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2007年4月21日 (土)

メゾピアノの集計

現代に生きる我々がエクセルを駆使した集計を通じてやっっと浮かび上がらせることが出来るような傾向を、はたしてブラームスが楽譜に盛り込もうとしたか?という問いが友人から発せられたことは、4月11日の記事「いつか来た道」で書いた。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/04/post_f8ca.html

そうかも知れぬ。私とて「ブラームスの辞書」執筆の間、ずっと心配だった。自分のやろうとしていることに意味や価値があるのか不安だった。私にとって意味があれば良いではないかと言い聞かせて、そうした不安を処理してきた。不安に浸ったまま36万字は書けないものだ。

当時ある書物を読んでいて、勇気が湧いてきた。音楽の友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻である。39ページのことだ、ブラームスの友人ホイベルガーの回想である。1884年頃のホイベルガーとブラームスの会話の中に、「ブラームスが当時使い始めていたmpについて評論家から批判された」という内容が見られる。詳しい批判の内容は書いていないのだが、第一交響曲からピアノ協奏曲第2番にかけてmpが密集している事実と一致する。

ブラームスを批判するための材料に用いられているのだと思うが、批判した本人は、第一交響曲以降のブラームス作品でmpが急に使用頻度を増やしていることを把握していたことになる。パソコンの無い時代にこれは大変なことである。「mpが増えた」と断言するからには、それ以前からmpの使用頻度をカウントしていたことに他ならない。でなければ「最近増えた」とは到底言えるものではない。そしてmpだけを監視していたとも思えない。出版されるブラームス作品の楽譜を日頃から穴の開くほど見つめて他の記号も見張っていたとしか思えない。そうした中で目に止まったmpを批判の材料に使ったと考えられる。

パソコンの有無はこの際関係あるまい。「パソコンが無いから出来ない」と言う人に限って、得てしてパソコンがあってもやらないものだ。愛するあまりなのか、憎むあまりなのかは、別としてある種の熱意が存在することだけは間違いあるまい。要は気合いである。マニアとはそういうものなのだろう。

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