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    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

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2007年6月30日 (土)

リッピ

コミック「のだめカンタービレ」第18巻で偉大な指揮者サルヴァトーレ・リッピの死去が描かれる。イタリアからの訃報がもたらされるという形だ。シュトレーゼマンの落胆は並ではない。のだめのリサイタルに集まった聴衆たちの会話からも、かなりなマエストロだったことが仄めかされている。トマ・シモンを筆頭とするマルレオケのメンバーの話題にもなっている。

またシュトレーゼマンと人気を2分する存在だったことがわかる。そして千秋が敬愛してやまないヴィエラ先生はリッピの弟子だと判明する。つまりシュトレーゼマンとの関係浅からぬ千秋だが、実はリッピの孫弟子ということになる。リッピの代演をヴィエラがすることを世間は当然と受け止めている。

それにしてもである。このリッピは2006年ドイツワールドカップでイタリア代表に24年振りの優勝をもたらした監督、マルチェロ・リッピに因んでいると思われる。

ヴィエラ先生はフランス代表ボランチ、パトリック・ヴィエラだろう。シュトレーゼマンのファーストネームはフランツだが、この文脈でリストやシューベルトを思い浮かべるのは野暮の部類だ。ここは断じて元ドイツ代表主将にして優勝監督フランツ・ベッケンバウアーとの関連を疑いたい。

ますますサッカーフリークの香りが充満して来る。まもなくアジアカップが始まる。

2007年6月29日 (金)

長調のカプリチオ

ブラームスのピアノ小品の代表例としてインテルメッツォとともに紹介されることの多いのが、「Capriccio」(カプリチオ)である。静のインテルメッツォに対して、動のカプリチオというようなイメージである。好対照のイメージとは裏腹に数の上ではバランスが崩れている。18曲存在するインテルメッツォに対して、カプリチオは7曲しかないのだ。op116-7ニ短調のカプリチオを最後にプッツリと姿を消してしまうから、作品番号で言うと76と116の中にしか存在しない。

その作品76の8番目には、唯一の長調のカプリチオが存在する。一応ハ長調という触れ込みだが、全く油断が出来ない。なかなかハ長調のトニカが現れないのだ。トニカが現れないという意味では作品79-2のト短調のラプソディーに匹敵する。トニカを渇望する聴き手の心理を逆手に取った構成と言えなくも無い。それから拍子だって4分の6拍子ということにはなっているが、ちっとも落ち着かない。楽曲の冒頭のダイナミクスが「mp」というのは大変珍しいが、この曲見事に「mp」で始まっている。さらに曲中に「dolce」が出現するのもカプリチオとしては珍しい。

楽曲冒頭の「Grazioso ed un poco vivace」という指定は生涯唯一のものだ。作品119-3の同じハ長調のインテルメッツォに通ずるものがある。 

作品76のピアノ小品集は全8曲から成り立ち、それが4曲ずつ1巻2巻とに分かれているが、元々はカプリチオ4曲とインテルメッツォ4曲でそれぞれが一まとめにされていたらしい。つまり作品76は、カプリチオとインテルメッツォが仲良く4曲ずつというバランスの上に成立しているのだ。

カプリチオとしては異例な出来事に溢れるせいか、ブラームスも不安だったらしく、クララ・シューマンに削除すべきか相談している。もちろんクララの答えは「削除不要」だった。だから今もこの曲が私たちの目の前に存在している。ブラームスが少し弱気になってクララに相談したのだ。万が一クララが「削除すべき」という意見を伝えていたら、ブラームスのことだから跡形も無く処分してしまっていたかもしれない。

2007年6月28日 (木)

バケツリレー

1885年6月28日ミュルツシュラーク。ブラームスが避暑で滞在していた家の隣で火災が発生した。火の手はブラームスの部屋にも及んだ。ブラームスはバケツリレーに進んで参加して消火を手伝った。当時のブラームスの部屋には作曲完了間近の交響曲第4番の楽譜があったが、気に留めることもなく消火を手伝ったという。

気を揉んだのは周囲の人々だ。扉を蹴破って室内に入り、すんでのところで楽譜を持ち出したという。

ブラームスは楽譜が焼失してしまうことを気にも留めなかったというエピソードだ。このことは何やら象徴的である。第四交響曲のような大作でも、頭の中に保存されているから、またいつでも楽譜を再現出来るという自信の表れだと思われる。頭の中にあるマスターデータからいつでもダウンロード出来るということなのだ。

それにしても交響曲第4番「火災」などという標題が付かなかったのは幸いである。

2007年6月27日 (水)

アナリーゼ

「楽曲分析」と解される。作曲家や演奏家にとって必須な知識だ。つまり作曲や演奏の分野で優れた実績を残そうと思えば思うほど避けて通れぬ過程なのだ。単なる「作品解説」との境界は混沌としている。私は「演奏が目的であること」が譲れぬ条件だと思う。そしてもちろん演奏の受け手つまり聴衆にとっても、楽曲の味わいに深みを与えるソースでもあるのだ。

コミック「のだめカンタービレ」ではパリ編に突入以降、アナリーゼの授業のシーンがしばしば描かれる。

のだめ本人はかつてブラームス第3交響曲のアナリーゼで挫折を味わった。

最新の18巻ではアナリーゼの核心に触れる描写が随所に現れる。

61ページで孫Ruiちゃんのアナリーゼが描かれる。曲名は不明ながら分析が的確であったことが教官の態度から類推出来る。しかし、孫Ruiちゃんのモヤモヤは晴れない。オクレール先生との授業が思うに任せないのだ。必死に食い下がる彼女を、軽くはぐらかす形でオクレール先生と孫Ruiちゃんの食事のシーンが訪れる。66ページだ。食事に興味が無い孫Ruiちゃんに驚いたオクレール先生は「音楽も料理もいっしょ」「指揮者も料理人もシェフ」といって諭す。半端ではない説得力だ。「ソースの味から原料をあてよ」と迫る。そして「わからぬものには作れない」とトドメが刺さるのだ。70ページの最初のコマである。

