ見分けられずにいる。個人的な好みからお気に入りの表紙を挙げるなら迷わず10巻だ。「屋根の上のヴィオラ弾き」というイメージだ。表紙に黒猫が描かれているが、動物が出現するのは多分ここだけである。のだめのファッションとして気に入っているのがもう一つある。ファゴットと戯れる11巻だ。

さてさて18巻以下の表紙に選ばれる楽器がどのような顔ぶれになるのか興味深い。ブラームス作品に用いられている楽器でまだ表紙に採用されていないのは以下の通りである。

  • ピッコロ
  • コントラファゴット
  • 大太鼓
  • シンバル 2009年8月10日第22巻の表紙となる。
  • トライアングル 2007年6月13日第18巻の表紙となる。
  • コントラバス2007年11月13日第19巻の表紙となる。
  • オルガン
  • 人間の声2008年8月11日第21巻の表紙となる。

第3巻に指揮棒があるくらいだから「人間の声」はあり得ると思う。実を言うと裏の裏の大穴で意表をついて「セカンドヴァイオリン」などという茶目っ気も密かに期待している。

2007年3月19日 (月)

「dolce」のシャワー

「dolce」は一般的には「優しく」と解されて何の疑問もない。ブラームスの作品中には約1550箇所に現われる。「ブラームスの辞書」では、用例の分析から「espressivo」に次ぐ「主旋律マーカー」第二位と位置付けている他、起用上の特徴として「fとの共存拒否」を上げている。

さらに「dolce」を強調語「molto」で補強したケース「molto dolce」が41箇所存在する。うち33箇所を器楽曲が占めているのが目立つ。初出のピアノ協奏曲第1番第2楽章14小節目から最後の出番はヴィオラソナタ第2番第1楽章158小節目である。「molto」によって強調された「molto dolce」と「espressivo」の関係はなお課題として残る。

「dolce」を「molto」で補強しているだけでも、かなりの決意だということが判る。実は上には上がある。ヴァイオリンソナタ第2番第2楽章の150小節目に「molto dolce」が置かれているが、その1小節後には「sempre piu dolce」が追い討ちをかけている。日本語でいうなら「非常に優しく」の後「つねにもっと優しく」と畳み掛けているというわけだ。

実はこの楽章、ブラームス独特の「緩徐楽章と舞曲楽章の混在」が見られる。ゆったりした「Andante」と「vivace」が下記のように交代する。

  1. Andante tranquillo 「p dolce」
  2. Vivace
  3. Andante 「p」
  4. Vivace di piu
  5. Andante 「molto dolce」「sempre piu dolce」
  6. Vivace

今話題の「molto dolce」「sempre piu dolce」は上記の5番、「Andante」が3度目に現れるところに置かれる。ピアノ伴奏の書法が順を追うように手厚くなるのと平行して、ニュアンス付けが繊細になっている。「いくらdolceでもいいんだよ」というささやきが聞こえてきそうである。ギネスブック風に申せば、ブラームス史上最高の「dolce」という気がする。

ちゃんと弾き分けられているか少し心配である。

2007年3月18日 (日)

二重奏曲イ短調

次女のバッハが佳境にさしかかってきた。無惨な音程の決壊から3週間。チューナーの助けを借りて懸命の復旧作業を続けている。

いつも私のたどたどしいピアノと一緒に練習をしているが、このほどピアノの左手のパートをヴィオラ用に変えた楽譜を作って二重奏をすることにした。3週間前からヴィオラパートを練習してきた。低い箇所をオクターブ上げたりしているので、流れがぎこちないところもあるが楽しみの大きさに比べれば微々たるものである。ヴァイオリンの先生も「トライしてみたら」とおっしゃったこともあって私の意気込みだけは盛り上がっている。

私がピアノ伴奏出来ないための苦肉の策だ。ヴィオラなら練習次第でアンサンブルになる。今まで曲をいくつかのパートに分けて練習してきたが、いよいよ通しで弾く訓練も取り入れねばならない。

今日、初めて2人で弾いてみた。

滝涙。万感胸に迫る。

途中1度だけ止まった。でもこれは私の譜めくりのせいだ。通ることだけは通るのだ。通して弾くことで、次女の弱点も分かる。むにゃむにゃとごまかした弾き方をしている場所も手に取るようだ。不安なところほど走るのだ。こういうとき「パパの音を聴け」と言う指示が心地よい。逆に彼女が得意なところも一目瞭然だ。そういう箇所は天にも昇る思いだ。

恐らくバッハのコンチェルトということで、必要以上に興奮していることは間違いない。つぎはぎの編曲物とはいえバッハはバッハだ。舐めたものではない。一緒に発表会に出たいくらいだ。

残念ながら長女のベリオではやる気が起きない。でもこれは多分ベリオのせいではない。強いて言うなら時代と様式の違いだろう。たとえブラームスのヴァイオリン協奏曲だったとしても、ヴィオラとヴァイオリンの二重奏にする気は起きない。バッハならではなのだ。

