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2007年6月 5日 (火)

後天的標題機能

著名な交響曲には標題が奉られていることが多い。「運命」「田園」「英雄」「復活」「ジュピター」「新世界」「悲愴」などなど、作曲家自身の命名かどうかにこだわらなければ枚挙に暇がない。

標題音楽に背を向けた絶対音楽の旗手ブラームスにはこの手の標題を持った作品はない。特段の不便を感じることもないのだが、愛好家によっては別の言い回しがされる場合もある。

「ブラ1」の類だ。断り無く「ブラ1」と聞けば、ほとんどの愛好家はブラームスの第1交響曲を思い浮かべるだろう。ブランデンブルグ協奏曲の第1番を思い浮かべる向きは少数派に属する。「作曲家名の縮小形+数字」という言い回しが定着しているかどうかには、一定の傾向がある。ベートーベンのニ短調交響曲は「ベト9」とは呼ばれない。3番5番6番も同様だ。新世界交響曲も「ドボ9」とは呼ばれない。冒頭に掲げたような標題が一般化していない場合の救済的な呼び名なのだ。

標題音楽に背を向けたブラームスの交響曲は4つ全てがこの言い回しの対象になっている。起原はいつ頃に遡るか不明ながら長く使われていると思われる。

「ブラ1」という言い回しを例に取ろう。「ブラ1」と聞くと「単にブラームスの第一交響曲」を指し示す以上の響きを感じてしまう自分がいる。「ブラ1」という言葉が既に標題の機能を獲得していると考えねば説明がつかない。「英雄」「田園」という標題から聴き手が想起するイメージまでもが作品の味わいに影響するのが本来の標題音楽だとすれば、「ブラ1」は立派な標題である。「あのブラームスが、手間暇かけた最初の交響曲なんだよ」というニュアンスが「ブラ1」というタイトルには充満してはいまいか。

一歩踏み込めば、ブラームスという言葉が既に一定のイメージ想起力を有していることに他なるまい。作曲家の名前には大なり小なりそうした想起力があると考えている。ブランド力と言い換えても大きく誤ることはあるまい。「あのブラームスが、手間暇かけた最初の交響曲なんだよ」という中の「あの」の部分に該当する。「あのブラームス」という言い回しは既に「ブラームス」が多数に周知され一定の評価を得ていることが前提だ。つまりブランドである。

ブラームス本人の意図とは全く別の世界の話である。

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