思い詰めた孫Ruiちゃんはのだめのレッスンを聴講するが、あえなく追い払われてしまう。そして千秋にディナーをおごらせることになる。孫Ruiちゃんの回想を無惨に遮る形で千秋が「このポレンタすげー美味しい」「なんだコレ」「ネズの実か」「作れっかな」と口走るのだ。味から原材料を想定し、さらにそれが自分に作れるかを自問するのだ。つまりオクレール先生の言葉を千秋自身がそのままトレースしている。指揮者・千秋が料理の腕前もなかなかのレベルであるという設定が、この場面ほど説得力を持って迫ってきたことは無かった。

種は蒔かれたと見ていい。これらの体験が今後孫Ruiちゃんによってどう消化されるのか楽しみである。

ブラームスはこうした意味のアナリーゼのやりがいにおいて群を抜いた存在だ。ソースの正体が簡単に突き止めにくいという点で驚嘆に値する存在だと思う。あるいはありふれた素材を用いながら、調理法や味付けに工夫を凝らし、素材の新たな魅力を引き出すという点において底がない。

「ブラームスの辞書」は本もブログも、ソースや素材の正体を探求するためのガイドブックになりたいと思って存在しているのだ。

2007年6月26日 (火)

ブログ内検索

どうも世の中の進歩に追いついていけていない。

4月7日の記事「検索窓」で、ブログ「ブラームスの辞書」の右サイドバー下方に検索窓が設置されたことに触れた。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/04/post_a15f.html

これとて、いつのまにか自然に設置されていただけで、テクを発揮した訳ではない。設置されてみるとこれがなかなか使えるので、よかったと思っている。

またまた「いつのまにかネタ」を発見した。誰かがブログ内検索を試みて、再びブログ「ブラームスの辞書」の中の記事にアクセスしたことが察知できるようになっていた。検索窓設置と同時にそうなっていたハズだが、気付かなかった。自分のパソコンから自分のブログにアクセスしてもカウントされないようなフィルタをかけているので、ブログ内検索を何回か自分で試みていたが、アクセス解析への反映のしかたを自覚できていなかったのだ。

ヴィジターに結構頻繁に使われているということが判った。

アクセス数増加に貢献していることは間違いない。もっと早く設置しておけばよかった。

2007年6月25日 (月)

イギリス病

長男が英国から帰国して10日たった。

実は母も私も体調がすぐれなかった。私は何となく胃が重いという状態が1ヶ月続いていた。母は英国出発の1週間前から不眠と微熱がグズグズと続いていた。内科的な所見は見当たらない中、だましだましの養生をずっと継続してきた。さらに当事者の長男も3kg程度痩せていた。

母も私もウスウス原因はわかっていた。つまりは心労のあまりということなのだ。どちらからともなく「イギリス病」だねと言い合っていた。原因が長男の英国研修であるなら、帰国後回復するハズだ。

私も母も体調が戻った。

やっぱりイギリス病だったということだ。家族が揃っているありがたみが何よりの特効薬だ。

2007年6月24日 (日)

真裏の調

日本から見て地球の真裏にあるのは南米だ。西回り東回り北回り南回りどんな行き方をしても同程度の時間と手間がかかる。

たとえばハ長調から見て一番遠い調は何だろう。時間や距離が測れる訳ではないから少し思案が必要になる。半音高い嬰ハ長調が真っ先に思い浮かぶ。シャープは7つが必要で、全ての音に付与される。一応の候補だが、これを変ニ長調と捉えるとフラットは5個で済む。つまりシャープ系をたどるよりもフラット系を辿った方が近い。同様に半音下の変ハ長調は、フラット系を辿れば7個だが、ロ長調と考えてシャープ系を辿れば5個でよい。

この論法で言うならシャープ系を遡ろうとも、フラット系を辿ろうとも6個が必要になる嬰ヘ長調つまり変ト長調が最も遠いということになる。CとFisだ。この音程関係は増4度または減5度と呼ばれる。ピアノの白鍵だけでいうなら「ファとシ」である。長音階の中でこの音程を構成するのは「ファとシ」だけである。古来「悪魔の音程」と考えれてきた独特な響きを意図的に使うこともある。ウエストサイドストーリーは全編この音程で溢れている。

CとFisで思い出すこと、それはクララ・シューマンだ。Cmollハ短調とFismoll嬰へ短調は、ブラームスにとってどちらもクララの象徴であった可能性が高い。

<ハ短調>

  • C-Es音程はCSつまりクララ・シューマンの頭文字の暗示だ。
  • ハ短調のソナタは4曲。最初の3曲は着手から完成に長い時間を要した。

<嬰へ短調>

  • クララに捧げられた作品は2つピアノソナタ第2番と「シューマンの主題による変奏曲」はともに嬰へ短調だ。
  • クララの息子フェリックスの詩につけた曲は3曲中2つが嬰ヘ長調だ。

ハ短調がフラット3つなら、嬰へ短調はシャープが3つであり、きれいなシンメトリーが成り立っている。協和音程から程遠い2つの音CとFisがクララを象徴しているというのは、何かと暗示的でさえある。

2007年6月23日 (土)

パルミジャニーノ

ブラームスがしばしばイタリアを訪れたことは有名である。ついぞ一度も訪問することがなかった英国とは対照的だ。合計9回にも及んだイタリア旅行だが、不思議なことにブラームスの一人旅は一度も無い。必ず親しい友人を誘っていた。そうした友人の一人がヨーゼフ・ヴィトマンだ。ブラームスとのイタリア旅行に3度同行した様子を手記に残している。「ブラームス回想録集」第3巻に掲載されて日本語で読むことが出来る。

ブラームスはイタリアの美術と建築を称賛していたという。美術館で長い時間を過ごすこともしばしばだったと証言している。案内書よりも直感を優先したらしい。1890年4月パルマ滞在の折にピロッタ宮殿内の美術館を訪れた。時のたつのを忘れて感動に浸ったという。

現在、東京上野の国立西洋美術館で「パルマ-イタリア美術、もう一つの都」という企画展が開催されている。そこにブラームスが見た絵がいくつか展示されているということを、ブログ「ブラームスの辞書」の読者の一人からお教えいただいた。知らぬが仏だ。知ってしまった以上何が何でも見たくなり、昨日休暇を取ってかけつけた。午前10時の開館直後、しかも雨が降り始めたとあって人もまばらな中じっくりと鑑賞できた。

「聖カタリナ神秘の結婚」がお目当ての作品だ。パルミジャニーノ(1503~1540)の作品である。展覧会のオフィシャルプログラムにもヨーゼフ・ヴィトマンの証言するエピソードが掲載されている。ブラームスがこの周辺の絵を見て回ったことは確実だ。