挑戦はまだまだ続く。この喜びは言葉にはなりにくい。

2007年3月17日 (土)

弓購入一ヶ月

ヴィオラの弓を買って一ヶ月たった。ルンルン気分は今も変わらない。

現在の楽器を買い求めた時、予算の都合で弓にまで手が回らなかったために、15年遅れの更新になった。今となっては良かったと思っている。

あのとき万が一、弓の分までお金が工面出来て同時に弓も買っていたら、楽しみは一回で終わっていた。あるいは弓の予算をひねり出すために今の楽器を諦めていたらと想像すると背筋が凍る。

現在も愛用する46cmのヴィオラを買った時の喜びは今も鮮明に覚えているが、弓も変えていたら2つの感動の和として感じることになっていたハズだ。時間に追われている場合を除けば、パラメータ変更の鉄則は、複数のパラメータを同時に変えないことだ。何か効果が現れても、どのパラメータ変更が利いたのか判定が出来なくなってしまうからだ。もし楽器と弓を同時に変えていたら、喜びの明細が判らない。喜びを2度味わえないばかりか、「楽器でどれだけ、弓でどれだけ」という明細が実感として持てないことになるのだ。楽器を変えた感動と、弓を変えた感動を別々に独立して味わえているのはとても幸せなことだと感じている。

今回買った弓がそれほどだということである。

2007年3月16日 (金)

piu f sempre crescendo

ブラームスの生涯で唯一弦楽六重奏曲第1番の第1楽章234小節目に存在する。ひとまず「今までより強く、常にだんだん強く」と解しておく。

数小節前から微細なクレッシェンドで着々と準備されてきた再現部の到来である。ヴァイオリンがシンコペートされた重音で華麗に装飾しているが、紛れもない第一主題の再現である。この指定「piu f sempre crescendo」は特定のダイナミクスを表現してはいない。「f」の文字は含まれているが、あくまで「piu f」つまり「今までより強く」という相対的な指示にとどまっている。「f」の字面またはあまりのカッコ良さにつられて、強過ぎるダイナミクスにしてしまうと途端に行き詰まる。246小節目の「ff」に向けたクレッシェンドの斜面の途中であることを肝に銘じなければならない。

このように解することで一つの疑問は帳消しになる。この「sempre」は「piu f」と「crescendo」のどちらを修飾しているかという疑問だ。どちらと捉えても「どの瞬間をとっても常にクレッシェンド」という解釈となる。第一主題の再現自体が長いクレッシェンドの斜面に埋め込まれているということを演奏者に知らしめる効果という点では同等と思われる。234小節からいきなり気合いを入れ過ぎるなという警告も含まれていると考えたい。もちろん、この素晴らしい再現を屁理屈で台無しにしないことが大切である。

何やらポカポカと暖かい南向きの斜面のような気がする。

2007年3月15日 (木)

ハンドルネームの由来

ブログ上のペンネームをHN(ハンドルネーム)と呼んでいる。

著書「ブラームスの辞書」には著者名に本名を表示しているが、ブログの場合は「アルトのパパ」だ。「パパ」はお断りするまでもなく「父親」の意味である。一方の「アルト」はフランス語で「Alto」と綴ってヴィオラの意味。私の愛奏する楽器はヴィオラだからピッタリなじんでくれる。「アルト」には「ヴィオラ」の意味もあるのでブログ「ブラームスの辞書」のハンドルネームとして収まりがいいと考えた。実は気に入っている。

1992年3月15日15時04分に生まれた長男が15歳になった。「志学」である。

2007年3月14日 (水)

音楽の中の無理数

「無理数」とは、「整数の比」の形で表わすことが出来ない数のことだという。これを習う頃から数学嫌いが加速した覚えがある。「分数にするのが無理な数」と覚えた。昔からこの手の語呂合わせが好きだ。「微分法」は「微かに分かる法」だし、「積分法」は「分かった積もりの法」だ。

さて無理数を無理やり小数で表わそうと思うと「循環しない無限小数」になってしまう。数と言えば「整数」ばかりが思い浮かぶのが自然だ。「負の数」は昨今温暖化の影響で温度計の上でもお目にかかりにくくなっている。それ以上お目にかかれないのはゴルフのスコアでの「負の数」だ。拍子やヴァイオリンのサイズで分数にも親しんでいる。小数は目の検査や体重測定、シャープペンの芯でおなじみだ。

無理数は音楽には無縁かと思うとそうでもない。平均率はオクターブを形成する12個の半音どれをとっても同じ幅に設定される。隣り合う半音の振動数の比は「2の12乗根」:1になる。「2の12乗根」とは「12回かけてあわされることで2になる数」だ。これが無理数なのだ。小数で表わすと約「1.059463」だ。電卓でこれを12回かけると2に近い数になる。平均率ではCのシャープからHまでこのように規定される音が並ぶ。一方で純正律を構成する各音の振動数は簡単な整数比で規定される。よって無理数の堆積である平均率と純正律では12回に1回しか協和しない。ぶっちゃけた話オクターブしか合わないということだ。