気になることもある。「ブラームス回想録集」第3巻でブラームスが気に入ったとされている絵のタイトルは「聖カタリナの婚約式」となっている。展覧会のプログラムでは「聖カタリナ神秘の結婚」とされている。タイトルが違うのだ。回想録集には絵の写真も載っているが、「聖カタリナの神秘の結婚」とは違う絵になっている。居合わせた主催者の何人かに聞いてみたがわからなかった。ブラームスが鑑賞した作品全てが今回来日しているわけではないだろうから、こういうことも起こり得る。

ブラームスの愛したイタリアには大いに興味をそそられる。かといって気軽に出かけるわけにも行かないから、あっちから来てくれるのはありがたい。入場料とプログラム、そして絵葉書1枚で4000円と少々だ。イタリアに行ったと思えば安い。

美術館は平日しかも雨天の午前に限る。

2007年6月22日 (金)

ちっぽけな楽しみ

6月18日から長男の英国研修の写真を公開した。33枚の写真集だから、全部一通り見るとそれだけで33アクセスになる。けれども通算50000に向けてのアクセス増加対策ではなかった。実は少し仕掛けがある。ブログ「ブラームスの辞書」のサイドバーに並んだアルバムへのアクセスはアクセスカウンターの対象になっていないのだ。プロフィールページやバックナンバーも同様だ。ブログ「ブラームスの辞書」本体へのアクセスのみがカウントの対象になっているのだ。これは私の方針というよりもココログの設定だ。見識ある設定で感心しているところである。

今回達成の50000アクセスにはアルバムへのアクセスは含まれていない。

アクセスの動向に一喜一憂する以上、そのあたりは厳密でなければなるまい。中国や英国の写真は大切ではあるのだが、それに対するアクセスが「ブラームスの辞書」のアクセスに加算されては具合が悪い。同様に自分のパソコンからのアクセスもカウントの対象にならないようフィルターをかけている。写真を筆頭する画像は、インパクトが強い。「百聞は一見に如かず」というほどなのだ。だからこそ写真ではなく、記事の内容が大切だと考えている。写真は少しだけを効果的に使いたい。譜例や写真を使わぬ不自由も楽しみのうちである。

2007年6月21日 (木)

祝50000アクセス

本日夕刻、ブログ「ブラームスの辞書」開設以来のアクセスが50000件に到達した。

  • 10000アクセス 2006年 3月 8日 283日目
  • 20000アクセス 2006年 8月30日 458日目(175日)
  • 30000アクセス 2006年12月30日 580日目(122日)
  • 40000アクセス 2007年 3月28日 668日目( 88日)
  • 50000アクセス 2007年  6月21日 753日目( 85日)

1万アクセスにかかる所要時間の短縮にブレーキがかかった。5月のアクセス増加がなかったら前回の所要日数88より長くかかっていたかもしれない。

特に5月13日から始まった連続25日100アクセス突破の貢献が大きい。この連続25日という新記録がどれだけ凄いかというと、従来の連続100アクセス突破の記録は9日だった。1月以降飛躍的にアクセスが増加したのだが、連続100アクセスだけは9日が最高だった。それが一気に16日も記録が伸びたのだ。

それから5月16日は1日のアクセスが242件という過去最高を記録した。200件を超えたことも無かったというのにどうしたことだろう。

結果として5月の月間アクセスも4042だった。月間アクセスが4000を越えたのはもちろん初めてだ。3月後半からのアクセスの停滞を一気に取り戻した。週間1000アクセスも記録したり、何かとスーパーな5月だった。

全くの偶然だが嬉しいことが重なった。今日のこの記事はブログ開設以来800本目の記事なのである。

ブラームス断ちの御利益がこちらに現れたのかも知れない。

2007年6月20日 (水)

トライアングル

説明は不要だ。

6月13日発売のコミック「のだめカンタービレ」第18巻の表紙はトライアングルだった。3月20日の記事「のだめの中のブラームス【25】」では単行本の表紙に描かれる楽器について考察を試みている。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/03/25_d6bf.html

表紙に描かれそうな楽器を予想したがトライアングルもその中に入っていた。ブラームスの管弦楽作品でトライアングルが用いられるのは2つだけだ。第4交響曲とハイドンの主題による変奏曲である。小さいながらも鋭い響きで、使いこなせば良いアクセントとなるだけに、限定された使われ方をしている。第4交響曲では第3楽章にのみ現れる。

とりわけお気に入りの場所がある。「ハイドンの主題による変奏曲」のフィナーレ・パッサカリアの中だ。361小節目から始まったパッサカリアが80小節経過する頃、木管楽器に冒頭主題が回帰する。一番大切なことをピアニシモで語る独特のブラームス節だ。「p ben marcato」の木管楽器にひっそりとよりそう「pp」でトライアングルが鳴らされる。449小節目には「ff」まで許可されるトライアングルだが、むしろこの「pp」の方が心に沁みる。

2007年6月19日 (火)

ソナタのカラオケ

クラリネットソナタのピアノ伴奏のCDを発見した。「クラリネットまたはヴィオラのための」伴奏のピアノの音だけを収録したCDだ。英語で「aconpanimento」とあるから仕方なしに「伴奏」という言葉を用いるがあまり好きになれない。クラリネットソナタ第1番作品120-1と同第2番作品120-2が収録されている。

大切なことがわかった。ブラームス本人の手によってヴィオラ版に編曲される際、一部に音の加減が行われている。クラリネットとヴィオラでは音が違う箇所があるが、ピアノ側に音の変更が無いということなのだろう。

ブラームス最後のソナタに挑む際のパートナーという位置付けであることが明白だ。ソナタ第1番は4楽章、第2番は3楽章だから、トラックは7個で済むハズなのだが、第1番に先立つ最初のトラックで、チューニング用の「A」が鳴らされるためトラックの合計が8個になっている。

いつでも好きなときにピアノとともに練習が出来るという寸法だ。どうせならテンポも自在にコントロール出来る機能が欲しいところである。

2007年6月18日 (月)

研修報告

長男が英国から帰国して2日過ぎた。週末を利用して写真の整理をした。28日間で170枚の写真を撮影してきた。意外に多いので感心した。ロンドンやパリなどの観光地の写真よりも、カレッジの周辺やホームステイ先の周辺の写真が多い。4週間世話になったフォルクストンの街並が克明に撮影されている感覚を嬉しく思う。