ピアノは多くの場合平均率で調律される。理屈の上ではオクターブ以外の音程は整数比ではないから、完全に協和しない。3度だろうと5度だろうと6度だろうと同様だ。ある種のうなりが生じていることになる。調律師と呼ばれる人たちは、このかすかなうなりを聞き分けていることになる。完全に協和してしまったら平均率にならぬのだ。

「平方根」ならともかく「12乗根」という概念は、実生活ではこれ以外には滅多に使わないと思われる。弦楽器の演奏においては、こうした理屈を知識として持っていることと、実際に音程が取れることとは、別問題であることが事態を難しくも楽しくもしている。

子供たちが最初に体験する無理数は円周率πである。直径と円周の長さの比である。私の頃は約「3.14」と習った。「えらく半端だなあ」と思った。何故「.14」なのか質問すると先生は「.14どころではなくて無限に続く」ということを教えてくれた。平方根を習うまでの間、唯一の無理数だった。昨今小学校では円周率を「およそ3」と教えているらしい。教育の見直しが必要だと直感する。「3」と教えたら子供は何も疑問を持たない。数万桁をそらんじろという気はないが、「.14」に戻すべきだ。むしろ整数の方が異例で、無限小数の砂漠に置かれたオアシスなのだ。円周率を「3」と教えてしまってはこれに気付くのが遅れる。

人間の脳は振動数が整数比になっている複数の音を耳で捉えると心地よいと感じる構造になっている。奇跡と思うべきだ。

今日3月14日は円周率の日だそうだ。

2007年3月13日 (火)

読み応え

ブログ「ブラームスの辞書」も記事がたまってきた。1本読むのに平均どれくらいかかるのだろう。長さも濃さもまちまちなので推定が難しい。斜め読み程度の読み方か、熟読かでも違うだろう。

仮に1本読むのに20秒としよう。20秒としても全部読むには4時間弱はかかる計算になる。ブラームスネタではない記事が3割あるとして、ブラームスネタだけを読んだとしても3時間程度はかかってしまう。初めてブログ「ブラームスの辞書」を訪れた人が、内容はともかく量に驚くということが起こる可能性も出てきた。

ブログ「ブラームスの辞書」は本日のこの記事が立ち上げ以来700本目の記事である。素人の駄文とはいえ、量がまとまると読破には時間がかかるということだ。それを称して「読み応え」とはいささか手前味噌だが、今日は記念日なのでよしとする。

2007年3月12日 (月)

らしさ

「らしい」とともに、演奏や作曲家あるいは作品を論ずる際にしばしば用いられる用語。演奏、作曲家、作品にある種のガイドラインを想定し、議論の対象がこれを満たしている場合「らしい」と表現される。

とても重宝する言葉なのだが、しばしば「らしい」の定義、つまり上記で言うガイドラインが半ば無意識、半ば意図的に曖昧なまま放置されていることもある。書き手と読み手のガイドラインが違う場合、軽い混乱を引き起こす。昨今はやりの「自分探し」は「自分らしさ」の探求かとも思えてくる。

ヴィオラという楽器のサイズに関する議論には、しばしば「ヴィオラらしい音」という言葉が登場する。「ヴィオラらしい音がすれば、大きさは問題ではない」云々である。ここでいう「ヴィオラらしい音」は曲者だ。議論の当事者同士で定義が合ってない場合がほとんどだ。

  1. 室内楽や管弦楽において作曲家がヴィオラのパートに与えた楽譜を弾ければいい。
  2. 胴長「○○cm」以上のヴィオラが発する音。
  3. 自分の身体に合うヴィオラが発する音。
  4. 自分が気に入った楽器が出す音。
  5. 自分の楽器が出す音。
  6. 演奏家△△が出す音。
  7. C線の音。

上記1と2は極論だ。2に近い人たちは、「大きくなければヴィオラじゃない」という潜在意識があると思われる。一方3に近い人たちは「そうは言っても取り回しが悪くては元も子もない」という路線だ。この定義のズレが放置されているおかげで、ヴィオラのサイズに関する議論はいつも盛り上がる。このあたり真面目に突き詰めないのは、ある種の思いやり、あるいは人間関係維持のための生活の知恵かもしれない。

肝心要の「ブラームスらしさ」とは何だろう。お気楽に使われている割には、なかなか難しい。私の著書やブログはこれに一歩でも近づくためにあると言い換えてもよいくらいだ。A5版400ページ36万字を費やした上に、ブログの記事が700に迫ろうというのに、まだまだ結論には届かない。

2007年3月11日 (日)

決めゼリフ

ブラームスに限らず、いやクラシックに限らず楽曲の終わりをどうするのかは、作曲家たちの腕の見せ所であり工夫のしどころであった。聴き手にとっては楽しみの一つと言えるだろう。小学校でも割と早い段階で「終わる感じ」「続く感じ」という形で教わる。「完全終止」「半終止」「偽終止」という類である。さらに「男性終止」「女性終止」などという分類もある。ポップス系の楽曲ではフェイドアウトなどという手法もこれに加わる。

和声の枠組に加えてリズムにも終止感を煽る手法が存在するし、テンポの扱いにも終止形仕様がある。和声、リズム、テンポを順列組み合わせ的にブレンドして、作曲家たちは望む効果を得るための曲の終え方に知恵を絞ると言うわけだ。

ロマン派も末期のブラームスの時代ともなると「やり尽くし感」がそこはかとなく漂ってくる。どんなに知恵を絞っても聴き手の反応は「ハイハイそれね」という具合だ。刺激を求めて奇妙キテレツに走るのもいかがなものかと言わんばかりに登場し、聴き手や一部の作り手の中にある「やり尽くし感」に風穴を開けて見せたというのが、ブラームスの歴史的な位置付けだと思う。

ブラームスの曲の終え方が好きである。たとえばいきなりはしごをはずされるようなベートーヴェンの第九交響曲の終わり方よりは、ブラームスの第一交響曲の終わり方のほうがカッコいいと思う。時折ブラームスが見せるひとひねりした和音進行にしびれている。単なる新機軸の提案に終わらずに、芸術と継ぎ目無く融合しているところが素晴らしい。

  1. 交響曲第4番第2楽章のいわゆる「コーヒー終止」
  2. 弦楽四重奏曲第3番第3楽章
  3. ヴァイオリン協奏曲第3楽章
  4. 交響曲第2番第3楽章

ブラームスの高みには及ぶべくもないが、私も「終止形」には心を砕いている。

ブログ「ブラームスの辞書」の記事の終わり方だ。毎回の記事の最後をどのような言葉で締めくくるかが、重要だと思っている。たとえば日本語の特徴として文の末尾が最も読み手の印象に残ることが多い。

  • 意欲は買えるがキズの目立つ演奏だった。
  • キズは目立ったが意欲は買える。

上記の2つの文を比較してみるといい。読み手の印象は雲泥の差である。現実はこれほど極端ではない微妙なさじ加減の連続だ。気の利いた文言で終えることはブログ全体の色調を左右しかねないといつも思っている。最後の文が記事全体の余韻を決定しているのだ。落語でいう「オチ」かもしれない。毎回落とす必要はないとは思うが、記事を書き始めたときに既に落としどころが決まっている方が望ましい。気の向くままに書いて尻切れトンボでは長続きはしないものだと思う。最後の一行のスパイスは中間の工夫10個分に相当すると思う。

ブラームスの多楽章曲は、終楽章から作曲されたと分析されることが多い。終楽章を先に作曲し、そこから逆算して全体を構成したとしか思えない緊密な構造が売りなのだ。まさしく曲の終え方から決めているということに他ならない。

今日の記事は、ブログ「ブラームスの辞書」の記事の話をブラームスの作曲テクニックの話題でサンドイッチした「ABA」形式となっている。

2007年3月10日 (土)

定期健康診断

調整に出していたヴィオラが戻ってきた。

2月16日の記事「オーバーホール」で長女のヴァイオリンを調整に出したことに言及した。先生に弾いていただいたところ「見違えたわね」と言われた。苦労が報われる思いがした。実のところ楽器屋さんとの間で2往復していたのだ。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/02/post_7512.html

魂柱の位置の調整に加えて、長さを短くしてもらったのだ。それで一旦は戻ってきたのだが、D線とG線でのシャリシャリ感を覚えて再調整になっていた。無頓着な長女が「あれぇ」みたいな顔をしていたので、たまらずにお願いした。痛いとか痒いと違って症状を口で伝えるのは難しい。何度か伺って身振り手振りでお伝えすることが重要だ。技術者さんは、こちらの訴えを聞いて症状を把握する他に、どんな音が好みなのかをヒアリングする感覚なのだ。技術者ご自身もヴァイオリンを弾くので、交互に弾いてはああだこうだと議論する中から調整の方向が定まる。結論から言うと鳴りを少し抑えるセッティングにしたところでベストと判断した。

長女のヴァイオリンでのやりとりから私のヴィオラについても一大決心がつき、このほど調整に出していたが戻ってきた。定期健康診断というより少し鳴り方に不満が出ていたからだ。

  1. 弓を良くしたのだが、欲が出てしまってヴィオラの鳴りが不満になってきた。
  2. C線の鳴りが気にいらない。もっと深みが欲しい。
  3. 上辺だけで鳴っている感じ。
  4. 希にシャリシャリ状の雑音感がある。