2年前私の中国出張の写真を食い入るように見つめていたが、その影響があることは確実だ。何気ない街の様子や紙幣、チケット、看板を丁寧に撮っている。ホームステイ先のお嬢さんたちの写真が本当にいきいき撮れている。5歳から7歳までの3人の女の子の表情から、長男と心が通じていたことをうかがわせる。それからホームステイ先からカレッジまでの10分の道のりの途中の写真が20枚もあることも特筆すべきだろう。パリやロンドンとはまた違った、普通の田舎街の表情がよく現われている。なんだか私に似ている。

貴重な写真から33枚を厳選してマイアルバムで公開することとする。あわせてカテゴリー「67 英国研修」を創設して関連記事を集約する。

2007年6月17日 (日)

第二主題

楽曲中で提示される2つめの主題。こういう言い回しをするからには当然、これに先行する主題、つまり第一主題が存在することが前提である。器楽それもソナタ形式の楽章で用いられる場合が多い。その場合には第一主題との性格的な対比が珍重される。

6月13日の記事「のだめの中のブラームス【26】」で、コミック「のだめカンタービレ」第18巻にはブラームスネタがなかったと断言した。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/06/26_f76f.html

断言はしたものの、ずっと気になっていた。コミック「のだめカンタービレ」第18巻61ページを見て欲しい。lesson103の冒頭である。孫Ruiちゃんがアナリーゼの授業に臨むシーンである。

孫Ruiちゃんのセリフに第一主題云々とある。誰かのソナタ楽章を題材にしていることは明らかだ。ただしコミックに描かれた範囲ではピアノソナタと断言は出来ない。2コマ目で孫Ruiが冷静に分析している内容が的外れでないことは次のコマの教師の反応から明らかである。彼女の分析に従えば、この教材は相当に念入りな主題処理が巧妙に仕組まれていると見ていい。これがブラームスの作品でないことを証明しない限り、第18巻にブラームスが存在しないとは言い切れないのだ。

彼女と教師のやりとりから以下の条件が導き出される。

  1. 第一主題は動機aと動機bに分かれる。但し動機c以下の存在することを妨げない。
  2. 第一主題中に「f」の場所がある。
  3. まさにその「f」の場所の2小節の間の低音の音形が展開部で用いられる。
  4. しかもそれは動機aと動機bに密接に関係している。
  5. 第二主題は属短調で現れる。(主調の5度上の短調か)
  6. しかも属短調の第二主題が彼の常套手段になっている。

ソナタ形式の第二主題が属短調であることが重要なキーになっている。ブラームスの残したソナタ楽章でこの条件を満たしているのは以下の6例である。

  • ピアノソナタ第2番 嬰ヘ短調→嬰ハ短調
  • チェロソナタ第1番 ホ短調→ロ短調
  • クラリネットソナタ第1番 ヘ短調→ハ短調
  • ホルン三重奏曲番 変ホ長調→変ロ短調
  • ピアノ四重奏曲第1番 ト短調→ニ短調
  • 交響曲第4番 ホ短調→ロ短調

意外なことにピアノソナタ第2番はその第一主題中に「f」の領域が現れないから脱落だ。動機aと動機bの手がかりが少なくてこれ以上は絞り込めない。ブラームスのソナタ全35曲のうち第二主題が属短調になるのが6例ということは約6分の1だが、それを称して「常套手段」といえるかどうかが最後の手がかりかもしれない。

はっきりしないと気持ちが悪い。この話を「のだめの中のブラームス」とタイトリング出来ないのだ。

2007年6月16日 (土)

英国帰り

昨日長男が28日間の英国研修を終えて帰国した。大阪出張中の私に代わって母と、次女が成田空港に出迎えた。長女は留守番。「家で白いご飯が食べたい」という長男の要望にそうため、炊飯器のスイッチ押し要員だ。千葉県民の日で学校が休みだったのを良いことに、私の不在を皆でカバーした。

6月15日は亡き妻の誕生日、そして「ブラームスの辞書」の名目上の刊行日だというのに、それら全てを霞ませる長男の帰国であった。何のことはない。結局試されたのは親の方だった。子供たちを家族を考えるまたとない機会だった。

時差ボケはあるが私が夜10時に帰宅するまで土産話をしていた。何と言っても無事が最大の土産だ。眠い他に体調不良はない。よくがんばった。ホームシックで大変だったようだ。食事もなかなか口に合わず苦労したと見え、少し痩せた。写真を170枚も撮影してきたのは意外だ。観光地の写真ばかりではなく、日常の様子が多く写されている。

今後英国研修の成果がどのように現れるのか楽しみにしたい。

ブラームス断ちを昨夜遅くに解禁した。解禁最初の曲は、長男のテーマ曲「アルトラプソディop53」だ。コリン・デービス指揮・バイエルン放送交響楽団、アルト独唱はナタリー・シュトゥッツマンである。見守ってくれたブラームスに感謝だ。

2007年6月15日 (金)

見識

ブラームスが残した独唱歌曲は296だ。ざっと分類するなら作品番号を付けて自作として204曲、ドイツ民謡として92曲となる。全く予備知識のない人にこの296曲を聴かせた場合、どれとどれが民謡かを判別するのは不可能だと思う。

民謡には「4分の2拍子が多い」「アウフタクト立ち上がりが多い」「イントロ無しが多い」「ト長調が多い」などという特徴もあるのだが、作品番号付きの自作歌曲にもこれらの条件を満たしているものもあって判別の決定打にはならない。

民謡を舐めてはいけない。心に残る曲が多い。そうでなければ強制もされないのに人々の間で歌い継がれて行くハズがないのだ。それがブラームスの耳に止まったものの1部が「ドイツ民謡集」と題して出版されているということなのだ。

一方民謡を、聴いただけで区別するのは難しいということは、ブラームスの歌曲には明らかに民謡っぽいものが多いことも原因の一つになっている。

このことはブラームスの見識を示す格好の材料だ。どんなに魅力的な旋律でも自らの創作でない作品は、自作として出版しなかったということなのだ。そんなことをしたら、民謡を歌い継いでいた人々から、「よく似ている」という指摘が飛んで来てしまうに違いない。自分の創作だけに作品番号を付し、民謡とは頑なに区別した。

「民謡への愛情」と位置づけても大きくはずしてはいないだろう。

2007年6月14日 (木)

約分

小中学校の算数や数学では、分数は出来るだけ簡単な数にすることが教えられている。「16分の4」や「8分の2」は「4分の1」と書き直さねばならない。元々分数は割り算や掛け算を効率的に行うために考案された概念なので、足し算や引き算にはなじみにくい。通分という算段が必要になってしまうのだ。これも小学生たちをつまづかせている原因だろう。その他にも疑問はある。「16分の4」とは「4を16で割った答え」の意味だし、「8分の2」は「2を8で割った答え」の意味だ。それを「4分の1」と一括してしまっていいのだろうか。数学とはそういうものなのだろうか。

音楽の拍子においては約分はご法度である。「8分の6」と「4分の3」では意味が違う。このあたりは何となく説得力があるが、「16分の4」と「8分の2」と「4分の1」となると途端にあやふやになる。昨年8月15日の記事「16分の4拍子」で、ブラームスにおける16分4拍子の実例を列挙した。何故その場所が「4分の1」や「8分の2」ではなく「16分の4」でなければならないかという疑問を提示したが解決には至っていない。

ブラームスは意図して書き分けていたと推定している。8分の2拍子も実例がある。「パガニーニの主題による変奏曲第2巻213小節目だ。第14変奏である。「パガニーニの主題による変奏曲」は相当なテクを要求する曲だ。第1巻の85小節目には「16分の12拍子」まで存在する。これが「8分の6拍子」ではいけない何かがブラームスの中にあるのだとしか言えない。

2007年6月13日 (水)

のだめの中のブラームス【26】

今日はコミック「のだめカンタービレ」第18巻の発売日だ。3泊4日の大阪出張と重なってしまうのは厄介だ。16巻17巻でブラームスが話題になったので、ブログ「ブラームスの辞書」としては、気合を入れて当日中に記事を発信した。もし18巻がブラームスネタのてんこ盛りだったら、出張先で記事を更新しなければならない。

結論から申せば、運を使った。第18巻にブラームスはなかった。苦悩する若者たちの群像といった風情だが、ブラームスに特段の言及はない。

何だか拍子抜けした。万が一ブラームスてんこ盛りだった場合に備えて、インターネットの出来る宿を選び、夜のお誘いを丁重にお断りしたのに、肩透かしである。

じゃあ今更通常のネタをというのも癪なので、予定通りのだめネタを発信することにした。発売日当日にのだめネタを発信しておくことは、アクセス増にも貢献すると思われる。

指揮者リッピの逝去に落ち込むシュトレーゼマンにかかわる話題だ。

コミック「のだめカンタービレ」第4巻39ページの左上のコマ。最早有名となったミルヒーこと、シュトレーゼマンのセリフがある。「ブラームス舐めてんじゃないですよ」これドイツ語では、どういう言い回しになるのか興味があるが、一旦棚上げにする。

ブラームス第一交響曲に挑む千秋真一の勉強不足を厳しく指摘したと解される。場所は第二楽章だ。このエピソードについては記事「のだめの中のブラームス①」で詳しく言及している。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2005/08/post_e536.html

しからば、シュトレーゼマンは何故「舐めてんじゃないですよ」と言ったのか?千秋の何を見てこの言葉を吐いたのか私なりに推測したい。バックに配置された楽譜から第2楽章54小節目であることや、そこがアンサンブル上の難所急所であることは既に述べたとおりだ。勉強不足を指摘する場所としてはうってつけの箇所である。

指摘を受けた千秋の反応は、「そこは昨日眠くて」とつぶやいている。完全主義者千秋が見せる隙だらけの反応である。

バカを言ってはいけない。「ブラ1」に挑もうかという指揮者が、それも「R☆Sオケ」の門出の演奏会だというのに、アンサンブル上の急所を一夜漬けの状態で練習に臨んだということなのだ。第2楽章の54小節目は右代表である。つまりその程度の準備で練習に臨んでしまったということだ。この箇所以外は完璧だったのか?いやそうではあるまい。楽譜の読み込みが全体に不足していたのだ。おそらくミルヒーは即刻お見通しだと思われる。

「舐めてンじゃないですよ」はそれをとがめる意図があったと思っている。

「ブラームスの辞書」を千秋クンにも一冊進呈したいものだ。

2007年6月12日 (火)

翼よあれがパリの灯だ

チャールズ・リンドバーグの伝記映画のタイトルだ。世界ではじめて単独無着陸で大西洋横断飛行に成功した栄誉は彼のものだ。原題は「Spirits of StLouis」つまり彼の愛機の名前なのだが、邦題は「翼よあれがパリの灯だ」とされた。リンドバーグが本当にこういったかどうかは怪しいが、突き詰めては野暮というものだ。

感動的な物語である。著作の中で、彼リンドバーグは愛機「スピリットオブセントルイス号」と自分を「我々」つまり「We」と呼んでいる。33時間以上に及んだ孤独な大西洋横断のパートナーとして、深い愛情をこめた言い回しのなのだ。小学生の頃呼んで心底感動した。

リンドバーグに限らず、この手の冒険・探検物が昔から好きだった。日本なら伊能忠敬だ。世界だとダーウイン、シュリーマン、リヴィングストン、ヘディン、アムンゼン、スコットなどなどだ。

5月19日に始まった長男の英国研修はいよいよ大詰めを迎える。9日には、私はもちろんブラームスもついぞ訪れることのなかった英京・ロンドンの土を踏んだ。そして今日12日は、帰国前最後の楽しみであるパリ訪問だ。イギリスからパリは近い。ユーロスターに乗ってドーヴァー海峡を一跨ぎである。3時間もかからないらしい。東京を起点にするなら大阪という感じかもしれぬ。今日から私は3泊の予定で大阪に出張である。

「息子よあれがパリの灯だ」の心境だ。

2007年6月11日 (月)

4B

バッハ、ベートーヴェン、ブラームスの3大Bにビートルズを加えたという訳ではない。

楽器の練習中に楽譜に書き込みをすることが多々ある。このときの鉛筆は断固濃い目に限るという話だ。練習中に気付いたことをサクサクと書き込むためには楽器を構えたまま、弓も持ったままということが多い。当然右手一本で楽譜に書き込むのだが、思うように力が入らないことが多い。力が上手く入らなくても濃くはっきりと書くには濃い目の鉛筆がいいというわけだ。我が家では今4Bを使っている。長女が小学校3年の時の書写の時間のために買った「特選書写用4B」が今も活躍中だ。