大した腕前でもないのに要求だけはいっぱしである。同じ技術者と続けて話が出来ているから、こちらの腕前も、嗜好もある程度伝わっていることが何よりも重要だ。結果としては、少しだけ魂柱を太くした。従来の魂柱は少し細め6.5mmだった。これを7.5mmにした。表板や裏板との接触面が傾いていた。

本日サッと弾いた限りでは、全く別の楽器だ。それにしても「魂柱」とはよく言ったものだ。魂柱の交換一発こんなに変わるとは思わなかった。一言で言うと音の表情が変わってしまったという感じである。C線については文句なしだ。シャリシャリ感も払拭されている。万札1枚飛んで、コーヒー2杯分のお釣りだが、リーズナブルと感じる。しばらく弾き込んで、満足しなければ再調整に出すことで話はついている。微調整のための2往復3往復は覚悟の上という点、最初にお店に理解してもらっている。各弦くまなく弾きこんで調整の成果を判定したい。

楽器に触れない1週間は、やけに長かった。

2007年3月 9日 (金)

パーフェクトゲーム

長男が今日中学校を卒業した。2度経験した小学校の卒業式とはまた違った感慨がある。クラスメイトの半分が同じ中学に進学する小学校の旅立ち以上に別れの要素が強い。ワーグナーのマイスタージンガー前奏曲の吹奏楽版にのっての入場行進で幕を開けた。退場の時には、女子はほとんど皆ハンカチのお世話になっていた。絶品の答辞を読んだ男の子の涙にみんな誘発された感じである。

送別の歌「蛍の光」、卒業の歌「仰げば尊し」というゴールデンペアだった。やはり、この組み合わせはホッとする。クララとブラームスみたいなものだ。特に卒業生の「仰げば尊し」は、アカペラの合唱だった。男の子たちのバスが腹に心地よかった。

長男は、まだ誕生日が来ていない。クラスで唯一14歳のまま卒業の日を迎えた。それでいて177cmの身長はクラスで一番だ。一番はそれくらいである。学業の成績は思うに任せない中、熟考を重ねた第一志望に何とか合格した。4月からは高校生だ。

一つ誇りに思うことがある。

3年前の入学式から今日の卒業式まで587日連続登校を達成したことだ。遅刻も無ければ早退もない。インフルエンザ等の病気による出席停止もないし、もちろん忌引も無い。いわば純正の皆勤賞だ。十三面待ちの国士無双みたいなものだ。1日10分パソコンの前に座ればいいブログの更新とは訳が違う。国語算数理科社会の成績は思うに任せないが、体力だけはどうやら備わってくれたようだ。健康さえ維持できればやがて知力もついてくるだろう。何につけ物事を連続してこなして行くことは貴重だ。高校に行っても続けるという決意が、家族宛のメッセージに記されていた。

どちらかというと引っ込み思案な長男が半ば狙ってとった皆勤賞だ。いくら誉めても誉めすぎることはない。卒業証書とは別に、皆勤賞の賞状をもらった。気力、精神力、誠実さに「A」をあげたい。

本人の達成感ももちろんだろうが、親としても相当誇らしい。ましてや毎朝長男を起こし続けてきた母親代わりの祖母は、ほとんど号泣だった。

身の丈は祖母より高く父よりは肩幅広し卒業の朝

お粗末!!

2007年3月 8日 (木)

旋律用の指

ブラームスにとっての親指のこと。ブラームスの弟子の一人の証言によれば、ブラームスは時折、自らの親指のことを「旋律用」もしくは「テノール用」として自慢していたらしい。

また、クララ・シューマンの弟子の女流ピアニストを含む何人かの弟子たちが、ブラームスのピアノ奏法の特徴を示すキーワードとして「親指」を挙げている。事実ブラームスが作曲した「51のピアノ練習曲」には、明らかに親指の鍛錬を目的にした曲が収録されている。黒鍵への親指の使用へのこだわりも見え隠れする。ピアノ奏法における親指のあり方に感心を示していた証拠が散見される。

「親指が旋律用だ」ということは何を意味するのか?誤解を承知で敢えて断言してしまうならば、それは「旋律がソプラノに来ない」ということなのだ。控え目に見ても「ソプラノに旋律が来ない瞬間が多い」あるいは「ソプラノに旋律が来ない瞬間がおいしい」と推定することは許されよう。両手をクロスさせない限り、2つの親指は鍵盤の中央付近を舞うことになるのだ。

私にとって、もっとも素敵なことは、そのあたりの音域がヴィオラという楽器にとって、もっともおいしい領域になっているということだ。管弦楽や室内楽に目を移せば、ブラームスの言行一致がたちまち確認出来る。

2007年3月 7日 (水)

さわらび

小学校時代に百人一首に目覚めたことは、1月1日の記事「ブラームスいろはガルタ」に書いた。それ以来短歌が好きになった。高校時代から10年と少々細々と作りだめしていた。全部で4519首ある。何故4519首かというと万葉集と同じになったところでやめたのだ。そのころ最悪の失恋をしたせいでもある。短歌どころではない中、青息吐息で4519にたどり着いてやめたという感じだ。

お察しの通り私は万葉集に親しんでいた。小学校時代の百人一首がキッカケの短歌指向は自然に万葉集に行き着いたということだ。中学だか高校だか忘れてしまったが授業ではじめて万葉集を習ったときのタイトルが「さわらび」だった。タイトルの由来はもちろん下記の志貴皇子の御歌だ。

「石走る垂水の上のさわらびの萌え出ずる春になりにけるかも」(いわばしる、たるみのうえの、さわらびの、もえいずるはるに、なりにけるかも)

意味は明らかで、現代語訳なんぞ載せては逆効果だ。

全く根拠は説明出来ないのだが、この歌を鑑賞するといつも思い出す旋律がある。もちろんブラームスだ。弦楽六重奏第1番第1楽章85小節目アウフタクト、いわゆる小結尾主題「poco f espressivo,animato」だ。ヴィオラ弾きとしては再現部に相当する311小節目アウフタクトのほうがおいしい。ヴィオラC線をえぐるように立ち上がる6度の連鎖が香ぐわしい。ブラームスによる「animato」という指示によって歩みが速まるのが何とも言えぬ高揚感を生み出している。

「垂水の」「上の」「さわらびの」という具合に「の」を連続させることによって心地よくせり上がるテンポ感が六重奏の「animato」にかぶって見える。続く第4句が字余りであることが絶妙だ。ほとばしる水が一瞬堰き止められることでかえって勢いを増すのと似ている。ブラームスによくある三連符の効果と同一だ。そのせいでもなかろうが、この部分の伴奏音型は波打つような三連符になっている。「なりにけるかも」と一息で言い切る思い切りの良さがこの歌の爽やかな余韻を決定している。結句が字余りだったらこうは行かない。逆に第4句が字余りでなかったとすると今度はサラサラ流れ過ぎる。

今日の話は見方によっては完全なるこじつけだが、私にとってはおつりが来るほどのブラームスネタである。

2007年3月 6日 (火)

作品118の憂鬱

コミック「のだめカンタービレ」第17巻の発売から3週間が経過した。千秋真一の父雅之のリサイタルのシーンにブラームスの「ピアノ小品集作品118」が描写されているせいだろう。あれ以来「ブラームス op118」に類する検索ワードでブログ「ブラームスの辞書」にたどり付くケースが目に見えて増えた。それ以前にもあったが、最近は毎日1回はヒットされる感じである。

ブログが多くの人の目にとまることはいいことだ。これは不変だ。以下の議論はその前提での話だ。

アクセス解析機能が進歩しているとはいえ、「ブラームス op118」というアクセスが「のだめカンタービレ」17巻に触発されてのアクセスなのかまでは判らないのだ。以前は「ブラームス op118」などというキーワードでたどり着かれるケースは希だったから、安心して見ていられた。最近はアクセスが増えて嬉しい反面、何だか落ち着かなくなった。第一交響曲でたどり着かれる分には、何のストレスもないのだから不思議である。

コミックの中で「Andante Teneramente」が名指しされていなくてよかった。

2007年3月 5日 (月)

やせがまん

一昨日の記事「ブラームス雛」は楽しかった。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/03/post_13c0.html

ブラームスとクララを金屏風の前に座らせないデリカシーを発揮させてもらった。ブラームスもきっと判ってくれると確信している。

そりゃあブラームスはクララLOVEだから、並んで座りたいに決まっている。でも諸般の事情でそうも行かないと自重するのだ。あるいは「クララは女神だから」とつぶやいて自ら右大臣の席に着いたのだ。記録に残るエピソードや残された作品の肌触りから容易に推定できる。こうした独特の心情を個人的に「やせがまん」と表現している。ワーグナーだったら、遠慮なく金屏風の前に直行するだろう。

人間ブラームスは内面において、この種のやせがまんに悶々としたと思われるが、創作活動の障害にはなっていない。それどころか、逆に創作のエネルギーになっていた感じもする。世の中は理想と現実の落差に満ちている。そうしたジレンマが創作のエネルギーになるのだから、創作のネタは無尽蔵だ。何だか水素エンジンみたいだ。

昔から私はこの「やせがまんの系譜」が好きだ。

百人一首で一番好きな歌、参議篁の作。

わだの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海士の釣り船

遣唐使になることを拒んで島流しの憂き目に遭い、配流の地に向かう途上の歌だ。「元気に旅立ったと伝えておくれ」というノリだ。下の句が「人」で始まるこの歌は、カルタ取りの際には厄介だが、絶対に他人には取らせない。