鉛筆の芯の固さはJIS規格に定められているようだ。Bが6段階とHが9段階の15種にHBとFが加わっての17種だ。Bは「Black」であって「Brahms」の略ではない。(念のため)

Hは「Hard」でFは「Firm」である。7B、8B、9Bもあるらしい。こうなると4Bも影が薄い。

鉛筆の始まりは16世紀の中ごろ、黒鉛の発見とともに発生したらしい。鉛筆がまだ一般に普及していなかった時代でも音楽家は鉛筆を愛用していたという。古来から楽譜への書き込みは鉛筆と相場が決まっていたようだ。コミック「のだめカンタービレ」の中でも、レンタル楽譜に記入された書き込みを千秋が消すシーンがあった。第14巻107ページ以下である。これらの書き込みに鉛筆が使われていたことは間違いない。最後のコマは半泣きのテオくんが巨大消しゴムを捧げて懇願の場面になっているからだ。相当大量の楽譜を差し出されたのだろう。ボウイング消しは延々と続くのだ。ヤキトリオの揉め事が4ページ分差し込まれることで時間の経過が暗示され、夜が更けてもなお次々と「仕事」を依頼される。注目すべきは消しゴムのカスだ。114ページ最後のコマには消しゴムのカスの山が描かれる。そしてさすが「のだめ」というシーンが115ページ最初のコマだ。楽譜の横にコロリと丸い物体が描かれている。これが消しゴムなのだ。107ページで半泣きのテオくんが持っていた消しゴムとの大きさを比較して欲しい。相変わらずだが、芸が細かい。

ブラームスも当然鉛筆を愛用していたと考えていいのだろう。

2007年6月10日 (日)

一席二鳥

今年の3月31日の記事「同期の桜」で学生オケ時代の友人について書いた。今やプロフェッショナルなオーボエ奏者として活躍中の彼のブログにリンクを貼らしてもらった。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/03/post_1fbe.html

つまり今日でリンクを貼ってから約70日経過したことになる。このリンクが機縁で大学オケの後輩2人が「ブラームスの辞書」を購入してくれた。それだけでも凄いのに、この度3冊目の注文が舞い込んだ。今度は学生オケの後輩ではない。見ず知らずの方だ。つまりブログ「ブラームスの辞書」が命名するところの「他人様受注」である。古くからの友人知人が買ってくれるケースとは区別してカウントしているが、今回で13人目になる。首都圏在住のピアノ奏者、しかもプロフェッショナルでいらっしゃいます。

注目の番号はopus63だ。シューマン夫妻の末っ子フェリックスの詩にブラームスが作曲したことで名高い「我が恋は緑」を含む珠玉の歌曲集だ。

お買上げ誠にありがとうございます。

それにしてもリンクを貼ってたったの2ヶ月少々で「ブラームスの辞書」に3冊も注文をもたらすとは、何たるブログだろう。よほど個性豊かな濃いメンツが集っているとしか思えない。リベート代わりに一席設けなければなるまい。(割り勘だけど)

彼との宴席は記事のネタの宝庫だから、「一席二鳥」だ。

2007年6月 9日 (土)

カテゴリー「02作品」

昨年暮にカテゴリー体系を一新した。ココログのアクセス解析の機能アップにより、どのようなカテゴリーに人気があるかかなり正確に把握出来るようになった。

カテゴリー別のアクセス実績を見ると「02 作品」は人気カテゴリーである。「01 用語解説」に次ぐ第2位である。「01 用語解説」が第1位であることは嬉しい限りだ。ブログ「ブラームスの辞書」たるもの用語の解説はメインである。

これに対して「02 作品」の第2位でのランクインは少々複雑である。

ブログ「ブラームスの辞書」へのビジターは、カテゴリー「02 作品」にアクセスするとき、「ブラームス作品の作品解説」それも相当程度体系的な解説を期待してしまうのではないだろうか。「ブラームスの辞書」などという大げさなタイトルのブログの中に「作品」などというカテゴリーがあれば、そう考えるのが自然だと思う。実際作品名をキーワードにたどりついたビジターが「02 作品」にアクセスするケースは大変多い。目的とする作品の概要に手っ取り早く迫りたいというニーズは根強く存在するのだ。

ブログ「ブラームスの辞書」のカテゴリー「02 作品」はそういう期待を見事に裏切っている。一見メインのようなネーミングなのに、内実はオムニバスもいいところというのが実態である。実のところブログ「ブラームスの辞書」において「作品」という切り口はあまり大きな存在ではない。作品が切り口のサイトや書物は多いから敢えてそこを避けているとさえ言えるのだ。複数の作品あるいはジャンル間に横断的に存在する傾向についての議論の方に重心が寄っている。

反省は全くしていないが、少々後ろめたい。

2007年6月 8日 (金)

心の支え

大学入学と同時に入団したオーケストラは、私の人格形成に大きく影響した。大学卒業後結婚までの9年間いや正確には長男誕生までの10年間私を支えたのはオーケストラ活動の記憶である。一つだけ象徴をあげるとするならば、大学4年の冬、学生生活最後の演奏会で演奏したマーラーの第五交響曲の演奏がその10年間の心の支えであった。「メンツ」「曲」「気合い」が高い次元で揃っていた。「のだめ」風にいうなら「R☆Sオケ」状態だ。今もこのときの演奏は仲間内の語り草であり、唯一鑑賞に足りる学生時代の記憶である。ブラームスでないのが悔しいけれど認めざるを得ない。

その後私を支えたのは、紛れもなく子供たちだ。長男誕生から4年も経ぬ間に続けて授かった娘たちを含めた3人の子供たちがいなかったら、生活も性格も破綻していたに違いない。長女に「あるま」と名付けてしまったことは象徴的である。「あるま」は申すまでもなくグスタフ・マーラーの妻の名前に由来している。

ずっとブラームスを好きであることは継続していたが、実はそれどころではなかった。子供たち中心で回ってきた生活にゆとりが出来はじめたのは、次女の小学校入学の頃からだ。「ブラームスの辞書」を書きたいという最初の欲求が頭をもたげたのは次女が小学校2年の冬である。