あるいは、承久の変に敗れて隠岐の島へ流された後鳥羽上皇の御製。

我こそは新島守や隠岐の海の荒き波風心して吹け

これも島流しされる側の歌だ。私はこの島の新しい主だと波や風-つまり自然にそう宣言している意味がある。

島流しの憂き目に遭いながら、歌には微塵も匂わせず凛とした気概に満ちている。ここで大袈裟に悲しんでは、世間の笑いものだというプライドが痛々しくも健気である。

私はこの手の「やせがまんの系譜」にどうも弱いのだ。無条件に応援したくなる。「判官贔屓」の変形かもしれない。

「やせ我慢の系譜」はブラームスにも共通していると思う。この話をブラームスにしたら「クララと並んで座るなら金屏風の前より、ピアノの前がいい」と言うに違いない。

2007年3月 4日 (日)

受注第10号・第11号

久々に「ブラームスの辞書」に注文が舞い込んだ。それも2冊だ。お雛様のご利益だろうか。

32、33冊目の受注だ。「ブラームスの辞書」刊行以前からの知人による注文と別にカウントしている通称「他人様」からの注文だ。今回の注文が「他人様」からの注文の記念すべき10番目および11番目ということになる。相変わらず良いネーミングを思いつかずに「他人様」などという無惨な通称を用いている。

昔からの知人が、「ドレドレかわいそうだから1冊付き合うとするか」といって買ってくれるケースと違って、事前情報はほぼブログだけという制約の中から購入を決意いただいたという点で、とりわけ感慨深い。

さて記念すべき第10号の注文主は、「四国在住のチェロ弾き」の男性だ。既にブログはかなり隅々までご覧頂いている様子である。「野のさびしさ」というキーワードで検索中にブログ「ブラームスの辞書」に辿りついたそうだ。注目の番号チョイスは、ある意味ですんなりop86に決定した。「野のさびしさ」op86-2の繋がりである。室内楽・管弦楽に比べて売れ行きが遅い歌曲だが、これで以下の5つが出荷済みとなった。

  1. op3 「愛のまこと」など。
  2. op43 「五月の夜」「永遠の愛」など。持ち主は鮫島有美子先生。
  3. op49 「子守唄」など。
  4. op86 「野のさびしさ」など。
  5. op121 四つの厳粛な歌。これはヘルムート・ドイチュ先生。

数は少ないものの、キッチリとメジャーどころから無くなっている。

続く第11号は、千葉県内の女性からのご注文。ご希望の番号が空いておらず、エキストラのop327をご所望だ。普段、書籍をネット注文しないのだが、お店に尋ねたら自費出版本はお取り寄せ出来ないと言われて決心してのご注文とのこと。いやいや何だかじんわりと嬉しいお話である。

お届けは6日か7日になる見込みである。末永くかわいがられるよう昨晩じっくり言い聞かせた。

冷静を装ってはいるが相当嬉しい。お買上げまことにありがとうございました。

2007年3月 3日 (土)

ブラームス雛

あったらいいなのブラームス雛を選定する。

<お内裏様>ロベルト・シューマン ここにブラームスでは洒落になるまい。

<お雛様>クララ・シューマン 穏当なところである。

<三人官女>

  1. アガーテ・フォン・ジーボルト
  2. エリザベート・フォン・ヘルツォーゲンベルグ
  3. ユーリエ・シューマン

<五人囃子>

  1. ヨーゼフ・ヨアヒム(ヴァイオリン)
  2. ハンス・フォン・ビューロー(ピアノ)
  3. リヒャルト・ミュールフェルト(クラリネット)
  4. ロベルト・ハウスマン(チェロ)
  5. ユリウス・シュトックハウゼン(バリトン)

<左大臣>ヨハン・セバスチャン・バッハ

<右大臣>ヨハネス・ブラームス

当初は、お内裏様にブラームス、お雛様にクララを据えた過激バージョンを作ったのだが、気分的に収まりが悪くて改訂した。ブラームスとクララのペアにしないということは、デリカシーに属する問題である。ブラームスの理解も得られると思う。五人囃子のメンツは完璧である。白酒ならぬワイン好きのブラームスの右大臣は何だかお似合いのような気がする。日本史を紐解けば右大臣は左大臣より位置付けが若干低いが、左大臣がバッハなら、ブラームスは文句を言わないと思われる。カバン持ちか何かで私も入りたい。

おバカな企画が続くものだと我ながら感心する。こういうネタにはつい力が入ってしまう。

2007年3月 2日 (金)

ソロを弾く気構え

今娘たち2人はコンチェルトに挑んでいる。バッハとベリオという時代も様式も違う作曲家の作品だが、偶然にも両方イ短調だ。管弦楽や弦楽合奏を従えてのコンチェルトなのだが、発表会ではピアノ伴奏とした上で第一楽章に挑戦だ。

長女が挑むベリオは、ブラームスより少しだけ昔の人。フランコ・ベルギー楽派に属するヴァイオリニストでもある。ヴァイオリニストの作品だけあって、ソロの出番は華麗だ。楽器を知り尽くしているとはこういう事なのかもしれない。必要とするテクの割には難しそうに聞えるフレーズが随所にバラまかれている。「あたしがソリストよ。何か文句ある」とばかりに弾けばいい。テクを別にすれば何だか長女に向いている。

次女が挑むバッハは、少々事情が違う。「TUTTI」と「SOLO」が交代することによる響きの対照が持ち味だ。オリジナルの弦楽合奏版ではそのあたりが鮮明なのだが、ピアノ伴奏版になるとやや変化が乏しくなる。ピアノ伴奏の楽譜を子細に見れば、SOLOの部分では伴奏の音符が薄いと判るが、次女はちっとも気付いていない。弦楽合奏側の第一ヴァイオリンとソロが同じことをしている局面が多いのだ。独奏ヴァイオリンの楽譜にはその都度「Tutti」「solo」と記されていてそこいらの事情を伝えてくれている。楽譜上の「Tutti」「solo」の文字をマーカーで塗りつぶさせて次女に説明した。先生からは、その差を表現するボウイングの違いも教えて頂いた。

ところが前回のレッスンでは、教わったボウイングの習得ばかりに気を取られた弊害か、音程が決壊した。先生から厳しい言葉が投げかけられた。右手と左手は両輪だ。毎日の練習でどちらかに偏ってはいけないのだ。帰宅のために車に乗り込むと次女はすぐ泣き出した。ボウイングには自信があったのに、音程が崩れて自分でも何がなんだかわからなくなったようだ。私の指導方法も問題だったのは明らかだから「またがんばろう」と慰めると、それがキッカケでまた涙だった。よくよく聴くと「音程には自信があったのに」と絞り出してまた涙だ。

要するに悔し泣きなのだ。記憶に残っている限り、初めての悔し涙だ。なかなか見所がある。きっと上手くいくと思った。本番後の悔し涙は見たくない。

練習後の悔し涙、長女のも見てみたい。

2007年3月 1日 (木)

Molto piu moderato

日本の某大手音楽出版社から刊行されている「作曲家別名曲解説ライブラリー」第7巻「ブラームス」の108ページでこの指定が取り上げられ「おかしな表現」と喝破されている。主要作曲家の作品を手際よく整理してあり、入門用としても重宝する同シリーズの中で、ネガティブな表現を見かけるのは珍しい。

悲劇的序曲208小節目に鎮座するレア指定である。「molto」を「非常に」と解する立場からは理解が得にくいと思われる。「くれぐれも」程の意味と考えたい。「くれぐれも中庸をはずさぬよう」というニュアンスだ。

曲は「Allegro ma non troppo」2分の2拍子で始まる。オイレンブルグのスコアでは何故か「ma」が欠落しているが、いずれにしろブラームスにとってのソナタ第一楽章御用達のテンポ「速すぎないアレグロ」である。既にこの時点で「allegro」にはブレーキがかかっていると見なければならない。

そして拍子が2分の2から4分の4に変換されて、テンポをほぼ倍に取るというところに「molto piu moderato」が鎮座している。先の解説書が「おかしい」と断じた理由は何であろう?使用されている3つの単語「molto」「piu」「moderato」の素性を考えるとわかり易い。前2者はブラームスの中では意味を強める強調語あるいは煽り系として用いられる単語であるのに対して、「moderato」は「中庸」をイメージさせる単語である。単独ならば「中くらいの速さで」であり、副詞としてなら「程よく」である。つまり全体としては意味の抑制に用いられる単語なのだ。このように煽り系の単語と抑制系の単語がぶっきらぼうに共存していることを指して「おかしい」と表現したと推定される。

私とて珍しいとは思うが「おかしい」とはけして思わない。ブラダス22000件のうちトップ系において「molto」と「piu」が並存する用語は本件「molto piu moderato」ただ一例である。パート系においては2件存在するが、「molto」が「piu」を修飾する形にはなっていない。だから珍しいとは言える。しかし「おかしい」と断言するには相当の根拠があってしかるべきである。

「おかしい」と断ずるところからは何も生まれないと思う。「おかしい」はある意味では思考の停止を思わせる。この言葉を発した瞬間に、探求の歩みを放棄している印象がある。「ブラームスは百も承知で書いている」と信じることが「ブラームスの辞書」のお約束である。「何故こうした表現をしたのだろう」という方向へ考えを深めて行かねばならない。

おそらく煽り系「molto」「piu」を連続させて「さぞや」と思わせておきながら、それらが抑制系の「moderato」を修飾するというイメージの落差・摩擦こそがブラームスの狙いだと思われる。

「キチンと倍のテンポにして欲しい」という「Tempo giusto」のニュアンスである可能性も考慮したい。語感から察するにブラームスは、遅くなるリスクは考えていなかったと思う。あるいは「速過ぎてはならぬ」の強い警告がこの「molto」にこめられているとも思われる。

ブラームス好きたるものこのあたりの行きつ戻りつを疎んじてはなるまい。

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