私にとってこの先も子供たちが心の支えであることは変わることがないとは思うが、子供たちのほうは私から離れて行くだろう。その時に子供たちに代わる心の支えを自ら探さねばならない。子供たちが独立し、会社を定年退職して気が付いたら何も支えが無かったというのは相当危ないと思う。

一昨年の夏、はじめての自費出版本「ブラームスの辞書」を刊行した。それに先立つこと1ヶ月少々でブログ「ブラームスの辞書」も立ち上げた。今にして思えばこれはヒットであった。38年の会社生活のうち15年を残したタイミングだということに大きな意味があると思う。サッカーで言えば、後半には入ったがまだまだ何が起きるか判らぬ時間帯。0対2で負けていても諦めるのは早い時間帯だ。

ブラームスは、子供たちに次ぐ心の支えになった。一生を託すに足る支えが見つかったような手応えをここ2年で感じている。望みさえすれば会社生活はまだ10年以上残しているこの段階だという意義は大きい。定年と同時に決意していたらブラダスの作成や執筆は、相当難儀だったと思う。

子供たちと違いブラームスは、就職も結婚も親離れもしない。私が望めばずっと私のそばにいる。

2007年6月 7日 (木)

トレモロ

弦楽器の奏法の一つ。

4分音符、8分音符、16分音符、32分音符という具合に1拍を細かく分割して行くと、一つ一つの音はどんどん小さくなって行く。やがてある一点から1拍の中にキチンと音を盛り込めなくなる。そこまで行くと拍が数学的に正しく割られているかということよりも、チリチリという刻み独特の響きの方が重要になってくる。このチリチリした状態をトレモロという。

ブラームスと同時代にウイーンにあって、いわゆるワーグナー派の筆頭に祭り上げられて、ブラームスのライバルと目されているブルックナーの作品にはこのトレモロが多い。いやむしろトレモロはブルックナーを象徴する風景だったりもする。弦楽器のトレモロが作り出す霧の中をホルンが朗々という立ち上がりには「ブルックナー開始」という異名まで奉られている。弦楽器奏者はあまりトレモロが多いと疲れる。ppならばともかく、ブルックナーの息の長いクレッシェンドの果てに鎮座するffまでトレモロで弾かされることもあるのだ。

だからという訳ではないと思うが、ブラームスの管弦楽曲にはあまりトレモロを見かけない。第4交響曲やアルトラプソディが思い浮かぶ程度だ。ブラームスはどちらかというと拍数通りにきっちり刻ませたいのではないかと思う。

思うにブラームス最高のトレモロは室内楽に現れる。ピアノ三重奏曲第1番の第2楽章233小節目のヴァイオリンだ。スケルツォの中間部トリオの後半に相当する。朗々と旋律を奏でるチェロを横目に、かなりのハイポジションでオクターブの重音のトレモロが高揚感を煽り立てる。初版でも改訂版でもキッチリ味わうことが出来る。

2007年6月 6日 (水)

思い出すと冷や汗

後から思うと冷や汗が出るということが、ままある。

今日のこの記事で「738日連続更新」なのだが、ブログ「ブラームスの辞書」立ち上げ当初は、連続更新など考えていなかった。著書「ブラームスの辞書」の宣伝が第一だという他は、これといったコンセプトが無かった。

だからブログ立ち上げ当初の1ヶ月の間、何かの拍子に記事のアップが抜けることは、十分にあり得た。今でこそ記事の連続更新がブログ継続の大きなモチベーションの一つになっているが、当時はそうした意識は希薄だった。そんな中で記事の更新が一日も途絶えていないのは、奇跡に近い。今になって思うとやはりブログの立ち上げからの連続継続が大切なのだ。どこかで1日抜けていたらと思うと冷や汗が止まらない。

冷や汗と言えば、昨年の6月6日母が交通事故にあった。立ち会ったお巡りさんが、舌を巻くほどの運の良さだった。青信号で横断歩道を歩いていて10tトラックに突っ込んでこられてかすり傷で済んだのだ。

運の使い場所を考えねばならない。

2007年6月 5日 (火)

後天的標題機能

著名な交響曲には標題が奉られていることが多い。「運命」「田園」「英雄」「復活」「ジュピター」「新世界」「悲愴」などなど、作曲家自身の命名かどうかにこだわらなければ枚挙に暇がない。

標題音楽に背を向けた絶対音楽の旗手ブラームスにはこの手の標題を持った作品はない。特段の不便を感じることもないのだが、愛好家によっては別の言い回しがされる場合もある。

「ブラ1」の類だ。断り無く「ブラ1」と聞けば、ほとんどの愛好家はブラームスの第1交響曲を思い浮かべるだろう。ブランデンブルグ協奏曲の第1番を思い浮かべる向きは少数派に属する。「作曲家名の縮小形+数字」という言い回しが定着しているかどうかには、一定の傾向がある。ベートーベンのニ短調交響曲は「ベト9」とは呼ばれない。3番5番6番も同様だ。新世界交響曲も「ドボ9」とは呼ばれない。冒頭に掲げたような標題が一般化していない場合の救済的な呼び名なのだ。

標題音楽に背を向けたブラームスの交響曲は4つ全てがこの言い回しの対象になっている。起原はいつ頃に遡るか不明ながら長く使われていると思われる。

「ブラ1」という言い回しを例に取ろう。「ブラ1」と聞くと「単にブラームスの第一交響曲」を指し示す以上の響きを感じてしまう自分がいる。「ブラ1」という言葉が既に標題の機能を獲得していると考えねば説明がつかない。「英雄」「田園」という標題から聴き手が想起するイメージまでもが作品の味わいに影響するのが本来の標題音楽だとすれば、「ブラ1」は立派な標題である。「あのブラームスが、手間暇かけた最初の交響曲なんだよ」というニュアンスが「ブラ1」というタイトルには充満してはいまいか。

一歩踏み込めば、ブラームスという言葉が既に一定のイメージ想起力を有していることに他なるまい。作曲家の名前には大なり小なりそうした想起力があると考えている。ブランド力と言い換えても大きく誤ることはあるまい。「あのブラームスが、手間暇かけた最初の交響曲なんだよ」という中の「あの」の部分に該当する。「あのブラームス」という言い回しは既に「ブラームス」が多数に周知され一定の評価を得ていることが前提だ。つまりブランドである。

ブラームス本人の意図とは全く別の世界の話である。

2007年6月 4日 (月)

64分音符

4分の4拍子1小節を64等分した音符。4分音符をさらに16等分だと思うと相当細かいということがわかる。

恐らくブラームスが用いたもっとも細かい音符だと思われる。ヴァイオリンソナタ第2番第2楽章は、64分音符の巣である。ヴァイオリンパート冒頭小節の末尾に2つの64分音符が現れる。16小節目でVivaceに入るまでヴァイオリン、ピアノあわせて36個の64分音符が散りばめられている。スケルツォのエピソードで隔てられたAndanteが回帰するたびに発生し、この楽章中に合計92個観察される。

92個は全て2個単位で置かれていることと、その登場には必ず付点16分音符が先行している。つまり全46回全て同じパターンだということだ。装飾的なニュアンスがとても強い。

128分音符は恐らくないと思うので、64分音符がブラームスでもっとも細かい音符ということになる。もし128分音符を発見したら12月8日の記事にとっておきたい。

2007年6月 3日 (日)

ヴァイオリンの演奏会

すんでのところでヴァイオリンをやめずに済んだ長女のレッスンが再開されている。先生の提案で、良いヴァイオリンの音をじっくり聴くことになった。出来るだけ小編成でヴァイオリンの音がしっかりと聴ける演奏会を先生が選んで下さった。

レッスン1回をパスして今日その演奏会に行ってきた。というより演奏会に行くことがレッスンだった。

  • ヴィヴァルディ 2つのヴァイオリンのための協奏曲イ短調(ピアノ伴奏版)
  • サラサーテ ナヴァラop33
  • ショスタコーヴィッチ 3つのヴァイオリン二重奏曲
  • タルティーニ 悪魔のトリル(ソロ)
  • モンティ チャルダッシュ(2つのヴァイオリンとピアノ)
  • バルトーク 2つのヴァイオリンのための舞曲
  • モシュコフスキー 2つのヴァイオリンとピアノのための舞曲ト短調op71

<ヴァイオリン>フェデリコ・アゴスティーニ、吉川朝子

<ピアノ>ジュゼッペ・マリオッティ

フェデリコ・アゴスティーニさんは元イムジチ合奏団のコンマスだ。イタリア代表フォワード、フランチェスコ・トッティを渋くしたような容貌である。イタリア物中心にバランスのいいプログラムで楽しめた。ホールも小振りで、娘たちの発表会のホールより小さい感じ。演奏者との距離がとても近く、息遣いも感じ取れてリアルだった。一般的なイタリアっぽさ一辺倒の演奏ではなくツボを押えた感じだったのも好感が持てる。私はバルトークがとても面白かった。2人の娘と私で1万円でお釣りが来るというのも嬉しい。娘たちもブツブツ言うかと思ったら案外楽しんでいた。演奏会一発で劇的な効果があるとも思えないが、スイッチ探しの地道な努力が続く。

いい気になってアンコールまで聴いた。案の定大ハプニングに見舞われた。アンコールの1曲目「タイスの瞑想曲」に続いて、2曲目に何と何と「ハンガリア舞曲第5番」が演奏されてしまったのだ。ブラームス断ちが敢え無く頓挫してしまった。さすがに娘たちが「パパこれって聴いちゃまずいンでしょ」と言わんばかりにこっちを向いたが後の祭りだ。

プログラムに入っていなかったから安心していた。まさかアンコールでやるとは思わなかった。「2つのヴァイオリンとピアノのための」編曲がされていて楽譜も出ているのだ。

神様が怒らなきゃいいけど。

2007年6月 2日 (土)

イメージトレーニング

現在ブラームス断ちを実行中だ。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/05/post_5127.html

ブラームスを聴かないこと自体はipodを持ち歩かないことで、9割方実現可能だ。ブラームスを流していそうなところに近寄らないという配慮で、ほぼ完璧である。移動の途中の退屈さは予想通りとは言え辛いものがある。

この辛さを逆手に取ったイメージトレーニングを考案した。

  • まずブラームス作品の中で任意に対象を決める。
  • 対象の作品の旋律を作品番号の若い順に頭の中で思い浮かべる。
  • 全部頭の中で鳴らすことが出来たら合格。5秒以上つっかえたら失敗。

たとえば交響曲、協奏曲、室内楽にピアノソナタを加えた35曲としてみる。つまりソナタだ。さらに対象を絞る。これら35曲の第1楽章の第1主題を作品番号順に思い浮かべる。調は必ずしも正確ではなくても可とする。意外と簡単だった。第1楽章の第1主題だと難易度はそう高くない。

  1. 第1楽章の第2主題でやってみると相当難しい。
  2. 同様に緩徐楽章。
  3. 舞曲楽章。
  4. 舞曲楽章のトリオ。
  5. フィナーレ。

ソナタだけでも相当な数のバリエーションを思いつく。第2主題になると相当難しい。作品番号の高い順にすると趣が変わって楽しめる。

ソナタの他にもいろいろな課題が想定できる。

  1. 変奏曲の主題全て(楽勝)
  2. ハンガリア舞曲の出だし21曲を番号順に(意外に難問)
  3. op39のワルツを15曲全て番号順に(中級編)
  4. インテルメッツォの冒頭を作品番号順に(中級編)
  5. 歌曲を全て作品番号順に(相当難しい)

これら全て実際に曲を聴かずに思い浮かべるのだ。日常生活の記憶面では苦労もしているが、ブラームスに関しては鍛え方によってはまだまだ向上の余地があることがわかった。

ブラームス断ち期間中、ブラームスを聴くのは反則だが、思うのは反則ではない。

2007年6月 1日 (金)

2つの時間

私の周りには2通りの時間が流れている。

一昨日の記事「祝ブログ開設2周年」でブログ「ブラームスの辞書」の満2歳の誕生日を祝った。この2年は文字通りあっという間だった。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/05/post_303a.html

一方、長男を4週間の英国研修に送り出してから今日で丸2週間が終わる。明日からホームステイに入る。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/05/post_5127.html

この2週間は、とても長い。

不思議である。ブログ「ブラームスの辞書」を育んだ2年間をあっという間だと感じる私が、長男不在の2週間を耐え難いほど長いと感じているのだ。

ブラームス断ちが、明日から後半戦にさしかかる。試されているのは親の方である。

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